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比較的暖かい夜だった。市民オケの練習後にいつもの飲み会をして帰宅。飲んだ後は当然体が暖まっているのだが、妻はストーブをつけていた。 暑いと感じた私はTシャツ1枚になって一緒にテレビを見ていたら妻が一言。 「私たちって、夫婦の温度差がすごくあるよね。」 何のことかと思ったら、こちらを指して「季節が1つは違うもんね、その格好」と。暑がりの私と寒がりの妻、冬はいいのだが、夏は毎年部屋の温度でもめる。 しかし、最近の妻はこういう微妙な言い回しについてネタづくりを楽しんでいるような気がする。本気かネタかわからない間合いを狙ってくるので、焦る場面が増える今日この頃である。
Feb 28, 2009
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今朝、加入しているメーリングリストに来たメールの内容を見てビックリ。一人のメンバーが別の用件で送られてきたメールに対して勘違いで怒りのメールを返信していたのだった。これは、送ってきた側と送り返した側の両方に問題があるように思えた。送ってきた側は、日頃投稿することのない外部の方なのだが、署名をつけていれば所属がわかって誤解を受けずに済んだかもしれない(ただし、そこまで求めるのはちょっと難しく、またタイミングも偶然悪かった)。送り返した側は、怒る前に「これはどういうことなのだろうか」と少し考えていれば、あるいはそのことをメンバーに尋ねていれば、怒りメールをいきなり送ることはなかっただろう。ただ、怒っているということがあっても、知らない相手に対してストレートにぶつけるというのは、やはり問題がある。「ちゃんと名乗る」「落ち着いて言い方を考えて言葉を返す」という、お互いにちょっとした気遣いをするだけで、こういったすれ違いは防ぐことができるだろうと思うのだが...。結局、問題が大きくなるのを防がなければならないので、火消しに走ることになってしまった。メールは相手の顔が見えないだけに、どうしても対応が粗雑になりやすい。それに対してあまり気にしない人もいれば、かなり気にして怒りをぶつける人もいる。直接対面ではなかなかそこまで言えないものでも文字ならエスカレートしてしまう。メールは本当に難しい。
Feb 27, 2009
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どれだけあるのだろうかと思ってしまうほど、企業が従業員に対してルール違反をしているというニュースを最近よく見かけるようになった。-------------------------例えば、昨日の夕方のローカルニュースでは、「初任給は残業込みの金額で、残業しないと広告に提示された金額よりも相当低くなってしまうため、残業をして過労死に至った」というケースが出ていた。問題は求人広告でそのことを明らかにせず(つまり、残業しないと提示された金額にならないことは一切書かれていない)、入社直前になってその事実が内定者に対して告げられていることである。もちろん、これは働く側からすれば許し難いことだろう。しかし、こういった企業の行動を抑えることは、実際のところかなり難しいというのが現状であるようだ。というのは、救済措置のために動くであろう人々の意見がかなり曖昧であるからだ。例えば、弁護士は「個別のケースによってかなり異なるので何とも言えないのだが...」と歯切れが悪い。ただし、これは法制上の問題や、法制に照らし合わせてどのように評価すべきかは事案によって違うということもあり、致し方ないのかもしれない。むしろ問題は、こういった問題を取り締まるべき労働基準監督署のあり方である。といっても、監督官の気が緩んでいるということではないだろう。インタビューでは「すべての求人広告をチェックすることなんて現実的に無理ですからね」と言っていたが、確かにすべての事業所を回ってチェックするためには毎日やっても25年かかるそうで、現実的にほぼ不可能だということがわかる。おそらく現場では監督官の増員を望む声があるのではないかと思う。現在は内部告発があり、その裏を取って何とか摘発に動けているというのもテレビ番組で見たことがある。-------------------------しかし、社内告発というのも実は難しいという問題がある。これは今朝の新聞記事にあった(読売新聞)。