2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全25件 (25件中 1-25件目)
1
今日はとにかく眠かった。祝勝会に夜中の優勝特番までついつい見てしまい、明らかに睡眠不足。授業がゼミだけだったのは幸いだった。普通の講義だとテンションも体力もかなり必要なので、今日の体調だとつらい感じになるところだった。とはいえ、通勤途中は駅で購入したスポーツ新聞を読みふけっていて居眠りもせずだった。帰宅時には電車で爆睡。ひとつ手前の駅で何とか目が覚めて助かった。帰宅してテレビをつけてみると、やっているぞ「虎辞書なる」が!昔の阪神の試合中継のダイジェスト番組だ。今日は1985年4月16日、甲子園球場で行われた巨人戦。もう昨日に合わせたかのような組み合わせだ。相変わらずサンテレビは心憎い。昔からの阪神ファンの心をくすぐる。この試合は、伝説のバックスクリーン3連発(バース、掛布、岡田)の前日に行われた試合で、実はここで勝ったことが優勝へのきっかけだったと私は思っている。もちろん、この試合はサンテレビの中継をライブで見たことをはっきりと覚えている。先発は巨人が加藤、阪神が伊藤。1回の表に原の犠牲フライで巨人が先制するも、4回の裏に阪神が一挙7点を取って大逆転。このきっかけになったのは、巨人のショート河埜が何でもないフライを落球したことだった。その前に掛布がホームランを打っていたものの、河埜が取っていればチェンジで逆転はなかったのだ。このプレーをきっかけに加藤が崩れていく。平田がタイムリーを打ち、木戸が今はないラッキーゾーンにホームラン(今なら2塁打になるだろう)、とどめはスタンドまで一直線、真弓のホームランだった。この年の打線のつながりを象徴する試合だった。ちなみに現在の監督の岡田は5番打者で出場、勝負強かった。巨人のクリーンアップはクロマティ、原、中畑というところで、何ともなつかしい組み合わせだ。ここまでに出てきた人が今どうしているかすべてわかる人はいったい何人いるのだろうか...。試合は結局10-2で阪神の勝利。中継の中で「大洋ホエールズ」という名前が出てきたり、懐かしさ満載の番組なのだ。今日は阪神の試合がないのにまた巨人に勝ってスッキリした気持ち。そのあと見た「金曜日のスマたちへ」の「ザ・ベストテン特集」で、すっかり気分は高校生に戻った感じ。タイムスリップもたまにはいいものだ。
Sep 30, 2005
コメント(2)
夜になり、大学内のテレビのある部屋に同僚がぼちぼち集まってきた。一人の同僚と腹ごしらえ&祝杯用のお酒の買い出しに行き、5回表に部屋へ戻った。この時点で3-0、もう勝だろうと安心して見始める。7回になると、年間登板数日本記録となる藤川が登場。今日もストレートがきれている。7回裏には桧山、矢野のダメ押しタイムリー。8回からはウィリアムス。最近は調子がよくないというイメージがあったが、今日はコントロールが安定していてよい。そして9回には守護神久保田。これでバッチリだと思いきや、連打を浴びた。それでも何とかダブルプレーをとってあと一人。しかし、なんと冒頭で1点を献上。ちょっと締まらない感じになったが、それでも最後はレフトフライでゲームセット。集まったメンバーのうち、熱狂的な阪神ファンは私ともう一人の同僚。阪神つながりで親しく話をするようになったいきさつがある。それ以外のメンバーはそこまで入れ込んでいないので余裕をもって話をしつつテレビを見ていたが、2人だけは集中して無言になるケースが結構あった。ついつい集中してみてしまうのだ。話題を振られても返事できない状態になっていた。これは失礼...。優勝が決まった瞬間、それから何度も2人で握手、乾杯を繰り返す。何とも言えない連帯感だ。私が実際に見た優勝はこれが3度目。1度目は1985年で、高校生の時。このときは熱烈な巨人ファンの担任が「阪神が優勝したら朝のホームルームの時間を好きに使っていい」という約束をしたので、ありがたく「六甲おろし」を大合唱させてもらった。隣のクラスの担任が「何事か?」と見に来たほど、バカ騒ぎをした。また、部活でも合奏練習の時に即興で「六甲おろし」を演奏したのもいい思い出だ。楽譜もないのにみんな弾けてしまうのだから不思議なものだ。このときはテレビ中継を見て最後は涙が止まらなかった。本当に苦節何年という感じだった。2度目は2003年。このときは、ぶっちぎりということもあって夢のようだった。それまでにたまってきたものがすべて爆発して喜んだという感じ。ただ、試合があって決まったわけではなく、ヤクルトの試合の結果待ちだったので、それが変な感じだった。そして、今日。2年しか間がないこと、そしてチームの力で勝ち取った感じもあって、喜び爆発というよりも何となくしみじみとして優勝の場面をかみしめている。理屈では説明できないこの阪神好きは一生続くのだろう。妻はかなりあきれているが...。妻のもとには妹やお父さんから「よんきゅ君におめでとうと言っておいて」というメールが届いたようだ(ちなみに2人とも中日ファン)。あと、どうでもいいことだが、今日はゲン担ぎに黄色のシャツと黒っぽいパンツで行った。この組み合わせで一昨年も優勝できたので、今日もついついやってしまった。ゼミ生にはしっかり気づかれてしまった。「先生、今日は阪神のゲン担ぎですか?」よくわかっているじゃないか...。
Sep 29, 2005
コメント(2)
今日は、大学に到着後、午後の授業のための資料作成。新ネタを盛り込もうと頑張るが、時間との戦いとなる。パワーポイントのスライド作成、メモリへのコピー、そしてプリントのコピーと大忙し。昼食をコンビニ弁当で済ませた。使用する予定の教室は機器が壊れたまま、修理は明後日なので間に合わないので、教室変更をお願いしていたのだが、事務から返事がないので電話した。すると、どうも忘れていたらしく電話のところで相談している声が聞こえる。そして、今日だけ教室変更するという返事。もちろん、学生には告知していないので、最初に元の教室に行ってから、別の教室に移動するように指示した。もちろん、ブーイングだ。人数が多いので移動完了にも時間がかかり、25分のロス。結局予定の半分しか進めなかった。これで授業調査にクレームが付いたら責任をとってもらわないと、ってそれは大げさだが...。少々狭い教室に変わったので、私語があるとよくわかる。調子に乗って私語をし続ける者がいたので、最初は教壇から警告。それでも聞かないので、次には教壇を飛び降り本人の前まで走っていき(これで教室が一瞬凍り付いたようになる)、直接目をにらみつけて注意する。「出て行きなさい!」というと「いやです」という。「ちゃんと聞くんですか?!」と言うと、「聞きます、すみません」と返してくる。結局、「一度は信じましょう(もちろん裏切ったら即刻退場、単位なしという意味を含めて)」と言って戻った。その後は本人とその周りは静かだった。1つの授業につき、初期に1度こういうことが必ず起こる。私の授業を受けたことがある人は、「やっぱりあの人が注意されると思っていました」というし、「そろそろキレるんじゃないかと思っていました」という。今日はその通りとなった。その後は静かだった。昼間はとにかく怒ることがあって、疲れたように思った。
Sep 29, 2005
コメント(0)
