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採点地獄はまだまだ続く...。600枚が来る前に片づけられるものから順番にやっていかないと、とてもじゃないが期限には終わらない。しかし、答案の山はなかなか低くなってくれないし、おまけに授業中に提出してもらったレポートももちろん採点しなければならない。それにしても漢字の間違いがあまりにもひどい。例えば、「年の功→年の項」、「専門→専問」、「境界→鏡界」などはまだかわいい方で(といっても間違いは間違いだ)、「新製品→新生品」、「困難→因難」となってくると頭が痛くなってくる。しかもこういう答案が1枚や2枚ではないのだ。「別に漢字が書けるからエライ訳じゃないし」などと開き直る人がいるが、それは違う。「別に書けなくてもワープロがあるじゃないか。まあまあそう目くじらを立てずに」と擁護する人まで出てくる始末なのだが、そういう人にも問題がある。外国製の花火に書いてある日本語の説明書じゃないんだから(「くろくろ回ります」とか、「大変危剣です」みたいな)。また、解答の仕方もなっていない。選択肢を選んでその理由を説明させる問題で「消去法で」というケースがあった。理由が4文字???消去法ならそれでもいいけれどどういう理由で消去したのかを説明しないことには部分点すらない。また、「微妙に●●」という表現が出てくる答案が多い。その「微妙」とは何がどう微妙なのかまったくわからない。曖昧な表現だらけで、ここまでくると「若者は主張がはっきりしていて...」とかいう主張はウソだろうと思えてきてしまう。婉曲表現は古文だけではない、ちゃんと現代にも生きている。しかもどんどん強くなっているように思う。さらには解答文の後にとにかく「...」がつく答案。これを声に出して読むと「ヒロシです...」みたいな感じだろう。論述式の場合、いくら文章が下手であっても、表現しようとしているものがある程度感じ取れるものならば部分点もあげられようものだが、それすら疑問と思えるものもけっこうある。こんな状態が改善されないまま学年が進んでいって、就職活動の時期、そして仕事を始めたら悲劇である。笑われるだけでは済まないような気がしてしゃれにならない。こういう考え方って古いも何もないような気がするのは私だけ???ちなみにNTTドモコという答えを書いた人がいたのだが、さすがにこれはびっくりした。面白い答えは大喜利なら座布団をあげられるところだが、点数はあげられない...。
Jul 29, 2005
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ボロディンの本職は化学者、いわゆる日曜作曲家なのだが、素晴らしい作品を残している。もちろん、すべてが演奏されているわけではないが、「ダッタン人の踊り」などは有名である。最近では交響曲第2番もぼちぼち演奏されている。作曲技法にある程度通じているファンなら、「ボロディンはどうもねえ...」と言ったりするのだが、それを補って余りある旋律の美しさがあるように思う。弦楽四重奏曲第2番は、ボロディンの室内楽における代表曲である。スコアはきわめてシンプル、演奏自体も困難を極めると言うほどではない。しかし、シンプルだからこその難しさは絶対にあると思う。私としては第1楽章と第3楽章が大好きだ。しかし、実はボロディンの弦楽四重奏曲第1番の第4楽章を演奏したことがあり、それがボロディンとの出会いでもあった。高校時代、部活で夏と冬に室内楽の発表会があり、そこではけっこう難しい曲やマニアックな曲にチャレンジするパターンが多かった。そこで出会ったのである。今、第2番と比べてみるとやはり第1番は小慣れていない感じがする。しかし、それでも一所懸命に練習したものだ。その翌年の夏の室内楽大会で、第2番に出会った。演奏されたのは第3楽章。先輩たちが演奏しているのを聴いて鳥肌が立った覚えがある。今考えればそこまでうまかったかというとどうなんだろうという気がしないでもないのだが、まだ楽器を始めて2年目、3年生の先輩はまぶしく見えたものだ。この夏の室内楽は夜に行われるのだが、この楽章の別名は「ノクターン」。まさに夜の曲なのだ。夜景を見下ろしながら(学校は山の上にあった)、ちょっぴり涼しい風も心地よく、音楽もすばらしかった。ああなりたいと心に思っていたものである。この楽章が遠ざかるように消えゆく時、本当に切なくなる。その後、何となく自分の中でテープもお蔵入りになっていたのだが、別の曲の勉強のためにCDを買ったら、そのカップリングがボロディンだった。せっかくなので聴いてみたら、第1楽章が素晴らしい。いい曲じゃないか!なぜ見逃していたのかと思った。曲自体に複雑さはなく、構造的には割と単純な方なのだが、それだけに奏者の腕が問われそうな感じがする。この曲を聴いていると、たとえ日曜作曲家だろうが、「曲に貴賤なし」と私は思う。二足のわらじ、とはいえ私には無理だな...。
Jul 27, 2005
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ついに始まった。非常勤にも行っているので、その分採点すべき答案の数も増えてくる。しかもどういうわけか、非常勤先で今年は昨年の2倍近い人数が履修している。答案の数もそれだけ増えていくわけで相当キツイものがある。本務校でもかなりの履修者のいる科目を持っていて、これから約10日間で800枚近く採点しなければいけない計算になる。採点は今日から始めた。答案数が多いことは最初から分かっていたので、それなりに採点しやすい問題を工夫して出したのだが...。論述問題を含めて出しているのだが、こちらを読むのがかなりしんどい。学生たちは読んでいないんじゃないかと思っているそうだが、ちゃんと読んでますよ。そんな失礼なことはいたしません。何がしんどいかって?それは漢字の間違いがあまりにも多いのと、間違え方があまりにもひどいので、読んでいて疲れるのだ。中には「これ、何て読むんだろう?」という間違いまで。あと、「私的には」と書いてある答案がぼちぼちある。これは「してき」ではなく「わたしてき」と読まないと意味が通じない。面倒だ...。それから、いっぱい読みづらい字で埋め尽くされた答案の最後に「んなわけねぇ~」と書いてある。自分の解答を全否定してどうするの???内容的にと言うよりも、見た目での珍答が続出というのが最近の傾向なのかも知れない。と、朝から採点をずーっとやっていて疲れたなと思ったら、子供が耳が痛いと言いだし病院へ。最近、いろいろと変な風邪がはやっているらしく、困ったものだ。その後はちょっと家電量販店へ。最近外へ出ていない家族の気晴らしのために行く。そこにはおもちゃも売っているので、子供たちは大喜びだった。それから回転寿司屋へ。うどんがあるので、お腹の調子が悪い子供でも食べることはできる。それから帰宅後、またまた採点。とにかく1科目でも終わらせておかないと次の科目の答案が明日にはまたやってくる。とにかく必死でこなしていく。夕方にめどがつくところまで終了し、夜はコンサートに出かける。市民オケの8月のコンサートで指揮する大河内雅彦氏が出演するということで、チケットを買っておいたものだ。大阪城公園にあるいずみホールへと急ぐ。ホールの入り口と楽屋口とが近いところにあるなあと思っていたら、「こんちわーっす」という耳慣れた声、コンビニ袋をさげた大河内氏だった。私が1人で歩いていたのによくわかったな、ちゃんと認知してもらえているんだと思って、ちょっと嬉しかった。本番前の腹ごしらえなのだろうか、少し話し込んで「頑張ってください」と言って別れた。その後、オケのメンバーが10人ほど集まってきた。みんな席は近いところだったが列などは違っていた。私の隣はフルート奏者、誕生日が同じ(年は20歳近く上だが)というので話が盛り上がる人だ。さて、このコンサートは将来を嘱望されている人が出演できるというコンサートで、今日はその第1夜だ。オープニングはメンデルスゾーンの「真夏の夜の夢」。序曲とスケルツォ、結婚行進曲の3曲。後の曲は協奏曲なので、大河内氏の指揮ぶりがよくわかるのはこの曲だけ。私は作られる音楽を味わうと同時に、やはり指揮者の動きとオケの反応という点にも興味があるので、今回は目で見て楽しむことに。序曲はとにかく難しい。序曲だけはメンデルスゾーンが17歳ぐらいで作曲したもので、早熟の天才を絵に描いたような作品だ。最初のフルートの和音だけで夢の世界に連れて行ってくれる。あんな作品、なんでかけるのだろうと思う。その後の弦楽器がとにかく難しい。大河内氏も「あれはプロでもなかなか合わない」と言っていた。結婚行進曲は打楽器が抑えめでこれがオケのメンバーにはけっこう評判が良かった。大河内氏の指揮ぶりはやりたいことがよく分かるものだった。オケもおそらくそれに応えようとしていたのではないかと思われる。職人が集まる世界を相手にする仕事、見ていて大変そうだ。プロオケの舞台に立てているのを見るだけでも尊敬する。その次は高木和弘氏のヴァイオリン・ソロによるサン=サーンスのヴァイオリン協奏曲第3番。高木氏は大柄な大河内氏と並んで登場すると小さく見えるのだが、演奏を始めるととたんに大きく見えた。音はきれいだし、力強さもあり、ボウイングがとてもきれいで、あんなにできたらいいなと思うが、きっと明日とか練習してもがっかりするんだろうな...。休憩を挟んで最後は松村英臣氏のピアノ・ソロによるベートーヴェンの「皇帝」。ピアノもうまかった。特に高音のトリルの音は絶品だった。第2楽章の音楽の運びが私としては気に入った。今日のプログラムは、すべて私もオケで演奏したことがある。それだけに、曲の難しいところや、大変さなどがよくわかる。聴いてみると、さすがプロだなと思う。大河内氏が指揮するとおりにちゃんとやるとああいう演奏になるのかなと思うと、しっかりしなければと思う。いつもは演奏する側に立つことが多いが、やはり聴衆として参加することも大事。いろいろと勉強になるし、またコンサートに行くことってやっぱり楽しいのだなと思った。これからもぼちぼち行ってみたいものだ。終了後はオケのメンバーと4人で近くの居酒屋へ飲みに行った。これもやはり楽しいイベント。採点地獄を忘れる楽しいひとときとなった。