「東証1部上場の精密機器メーカーの男性社員が、社内のコンプライアンス(法令順守)通報窓口に上司に関する告発をした結果、配置転換などの制裁を受けたとして、近く東京弁護士会に人権救済を申し立てる。 男性の名前は、通報窓口の責任者から上司に伝えられ、異動後の人事評価は最低水準に据え置かれている。公益通報者保護法では、社内の不正を告発した従業員らに対し会社側が不利益な扱いをすることを禁じているが、男性は「こんな目に遭うなら、誰も怖くて通報できない」と訴えている。」(中略)「06年4月に施行された公益通報者保護法に関する内閣府の運用指針では、通報者の秘密保持の徹底を求めており、会社の社内規則でも通報者が特定される情報開示を窓口担当者に禁じている。 男性は昨年2月、会社と上司に対し異動の取り消しなどを求め東京地裁に提訴し、係争中で、窓口の責任者が「機密保持の約束を守らずに、メールを配信してしまいました」と謝罪するメールも証拠として提出されたが、広報IR室は「本人の了解を得て上司などにメールした。異動は本人の適性を考えたもので、評価は通報への報復ではない」とコメントしている。」会社はコメントを出すとすれば、確かにこのような対応になるだろう。しかし、問題は「本人の了解を得てメールした」という部分がどうなのかである。本当にこの件について了解していたかということであろう。さらに問題なのは、社内規定で情報開示を禁じているにもかかわらずそれが行われているいのに、通報者ではなく担当者が守られるような姿勢になっていることである。-------------------------このように見てくると、「何のためのルールなのか」ということが改めて問題として浮かび上がってくる。不況下において、何としてでも利益を獲得することが会社存続のための方法としてやむを得ないということはあるのかもしれないが、そのためにルールを破っても構わないということにはならないだろうし、ルール違反をした人ではなくそれを通報した人がひどい目に遭うということは、やはり筋が違うのではないかと思う。また、ルール違反をしたことに対するペナルティがほとんど機能していないことも問題である。罰金があってもとても安かったり(つまり違反してもほとんど損をしない)、あるいは企業名を公表するというオプションがあっても使われないといったケースもかなり多い。さらには労働基準監督署のようにチェックすることすら現実に難しいということもある。「全体のために少数が犠牲になるのはやむを得ない」という現象が世の中にはたくさんあるが(本当は当然ない方がいいが現実的に全員が同じ立場というのもあり得ないので多少の差はあるだろう)、たとえやむを得ないと判断された場合でも、問題は犠牲の質とその程度である。ここで取り上げたケースはいずれも内容が正しいとすれば悪質だと思われる。こういうことが数多くあると、「いったい誰のための会社なのか」ということも問われなければならないようにも思えてくる。ペナルティがほとんど機能しない状態でも何とかなるのは、社会の中に「悪いことをするというのはよくないことだ」とか「ペナルティが明らかに見える形で行われて恥ずかしい」ということがちゃんと見えている状態である時のことだ。しかし、現在の社会にそれを期待することはきわめて難しい。「普通に」「まっとうなこと」をしている人が馬鹿を見てしまうような状況を放置しているのはまずいと思う。こういった問題を改善できる方向に持っていくことはとても難しいことで、同じような問題は何度も繰り返されてきている。「自分がそうでなければ考えない」「日常のことで精一杯」というのが、多くの人の反応だと思う。そこをどうにかしようと持っていくのが政治の役割だと思うのだが...。スッキリした解決ができるとは思えないし、できると言い切る人は胡散臭いと思うので、それはできないまでも「こういう方針を持って、こういう問題を解決していきたい。そのためにはまずこうしてみます」ということがわかるように動いてくれるだけでも、ずいぶん違ってくるのではないかなと思うのだが。
Feb 27, 2009