今日は会議と大学院の授業。いろいろと困ったこともあったりしてもやもやした気持ちを吹き飛ばすべく、仕事が一段落ついたところでいつものメンバーが集合、前回見つけられずに断念した焼肉店を訪れた。ここの焼肉は本当においしかった。腹にたまりすぎる感じが不思議とないのだ。しかし、感心したのは、注文をうまく組み合わせて出す順番を考えてくれることと、頃合いを見計らって料理が出てくるということだった。おまけに焼野菜もおいしい。一同大満足で、今後も足を運ぶことになりそうだ。さらにいいと思ったのは阪神タイガースの試合の中継がテレビで見られたことだ。今日も巨人に勝ってマジック1。もう明日で決まることを期待している。もちろん、勝って、甲子園で決めてほしい。この2つの条件がそろったことは私が経験した2回の優勝ではなかった。今度こそ夢を実現してほしいものだ。タイガースファン暦ン10年、一生に2度あれば御の字といわれた優勝が3度目も見られることになれば本当の幸せだ。明日はどこでテレビを見ることになるだろうか。夜なら大学でもどこかで見られそうだ。昼はしっかり仕事をして、夕食を買い込んで観戦、しっかり見届けたいと思う。もちろん、祝勝会付きで。
Sep 28, 2005
コメント(0)
今日から非常勤先での授業が始まった。やはり最初は慣れない。前期の期間中、当たり前のようにやっていたことをかなり忘れている。機材の使い方にしてもそうだ。非常勤先はセメスター制、すべての授業が後期になると入れ替わる。しかもメンバーも入れ替わってしまう。驚いたのは外書講読ですらメンバーが入れ替わってしまうのだ。私はそのルールを知らず(少なくとも去年は違った)、後期も同じメンバーで行くのだと思っていた。名簿を見ると見たことのない名前がいっぱい、教室に行っても見たことのない顔がいっぱい...。結局やりかたを再考することになりそうだ。来年も授業をするとなれば、13回の授業で読めるという方向で、外書をうまく選ばなければならず、けっこう悩みそうな気がする。そろそろ考えておかないといけないだろうか。後期が始まって1週間、一通りの授業をやってみたことになるが、まだやり方に頭がついて行っていない感じがする。夏休み中の集中講義のおかげで体力的には問題なく行けそうに思うのだが...。(自分のペースという意味で)慣れてしまうまではもう少しかかるだろうか。
Sep 26, 2005
コメント(0)
疲れて子供と一緒に朝までぐっすりしたので、まとめて更新。今日は3連休最終日。天気も結構いいので、子供たちが「公園に行って遊びたい」と言い出した。このところ少し疲れがたまり気味だったが、今後のことを考えて、敢えてここは子供たちに従うことに。子供たちが「遠い鳥さんの公園」と呼ぶ公園に車で行くことにした。自宅からは約40分、ドライブとしても適度な距離である。今回は妻の発案で弁当を買って公園で食べることにした。途中のコンビニで弁当を仕入れ、いざ公園へ。混んでいるのかと思いきや、意外と空いていた。3連休最終日はもっと遠くへお出かけか、パパの疲れを取る日なのか、それはよくわからないのだが。いつもよりも広く感じる中、子供たちは自転車とアンパンカーで走り回る。私は妻とバトミントンを、と思ったら、雲行きが怪しい。かなりの強風、それにどんどん寒くなっていった。困ったなあと思っていると、子供たちが公園にある池の周りを一周したいというので、それに従ってお散歩に。この公園の池は、周囲が1キロ近くあるので、周回道路はジョギングコースにもなっている。子供たちと散歩、途中アヒルやコイ、カメなどと出会い、子供たちは大喜び。結局、この周回道路を3周もした。息子は足で地面を蹴って進むアンパンカーで2.5キロも走ったことになる。よくしんどくならないものだと感心してしまった。子供は動けるものなのだなと思う。たっぷり遊んで帰宅。私は疲れて入浴後、子供と一緒に寝てしまった。夜の9時頃だったと思う。
Sep 25, 2005
コメント(1)
今日は朝夕の2回公演、じゃなく公園に子供と行った。子供のパワーを発散させるためにはこうするしかないのだ。自分はかなり疲れるが。夜は市民オケの練習。今日はドヴォルザークのチェロ協奏曲の練習。本番の奏者の代弾きの方(もちろん、バリバリのプロ)を迎えての合奏。協奏曲はやはりソロがあってこそのものだなとまたまた実感する。ソロの演奏は派手さはないものの、きわめて堅実。とにかく大崩れしない。現に弓が吸い付くような感じがしっかり見て取れた。チェロパートの人によると期待ほどではないと言う話だったが、代弾きなら十分(みんな耳肥えすぎ、っていうか、こだわりを持ちすぎ)、特にタイミング等をチェックするのならばそれでよいだろう。バランスは本番のチェリストでしっかりつけていくことになる。私はむしろ堅実にしっかり弾いてもらえたことと、音楽を作るに当たっての息づかいや音色の出し方など、勉強になることがいっぱいあった。先週から協奏曲慣れしているせいか、自分としては演奏に当たっての頭と合わせる感覚が冴えていた。このままの流れでしっかり練習しようと思う。
Sep 24, 2005
コメント(6)
結局、今日も朝早くから子供に起こされた。体を休めるだけの睡眠時間がいいところできっと脳までは休めていないかなと言う感じの睡眠時間。起きてもボーッとしている。午前中は成績報告の締め切りが迫っている集中講義レポートの採点。昼からは家のリフォームに伴って新たに必要となった物の買い出し。ホームセンター、家電量販店をはしごする。帰ってからはすぐに和室に倒れ込み熟睡。2時間後に夕食ができたと起こされる。もう早いところ寝てしまいたいところだ。明日も朝から大工さんの登場、洗面所が使えなくなるので早起きせよとのこと。とにかく疲れを取らなければ。その疲れの原因は昨日の出来事。まず1つめは授業中に起こったトラブル。この授業は午後一番、大学で言うゴールデンタイム(みんな予定を埋めるためにとりに来る時間帯)に当たっていて、やたらと受講者数が多い。そこで教室の入れ替えが行われた結果、一番広い大講義室が割り当てられてしまった。私は初めて使うことになったのだが(今までは1時間目や5時間目などとあまり人が来ない時間帯に当たっていたため)、ここで講義するとみんな疲れると言う。あまりにも広すぎて学生がぜんぜん静かにならないので、誰も満足しないというのだ。それを聞いただけでも「やばいかも」と思っていたのだが、トラブルは教室に入った直後に起こった。私は授業中、毎回パワーポイントを使う。そのため、機器にトラブルがあるととたんに困ってしまう。もちろん、内容をプリントにして事前に配布する措置をとっているので、最悪の場合パソコンがなくても授業は成立するのだが、順番に項目を足しながら説明する動画を使う場面もあり、そのときに困ってしまうのだ。今回は、スクリーンを覆っている扉がまったく開かない(本当はボタンひとつで開くのだが)という機器トラブル。プロジェクターがついていても画面が壁では見えないのでダメ。事務所に行って相談するが、業者は1週間後にしか来ないとのこと。こういうとき、全自動も困ったものだ。手動であけられるようにでもしてもらえれば何とかするのに...。この手際の悪さで教室内の雰囲気をまとめるのに時間がかかってしまった。最後は相当疲れてしまった。もう一つのトラブルは、同僚と食事をして帰る途中に起こった。同僚の1人と乗換駅まで行ってみると、通路に人があふれている。ホームに行こうとすると階段をあがれないほどの人。改札口から怒鳴り声も時折聞こえる。アナウンスを聞いてみると、どうやら人身事故らしかった。列車は上下線とも1時間以上不通になっている状態のようだ。時間が遅かったこともあって、代わりに使える私鉄はもう運転を終了してしまっていた。タクシーで帰ったら1万円では済まないし...仕方なく運転再開を待つことに。すると、自分が乗るのとは反対側の線が動き出した。そこでアイデアがひらめいた。このまま待っていてもこの駅から電車に乗るためには何本か待たなければ無理。だとしたら、次の駅(自宅の方向とは逆向きに)まで行ってそこで電車に乗ればいいのではと。同僚と相談した結果、そうすることにした。乗った電車は意外と混雑度は高くなく。手はちゃんと動くし息苦しくもない状態だった。ただ、隣にいたバカップル(私と変わららないいい年こいて)が抱き合っている。「80分遅れだって。大変よね、うふ」「そうだねえ、あはっ」周りの視線は刺すような冷たさだったが、彼らにはきっと関係ないのだろう。