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今日はオケの練習。本番指揮者が初めて来て練習となった。この方はもう5年近く前になろうか、指揮をしていただいたことがある。久々だが、当時強烈な印象を残していったので、今日もそれが楽しみだった。まずは「魔法使いの弟子」から。これまでの練習成果を見せるべく演奏をしたが、最初に言われたのは「色が一つしかない」ということだった。改めて言われるとショックなのだが、どう考えてもそうだよなと思う。「ファンタジア」の映像を見ても明らかなように、やはりいろいろな色彩感や音の瑞々しさ、うねりなどがしっかり表現されていなければならないところだが、どうしても弾くことに必死であるがために、やはり求められている音色にはなっていないと言うことだろう。いつも書いている「とりあえず拍子の縮尺を合わせること」と「音程をほど近くにすること」に精一杯になってしまっている。しかし、指揮者に言わせれば、音程も和音がわからない状態になっているとのこと。アバウトで合っていてもそれは合っているとは言わないということだ。楽譜は頼りないメディアなのだから、演奏者がしっかり補っていかないといい演奏にはならないということなのだろう。休憩後、マーラーの5番へ。第1楽章から順に見てもらう。練習後に言われたのは「第1楽章は何となく曲をわかって演奏している感じ」ということだった。これは先週のトレーナーによる成果だろうか。何も楽譜に指示はないがゆっくりになるべきところなどはその通りになっていた感じだった。第2楽章以降はなかなか苦しい感じだった。低弦が特に難しいが、活躍する場面も多く大変な感じ。難しいことは承知の上で楽譜から求められているレベルはとても高い。頑張らなければいけないところだ。第3楽章がやはり一番問題のようだ。めまぐるしく変化する調という味わいがほとんどわからなくなっているとのこと。確かに、演奏する側もわかってやっていないと思う。先週の指揮者にも言われたことと同じだ。マーラーの持ち味がしっかり出ていないということである。調性の感覚をしっかり持って弾くだけでずいぶん違うとも言われた。まさしくその通りだ。ピアノのように鍵盤を弾けばその音が出る(逆にそれ以外の音は出せない)のとは違って、オーケストラはより繊細に和音を表現できる利点を持っている。それには微妙な感覚が必要なはずだ。調性、和音の意味づけ、和音において自分が担当するべき機能といったものをつかまえられれば、音程はもっとよくなるだろうと思う。もちろん、表現の幅も広がるはずだ。「退廃的な音楽のはずなのに、演奏が退廃的...」とはどぎつい一言だが、これは仕方のないところだ。帰られなくてよかったよ...。第4楽章は時間の関係で次回に持ち越し(やりたかったぞ...)。第5楽章は、大変だ。特に容赦なく高速のフーガが弦楽器に襲ってくる。低弦は本当にきつそうだ。音がダンゴ状態になってわけがわからないことになってしまっている。オーケストレーションが入り組んでいるところはやっぱり崩壊した。誰とどうやって絡み合うのかをお互いにもっと知るべきだろう。スコアは指揮者が見ていればいいというものではなく、奏者は必携である。次回までの課題は山積。どう練習すべきか悩みどころだ。私の場合は、今日指摘されたようなこと(和音の分析など)はある程度やっているが、それでも不十分だと思う。どの調に行ったかということに対して自分がとても興味を持っているので、そういうところに目がいく分だけ、次の音の進行を迷わないので、演奏はしやすくなっている。もちろん、まだまだ練習不足であることは否定できず、頭でわかっていることをいかに体に染みこませるかが課題である。実際、弾けているつもりでも、できていないことはたくさんある。まだまだオケの世界は深い。だからこそ、一生かけてやる楽しみがあるというものだ。今日のことは今日、めげずに本番まで頑張ろう。
Apr 30, 2006
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昨夜、仕事を切り上げさあ寝ようと寝室に向かった。うちの家族は寝相が悪く、特に子供たちは真冬でも布団を蹴飛ばして寝ている。というわけで、最後に寝る人がかならず子供たちに布団をかけ直すのが仕事なのだが、娘の側に行ってみると、頭の位置がわからない。横の方に位置の変わった枕に手を伸ばすとそこには頭ではなくひざが乗っていた。もちろん「???」である。そこから探っていくと、布団の上に上半身が逆向きに乗っていることがわかった。絵で描くとすぐにわかるのだが、簡単に言えば、正座した状態から背中を床まで反っていった状態、そう、イナバウアー状態だったのだ。何という器用な寝方をしているのかと不思議でだった。背中、痛くないのだろうか???ちなみに私も最近はましだが、昔は相当寝相がひどく、結婚した頃はゴロゴロ転んで妻によく夜中にぶつかっていた。その結果、座椅子を布団の間に置かれてしまった...。それで矯正されたのか、現在はほぼ問題なく寝ている(はずだ)。
Apr 30, 2006
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やっと週末が来た。子供たちに早くからたたき起こされたが、何とかごまかして寝坊を決め込む。とにかくそうしないと疲れが取れないのだ。というわけで、いつもより若干寝坊。午前中は主に月曜日の講義の準備に時間を使った。今年は内容を少し変えたので、少々時間が必要だ。同じことをやれば楽なのだが、何しろ昨年までの内容を変えざるを得ない場合もけっこうあったりするので、そのフォローに時間がかかってしまうのだ。午後は風邪の治りかけた妻が外に出たいというので、車で近所の店へとお出かけ。ホームセンターであれこれ買い込む。ここでレジに並んだ私はまたしてもついていなかった。人数が少ない列に並んだのだが、直前に並んだ人が買ったものは、とんでもなくレジに時間のかかるものだった。それはおびただしい種類と数のペットフード!見た目ではあまり違いがないように見えたので、そんなに時間はかからないと踏んでいたのに...。店員もバーコードリーダーを当てるが、同じような缶でも中身は違うらしく、困り始めた。20個ほどある缶を種類ごとに整理し始めた。かれこれ8種類ぐらいあっただろうか。2人がかりでやるがなかなかうまくいかない。ペットフードは味が違っていても缶の色を変えるということはないのだろうか?その間にも隣のレジはどんどん人が流れていく。とどめはカード払い!!これがまた時間がかかり、サインをするべき本人が違う商品に見とれていて反応しない。もういい加減にしてくれよという感じだ。結局、隣のレジは私の順番までに5人が会計を済ませていた。ところが、話はそれだけでは終わらなかった。今度は、近くの家電量販店に行ったのだが、そこでは妻が並び下手になってしまった。そこはおもちゃも売っていて、子供のおもちゃを買おうとあるレジに並んでいて、前の年配の女性の順番になると、お孫さんに買うらしきゲーム機を店員に渡していた。そこまではどうということはないのだが、そこで何と彼女は「電池を入れてくれ」だの「使い方を教えてくれ」だの言い出したのだ。店員は困っている様子。時間がかかりそうなので「隣のレジに行ってもらえませんか?」という話になった。ところが、後ろに並んでいた人が先に隣のレジへと駆け込んだ。店員は先に並んでいた妻の会計をせずにいきなり後ろの人の会計を始めてしまったのだ。見ていなかったのかもしれないが...当然、妻は怒っていた。夫婦揃って並び下手になってしまった。結果論とはいえ、どちらも最初に選んだレジが悪かったのだ...。まったくついていない。結局、我が家の機嫌直しは回転寿司となった。食べればケロッとする。まあ、そんなもんだろう。
Apr 29, 2006
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今朝、朝の情報番組を見ていると、ドライブレコーダーというのが取り上げられていた。これは運転中に特に事故があった場面で実際の様子を記録し、後で見ることができるようにするものだ。現在のところはタクシーなど企業の車についているケースが多いようだが、一般のドライバーでもつけている人がいるとの話を取り上げていた。事故がどのようにして起こったのかを検証する際に、当事者の証言に頼っていたのでは、どうしても食い違う場面が多くなってしまう。どちらが悪いのかを判定する際に見解の相違がどうしても出てくる場合もあれば、意図的に自分に有利なことしか言わないということもある。そういったトラブルを避ける意味でもつける人が増えているそうだ。テレビでは実際の事故の場面を映し出していた。たとえば、車が自転車やバイクと衝突した場合、どうしても警察は「止まれたんじゃないの?」と言ってくる場合が多いそうだ。二輪車は転ぶと命に関わるのでどうしても弱者として扱われるのかもしれない。しかし、二輪車が突然曲がるという場合もある。この場合には二輪車のドライバーに問題があるのだ。これをドライブレコーダーで見てもらえればわかってもらえるということなのだろう。あるいは、対向車線からはみ出した車と衝突した場合にも理由がわかるという点でも証言の食い違いという問題は起こりにくい。確かにこれはいいものだと思ったのだが、気になったのは、実際に衝突した車を運転しているドライバーの運転である。路地にはいるときに車の陰から出てきた自転車に衝突するという場面はよくあるが、どう見ても速度超過だ。大きな歩道がある場合、自転車が出てくる可能性は十分考えられるはずである。にもかかわらず進入速度はかなり速く感じた。また、路地から大きな道に出るときに起こった事故の場面もあったが、これもドライバーは一旦停止を無視しており、さらに歩道を全く見ていなかったことになる。ドライブレコーダーをつけているというのは、自分に非がある記録も残ってしまうことを忘れてはいけないだろう。もちろん、こういう記録をとる機能を車につけることは賛成である。いろいろな交通違反で「言った、言わない」を繰り返したりが絶えない昨今、こういったものに対してちゃんと助成をして事故を防ぐ一助にするということも考えてもいいように思う。
Apr 28, 2006
