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昨日からニュースで取り上げられている、厚生労働省を退職したばかりの職員と福祉施設の理事長との間の金銭・物品授受があったという問題、ニュースでもワイドショーでもコメントは一様に「そんな親戚いたらいいなあ」とか、「そんな親戚おらんやろ」だった。問題なのは、受け取った側が補助金を出すという決裁をする立場にいたことである。もちろん、精査する必要があるだろうが、その立場にあったときだけ補助金が下りているということが疑わしいと思われる原因になっているようだ。あと、ポイントとしてはその補助金の額が他のケースよりも極端に多いのかどうかということだろう。それにしても「何が悪いの?親戚同士、個人でやっていることだろ?」というインタビュー映像に対してはあまりいい気持ちがしないというのは、多くの人が思ったのではないかと思う。開き直りに見えてしまうのだ。まずそもそも、個人的なことであって、別に問題ないと思われるならここまで取材は来ないでしょうと思う。「見られていないならいい」「別に言われてもそのうち忘れられるんだし」「捕まらないのなら別に何を言われようが構わない」みたいなのはどうなのかな...。ここまであからさまになるともうどうしようもないだろう。厚生労働大臣は徹底的に調査せよとの指示を出したようだが、果たしてどこまでできるのか、見守る必要がある。しかし、「規定がないからペナルティーの科しようがない」ということが最近目立ちすぎるように思う。ストーカー行為の末に相手を射殺した警官に対しては相当額の退職金が出るとのこと。これに対して公務員の人事を担当する官僚はインタビューで「これに関してはどうこういう立場にないので」と話していた。逆に、今回の一件のように「空きスペースを狙う」ようなことがどんどん出てきたらどうするつもりなのだろうか。そういえば、昨日の夜、妻がニュースを見ながら同じことを言っていたな。「ねえねえ、そういう素晴らしいうちには親戚はいないの?」(残念ながら)いません...。「これでメシでも食ってよと10万円ポーンとくれる親戚はいないの?」これもいません...。これと関連して思ったのは、学生が夏休みでよかった...。
Aug 31, 2007
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この曲は、ドビュッシーの比較的初期の作品で、オリジナルは4手のためのピアノ曲であるが、ピアノ版としてはあまり注目されなかった。曲の人気が出たのは、アンリ・ビュッセル(作曲家、指揮者)がオーケストラ用に編曲してからのことである。この編曲は、ドビュッシーのオーケストレーションをよく把握した上で書かれたものと評価されているようだ(そこまで勉強しているわけではないのだが、「牧神の午後への前奏曲」などに似た楽器の使われ方があるかなと思ったりはする)が、いつ行われたのかについては、正確にはわかっていない。演奏時間は15分程度とシンプルで聴きやすく、また旋律も非常にわかりやすい。柔らかい音色で終始進んでいくので、無声映画の音楽として使われ、それがこの曲が広く知られるのに貢献したとも言われている。-------------------------第1曲:小舟にて さざなみの中を音もなくすーっと滑っていく小舟を描いた風景画を見るような音楽。ハープとフルートという組み合わせが見事な雰囲気を醸し出している。冒頭のト長調の部分でも、微妙に和音を変化させることで光線の当たり方が変わっているような効果をもたらしている。チャイコフスキーの「眠りの森の美女」にある「パノラマ」と雰囲気が似ている(調と拍子は同じ)が、この曲の方が色彩感や空気の動きを多く感じる(もちろんどちらの雰囲気も大好き)。中間部はニ長調で、跳ねるような旋律。「舟歌」をうれしそうに歌っているような感じがする。3連符と2連符の組み合わせはドビュッシーでよく見かけるが、それがたくさんあり、効果的である。終結部分では、ドビュッシーらしい音階が顔を覗かせて、それがさりげなく変化しながらト長調の再現部へと導かれていく。最後のあたりの木管による旋律にハープのフラジオレット、弦楽器の高音の長い音が印象的である。-------------------------第2曲:行列 ホ長調で始まる軽やかな行列の行進曲。行進曲というので2拍子でリズムをとってしまいがちなのだが、楽譜は4拍子で書かれている。実は4拍子を意識しなければ軽さが出ないのかなとは、実際に演奏して思うことである。途中にある少し短調の要素や、ト長調の要素が出てくる場所は色彩感の変化が面白い。中間部では、イ長調に変わり、ひらひらと落ち葉が舞うような音型、その後同じ音型をまたドビュッシー的な和音での味付け、そして変イ長調への変化というちょっとしたサプライズが面白い。また冒頭の旋律が戻ってくると今度は最後に向けて盛り上がっていく。この曲ではトライアングルが多用されているのもまた軽くいい味を出している。-------------------------第3曲:メヌエット ドビュッシーが好んだという古風な舞曲。冒頭部分のオーボエ、クラリネットとコーラングレの掛け合いが洒落た感じで、弦楽器による主題が登場。これは曇りがかった緑の風景がイメージされる。楽譜はト長調で書かれているが、実際はいろいろな調に移っていくという点も古風な感じを醸し出す要素なのだろうか。主題が終わるとニ長調の部分だが、ここでも音を微妙に変えていき、色彩の移ろいを感じる。一瞬光るような部分があるのだが、その光は遠くなり、また冒頭主題に戻る。冒頭よりも楽器が増えた状態で少し厚みがあるが、最後に向かって音が少なくなっていき、静かに終わる。最後にト長調を明確に示していて、なるほどという感じだ。-------------------------第4曲:バレエ この曲は派手で軽快な曲。タンバリン、トライアングル、シンバルといった打楽器が活躍する。2拍子で冒頭から跳ねるようなリズムが多く使われた旋律。どんどん盛り上がっていく時には面白く和音が進行していく。この部分の最後は中間部の旋律を先取りしている。中間部は3拍子に変わり、ト長調のワルツとなる。最初はゆっくりから始まるが、だんだん踊りが回転速度を増していくかのようだ。このワルツもいろいろな調に変化していくのが面白い。冒頭旋律に戻る直前にあるハープの低音のフラジオレットやトランペットの音色もいい味を出していると思う。冒頭旋律に戻って繰り返した後、最後は3拍子になり、踊りながら最後は派手に終わる。-------------------------この曲は一度だけ演奏したことがあるが、やってみて「やっぱりフランスものは難しい」と思った。「牧神の午後への前奏曲」や「魔法使いの弟子」と同じく、やはり色彩感がはっきり出ないと面白くない演奏になってしまう。木管楽器が「どソロ」で難しいというのはもちろんなのだが、弦楽器も求められる音色を出すのは難しいと思う。弱音器をつけたときにどう弾くかとか、軽さや薄さを表現するために右手をどう使うか、いろいろと気を遣うべきだと思って弾いていたのだが、難しい。しかし、一番難しいのはやっぱり色彩を決める音程の正確さというところだろうか。アマオケではフランスものを演奏する機会はあまり多くない(やたら難しいか、編成が小さいので却下になりやすい)ので、貴重な経験だった。もっと深く理解した上でもう一度チャレンジしてみたいものだ。
Aug 30, 2007
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あまりの暑さに誰もいない近所の公園を通ると、とても静かだった。ふと空を見上げると、東の空には大きな入道雲があったが、真上は青い夏空。でも、筋雲が南から西にかけてちらほらあったりして、少し秋になろうとするのかなという空でもあった。近所で空を見上げるなんて、とても久しぶりであるような気がする。
Aug 29, 2007
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子供たちと風呂に入っていたときの話。最近、テレビなどで理科の実験を見せる場面を多く見かけるが、子供たちが興味を持ち始めたということで、トイ○○スで売られていたお風呂でできる実験セットを妻の発案で購入した。 とはいえ、実験をするのはもっぱら私の役目、セットには10種類の実験道具があるが、子供が興味を持ちそうな実験には、プラスアルファで重曹や発泡剤が必要で、なかなか扱いが難しい(ひっくり返されたらかなわない)。 しかし、それ以外だと地味でインパクトがない。水上置換、表面張力、浮力、凸レンズの原理など、基本的な話が入っているのでいい教材なのだが、なにしろ地味。しかも幼稚園児にこれについて説明するのはとても難しい。せいぜい目で見てわかる表面張力までである。 他の原理、例えば目に見えない力をあるものとして説明しても、納得しない。そこで他のことをし始めてしまうのだ。 これって、私語を始める学生と同じメカニズムであると思った。わからないから他のことをし始める。これを防ぐためには、わからせるための方法を工夫して、なおかつ話の邪魔をしないように躾ることが必要で、どちらが欠けてもうまくいかないのだなと思った。こうして文で書くのはたやすいが、実践することはなかなか難しい。 このどちらの条件も欠けているのが私語をする学生なのかなと思う。大学の授業内容はそれまでの積み重ねの上に成り立つものだと思うが、蓄積が十分でないとしんどいのかもしれない。 わからないのは誰のせいかという議論があるが、大事なことは、先日の日記で書いた指揮者の名言、「ちゃんとお互いに合わせてから言いたいことを言わなければならない」ということに通じると思う。 お互いに沿うための努力が必要なのだ。それがあっても、教えることを成立させるのは難しいのだから。なければ極めて難しい。風呂に入りながら、苦労して説明して、うまくいかず、こんなことを考えているうちに、すっかりのぼせてしまったのだった。
Aug 29, 2007