平和というか、おめでたいというか...。隣の駅に着いたのはいいのだが、それでも電車が来る気配はない。あきらめてホームにベタ座りをしてしまった。しょうがないので同僚とくだらない話をしながら時間をつぶす。しばらくして電車が動き出したとのこと。最初に来た電車は最寄り駅に止まらないのでやりすごすが、この電車、定刻より1時間58分遅れである。このまま行けばぎりぎりで払い戻しはない。待った人にとってはやりきれない状況である。逆に言えば、鉄道会社としては意地でも死守したいラインなのではないだろうかと思う。その後、私が乗る電車がやってきた。こちらは定刻より2時間13分遅れ。計算通り、余裕で座れた。さっきの駅に戻ってくると人があふれるほどいたので、行動は正解だったと思う。結局、最寄り駅まで座れた。戻って改札口で払い戻しを受けた。しかし、払い戻してもらえることを知らない人も結構いるみたいで、みんな改札を普通に抜けていった。しかし、最初に払い戻してもらっていた人が駅員に請求する一言を言うと、駅員はとぼけようとしていたのか、「バレたか...」みたいな表情をしていたことを私は見逃していない。この会社、駅でもまともにアナウンスしていなかったし、乗客を誘導することもまったくしていなかったし、どういう体質をしているのかと思ってしまう。まあ、飛行機みたいに路線が競合しているわけではないから「お宅の会社は使いませんよ、次から」と言うわけにいかないところが腹の立つところだ。ついていない日というのはこんなもので、疲れが2倍にも3倍にもなってしまったのだった。疲れてその場で怒る気にもならなかった...。
Sep 23, 2005
コメント(0)
午前2時15分にやっと家に着いた。電車が人身事故で不通、帰る時間帯が遅かったために代替交通手段はすべてアウト、結局人であふれかえる駅で待つこと1時間強、そこからさらに電車に乗ること35分、やっとの思いでたどり着いた。電車も満員、もうクタクタだ。オマケに昼の授業の際には機器が故障で作動せず、業者が来るまでに1週間、今のところどうしようもないですねと事務職員に言われた。これでは来週の授業も思いやられる。もう倒れそうに眠いので、詳しくはとりあえず目が覚めてから更新しよう。
Sep 22, 2005
コメント(0)
今日はまず会議、開始時間を勘違いして早い時間に着いてしまって、いきなり気が抜けた。ただ、これは仕事の時間を捻出できたと解釈、まあよしとしよう。おかげで英語の文献をしっかり読めた。で、正規の時間に会議が開始。配られた資料を見て腰砕けになった。な、なんじゃぁこれは!!自分の来年度の講義負担はいきなり増えているし、そんなこと全然聞いてないって!なぜ自分なのかもよくわからない。まさか、「適当」じゃないだろうなと。ところが、「担当できないのであれば理由をちゃんとつけて学部長へ提出」とのこと。理由...決定をはねのけるほどの理由は...ない。今年のシフトで入院したというなら立派な理由になったりして...。手続き論でいろいろ言ったところでどうにもならないことはわかっている。もしその科目を断っても別の科目が出てくる可能性が高い。別の資料も腰砕けになった。内容はややこしいので省略するが、一言で言えば、「そこまでやるか?」これもどうやら新企画のようだが、議論が尽くされたとはとても言えない内容で、時間切れっぽい。「学生のニーズに基づく」と言うのだが、本当にそうか?もちろん、一部にはなるほどと思えるものもあるが、それ以外はよくわからない。「ハズレ」の差別化にならないことを望みたい。その後、大学院の授業があったのだが、こちらも受講生が無断欠席で、さらに気が抜けた。教室で待っていた自分っていったい???これも結局仕事の時間を捻出したという点では時間が無駄にならなかったと言えるのかもしれない。これだけ気が抜けまくって、明日の初講義はどうなることやら...。
Sep 21, 2005
コメント(0)
この曲は自分にとってタイムリー、まさに演奏し終わったばかりの曲だ。初めて演奏したのは大学4年の時、それから4回目の演奏が終わったということになる。この曲は作曲者本人の当時の状況が反映されているのか、かなり起伏の激しい曲だ。とはいっても、マーラーとは少し違うが。第1楽章冒頭に出てくるホルン、トランペットによるインパクト十分のファンファーレは、この曲の「運命の動機」と呼べるもの。最終楽章のコーダの前にも出てきていることからも、曲におけるその重要性がうかがわれる。その後に出てくる第1楽章の第1主題は終わりが見えないような進行をしており、悩みを抱えている心を映しているような感じ。その後しばらくしてクラリネットで始まるワルツ風の第2主題。ここになってやっと3拍子系の音楽であることが明瞭になる。そこを通り抜けると音楽は明るくなり、輝かしい感じになる。ところがそこからすぐに表情は一変、冒頭のファンファーレが登場してそこからは複雑な展開部に入る。このあたりの音楽は複雑そのもの。聴いているだけでは小節線がどこにあるのかおそらくわからないであろうと思われる。その最も複雑になった場所を抜けたところがこの楽章のクライマックス。第1主題が激しく暗い調子で現れる。その後も少し明るくなってはまた暗くなる状態の繰り返し。最も安らかな音楽を抜けるとジェットコースターのように楽章の終わりまでなだれ込んでいくという仕掛け。「なんだかんだ言ってもこの悩みは晴れなかった」という感じの音楽だ。この楽章だけで全曲の半分近くの演奏時間を費やす。チャイコフスキーの悩みはそれだけ深かったということか?この楽章は8分の9拍子という非常に変わった構造をしている。3拍子の中に3拍子が入っているのだが、さらにそこには2拍子系のリズムが数多く埋め込まれていて、リズムを体にたたき込むだけでも一苦労だ。オケをやっていて他のオケからこの曲でエキストラのオファーがあると断りたいなと思う人が増えるという話を聞いたことがある。エキストラは合奏練習の回数が少ない分だけ難しいからなのだろうと思う。もちろん、この曲を指揮するというのは非常に難しい。私もチャレンジして、拍子を取ることはできるようにはなったし、練習の中でそれなりに表情付けもできるようになったとは思うのだが、この曲の拍子構造を完全に読み取った上で演奏を引っ張るというところまではさすがに難しかった。本番の指揮者の指示を聞いて、いろいろ考えて、練習で試してみて何とかものになりかけたかどうかという感じだ。今回の経験でかなり勉強になったことは間違いない。第2楽章はメランコリックな音楽だとよく言われる。単に暗いとか悲しいということでは片付けられないいろいろな表情が要求される楽章だと思う。音楽そのものが暗い表情を出しているために、ともすると本当に沈んで演奏してしまうのだが、楽譜の指示は「カンツォーネのように」とある。今回の本番指揮者曰く、「悲しい曲を悲しくするとお客さんはシラける」。なるほど、確かにそうだ。チェロやヴァイオリン、フルート、ファゴットなどいろいろな楽器によってひとつの主題がさまざまに奏でられるのだが、少ない要素でよくこれだけの表現ができるものだとスコアを読みながら感心することしきり。短調の部分に挟まれた中間部は一転して明るい表情だが、夢の中にいるような感じ。ヘ長調でクライマックスを迎えた直後に変ニ長調へと転調する部分が最高。ここを聴くと魔法のバトンで昼が星空に変わるような感じをいつも受ける。第3楽章は、弦楽器がピチカートだけで演奏するという珍しい楽章。右手がピチカートでここまで忙しい曲は交響曲で言うとほとんどないだろう。右手の人差し指は楽章の終わりにさしかかってくるとかなり疲れるし痛くもなる。また、弓を膝の上に置いて演奏するので落とさないかどうかドキドキするという心配のオマケが付いてくる。しかも、すべてのパートが部分的にずれていてセクションとして演奏して初めてメロディが成立するというとんでもなく難しいこともやってくれている。