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今日は講義のない日。昨日から少し体がだるいなと思っていた。通勤電車と主夫活動の疲れだと思っていたものの、起きてみたらやっぱり少し体調がおかしい。これは妻の風邪ウィルスをもらってしまったか??と少し思った。そういえば、今期のシフトは相当厳しいものだし(朝一の日と夜遅くの日がある)、1週間で1000分近くしゃべっているし(コマ数多すぎ!)、のどがやられたり、体調が悪くなる要素はふんだんにある。幸いなのは妻が元気になってきて、子供の相手をそれなりにできるようになったことだ。2人揃って風邪で倒れていたのでは話にならない。今朝は子供たちが幼稚園に行っている間に、明日の授業の準備をとにかくすませ、最悪の場合、つまり明日何も準備できないという状況になっても何とかなるところまではやった。午後はしんどかったので昼寝をしたが、起きても調子はまだまだ。肩を上から押さえつけられているような妙な感じ。風邪にありがちな倦怠感なのかなと思う。とにかく今日は早く寝て明日の夜の授業に備えなければならない。休講するとその分だけ後で補講をしなければならないルールがあるので、しんどいことを先送りするだけになってしまう。それは何としても避けたいところだ。何とか踏みとどまってくれえ~!明日さえ持ちこたえれば週末になってくれる。
Apr 27, 2006
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今日はゼミの日。午前中は3年ゼミ。いよいよ今日から本格始動である。今年は毎時間あらかじめ教科書からディスカッションのための問題を出しておき、その解答を事前に提出、私が目を通した後に返却し、ゼミの時間には私が少し説明の後、グループに分かれてディスカッションを行うという方式にした。この方法だと教える側の準備は大変だが、学生にとっては最初から準備をしてディスカッションに臨むため、いい意味で気合いが入るようだ。大学に到着後、提出された解答に目を通す。なかなかいい意見が書いているじゃないか。論点の理解度やツッコミの鋭さに個人差はあっても、みんななかなか素晴らしい。初回にしては上出来である。今後の活躍に期待したい。ゼミ生たちも大変だが楽しいと言ってくれた人がいたのでなかなかうれしいところである。午後は、授業の準備をした後、1年生のゼミ。こちらは少々問題。まあ、入学後間もないので無邪気なのはいいし、いきいきとしているのはいいのだが、どうも態度がよくないのが気にかかる。飲食は平気でやるし、こちらが説明している間に話をすることもしばしば。活気があることとけいじめがないこととは区別しなければならない。課題をするように指示したときにも、「これして何の意味があるんスか?」みたいなことを言う(面と向かってではないが、つぶやきとしてきこえている)。意味はまず自分で考えてもらいたいものである。昨年の1年ゼミではそこまでのことはなく、それなりにやっていたように思う。この学年間で何か境目になることでもあるのだろうかと思う。「ゆとり教育」絡みか???次回からまた別の工夫が必要であるかもしれない。活気があるという良さは認めているので、その使い道をどうわかってもらうかを考えなければならないようだ。
Apr 26, 2006
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JR福知山線の脱線事故から今日でちょうど1年。当日、その時間は授業をしていてまったく知らなかった。自宅に帰ってようやく状況が理解できたという状態だった。多くの命が一瞬にして失われたことに言葉も出なかった。天災ではなく人災であったところにさらにつらさを覚えたものである。関係者が亡くなったこともあり、大学ではその時間に授業を担当している場合には黙祷をするという話になっていた。私ももちろんそれにならった。授業を始める前にそういった話をして、いざというときに話をしている学生がいたので「こういうときにちゃんとできない人は最悪ですよね!」と強く言った。自分が経験していることではないからそう思えるのかもしれないが、当事者のことを思える想像力だけは失ってほしくないものである。自分の震災時の経験で考えた場合、別にみんなに当事者気持ちになってほしいと思ったわけではない。100%そうすることは不可能なことぐらいはわかる。しかし、だからといって、無神経な状態であってほしくもない。ただ、そういう話になったときに「そうだったんだね」と思ってくれるだけでもいいのだ。鉄道に関しては、昨日も山手線であわや事故にもなりかねないような状態が起こった。工事をしていて線路が浮き上がったことに気づかず、その上を電車が走っていたことだ。線路に接する部分を触るのに上を電車が走っているということがいかに危険かということと、それをなぜ昼にわざわざやらなければならないのかということが問題になる。あれだけの事故があっても、まだ教訓は活かされないということか...。複雑な思いを引きずりつつ午前中の授業を終わり、午後も相変わらずハードに授業をこなす感じ。終わったら自宅に戻り、主夫の続き。といっても、今日は少し妻の体調もましで、子供たちを風呂に入れて寝かせればいいだけだった。とはいえ、4コマ授業をしてから帰ってそれだから、ハードといえばハードなのだが...。妻の風邪が移らないように体調管理に気をつけなければならない。と、こういうときに限って仕事がいっぱいあるのだ。困ったぞ...。
Apr 25, 2006
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今日は非常勤の日。仕事に関しては特記事項なし。ところが、妻がどうも今朝から調子がおかしい。どうやら熱があるようなので、子供たちを幼稚園まで送り届けて、一度帰宅してから仕事に出た。終わって帰ろうとするときにメールが...。医者に行ったのだが3日間の安静と言われたようだ。特に初日は大変。ウィルス性の風邪ということだが、どうやらまだタミフルのような特効薬がないものらしい。というわけで、帰宅までは両親が見ていてくれたが、私が帰るとそうはいかない。妻はしんどそうである。というわけで、まずは子供のために料理を作った。が!母が持たせてくれた炊き込みご飯が大好きな子供たちはそればっかり食べて何杯もおかわりをしていた。私の作ったモノは、自分で食べてもけっしてまずいものではなかった(これでも学生時代と就職してから結婚するまでは自炊もけっこうやっていた)が、下ごしらえの塩の量が足りなかったようでコクがもう一つでとりたてておいしいわけでもなかった。それを知ってか知らずか、子供たちは「いらな~い」と言っていた。ある意味正解だったかも...って悲しいぞ...。料理をする姿をほとんど見せたことがない以上、仕方ないかな。次は入浴。食器の片付けと並行していろいろやるのはやはり慣れが必要なようだ。妻のようにはうまくいかない。時間のやりくりがよくわからないのだ。息子はママが寝ていパパがひとりで何でもしているのが不安らしく、そういう顔をしていた。入浴中もぐずったりして、けっこう大変だった。いつも私が入れることが多いが、上がったらすぐにママに拭いてもらえるわけではないのが気に入らない感じだ。その後も、髪を乾かし、片付けをしてとばたばたして、先ほどようやく子供は無事に寝た。主婦は大変だということはよくわかるが、これはやはり慣れが必要であることもよくわかった。部分的にいろいろ手伝ってはいるが、すべての家事をうまく回転させるためには熟練のワザが必要らしい。仕事をして帰ってもまた忙しい生活...。やっている人は本当に大変なんだろうな。
Apr 24, 2006
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今朝、トイレに入ったら、トイレットペーパーが切れた。どういうわけか、いつもはかったように、家族の中で自分の順番の時に限って紙切れになる。そういえば、昨日行った店でも、手を拭くペーパーが自分の順番でなくなった。先週は、教材を印刷しているときに、自分の順番で紙がなくなって取りに行くことになったし、別の日には印刷機のインクがなくなった。きっと巡り合わせだろうけれど、なぜか多いなと思ってしまう。これを理由にイライラしたりするわけではなかったので、まだいいのだが。ただ、印刷機に関しては、インクがなくなったりしたら別の機械を使って、元の機械をそのまま放置していく人がけっこういる。後で使う人は迷惑なのだから、ちゃんとしておいてほしいものだ。これだけは、問題外である。
Apr 24, 2006
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今朝、仕事をしていると、妻が「題名のない音楽会で音楽センターなんとかっていうの、やってるよ」と言いに来てくれたので、今日も挑戦した。前回もチャレンジしてみたが、当たるのは半分あるかないかである。イントロクイズは、解答者がすぐに押せたものだけはすぐにわかった。それ以外は...という感じだった。楽器のクイズはすぐにわかった。これはいつもオケで弾いていることもあるし、自分でヴィオラを弾くこともあるので、違いとしてはわかりやすかった。鳴っている楽器は何かというクイズは、木管が鳴っていることや、ホルンの中の何本かが入っているというところはわかったものの、マリンバはさすがにわからなかった。会場で聴いたら少しはわかるのかもしれないが、テレビではやはり難しい。何の和音かというクイズは、さすがに悩んだ。とりあえずCとDのコードの構成音が同時に鳴っていることまではわかったが、それ以外にも混じっていそうだと思うも時間切れだった。モルダウのオーケストレーションのクイズは、オーボエの上にフルートが余分についていたことと、大太鼓が余分についていたという2箇所はわかったが、それ以外の「オクターブ下がった」とかいうものはお手上げだった。おそらく現場で響きがおかしいとわかれば判断できるのかもしれないが、何とも言えない。とにかく、けっこう日々j\きに違和感があるとは思ったがさすがに判別することはできなかった。そういえば、「のだめ」のCDの間違い探しに以前チャレンジしてみたが、オクターブ下がったというような視点で聴き直してみたら、今までわかっている箇所以上にあるのかもしれないなと思った。とはいえ、そこまでチャレンジする時間は現在のところないのが残念。耳を鍛えるのって大事だなあと思った30分間だった。
Apr 23, 2006