Jul 26, 2005
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今日からいよいよ試験の開始。まずは非常勤先の試験。2科目あるので、両方の試験監督を行う。もちろん、自分が当事者であるので退屈であるということはない。学校が違うと試験のシステムもまったく違っていて、いつも戸惑う。なぜならば、年に何度もあることではないからだ。非常勤先ではTA(ティーチング・アシスタント)が主に手伝ってくれるのだが、初めてやるという人が多く、少々要領を得なかったようだった。「どうしたらいいんでしょうかね」と聞かれるのだが、実はこっちが聞きたかったりする。試験は2つとも無難に終了。1つめの科目の試験、監督をしながら解答を見て回るが、あまりできは良くないようだ。特に、記号選択式の問題は答えが合っているかどうかが即座に分かってしまうのだが、これができていない。と、ちょっとがっかり...。といっても、実際に授業に来ているのは受験している人の内のせいぜい3分の2程度だから、まあ仕方ない。しかもプリントを試験寸前に手に入れた人だとちょっとできないかもしれない。授業中にけっこう大事なことをやったので。2つめの科目の試験、こちらは出席点のウェイトが高く、人数も少ない科目であるため、全員日頃からきっちり出席しているので、問題はさほど多くない。とはいえ、授業中の取り組み具合が解答に現れている。出来の差はけっこうあった。さて、これから採点地獄が始まる。本務校の科目を含めると数は半端でなく多い。それを決められた期限までに仕上げなければならない。試験中から夏休みにかけてこれから相当忙しくなるだろう。今日もちょっと疲れて夕食後うたた寝してしまった。これではあまりよろしくないね...。
Jul 25, 2005
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今日は朝から2ndVnパートの練習。パートトップなので練習予定を組み、限られた時間内で効率的に練習していく。私の練習方法は「とにかく弾かせる」ということではない。ただ何となく弾けたというだけでは楽曲を表現するという行動の入り口に来たに過ぎない。もうこれまでに何度も練習してきている曲なのだから、多くの人は入り口には立てている。しかし、ここからが問題なのだ。本人としては弾けた気になっているのだが、実は離れて聴いてみると、かなり格好悪い演奏になっている。カラオケオヤジのように拍からかなり遅れて音を出してみたり、ポルタメント(指を滑らせて離れた音程の音をつながったようにきこえるようにする奏法)を多用して演歌みたいに歌ってみたり。少なくとも音符から示唆されている音楽とはまったく違ったものになってしまっている。今回の演奏会の指揮者曰く「もったいない!」という状態なのだ。このもったいない状態を脱出すべく、今まで自分がいろいろと工夫して考えてきたやり方をいろいろと示し、またどの場面でどのパートを聴くのかといったことや、ピッチの高低について指揮者からあった要求がなぜそうなっているのかを解説したりと、3時間フルに活用した。終わった後は前回の練習から始まった昼食会という名の打ち上げ。多様な年齢層の人が集まり、日頃はなかなかできない話をゆっくりとした。疲れたが充実した一日だった。ここ2日間の精神的な疲れはかなり取れたように思う。明日からは試験週間。採点地獄である。気合い入れて頑張っていこう。
Jul 24, 2005
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今日は、以前から言われていた補講の日。ハードなシフトで体調を崩したのに、ここ2日で7コマ、これではあまり意味がないような気がしてしまう。しかも補講の設定日が今日だけなので、前期であった休講はこの日にほとんど集中。もし、5コマ以上休むと他の日の夜などにさらに補講をしなければならなくなっていた。学生にとっては、補講が重なりまくっていてかなり迷惑な話だ。しかも最終回だからみんな試験範囲を言うしで、おそらく大変だっただろう。私の場合はHPで告知してあるので問題はあまりないとは言え、やっぱり授業を1時間聞けないのは影響なしとは言えない。これは改善すべき事項だろう。といっても、私の力ではどうにもならないのだが...。授業が終わったら、すぐにオケの練習へ向かう。帰り際に大先輩の先生から「授業前と表情が全然違うよねえ」と言われた。その通り...きっと解放された顔をしていたのだろうな。練習遅刻は確定だったが、仕方ない。とにかく急いでいった。途中、1年ゼミの学生と会い、しばらく一緒に帰る。初めてのテストなので不安だという。まあ、とにかく根性だけではなく要領よく頑張るよう言っておく。そのやり方はちゃんと以前に説明してある。大学の試験は気合いだけでは無理だぞ...(無理なことないものもあるというウワサだが)。オケの練習はコンサート前、かなり佳境に入ってきた。しかし、相変わらずアンサンブルはあまりよくない。また、音楽の運びもどうも今ひとつ。とにかく一皮むけるための苦しい状態なのだ。ここを踏ん張って抜けられるかが勝負ではないかと私は思っている。今回は有名な曲だけ集めたコンサートなので、ゼミ生も聴きに来たいという人数が多い。彼らはクラシック好きであるわけではない。でも、こういう人たちに「詳しいことはわからないけれど、けっこうよかったよ。」と言われてみたいものだ。逆に「よくわからないけどもう一つだった」とは言われたくないものだ。今、一番問題なのは演奏しやすい箇所の仕上げが甘いことだ。安心して油断してしまうのだろうが、最後の仕上げが甘いとやはりパッとしない演奏になってしまう。みんな知っている曲だけにばれやすいのが問題だ。やはり仕事は丁寧でないと...。練習終了後は指揮者の先生と飲みに行き、帰りの電車も一緒だった。あれこれ話をして今日はおしまい。なかなか体力的にハードでした。
Jul 23, 2005
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今日はハードな4コマの日、このどうしようもなくしんどいシフトとは一応終わることになる。ゴール直前、かなり気分的には楽になっていた。私にとっては明日も補講があるので休みではないのだが、補講のないゼミ生にとっては休み、ゼミで前期終了の打ち上げ&さらなる親睦を深める会をやろうという企画が持ち上がった。学生から積極的に発案があったものについてはよほどのことがない限り付き合っているので、今回も喜んでお付き合いすることに。お酒が入るので電車に乗っていく。このラッシュからもしばらく解放されることを思えば、腹も立たなくなってきた。最初は1年ゼミ。最後に好きな会社を選んでその会社のいいところを説明するという課題。3~4人のグループで共同作業をしてもらい最後のプレゼンをしてもらった。このプレゼンには、絶対に15分間話し続けること、プレゼンター以外は15分間質疑応答をとぎれさせないことという条件が付いている。これを守ることができなければ不合格だ。今までこの条件を守れないグループは去年もなかった。守れなかったグループは共同責任で不合格になるからだ。最後の最後に厳しい評価が待っていることは4月に言ってあるので、学生は必死に課題をこなしてきた。やはりある程度厳しい条件をつけて、内容の濃い課題をさせると学生は伸びていく。もちろん、まったく手の届かない課題だとやる気をなくすので、取っつきやすいが少し難しいぐらいの課題がいいようだ。今後ちゃんとやっていけば伸びていきそうな感覚はあった。ぜひ彼らには4年間で頑張ってほしいものだ。この後、3年ゼミ、1年生向けの授業と続いた。この4コマがなんときついことだったか。しかしまあ、ようやく通常授業の最終日までこぎつけた。そして少々長めの空き時間の後、前期打ち上げ飲み会へ。大学の近所、4年のゼミ生がひいきにしている居酒屋に行った(これは偶然)。最初はおとなしかったゼミ生たちも、酒が入るとよくしゃべるようになった。今年の3年生はおとなしい印象だったが、ちゃんと話ができるのを見て安心した。あと、この学年は事務能力が高いメンバーが揃っている。いつもいろいろ手伝わなければいけない羽目になるのだが、この学年は自分たちできっちりと段取りをする能力がある。クラブに入っている学生がきっと多いからなのだろう。クラブをやっていることが就職活動で役立つということはずっと言われてきたことだが、日頃からちゃんと行動できる習慣が付いている姿を見ていると納得できるように思う。9月にゼミ旅行があるが、こちたの準備も万全、日程をしっかり頭に入れて行動できている。日頃学生と先生がお互いのことをどう思っているのかという話は毎年盛り上がる。学生が大学の先生に対して持っているイメージは「学生のことには関心がない」というものらしい。確かに、100人以上が教室にいて、全員にちゃんと目が行き届いていないと想像するのはわかるような気がする。中には「レポートなんか読んでない」とか「テストの点数を鉛筆転がしで決めている」などという話も出てきて、さすがにそれは笑った。私が学生の時も同じように言っていたからだ。こういう話って、いつの時代も変わらないのだろうか。私の場合は、見ていないふりをしてけっこう見ている方だ。ちゃんと話を聞いてくれる学生の顔はちゃんと覚えているし、名前も小テストなどで見回っている途中で覚える。もちろん、態度の悪いほうもよく覚えている。ゼミ生の顔と名前は2回目には全員覚えるようにしている(写真付きのカードを作ってもらって、それを眺めてたたき込む)。せっかく2年間関わるのだから、ちゃんと覚えないと失礼だし、気持ちが通じ合うこともないだろうと思うのだ。基本的に人と関わりを持ちたいという気持ちが強いので、学生に対しては関心大ありである。と、楽しい飲み会を先に失礼して帰る。翌日また補講なのだ。私の前期は終わっていない...。2日で7コマ、疲れが出るとまた倒れてしまいそうなので帰ることにした。バスがなくなるという学生と一緒に途中まで帰る。が、最後に乗る路線への乗換駅に行ってゲッ!と思った。金曜日の23時台は、朝の通勤ラッシュ以上に混んでいた。押し合いへし合いで15分間地獄だった。熱いし、あちこちからひじ鉄を食らうし、携帯でメールしているオッサンが倒れてきたときには最低だった。こんなときまでメールすんなよ!おまけに自分で倒れてきたくせ睨んできて逆ギレかい!と、最悪に気分を害して電車を降りた。とにかく疲れたぞ...。