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今日はどうしても大学でやらなければならない仕事があったので大学へ。途中、乗換駅でときどきお会いする先生にばったりお会いし、そのまま一緒に大学へ。大学に着くと、いきなり担当ではない作業に呼ばれる。「ちょうどよかった」とある先生に言われて作業の場所に連れて行かれたのだが、「ちょうどいい」って??それは比較的短時間で終了。その後、細かい仕事をして、昼食。先輩の先生が研究室に来訪されたが、あいにく食事中で、終わってから話を伺いに行った。少々話し込んで、今度は同僚の部屋に。トークのはしごになってしまった。その後、また仕事。いよいよ夏休み後の授業についても考えていかなければならないので、その作業も少し。夕方は、同僚と何となく約束していたラー研へ。ときどき立ち寄るお気に入りの店へ行くが、いつもと違ったのは、開店一番乗り!授業のない時ならではである。最初の客なら間違いなく残っている限定メニューをしっかり食べる。いつ食べてもやはりここのラーメンは美味しい。まだ時間も早いと言うことで、同僚の自宅にお招きいただいた(押しかけた?!)。上がらせていただいてすぐに、「建物探訪」風の紹介が始まった。引っ越してまだそれほど時間の経っていない新しい家。入居時にリフォーム話で盛り上がったのだが、現実に見てみると「なるほど~、わかりました」という感じだった。きれいな部屋がとても新鮮、おやつとコーヒーをいただきながら、話も盛り上がった。長居しすぎるのもよくないかなということで帰ることにしたが、楽しい時間は本当にすぐに過ぎてしまうものだ。今日は、夏休み中にもかかわらず、数人の先生にお会いできて話をしたが、それぞれの時間がとても楽しく思えた。職場の人間関係には恵まれているのだなと思いながら、機嫌良く一日が終わろうとしている。また頑張らないとなと思った。
Aug 28, 2007
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出雲大社に到着。なぜかそれまでに一度も足を踏み入れたことがなかったので、一度は行ってみたいと思っていた場所、ようやく来ることができた。ゆっくりと中を歩いて、拝殿でお参り。出雲市駅行きのバスまで時間があったので、土産物屋でゆっくりとする。バスに乗っていると、JRの大社駅跡の前に止まった。出雲大社からは歩いて行くと少し遠く感じる距離だと思われるが、その造りは出雲大社の玄関口としてふさわしいものだった。ちょっと昔風の旅館と見間違えそうな感じである。昔は出雲市までの列車が日によっては大社線まで乗り入れていたと記憶しているが、そんな大社線も時代の流れには逆らえず、廃線となってしまった。廃線後はサイクリングロードになっているようである。出雲市の市街地に近づくにつれて夕方の渋滞。なかなか駅まで行けなかった。駅に着いたら、駅前に温泉があるというので、ぜひそこに行きたいと思って目の前に来たら「本日休業」!?。どショックである。電車の時間に合わせて入浴時間も考慮して帰ってきたのに...。というわけで、腹いせにというわけではないが、駅の中にある回転寿司屋で寿司を食べた。といっても、100円ではないちょっと値段の張る店。日本海が近いので、やはり魚は美味しかった。だらだらした末に、「スーパーやくも」(今はこの名称は無く、すべて「やくも」に統合された)に乗る。途中、松江まで宍道湖がときどき見えて、さらに夕日の時間。本当に美しいオレンジ色で見える時間にはちょっと早かったが、宍道湖に映る夕日はやはり美しかった。米子を過ぎたあたりで日没となる。卒業生の作った和菓子をデザート代わりにしたのだが、美味しかった。早朝から出かけたので何となく疲れたのか、それからは夢の中、気がつけば倉敷の手前だった。半日の旅で、しかも半分は電車に乗っているという状態だったが、楽しかった。日常は味わえない空気、そして景色を味わう。やはり旅は楽しいものである。特に気ままにできる電車の一人旅はいいなと思う。(後にまとめてフリーページで掲載予定)
Aug 27, 2007
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一畑電車の松江しんじ湖温泉駅まで、歩くにはちょうどよい距離だったのだが、駅に着いたら次の電車まで40分近くあったので、うだうだしながら時間を過ごす。足湯があるといっても、30度を超える暑さでは入る気にならず...。しばらくすると、折り返しに乗るであろう電車が入ってきたので、何となく記念に撮影タイム。それから、いよいよ入場可のアナウンス。もちろん、先頭車両に席を確保。電車が発車すると次は「ルイス・C・ティファニー庭園美術館前」駅。この駅は日本一長い駅名として有名だったのだが、美術館が閉館になったのに伴って、今年4月より「松江イングリッシュガーデン」駅となった。ちなみに、今はその前のチャンピオンだった南阿蘇鉄道の「南阿蘇水の生まれる里白水高原」駅に戻っている。小さい頃から知っている範囲で言えば、阪神電鉄の「尼崎センタープル前」でも長すぎると思っていたのだが。その後も電車は宍道湖沿いをのんびり走り続ける。何と言ってもこの日は天気がよかったので、青い空と夕方前の少し傾きかけた太陽光線、そして宍道湖の青い水のコントラストがとても美しかった。対岸はかすんでぼんやりと見えている感じ。電車の中はクーラーが効いているので、とても心地よくのどかな気分。しばらくすると、電車は突然方向を変え始めた。左側から線路が交わってきて「???」。来るまで知らなかったのだが、一畑口駅でスイッチバックしているのだった。先頭車両に乗っていたので、その様子がよく見えた。地形上そのような配線にしなければいけない必然性がないのになぜかと思っていたら、実はこの先一畑薬師の石段下まで線路が延びていたのだそうだ。しかも、一畑口から西の区間の方が先に開業していて、ここまで来た線はすべて後で支線として開業したようである。一畑口で方向転換のために駅のホームを移動する運転士を見て不思議な感覚だった。駅ものんびりとした感じである。ここから先は田園地帯をひたすらまっすぐに走っていく。難読だったり不思議な駅名が出てくる。「湖遊館新駅」、これは初めて訪れたものにとってはなぜそうなったのかが興味あるところ。「旅伏(たぶし)」「美談(みだみ)」このあたりは一回では当てられないだろう。そんなことを考えているうちに乗換駅の「川跡(かわと)」。急いで乗り換えないと置いて行かれると思い、ホームを走った。何しろ、次の電車が10分後ということはないのだから。大社線に乗り、高浜を過ぎると不思議な建物。出雲ドームといって、木製のドームらしい。それからまた珍しい地名「遙堪(ようかん)」を経て、出雲大社前駅に到着。ここは旧国鉄の大社駅とはまた違った意味で趣のある駅舎、昭和初期の建造物だそうだ。出口のすぐ前にはロータリーなどがなく、いきなり普通の道があり、しばらく歩くと出雲大社へ着いた。
Aug 26, 2007
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メンテナンスで更新できず、一日遅れ。昨日はとにかく体力勝負だった。朝から晩までほとんど休みなしで、しかもほとんど汗をかき続けていた一日だった。朝は、子供たちの幼稚園のバザー&イベント。妻が係に当たって早朝から出て行ったので、私が子供たちの用意をして連れて行くことに。朝の用意は忙しいということをさらに実感。妻のやるスピードではさすがにできないので、時間ギリギリになってしまった。しかも、途中で息子が「トイレに行きたい(出かける前に「行かなくていい」と言ったくせに)」というので、駅に駆け込んでトイレを貸してもらうということもあり、本当にギリギリで着いてしまった。イベントがスタートした後は、妻はあるコーナーに張り付き、遊びに来る子供の相手をするのに忙しく、私がずっと連れて回ることに。娘は友達だけで行動したいらしく、友達の誘いにさっさとついて行ってしまった。残された息子は「パパ~」と情けない声でやってきた。まだ友達同士だけでは動けない年のようで、友達もみんな親と行動している感じだった。途中、父と母が交替で様子を見に来てくれたので、私も少し気が紛れてよかった(子供の相手ではなく私の相手をしてもらった感じも少しあり)。本当に助かる。また、全体でビンゴゲームになったが、その時には娘とその友達が合流、友達も私のところに自分のカードを見せに来て「○○ちゃんのパパ、今の番号これにある?」といってくるのでチェックすることに。けっこう忙しかった。このイベントは体育館であったので、体育館に2時間近くいた状態、ときどき外の日陰に行くも風が無く、やはり暑かった。お茶とジュースを飲みまくって、水分補給。もう衣類がすべて汗でボタボタ、かなりつらかった。イベント終了後、母が食事に連れて行ってくれて、これまた助かった。妻が帰宅したのと入れ替わりで、私はオケのメンバーでやっている室内楽□□□友の会(□の中にはオケの練習後に行く居酒屋の名前が入る。そういえば、去年やった弦楽四重奏もそんな名前だったなあ...)へと出かける。会場までの徒歩時間(電車に乗っている時間を除く)は、一日で最も気温の高い時間帯、これまた汗だく、会場に着く前はけっこうフラフラだった。室内楽は楽しかった。やはり個人個人の音がしっかりきこえてくる、アンサンブルがだんだん整ってくるといったことがちゃんとできていくことを実感できる。本当はオケもその延長線上にあるのが理想なのだが、なかなかそうも行かない。久しぶりの楽しい充実した時間。その後はオケの練習へ。本番指揮者の練習だったが、今週のオケは先週のオケと本当に同じオケかと思うほど、音がちゃんとしていた。やっぱりこれって、集中力の問題なんだろうかと思った。これこそ、本当の練習という感じ。指揮者も「これを待っていた」とのこと。これがもっと早い段階でできるようになるのが理想なんだよな...。今回の指揮者の名言。「ちゃんと相手につける(合わせる)ことをやってから文句を言うのが音楽家の鉄則。合わせられないのに文句を言うのはダメ」まさにこれって、アマチュアオケにありがちな問題だと思う。曲が進行する中で、それぞれの場面で核となる楽器はさまざまなのだが、それを考えずに「自分のパートに合わせろ」みたいな意識を持っているのかなあと感じる人もいたりする。そうではなくて、やはり曲の求めるところにしたがって行くべきだろう。そのためには、ちゃんと曲を理解していなければと思う。音を何となくなぞることができるというだけでは、演奏として完成しない。やることはまだまだたくさんあるということだ。でも、「なぞった後」に言われる内容に指示が変わってきたので、本当に満足できる練習だった。ついつい本気になって「悲愴」を弾きまくったので、ここでまた汗だくとなった。終わった後は水分補給!(いやいや、結果としては後で水分が無くなっていくのだが)楽しく話して食べて飲んでゴキゲンで帰宅。しかし、昨日一日でどれだけの水分が体内を通っていったのだろうかと思う。知らないうちに疲れていて、今朝は結果的に寝坊となった。