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これは昨日の話。東京でキーボード奏者として活動している卒業生(もちろん、私は音楽の教員ではないので彼も大学では音楽は専門外)が自分のバンドのライブツアーということで帰ってきた。メインのライブに本当は行きたかったのだが、授業で行けなかったので、ある店の店頭でやるというミニライブに足を運ぶことにした。ライブが決まったときに彼からメールが来たのだが、行けたら行くという返事をしておいてどうするかは黙っておいた。サプライズということで。目的の店へ着いたのはかなり早かった。ライブ会場は店の奥かと思っていたら、本当に店の入口のところだった。リハーサル中のようだったが、店に入るなりいきなり彼と目が合った。曲が終わると「先生~!久しぶりやねえ!」と言って彼がやってきた。メールのやりとりは時々しているが、実際に合うのはけっこう久しぶりで、ライブとなるともう何年前だろうという感じだ。彼は、私が今の大学に移ってきた時のゼミ1期生である。初めて会ったときの印象は、とにかくノリが軽いというものだった。気安いのはいいのだが、それにもほどがあるという感じだったのをよく覚えている。限りなくタメ口に近い話し方だったのだが、それでも完全に崩れないのは彼の持ち味だった。気安さときっちりした感じとの間にうまく線を引ける人物だということは、しばらくして知ったことだ。そんな彼がバンドをしていると聞いて、どんな感じなのだろうとは、最初から興味があった。東京行きを決めるときに相談があったのだが、そのときが初めてだろうか、彼が本当に私の前で軽くないノリを見せたのは。本気でプロになりたいという覚悟がよく伝わってきたし、聞けば師匠がちゃんといてその人にもやめておけとは言われなかったようだ。ちゃんと筋があるということなのだろう。それ以降、彼はいい卒論を書き、ゼミをうまくまとめたりしながら卒業していった。東京に行く直前のライブは神戸であったので足を運んだ。高校生や大学生あたりの人たちに混じってライブハウスで聴いたが、そのときもけっこういい音楽をしていたように思う。それから何年ぶりかで彼の演奏を聴きに行ったのだ。私はピアノは弾けないので偉そうなことは言えないのだが、以前よりもかなりいい音がするようになっていたように思う。手の動きや音のタッチもかなりスムーズだ。曲ももちろんいい曲だった。ボーカルの力強さ、ギターのカッティングもとてもうまかった。お客さんも喜んでいる感じで、よかったなと思う。また、彼の同期のゼミ生も1人来ていたので、終わってから彼を交えて3人で少しだけ話した。彼は次のライブ会場へ移動のため、あっけなく解散、また次回ゆっくり会うことができればと思う。彼のバンドはまだ自分たちの車で動いているそうだ。東京までかなり大変である。新幹線に乗って帰れるように、頑張ってもっと売れるといいな。こうして時々頑張っている姿を見られるのはとてもうれしい。みんな頑張れ、そして私も頑張ろう。
Apr 23, 2006
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今日は夕方からオケの練習。本番指揮者が来るのを来週に控え、今日はトレーナーとして急遽前回の演奏会を指揮してもらった指揮者をお呼びしての練習となった。この先生、マーラーの5番がとっても大好きでただならぬこだわりを持っている。私とメールでやりとりしていても、その思いがひしひしと伝わってくる。曲に関する背景知識もやりとりの中でたくさん教わった。いよいよ練習がスタート。いつもは団内指揮者で練習しているが、プロはやはりすごい。てきぱきと必要な箇所を抜き出してうまく説明して形を作っていく。日常の練習では基本的なことを(テンポ、音程など)を注意して演奏することに主眼を置いているが、プロはそういう世界からうまく一歩外へと導いてくれる。どうしてもわれわれアマチュアにありがちなのは、とにかく音符の通りに、テンポは一定でということで、それに意識が行きすぎて音楽の流れや音質を考慮しない演奏になってしまうということだ。その問題について、指揮者は「L・O・V・E」と言っているだけで、それが「愛している」というふうにきこえてこないと言っていた。確かにその通りで、個々の音符ばかりに目がいってしまって流れを見ていないために、それを伝えられていないのだ。アンサンブルにしても、無理矢理合わせているだけで、それでは音楽の流れが窮屈になってしまう。みんなが自分の思うように走っているが、なぜか結果的に速さは合っているということが重要だ。絡み合いがいきいきときこえるためには必須の要素であるように思う。マーラーの音楽は、いろいろなテンポ感が一つの楽章の中に混在している。そこをいかにうまく作り上げていくかがマーラーの音楽のポイントだと指揮者は言う。だんだん遅くなったり、急に遅くなったりと、時間の出し入れがとても難しいのがマーラーだということだろう。しかし、マーラーは名指揮者でもあるので、オケがどのような生理で動きたがるのかは熟知しているために、口やかましいほどの指示が書かれている。「急ぐな」「引きずるな」という指示はその最たる例だと言えそうだ。もちろん、それを守ることは必要なのだが、標識を見てスピードを落とすように「言われたからやる」という状態では音楽が活きてこない。その指示の意味も考えることが単なる音の羅列を音楽にするような気がする。そのようなことをプロから多く学べたことが今日の一番の収穫だ。日頃の練習ではあまり気づかない微妙な動きもとてもよくわかった。今日もプロのすごさを感じた充実した練習だった。個人的には、マーラーっぽい演奏になったうれしさから張り切りすぎて最後の方でバテた感じ。大きなミスをしているわけではないのだが、自分の音質が気に入らなかった。ちょうどスピードスケートで最後の方になってくるとこけることはないまでも氷にうまくスケートが乗っていかないのと同じような感じなのではないだろうか。弓が弦にしっかりかんでいない感じがした。まだまだそういうところに気をつけて練習をしっかりしないとダメである。「よんきゅくんは、精神性はとてもいいものをもっているんだけどねえ、あとはヴァイオリンがうまければねえ...」とは大学時代にオケを指導してもらっていた指揮者の弁。この意味は「思っていることはいいけれど、それを現実にちゃんと表現することに関してはまだまだ改善すべきだ」ということだろう。きっとこの一言は一生覚えていると思う。自分がつまらないことで偉そうにしないための戒めとして。練習終了後、隣でいつも弾いてくれる人が「よんきゅさんは相変わらずテンション高いですねえ。どうしたらそこまでやれるんですか?」と話していた。その答えは、音符の使われている場面と文脈の中の意味を知ろうとすることだと思う。それをしていればこわがらずにぶつかっていくことできる。速いスピードで走っていてカーブを曲がるときにブレーキポイントさえ知っていればこわくないのと同じだろう。やったことが違うと言われれば直せばいいだけの話で、むしろそういうフィードバックをもらうためにも思い切りが必要であると思う。また、熱い心を表現するためにも、冷静な計算は必要なのだ。音楽は表現してこそナンボであると思う。「よんきゅさんは、自分が弾いていないときにも体が揺れていたり手が動いていたりするんですよねえ」と言われてしまったが、それは曲の流れに入り込んでいるからである。ほとんど無意識に近い感じでやっている。練習終了後、指揮者を交えて居酒屋へ。反省会ということはなくとりあえずビールを飲みたい人が集まった感じ。指揮者の近くにいたこともあって、濃い内容の話をずっとしていた。マーラーの5番で好きな場所はここだとか、この音はいいだとか...そういうことについてプロの話を直接聞くことができるのは貴重な経験である。スコアも見せてもらった。スゴイ勉強量である。私の「悲愴」のスコアなんて甘すぎるにもほどがある感じ。まあ、真似してみたいと思ったところで、半年ばかり何もせずそれだけのために過ごすことでもしない限りそれは不可能ではあるのだが...。今日は本当にいいことをたくさん学んだし、マーラーの5番を満喫した感じだ。さて、来週の本番指揮者の練習はどうなることやら...。楽しみでもあり、不安でもある。
Apr 22, 2006
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夜の授業があると更新する元気なく、一日遅れ。先週、夜の授業が終わって帰るときに、疲れに追い打ちをかける交通機関における居心地の悪さを感じ、結局自家用車で行くことにした。先週の話しはこうだ。授業前に来客があり夕食を食べ損ねたまま夜の授業に突入し、終わった頃には空腹の絶頂、というわけで駅前の某中華料理チェーンに行く(他に手頃な店が開いていない)も、相変わらずの接客の悪さに苛立ち、さらに電車を目の前で逃し、その後しばらく来ず。乗ったらその電車が途中駅で長い通過待ち。さらに乗換駅で目の前を電車が去っていき、もう一度乗り換えた後には終電近くのラッシュアワーである。金曜日の夜は多くの人が遅い電車に乗るのに、編成が短く相当混雑してしまうのだ。もちろん座れず、へとへとになってしまった。そんなのは二度と嫌だということで、車に切り替えて行く。高速を使うが、途中でなぜか大渋滞の表示。大学までは複数のルートで行くことを試していたので、いざという時のルートを通ろうとしたのだが、高速の出口を一つ間違えてしまった。まあ、大丈夫だろうと思ったのがとんでもなく、なんと道なりに行くと港に着いてしまったのだ。まわりは倉庫だらけ、トレーラーがたくさん走っている。殺風景で方角すら見失ってしまった。行き先を示す看板もほとんどない。結局必死で走り回った結果、ようやく出口を見つけた。何を朝から迷路遊びをしているのだろうか...。その後もついていなくて、下道を通ったのはいいが、路上駐車のオンパレードで2車線のうち1つだけしか機能しておらず、あちこちで渋滞していた。高速の渋滞にはまるよりは気分が変わっていいとは思うのだが。しかし、おかげでさらに新たなルートも開拓できた。外食できるゾーンを途中で見つけたのである。結局回転寿司を食べて大学についた。通常の倍以上の時間はかかったものの、まあそれもいいか...。授業は昼からで、さらに長い空き時間をはさんで夜になっている。夜の授業はみんなよく聴いてくれる。調子に乗って私語をしていた1人だけ強く怒ったら、あとはずっと静か。やりやすかった。しばらくなかった「うまくいった」感覚があったので、これはいい形で1週間を終えることができたということだ。研究室に戻ったら、同僚が仕事の話しがあるというので待っていた。他の同僚の部屋で珈琲をいただき、解散。空腹のため1人でラーメン屋に入って食べていたら、なんと別れたはずの同僚が携帯に私のラーメン食事中写真を送ってきた。わざわざ通って帰るとは、何と言って良いやら...。っていうか、何撮ってんのよっ!という感じだ。と、この楽しいやりとりがまたいいのだが。とにかくハードなシフトにも少しだけ慣れた。