弦楽器奏者泣かせである。中間部の管楽器のパッセージもさりげなく難しいことを書いている。クラリネットやピッコロは本当に大変そうだ。この場所は管楽器しかないので、逆に弦楽器にしてみるとほっとする瞬間でもある。第4楽章は、お祭り騒ぎの感じが強い。とはいえ、時々暗くなってみたり、幅広いメロディが出てきてみたりと、飽きさせない要素はちゃんとある。例えば、最初のメロディが終わってすぐに出てくるちょっと寂しげな部分は第2楽章で主に使われている調と同じ(変ロ短調)だとか、ちょっとかわいい感じでメロディが出てくる場所は、すべての楽章でここぞという場所に一度だけ出てくる変ニ長調だったりする。しかし、弦楽器奏者にしてみればとにかく運動神経のいる音楽。練習量がものをいう。推進力がなければこの楽章は面白くないため、弦楽器奏者にはそれだけの集中力とコントロールしきれるだけの冷静さも必要だ。さらに、最後にはチャイコフスキー恒例の、少なくともアマチュアには演奏不可能な場所がやってくる。この曲の場合は、5つの音のブロックがあってしかもそれが半音ずつ降りてくるというものだ。ヴァイオリンだと使える指は4本しかないので、速度が速いと指が絡まったりしてめちゃくちゃになってしまうのだ。たいていの場合はどさくさに紛れて節目の音だけを何とかするのだが、今回もその手を使ってしまった...。そして、いろいろとあるものの、最後は。この楽章でやっとすべての悩みが晴れていくのを感じ取ることができる。そういう意味で安心できる終わり方だとも言える。演奏する側にとってはジェットコースターに乗ったような恐怖感と爽快感が味わえる曲かなという気がする。いいんだか、悪いんだか...。私はジェットコースターは苦手だが、演奏でこういうのはけっこう好きだったりする。この曲は、自分にとって今も仲良くしてもらっている大事な仲間を得た思い出の場所に必ず関わっているという意味で大事な曲だ。ひとつはユースオーケストラ。このときは今でも仲のよい高校の同期がトップで私がトップサイドだった。彼は幼少の頃からヴァイオリンをしていて高校時代も経験者、すごくうまくて演奏に関しては遠い存在だったのだが、このときに初めて隣で演奏できたことが夢のようだった。またこのオケで得た友人は今でもつきあいがあり、時々集まっている(集会のエピソードは2月の日記に)。また、トランペットで同じ大学の後輩(今回のOBオケでも一緒)が出ていたことも思い出のひとつだ。もうひとつは今回のOBオケ。地方の大学の小さなオーケストラが年を重ねてそれなりの規模になり(今でも盛んに活動している)、OBオケまでできたということで感慨はひとしおだった。二度と会えないだろうと思った人々を自分のところへ呼び戻してくれた曲だとも言える。また節目の演奏会にはこの曲に出会えるのだろうか。
Sep 20, 2005
コメント(4)
いよいよOBオケの本番の日。夜中に何度か起きてしまったせいで、起きたのも結構ギリギリの時間だった。フルオケでは久々のコンマスということもあって、いつもの本番前とはちょっと違った緊張感があったのだろう。そういえば、これまでにも、コンマスとして本番を迎える前の日には変な夢ばかり見てきた。自宅から演奏会場までどうやってもたどり着けない(坂道が勝手に逆向きのエスカレーターになってみたり、開かずの踏切に引っかかったりして)夢や、演奏開始直後に舞台の上で寝てしまって「ブラボー!」というかけ声の中で起きて指揮者に「すばらしい!」(睡眠ぶりがか?)と握手される夢などだ。今回そんな夢を見なかったということは、そこまで追いつめられていなかったということか?前夜祭の余波で、少々胃もたれしながら演奏会場へ。リハーサルも念入りに行われた。終了後、指揮者に声をかけられ、「これだったら、いけそうですね」といわれた。私もそう感じていた。あとはなるようにしかならない。ただ、自分としては昼食時間中も落ち着かず、結局何も食べずに早々に着替えて練習をしていた。と、ここで重大なミスが発覚。リハーサル直後に楽屋が変更になるというので、とりあえず荷物を動かそうと楽器を置いて荷物を動かしたまではよかったのだが、楽器ケースを客席に置いてきてしまった!と、客席を探してみるが、開場時間になろうというところなので移動させられたようだった。どこへ行ったのかと探すものの見つからない。着替えが終わっているということで女性の楽屋(もともとは男性の楽屋だったので忘れたのかもしれないと)に入れてもらったが見つからない。「もしかして入りたかっただけなんじゃないんですか?」などと冷やかされるが、それに応じている場合ではなく、かなりあせっていた。本番だし、帰るときに探そうと思って舞台袖にいったら、なんと!そこにあった。力が抜けた。やはりいつもと違う状況にあせっていたのだろう。いよいよ本番。最初の曲はベートーヴェンの「エグモント序曲」。ところどころでミスがあって少々あせりかけたが、無事に終了。最初の練習の時にはオケが崩壊した(バラバラになった)ことを思えば上出来だろう。続いて2曲目。ブルッフのヴァイオリン協奏曲。これはヴァイオリニストにとってもテンションの持って行き方がけっこう難しい曲なのだとか。オケも音符自体はそれほど難しいものではないのだが、ところどころに技術的にやっかいなフレーズが散らされている。ソロは、練習でいろいろと試しながら、最後は本番にきっちりと合わせてきた感じで、すばらしい演奏だった。さすがプロ!当たり前だが、一番近くで弾いているのでこのすごさはよくわかる。オケも最初の頃の練習ではどうなることかと思ったが、本番はすばらしいサポートを見せたと思う。私自身、ソロと一緒に演奏した(ただ合わせるだけとかではなく、自分も主体的に演奏するという本当の意味で)という感覚があった。3曲目は、メインのチャイコフスキーの交響曲第4番。これは本当に難しい曲でまとまった演奏にすること自体が難しい。最初にこの曲をやると決まったときには本当に大丈夫かと思ったのだが、最後にはちゃんとまとまった。小さくまとまるのではなく、曲が求めているエネルギーをちゃんと表現しながらも、音が拡散するなどして演奏が崩れることがなかった。もちろん、小さなミスはいっぱいあったし、自分もハイポジションで音をはずした。しかし、それを補って余りあるライブの演奏だったと思う。舞台の上で花束をもらい、指揮者と握手するというこの瞬間が、最高の充実感だ。これまでの苦労がすべて飛んでいく瞬間である。アンコールは「くるみ割り人形」の「トレパック」。とても速い曲で、特にヴァイオリンは難しい音型と相まってパニックになってしまうのだが、そんなことは気にせず弾ききった。最後のアッチェレランド(どんどん速くという意味)でコントロールが効かなくなるギリギリまでやってしまうのは、うちの大学オケの伝統(いいのかこれで?!)だが、これもご愛敬というところだ。本当に解放された瞬間、客席をみると知っている人の姿がちらほらと見えた。一番驚いたのは、卒業以来ほとんど会うことのなかった同期の女性を客席に見つけたことだった。他にもこれまでに卒業以来ほとんど会ったことのない人がいっぱい来られていた。演奏会終了後は同窓会状態、ホールが閉館になるまでみんな話し込んでいた。OBオケの演奏会、しかも地方で多くのお客さんを集めることができたのは、驚きでもありうれしくもあった。これは地元に今も住んだり、仕事をしていたりする人たちの貢献が大きいだろう。参加した各メンバーがそれぞれの役割をきっちりと果たしてきたからこそなしえたことだと思う。演奏者として、裏方として、お客さんとして、やはりこの大学オケはすばらしいということを再確認。みんな最高です、本当に。
Sep 18, 2005
コメント(2)