Aug 25, 2007
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子供たちは相変わらずプラレールに夢中。最近、レイアウトの幅が広がりそうだと思って、ターンテーブル(SLの方向転換で使う)を購入、さらにレイアウトづくりに姉弟で励んでいる。娘はターンテーブルを結節点にして2組のレイアウト(90度に交わるように)をつなぐというものを作った。電車がターンテーブルを出て戻ってきたら、次に出る方向の選択肢が4つもあるというなかなか凝った構成である。普通なら放射状にレールを出して、電車を置くというのを思いつくのだろうが、これは驚いた。面白い発想である。息子は勾配の限界に挑戦し(ジェットコースター開始のような上り坂)、さらに高架を多用したレイアウトを作った。電池がフルにあれば登れるのだが、電池切れが近いとかなり苦しいという勾配(碓氷峠のEF63+「あさま」セットが走る姿が一瞬頭によぎった)、しかも、高架の上にホームを置いて駅を作るとは、なかなか考えたな。この高架、登りはいいのだが、下りはとんでもなく速く滑り落ちるので、直後に曲線を置くとほとんど100%の確率で脱線してしまう。すると、「どうしたらこけないの?」という疑問をぶつけてくる。これで遠心力の存在を知るというわけだ。おもちゃからでもいろいろ学べますな。子供と遊んで素朴な疑問に答えること、これも大事なことだと思った。いろいろと試していくうちにどんどん高度になるレイアウトを生み出す子供の発想と、考えながら格闘する姿を見て、この新鮮な気持ちを失わせないようにしなければと、改めて思った。
Aug 24, 2007
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先ほどテレビを見ていて、海上自衛隊の護衛艦が完成したというニュースを放映していたのだが、その映像の中で軍艦マーチが流されていた。実は最初の方は映像を見ていなかった(自分でチャンネルを選択したわけでもない)ので、ドラマでパチンコ屋のシーンでもやっているのかと思っていたら、そういうニュースだった。そこでふと思った。音は明らかに生演奏のそれだとすぐに気づいたのだが、実はそれって不思議でも何でもなく、本来のこの曲の使い方はタイトルからしてそうなのかなと。パチンコ屋の方が後なのに、本家本元よりもイメージで追い越してしまったのかなと思うと、何だか不思議な感覚だ。本当のところはよくわからないのだが...。しかし、防衛省の人事問題に絡む内閣改造問題、テロ特措法の問題、いったいこれからどうなっていくのだろうか...。
Aug 23, 2007
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といっても、今日から授業だというわけではない。職員の夏期休暇が明けて、大学に人々が戻ってきたということである。私もこの夏期休暇明けにどうしてもやらなければならない仕事があったので、大学へと出勤した。と、入ってみると、「工事をやるなら休み中」というわけで、いろいろと工事をやっていた。特にインフラ部分の工事は重要である。暑い中、お疲れ様です...という感じ。さらには、資格試験やスクーリングがあるとやらで、人が結構いて驚いた。今日は他にも仕事の締切があるようで、他の先生方の姿もちらほら見かけた。一通り午前中に仕事を終わらせ、さあ帰ろうかと思ったら、同僚にバッタリ会う。せっかくなので、ランチを一緒に。久しぶりに直接お話しするとやはり楽しいものである。そんなこんなで昼過ぎに大学を出て、車でAMラジオを聴きながら帰宅。ラジオではパーソナリティが吠えまくっていた。中でも「保育費の未払い問題」や「教育再生会議」については、なるほどなという意見だった。支払能力があるのに保育費を支払わない、もし5年間逃げ切れば時効となり、結局自治体が税金を持ち出すことになるという状態、モラルの問題と言ってそれで終わりではいけないと思う。大人のしていることなので、更生の問題ではない。何らかのペナルティが必要だと思う。モラルを問うだけではどうにもならない社会になった以上、再考すべき問題だ。今さらなのだが、どうもスッキリしない話が多すぎる昨今だと思う。
Aug 23, 2007
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松江駅に着き、市内を巡回するバスで、とりあえず松江城の方へと向かう。バスに乗ってしばらくすると、宍道湖の美しい水面が見えた。さらにバスは進んで、堀の近くでバスを降りることに。とりあえず、松江城に行ってみようと思いながら歩いていくと、小泉八雲記念館が見えたので、入ってみた。狙っていったわけではなく、ほとんど無計画に行ったのだが、生涯についていろいろと知り、勉強になった。記念館を出て、しばらくまた歩き、ようやく城の中へ。天守閣に行こうかとも考えたが、時間が読めないこともあってあきらめて、庭園を散歩して、街へと出て行く。さて、いよいよゼミ卒業生探しの始まり。まずは交差点脇にあった地図を見て、覚えていた町名を探し出す。見てみると、案外近いことに気づく。安心して探せることがわかってから腹ごしらえ。とりあえず、立ち読みのガイドブックで見た出雲そば屋さんに入った(店の名前は忘れたが...)。ちょうどお昼時で、地元のお客さんも多く、ほぼ満員だった。そばは美味しかった。満足した後は町内を歩き回り、和菓子店を探す。ほどなく見つけた。おそらくここだろうと当たりをつけて入店。緊張しながら店員さんに卒業生の名前を告げると「ちょっと呼んでくるので、待ってて」と言われたので、しばらく待たせてもらう。すると、「???」という表情いっぱいの卒業生が仕事姿で裏から出てきた。「よぉ、久しぶりやな」と言うと、「先生、なんでここにいるんですか?」との答え。まあ、そりゃそうだろう。何年も会っていなくて、いきなり目の前に現れたらビックリするだろう。休憩時間中、すぐ近くに自宅があるというので、自宅の部屋で少しだけ話をすることに。同期の卒業生のうち何人かとは今でも交流があるそうで、会ったらよろしく言ってほしいと告げておいた。元気そうで何よりだし、仕事をしている人の姿、成長したねえ...素晴らしい。その後、仕事に戻る時間になった。最後に、彼が作ったというお菓子を自分への土産として購入し、時間から考えて次の目的地を出雲大社に設定。ということで、一畑電車の松江しんじ湖温泉駅まで歩いていった。これこそ、日常生活でも仕事でもおそらく乗る機会のほとんどない路線ということで、さらにワクワクしていくのだった。(つづく)
Aug 22, 2007
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フリーページにある「電車で一人旅」シリーズ、今まではまとめて一気に書き上げて来たのだが、そこまでの時間を取るのが難しく、これはいつまで経っても書けないと判断し、分割して書くことにしたい。今回は2年前に行った山陰への旅を書いておきたい。2年前、某大学での集中講義、1週間で5日あるうちの4日やればよいということで、真ん中の1日を休みにするという予定をたてた。せっかくならば自宅からはなかなか行けない場所に行こうと思い立ち、時刻表を片手に旅のプランを立てていた。行くことに決めたのは山陰・松江。理由は、山陰地方に行ったことがなかったということと、松江に前任校のゼミ生がいて、菓子職人をしているので、会いに行くという目的もあったからだ。ただ、彼には一言も知らせていないし、店の名前も場所も知らない。年賀状にあった住所の町名だけが頼りだった。電車で旅をするという前提なので、松江まで行って宍道湖を一周するルートを頭に描いた。当日朝、スケジュールがタイトなので「青春18きっぷ」にはお世話にならないことにして、岡山から山陰へ連絡する特急「やくも」の指定席券を買い求めた。「やくも」に乗るのは初めてで、「これに乗れれば未踏の地に行ける」と思うとワクワクした。ホームには381系の、グレーの車体に緑と黄色の帯をあしらった「やくも」の姿が。指定席に着席した。さすが、陰陽連絡の大動脈ということだけあって、席はかなり埋まっていた。電車はやはり内装がすこし古いなという印象。岡山駅を定刻に出発。倉敷を出るといよいよ伯備線へ。清音あたりからすでに高梁川の美しい流れを横に見ることができる。渓谷美を中心とした景色は豪渓から新見あたりまでかなりの距離で楽しむことができる。備中高梁までは複線区間で近郊型電車をたびたび見ることができる。シルバーを基調とした車体にブルーの帯というのはなかなか新鮮であった。新見に到着。ここまでは学生時代に、「青春18きっぷ」で来たことがある。その時は姫新線に乗り換えて姫路まで全線走破した。超ローカル線で時間がずいぶんかかったことを記憶している。現在では運行体系が変わっているようだ(接続駅などが以前と違う)。ここからは芸備線が広島まで行っているが、全線を乗り通そうとすると1日に3本しかないというキツイ路線(早朝に1本あってそれから昼過ぎまでない)。三次から新見(正確には東城から新見まではもう少し本数あり)がその区間である。広島から三次までは行ったことがあるが、そこから新見までは未踏の地、またそのうちにぜひチャレンジしてみたい。新見からしばらくするとその先は単線区間。ときどき運転停車をする。上石見の手前で分水嶺を越えて、鳥取県に入る。今度は日野川を横に見ながら走る。「生山(しょうやま)」や「根雨(ねう)」というのはなじみのない者にとってはなかなか読めない駅名である。生山は奇岩のある渓谷のある場所、根雨は宿駅と水運の終点として栄えた街、いずれも降りて町並みを見てみたいものだ。そのあと、伯耆大山から山陰本線に入り、米子に到着。ここから境線にも一度乗ってみたいが、これもまたの機会に。米子から20分少々でとりあえずの目的地、松江に到着。そこからお菓子屋さん探しへと向かう。目指すは松江城(近くにあると聞いていたので)。ひとまずバスに乗り込んだ。(つづく)
Aug 21, 2007