Apr 22, 2006
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春の海の風景、特に晴れていたりなんかすると、とてもさわやかな気持ちになれる。私が大好きなのは須磨の海の風景である。JRや山陽電車に乗っていると、須磨を過ぎたところから舞子あたりまで海のよく見える場所を走る。山陽は高い場所(特に塩屋~垂水)を、そしてJRはもう少し海に近い低い場所(須磨~朝霧)を通る。海面のきらめきはJRに乗った方がよく見えるし、海の青さを感じたかったり、海の広さを見たければ山陽の方がよく見える。時々、息子を連れて何となく電車に乗るときには行きと帰りでこの2つを乗り分けることが多い。私の気分も変わってとてもいいのだ。天気のいい昼下がりに乗る機会があると、あまりの気持ちよさに眠くなることがある。「春の海ひねもすのたりのたりかな」という感じだ。さすがに「ひねもす」乗ったままということはないのだが。明石海峡大橋が開通してからは、その大きさを見上げる楽しみも増えた。かなり遠いところから見えるのだが、それがだんだん近づいてくるのがとても見ていて楽しい。下を行き交う船を見るのもなかなかいい。先日、舞子側から淡路島方面を見たら、天気がいいのにほとんど見えなかったのでおかしいなと思ったら、黄砂だった。恐るべし...。もう一つ、山陽電車の須磨浦公園駅近くに、海がきれいに見える展望台がある。ここがけっこう好きで、妻とも学生時代にたびたび行ったことがある。桜の季節はもう終わりつつあるが、この上から須磨浦公園の桜を見ると美しかったと思う。ロープウェーで山上遊園まで上るともっときれいらしいが、まだ行ったことがない。花見の季節にいったら、乗るのに1時間待ちだったので断念...。また、車で国道2号線を西へ走っていると、塩屋駅近くでJRをクロスオーバーする場所にカーブがあるのだが、そこを通る一瞬、淡路島と海がきれいに見えて、ここも好きである。とはいえ、本当に一瞬なので、状況によっては見逃してしまうのだが...。まだまだ春の時期は続くので、休日にでも行ってみたいものである。近くの山のてっぺんでは桜が満開であるのが見える。そこまで登って街を見る風景も大好きなのだが、行くのが大変である。思い出深い場所なので、またの機会に触れることにしたい。
Apr 20, 2006
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今日の授業は3年ゼミと1年ゼミの2コマ。3年ゼミは顔合わせも終わり、ひとまず係の決定。これは2年間楽しく過ごせるためにも重要な決定である。今年のメンバーも最初は尻込みをしていたがひとりが希望を言うと、その後は堰を切ったように希望を申し出た。いい傾向である。それから今度は最初の飲み会の企画会議をした。係を中心に決定をしていくのだが、緊張したせいもあってかかなり要領が悪かった。物事を効率的に決めるノウハウというのをあまり知らないような感じだった。アドバイスを少ししつつも、基本的には学生主導で最後は決まった。あとは来週までの課題を申し渡して終了。終わった後もぼちぼち3人ほどのメンバーと話し込む。こういう対話を少しずつ増やしていきたいものである。昼からは会議(っていうか通知するだけ)を挟んで1年ゼミ。こちらはもっと堅い雰囲気だったので、それを解きほぐそうと思案した結果、まず少し今後の予定や大学での学習の仕方を話した後、全員×(全員-1)のカードを配り、「メンバー全員に話しかけてその人の人となりのわかる情報を3つずつ聞き出して書き込むこと」という課題を設定して、実施した。これまでお互いに話そうともしなかったメンバーが、そういった場によって一気に話をするようになった。様子をずっと見ていたが、本当に活き活きしている。これが本来の彼らの姿なのだと思った。仲良くなるチャンスはやはりほしいのだろうと思う。3年ゼミの面接でも「ゼミに入ったら仲良くなりたい」と話す人が多かったことを考えれば、この段階でそれができることはいいことだと思う。この2つのゼミで、共通して話したことがある。それは、学習するに当たって、また人間関係を形成するに当たって、「違和感」を大事にしてほしいということだ。学生はよく「わかりやすい授業を」という希望を言ってくる。その意味は苦労をあまりせずにすっと頭に入ってくるということのようだ。人付き合いでも同じ、できれば仲のいい人と苦労なく気持ちよく接したいことを重視しているようだ。そして、それがうまくいかないと判断すれば、意外と簡単に見切ってしまうところがある。それでは世界が広がらない。自分の接している世界は絶えず刺激を与えてくるし、その刺激に反応しなければ自分が困ったことになってしまうことだって十分にあり得ることだ。学習していてわからないことからも目を背けないことが重要だと思う。違和感があって、それを解決しようと探索した結果として、違和感が解消され平和な気持ちになったり、成長したという感覚が得られるようになるように思う。音楽の世界も同じで、いつも平和な雰囲気だとつまらない。テンションのかかる和音や音色があって、それが適切な時間継続し、その結果解決に結びつくことによって聴く人は平和な気持ちになる。その違和感が大きいほど解決したという感覚が大きい。やはり人間でつくられるものには、似たようなことが当てはまるものだと思う。違和感のない生活はおそらくつまらないことが多いだろう。4年生のゼミ生などは、就職活動の原動力は「成長感」だと言っている。最初はいやだったが、少し前はとてもできないようなことができるようになったし、成果も出たことがうれしい、もっとやる気になるのだと言う。違和感にうまく対処できたということだろう。夕方、部屋の片付けをしていたら、4年ゼミ生がやってきた。第一希望で内定をもらえたことを報告に来たのだという。息が弾んでいたが、うれしくて早く知らせたかったのだろう。「よかったね。よく頑張った」と言うと、目がうるうるしていた。この学生はとにかくしっかりしているし、礼儀正しいので、それほど心配はしていなかったのだが、本人にしてみれば不安でいっぱいだったそうだ。相当努力していたことは承知しているので、この結果も驚かないのだが、いざ聞いてみるとやはりうれしいものだ。あとはゼミ生活の集大成である卒論をしっかり残して、次のステージに向けて力をつけてほしいと思った。その後は同僚と飲みに。今年のシフトではなかなかみんなが揃うのが難しいのだが、今日は揃った。楽しく話し、飲んで満足。明日は授業のない日。準備をするのだが、しっかり疲れを取ることも考えなければならないな。
Apr 19, 2006
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いかないものだ。というのは、授業のことである。今日は朝一からだったのだが、教室に入ってビックリ!先週よりさらに人数が増えていて、満席どころか立ち見、最後の方には廊下にまであふれていた。別に私の授業の評価が甘いわけではない。それなりの量の課題も課しているし、落ちる人もそれなりにいる。もちろん最初にそれは話してあるのだが、それでも増えていたのだ。ここまで人数が増えて容量オーバーになってしまうと、教室を移動しなければならない。中教室のはずが、大教室へと強制移動となった。たいていどこの大学にでもある巨大な教室である。昨年はそこで授業をやったが、これだけ大きいとクラスのコントロールはほぼ不可能に近い。ある場所の私語を注意しても、別の場所で同時に私語が始まってしまう。全員がいい加減な姿勢であれば仕方ないのかもしれないが、真剣に取り組もうとする学生もそれなりの割合でいる。そういった学生に迷惑がかかるのだ。ペナルティーを課そうと歩き出すと、出口が後ろにあるので逃げおおせるとんでもない学生もいたりする。今回の受講生の多くは、昨年1年生向けに行った授業を受けている。私がどのような思いを持って話をしているかも伝えているし、それを受け止めてくれている人も少なからずいる(なぜこの授業をとることにしたのかを書いて提出してらったのでそれを読むとそういうことがけっこう書いてあった)。そういう人たちは熱心に聴いてくれるので、こちらとしてもしっかりやろうと思う。ところが、問題なのは「たまたま空いていたから」とか「単位がほしいから」と言ってくる学生である。とるきっかけはたまたまであっても興味を持つようになったとなればしめたものだが、経験上そういうケースは少ないと認識している。そういった人たちをどうするか、これからの課題だ。こういう場合は次の年度でクラスの分割をしなければならなくなる。自分がコマ数を増やすか、非常勤を頼むかという選択になるが、そこまで視野に入れなければならないようだ。しかし、今年はもうどうにもならない。そもそももうすでに授業が始まっているのにいきなりお願いするわけで、それは難しい。さらに朝からとなると...。本当に頭の痛いところだ。昼からは4年ゼミ。彼らは就職活動を経験してから着実に力をつけてきていると感じる。問題の捉え方、発表に対するコメントや質問の仕方、なかなか鋭くなってきている。思った以上にちゃんとしているので、うれしく感じる。さらにもう一つの授業、こちらはやっぱり一ケタ。少ないだけに、希望してきてくれた人たちに何らかの付加価値をもたらすことができるようにしなければならないと思う。くたくたになる火曜日、元気の素はラーメンで補え!というわけで、またまたラー研。今日はラー研初参加の同僚を加え、楽しくドライブしながら目的地へ向かう。今日はとんこつラーメンの店。店主は集中しててきぱきと動いている。味もよかった。今日行ったエリアは意外とラーメン店のあるゾーン。またドライブしに来よう。同僚を途中の駅まで送り、後はひとりドライブで帰宅となった。ラーメンでもやもやをある程度吹き飛ばせるのは得な性分なのかな???