Jul 22, 2005
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今日は、夜シフトだった昨日の疲れを取るためにも、少しゆっくり目に自宅を出て大学へ。同僚と昼食後、さて本でも読むかと思ったその時から、来客が続々とやってくる。今日は夏休み前最終回のゼミということで、ゼミ生たちがレジュメを持ってくる。メールボックスに入れておいてと頼んでいたのだが、直接手渡していろいろと言いたいこともあったのだろう。来客の中心は女子学生。やはり就職の問題に悩んでいるようだ。今日来た2人はもらった内定を断って活動を続けていたら、それまで順調だったのがパタリと止まってしまったというパターンだった。少し前の就職超氷河期であればおそらく断ったりなどしないのであろうが、今年は新卒内定枠を増やす傾向があったりして、けっこう早めに内定が出るケースもあった。彼女たちにとって見れば「もっといいところがあるはずだ」「いいところを狙ってみよう」という意識があったのだろう。それ自体、悪いことではなくチャレンジしていこうという気持ちは買える。ただ、どうも話から受けるニュアンスは、「自分が入って行きやすい(お膳立てがありそうな)企業」を望ましいものと考えているような感じだ。断った理由などを聞いてみると「イヤな話を聞いた」という。そのソースがインターネットの掲示板だったりするから、やっかいだ。今や、インターネットの掲示板は、企業の就職担当者もチェックを怠らないものになっているそうだ。少しでも悪い噂が出たら辞退者が出ないように、内定者に電話をすることもあるようだ。問題は、それが真実をちゃんと表していない場合が少なからずあるということだ。落とされた学生が腹いせにもっともらしい表現で書いたりすることもあったりする。それを鵜呑みしてしまう学生が多いことも少々驚きだった。折に触れて情報の正しさは自分で確かめるようにとゼミ生に対しては言ってきたのだが、身近なソースに引っ張られていってしまうようだ。かなり連敗続きになってくると、やはり心理的に追い込まれていて、自分をどう見せるかにとらわれてしまい、相当背伸びをして疲れたという話、かれこれ1年以上見続けている私などは、そのままの自分を出していけば認めてくれる人もけっこういるはずだと思うのだが、そこは短期の一発勝負、特に大手は競争が激しいために、背伸びをしなければやっていけないと思ってしまうようだ。(ここからはやや一般的な話で、彼女たちを想定しているわけではない)しかし、自分を変えようとしてもそれはなかなか難しいこと。結局は早くから自分を高めていく努力をしていくしかないと思う。それぞれ自分にあった戦術があるはずなのだが、それを見極めるためにはやはりそれなりの努力がいる。それをしっかりしないまま就職活動に臨んでしまうので、自分を見失ったりもするのだろう。しかし、そうする中でさらに問題なのは、「大手でなければ会社じゃない」「落ちたから私は負け組だ」と自分でさらに悲観的になってしまうことだ。そんなことはない。全国展開している会社だけがすべてではない。地域で頑張る会社は身の丈にあったビジネスをしているとも考えられるわけだから、働くには申し分ない場所だろう。それに、何かこれと決めたらそこにこだわってしまうところも問題をややこしくしている。何か業種を絞るのは当然必要なことなのだが、そこだけ回ってうまく行かなければ悲観的になってしまっている。その場合、もう少し想像力を働かせてみるべきだろう。例えば、希望業種と取引関係にある業種、関連性の深い業種、探せばいろいろある。一般顧客相手の企業は露出度が高いのでとっつきやすいが、企業相手のビジネスをしている企業も相当数ある。フトコロを広く持って臨むことも必要だろう。また、たいていの学生が使う「リクナビ」はすべての企業を網羅しているわけではない。例えば、大学の就職部には求人がちゃんと来ている。そういうところの中にも自分と相性が合う企業があったりすることだってある。それは、ちょうど、株式市場で東証1部しかみていないようなもので、実際には東証2部もあれば、他の都市にも市場はあるし、新興企業向けの市場もある。そこで投資した方がいい結果を生むことはよくあることだ。とにかくアンテナがカバーする範囲が狭すぎるし、感度も良くないために、チャンスを逃してしまっているように思う。それに、実際に働いてみないと、その企業を知ることはできないし、行った部署に当たりはずれがあることもわからない。最初からそんなにわかりやすい企業などないと思った方がいいと思う。そこまでいろいろ明らかにする暇があったら仕事をするべきだからだ。その企業が働く人がみんな学生の方を向いているわけではないことを理解しておくことが必要だろう。幸い、今の世の中では転職可能になりつつあるし、第二新卒市場もちゃんとある。失敗は努力次第で取り返せるのだ。あまりにも悲観しすぎている姿を見るたびに痛々しく思えてしまう。こういう大事なことは、その場であるいは終わった後で考えすぎないことが大事だったりする。きっちりと事前に考えておいて、アンテナをしっかり張っておくこと、むしろそうしていかないと振り回されてしまうように思う。結局、いろいろなことにこれって通じるような気がするな...(以前の日記のオケの話もそうだ)。
Jul 21, 2005
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過ごすことの喜びを噛みしめようとした一日だった。結局、連休の予定がすべて吹き飛んでしまったので、今日だけがオフになった。いつもならば娘が幼稚園に行っている間、3人で出かけるパターンが続いていたのだが、今日は幼稚園で息子も預かってもらえる日だったので、遠慮なく預かってもらい、妻と食事に出かけた。とはいえ、迎えに行く時間は早めだったので、地元でまだ行ったことのない店を求めて散歩した。行ったのは韓国料理屋。私が卒業した小学校にほど近い場所にあるのだが、できたのは割と最近。そういう店があることは知っていたが奥まった場所でもあるのでなかなか近づきにくかった。子連れで韓国料理だと食べるものがあまりなさそうだし。でも、今日は2人なのでわざとそういう店をねらって行ったのだ。味は良好。辛い料理をあまり好まない妻も、おいしいといってかなり積極的に食べていた。娘はもう親の言っていることがかなり理解できるのであなどれない。将来に関する大事な話や、2人きりでしたい話はこういうときにするしかない。とはいえ、毎日ちゃんと会話はしているので、会話のない夫婦などということはない。どちらも話し好きな方なので話をせずに過ごすことほどつらいことはないはずだからだ。確かに、たまにはこういう時間が必要。大事にしたいものだ。食後、幼稚園に子供たちを迎えに行く。先生や友達といろいろ遊んだらしく、かなりご機嫌だった。息子は帰り道のベビーカーでグッスリ寝てしまった。帰ってからはしばらく仕事をして、さあ休もうと思って居間に行くと、今度は息子が起きていて、妻と娘がお昼寝。夕食、入浴は子供たちと一緒、妻が入浴中は子供たちと遊ぶ。最近、いろいろな「ごっこ遊び」をしているが、今日は娘が幼稚園の先生役で、息子と私が園児の役をさせられた。「先生の方にちゃんと向いて座りましょう」とか「パパ、お返事は?」などと言ってくる。きっと幼稚園でもそう言われているのだろうなと思うと、笑えてくる。「はぁ~い」などと返事をしておくと、子供たちもご機嫌。こういう機会をできるだけちゃんと持ちたいものだ。ダラダラやるのは性に合わないので、しっかり集中して向き合わないといけないな。
Jul 19, 2005
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今日、葬儀に行った。こういう場はつらすぎるのだが、行かずにはいられなかった。京都はとても蒸し暑く、駅から歩くのですら体にこたえる感じ。奥様は気丈に振る舞っていたものの、見ている方がつらい。ご両親が健在なので、逆縁のつらさも感じる。それに、お子さんたちが状況を理解できる年ではないので、無邪気に走り回っている姿が痛々しかった。特に下のお子さんはお父さんの記憶がないままになってしまうのがつらいとお母様がおっしゃっていた。子供の年齢構成はうちとまったく同じ、つらすぎる...もし自分がそうなってしまったら...考えたくはないことだが何となく頭にそのことが浮かんでくる。遠くに住んでいてなかなか実家に帰れない弟がこの間ポツンと言った一言が思い出される。「僕ってあと何回親と会えるのかな。」もっと人と会うその瞬間を大事にしよう。自分にとってできる限りのことをしよう。そればかり考えて生活することはきっとできないだろうけど、絶対に時々は思い出そう。そんな思いを新たにした。ただただ彼の冥福を祈ろう。