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CDを購入する機会というのは、以前よりも明らかに減っているような気がする。それは、枚数においても、回数においてもそうだと感じる。そんな中、最近久々にCDを購入した。そのラインアップは自分としては非常に珍しいかなと思うものとなった。1.マーラー/交響曲第9番(ラトル/ベルリン・フィル) 現在、市民オケで練習中の曲。聴いてみた印象は、非常に各声部がクリアにきこえるなということ。テンポなどの動かし方にはけっこう特徴があるような気がする。スコアを見ながら音を追いつつ他の演奏と聴き比べてみると、非常に面白い。2.マーラー/交響曲第10番(クック復元版)(インバル/フランクフルト放送響) クック復元版は以前から持っていたものがあるのだが(確か、ザンデルリンク指揮)、それよりもやはりクリアな演奏。トーンクラスターのような場所の音の重なりがわかりやすいが、逆に恐怖感に近い迫力はちょっと少なめか。最後まできっちり聴き通していないが、早くやってみたいと思う。3.マーラー/歌曲集(ゾッフェルMs/インバル/ウィーン響) マーラーの交響曲を演奏するならば、やはりちゃんと聴いておかなければならない曲。交響曲の中に歌曲からの引用・示唆がとにかく多く、意味においてもつながりが深く、演奏のための手がかりがたくさんある。4.大澤壽人/ピアノ協奏曲第2番、交響曲第2番(サランツェヴァp/ヤブロンスキー/ロシア・フィル) 大澤作品は、関西フィルの演奏会で取り上げられているようだ(残念ながら実演は聴きに行くことができていない)。解説書を見て、こんな人が日本人でいたのかと驚き。音楽上の交友関係などを見るとすごいメンバーで、戦争がなく今のように世界中に情報が行き渡る時代ならば、きっと有名になっていたのだろうなと思う。「早すぎた」と紹介されるのはわかるような気がする。曲の雰囲気もなかなか面白く、比較的聴きやすいという印象。5.タネーエフ/交響曲第1番&3番(ザンデルリンク/ノヴォシビルスク・アカデミー響) タネーエフは、チャイコフスキーより少し年下で、ラフマニノフやスクリャービンの師匠に当たる人。作品もそういう年代記的な位置づけを感じさせる。チャイコフスキーの前半の交響曲やカリンニコフの交響曲に少し雰囲気が似ているかなという印象。正面切って交響曲ですよと言っている感じのしない部分がけっこうあったりするが、部分的に切り出してみると面白いところも。第3番の第4楽章はブラームスのような運びにチャイコフスキーみたいな音を組み合わせているという感じだったりする。このCDと大澤のCDはナクソスレーベルなのだが、ここにはまだまだ掘り出し物がけっこうあるのかもと思う。最近、必ず1枚は混ぜているような気がする。何度か聴いてみて、いろいろわかったら、またフリーページにアップしていくことにしたい。
Feb 26, 2009
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娘のクラスが学級閉鎖になった。原因はB型インフルエンザの大流行。そして、娘もちょっと風邪気味の症状、熱は微熱程度で高くなく、咳もほとんどしないのだが、念のため医者に行ったら、B型インフルエンザだったらしい。症状は軽いためにほとんどわからないのだが、やはりその可能性は当たっていたということだ。A型に続いてB型までとは、タミフルの次はリレンザですか...。娘のクラスでは両方にかかってしまった人がかなりいるらしい。学級閉鎖なので学校では会わないが小児科に行くとみんないるので、そういう情報だけは早いそうだ。家族全員予防接種をきっちりしたのに、それでも今年は全く関係ないということで妻は「何やってん、もう!!次は何型よ??」と怒っている。その妻も熱っぽいなどと言い始めた。娘は春休みは短くなる可能性大であることを先生から聞いているらしく、今からいやだと言っている。今は私も万全な体調ではないので、ここで1ヶ月前と同じことになったら今度は前回のようには動けないので不安いっぱいである。息子だけは「またポケモンのマスクができる」と言って無邪気にはしゃいでいる。とても平和でよろしい。今年は本当にあらゆる場所からもらってくる可能性があるということ。自分がインフルエンザでなくても、あらゆるところにその種はまかれているということで、公共の場ではマスクが必須。そして、我が家ではしばらく全員マスク体制ということになるだろう。この1ヶ月、家族のうちの誰か体調が悪い。本当に困ったものである。
Feb 25, 2009