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お盆に弟ファミリーが来ていた時から、最近までしばらく押し入れの中に眠っていたプラレールで子供たちが毎日遊んでいる。甥が我が家に遊びに来て最初に食いついたのがプラレールで、線路をつなぎ始めるうちに、和室からリビング、果ては玄関にまでレールをつなぎまくっていた。途中には立体交差などもつける凝りようである。甥が帰った後、子供たちはさらにプラレールのレイアウトづくりに燃え始めた。とにかく手持ちのレールをすべて使い切ろうという勢いで、ループ線や立体交差を作りまくり、2つの周回を組み合わせたレイアウトを完成させていた。出来は見事なもので、よくここまでの動きを考えるなと思った。子供の発想、これもまたよい。レールの組み合わせが悪いと電車が転覆したり脱線したりするので、そこで子供に電車が脱線しにくいレールの組み合わせ方を教えたりする。ここまでレイアウトができるのならば、鉄道模型をわざわざ見に行かなくてもよかったりして...。しかし、鉄道模型の方がリアリティは確実にあるので、何とも言えないところだ。この状況を見た妻が、「プラレールなんて興味なかった(姉妹なので)から、何が楽しいの?と思ってたけど、ここまで作るんだったら、もっとレール買ってあげようよ。電車も買ってもいいね」と言い出したのにはびっくりした。そこで、さっそくフレキシブルに曲げることのできるレールとあと直線、曲線を少し、そして最新の車両である阪急電車の9000系が売られていたカゴに息子が飛びついて「阪急ほしい!」と言ったので、それも買った。その後はずっとプラレールに夢中。いろいろとレイアウトを改善しては楽しんでいる。また、娘は何両つなげるか、限界に挑戦していた。息子は床にへばりつきながら実際の目線に近づけるようなスタイルになっていた。私もそういえば小さい頃にやっていたな...。あの頃の車両がきれいに残っていれば、けっこうプレミアものだったりするのだが、やはり小さな子供の遊ぶおもちゃなのでこれは望むべくもない。ともあれ、眠っていたものが復活して、遊び方がさらに高度化しているというのはいいことだと思う。しばらくブームは続きそうなので、楽しみに見ていよう。
Aug 20, 2007
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今日、入浴後にテレビをつけるとN響アワーをやっていた。取り上げられていた曲と演奏を聴いていて、最近いろいろと考えていること、そしてややこしいことが、なんと小さなことなのかと思ってしまった。テレビをつけた段階で始まったのがチャイコフスキーの交響曲第4番、最終楽章の一部だった。これは「指揮者が倒れたときにオケはどうするのか?」という質問への回答。コンサートマスターが指揮をしながら弾いていた。プロオケではまれにあることだが、コンサートマスターが演奏を引っ張る役割を果たしていることをまるごと目にする瞬間であろう。これができるためには、曲を全部理解していて、なおかつ練習で積み上げてきた解釈をもとに相対化させながら引っ張らなければならない。やっぱりプロのコンサートマスターってすごいなと思う。アマチュアにはできない芸当だが、理想として追いかけてみたいなと思った。アマチュアにおけ腕とプライドという議論は、これを目にすればあまりに次元の低い話だなと思えてしまう。リムスキー=コルサコフの「シェエラザード」。デュトワの指揮だったが、その棒の軌跡から生み出される音の何とふくよかなこと。豊かな音を出すすべを知っている人たちだからこそできる演奏である。アンサンブルにおける和音の美しさ、そして曲そのものの持つ魅力とそれを最大限に引き出そうとする弾き方、どれをとってもやはりスゴイ。集中力と神経の研ぎ澄まされ方は、やはりマネできないように思うのだが、少しでも近づきたい姿だと思う。「アマチュアオケの演奏に一番足りないもので、身に付ければ一番効果が高いのは集中力だ」と言った指揮者がいるが、それはその通りだと思う。ごちゃごちゃ言う前に音楽に集中することが、きっと大事だと思う。そして、最後にドヴォルザークの「新世界より」。サンティの指揮、音は空気の振動で出ているということを実感する演奏だったと思う。本当にきっちりと演奏できていれば、和音の動きによってさらに曲の表情が豊かになる、そんなお手本であるように思った。和音をきれいに出そうと心がけること、勢いでやるのではなくて、どうやったら和音が最もきれいに響くのかということをちょっと心がけるだけでの大きな違いなんだろうなと思った。こうして、プロオケの演奏を聴いていると、毎回演奏で勝負している人々の集中力というのが非常によくわかる。同じように楽器を持って、音を出して演奏しているのに、そこから出てくるものは天と地の差。それを仕方ないと思わずに、遠いかもしれないけど少しでもいいから近づけるように、それもみんなでやろうとする気持ちこそ大事だと思う。そう思ったら、自分の考えていたことなんて小さすぎる。反省すべきだなと思った。
Aug 19, 2007
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昨日はオケの練習。盆休み明け初の合奏。でも、それ以前に何となくどんよりと心を覆う心配事。議論は平行線どころかさらにfireにoil(ルー?!)となり、果たしてどうなるのだろうか?と思いつつ練習場へ。練習は何もないかのように進んでいき、演奏自体はさすがに演奏会の日ががはっきりと視界に入るところまで来ているだけあって、整理はされ始めたように思う。とはいえ、まだまだやることはたくさんあるというのが印象。このところの閉塞感にイライラしているところもあって、チャイコフスキー「悲愴」の第1楽章中間部で「ちょっと荒れ狂ってやるか、そういう場面だし」と思って、sf(スフォルツァンド)連発の場面でガシガシと激しく弾いてみた。後でメンバーから「今日は特に激しかったなあ、どうしたん?」と言われて、しっかりバレていた...。よく「音楽でストレスを解消する」と言われるが、その解消の仕方は考えなければならない。「仕事では好きにできないが音楽だったら好きにできる」ということで勝手に弾くとか、「仕事の組織では仕切れないが趣味の集団なら自信を持って仕切れる」ということで言いたい放題言うとか、それでは迷惑でしかない。しかし、逆にそれに対する怒りをぶつけることもいい結果は生まない。要するに、自分のことだけを考えてストレス解消をするのに音楽(特に合奏という共同作業が必要なもの)には向かない。無茶をした結果は聴くにたえないものになってしまうのだろうな。とはいいつつ、自分がイライラする気持ちをむやみにぶつけていることができないようになっていることも実感した。そうしようとしても、必ず歯止めがかかる。どんなに激しく弾いても、音のまとまりを崩すことはできないと体が反応するのだ。そして、感情の起伏も作曲家の書いたメッセージに何とか従って出そうと反応してしまう。どんなに激しい感情を持っていても、楽器を持って楽譜を見て弾き始めたら、必ず冷静に自分を見つめるもう一人の自分が出てくる。「そんな弾き方じゃ、カッコ悪いで」とか「そんな弾き方をしろなんて楽譜に書いてへんやん、ウソ弾いたらアカンやろ」と言われているような感覚、昨日はまさにそう言われているような気分だった。もちろん、こういう感覚が出てくるのはある程度練習を積み重ねてからだったりはするのだが。昔の自分を思い出してみれば、多少は成長しているのかなとは思う。酔っぱらって正体をなくす人がたまにいる。知り合いにもそういう人がいて間近に見ていると、「そこまで思いのままに行動できていいよなあ」などと思うことがある(その後二日酔いになるとかは別の話として)が、音楽でこれは無理だなあと思う。大人気ない弾きをしてみても、いい効果はないということだ。あるメンバーが「よんきゅさんの弾き方をよく見ていると、激しいけど考えてやってて無茶苦茶なことはしてないんよな。それに気づかない人がマネをしたらメチャクチャになるだろうけど」と言っていた。ご理解いただいててよかった。でも、昨日の弾き方は「あれはやり過ぎやね、いつもと違う」とツッコまれた。皆さんよく見ていらっしゃる...。いろいろとあるが、とにかく前向きに頑張らなければ。自分が納得できるパフォーマンスを、演奏会を楽しみに来てくださるお客さんのために。
Aug 19, 2007
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今朝はあまりの寝苦しさに5時に起きてしまい、扇風機のあるリビングへまっしぐら。その後すぐに一瞬目を覚ました娘が「パパがベッドから落ちてるよ」と妻に言ったらしい。妻は「そんなわけないでしょ、寝なさい。」と言ったそうだ。確かに、その時は別の部屋にいたので姿はありませんでした。ごめんね。起きた後、二度寝をしようとゴロゴロするが、眠れない。スッキリしないので、いっそのこと運動でもするかとウォーキングすることに。メタボも気になるし...。しかし、ウォーキングも危険だとは。ニュースでもやっていたが、伊勢市で「7人のメタボ侍、内臓脂肪を斬る!」という活動で亡くなった人が。無理があったのか、不運だったのか、その辺はよくわからないが、始まるときにマスコミにも取り上げられていたし、ネーミングにインパクトがありすぎた(最初に聴いたときにはなかなか面白いなと思っていたのだが)ので、今回の事態でさらに大きく取り上げられてしまったのは、気の毒だなと思う。それはさておき、ウォーキングでも気をつけてやらなければならないと言うことだな。特に水分補給。近所のアップダウンのあるコースを選ぶ。山の麓をずっと歩いていくので、時折きれいな街の景色が見える。朝の街はとても爽やかだ。徐々に太陽が強く照りつけるようになる。ウォーキングは7時までに限るというところだろうか。実家の近所も歩いたので、思い出の場所もたくさん。一人でのんびりと歩く機会がなかなか無いので、心もリフレッシュできた。そういえば、わざわざ早くに起きてセミ採りに行ったなあ...などと思ってみたり。十分に汗をかき、最後は自販機でスポーツドリンクを購入、飲みながら自宅へ戻る。そして朝から水シャワー。とても気持ちよかった。家族が起きる前に本読みもはかどったので、やはり早起きはいいなあと思った(とか言いつつ、なかなかできないのだが...)。
Aug 18, 2007