Jul 18, 2005
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それがきっと一番大事。今ここにいる自分、大事にしなければ。そして、どんなに腹が立つときでも、家族への愛は忘れずにいよう。そして、その愛は自分の生き方で表現しよう。生きていること、そうしているからこそ、みんな幸せでいられるのだ。当たり前みたいにしているから気づかないけれど...。
Jul 17, 2005
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今日は、先日休んで飛ばしてしまった非常勤先の授業の補講。昨日からガラガラになってしまったノドはさらにひどくなった。かろうじて声は出せるものの、自分でも聞けたものではない声(オケでは色っぽいやんとかよく分からないコメントがあった)になってしまった。ただ、ここで休むわけにも行かないので、できるだけ負担をかけないような声の出し方を心がけ、ちょっとだけ早めに終わってしまったりちょっとズルをして乗り切った。喉が痛いのに2日で6コマ、殺す気か...。かなりつらすぎました。と、さらに追い打ちをかけるつらい知らせ。知り合いが亡くなった。事故らしいが状況はまだ分からない様子。第一報だけを受けた格好だ。まだ30代半ば、私とそう変わらない年代で、しかもお子さんも小さい。家族ぐるみでのお付き合いだったのでめちゃくちゃショックだ。残された奥さんやお子さんのことを思うと胸が締め付けられる。自分がそうなったらいったいどうなるんだろうとか、知らせを受けてからずーっとそのことが頭を離れない。明日は悲しいお別れをしに行くことになる。つらいと言えば、こちらは軽いものだが、オケの演奏がもう一つ乗り切らない感じ。今日は本番の指揮者の練習だったが、指示がとんでもなかなか思うように変わっていかない。先週の日記でも書いた問題が同じように繰り返されている。指揮者もそろそろ補助輪を外すべきみたいなニュアンスの指示をしていたが、まだ全員が理解できているわけではないし、思い切れていない部分がある。分かっている人と分かっていない人の両方が入り交じった状態で、かなりもどかしかったりする。もっとも、このつらさは後の飲み会である程度流れることにはなったのだが...。でも...本当につらい気持ちになるのは明日なのだろうな。
Jul 16, 2005
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持てないほど疲れるのが、この金曜日。おまけに途中からのどが痛くなって声がかすれていく。明日は非常勤先での補講だというのに、ちゃんとしゃべれるのか心配ではある。しかし、それが終われば月曜日も休みであるため、3日間授業がない。ここで休まなければ、やばいなあ。いよいよ前期もラストスパート、23日のラスト(これがまた補講)まで頑張るしかない。あとはノドの温存のため、できるだけしゃべらないことを心がけるのみ。しゃべらないで居続けるというのは自分の性格的に難しいのだが...。早めに寝るとしよう。
Jul 15, 2005
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今日の電車の中の読書で読んだのは、大前研一著『東欧チャンス』だった。最近書店ではビジネス新刊で平積みになっているので、よく見かける。近年、中東欧地域への日本企業の進出がかなり目立ってくるようになった。トヨタがチェコやポーランドに、三洋電機がハンガリーに生産拠点をつくったりというような動きがその例だ。私がこの本を読もうと思ったのは、ビジネスの動向に興味があるからということももちろんあるのだが、この地域が好きだからということもあった。きっかけはやはり音楽だ。チェコはドヴォルザークやスメタナ、ハンガリーはバルトークやコダーイ、ポーランドはショパンといった具合に、自分の好きな作曲家の出身地なのだ。学生時代からずっと行ってみたいと思っていたのだが、念願が叶ったのは新婚旅行の時だった。どこに行こうかと相談する時になって、どちらも第一希望で出したのが「中欧(オーストリア、チェコ、ハンガリー)」だった。さすが、妻もオケをやっていただけのことはある。普通なら、ヨーロッパといえばイタリアやフランスを選びそうなものだが...。この点はもめずに済んだ。基本的に意見は合いやすいのだろう。始めて行ったそれらの土地はよかった。初心者ということもあり、ツアーに参加したのだが、われわれ二人を除いて、あとはツアーに行き慣れていそうな中高年夫婦ばかりだった。「なんでこんなしぶいツアーなの?」といろいろな人から聞かれたが、答えるのはかなり面倒だったのを覚えている。ベルリンを皮切りに、プラハ、ウィーン、ブダペストと回った。博物館などの観光名所は一通り行くのだが、意外と空き時間が多かった。それはオプショナル・ツアーがあるからだが、われわれはそれに参加せず、自力で街歩きを楽しんだ。トラム(路面電車)に乗ってみたり、遊園地に行ってみたり、地元のレストランに入ってみたり、積極的に歩き回った。とにかくその土地の雰囲気を味わってこそ旅行だという心意気だけはあったように思う。ウイーンは英語が通じるのだが、プラハやブダペストではやはり心許なく、街歩きの時は、行く前に付け焼き刃で勉強した片言の現地語(チェコ語やマジャール語)と、学生時代に勉強していたドイツ語(チェコやハンガリーでは通じるが、ポーランドでは嫌がられるらしい)とを使い、苦労しながらコミュニケーションは何とか成立した。一度はまってしまったわれわれは翌年、今度はウィーンを拠点として、ハンガリーとスロバキアに行った。ハンガリー西部にあるショプロンという町と、スロバキアの首都であるブラチスラバを訪れた。当時スロバキアはビザが必要だったのでこれを取るのに少し手間がかかったが、無事行くことができた。これらの場所はいずれもウィーンから電車で1時間ちょっとの場所にあり、電車に乗る思い切りさえあれば意外と行きやすい。ここでもドイツ語を必死で話す。車掌や国境警備隊の人は電車に乗って国境を越えようとする東洋人が珍しかったらしく、けげんそうな顔をしていた。現地の人々はそうでもなかったし、ドイツ語を話したことで親近感を持たれたりもした(アンタ、ドイツ語話せるのか?みたいな)。ブラチスラバでは日本語を話す珍しい現地の人に出会った。何でも地元のオーケストラのファゴット奏者らしく、日本にも行ったことがある(後日確かめてみるとそのオケは本当に日本に来ていた)といっていろいろと日本語で会話した。また、ブラチスラバでは恐喝に遭ったのだが、このときもドイツ語でやり返した結果、少額のお金(日本円で700円ぐらい)で許してもらえた。英語でない語学が何とかできることは、こういうときに助かるということを身をもって知った。大学時代の恩師に「海外に行くなら絶対に英語以外の言葉を一つ、そしてできれば現地語を勉強しなさい。現地で絶対に助かるから。」と言われたことをその時には思い出した。ウィーンは本当に安全な街で非常に居心地が良かった。オペラも見に行って、何となく気分も味わえたし。ただ、今は行こうと思ってもなかなか行けない。子供2人を連れてヨーロッパはまだ無理だ。10時間以上も飛行機に乗っていられないだろう。でも、やっぱり行きたいなと思う。今日も本を読んでいて、中東欧がどんどん発展している様子がよくわかる。あれから6年、きっと当時と比べるとずいぶん変わったことも多いだろう。またこの目で確かめる機会を持ちたいものだ。これは、共同で研究費でも当てて行くしかないか???仕事で行くのもきっと悪くない。そんな日をちょっとだけ夢見ながら、とりあえずチェコ語とマジャール語、ポーランド語ぐらいは勉強しようかな。
Jul 14, 2005
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を考え始めると、とても難しい。最近、「教えることの復権」という新書本が出た。著者の一人は大村はま氏。私は大学生の時に高校の教育実習に行ったのだが、その時の実習記録が実家にあったのを先日見つけた。いろいろと思い出深い実習だったのだが、指導してくださった先生が最後のページに書いた一言は、「先生を志すなら、大村はまさんの著書を読みなさい」というものだった。その後進路が変わってしまったので、心の隅に引っかかってはいたものの、読む時間はなかなかなかった。が、先日書店で偶然見つけたのだ。共著者が教育社会学者の苅谷剛彦氏であったことも、この本に興味を持った理由の一つだった。内容は大村氏の実践した教育方法の記述とそれを実際に体験した元教え子(苅谷氏の奥様)との対話、そこから大学の先生に何ができるのかを考える苅谷氏の文などで構成されている。細かいことはともかくとして、自分としては考えさせられることがかなり多くあった。「ディスカッションなどで学生の自主性に任せるといいつつ実は先生は何も教えていないのでは」という話や、「理解できるようにするために教師はその先をもっと見ておかなければいけない」という話、「何を教えるべきかということに対して教師は自覚的でなければならない」という話、「テストは自分の授業に対する真の意味での理解度を確かめるためのもの」という話などは、耳の痛い話だと思う。もちろん、大人数教室でそこまでの準備などは難しいのは明らかだ。