PC復旧のために、睡眠時間の少ないまま金曜日に突入、ゼミを終わらせ、その後もいろいろと予定をこなし、最後にはゼミOBとの会食。といっても、私を除いて2人だけだが、勤務先が大学に比較的近く終業時間も比較的早いということで集まることとなった。仕事のことなどをあれこれ話して楽しい気持ちのまま解散、今週は仕事がハードだったらしく、みんな眠いということで少し早めの解散、ほっとする。夜も早く寝たのだが、朝早くから子供に起こされる。前の日からの疲れを引っ張ってか、かなりしんどいままのスタート。電車に乗って、翌日本番のOBオケの練習へ。電車の中では当然爆睡だった。練習がスタート、前日ということもあり、オケのテンションも調子もあがってきていることを感じる。もちろんいい傾向だ。弾くうちに自分の体も演奏モードにしっかり入ってきた。しかし、練習時間がけっこう長かったのでハードに感じた。練習終了後は、同じホテルに泊まっている人たちを中心に前夜祭と称して焼肉店へ行く。行動を共にした人が大食漢の揃っているトロンボーンパートだったため、ついつい一緒の調子で食べてしまう。これは明らかに食べ過ぎ。しかも大学時代に恒例だった夜中のラーメンツアーまでしっかり付き合ってしまった。リハーサルの時間が繰り下がったために寝坊の心配はほとんどなく安心ではあったが...。充実した練習と前夜祭は楽しかった。
Sep 17, 2005
コメント(0)
朝から早起きしてしっかり仕事の午前中。午後からは子供たちが楽しみにしていた「しまじろうコンサート」を見に行った。何日も前から楽しみにしていて毎日その話をしていたが、今日がその当日である。「しまじろう」は朝にも週1回テレビでやっていて、それを見るようになってから娘は早起きができるようになった。我が家にとってはしまじろう「様々」なのである。このキャラクターはベネッセの幼児用教材である「こどもちゃれんじ」の主人公だ。最初はこれを始めるに当たって、妻が「しまじろうの言うことはみんな子供は聞くんだってよ」と言って店に来たのだが、最初は「ビデオに教育させるなんて」などと思って少々引っかかりがあった。しかし、始めてみると、子供も大好きだし、内容もしっかりしていると思えたので、今まで続けるに至っている。ディズニーの教材に比べると安価だし、子供にとっても身近な素材が多いという点がよい。もちろん、一緒に見て、自分である程度話がついていけるようにしておかないと、ビデオ漬けの子供という問題に行き当たってしまうと思われるので、そのあたりは気をつけるようにしている。コンサートは大盛況、しまじろう人形を持った子供がホールの近くからすでにいっぱいいて少々異様な雰囲気ではあった。子供にとって、始まってからの1時間は楽しい夢の世界。きっと楽しかっただろうな。このコンサートでは、登場人物の中で生の声を出しているのは歌のお姉さんだけなのだが、このお姉さんの歌と踊りがうまかったのが印象的。子供に大人気のコンサートだけにこの座を勝ち取るためには相当の実力が必要なのだろう。話は単純だったが私もそれなりに楽しめた。夜になって、先日中止にしたゼミ旅行のリベンジとして花火大会をやった。大きな公園で線香花火や打ち上げ花火、相当量を持っていったにもかかわらず贅沢に使いすぎてあっけなく終了。途中ロケット花火が顔の横とジーパンの横をかすめるという危険事態が発生した(これがその後の悪夢を予言?)ものの、夜のさわやかな風に背中を押されるような感じで帰った。自宅に戻り、購入してあったPCをパワーアップさせるためのパーツを取り付けようとあれこれしていたところ、PCの画面が真っ暗に。どうしても戻らないので仕方なくWindowsの再インストールとなった。この時点で日付が変わっていた。その後もなかなかインターネットに接続できず苦戦、3時30分に仕方なく引き上げて就寝。朝になって出勤前ぎりぎりで接続に成功、またデータのバックは二重に取ってあったので無事だった。ほっと胸をなでおろす。帰ったらOfficeのインストールや、プリンタドライバのインストールなどをしなければ...。苦闘は続く。しかし、この作業のおかげでBIOSの設定などいろいろなことが理解できたので、この作業も授業料として考えることにするしかないだろうな...。
Sep 16, 2005
コメント(0)
職業柄、書店にはよく立ち寄る。もちろん、仕事のためなのだが、実は人と待ち合わせをしていて早く着きすぎたときの時間つぶしにもけっこう使っている。そういう場合には主に新書をパラパラと立ち読みしていることが多いのだが、そんなときに目にとまったのが、棋士の羽生善治さんによる著書『決断力』だった。そこには勝負の世界に生きる人の考えていることがわかりやすい言葉で綴られている。どのような人も大きな勝負をすることがあるだろうが、実際には日常の何気ないときでも小さな勝負を繰り返しているように思う。羽生さんでも毎日タイトル戦を戦っているわけではなく、それに比べると小さいとはいえ継続的に試合があるし、休みの日もある。そんなときにどういうことに心がけているかということは、多くの人にとって参考となるだろう。なるほどと思えたことを簡単に書くとこんな感じだ。とはいえ、これが将棋の世界でエピソードと結びついているから面白く読めるので、実際に全部読んでみるのがオススメだ。「ごちゃごちゃ考えない」「情報におぼれるのではなく、まず自分の頭で考えることが先決」「見た目にはかなり危険でも、読み切っていれば怖くない」「今は最善だけど、それは今の時点であって、今はすでに過去」「この手で間違いないと確信を持って指しているのではなく、これがいいのではないかと何となく思って指している」「ぎりぎりの勝負で力を発揮できる決め手は、大局観と感性のバランスだ」「どんな場面でも、今の自分をさらけ出すことが大事なのだ」「自信を持つためには相当勉強しなくてはいけない」「プレッシャーはその人の持っている器に対してかかるものだ。器が大きければプレッシャーを感じることがないはずだ」「情報を得るには、選ぶことより、いかに捨てるかが重要」などなど、他にもたくさんなるほどと思う話が載っている。私は小学生の頃から囲碁を習っていたので、当時先生から一度は教わったことが多く書かれていた。もちろん、小学生だったので言われたことは言葉としては覚えているが、体の中にしっかりたたき込めていたかというと、それは自信がない。もし、それができていたらもっと囲碁も強くなっていただろうと思えるからだ。しかし、今、このときにこの本を読んでみると、なるほどなと思えることがたくさんあった。もっと早くに自分がものにできていたらと思うと反省してしまう。でも、今からでも遅くはないと思いたい。自分はこの内容をちゃんと教わったことがあり、それは実感としてわかるし、学生に話すときにもきっと役立つだろう。そういう意味でも、たびたび立ち返って読むことになる本になるように思う。
Sep 14, 2005
コメント(2)
今日は早起き。とにかく昨日の晩は早く寝た。最近の疲れを取っておかなければ、これから始まる授業などのスケジュールを乗り切れなくなってしまうからだ。起きたらとにかくまず仕事。最近忙しいスケジュールで家族と行動することが少ないため(でもちゃんと会話はしている)、そろそろ噴火しそうな勢い。家族との時間を取るためには家族が寝ている時間を活用することを考えなければいけないのだ。とはいえ、早起きはやはりスッキリして良い。頭も良く回転するので、一石二鳥だと思う。子供たちが幼稚園に行っている間に、妻が行きたいと言っていた美術展に足を運ぶ。いろいろな時代、様式のものが集められていたが、中でも私が気に入ったのは3枚あったシンケルの絵、中でも『岩場に立つゴシックの大聖堂』が目にとまった。私自身、絵を描くことが大好きで、特に風景画が好きだった。小学校の図工の時間にスケッチに出かける機会が毎年設けられていたが、その時間がとても好きだったことをふと思い出した。今でも子供に簡単な絵を描いてあげることがあるが、本当に簡単なものだ。最近では趣味というとすっかり音楽にはまりこんでしまっているので、腰を落ち着けて絵を描く時間はない。