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オケの話。最近になって、組織として強化したいという考えのもと、一度基本に立ち返って議論しようとするのはいいのだが、みんながあまりにも意見をぶちまけすぎて収拾がつかない状態が垣間見える。「全体のことを考えて」と言いながら、みんなの気持ちを考えずにいろいろ言う人、何の情報も出さずにいきなり最終案を提示して議論をメチャクチャにする人、いろいろな人がいてしかも誰も責任を取らない態勢だから、これは組織として本当に厄介だ。センターレスな(仕切る人が確定していて上意下達が完璧に行われるのとは真逆の)組織とは、言葉としては美しいのだが、実際に切り盛りしていくことはとても難しい。音楽を楽しむためのアマチュアオケなのに、成果主義まがいの話を切り出す人、議論にかこつけて自分の好き嫌いをぶちまける人、「エゴは捨てていこう」と言いながら自分が関係することとなるとエゴをむき出しにする人、そこだけを捉えれば、「何のためにやってるの?」と言いたくなる。もちろん、それ以外にもいいことはあると思うから参加しているわけなのだが。こういう話、多かれ少なかれどこでもあり得る話ではある。「きれい事では済まない、それがそれが組織というものだ」という人もいる(都合のいいときだけそんなことを言うな!!と私は言いたい)。しかし、それを抑えるのもまた組織の力量。こんな話をしていると、連想できる社会現象はいっぱいあるような...。でも、そう言う前にもっと基本を押さえておかないといけないのではと思う。組織をつくるのは、「一人ではできないことをするため」だ。組織に人が参加しつづけるのは、「自分が参加することによって期待するものと同等もしくはそれより多い満足を得られるから」だ。もちろん、きれいな状態で止まっている組織はないだろう。本当の意味で全体のことを考えながら、そのときどきの状況に応じて微妙なバランスを取っていくことが大事なことだ。それは苦しく、かっこ悪いプロセスであるはずだ。本当の意味でちゃんとしようと思うのならば、エゴや勝手な思いこみを捨てていかなければうまくいかないはずだ。仕切る立場に立つのなら、ちゃんと責任を持って、覚悟を決めて立たなければならない。何なんだろう、この閉塞感は...。「悪いことばっかりしてたら顔が歪むで」と小さい頃に親に言われたものだが、「そんなことばっかりしてたら音が歪む」という不安がある。明日から練習再開、どうなっているかちゃんと聴いておかなければならないな。
Aug 17, 2007
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今日も暑すぎ...。あまりの暑さに起きるというパターンが続く。今日は弟が甥を連れてきた(午前中は本読みの続き)。嫁さんがどちらも用事、結局男二人で子供たちのめんどうをみることに。屋外に出るのには酷だったので、結局自宅で遊ぶことにした。最初は部屋いっぱいにプラレールを広げて遊んでいた。しばらく飽きもせず1時間ほどやっていただろうか。次はトミカに遊びが移行、このあたりまでは子供たちが一緒に遊んでいたのでやりやすかった。しかし、その後はわれわれに相手をするようにという要請が。というわけで、息子がやりたいと言い出した電車のパズルに挑戦。ちょうど3つあったので全員に行き渡る。3つはそれぞれ約50,70,90ピース。年齢に応じてうまく分かれた。娘は最年長、90ピースをけっこう早い時間で仕上げた。甥はほとんど弟の助けを借りてこれまた早めに終了。残るは息子のみ。「遅いねえ」などと他の二人に言われながらも、ほとんど自力で70ピースをやり遂げた。どうしようもない難しい場所だけを私がフォローしながらやったのだが、結局1時間近くかけて完成。考えさせながら完成へと導いていく作業を根気よくやることは、相手のあることなのでとても難しいこと。ともすれば、こちらから教えてしまいたい衝動に駆られるのだが、なんとか我慢、とにかく息子が自力でやり遂げたという達成感を味わってほしかったからである。後半はほとんど娘と甥の相手は弟に任せて、付きっきりで相手をしていたのだが、うまくいったことに満足したようだ。何だかこの作業って、いつもの仕事にも通じるように思う。問題はどうやって仕掛けを作って導いていくかということだろう。いいヒントをもらったように思う。しかし、息子にとってはまだまだ上を行くライバルが幼稚園にいるらしい。仲良しの友達はなんと100ピースを自力でやってしまうのだそうだ。息子は負けず嫌いなところがあるが、それがさらに高いところを目指すように行ってくれればと思ったりする。終了後は実家へ移動。母の料理をいだだき、父と花火をした。子供たちはおじいちゃんと花火ができて満足だったようだ。みんなが気分よくいるのがやはり何よりだなと思う。
Aug 16, 2007
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昨夜の移動の疲れをもろに食らった形で、今日は本当に体がきついと思う一日だった。ロングドライブで足腰が疲れているのは当然として、何と首筋を寝違えてしまったらしい。左を向くと痛みが走る。オケの練習がなくてよかったなと思った。子供たちはやたらと元気で「お出かけしようよ~!」と言っていたのだが、尋常でない外の暑さも考え、今日は家にいようと説得し、理解を得られた。そんな状態の中、ちょっとだけ本読み。遠方に行っている間ちょっとお休み(かなりペースダウン)したのでリハビリを。首も動かさなければ痛くはない。それに、昨日小学校の滑り台で滑りすぎて派手に尻もちをついて腰もちょっと痛かったりする。まさにボロボロである。夕方からは、弟ファミリーが到着した実家に招かれて夕食をいただく。子供たちにとってもいとこが遊びに来るのは楽しいらしく、派手に遊んでいた。だんだん大きくなってくるとお互いにコミュニケーションを始めるので、それを観ているのも楽しい。今日は子供との入浴もちょっとつらいということで妻に代わってもらう。何ともボロボロな一日、明日は少しでもよくなっていることが実感できればいいのだが。
Aug 15, 2007
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一日遅れの更新。妻の実家滞在の最終日。私と妻は踊りに行ったのですごい寝坊だった。今回は、あちこち出かけるにはちょっと日数が足りない感じだったが、子供たちはおじいちゃんとおばあちゃんに遊んでもらえることが一番楽しかったようだ。かるたやすごろくで遊んでもらって、その合間、ちょっと飽きた頃に私が近くの小学校のグランドに連れて行くという感じだった。子供も怒られることがなかったし、おやつも大サービスだったのでご機嫌に過ごし、私たちも子供たちから夫婦で離れる時間ができたのでいいリフレッシュになった。ゆっくり昼寝できた妻はうれしかっただろうと思う。一昨日行った盆踊りは、地域の夕方のニュースでも中継が出ていて、相変わらずの盛り上がりだった。一昨日の人出は8万人弱ほど(人口の何倍いるのかな?)。小さな街にそんなにもたくさんの人がいたのだなあと感心。踊りの輪が幾重にも重なっていて、踊りのエリアだとまともに移動ができないほどの人数。これだと移動にも疲れて店に入ってしまうというわけで、お店は大繁盛。妻は同級生に会ったり、店に入って声をかけてみたりと本当に楽しそうだった。踊りのラストは午前4時過ぎだそうで、その時だけにしか演奏されない曲がある。これを一度体験してみたいなあと思っている。また、妻でも踊れない曲が一曲あるそうで、それは振り付けがやたらと難しいのだとか。ちなみに、地元の小学校では運動会で必ず踊りがあって、学年ごとに難易度が上がっていくのだそうだ。また、地元では踊り好きの人のことを「踊りたわけ」というのだそうだ。さすがにその領域にまで達することは無理だろうが、朝まで楽しめるようにはなりたいものだ。そして、帰りも夜中のドライブ。今度は反対車線にUターンラッシュの車の光を見ながら帰っていった。夜中だと、車も少ないし、太陽の光による温度上昇も防げるし、ETCも一番割引幅が大きい。日程をちゃんと考えてドライバーさえきっちり準備しておけば(1時間ぐらい寝ておくなど)、これが一番よい甫方だと今回は気づいた。午前3時、ようやく自宅へ帰り着く。もうぐったりだった。それにしても、楽しかった。これからは弟ファミリーを迎えて実家でのお盆となる。
Aug 14, 2007
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今日もいい天気、妻のアイデアで、高原のレク施設へ。実家から1時間も車で行けば、下界よりも4,5度は涼しい高原、見渡す限りの山と草地や田畑の緑、とても目にいい景色が続いていく。 現地に着くと、子供たちは遊具で遊ぶ。ひとまずは見ているだけだった。それから早めの昼食、バーベキューである。この施設は農業公園のようなものなので、これが名物ということなのだ。おいしくいただいた後は、息子と芝生の広場を走りまくる。今日の暑さでは相当つらかったが、息子は大喜びだった。娘は幼稚園で練習してできるようになった竹馬に乗っているのを見せたいというので、見せてもらった。お返しに私もちゃんと乗れることを見せた。多少は尊敬してくれたようである。 楽しんで帰ってくると、妻の妹と子供たちが来ていた。私の子供たちは大喜び、家の中をみんなで走りまくる。楽しそうだった。夕食も一緒で大人数、にぎやかに食べて、その後は家の前でなんと今日も花火をした。 その後は、街の一大イベント、盆踊りへ。といっても、公園でやるのではなく、踊る場所は街中の生活道路で、しかも徹夜で行われる。とりあえず、子供たちを連れての第一弾は、夜店で遊ぶことに。早い時間は観光客でごった返していて、歩くのもなかなか大変だったが、娘はたくさんの景品をゲットしてご機嫌だった。 しかし、私はせっかくこの時期にここにいるのだから、やっぱり踊りに行きたいと思ったので、妻と深夜に第二弾、踊り会場まで行った。日付は変わっても依然としてスゴい人、しかしとにかく踊りの輪に入る。妻の振り付けを見よう見まねでどうにか覚えて、ぎこちないながらもそれらしく踊った。踊りというのは、やっているうちにだんだん無心になってくる感覚が心地よい。また、いい汗も流せる。 結局、徹夜はしなかったが、かなり遅い時間まで楽しむことができた。今回は子供を寝かせてから行ったが、いずれはみんなで行ければと思う。まあ、それ以前にちゃんと全曲の振り付けを覚えていかなければ、妻にダメ出しをされそうだな。 とにかく、この盆踊りの雰囲気は大好きである。
Aug 13, 2007