Apr 18, 2006
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最近、少し前の卒業生から時々連絡が来るようになった。今日は、最初にいた大学で初めて自分で面接採用したゼミ生(1年生の授業を担当していたので、私の授業を受講して来てくれた)から電話がかかってきた。その人と出会ってからもう10年ほど経つことになる。卒業してからももうけっこうな時間を経ているので、驚いたと共にうれしかった。仕事絡みの相談だったが、物事に対して真摯に取り組む姿が印象的だった当時と同じように、今も語り口は変わらない。今後もたまには話そうと約束して話は終わった。どうやら他のゼミ生と連絡を取ったりしていて、先週も会ったといっていた。場所を聞いたら、行ける場所だったのに、授業があって残念だった...。またの機会に。ここ1カ月ほどで、5,6人は連絡をくれただろうか。結婚を報告してくれた人、訳あってキャリアチェンジを心に決め厳しい資格試験を突破した見事に夢を抱えた人、元気で働いている様子を報告してくれる人、切れていたかのような糸がまたつながったようでとてもうれしい。みんな電話やメールでは、「覚えていますか?」という前置きがあるのだが、覚えているに決まっているぞといつも思う。不思議なほど個人データが頭に浮かび上がってくるのだ。ゼミの時間以外は楽しく話したり飲んだりして接してきているので、そのときにいろいろな話をして覚えている。2年3年と一緒にいるのだから、忘れることはない。ずっとそれだけは続けていけたらと思う。ゼミからはいろいろな仕事をする人が出た。プロのミュージシャン、競走馬の厩舎の厩務員などさまざまだが、みんな頑張って自分なりの夢を実現させてきている。そういう姿を見ると年下であろうと学生の時に少々やんちゃであろうと、尊敬して止まない。そんなみんなから時々連絡をもらうたびに元気をもらっているような気がする。時々、「先生がこの職業で良かったと思える時ってどんなときですか?」と学生に聞かれるが、仕事以外で言うなら間違いなくこのことだと言っている。「仕事ではない、ある時代に一定の時間を共有した人とつながっていられること、そしてその成長する姿をずっと見ていられること」と。
Apr 17, 2006
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今日はOBオケの練習。朝早くから遠いところまで練習に行く。電車を降りるとそこは桜の名所。今が見頃というわけでスゴイ人。タクシーで会場までいかなければならないのだが、なんと交通規制で渋滞!おかげできれいな桜は拝めたのだが...。会場到着後、準備をしてからなんと予定が急遽変更。管と弦に分かれてセクション練習のはずが弦が集まらず、いきなり金管セクションを指揮することになってしまった。「悲愴」では金管が大活躍するのだが、場所が少ないのと譜面が割と易しく見えることもあって、とにかく一定レベルまでの仕上がりが早い。言いたいこともたくさんあるようで、なかなかやりづらいところがあった。管楽器には管楽器のペースがあるし、練習の仕方もある。引っかかる側面も違う。そのあたりは弦楽器奏者の私としてはよくわからない。表現はともかく、練習の流儀の違いはなかなか難しいところだ。かなり気疲れして、午前を終了。昼食時、桜の木の下で弁当を食べる。ちょうど日差しもあって、いい感じだった。「こんな陽気に、室内で練習している場合じゃないよな」とは、晴れた日の練習で必ず誰かが言うことである。午後は「悲愴」の合奏。第1楽章からスタートするが、最初からいきなり壁に当たってしまう。弦楽器奏者の弾き方の都合がテンポを揺らしてしまい、管楽器の入りをわからなくしてしまう。弦楽器はとにかく難しいので、どうしてもそうなりやすい。練習のための練習にならないようにすることはとても難しいことだ。その後もうまく進んでいるとはなかなか言えない状態。これは自分にも原因があることもわかっているのでつらいところだ。どの楽章も結局難しいことを再認識してしまったというのが今日の感想。それと、指揮はやっぱり難しいということだ。とにかく表現を引き出すためにテンションを上げて合奏に臨むのだが、いろいろとうまくいかなくなったりして、もがきながら最後まで合奏はするものの、終わった後はやはり自己嫌悪になってしまう。大人数に見られることには慣れているのだが、講義のそれとはかなり違う。むしろ、指揮をしているときは学会報告の時の気持ちに似たものがある。それぞれの専門分野について詳しい人の前で自分の成果を見せるわけで、当然それだけにコメントも、見る目も厳しいものがある。そして、その成果はあまり褒められることもない。「この点はいいよね」とでも言われれば御の字である。そう考えてみると、やはり指揮は楽しい要素と苦しい要素がないまぜになっていて、苦しさにくじけそうになってもやっぱり合奏が好き、音楽が好きだからやっていられるという気がするのだ。CDに合わせて気分良くという世界とはかなり縁遠いように思う。私が恥ずかしながらも、あるいは頼りないながらも指揮することを許されている、あるいは機会を与えてもらえているのは、きっと同じ釜の飯を食った人の集まりだからなのだと思う。「このメンバーでもっといいものをつくりたい」という強い思いが自分を奮い立たせているのだろう。合奏が終わった後はいつもの反省会inファミレスである。やはり厳しい意見が多い。でもこれは必要なことだ。そして、それをぶつけ合っても人間関係が悪くならないのはきっと仲間だからだろう。建設的な意見に感謝だ。この輪がもっともっとオケ全体に広がっていけばいいのにといつも思う。帰りに駅で大学オケの現役学生にばったり会った。就職活動で地元に帰るのだそうだ。私の高校の後輩(といっても年は離れているが)なので、大学オケを手伝いに行ったときには親しみを持っていつも話してくれる。そういえば、今日はOBオケに現役学生もたくさん参加してくれた。よくOBと現役との交流をということが話に出るが、現役学生の参加によってこれは相当図れるような気がする。毎年末に学生オケ+OBという年の差20歳以上の大忘年会をする仲なので、すんなりと学生も入ってこれるようだ。今日はうまくいかなかったところも、「わかってるよ」と目配せするだけにした。とにかく彼らも巻き込んでもっともっと楽しい輪を音楽で作りたい、そういう思いが今日の練習でますます強くなった。2人でゆっくり話して楽しく別れた。こういうときには長時間の電車も苦にならないから不思議だ。いつの間にか自己嫌悪のローテンションからも立ち直った。また次回に向けてしっかりと勉強していこう。もっといい表現、そして楽しい合奏のために。
Apr 16, 2006
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出かける。昨日は所属オケの練習。マーラーの5番を演奏してきた。いつもなら飲みに行くのだが、敢えて飲まずに今日に備えた。今日はチャイコフスキーの「悲愴」の指揮に、ニコライの「ウィンザー」の初合奏で、これも指揮。しかも練習は午前中から夕方まで。前回の「悲愴」の練習で指揮をしたら最後へとへとになってしまった。おそらく今日もそのコースだろう。加えて明日は仕事だし、今のシフトに慣れるまでに時間がかかるだろうし、お疲れ気味ということで、飲まずに早く帰ったのだ。とにかく睡眠時間を確保するためという感じだ。きっと行き帰りの電車の中でも寝てしまうかな。せめて途中まででもスコアの勉強をすることにしよう。気になってしまうのだ。こんなことを職業にしている指揮者って、本当にすごいと思ってしまう。今日も貴重な機会、しっかり務めると同時に楽しみたいと思う。報告は帰宅後にできたらということで...。
Apr 16, 2006
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今日は夜間帯の授業。朝から出勤だったので終わった後はへとへとで、のどはガラガラ。おまけに電車の接続も悪く、さらに途中からは金曜の夜のラッシュ。もう歩くのも嫌になりながら最寄り駅を降りたときに、MP3プレーヤーはチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番。第1楽章の最初で華々しくスッキリした後は、静かな夜道を歩くことになる。すかさず第2楽章に切り替えて月夜に照らされながら歩く。昼間は多い人通りも、夜はウソのように少ない。まわりもとても静かで、こういうときには静かな曲が一番だ。チャイコフスキーのこの楽章を聴きながら、駅からの帰り道を歩くととても癒された気分になる。曲の構成も旋律もどちらかといえば単純な方だと思うが、それでこれだけのことが言えるのは本当に驚きである。同じ旋律をフルート、チェロ2本のデュエット、オーボエが演奏していくが、楽器を変えただけで雰囲気が変わる。しかもその順番以外にはありえないほどのはまり方である。和音も少し憂いを含んだ感じに書かれている。ここで使われている変ニ長調という調性は本当に不思議で、温かい雰囲気を持ちつつも、さわやかさを持っている感じ。それらの要素がすべて絡み合ってできているのが、この曲なのだ。本当に音楽の歴史に感謝である。そういえば、今週はあまりの忙しさに音楽を聴くことも忘れていた感じ。週末のオケの練習に向けてモードを切り替えたいところ。日曜日は「悲愴」に加えて、ニコライの「ウィンザーの陽気な女房たち」序曲の初合奏。これも指揮をしなければならないので帰りの電車でスコアとにらめっこ。ちょっと仕事モードから解放された自分になれたような感じだ。そろそろリフレッシュが必要。そんなたまっていたものをチャイコフスキーが洗い流してくれたような気がする。
Apr 14, 2006
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結局、子供に朝早く起こされた。せがまれてしばらく相手をした。疲れが残って眠かったものの、授業の準備もしなければならず、午前中はそれに時間を使った。娘は幼稚園が休みで外に出ないと退屈だが、私もさすがに遠出は勘弁してほしかったので、近所の回転寿司屋へ外食に。その前に妻のちょっとした買い物にも付き合う。みんなの気が紛れたところで帰宅。私以外は娘の音楽教室へ。今日も楽しかったらしい。自宅にあるキーボードでいろいろな曲を鳴らした後で娘が聞き覚えたメロディを弾いて遊んでいる。今日はベートーヴェンの「悲愴」の第2楽章の冒頭を弾いて遊んでいた。単音に左手を一音付けた程度だが、ちゃんと音を取っているので驚いた。私も密かに楽譜を買って練習しているのだが、まだまだ弾けない。そのうち追い越されるかもしれないが、そうならないようにうまくなりたいものだ。ピアノを買ってほしいと娘に言われていて、今のところ「もう少し楽譜がちゃんと読めるようになって上手になったらね」といって納得してもらっているのだが、本気で練習をし始めているのでその理屈もすぐに通用しなくなるかもしれない。覚悟しよう。その後は、私は仕事の続き。昨年度の反省を踏まえてトピックを追加している。こう説明した方がもっとわかりやすいだろうとついつい考えてしまう。これがまた準備に時間のかかる原因である。先ほど娘を寝かしつけていたら、またまた自分も寝てしまった。あわてて起きて仕事の整理をして今に至る。明日も長丁場、早く片付けて寝なければならない。
Apr 13, 2006
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今日も朝から授業だが、その前に娘を幼稚園へ送り届ける。今日からまた新しいクラスになるのだとか。担任の先生も替わるらしく、どうなるのかと楽しみにしていたようだ。幼稚園までの途中に桜がたくさん咲いている公園を通っていくが、そろそろ緑の葉が目立ち始めた。見頃も過ぎたのだろうか。通勤の電車は4月になるととにかく人が多い。これはきっと最初は真面目に授業に出る学生が多いから???それにまだ早朝からの出勤がない新入社員らしき人々も多い。この時期はラッシュ時間が長いようだ。もう少しすれば落ち着くだろうか。今日は3年ゼミと1年の導入ゼミみたいなやつ。その間に履修のための相談コーナーで張り付く。朝から夕方までほとんど休憩らしき時間もなく、昼休みに至っては20分もない。何という人使いの荒さか...。「授業以外の時間は余裕のある時間」などと思っている人がいたりするが、大学教員は90分話をするためにネタ仕込みをどれだけの時間しているのか、意外と理解されないようだ。本当にきっちりと教えようと思えば、それなりの時間は必要なのだ。授業以外のいわゆる雑務も必要であることは当然だが、何しろ分担がうまくできていない。本当はもっと効率的に時間が使えるはずなのに...。授業についてはどちらもメンバーの初顔合わせ。3年生は大学になれていてもゼミは初めてで、それなりの緊張感があった。これから2年間、みっちりやりますよ...。最初に彼らに訴えたことは、「きっちりとマナーはわきまえること」と「他人に対する興味を持ってほしい」ということ、そして「食わず嫌いをしないこと(すぐに価値観の違うものを排除しないこと)」だった。社会でストレスを可能な限り少なくして生きていくために必要なことだと思う。これからもメッセージはしっかり発していこう。1年生の方は、本当に大学が初めてなのでまだまだキョトンとしている。とにかく大学になれてもらうために企画されたことなのだが、こちらからどう近づくかというのはけっこう難しい。あまりにアホなことを言ってもまずいし、近寄りがたい雰囲気も気まずい。というわけで、結局自分の好きなこと、そしてこの職業を選んだ理由などを話してみた。1人、チェロを高校の部活で演奏していたという学生が終了後に話しかけてきてくれた。また、履修関係の相談も少しあった。しばらくしていけばもっと多くのメンバーと近づけるような気がする。頑張って彼らが大学生活の基礎力を付ける手伝いをしたいものだ。体力的には相当つらくなってきたが、やっと明日は授業がない日。また金曜日からテンションを上げてやっていこう。しかし、ペースが本当につかめるのは連休前後かな???