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今朝起きてテレビをつけたらほとんどすべての話題は「おくりびと」のアカデミー賞受賞の話。私はこの映画をまだ見ていないのだが、妻は見てきたのでいい映画だったとしきりに言っていた。話を聴くうちに見に行ってみたいなとも思い始めたが、これからまたすごい人になるのだろうな。レイトショー狙いかな。しかし、とにかく日本の映画が世界で認められたというわけだから、これは素晴らしいことだ。いろいろな人が評していたが、とりあえずは自分の目で確かめてみたい。しばらく監督と主演の俳優はあちこちの番組で引っ張りだことなるだろう。いい意味で出まくる「時の人」になる。さて、そんな一方で、このニュースで一気にかすんでしまった人も。例えば、前財務大臣。昨日の朝まではバチカンでマナー違反を指摘され、さらに叩かれてしまう結果になってしまっていた。しかし、思うのが「なぜ周りにいた誰も止めなかったのか?」ということだ。誰もが悪いと思っている、あるいはマズイと思っていることすら止められないほど力があるのか、それとも信頼されていないのか、それはわからないのだが、誰も止められない構図は日本のいろいろなところにあるように思うので、笑ってあるいは「バカだな」と言って済んでしまう方がこわいのかもしれないと思ったりもする。さらに首脳会談に臨む総理大臣も、受賞に関するコメントをしている場合かとテレビでコメンテーターにツッコまれていた。大事な話を新しい大統領としてこなければいけないはずなのだが、本当にそれができるのか何とも心配な感じがする。「おくりびと」の陰にかすんでしまって交渉失敗というのは避けていただきたいところだ。どうも報道の陰にかすみすぎているところが何となく気持ち悪さを残している。勢いに乗ってよい成果を持ち帰っていただければ、支持率も少々は復活するかも?とは思うのだが。
Feb 24, 2009
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土曜日の夜あたりから徐々に体調が悪くなっていき、昨日の夕方にペースが急になりピーク、熱が出ていた感じで座っているのも辛いほどだった。 しかし、今日はどうしても出さなければならない書類があったので大学へ。朝から食欲もなく、お腹に力が入らない。これは一昨年苦しんだウイルス性の風邪の弱いものかなという感じだ。ただし、何とか大学までは往復できそうな程度なのでよかった。結局、日常は全く使わないバスを駅から往復で使った。 途中、ずっと体がバラバラな感覚だった。頭が痛い時は意外と歩いてもフラフラしないのに、お腹が痛い時は逆に頭がはっきりしている感じだしと、思ったように体が動いていないのがわかる。 ところが、大学に行ってガックリ。というのも、早く出すように催促された(出張中にわざわざ自宅にまで連絡があったらしい)書類の提出期限は明日だった!わざわざ家族が余計なイヤミ(期限過ぎているのは知っているはずだし、普通出すだろうにあんたのダンナはいったい何を考えているのかという)まで言われて出しに行ったのに期限前だったなんて、いったい何だったのか…。 頭に来て余計に疲れた…。ちなみに、帰宅後休んだおかげか、現在は復活傾向。明日は様子見という感じか。
Feb 23, 2009
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出張から帰った私に妻が最初に言った一言は「体調大丈夫?」だった。その理由は娘の友達が自宅に遊びに来た次の日にB型インフルエンザを発症したという連絡があったかららしい(もちろん、発症前に予想はできないので、遊びに来たことは悪いことではないし、運が悪かっただけの話だと思う)。 娘の小学校ではA型インフルエンザの猛威がようやくおさまったと思いきや、今度はB型インフルエンザで学級閉鎖が起きているそうで、両方にかかってしまう子供も結構いるそうだ。我が家は今のところセーフのようだが、疲れ気味の私はヤバいのではないかと思われているようだ。 さらに、私が出張で行ったところでは、ノロウイルスがはやっていたようで、それも怖かったりする。加えて花粉症シーズンまでスタートしている。あらゆる場所に体調を崩す要素が満載、そういう私も今体調が悪い。インフルエンザでもノロウイルスでもなさそうだが、一日はゆっくり寝る日を作らないとヤバいかな。
Feb 22, 2009