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今日は朝から普通の時間に起きた。といっても、家族の中ではビリだった。朝食後、子供たちはおじいちゃんとおばあちゃんに遊んでもらってご機嫌だったが、隣の家に帰省してきている同じ年頃の子供がやってきた(田舎はとても開放的なので、近所の人が普通に立ち寄ってくる)。しばらくは家の中で、おもちゃで遊んでいた。 ところが、子供たちが外で妻が昼食の用意をしており、また暑い中おじいちゃんたちに外を任せるのも無茶な話なので、私が外遊びに付き合うことに。すぐそばにある小学校の校庭で遊ぶ。娘は一輪車を持参、友達と一緒に遊具で遊んだりしていた。私はほとんど見ているだけだった。しかし、なんでここまで暑いんだろうかと思う。 午後は近所に買い物へ。私はひたすら運転手状態だったが、書店のある場所では涼しく退屈もせず、ゆっくり過ごすことができた。 帰宅すると、またまた隣の子供が来ていたので、子供たちはまた遊び始めた。また外へ行きたいというので、私が校庭へ。日に当たると疲れるというのをまざまざと実感。夕食時にビールを勧められて飲んだら、日頃は10分ほどで飲んでしまうほどの少量でダウン。子供たちは花火をしていたそうだが、私が気づいたときにはとっくに終了していた。 とまあ、いつもなら有り得ないゆっくりとした時間の流れ、妻の実家ということで、私は運転手と子供の外遊びの相手に徹しているのだが、こういうのもまたいい。きれいな山の風景に爽やかな空気、妻は「暇でしょう」と言っているが、私にとっては大好きな場所であり、時間である。
Aug 12, 2007
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昨日の更新の後、すぐに真夜中のドライブに出発。妻の実家へ。少々頭痛を残しながら、荷物を積み込む。親の荷物はシンプルだが、娘の荷物はたくさん、生活をそのまま持ち込みたいらしく、バイオリンに一輪車、それにクワちゃんまで持って行くことになった。アンタは座長かい! 荷物を積み込んだら出発。帰省ラッシュの渋滞は夜中だろうが関係なく凄まじい。ただ、幸いだったのは、それが反対車線だったことである。こちらも車が多く、上り坂ではノロノロ運転だったものの、比較的順調だった。 通常ならば、夜中の1時をまわって人などほとんどいないサービスエリアが、止める場所がないほどの大盛況、これには驚いた。いつもならこの時期は外して行くのだが、今回は事情があってやむなくこの時期に。いつも帰省ラッシュに当たってしまうのは大変だろうなと思った。しかし、これを分散させることは昔からある習慣として無理なんだろうなとも思った。なかなか難しいものである。 真夜中、ようやく実家へ到着。昼寝はしたものの、さすがに疲れてそのまま寝てしまった。
Aug 12, 2007
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ゼミ旅行帰りの疲れでさんざん寝た。午前中はちょっとだけ仕事。何か少しでも毎日やらなければというのは、なんだか楽器の練習と同じ。ところが今ひとつ調子が出ない。昼食後、何だか頭が痛くなってきた。正確にいえば、鼻の奥の方で、これは風邪の前兆なのかとちょっと焦る。しかし、今日は帰省ラッシュ渋滞を避けるために夜中に移動するという初の試み。夜のドライブとなるので、妻も昼間は戦力外であると認めてくれた。そこで、昼寝。私はうたた寝以外、自発的に昼寝することはめったにないので、変な感じだったが、しっかり寝ることができた。少々頭痛はあるものの、風呂も入ったことだし、かなり調子は戻ってきた。夕方は、母が来てくれたので子供たちと近所の盆踊り大会へ。くじ引きで一等を出してご機嫌となった子供たち。夜はしっかり戦力で。
Aug 11, 2007
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ゼミ旅行2日目、夜中まで一緒に起きて遊んでいたが、時計のアラームでシャキッと起きた。朝食会場にいると時間前にきっちり全員揃っている。中には一睡もしていない人もいたそうだが、このあたりはきっちりしている。この学年はノリの良さはすでに証明済みだが、ちゃんとした人が揃っていてよい。私の心配も減るので助かる。朝食後、チェックアウトまで時間があったのだが、ほとんどの人は寝ていたようだ。私も気を失っている感じで寝入ってしまい、起きたらチェックアウト10分前。「ゲッ!!」と思って飛び起きた。学生に叩き起こされるのも格好悪いので、何とか平常の顔で集合できてよかった。さて、チェックアウト後は、近所の名所へ。とにかく暑いのには参った。気温は35度を超えていて、むしろこの日も海に入っていたいくらいだった。体温並みの気温って、やっぱりオカシイ。とにかくペットボトル4本ぐらいお茶を飲んでしまった...。土産物屋でかき氷が売っていたのだが、なんとそのために15分以上並ばなければいけないと言われ、結局断念。電車の時間に間に合わせるために慌てて土産物を買って集合。電車に乗り込んだ後は、みんな寝てしまうのかと思いきや、ずっと終点までトランプをやり続けたグループもいて、さすがに元気だなあという感じ。私は、友達が寝ると言って退屈だというので隣に来た学生と話をした。旅の話、家族の話、趣味の話、いろいろと知りたいことがあるようで、話ははずんだ。とにかく「他人に対して関心を持つことが大事」と言い続けている私にとっては、実践してくれるのはうれしいことである。結局終点までしっかり話した。駅で解散、みんなが旅行担当のゼミ生に声をかけている姿を見ているとうれしいものだ。きっとこれからもうまくやっていけるだろうと思う。帰宅後は、子供たちが「公園のお祭りに連れてってぇ~!」と待ちかまえていた。もうかなりくたくただったのだが、近所の公園まで連れて行き、ヨーヨーつりだの、スーパーボールすくいだの、いろいろと付き合った。喜んでくれて何より、こういうフォローがやはり必要だと思う。あとは風呂に入れて、そのまま倒れ込むように就寝。夜中にあまりの暑さにひどい寝汗、シャツを替え、扇風機を取りに行き、もう一度寝直す。起きてみると10時間も寝ていた。今日はさらに家族との長距離移動が待っている。体力勝負の盆休みというところだろうか。
Aug 10, 2007
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今日は3年ゼミ生たちとゼミ旅行で、海のある某所へやってきた。もうすでにお互いに仲良しの学年だが、もっと仲良くなりたいようだ。朝は無事駅に集合、電車の中ではテンションの高い人に、バイト明けらしくすぐに寝る人と、思い思いに過ごす。目的地に到着し、早速昼食、中途半端に時間があいたので、ゆっくりと、ちょっと贅沢に食べた。なにしろ、魚がおいしくて安い。しばらくして、宿のバスで宿へ。今回宿泊するのは、専用の海水浴場のある宿、着くなりみんな泳ぐ用意をしてビーチへ。私も用意を持ってきていたので、みんなを追いかけて行った。ビーチフラッグにも参加させられ、砂浜を何度も走った。さすがに疲れたが、楽しかった。スイカを持ってきた学生がいたので(重いのにご苦労様です)、棒きれを拾ってきてスイカ割り、グチャグチャにはなったものの、ビーチで食べるスイカはやはりおいしい。日が沈んだ後は、近所でバーベキュー、貝やイカを焼いたのがまたおいしい。その後はまたビーチで花火、自由にやらせてくれる場所はなかなかないのでありがたい。打ち上げ花火をたくさん持ってきていたのだが、それをうまく組み合わせて打ち上げる2人の学生がいて盛り上がる。意外な才能である。その後は飲み会、といってもゲームやおしゃべりが中心、なかなか楽しかった。学生の話は面白いので、すっかり聞き入ってしまい、気が付けば3時半、さすがに眠くなったので、睡眠へ。聞けば、その後の話はもっと面白かったらしい。ちょっと残念…。「教師は学生といる時が一番楽しい」と言われることがあるが、まさにそれを実感する一日だった。とはいえ、さすがに学生と同じ部屋ではつらかったりする。今回は考慮してもらえてよかったよかった。
Aug 9, 2007
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今日は家族で、ゆうがたクインテットの「アキラさん」こと宮川彬良さんとアンサンブル・ベガによる子供のための演奏会に行ってきた。妻によればチケットを取るのが相当大変だったそうで、会場は満員だった。開演前には近所の大学オケのメンバーが「どうぶつえん」と題する楽器体験コーナーで、子供たちに楽器を触らせて指導していた。うちは行くのが少し遅くなったので、体験コーナーは体験できずだったが、前回のこの演奏会でやったので、子供は文句を言わなかった。楽器を見ながら娘は「あれはどうやってやるの?」とか「どの楽器が一番音を出すのが難しいの?」などときいてきたので、知っている範囲で答えておいた。それから開演。アキラさんのトークはとても楽しい。今回はアンサンブル・ベガ(「ゆうがたクインテット」の演奏をしている)のメンバーも協力して、なかなか面白い趣向の構成となっていた。今回のテーマは「リズム」。毎回子供たちが楽器になるものを家から持ってきて一緒に演奏するというものがあるのだが、今回もやっていた。あまり内容を書くとネタばらしになってよくないので詳細は控えるが、アキラさんが語り手で、メンバーがクインテットの登場人物のように劇タッチで曲を演奏する場面もあった。音楽家の人々はやはり見せるすべを心得ているのか、ノリがとてもよい。それでも、アキラさんの踊りや手振りを交えたトークにはメンバーすら笑っていた。メンバーはどの人も日本のプロオケのプレーヤー、一線級の人ばかりである。予定を合わせるだけでも大変そうである。アキラさんのアレンジ&トークに、メンバーの演奏、コンサートの構成、どれをとっても一級品である。あとの問題はお客さんだけである。子供を対象とした演奏会だからといって、アキラさんが「ここ以外は音を出さないで静かに聴いてね」と言っても、いっこうに守らない子供や、騒ぎっぱなしの子供がけっこういた。「おかあさんといっしょ」のファミリーコンサートのようにその場で踊るのも、一緒に歌うのもOK、すでに出来上がった音楽に乗せて歌うというのとはちょっと趣旨が違う。生演奏で音楽が生み出されるのが、このコンサートであり、ちゃんと聴かなければいけないというメリハリを前提とした構成になっている。それは親がちゃんと教えてあげなければいけないことだ。もちろん、かしこまったコンサートならば年齢制限があるのだろうが、それは企画の本意ではないだろう。まさにカジュアルな場とちょっとフォーマルな場とのちょうど真ん中にある領域の場、聴くお客さんの姿勢が問われる。まあ、幼稚園の参観日でも、子供たちより親の声の方がうるさくて先生が困っていたところを見たことがあるだけに、そんなのが千人以上集まったらそうなるわな...。もちろん、クラシックの垣根を下げることは必要なのだろうが、本当に取り外してしまうと、ちゃんと聴きたいお客さんが逃げてしまうかもというのが不安ではある。何だかこれって、大学の授業でも同じことが言えるような気がする。どの年齢層を切っても同じ現象、こんなことでは情けない。育つであろう文化も壊してしまうだろう。普通の親が普通にしっかりしろ!!と思った。とはいえ、演奏会は本当に楽しかった。子供たちも満足、いい夏休みのプレゼントにはなったと思う。