もっと時間があればやるのかもしれないが...。その後、妻のリクエストによりまたまたインド料理のランチへ。それから子供を迎えに行くまで時間があったので、商店街の中にあるガラス細工を中心に扱っている雑貨屋へ行く。美しいグラスや皿などを見ていると欲しくなってしまうが、そこまで余裕はないし、子供が壊すのも困る。そんな話をしていると店主が「イタリアでは子供がいるから少々高価であってもいいものを家におくのだ」という。理由を尋ねると「子供がもし壊したら壊したで、物の大事さを教えることができるし、反省させることにもなるから」だそうだ。「これって民族性の違いですかね?」と言われ、そうですねえ...。子供を迎えに幼稚園まで行ってみると、なんと私の父が幼稚園の前に立っていた。出かけるのに通ったら幼稚園が終わりみたいだったので孫の顔を見ようと思ったそうだ。「おじいちゃんだー」と子供たちは大喜び。父は約束があってすぐに行かなければとのことだったので、駅まで送る。その後、4人でアイスクリームを食べ、ひとまず自宅へ。すると、娘が「公園に行きたい」という。暑いのでせめてもう少し夕方になってからと思っていたが、今すぐ行きたいと言うので結局連れて行った。ブレーキをちゃんと握って自転車を止められるようになったのを見て欲しいというのだ。確かに、できるようになっていた。ブランコもかなり大きく振っても怖がらないようになっていた。こうして、できるようになったことを認めて欲しいというのは誰にでもあることだが、子供にとっては一つ一つのことが大きい経験なのだろう。こういう日常の中でちゃんと見てあげることはとても重要なのだろうと改めて思った。ときには一緒に公園に行って徹底的に付き合うのもいいことだ。帰宅後は早めの夕食&入浴。娘は公園で「なんで足を地面につかなくてもブランコは勝手に止まるの?」と質問していたので、その答えを風呂場で教えた。重力の説明をしたのだが、水の上だと物を落とすのにも都合がよい。風呂から上がった後で、娘は妻にうれしそうに説明していた。ただ、完全にわかっているわけではなく、教えた言葉がバラバラな順序で出てくるので、妻は最初「???」だった。それでも最後にはそれなりにわかってもらえたようだ。このような質問に対して親がちゃんと答えることが大事だと私は思っている。幼児向けの教材もいいのだが、子供が自分から発した質問に答えてくれるわけではないからだ。忙しい母親にすべて任せるのではなく、こういうことは父親の役目だろうと自分なりに信じてやっている。この答えが将来にどう出るのかはわからないのだが、楽しみにしていきたいと思う。
Sep 13, 2005
コメント(1)
というのは、本番前に最もつらいと思う時期だ。OBオケの本番がいよいよ来週に迫ってきた。どのような演奏会であっても自分の取り組み方に変わりはない。初回の練習にはいるときには気が進まなかったりテンションが上がってこないことがあっても、最後はフルスロットルを本気で踏む。ちなみに、今回は初回からテンションは高かったが。なぜ一週間前が最もつらいのかというと、もっと何かできそうなのに、時間がないことを実感するからであり、本番モードに突入するために開き直れないからだ。なかなか覚悟が決められないのである。加えて、本番指揮者が来ないときには指揮をし、来たときだけコンサートマスターというかなり特殊な状況も影響を与えているかもしれない。指揮もしつつコンマスもするということは、指揮者のことがわかるので演奏に役立つことは間違いない。コンマスは何があっても落ちてはいけないし、ミスも可能な限りゼロに近づけなければいけない(プロだともっと精度は高いが)。「落ちない」という意味では自信を持てるようになるのだが、「ミスをしない」というところは問題があるかもしれない。練習時間がなかなか取れないので運動神経がかなり必要なパッセージは少々苦手という状態になっている。あと、本番指揮者が来てみんなの緊張感が高まっているときにコンマスがかわってしまうと、「いつものこと」ができないかもしれない。これは他の人に聞いてみないとわからないことではあるが、そういう心配もある。今回の練習では、ようやく形が見えてきたような感じがする。今与えられた条件でできることはかなりできるようにはなってきた。今回面白いと思ったのは、オケ自体の音の芯が現役の大学オケと変わらない(「●●サウンド」みたいなものがある)ことと、本番前になると積算的に仕上がりがよくなること(つまり、お尻に火がついて急にうまくなっていく)である。これも現役の大学オケとよく似ていて、「●●カラー」と呼べるものなのかもしれない。それなりの状態になってきたこともあって、練習が終わった後、やっと開き直る覚悟ができた。ここまできたらやるしかない。泣いても笑っても本番は一度しかない。出した音を引っ込めることもできないのだが、音を出さなければ絶対にお客さんには伝わらない。本当に裸で舞台に立つような気持ちになってきた。OBオケをやってみたいと集まったみんなの気持ちが一つになれるように頑張るだけだ。
Sep 11, 2005
コメント(0)
福岡への出張から帰った。目的は学会への出席。勉強になる収穫はそれなりにあった。その内容は難しいのでここでは置いておくことにして、そうでない話を。出張するときというのは、行き帰りの交通手段と宿泊場所をいろいろ考えることになる。大学生協の出張パックなるものも便利ではあるが、その場合は飛行機。しかし、私の家は空港よりも新幹線の駅の方が近いので、その選択肢は消えることになる。福岡までだと便によっては飛行機の方が安いのだが、帰りに疲れた状態で空港から自宅までの道中がしんどすぎることも経験済みなので、今回は新幹線で行くことにした。新幹線の場合、ディスカウントチケットを買うことになるが、「のぞみ」が増えて料金体系が変わってから割引率が非常に低くなってしまった。以前なら、東京-新大阪や新大阪-博多といった区間では指定席料金に1,000円ほど足せばグリーン車に乗れたのに、それができないし、指定席の割引率もかなり低い。しかし、最近ではJR西日本区間に限って、1週間前までに列車を指定するという条件で、指定席+1,000円で往復グリーン車に乗れるというきっぷがある(ただし、期間限定らしい)。駅のパンフレットで以前から目を付けていたのだが、これを利用する。「グリーン車なんて贅沢な」と思うが、プラス1,000円だったらそうでもない。本来、私が利用した区間では5,000円以上プラスしなければならないことを思えば、いかに安いかがわかる。乗ってみて、改めてグリーン車の利用価値は高いと思った。私は体が大きい方なので、グリーン車のシートは快適だ。しかも静かでよい。長い区間を乗るときには疲れ方がまったく違う。本を読んでも寝てもすべて快適なのだ。よく、仕事のパフォーマンスをあげるためにエグゼクティブはグリーン車やファーストクラスに乗るという話があるが、理由はわかるような気がする。そういうことにお金を使うか、別のことに使うのか、その人の感じる利用価値の問題である。「効率的に時間を使うためと割り切って乗れば高くない」とは、精神科医の和田秀樹氏の著書でよく見かける話だが、なるほどそうだと思う。しかし、東京への出張ではさすがにグリーン車割引がないので、財政上きつくて使えないのが残念...。グリーン車代だけで往復1万円はやっぱりきつすぎる。ホテルもけっこう考えなければいけない要素だ。今回泊まったホテルは、立地がよく(駅のすぐ前)、サービス自体はけっこう充実しているし、朝食のバイキングがおいしかったという点では評価できる。が、部屋自体はけっこう狭かった。今回、ホテルはほとんど寝に帰るだけという状態だったが、それでも部屋のドアを開けて狭いとため息が出てしまう。寝るときも圧迫感をどうしても感じてしまう。ホテルの場合、自分にとって大事な価値とは「それなりの客室の広さ」であることを自覚した。