Apr 12, 2006
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今日は4コマ、本当に疲れた。空き時間はこまごまとした仕事(書類を書いたり整理したり)で一瞬で過ぎてしまう。午後の最初は4年ゼミ。就職活動の状況などをきき、とりあえず春休み中の宿題であった卒論の企画書を提出してもらう。今年の4年生は、提出している人はわりとしっかりできている。これは安心なのだが、問題は提出していない人。だらだらと引っ張らなければいいのだが...。何も相談せずに引きこもっていないかどうかが心配である。昨年もあったことだが、自分でため込むだけ貯めておいていきなり「辞めます」と言い出す人がいたりするとがっかりしてしまう。次の授業午前中とは打って変わって、なんと一ケタ!それに200人用の教室が割り当てられているものだから、何とも寂しい限りである。人数が少ない方がしっかり見ることができるので歓迎なのだが、景色としてはう~ん、どうなんだか...。この授業、自分の所属学科と違う学科向けに割り当てられているので私を知る学生も少なく、何しろマイナーな科目なので輪をかけて少なくなるのだ。何の説明もなく突然コマ数が増加し、しかもこういう状況...やっぱり解せない。とにかく教室変更を申し出なければならないだろう。それとも、研究室でやるか???そんなこんなで疲れ果てたにもかかわらず、いや、だからこそというわけでラー研に突入。今日は、今までに行ったことのないエリアを開拓することにした。いつもは車に乗せてもらってばかりだが、今回は私が車を出すことに。渋滞で1時間ほどかかるも2人いれば会話も弾んで短く感じる。店も駐車場もあっさり見つかり、いざ店へ!鶏塩そばを食べる(鶏肉のチャーシューの入った塩ラーメン)。ここの塩ラーメンはパンチの効いた味。とにかくおいしい。塩ラーメンでなかなかここまでは行かないのが普通だ。今のところ、間違いなく「ベスト・オブ・塩!」である。鶏肉のチャーシューがまたいけている。名古屋コーチンをつかったもので、絶品だ。確かに体調はかなりバテバテで悪いと思うが、ラーメンを食べて復活するとはこれいかに!明日もまたまた2コマ、1週間一回りするまではずっとしんどいんだろうな。早く授業のない木曜日が来てほしいものである。
Apr 11, 2006
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今、昼休み。今日は朝一番から授業。昨日は非常勤だったが、どうも疲れているようで、咳がけっこう出るし、だるい感じ。ということで、昨日は帰宅して夕食、入浴後すぐにダウン。朝早起きしないといけないので、何も考えずに寝た。結局10時間半も寝てしまった!いつもならありえない睡眠時間だが、それでも体はすっきりとまでは行かず。ある先生から「顔青いやん」といわれる始末だ。それは空腹のためであったりもするのだが…(昼食前にお会いしたので)。顔色はよくないということだろう。しかし、今すぐ何もできないというほどではないので、今日の授業は十分乗り切れそうだ。授業は想定した以上に受講生が多いようだ。資料が足らず授業開始までに時間がかかってしまった。2年生の科目なので、1年生の科目も担当していることから、昨年見た顔がずいぶんいた。ちゃんと授業に参加してくれることを望みたいところだ。知っているのだから「見られている」ということを忘れないようにしてくれればと思う。今年は彼らとのやりとりも楽しみたいものである。書きたいことはあるのだが、それが理由で日記も更新できず。空き時間か、帰ったらでも更新することにしよう。今日は4コマ、地獄の火曜日である(去年は同じく4コマ、魔の金曜日だった)。
Apr 11, 2006
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またまた1日遅れ。前日の疲れを引きずりつつも、やはり週末には子供が「どっか行こう」と言い出すので、お付き合いすることに。ちょうどいつも行くアウトレットモールの服の店とインド料理の店から会員割引のDMが来ていたのでみんなで行くことにした。週末はいつも混むので、とにかく開店と同時に入る予定で出発。見事に予定通りの到着となった。開店してするにいつもの服屋へ。ここも時間が経つと混むのだが、この時間は空いていて選び放題である。そういえば、いつもの週末よりは客が若干少なめ。これは花見の季節だからなのだろうか?そういえば、途中の桜の名所では駐車場にはいるために行列ができていた。駅がすぐ近くなのでなるべく電車で行った方がいいのではと思った。今回も気に入った服があったので買うことにした。お気に入りの店を見つけることは重要だとやはり思う。私の場合、体型の都合上(見た目Lだがそれに合わせると袖が短く胸がきついので、アメリカのブランドが合うようだ)、ピッタリくる店は限られている。まずは店探しになってしまうのだ。ほとんどの服はここで購入している。他の店も見たが、どうも細身の人を対象にした店が多いので、なかなかなあ...。妻もそこで気に入ったものがあったようで、一緒に買い求め、しばらく別行動してからインド料理屋へ。ここはやはりいつもおいしい。週末なので、正午に近づくにつれて人が増えてきた。なかなかの盛況ぶりである。人が少なめでも並んでいるのだから早めに行動するに限る。外の景色がとてもきれいな店なのだが、黄砂の影響でほとんど視界がない。気持ち悪いほど何も見えないのだ。そのうち、鼻が詰まったり咳が出たり、明らかに砂の影響だな...。その後しばらくは妻へのサービスタイム。店を見に行っている間、私は子供たちと遊具で遊んでいた。こちらも大盛況。もっと遊具があってもいいかなと思うぐらいの子供の数だった。子供たちはお気に入りでうれしそうだが、周りを見るとお疲れのパパだらけ。中には立ったまま寝ているという強者もいた。私も日に当たりすぎたのか疲れてきた。帰った後、リビングで座ったとたんに昼寝コース。1時間以上熟睡。夕食と入浴後、気分が変わったところでまた仕事。内容盛りだくさんの一日となった。
Apr 8, 2006
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あまりに疲れたので1日遅れでの話。いよいよ授業がスタートした。最初は大学院の授業。これは履修者が何人来るのかが当日にならないとわからないというもので、様子もわからずとりあえず教室へ。昨年は1人だけだったので、気分的にはかなり楽だったのだが、ドアを開けてビックリ、6人もいた。しかも留学生比率が高く、他の分野を専攻している学生ばかりである。とりあえず授業のプランを説明。これといった問題もなく終了。しかし、来週のこの時間もまだお試し期間、人数がどう変動するかは未知数である。やり方を考え直さなければならないようだ。その後は履修の相談コーナーに張り付く。ちなみに非常勤先では学生がやっているのだが、こちらでは教員が担当することになっている。カリキュラムの微妙な変更が毎年のようにあるので、相談に乗る側もかなり大変である。今年からはそれに詳しい事務職員が張り付くこともなくなり、教員だけでやっているがやはり心許ない。いい加減な返事もできないので、わからないことは結局事務へと行ってもらうことになる。ここでも先日のガイダンスにおける問題が予想通り出てきた。教室によっては肝心なところの説明が抜けていたらしく、学生がかなり誤解していた。それがまた、こともあろうに「おかしい」という指摘があったところだったりするのだ。準備不足はこうやって後にも問題を残してしまっているようだ。その後は1時間の空き時間を挟んで夜の授業。これが初めての「講義」である。時間帯のせいもあってか、人数はやはり少ない。就職活動の帰りらしき学生がちらほらといる。本当にご苦労様という感じだ。あとは、スポーツ推薦の学生がけっこういた。授業のやり方を少し変えてみたのだが、まだ反応はわからない。しかし、寝るとかしゃべるという余地をあまり与えない(とにかくいろいろと作業をしてもらう)ので、学生は比較的よく聴いているように感じた。何回かやっていけば、軌道に乗る可能性はけっこうあるような手応えである。学生がせっかく選んでくるわけだから、そういう人たちに手応えを持ってもらえるように頑張ることが大事である。このクラスサイズなら、少し希望が持てそうだ。さすがに最初は疲れる。終わる頃にはのどがけっこうがらがらだった。終了後、同僚が待っていてくれたので、人数も増えたところで、夕食にラーメン。これがまたおいしかった。話をしながら気分的な疲れも取れて、帰途につく。帰りの電車は日付が変わる直前なのにラッシュアワー並み。金曜日だし、みんな花見帰りなんだろうな。体力的には疲れに追い打ちをかけられた格好になった。
Apr 7, 2006
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今日はいい天気、通勤途中に満開の桜に何度も出会い、いい気分。ところが!乗換駅でその気分が一気に吹っ飛んだ。乗り換えのための切符を買おうと券売機の前に並んでいたら、オバチャン2人組がもたもたし始めた。ちなみに乗り換えまでの時間は5分。間に合うことを見越していたのだが、何度もうまく行かずに繰り返す。いい加減に窓口に行ってほしいと思うのだが後ろに何人並んでいようがお構いなし。そして最後には券を3枚入れて(おそらく金券ショップで買った回数券でつなぎ乗りをしていたのだろう)券売機をガチャン!という音とともに「発売中止」に追い込んだ。この時点で電車の発車1分前。並び直して隣の券売機(こちらも長蛇の列だった)でなんとか購入するも、今度は改札機の調子が悪いらしく切符を入れても「ピンポーン!もう一度切符をお確かめください」と繰り返す。いつも乗っているんだから確かめる必要なんてあるかいっ!その間に電車の発車を告げる放送が...。結局5分前に着いたのに10分待ち...。あのオバチャン2人組が楽しそうに談笑しながら横を通り過ぎていく。こみ上げる怒りを抑えるためにホルストの「火星」を聴いて解放。こういうときには癒し系より「火に油系」に限る。だめ押しに道を歩きながら「悲愴」の第1楽章を聴きつつ大学に到着。私の場合、かなり時間に余裕を持って移動するのでこれぐらいの時間はどうということはないのだが、仕事で時間に追われる人だったら、ののしったり、手を出してから去っていくんだろうな(ときどきそういうのを見かける)。時間に追われる生活ってやっぱり望ましくないかも。ところで、思ったのは自分のあまりの並び下手のひどさだ。いつもながら何度もこういう場面に出会ってしまう。私の前にはどういうわけか、オバチャンか子連れママ(これは子供がじゃまをしてなかなか買えないケースが多い)のどちらかが並んでしまう。日頃の行動が悪いのかもしれないが、これはそういう問題より、やっぱり並び方が下手なのかと思ってしまう。結局のところ、こういう事態を想定して早めに行動する今の方法が正解ということか???