Aug 8, 2007
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何だかんだ言って、結局今日は外に出ない一日だった。大学での仕事は一通り片づけたので、ひとまず雑務からは解放された。時間の使い方に自由度が増したので、午前中から昼食を挟んで午後まではじっくりと本読み。研究の仕込みには時間がいるので、こういう時間はありがたい。今日は娘がピアノのレッスンだということで、妻が練習させようとするが娘が反発するのでこちらにヘルプ要請。そこで、私が練習を見ることに。見るといっても自分はまともに弾けないのでお手本はできない。そこで本当に見ているだけ。おかしいところはおかしいとコメントし、あとはお任せ。ただし、厳しいだけだとつまらないので私が弾いて失敗して笑わせることに。「もう、しょうがないねえ」という感じでかえってちゃんと弾くようになったりもする。私は簡単に許してくれないとわかっているので、娘はちゃんと練習するのかもしれない。娘が帰ってきた後は、来週までの宿題を一緒に弾くことに。その後は私が勝手にブルグミュラーの楽譜を出して超スロースピードで練習。そのうち速く弾けるようになりたいなと思っているのだが、なかなかうまくいかないものですな...。その後は、夕食までまた本読み。特に外書を読むときにはまとまった時間があると助かるので、ここでペースをつかんでおきたいところだ。夕食後は入浴と子供の遊び相手。その後は妻がワインを出してきて飲もうという。しかし、妻はそのワインがあまりお気に召さなかったらしく、結局私が飲むことに。というわけで、ちょっとしんどい感じ。もう寝よう。
Aug 7, 2007
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この第2組曲は、ビゼーの死後に友人の作曲家、エルネスト・ギヨー(デュカス、ドビュッシー、サティの先生だったそうだ)によって、編曲されたものである(ただし、第3曲のメヌエットだけは他の曲からの転用)。ギヨーは、「アルルの女」の中にはまだまだたくさんいい曲があるから、これをもっと世に出すべきだと思ったようだ。持つべきは素晴らしき友というところか。今日では、この第2組曲の方が、演奏会で取り上げられる頻度が高いように思われる。-------------------------第1曲:パストラール この曲は、広い田園風景を思わせる音楽の部分が、少し愁いを含んだ舞曲風の音楽の部分を挟んだようなつくりになっている。曲は金管楽器を中心とした短い前奏の後、弦楽器とオーボエによる伸びやかな旋律が登場する。この旋律はイ長調で、やはりこの調から私は太陽の光をイメージしてしまう。その後、同じ旋律をフルートが柔らかく繰り返し、さらにコールアングレと風の戯れを思わせる対話をして、また冒頭の旋律が登場する。そして、結尾の部分では高音に行くに従って音が弱くなっていき、それをハープが味を付けて消えていく。続いて、プロヴァンス太鼓のリズムに誘われるように、場面は舞曲風の音楽へと変わっていく。フルートとクラリネットから始まる旋律は、最初は嬰ヘ短調で愁いを含んだような感じなのだが、その後転調を繰り返し、ピッコロの音色なども加えながら、だんだんと熱を帯び、最後は弦楽器による高い音で構成される和音とハープのアルペジオで美しく閉じられる。それから終わりへと向かうことを感じさせるように冒頭の旋律を短く繰り返し、最後は爽やかな空気を残すかのように静かに終わる。-------------------------第2曲:間奏曲 この曲は素朴なつくりなのだが、荘重な要素と優雅な要素がとても美しい。冒頭は強くユニゾンで演奏される主題。すべての音にアクセントが付けられていることにより荘重な雰囲気を出している。結尾の部分の和音進行が次の穏やかで優雅な主題を誘い出す。メインになるこの変ホ長調の主題はサクソフォーンとコルネットという非常にかわった組み合わせだが、これが独特の素朴な音色を生み出している。穏やかで暖かい空気を感じることのできるような音色、音楽というのはすごいなと思う。この曲を聴いていると、ビゼーは短い時間の中で色を変えてたくさんのものを言うのがうまいと思う。特に、この主題の後半部分で短調の和音進行になる部分があるのだが、そこから長調の冒頭主題にまで戻していくやり方に特徴があって素晴らしいと思う。冒頭主題の後は、フルート、クラリネット、サクソフォーンによって、さらに静かにメインの主題が演奏される。そして、最後に冒頭主題から派生した音型を全員で演奏し、重みを持って曲を閉じる。-------------------------第3曲:メヌエット この曲は元となった劇音楽には含まれておらず、編曲の段階でビゼーのオペラ「美しきペルトの娘」の音楽から組み入れられたものである。また、フルートの独奏曲として演奏されることも多く、広く親しまれている。冒頭、ハープのアルペジオ(変ホ長調)に乗ってフルート独奏がしばらく続く。楽譜を見ていると、たったこれだけの少ない音で、なぜあれだけ豊かな内容になっているのかと思っていつもすごいなと思う。旋律が盛り上がるにつれて、少しずつ楽器が増えていき、かなり強くなってきたところで、変イ長調に転調、ほとんどの楽器が登場する和音とそこから降り注ぐような木管楽器とハープの下降音型。これは花火が開いて散っているような感じがして美しい。ここも書いてあることは単純なのに、それを感じない。この部分が終了すると、冒頭の旋律が帰ってくるのだが、今度はサクソフォーンがもう一つの旋律を演奏している。フルートの旋律を邪魔しないように書かれているので、まさしく「裏メロ」という感じであるが、これまたうまくできているなと感心してしまう。最後は遠くに消えていくように終わる。本当に優雅な曲である。-------------------------第4曲:ファランドールこの曲はラストを飾るにふさわしい派手な曲。特に最後は「熱狂的」という言葉がふさわしいかもしれない。劇では主人公の婚礼を祝う音楽である。冒頭はニ短調の主題、第1組曲の前奏曲に出てきた「三人の王の行進」である。これが終わると第2の軽快なファランドールの主題(ニ長調)がプロヴァンス太鼓のリズムに乗ってフルートとクラリネットで登場する。同じ旋律でどんどん盛り上げていく様は聴く者を圧倒していく。しかし、途中でロ短調に変わり、フルートによる軽やかなファランドール主題が哀愁を帯びる。それに対して弦楽器がフォルティシモで応える。転調しながらそのやりとりを繰り返していくうちにまた曲は盛り上がっていき、その出口はニ長調、第1の主題に金管楽器が加わり曲は盛り上がりを見せていく。プロヴァンス太鼓も加わり、最後は大太鼓、シンバルまで登場、ラストまで盛り上がったまま突っ切って終わる。非常にブラボー確率の高い曲である。演奏時間が短く、また盛り上がるので、アンコールで取り上げられることも多い。-------------------------この曲を演奏すると、自分の大学オケが初めてプロの指揮者を呼んで開いたコンサートのことを思い出す。その時のアンコールがこの曲だった。指揮者(この日記の中で私の音楽の師匠だと言っている人)は、この曲の時にはもうノリノリで最初のファランドール主題から踊っていた。今でもビデオが残っているが、燕尾のゆれがなかなか激しい。これをその当時のメンバーで見ると笑ってしまう。プロの指揮者の指揮ではじめてコンサートマスターをした演奏会だったので、いろいろと大変なことも多かったが、何とかうまくいって心が解放されたときにこの音楽、もう楽しくて仕方がない時間だった。この曲は、あの時の新鮮な気持ちを思い出させてくれる。
Aug 6, 2007
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宴会前にとりあえずチェックインしたホテル、部屋まで行ってびっくりした。ドアを開けたらいきなりベッド、極狭である。それだけならいいのだが、室内の小さな電気以外、エアコンに至るまで、キーをささないとつかない。しかも、さす場所は部屋の一番奥、テレビの下にあった。これはわからんぞ…。「当ホテルは画期的なシステムです」と書いてあったが、確かにね…。 さらに、風呂が部屋にないのは予約の時点で知っていたが、トイレもないとは!洗面台もティッシュまですべてフロアに1つだけ。鼻血が出たらどうする?しかもオートロックなので、トイレに行くたびにエアコンまで切れてしまう。部屋に帰る度に暑いのだ。風呂は大浴場があるが1Fにある。とにかく人に会いまくるし、タオルもフロントで貸し出し、時間帯を選ばないと相手にされず大変である。アメニティがゼロって、ある意味すごい。 確かに、とことん切り詰めているので、基本料金は考えられない安さ。予約の時に間違いかと思ったほどだ。ホテルが全然とれず、結果として泊まることになったのだが、今回の教訓、安すぎるホテルは寝ること以外に何もしないというとき以外は使えないなあと…。早すぎるかなと思うくらい早めに行動すべしということか…。 後で、他の方にお聞きしたら、けっこうそういう人はいたようだ。本当に疲れた。
Aug 5, 2007
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一日遅れの更新。ただいま学会出張中だ。 新幹線で行く場所、時間を計算しつつ時刻表とにらめっこ。新しい車両のN700系で運転されていると書いてあるではないかということで、予約。 ワクワクしながらホームで待っていると、来ましたよ。たまたま共有スペースのある車両だったので、座席は少なめ。ちょっと得した気分である。デッキの壁の構造も曲線的で面白い。高速運転時にも安定感があって本も少し長めに読める感じ、車内で仕事をするにはありがたい。 というわけで車内で仕事をしてから、会場の最寄り駅に到着となった。一日予定をこなして、夜は院生時代のゼミの先輩後輩と繁華街で飲む。たまにしか会えないので、研究の話をたっぷりとすることに。こういう刺激が今後のやる気にまたつながっていく。遅くまで飲んでホテルに戻るが、これが驚きのホテル、この話はまた後ほど。