もちろん、値段とのバランスが大事なので、事前のリサーチをしっかりやるということが重要であるようだ。今回の出張中のスケジュールは、学会に参加している時間以外、ほとんど人と会うことで埋まっていた。私の場合、東京出張は毎年必ず一度はあるのだが、九州に行くというケースはあまり多くない。しかし、九州には知り合いがなぜか多くいる。そのため、とにかく会える人には会っておきたい、特にめったに会えない人(九州で働いていて関西にはほとんど来ない人)に会おうと行く前から連絡をしておいたのだ。1日でだいたい2つ以上のスケジュールが入っていた。いろいろな人と会いながらお茶に行ったり飲みに行ったり。以前、九州の大学に勤めていたゼミの先輩には、地元の寿司屋に連れて行ってもらった。中心街から離れた所まで地下鉄で行き、さらにタクシーを乗り継いでやっと行ける場所だったが行った価値はあったと思う。とにかくサバを生で食べられたのは新鮮な経験だった。台風の影響で旬のイカが食べられなかったのは残念だったが...。大学のクラブの先輩には、卸売市場に隣接している食堂に連れて行ってもらった。ここも中心街から少し離れているのでタクシーで行った。漁師さんが漁が終わった後で出入りするため、24時間開いているのだとか。多くの種類の魚が格安の値段で食べられる。こちらでも魚の味を楽しんだ。また、5年ぶりに会った人もいる。ちょっとしたきっかけで九州の大学オケのメンバーが集まって行われたオケのトレーナーをしたときに出会った人たちだ。一人は2年ほど前に一度会う機会があった。最近では楽器職人になりたいようで、工房に出入りしているのだとか。もう一人は演奏会が終わってから初めて会った(メールはごくたまにやりとりしていたが)。ヴァイオリニストとしていろいろな場所で活動しているようだ。翌日に大事なコンサートを控えていてかなり焦っていた(何を演奏するのか聞いてみると、とんでもなく難しい曲だった)のに、練習の合間を縫って会いに来てくれた。もう一人が連絡を入れてくれたようだ。話していてとても楽しかった。気持ちが落ち着かないだろうに、よく来てくれたと思う。話していて、少しでもほっとする時間になってくれていたら幸いだ。後で聞いたら、演奏会はうまくいったようで、とりあえずひと安心。出張中はとにかく少しでも時間が空いたら予定を入れていったという印象がとても強い。こうして並べてみると、いつ仕事をしているんだと言われそうだが、やるべきことは外さずにいたので、ダラダラと過ごしたという印象は自分の中にない。印象としては睡眠時間を削って人に会っていたという感じだ。当然のことながら、かなり無茶な予定だったので疲れた。
Sep 10, 2005
コメント(3)
結局、台風の影響を考えてゼミ旅行を中止にしたものの、何事も起こらなかった。でも、それが一番幸いなことだと思う。みんなで集まってどこかに行くことなど、ちょっとした気の持ちようとメンバーのコミットメントでなんとかなるはずだ。今日は朝から風は強いものの雨は降らず、昼からはきれいな青空が出てきた。しかし、気は晴れない。今回被害が多くあった宮崎や大分には知人がけっこういる。状況はまだなかなかつかめない。この地域の某市で公務員をしている大学の後輩がいるのだが、きっと彼は今頃寝る間もなく対応に追われていることだろう。落ち着いた頃に連絡があると思う。実は明日から出張、福岡に行くのだが、台風の時期に直撃せずにすんだのは幸いなことだったが、爪痕が残る場所を通ることになるだろうから、気は重い。もう何年か前になるが、同じように台風直撃間もない頃の名古屋に行って、水害で流れたゴミの山がいたるところにあったのを見てショックだったのを覚えている。災害で被害を受けることのつらさは、その地域に住む人しか残念ながらわからない。私が阪神・淡路大震災の直後に見た大阪の風景はそのことを思い知らされるものだった。たった20数キロしか離れていないのに別世界なのだ。明日私が福岡に行くときもきっと同じだろう。経験を理解はできても共有することはできないもどかしさがそこにはある。もちろん、できることがあれば、したいと思う気持ちはある。話は変わって、ゼミ旅行のその後だが、なんと旅行で使うはずだった花火をどこかでやってしまおうという計画に変わった。今年の旅行幹事はそのままあきらめる人たちではなかった。どこで、どのように盛り上げようとしているのかはまだわからないが、これは楽しみにしておこう。自発的にそういう動きが出てきたことをまずは歓迎したいと思う。今日は予定された時間が空いたので、仕事をぼちぼちやって、夕方買い物に出た。あと、出張中子供の相手をしつづけなければならない妻の希望により、夕方は外で。安く済ませたが、妻にとってはこういうことが重要らしいということはこれまでの経験で理解できる。明日からしっかり頼むという感じだ。
Sep 7, 2005
コメント(2)
今日と明日予定していたゼミ旅行は、残念だったが結局中止にした。この時間になってみると、行っても問題なかったのかもしれないが、これはあくまで結果として今のところ何も起こっていないというだけのことだと思っている。朝起きて台風情報を見るが、まだ台風は鹿児島県の南海上にあった。進路は北だったので、このまま行けば行き先が暴風域に巻き込まれずに済むという微妙なところだった。しかし、台風がそのままの進路を行く保証はどこにもない。少しでも東よりに進路を変えてきたらアウトだ。また、台風の動きが遅いため最接近が明日の朝になるという話もあった。テレビで各地の被害の状況を見て、これは行くべきではないと判断、旅行幹事に連絡を取り、協議の上中止を決定した。集合場所に着くまでに最も遠いメンバーは3時間以上かかってしまう。その人が帰れないとなると困るということもあり、早い決断が必要だったのだ。今となっては「行けたよなあ」と思うメンバーもきっといただろうし、私もそうかもしれないと思ったりする。しかし、実際にいってみて何かあってからでは遅いのだ。行き先は山の中にあり、そこに行くまでの間は国道一本しかなく、抜け道もない。そんなところで土砂災害でもあれば動くこともできない。今回の旅行の費用については払い戻してもらえるようだ。それを宿泊先に確認したこともあって、早い段階での中止を決断できた。払い戻しがなければ考えたかもしれないが、戻ってくるのならば別の機会にそれを使ってリベンジすればいいだろう。もっとも、「忙しい」(何かというとすぐに言う)学生諸君にとっては、以前から必死で確保した日程だけにがっくりすると思うが。集まって楽しく過ごすことは他の手段でも可能だし、その気になればまた企画すればよい。逆に、こういう状況にめげずにリベンジしてくれれば、きっと素晴らしい学年になるだろう。と、こう書いている私が、実はかなり悔しいと思っている。学生とじっくり話したり、また一緒に体を動かすチャンスだったからだ。また、夏休みの旅行でゼミ生同士がまとまりを見せるようになる、そのチャンスが繰り越しになってしまった。しかし、ゼミ生は早くも動き出した。残り少ない夏休みの間に、この旅行のために買った花火をどこかでやろうと企画し始めたのだ。この急な予定変更に付き合える人がどの程度いるかはわからないが、楽しみにしたい。私も時間が作れれば行ってみたいと思う。あと、今回の台風が直撃した地域にはゼミの卒業生、大学時代の友人など、知り合いが多く、心配だ。命は無事でも、生活に不自由するケースも出てきそうだ。今回の台風で被害を受けた方々に心よりお見舞いを申し上げます。
Sep 6, 2005
コメント(4)