しかし、諦めたり開き直ったりしてはいけないと思う。もちろん、自分は研究者だから教育は知ったことではないなどという開き直りも自分としてはダメだという意見だ。好むと好まざるとにかかわらず、教えるという仕事が確実に課せられている以上、それはきっちりとやらなければならない。もちろん、大学の場合は研究活動という裏付けもちゃんとなければならないから、それをおろそかにするような開き直りもよくないだろう。二足のわらじ状態はなかなか大変なのだが、学生に向き合うことに集中力と時間はある程度割かなければいいものはできないと思う。これらを実現させていくためには、そのための条件整備が必要だろう。何とかクラスサイズを小さくすることは必要なのだが、教員にとってベストな状態で臨むためのコンディションも必要である。きつすぎるシフトはいい効果を生まないように思う。「学生に学びたいことをアンケートして決めたら」という意見があったりもするが、それはどうなのだろうか?学びたいことを決めさせるということは、自分たちでちゃんと自信を持って決められないということではないのだろうか。本気で学ばせたいのなら、何を学ばせたいのかに自覚的でなければならないのは当然であるように思う。この本を読んでいて、義務教育の段階でもかなり問題はあるように思うが、実はそれにつながっている大学の教育も同様の問題を抱えているような気がする。この問題に早く気づいて手を打った所が最後に笑うのではと思う。そう思うと、われわれはゆとり教育を笑えない。
Jul 13, 2005
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今日は授業のない日だが、娘が幼稚園に行っている間に出かけようと妻が言い出したので、アウトレットモールに出かけた。とはいえ、買い物は私の服がメインになってしまった。私の場合、ちょっぴりサイズが大きい(アメリカンサイズのL)ので普通の店で服を買おうとするとちょっと苦労する。本当に大きい人ならそのための店もあるしいいのだが、そういう店だと下限のサイズで慢性的に品薄だし、だからといって普通の店では上限のサイズなのでで慢性的に品薄で、バーゲンで手に入れることはまずできない。要するに中途半端なサイズなのだ。しかし、海外の店に行くと標準的なサイズになる。「国際派のあなたに...」というキャッチフレーズの店があったりするのだが、まさにそんな感じだ。アウトレットではそのくらいのサイズが簡単に手に入るのがありがたい。しかも安いときている。種類も豊富にある。というわけで、アウトレットモールで服を買うのが慣例になっている。その後、息子の誕生日が近いので、プレゼントとしてレゴを買いに行く。レゴのアウトレットもありがたい。一般のおもちゃ屋で買うよりもかなり安い。しかも日本国内では未発売のモデルや廃盤品もあったりする。私は小さい頃からレゴが大好きだったらしく、現在でも実家にはそれらが残っている。それらを使ってよく家や乗り物をつくっていたことは今もよく覚えている。子供たちもレゴは気に入っているようでよく遊んでいる。まだ誕生日がくるまでは別の部屋に置いておくつもりにしている。それから最近はまっているインド料理屋へ。相変わらず美味しい。満足して帰ったのはいいのだが、まず娘が幼稚園から帰ってくると耳が痛いと言いだし(結局これはどうも違ったらしい)、妻までがのどが痛いと言い出した。結局夕方から病院へ連れて行くことに。私もちょっと調子が悪いなと思い始めた。このために同僚との約束も結局キャンセルとなってしまった。仕方のないところだ。しかし、明日からは恐怖の3日間。体力温存のために寝なければ...。
Jul 12, 2005
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今日は朝から雨、非常勤先での授業だが、体調があまりいいとは言えずテンションが低いまま電車に乗った。雨が降っていてテンションが低いとき、この曲の第2楽章を聴くのが大好きだ。第1楽章が厳しく暗い感じ(これは使われているホ短調という調性に起因していると思う。チャイコフスキーの交響曲第5番の第1楽章の終わり方と共通した要素を持っているような感じ)で終わった後に、いきなり遠い関係にある変ホ長調、温かく包むような感じで始まる。ここでは弦の柔らかいメロディを包むようなホルンの低音やロングトーンで弱音のトランペットが効果的。曲の雰囲気をメロディ以外の楽器が作り出していることを実感できる場所だ。これぞたくさんの色がパレットの中にあるオーケストラならではの楽しみなのだ。その後突然寂しげな木管楽器の合奏を挟んでみたり、急速に曲が展開して盛り上がったり、また寂しげなメロディが出てみたり、突然明るい夢を見るような旋律が出てきたりと、ベートーヴェンのような構造美はそこにないのだが、移ろいゆく美しさがそこにはある。調性もあっちこっちへと移るし、テンポも細かく動いており、なかなか演奏するのは難しそうだがそこがまたよい。きっとこういうのがフィンランドの音楽の特徴に根ざしているのだろうが、シベリウスの成功はそれを西洋音楽の伝統に則った形で作ったことにあるのではないかと思う。途中、テンポが速くなって相当激しい部分があるのだが、そこから冒頭の旋律へと戻っていく処理がすばらしい。実はその激しい部分の旋律と冒頭の穏やかな旋律はまったく同じもので、それが隣り合わせになっていることが場面転換をより効果的にしている。こうしてあれこれ書くと味気ない分析のように見えるのだが、大好きな曲だからこそもっとその秘密に迫りたいという欲求が自分の中にあって、ついついメモ代わりに書いている。第1楽章、特に冒頭と終わりの部分はチャイコフスキーと本当によく似ているように思うが、まぎれもなくシベリウスの語法がてんこ盛りだ。フィンランドの土の香りがするところと幻想的な雰囲気とが同居しているということがはっきりと分かるのがこの曲の特徴だと言えるかも知れない(第2番はもう少し洗練された印象を受ける)。実はそういう作りがどの楽章の中にもある。この第1楽章で好きなのは、主題が終わった後に出てくるハープと木管のメロディへの場面転換の部分、ソロ・ヴァイオリンが登場する部分、そして紆余曲折があってから主題が戻ってくるきっかけになるト長調の和音が出てくる場所(ヴァイオリンのメロディ)、最後に暗くなる(ホ短調に戻る)直前のハープといったところだろうか。第3楽章は、これまた土の香りがふんだんにする荒っぽさのある舞曲調の音楽。メロディが1拍目にないので、これまた演奏は難しそうだ。この曲のスコアを買うまでは、普通に拍子を取っていると勘定が合わなくて不思議に思ったものだ。中間部の穏やかな部分と舞曲とのコントラストが効果的。最後は突っ走ったまま終わる。第4楽章は「幻想曲風に」と書かれている。確かに交響曲というより、何となく交響詩の雰囲気がある。テンポの変化がここでも激しい。この楽章では、特に中間にある嵐のような部分からそれが止んで穏やかになり(変イ長調)、さらにそこへ光が差し込んでくるような木管楽器とキラキラとするような弦楽器によるメロディ(ロ長調)という、一連の部分が大好きだ。このメロディの裏でホルンがやっている細かいシンコペーションがまたたまらない。この場所以外のシンコペーションはもっと大まかなもので、普通ならホルンがメロディでヴァイオリンがシンコペーションをやるパターンなのにそれが逆になっているのがまた面白い。これをスコアで見つけたときは思わず「ほぉ~」と思ったものだ。最後は寂しく短調で曲が閉じてしまうと言うことでコンサートのブラボー隊にとっては消化不良を起こしそうなものだが、それがこの曲らしくていいような気がする。今日電車に乗っていて、その大好きな部分が、激しい雨が止んで日が差す瞬間とシンクロした。これは奇跡的なことで、何だか今日はいいことがあるのではとも思ったくらいだ。まあ、いいことがあったかといえば、あったかな。ともかく、この曲の一番大好きな部分と実在する情景がマッチした瞬間は本当に鳥肌ものだった。この曲を知っていて幸せだと思った瞬間だった。よくぞこの人生を生きてきてくれたものだと自分を少しほめたい気分になった。
Jul 11, 2005
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昨日、今日と2つのオケの練習に行った。毎週行っている所属オケの練習と、OBオケの練習だ。所属オケは演奏者として、OBオケは練習指揮者として参加したのだが、この2つの立場から見ると、どちらのオケも共通した課題を持っている。どちらのオケも、今手がけている曲に関してはそこそこ対応できる力を持っていると思う。所属オケは特に個人の技術という点で見ればかなりいい線を行っているように思う。しかし、実際に鳴っている音がいいのか、音楽作品がちゃんと形になっているのかというと、実はちょっと違うように感じてしまう。音楽作品を完成させるというと、何となくプロにしかできないかのように思われがちだが、アマチュアでも何とか近づこうとする手だてはあるように私は思う。それぞれの奏者がコンチェルトを弾きこなすような腕の持ち主ならば、それはまさしくプロであり、最高の技術から最高の作品が生まれる可能性は高い。しかし、アマチュアにそのような技術はない。確かにプロは演奏に専念して年中過ごしているわけで、いちいちその場で考え込まなくても、それまでの数限りない経験から、その場にふさわしい音を見つけ出すことができる。それは練習と経験によって生み出されていると言っていいだろう。ところがアマチュアはそうは行かない。練習時間をプロ並みにとることは不可能だ。だが、ここで諦めてはいけないと思う。