Aug 4, 2007
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今日は、大学の仕事で出勤。自宅を出た瞬間にバケツをひっくり返したような大雨、しかも途中から傘が裏返る勢いの風まで出てきた。駅に着くまでに首から上以外ほとんどびしょ濡れ。汗で首の周りだけ色が変わったカッターシャツを反転したような色になっていた(首周りより下はすべてびしょ濡れ)。電車に乗るとこういうときに限ってよく冷えているから参ったものだ。今のところ風邪を引く勢いでないのが助かっている感じである。大学に着く前に早めの昼食。うどん屋に入ったまではよかったのだが、醤油うどん温バージョンを注文したのに、最初は冷バージョンで出てきて、さすがにそれは違うと言ってやり直してもらったら、今度はぶっかけが出てきた。また作り直してもらうと時間がなくなってしまうので、結局それをいただくことに。まあ、自分でぶっかけを頼むことはあまりないだろうからたまにはいいかと思っていた。が!今度は帰りに何か言ってくれるかと思いきや、カネだけ受け取って「ありがとうございました」も言わない。まだ開店して日が浅いから余裕がないのかもしれないとはいえ、これはあかんやろと思う。私はウルサイ客ではないし、失敗はそこそこ許せるのだが、フォローが悪いと逆に頭に来る。まあ、しょうがないねえ。その後の仕事は、結果として自分がいなくてもよかったかもしれないもので、なぜ呼び出されたのかよくわからない。どちらにしても別の仕事があったから、「わざわざ」ではなかったのでいいといえばいいのだが。どうも今日はついていない。今日の前半がこれだけダメダメなら、せめて後半はいいことがあってほしいなと思う。
Aug 3, 2007
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今日の昼過ぎ、ようやく採点地獄を抜け出した。現在は集計と転記の作業中。これを明日までに何とか仕上げて、気分スッキリと夏休みに行きたいところだ。とはいっても、雑務が終わったと言うだけの話で、やることは休み中だろうがたくさんある。自分のペースで仕事ができるように立て直す期間ということになるだろう。さて、採点地獄が終わったちょうどその頃、娘のヴァイオリンの先生がやってきた。今日は娘のレッスンの日である。いちおう、当日に練習させておかないといきなり先生のレッスンではダメなので、午前中に20分ほどだけ私が練習に付き合った。一緒に曲を弾いてみたり、お手本を弾いたり、一人で弾かせておかしなところを直してみたり。ただ、やはり子供のやることで、しかも親が相手だとどうしても甘えてしまって長続きしないので、短時間に集中させた。先生は私の演奏仲間(以前、同じ団体にいた人で何度も一緒に演奏した。といっても、ちゃんと音大を出たプロ)で、すでに何人も教えている経験のある人。信頼しているので、私はとやかく言わずお任せしている。「よんきゅ君が夏休みになったらどういうレッスンをしているか実際に見てもらいたいと言ってください」と妻から聞いていたので、ちょうど今日がその機会となった。娘は先生の前では悪ふざけすることなく、きっちりと練習をこなしていた。妻が一緒の時には多少ふざけることもあるそうだが、私だと許してもらえないと思っているのだろうか、神妙な感じだった。妻はそれを見て笑いを押し殺していた。「レッスンであんなにまったくふざけない○○(娘)を見たのは初めてよ」と言っていた。レッスン中に先生に指摘されていたところは、ほとんど午前中に私が娘に言ったことと同じだった。先生は「初心者が必ずやっちゃうパターンなんだよね」とおっしゃっていたので、私も少しは見る眼ができたのかな。レッスン修了後は、妻を交えて話し込んだ。先生も私と会うのは初回のレッスン(春休み中)以来だったので、ゆっくり話をしたかったようだ。私は小さいときからヴァイオリンを習っていたわけではないのでわからないのだが、上達の度合いはかなり早いらしい。だからこそ、焦らずに負荷のかけ方を考えながらやっていこうというアドバイス、私もそれには賛成だ。「最初から音大に行かせるつもりならやり方を変えないとダメだけどね」と言われたが、さすがにそんなことは夫婦とも考えていないので、まだ普通にやってくださいとお願いすることに。夜、娘と一緒に風呂に入ったときに今日のレッスンの話をした。(娘)「どうしたらパパみたいにちゃんと響く大きい音が出るの?」(私)「それは、ちょっとでもいいから毎日ちゃんと練習することだよ」(娘)「そうなんだね」(私)「でも、○○はちゃんと小さいときから先生に習っているから、ちゃんと練習したらパパより絶対にうまくなるよ」(娘)「なんで?」(私)「パパは小さいときからヴァイオリンをやったんじゃないし、最初から先生に習ったんじゃないから、全然うまくならなくてとてもしんどかったんだよ。だから毎日いっぱい練習したんだけどね」(娘)「そうか、じゃあちゃんと練習する」ヴァイオリンのことは大好きでいてくれているようなので、ぜひそうしてくれたらなと思う。たまには他の人が教えている様子を参観するのもいい刺激になるものである。
Aug 2, 2007
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昨日、作詞家の阿久悠さんが亡くなったというニュースがあった。今朝の各局ワイドショーでは、この話が必ず出てきていたのだが、阿久さんの作詞した歌をたくさん流していた。代表曲といっても、たくさんありすぎるくらいだ。阿久さんの作詞家としての活動年数は、私のこれまでに生きてきた時間とほとんど同じで、物心が付いた頃から聴いてきた曲の歌詞の半分ぐらいはおそらく阿久さんの手によるものだろう。私が最初に覚えて歌っていた歌は、両親によると尾崎紀世彦の「また逢う日まで」だったそうだ(自分で覚えたと覚えているのはちあきなおみの「喝采」だったが)。もちろん、意味もわからずに歌っていたはずなのだが、このときからすでに阿久ワールドに入っていたということだろう。その後、小学校の頃にピンク・レディーがはやったのだが、ヒット曲はほとんど阿久さんの手によるものである。今考えても「ペッパー警部」というのは何という不思議なタイトルかと思うのだが、当時は普通に覚えていたような気がする。カラオケなどで歌う人がいると歌詞を見ることができるが、大人になってから見るとこれらの曲の歌詞も深いものがあるなと思ったものだ。また、都はるみ「北の宿から」、石川さゆり「津軽海峡・冬景色」、八代亜紀「舟歌」といったもみんなそうだ。これらの歌は演歌ファンではなかった私でも歌詞を覚えているし、小学校の頃だったが結構みんな歌っていたような気がする。それに、シンガーソングライターも阿久さんから歌詞をもらっている。河島英五「時代おくれ」、谷村新司「三都物語」などがそうだ。阿久さんはシンガーソングライターについて「彼らは自分の周り5メートルの世界を描いているけれども、僕はそれを外から見て描ける」とおっしゃったのだそうだ。なるほど、まさしくそんな気がする。もちろん、どちらがいいとかいうのではなく、ただいろいろな年齢層に受け入れられている状況をたとえたものだろう。ちなみに、「宇宙戦艦ヤマト」や「ピンポンパン体操」もそうだったりする。ここまで来るとすごいとしか言いようがない。このように見てくると、自分が聴いてきた思い出の歌の多くは阿久ワールドの中にある。阿久さんの歌詞というのは少し広い視点で見た世界を描きつつも、優しさを感じることができて、入っていきやすいものが多い。阿久さんは「言葉にたずさわるものは身を削って表現しなければならない」といった趣旨のことをおっしゃっていたそうだが、私も広い意味では言葉で伝えなければならない仕事をしている人間、まだ「身を削って」などとはとても言えない状態だが、ここに刻んでおきたいことだ。これまでにいい歌をたくさん生み出していただいたことに感謝したい。ご冥福を祈ります。
Aug 2, 2007
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今日は、午前中に採点。あと採点地獄もふた山を残すのみだったが、そのひと山を越えた。一段落したところで散髪へ。ただし、妻の「▲▲(息子)も一緒に連れて行ってよ!」の一言に従い、二人でいつもの店へ。息子は台の前に備え付けられたDVDを見ながらご機嫌。私はマスターとおしゃべり。ただし、息子がいつ何を聴いているかわかったものではないので、会話はおとなしめ。終了後は、少し二人で外出しようと言うことで、まずは繁華街近くの某所へ。最近、鉄道模型を中心とした施設ができたことを最近知ったので行ってみた。レイアウトはまだ半分が未完成なのだが、完成途上の風景も楽しんでほしいとのこと。これなら何度も足を運ぶだろうな。なかなか考えますねえ...。駅から近いのと商業施設の中にあるので、人はけっこういた。他には鉄道模型の店、鉄道雑誌のバックナンバーや別冊などがどっさり置いてある店、さらに極めつけは鉄道模型を走らせることのできるバー(ただし、昼はお茶で、家族連れも多かった)。同じく鉄道ファンの同僚に早速メールをしたら「ぜひ行こう」と話がまとまった。そこを出ると、息子が「もっと電車に乗りたい!」というので、乗っては乗り換え、乗り換えては乗ってという具合で、結局8路線を乗り継ぐ2時間半ほどの長旅となった。こまめに乗り換えたので、息子は飽きずに喜んでいた。ただ、うたたねを始めたときに2回乗り換えがあり、これはきつかった。階段をだっこしながら上り下り、もうさすがに重い...。ただ、自分でトイレに行ってくれるのは助かる。帰りに、別の場所で遊んできた妻と娘と自宅の最寄り駅で落ち合い、駅前で夕食。子供たちはどちらもご機嫌だった。妻も娘が素直にショッピングに付き合ってくれたので大喜び。電車の旅をプロデュースして喜んでもらった私もいい気分であった。さて、ここで使った時間を現在取り戻し中。最後の採点地獄の山を早く越えたいものだ。
Aug 1, 2007
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