Apr 7, 2006
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明日から自分の担当する授業が開始。まずは聴いてみようかという気になってもらいたいと思うので、最初が肝心というわけで、そのことに知恵を絞る。どのように学生に作業をさせるのか、どのタイミングでどういった話を持って行き、何を見せるのかということをひたすら考える。こうなると、教育実習でやった指導案づくりのような気分だ。そこまでしなくてもいいのかなとも思うが、実際に相手が理解してこその授業だと思うので、まずはやってみよう。思い通りの効果が出るのであれば、いい雰囲気で進めて行くことができるように思う。それが終わった後は、別の科目の準備。早めに準備しておいてちょうど良いくらいである。昨年、それなりのペースをつくってきたが、同じことをするのが嫌いな性分、何らかの工夫をしてこそ価値があると考えてしまって、ついついいろいろとやってしまう。今年こそゆったりした気持ちでできると思ったらやはりそうはいかないようだ。今日はとても集中したので、やはり気分を入れ替えないと疲れる。というわけで、昼間に近所の理髪店に出かけ、マスターとの会話を楽しみ、夜子供が寝た後は、妻と少しだけゲーム。「桃太郎電鉄15」はなかなかはまってしまう。妻もなかなかヒートアップ。子供が大きくなれば4人で楽しめるゲームだが、今は2人で楽しもう。というわけで作業は充実、心地よい疲れである。明日から気合いを入れていかねば...。
Apr 6, 2006
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今日は、先日問題となった説明会を元に新入生対象のガイダンスが行われた。説明会で指摘された問題についてはきっちりとした説明のないまま、押し切られた格好だ。確かに、説明会で指摘された問題は、台本には直接書かれていないことも多かったので、その場で余計なことを言わなければ混乱は起きずにすむ。しかし、これは問題を先送りにしただけであるような気がする。いずれ説明を求められる日が来た場合に、いったいどう対処するつもりなのだろうか?といったことを思いつつ、ガイダンス開始。新入生をグループ分けして教室に入れ、教員もグループ分けされて各教室に張りつけられる。私のいた教室を担当したのは、説明役初体験の同僚である。最初からいきなりよくわからない台本を元に説明するのだから彼は大変である。私も昨年までずっと説明役で、今年初めて外れたのだが、それまでの台本はもう少し整理されたものだったのでやりやすかった。彼はきっちりやろうと、説明にも工夫をして、準備もしっかりしてきていたことがよくわかる。ところが、決められた時間の中で台本をしっかり説明しなければならないのだが、準備をしてきてもそれはかなり難しかったようだ。これは説明者の責任と言うよりは、台本をつくった側の責任が大きいと思う。内容の解釈がかなり難しい箇所もあって、説明する側が一致した見解を持っていなければ混乱するだけである。もっと後に何か問題が起こらなければとちょっと心配...。今年の新入生の顔を見ることができたが、まだ当然おとなしい。様子がわからないので、緊張している感じだ。授業になったらどうなるのか、楽しみでもあり不安でもある。私は1年生に対しては秋からの授業担当なので、かなり慣れた後となる。説明会終了後、やはり質問がたくさん出ていた。問題は、学生が本当に知りたいことは台本に書かれていない(つまり説明には出てこない)場合が多いということだ。これは毎年感じることだ。ガイダンスで教員が担当するのは、履修のルール(どの種類の科目をどうやってとっていったら卒業できるかということ)である。彼らにとってはよくわからないルールの説明をすることも当然必要ではあるのだが、さしあたって、これからしばらくの間に何をどうすればいいのか(教科書はいつからどこで売られるのかとか、登録期限前には授業があるのかとか)についても知らせておかなければならないように思う。毎年出てくる質問は似ていることを考えれば、次回のガイダンスのためにノウハウを蓄積していくことが重要だと思う。間際になって慌てて台本をつくってもその頃には忘れられていて、同じ問題をまた繰り返すことになるように思う。また、どの情報を重点的に知らせるのかを検討しておく必要もあるように思う。新入生に対して3年生や4年生にだけ関係のあるルールを説明することが果たして効果のあることなのかということだ。何か後で文句を言われても「あのとき説明したじゃないか」と言うことはできるのだが、今では上級学年に対してもガイダンスをしているのだから、より複雑なルールはそこでしっかり話す方がいいように思う。つまり、問題意識を持っている段階で説明をしっかりする方が効果的であるように思う。もちろん、必要な情報については触れておくことも必要だが、メリハリなく話を進めても頭には入らない。これは聴く側に回るとよくわかる。ここまでいろいろ書いてはいるものの、今の自分にそれができているのかは当然検証しなければならないことなのだが...。授業の準備をしているとそういうことが頭に浮かんでくる。ガイダンス終了後、質問に時間を取られた同僚が次々に帰ってくる。これだけ時間オーバーが多いということはやはり考える必要がありそうだ。終了後は、授業開始前の景気づけに少々飲みに行く。いつものメンバーにプラスしていろいろ話した。さあ、いよいよ授業が始まる。
Apr 5, 2006
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そろそろ講義開始に向けた本格的な準備が必要になってきた。何をするかということやそれに関連する勉強はずっとしてきたが、実際にプリントを作成するなどのオペレーショナルな作業をしなければならない。というわけで、とにかくPCの前に資料を積み上げて午前中から作業に取りかかった。しばらくすると、子供たちが「公園に行きたい」と言ってきた。午後からは雨が降るかもしれないというので、とりあえず出せるうちに子供を外に出して気が済むようにしようというわけで、私が子供たちを連れて近所の公園に行くことになった。正午近かったので、遊んでいる子供はそれほど多くなかった。娘は最近ブランコを立ちこぎして最後に飛び降りることができるようになったのがうれしいらしく、とにかく見てほしいのだという。確かに、しばらく近所の公園に一緒に行くことはなかったので、そういったことができるようになっていたとは知らなかった。実際に見てみるとしっかりできている。だからといって、たいしたことではないのだが、親としてはうれしいものだ。息子は雨の日に退屈でぐずった時にやって見せた私のレースゲーム(グランツーリスモ4)が気に入ったらしく(最近は車も大好き。走る車を指さしては車種の名前を叫ぶので恥ずかしいこともたびたび)、レースのマネをして地面を蹴りつつアンパンカーを走らせていた。それぞれ楽しかったようでご機嫌に帰宅。昼食後は子供たちを妻に任せて買い物に行ってもらい、その間に私は授業の準備。今年から1科目増えるのでその準備にも追われている(この増やされた理由が今でも解せないのだが...)。さらに、最近思うところがあって、授業のスタイルを少し変えてみようかとも思っている。内容的にはそれほど大きな変化はないのだが、どの程度効果が上がるのかは未知数である。試行錯誤を実感する場面も多くなるだろうが、よりよい授業のために必要なことだと思っている。昨日の日記でも書いたとおり、他人にわかってもらうのはとても難しいことだ。自分がわかったつもりで一方的に説明しても伝わるわけではない。もっと学生が主体的に考える場面をつくらないといけないと思う。当然、新たな準備が必要だし時間も必要だが、自分にとって心地よい作業効率(例えば研究しやすいという意味で)だけを求めるのも何だか違うような気がしてきたのだ。この職業を長く続けるつもりなら、こういうチャレンジをする年があってもいいような気もする。もちろん、研究は授業内容に反映されるのできっちりやるつもりだが、ちょっとかける時間の配分を変えてみようかと思う。この職業は、研究者でありながら教育者という難しさを併せ持っているが、だからこそやりがいもある。今年はどのように授業が展開されていくのか、不安を持ちつつも楽しみにしている。同じメンバー、同じ内容の授業は二度とない、その瞬間が楽しめるように準備をしていこう。
Apr 4, 2006