実はプロがやっていてアマチュアがあまりやっていないと思われることがある。それは音楽の流れに対して自覚的になるということだ。またどう表現すべきかをあらかじめちゃんと考えておき、演奏の時には周りに対してアンテナを張り巡らすということである。あらかじめ考えておく、演劇で言えば台本を読み込むことがあまりにもおろそかなのだ。クラシック音楽の場合、次に何が起こるか分からないという即興劇のようなケースはかなり限られる。昔からちゃんと台本があるのだ。それをどう解釈するのかは確かに指揮者の仕事ではある。しかしそれ以前に、どのように音楽が流れていくのか、合奏ならば自分が今弾いているフレーズは次にどの楽器へ行くのか、全体から見て盛り上がっていこうとしているのか、落ち着こうとしているのか、そういったことに関しては弾く以前から自覚的になっていなければならない。そうでなければ、時間の流れの中で瞬時に必要な音を選ぶことはできない。その上で楽器の重ね具合、テンポの揺れ具合などを指揮者が決めていくのだ。その意味では、オケと指揮者は共同作業である。要するに、アマチュアの場合、準備が足りない場合が多いのだ。と、プロの指揮者はアマチュアに対してよく言っている。私が最近出会った指揮者はみんな共通してそう指摘している。もちろん、最低限弾けるだけの練習は必要だし、その裏付けがなければまともな演奏にはならない。しかし、それだけで終わってしまうのもまたもったいない話であるように思う。例えば、曲を勉強するためにCDを聴くということはよく行われることだが、ある程度曲を覚えてしまえば、今度は別の視点から見直すことが必要だろう。自分のやっているフレーズはメロディなのか伴奏なのか、どのパートと一緒に演奏しているのか、音の強さはどのくらいなのか、音色はどうなのかといったことに対して鋭敏な感覚を持って聴き直してみることが必要だろう。そういった準備をやった上で、演奏に臨むとかなり違った感覚になってくる。例えば、メトロノーム的に正しい演奏がいい演奏なのかというと、必ずしもそうとは言えない。勢いも遊びもない退屈な演奏になってしまう。例えば、ウィンナ・ワルツやポルカをメトロノーム的に正しい演奏でやるとまったく面白くない。しかし、どうしてもそうなりやすい。それは、事前にきっちりとどうしたいかを考えるという作業が足りないために、「メトロノーム的に正しければまあなんとかなる」という安心感から抜け出せないからだと思う。補助輪を外せない状態で自転車に乗っている状態なのだ。つまり、補助輪をうまく外せればもっと楽しく自転車に乗れるようになるのと同じで、「メトロノーム的に正しい」という状態から抜け出せればもっと音楽は楽しくなるように思えるのだ。もちろん、その状態を抜けることといい加減に演奏するのとは違う。自転車だっていい加減に乗っていれば転んでしまうわけで、体のバランスに対しては自覚的でなければならない。つまり、ある程度バランスの取れたリズム感覚は絶対に必要なのだ。また、「音楽を楽しむのは何も考えないでやれるから楽しいのであって、そんなこと考え出したら面白くないじゃないか。好きにさせてよ。」ということはよく聞く話だが、少なくとも合奏でやる場合、ましてやお客さんに聴かせようとするのであれば、それは通用しないと思う。「別にうまくなくたっていい。うまけりゃいいってもんじゃないし」というのも違うだろう。それはカラオケボックスで悦に入って歌っているオヤジと同じことだ。そういうのを聴くのはつらいと思う人はきっと多いと思うが、実は開き直ると言うことはそのオヤジがしていることとまったく変わらない。言い換えれば、うまくもない素人料理をお金を出して食べさせられるようなもので、これまたつらい。ところが、不思議なもので、芸術はうまくなる段階では非常に高い壁があるのだが、それを乗り越えると楽しさが倍増、いやもっと増えていく。自分が進歩しているのがわかる楽しみだと言えるのかも知れない。そういったことの連鎖がオケの中にあれば、きっとアマチュアでもうまくなっていくのだろうと思う。あと、周りに対して自覚的になるという楽しみ方は、合奏ならではのものだ。一緒に音楽をやっている感覚、それができるようになるともっと楽しい。もちろん、そのためには先に挙げた作業はちゃんと済ませておく必要がある。今、市民オケではそれを楽しめている。2ndVnの動きをちゃんと聴こうとしてくれるコンマス、きっちりと周りを見渡していて、何か動きがあると間違いなく対応してくれるチェロのトップ奏者、一緒に内声部の動きをやっているときに「俺たちが音楽を動かしているんだぞ」というメッセージを大きく見開いた目で投げかけてくるヴィオラのトップ奏者、そういった人たちと一緒に音楽をやっているという感覚は、ただ単にその曲や楽器が好きだからやりたいというものから少し進化した楽しみ方になっている。きっとそれが多くの人に波及していくともっとオケはうまくなっていくんだろうなと思う。長い道のりになるのかどうかはわからないが、アマチュアでも進化することを諦めないで、躊躇しないで進んでいけるようにしたいものだ。次回はもっといいものができるように頑張っていきたいものだ。もちろん、みんなで。
Jul 10, 2005
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今日は4コマ、1週間の中で最高にしんどい日である。マラソンで言う「35キロを過ぎたあたりにある心臓破りの坂」とでも言おうか...。もちろん今日は車通勤。これをしないとつらすぎる。大学に着いてからさて仕事をしようかと思ったら、昨日寝付きが悪かったことが響いたのだろうか、クラクラしてしんどくなってきた。1限の時間まで研究室のソファーで横になっていた。そのまま1限は容赦なくやってきた。ただし、今日の1年ゼミは来週から行うグループ発表のための準備にあてており、私は質問や相談を受けるということになっていた。立って動き回らなくていい分だけ、少し体力は温存できた。2つめは3年ゼミ。こちらは普段通り学生のプレゼンと私の解説。本当はディスカッションまで行きたいのだが、ゼミで話し合うべき事項が多く発生したために今日は断念。最後の15分、学生に時間をあげることにした。この時点では空腹もあってしんどさは頂点に達していた。昼過ぎにはやらなくてもいいようなムダな仕事(2回目になると、本当にそう思えてきた)。少し早めに切り上げさせてもらって、次の授業の準備。昼食後は少し体力が復活していた。その後は2コマ連続の授業。これが体力の落ちている状態に追い打ちをかける。最後はバテバテ。1人で帰るのは不安だったので、同じ方向に変える同僚を乗せて一緒に帰ってもらう(もっとも、同僚は助かると喜んでいたが)。車内ではいろいろと情報交換、ここでも学内にあるムダな仕事やムダなお金の使い方などがお題になっていた。無事帰宅して、何とか復活するよう早寝をした。
Jul 8, 2005
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今日は4年ゼミのみの日。気分的には余裕のある日だが、書類作成など細々した仕事が多かった。中でも以前同じようなフォーマットの書類をファイルで提出したのに、また同じような書類を書かせられたのは正直呆れた。それくらい、ファイルをちゃんと管理しておけば済む話なのに...。ちょっとした工夫でできる仕事を丸投げしてみんなの時間をつぶすというのはいかがなものか。今ある仕事を効率化することくらいは考えて欲しいものだ。ゼミでは卒論企画書の提出日、まだ就職活動をしている学生や公務員、資格試験などを控えている学生もいるので、全員から集められているわけではないのだが、提出されてきたものに関しては、まずまずの出来。これから作成しつつ、いろいろ試行錯誤してもらおう。あと、アンケートやインタビューなどの調査方法についてレクチャーして終了、そのままゼミ生の発案により近所の居酒屋へ。居酒屋では阪神-ヤクルト戦の中継をラジオで流していた。実はこの途中でロンドンではテロが起こっていたことになる。しかし、そのような情報はまったく流れていなかったので、阪神が逆転したところで大盛り上がり。そして時には学生たちの真剣な話に耳を傾けたりと楽しく過ごしていた。テロのことを知ったのは自宅に帰ってからだった。またか...。アメリカのテロの時も状況は似ていた。その時も当時所属していた室内合奏団の演奏会前で集中的に練習をしていて何も知らないまま自宅に帰って知った。今回は地下鉄とバス。交通機関は人が多いのでどうしても狙われてしまうのだろうか。それにしてもテロはダメだ。殺人は当然ダメだと思うが、しかも無差別ときている。自分に落ち度がないのに、何も知らないままに命を落とすということはやりきれない。テロ対策というのはやはり難しいようだ。「テロの撲滅」ということがよく言われるが、撲滅はできるものなのだろうかと思うと心許ないような気がする。その主体は各国政府ということになるのだろうが、政府という組織はテロ対策に関してもかなり違った考え方をそれぞれ持っているし、別の利害関係が多く絡んでいるので、足並みを揃えることが難しい。だからといって、強引にどこかの国が推進しようとしてもその取り組みにはどうしても限界がある。政府という組織は、そのままでは迅速に動けないという性質を持っているのだ。政府間の連携をどうするか、利害を超えた話し合い、それが可能であるかは分からないが、加えて強いコミットメントが必要だろう。逆に、テロリストのネットワークはかなり強いらしく、しかも世界規模で進んでいると言われる。いくら叩いてもホコリのように散ってしまう。目的に対するコミットメントの強さとフットワークの軽さは抑える側の上を行っているように思う。結局、小手先だけの対策でこの問題に対処することは難しいように思えてしまう。もちろん、対策をやめることはできないし、してはならないと思うが、同時にテロリストが生まれるメカニズム(テロ組織のみならず、各国の社会情勢など)を把握し、対策を考えていく必要があるように思う。各国首脳が「テロはダメだ」とか「テロには断固屈しない」と言っているだけでは事態はなかなか変わらないような気がするのと同時に、それを見て「ああ、また言ってるわ」と直感的に思ってしまうことが怖いように思えてしまう。世界の完全な平和というのは実現できないことなのだろうが、できないからやらないと諦めてしまってはいけないように思うし、ましてや自分ぐらいいいやなどと思ってしまうのはいけないと思う。何だか、この2つのことって、どこにでもありそうな根源的なことのように思えてしまう。