妻と子供たちが帰ってきて、いきなりにぎやかになった。もちろん、歓迎すべきことだ。朝はみんなで寝坊、確かにみんな疲れているので、今日ぐらいはまあいいだろう。昼食に中華のバイキングがあると妻がチラシを見せに来た。車で20分ほどの場所にあるホテルでやっていて、値段もけっこう安いから行ってみないかとのこと。ホテルに隣接する施設には、子供の遊び場(チャイルド・アスレチックというらしい)があるので、ちょうど都合がよい。そこは室内なので雨でも子供たちは遊べるのだ。土日はかなり混むのだが、平日なら大丈夫ということで行ってみる。バイキングはまあまあ、妻はあれこれ言っていたが、値段からいってこんなもんだろう。遊び場では子供たちが絶好調、妻もいろいろ見たいものがあるようで、私が見ておくことにする。昼食が遅かったせいで、夕食は簡単に済ませる。集中講義時に鍋などいっぱい食べたので、少々抑え気味でちょうどいいだろう。と、そういえば明日と明後日がゼミ合宿なのに、台風が近づいているではないか。とはいえ、行事はすべて室内で行うことなので交通機関がストップしない限りは決行との連絡が旅行幹事からあった。とにかく直撃を免れると良いのだが...。
Sep 5, 2005
コメント(2)
今日は、私の出張中、実家に帰っていた妻と子供たちを迎えに新大阪駅まで行った。一週間もいないと子供たちと一人で向き合わなければいけないのはしんどいし、実家の両親も喜ぶしということで帰るというのはいいことだろう。子供たちが何よりも喜んだ。妻の実家の方では、雨で延期になった花火大会がちょうどあったり、盆踊りの最終日にもちょうどかかっていたので、子供たちは大喜びだ。今年は、自分の弟夫婦に予定を合わせたために、お盆に妻の実家に行けなかった。私も妻の実家に行くのは、風情があってのんびりしていてけっこう好きなので、残念ではあった。来年はお盆に行けるといいのだが。私にとって、花火も踊りも見ずじまいの夏休みは子供が生まれてから初めてだ。何となく寂しい気がするが、まあ仕方あるまい。迎えに行く前に、梅田のタワーレコードでCDを入手。今度市民オケで演奏するファリャの「三角帽子」、ラトルが指揮しているドビュッシーの「海」ほか(ちょっと興味深いので買ってみた)、ブラームスの弦楽四重奏曲集、チャイコフスキーの弦楽四重奏曲集の4枚。これから時間があるときに聴いていこう。その足で、新大阪駅へ。新幹線から妻と子供たちが降りてきた。妻は子供たちの元気さに少々お疲れ気味だったが、とにかく子供たちはテンションが高い。私の姿を見ると走ってやってきた。娘に話を聞くと、相当楽しかったようだ。何よりである。一週間会っていないだけなのに、子供たちはまたさらにいろいろとしゃべるようになっていた。妻の実家でいろいろと刺激を受けてきたのだろう。毎日のように妻の妹の子供(つまりいとこ)と遊んでいたようだし。自宅に戻っても興奮冷めやらぬ状態のようで、片付けた部屋も一瞬で散らかってしまった。一気に日常へ、でもこれもまたよし。無事帰宅して安心した。
Sep 4, 2005
コメント(3)
今日は昼から夜まで楽器を演奏していた。最初はOBオケのパート練習。といっても人数が少なく、個人練習の延長のようなものだった。主にやったのはブルッフのヴァイオリン協奏曲。協奏曲の場合、オケのパートはソリストに比べると格段に易しく、個人的にさらうとするなら簡単にできてしまうように思える。いわば、「譜面(ふづら)は易しい」というやつだ。しかし、問題はソリストが出す音に対して、タイミングや音色という面で瞬時に適応しなければならないということだ。つまり、何とか弾けるようになってからが大変なのだ。まあ、本当の意味で合わせる練習はソリストが来たときにするしかないのだが、楽譜からある程度読み取れることもある。どういう音色が求められていそうかといったことがそうだ。硬い音、柔らかい音、開いた音、締まった音など。そのイメージづくりと、それに即した弾き方をみんなで探っていく。3時間ほどの練習でかなり音質がよくなってきたように思う。こういう練習は別の曲でも応用が利くのできっと役に立つだろう。終了後移動して、夕方からは市民オケの練習。こちらではファリャの「三角帽子」の初見大会。この曲はとにかくリズムが難しい。まずは慣れて体に叩き込むことから始めなければならない。過去に演奏した「春の祭典」や「火の鳥」を思わせるような難しさだ。ただ、こういう曲は慣れてくると楽しい。変なリズムがかえってクセになってくるのだ。終わった後で飲みに行ったときにもこの曲は体育会系だとみんなで話していた。弦楽器が打楽器的に扱われる場面が多い曲だと、弦楽器奏者はそういう印象を持つのだろう。後半はドヴォルザークのチェロ協奏曲。こちらは楽譜に間違いが多く、かなりしんどい仕事が加わってくる。意外なことかもしれないが、オーケストラのパート譜というのはけっこう間違いが多く、スコアと照らし合わせておかなければならないのだ。スコアを読むことに慣れていれば、ある程度までは間違いを見抜く(とりあえず疑いを持つ)ことができるのだが、メゾピアノとピアノの区別となるとかなり難しい。困ったものである。今週はかなり疲れたものの、締めくくりはやっぱり音楽。日頃から(いい??)音の響きに包まれていると、何となく健康的であるような気がする。来週も忙しいが、乗り切るための充電はできたように思う。
Sep 3, 2005
コメント(2)
とうとう集中講義も最終日、ゆっくり寝ても十分間に合うのに早く起きてしまう。知らず知らずのうちに緊張しているのだろう。疲れは取れないままだ。少しでも元気が出るように、朝から吉野家で丼をかきこむ。借りた自転車はこの5日間本当に重宝した。宿舎の周りで食事できる店がないとは聞いていたが、ここまでないとは思っていなかったのだ。気遣いに感謝。いよいよ授業開始、残りの講義と、さらには授業アンケート、レポート課題の説明と、いろいろやるべきことが多い。授業はほぼ順調に終了したが、予定した内容をすべてカバーすることはできなかった。時間が余るのはもっと問題なので、多めに用意して行ったのだが、集中講義のペースは結局わからずじまいだった。アンケートにもそのことが書かれていた。全部やって欲しかったとか、説明のスピードはもっと早くても大丈夫だったとか。最初に様子をうかがい過ぎたかもしれない。相手によって、やり方を考えなければならないことを身にしみて感じた。やはり、授業もライブなのだ。授業については、ほぼ好意的な評価だったので、ひと安心。多少否定的な意見もあるが傾聴すべき内容だったし、礼儀もちゃんと踏まえている。本務校のアンケートでは、必ずふざけていたり、誹謗中傷するものがいくつかあることに比べれば、さわやかなイメージを残すものだった。ただし、集中講義に出てくる学生は真面目な人がほとんどだということは割り引いて考えなければいけないのだが。全体的には楽しい経験となった。昼も夜も。かなり疲れたが、最後の力を振り絞って、自宅まで帰りついた。これだけやっておけば、後期が始まっても、気は楽になるはずだ。と思いたい。
Sep 2, 2005
コメント(0)
昨日の小旅行でかなりリフレッシュできたのはよかったのだが、体の疲れは取れていない。とにかく体を起こさないといけないので、コーヒーを飲みに、マクドナルドへ。レポートの採点に着手。ちょうどいい時間になったので、大学へ行く。3日目ともなると、教室の光景も見慣れてきた。授業モードにも難なく入ることができた。昼食はいつも世話役の先生のゼミ生、さすがに打ち解けて話せるようになって楽しい。この大学の学生とは相性がいいみたいで、話しやすい。違う大学から来る先生には興味があるということもあるだろうが。授業終了後は、またまた世話役の先生のゼミ生を交えて鍋を囲んでの飲み会。この先生のゼミ生は、先生と同様にキャラが濃い。「焼酎のおかわり頼んできて」と先生が言ったのに、自分のおかわりだけを持って何食わぬ顔で席に座った女子学生は最高だった。「使えない」と頭を抱えた先生の顔を見て笑いが止まらなかった。講義もそうだが、やはり楽しめたのは、終わってからの飲み会のおかげだろう。すっかり楽しんで、最終日に備えて寝た。
Sep 1, 2005
コメント(1)
全25件 (25件中 1-25件目)
1
![]()

![]()