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この日はまず、新入生オリエンテーションの教員向け説明会があった。他学部の先生にも協力を要請しているものもあるので、そちらの先生も出席していた。しかし、資料をパッと見て「???」だった。それはわからないというよりは「これで本当にいいの?」とか「大丈夫なのか?」ということだった。新しい試みをしようというのは意味のあることだし、成果がどうなるのかは確かにやってみなければわからない。しかし、ちょっと資料を見ただけで引っかかるのは問題だと思う。例えば、「今年は」試行期間なので、ルールの運用は「お任せします」ということが書いてあるのだが、ということは「来年は」違っていて「強制します」ということなのか?と思ってしまう。実際に類似のことが以前にあったので、ますますそうなるのではと思ってしまう。何だか保険の約款を読んでいるような気分である。なかなか読まれないが実はそこが落とし穴になっているというのがまさにそれである。説明の後の質疑応答では、説明者がグレーゾーンの回答をしたり、しっかり確認をせずにその場の雰囲気で回答していたりとひどかった。その質問も多くの人が疑問に思っていたことだろうと思われるので、やはり問題である。さらに会は進み、オリエンテーションの説明における注意事項の説明が行われたが、こちらはもっとひどかった。学生に渡す書類は間違いだらけだし、「こういう説明してください」という台本には、誤解を招く表現がたくさんあった。こちらも書類を見て「???」となった。「台本を見なくても説明がわかるかどうか確認してください」という説明者に従っていたら、説明が速すぎるのとあちこちに話が飛ぶので、うまくフォローできなくなってきた。ある程度内容を知っている私でそうなのだから、学生はこれではわからないのではないかと思う。これは授業の時に知らず知らずのうちに自分もやっているかもしれないと反省。聴く側に回ってみるとよくわかる。相手の立場で物事を考えるのはとても大事だし、難しいことだ。説明が終わると、次々と質問が飛んだ。実際にこの台本作成に関わっているはずの人からも「これはおかしい」という意見があった。そこで、ふと疑問が...ちゃんと準備したのか??ということだ。説明会を開く前にクリアしておかなければいけないはずの問題が放置されているから「???」になってしまうのだろう。作成に関わった人が説明会の直前に打ち合わせをして「これでいける」と確認するのが失敗のない手続きだと思うのだが、どうもそれはしていなかったのではないかと思う。内輪からその場で疑問が出てくるのはやっぱり変だ。おそらく作業効率の向上を考えてチェックのプロセスを飛ばしてしまったのではないかと思う。確かにこういった仕事で作業の無駄が多いなと思うことも逆にある。しかし、省いてはいけないものもあるはずだ。新しいことをするのであればなおのこと、最初にじっくり議論をした上で、実行プロセスを省力化していく方がよいだろう。結局今回の場合、準備不足は否めないと思う。こんな状態で1時間半も不十分な説明に付き合わされるのはかなわない。結局指摘された不十分なことに対してさらに善後策を考えなければならないのだから、かえって手間がかかりそうな気がする。かといって、何とかしなければ、困るのはお客さん(=学生)であり、現場で説明する人である。どういう結果にしたいのかを見据えて物事に当たっていくことは重要なことだ。しかし逆に、会社でもこういうドタバタがあったりすると聞くが、なぜそういうふうになってしまうのだろうかという新たな疑問も浮かんできてしまう。その後は、学部の歓送迎会。私がしている仕事のひとつが、退任される先生との関係が深いものなので、あいさつにうかがう。この仕事のおかげで、分野が違う先生でもお話をさせていただく機会が多くなった。退任のあいさつもこの仕事に携わる前よりもじっくりと聴くようになったような気がする。終わった後は二次会。相変わらずのアホなトークで盛り上がる。いつもよりも拡大されたメンバーが参加するこの時期の飲み会も楽しい。気分良く帰宅。これからさらに授業の準備に追われることになるだろう。
Apr 3, 2006
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今日は、昼頃に所属オケの打ち合わせ。来年の上半期に指揮をお願いする先生とプログラムや練習方法等の相談。この相談については終始和やかな雰囲気でお互いに納得しつつ進めていくことができた。指揮者と別れた後は、出席したメンバーと共に昼食をして、今後の練習に関する相談。そこではいろいろな話が出てきたが、何を決めるにしてもなかなか難しいなあと一同困った場面があったりした。アマチュアオケは当然仕事でやるのではないので、お互いの思いがダイレクトにぶつかりやすい。曲目を決めるとき、お願いする指揮者を決めるときなどなど...100人規模で趣味趣向の違う人々が集まってやることなので、全員が納得する解というのは難しい。指揮者でも多くの人がいいと思っている人であっても、好みではないという人も当然いるのだ。しかし、それぞれが自分の好みをダイレクトにぶつけ合って我を通そうとしたらめちゃくちゃになってしまうのは当然であり、結局みんなの意見を聞きつつも少数の人による企画というのが必要になってくる。落としどころを探らなければならないのだ。メンバーは「会社とやってること一緒やなあ」と言っていた。また、難しいのは我を通そうとする人がそれなりに正論で攻めてくることだ。納得してもらうための努力が必要になってくる。それでわかりあえればいいのだが、時にこじれることもある。人間関係が意思決定に際して持ち込まれるという可能性があるのだ。つまり、「あの人きらいだから嫌だ」とかいうことだ。そういうことを持ち込まれると困るのだが、発言力のある人がその意見に納得したりで変にベクトルが合ったりするとこれは大変である。オケの中の高々3%程度の人が集まっていろいろ話し合うだけでもいろいろと難しい要因を発見することができてしまう。そんな問題点の洗い出しになった感じだ。普通ならばこうならないために組織を分割することになるのだろうが、オケはそういうわけにはいかない。100人規模でやることを求める曲すらあるのだ。プロオケのように専門家が集まっていればどのような仲であってもそれなりのものができるのかもしれないが、アマオケは技術のなさを団結力で補う部分もあったりするので難しい。みんなもう少し大人になってほしいなと思う場面もあるが、そうしたくない(つまり自分に正直でありたい)のが趣味の世界でもあるので、大人にはなりたくないかな...。これはかなり難しい組織論であるような気がする。
Apr 2, 2006
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今日は所属オケの練習。その前に子供たちを連れて近くの商業施設に子供を連れて行ったのだが、その中のことで妻と喧嘩に(正確に言えば帰ってから)。内容はつまらないことなのだが、今回に限っては絶対に譲れないし許せないとそのときには思っていた。私はめったなことでキレることはないのだが、今回だけはさすがにキレた。ところが、それ以上の勢いで逆ギレしてきたのだ。とりあえず、傷口を大きくしないようにだけはして練習へ向かった。こういうとき、本当に今日がオケでよかったと思う。ぐちゃぐちゃになった気持ちを癒してくれるのも、怒りを受け止めてくれるのも音楽だ。音楽で表現すれば誰も傷つかない。というわけで練習開始。最初は「魔法使いの弟子」。まあ、ぼちぼちだが、まだまだ表現を詰めていく必要はありそうだ。というか、楽譜に書かれていることをきっちりとみんな自分なりに吸収している感じがしない。せっかくやっているのにもったいないことだ。オーケストレーションや和音、そしてバランスの妙がすべてまだ欠けている状態だ。次にチャイコフスキーのピアノ協奏曲。これが一番何とかなりそうだとみんな思っているようだが、実はそうでもないように思う。チャイコフスキーが苦労して考えた仕掛けをまだ理解していないような気がする。それだけでなく、ただ弾いているだけの感じ。音は出ているけれども、愛着が足りないし、雰囲気もまだまだだ。第2楽章で最も強くそれは思った。大事にしたい場所で本当にデリカシーがない。もっともっと大事に音楽を運んでいくべきだと思う。それは技術がないということではなくて、思いが足りない、ちょっとした気遣いが足りないのだと思う。余裕がないと言われそうだが、それは違うように思う。技術的にしんどい場所ではないところをいかに指の先まで血を通わせるかということが重要なのだと思う。確かに今回のプログラムでは最もとっつきやすいが、それだからこそ大事に行きたいなと...。その後はついにマーラー。この起伏の激しさは今日の心境にピッタリ。「嵐のように」と書いてある場所が2ヶ所あるが、自分の心に嵐が吹き荒れているのでそのままの勢いで行けた。すすり泣くような場所は、本当に泣きたいほど情けない気持ちだったのでこれもそのままの心境でOK。荒波が寄せては返すような場所は今日の気分。許せないがどこかで折り合いを付けないとシャレにならないのだが納得できていないという気持ちをぶつけてみた。あまりに入れ込みすぎて、自分が弾いていない場所までノリノリ、手が震えちゃったりなどして、隣のメンバーはあっけにとられていたと、後の飲み会で報告されてしまった。演奏するに当たって必要なコントロールは失っていないが、気持ちは極限まで入れた。崩れる手前ギリギリだったような気がする。そのせいか、終わったらどっと疲れた。飲み会でもハイテンションで飲んで、最後はけっこうつらかった。帰りの電車でもハイテンション、まずいな...。本番にはこのモードが必要だろうが、やっぱり夫婦喧嘩の後にマーラーは毒である。毒にやられて自宅まで何とかたどり着いた。ところが不思議なことに、マーラーをさんざん気を入れて弾きまくって、お酒を飲んでテンションを上げて帰ったらスッキリした。「毒をもって毒を制す」か???明日に引きずらなくてすみそうで何よりであった。
Apr 1, 2006
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