Jul 7, 2005
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今日は、夜シフトの日。家庭の事情により、少し遅めの出講となった。与えられている限られた時間の中でいかに過ごすのか、これは家族のいる身にとっては特に重要になってくる。もちろん仕事は大事だし、私のような仕事だと区切りはあっても終わりはないという性質を持っているのだが、家族ときっちりふれ合う時間がないというのは面白くないし、時代や社会のあり方にもそぐわないように思う。時間に区切りをつけてその間の集中力をいかに高めるか、オフにすると決めた時間以外に無駄な時間をいかになくすかというのが、私にとっての関心事になっている。以前の日記にも少し書いたが、通勤時間の有効活用法というのを特集している雑誌記事を見つけた。ビジネスマンの方々はそれぞれいろいろな方法を見つけているようだ。だが一方でまったくうまく活用できていないケースも多いという。この雑誌記事の中で面白かったのは、「通勤電車でいかに座るか」を指南した本があるということだった。私の場合、ラッシュにできるだけぶつからないように出勤することができるシフトであり、またそれが可能な職種であるので、通勤電車の中でもいろいろとできる可能性がある。それを活かさない手はない。私の場合、まずやっていることはできるだけ普通電車に乗って、連続して座って作業できる時間を作ることだ。乗り換えがあるので長い時間をとるのはなかなか難しいが、一つの路線は30分以上乗っているので、そこでちょっとした作業は可能だ。ただし、腰を落ち着けてやらなければいけない、研究に関連する本を読むのは無理なので、関連する分野の教科書的なものをまず見ながら勉強している。その際には、メモをとる必要がある場合が多いので、バッグを作業台にして、本とA5サイズのルーズノートを並べて置いて見ている。ただ、電車は揺れるので、メモはかなり汚い落書き状態になるが、後で読んでわかればいいので気にはしないことにしている。うまくいけば往復で30~40ページ読めるので、1週間で1冊読むことができるというペースになるだろうか。最近こういうことをいろいろと試していて、どうやらこのスタイルに落ち着きそうな感じである。もちろん、いつも座れるとは限らないので、そのためにやっていることは、立ち読みのできる軽い本をもう1冊持っておくことである。この場合は、集中して読めない場合が多いので、授業に使えそうな関連するトピックに関する本を持っている場合が多い。まあ、そうではない場合もあるにはあるが...。文庫や新書は5分でもかなり読み進めることができるので、意外と時間の有効活用になる。歩いているときは、気分をリフレッシュするために音楽を聴いている。MP3プレーヤーにたくさん曲を入れておいて、気分によって選曲していく。とはいっても、多くの場合次にオケでやる曲を聴いている場合が多い。歩きながら気分を変えて聴くことで、意外な演奏のヒントが浮かぶこともあったりする。こうしていると、毎日聴く習慣が付くので、リズムを体に入れやすくもなり、土曜日にいろいろと考えたことを試せていい感じだ。家に帰れば、子供が寝るまでは自分の時間はあまり作れない。もちろん、それはそれで割り切っている。以前は割り切れなくて妻と衝突することもたびたびあったのだが、こちらの気の持ちようでどうにでもなることがわかったので、これもかなり定着してきた。その代わりに土曜日の夜、オケの練習の時間は完全オフ。仕事のことは完全に忘れている。とはいってもぼーっとするのではなく、いつも使っているのとは違う感覚を研ぎ澄ましているのだ。しかし、これにストレスは全く感じない。やはり楽しいことだからなのだろう。オフとオンの切り替え、オンの時間の有効活用、それがタイム・マネジメントにとって重要なことなのだろうと思う。また、そのための工夫をすること、あれこれ考えることに実は意味があるのではないかと思った。
Jul 6, 2005
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今日は講義のない日。例のごとくサービスデーである。ということで、ちょっと離れたショッピングモールへ出かける。妻のお目当ては買い物&ランチ。まあ、買い物と言っても今日は普段着を買うということでお財布は安心。また、そこに入っているインポート・ブランドショップにも立ち寄る。ここにはゼミの卒業生が店員として働いていて、いつも顔を出すことにしているのだが、今日はどうも休みらしい。あと、妻が私に雑誌を見せて「これ欲しいかも」と言っていたアクセサリーがここに売っているのをネットで見つけていたので、現物を見せて欲しいようなら買おうかと思って連れて行った。が、少し考えて「今日はやめておこうかな」とのこと。雑誌の写真と現物とのイメージが少し違ったようだ。こういうことはよくあることで、アクセサリーをプレゼントするためには現物を見せないとうまくいかない。まあ、結婚している今となっては、サプライズなプレゼントというのはけっこう難しいように思ったりする。ランチは結構ボリュームのあるメニューで、こちらは満足のようだ。あと、忘れないようにといろいろと買い物をしていた。その間、私は息子とボールプールで遊んで待っていた。平日のショッピングモールは空いていていい。日曜日に行ったときには駐車場にはいるまでにずいぶん並んで、入ったら人だらけ、駐車場を出てからまた渋滞と、倍疲れる状態なのだ。せっかくできるので、こういう時間の使い方もいいかなと思う。ただ、帰ったらやっぱり疲れて少し昼寝。読書というと、昨日仕事の帰りに書店で買い込んだ本のうち、軽く読める文庫本、林望「芸術力の磨きかた」(PHP新書)を2日で読みきった。自分の立場に置き換えてみるとかなり納得できる話が書かれていた(もちろん、全面的に賛成というわけではないのだが)。内容は、もちろん読んでいただくに限るのだが、印象に残った話を少々書いておこう。林氏は作家である傍ら、声楽をされているそうで、しかもプロと一緒にコンサートを開いたりしているそうだ。そして、そのためにレッスンに通い、それこそ寝る間を惜しんで練習をしているとか。「そこまでしなくても」と思われるところだが、いやいや誰にでも「芸術欲」というのはあるもので、それを生活の中で満たしていくことで人生が豊かになるということだ。やったことがない芸術は鑑賞しても面白くないという。そういうと極論になるが、少しでもやった経験がある方がより深く楽しめるというのは確かにそう思う。私は学校の音楽鑑賞の時間がとてもつまらないと思っていた方で、ベートーヴェンの「運命」の時は最高に面白くないと思って、教科書のベートーヴェンに落書きをしていたほどだった。が、いま実際に演奏するようになって「運命」は大好きな曲になったし、練習で指揮をした経験によってさらに「運命」の奥深さを感じるようになった。こうなってくると、鑑賞する力も高めたくなってくる。この点についても林氏は言及している。演奏で言えば、指揮者によってなぜここまで表現が違うのか、なぜ特定の演奏をいいと感じるのかということは、自分で考えなければわからない。私の場合も、この日記での「お気に入りのクラシック音楽」に出てくる調性の話などは、専門的知識そのものに酔っているわけではなくて、この曲がなぜ好きなのかを知りたいと思って突き詰めていった結果、こういった話にたどり着いただけなのだ。私は特定の調性の音楽を聴いていると、それぞれに共通の「色」を感じる(ハ長調なら白、ホ長調なら空色、ヘ長調なら黄緑という具合に。とはいっても、曲や和音進行の具合によってその色は少し変わったりもするのだが)。その色の組み合わせ、移ろいを楽しんでいるように感じるのだ。もちろん、それを補完しているのはリズムや音色である。現代音楽以前の調性を感じられる音楽が好きである自分としてはごく自然な聴き方をしているつもりだ。とはいえ、音楽の世界の敷居を高くしてしまうようなオタクにだけはなりたくないなと思っている。特に初心者を小ばかにするような人にだけは。この点は林氏も指摘しているところだ。日本におけるクラシックの愛好家人口は1パーセントだという(CDの売上などもそうらしい)。でも、1パーセントではもったいなさすぎる。もっといろいろな人にいいなと思って欲しいし、やりたいなと思っている人はどんどん初めて欲しいなと思う。大学オケにいたときには楽器初心者の新入生に対してずーっとそう思い続けてきた。オケの深い楽しさを知って欲しいと思ったし、将来またどこかで会って一緒に演奏できるならこんなに楽しいことはないだろうと思っていた。今やっているOBオケはその夢を実現させているのだから、やっていて嬉しいと思う。この本の中で最も印象に残って、賛成したのは「芸術に真剣に取り組み、技術をみにつけていくというのはね、自分の人生のなかに、読んでも読んでも読み終わらない本を持つようなものだ」という言葉だ。そう、一つできるようになったことはとても嬉しいしそれはそれで達成感も得られるのだが、次の課題がまた出てくる。そして目標はどんどん高くなっていき、それにチャレンジすることが楽しい。私にとってはヴァイオリンを弾くことも、指揮をすることもそれに当てはまる。自分の仕事もきっとそういう性質を持っていると思う。そう思ってみると、自分の人生、なかなか楽しいじゃないかと思えてくる。
Jul 5, 2005
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今日は非常勤先での授業。こちらも先週2コマ休講してしまったので、その分の補講を要求される。しかも土曜日にである。私の学生時代なら、休講があっても補講などということは滅多になかったので大喜びだったが、そういう慣習があったツケなのだろうか、今どきどこもかしこも休んだ分の補講を要求してくる。理由が学会出張であろうと、健康上の理由であろうと関係がない。だから、土曜日に授業が当たったりなどしたら悲劇である。もちろん、一般の会社員とは勤務体系がそもそも違うので有給休暇などという概念がないことはわかるのだが、考えようによってはもとの勤務自体が結構タイトなものになっているとも言える。ただ、職員の人には大いに誤解している人もいて、「先生たちは楽をしようとしている」とか「仕事はそんなにしんどい訳じゃないでしょ、サラリーマンじゃないんだし」などと面と向かって言われたりもする。まあ、それは予想のつく誤解なのでいちいち腹も立たないのだが、タイミングが悪かったりするとかなりカチンと来たりすることもある。まあ、これも昔の慣習に基づく誤解ではあるのだが。立ち仕事はキツイし、何より授業の準備に授業時間の何倍の時間がかかっていることか。わかってもらうための工夫にはそれなりの時間がいるのだ。それに、授業もちゃんとやれと言われつつも、研究成果も出さなければ昇進もできないし、世の中が変わって「ちゃんとしていない人はクビだ」などと言われるようになったらと思うと備えは必要だろう。大学を取り巻く環境が変わってきて、例えば受験してもらうための宣伝に高校を回ってみたりとか、夏休み中にオープンキャンパスを開いて受験生にアピールするとか、学生の満足度を測るためにアンケートをとってみたりとか、今までにはおそらくなかったような仕事が回ってくるようになっている。特に、これから自分たちの問題になってくるわれわれのような年代の場合、意外と時間はないのだ。気楽な商売ではないということを、特に関係者だけでももう少し理解してもらえるようにならないものだろうかと思う今日この頃である。
Jul 4, 2005
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今日は朝からうっとうしい雨。子供たちに馬乗りされながら起こされる。あまり気持ちのいい目覚めではない。療養中に妻に対してかなり迷惑をかけたので、今日は午前中子供たちの面倒を見る約束をし、バーゲンに出かけてもらう(今日こそが勝負だったらしい)。気持ちよく送り出したが、最後の方はさすがに「ママどこ~?」と言い出し、2人ともめちゃくちゃになって、ケンカを始める始末。何とか止める努力をして一件落着。帰ってくるまでに片が付いてホッと一息。紙袋を下げてご機嫌な顔で帰ってきた。子供から少し離れることで、いい感じで遊んでやっているのを見ると、たまにはこういうことも必要だなと改めて実感する。妻は帰りにケーキを買って帰ってきた。メロンパイだ。ケーキは娘のリクエストによるもので、「昨日誕生日だったのに誕生会をしていないから今日するの」という一言から始まっている。昼食は普段と変わらないものだったが、ケーキはなかなか大きなものだった。夕方には夕食の買い物に出かける。誕生日記念ということで、焼肉と寿司を買う。食卓は豪華になった。夕食が終わると、また娘が「ローソク消すの、やろう」と言うので、残り半分のケーキを出してまたまた誕生会。1日に2度もするというのは今までにないことだった。娘は幼稚園でやっている月ごとの誕生会が好きなようで、何度もやろうと言い出すとのことだった。今月は私以外にあと2人、誕生日が待っている。娘にとっては大喜び月間になりそうだ。と、先ほどテレビを見ていたら、「N響アワー」でシューマンの「ライン」をやっていた。指揮はパーヴォ・ヤルヴィ、素晴らしい流れを作っていた。特に第3楽章の美しさ、第4楽章の荘厳さ、第5楽章のはねるようなテンポ感が素晴らしかった。彼の曲への愛情をとてもいっぱい感じた。また、N響の音も厚みがしっかりあってよかった。こういう演奏をライブで聴けたらそれこそ幸せなんだろうなと思った。そろそろライブ、聴きに行きたくなってきた。
Jul 3, 2005
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今日は?回目の誕生日だった。この年になると、別にこだわることはほとんどない。ただ、今年だけで3回も風邪をひき体調を崩したせいで今まで通りの調子でやっていてはダメなのかなと痛感させられるだけである。上の子供が誕生日の意味をもうわかっているので、「誕生日会をしたい」というようになったのはほほえましい。とはいえ、午前中を中心に昼食後しばらくまで子供たちとの遊びに付き合い、夕方からオケに行くという、わりといつものパターンになった。一週間前のことを思えば、これでも十分ありがたい話である。夕方からのオケ、実は先週合宿あり、演奏会に向けた最後の追い込みだったのだ。それなのに、休んでしまうことになってずいぶんと迷惑をかけた。まずは迷惑をかけた人に平謝りするところから始まった。出てこられるようになって何よりだと声をかけてもらう。多くの人が「またやつれたねぇ」と言ってくる。確かに、先週だけでまた3キロやせた。この1年で10キロやせたことになる。調子に乗って試しにはけなくなったジーパンをはいてみたら、きっちり入った。ウエストも7センチほどは確実に減ったことになる。これは、リバウンドしないように心がけるのみだ。体調が戻れば、別に不健康な生活をしているわけでもないので、何とかやっていけるだろう。体調にだけは気をつけていこう。オケの練習は、3週間ブランクがあったので、入ってみると変な感じだった。思ったようにはなかなか弾けない。もどかしさを感じながら、少しずつ感覚を取り戻していくようにする。やはり毎週続けることが大事なのだと実感した。合宿のときに指摘されたことを別のメンバーから少し聞いたのだが、それはいつも自分が考えていることと同じようなものだったようだ。今日は練習のペースになれることが大事で、来週からしっかりと調整していかなければならない。練習終了後は、やっと待ち望んでいた軽い飲み会。いつもよりもかなり少ない量だけを飲み、こちらも試運転状態。体が疲れ切った状態にならず、しかも気分も上々と言うことでこちらもうまくいった。誕生日を祝ってくれる人が多いというのはいいことだと思った。体調も良く満足な一日だった。
Jul 2, 2005
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今日は、一昨日から怖れていた1日4コマの日。通勤ラッシュに耐えられないだろうと思ったので車で通勤する。雨なのでやはりいつもより車が多く、いつもはスムーズに流れる場所も渋滞している。とはいえ、やはり車の方が余裕を持って大学に到着できる。最初は1年生のゼミ。本来ならばゆっくりとしたペースでできるはずだったのが、先週休講したためにかなり予定がハードになった。今日はディベートの2回目。テーマは「ニートやフリーターを国が援助することの是非」である。ディベートが成立するためには下調べをちゃんとすることが必要なのだが、その点についてはしっかりやってきていた。ただ、議論の段階になると用意してきた話からなかなか抜け出せず、盛り上がりに欠けた。柔道で言えば、互いに技を出さずに組んでいるだけの状態、思わず「注意」する。前回のディベーターが今回は採点に回ったのだが、他の人のことはよく見えるようで、コメントも的確なものが多かった。学生諸君、なかなかやるじゃないかと感心。ディベートの力がつけば、いろいろな場でそれを活かすことが可能になってくるので、ぜひこの経験を自分の糧としてもらいたいものだ。2つめは3年生のゼミ。こちらはかなり慣れてきている様子だが、そのために若干ダレ気味になってきている感じ。こちらも新たな課題を加えることによって少し刺激を与えてみる。その成果は来週あたりに出てくるだろうから、それが楽しみだ。昼休み後に依頼されていた仕事、まったく行かないのも問題があると思ったので、結局少し行った。しかし、その仕事をすることにどれだけ意味があるのか正直言ってよく分からない。いてもいなくても同じだろうと実際に行ってみて思った。まあ、これはしばらく様子を見よう。最後は2限連続講義。これがかなり疲れた。立っている時間の長さと、それまでの疲れの蓄積が相まってちょっとクラッときた。危ないと思いつつ、何とか乗り切った。帰り道は激しい雨。運転していてもほとんど前が見えないくらいの降り方だった。しかもずっとカミナリの光が見える状態。みんな慎重に運転しているのと、やたらと事故が多いのとで、渋滞に2度引っかかった。水曜日の倍の時間がかかってようやく自宅へ。やはり病み上がりの金曜日はつらかった。明日はこれといった仕事の予定がないのでゆっくり休んで、夕方にオケの練習。こちらも復活、試運転の開始である。もうとにかく寝るとしよう。
Jul 1, 2005
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