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最近、どんどん遭遇する頻度が少なくなっているように思っていたが、最近発売された時刻表を見てショック! なんと博多~小倉間のこだまでしかも8両編成に切り刻まれているではないか!確かにのぞみとしての編成は残ってはいるが、きわめて少ないものになっている。いよいよ500系もN700系の登場によって、東海道新幹線での役目を終えるようになっていくのだろうか。 博多まで出張のときに初めて500系に乗り、時速300キロを体験したときは、景色が後ろに飛んで行くように見えて感動したものだ。まあ、確かによく揺れはしたが。また家族で旅行に行ったときも、息子の希望により、わざわざ500系を選んだことがあった。 そんな500系を今回の出張時にホームで見かけた。やはり年輪を刻んでいるのを感じた。さてさて、今後はどうなっていくのやら。交通に詳しい人によれば、こうやって電車などにただならぬ思い入れを感じる人は鉄道会社には就職しづらいそうな。理由は合理化に反対するからだとか。だとすると、私は無理ということなのかな。
Feb 21, 2009
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昨日から出張、仕事を終わらせた後、プロの指揮者と夜にお会いする約束をしていた。指定された場所に行くと、そこでは指揮の講習会が。といっても、メンバーはプロもしくは目指している人ばかり(ただし聴講はクローズではないそうだ)。完全に浮いている感があったが、こんな機会はめったにないので、じっくりと拝見する。講師はその道では有名な方で、その時点で自分が見てもらうわけでもないのにすでにビビっていた。曲は基本的に知っているものだったので、受講生がどのように指導されていくのかに注目していた。それに加えて、すぐ横で指揮者が解説をしてくださるので、様子がよくわかった。会の終了後は受講生の方に混じって食事まで参加させていただいた。いろいろな話をきくと大変そうだ。何事もそうだが、プロを目指すというのは大変なことで、本当に日々勉強なのだ。という意味では自分のいる世界と共通しているなと思った。で、参加して感じたのは、指揮という世界の底知れぬ深さだ。見た目は手を動かすだけなのだが、それをきっちりやるのは極めて難しい。プロゴルファーが常にまっすぐボールを飛ばせないのと同じで、機械的にうまくいくわけではなく、微妙な調整を瞬時にやらなければならないのだ。しかも指揮の場合はそれで多数の人が動くわけで、うまくいかなければ針のむしろになってしまう。私を連れて行ってくださった指揮者もレッスンを受けていたが、プロの仕事がある人でも、講師の指摘を見ていると、確かにそうだなと納得。プロ中のプロはやはりすごい。何だか圧倒される時間、貴重な機会だった。
Feb 20, 2009
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昨日、久しぶりにあるゼミ卒業生に会った。そこでの話は会社での仕事のことが中心だった。「今の会社がどうも働く希望が持てない」ということで状況を細かくきいてみた。本人は学生時代からしっかりした人で、ただのわがままで言っているわけではないのだろうと思う。 最初は今の状況を打開する方法(発想の転換を促すとか)を一緒に考えてみようなどと思ったりもしたが、どうも組織の中にいろいろ問題がありそうだ。その発生源はわかりやすいもので、そこにさえ手当てすればかなり問題は解決しそうなのだが、組織内のしがらみがきついようでうまくいかないらしい。「今の仕事は大好きですけど、会社の悪いところも見えるようになってしまって」というのが悩みのようだ。 もちろん、「そんなのどこの会社でもあること」とか「社会人として考えが甘い」という意見もありうるが、オペレーショナルなレベルでの話をきくと、そういうことでは片付けられないこともあるように思う。 周りの同期などが辞めていくたびに自問自答をしているとのこと。人が減ってもちゃんと手当てがなされないことと、大げさなものでなくていいから若手の教育をしてくれたらいいのにそれがないので現場が回らないのだという。 手遅れにならなければいいのだがというのが本人の心配しているところのようだ。今の成果だけを求めていくというのは、やはり限界があるのだと思う。教育投資は成果が出るまでの時間軸が長いのと不確実性も排除できないので、どうしても後回しになるのだが、やはりなければ組織は確実に劣化するのだろうなと思う。 いろいろと話し込んで別れたのだが、考えさせられることが多かった。
Feb 19, 2009
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昨日は、採点地獄脱出お疲れ会と勝手に言いつつ同僚と久々に飲みに行った。最初はなぜか鉄道模型のレイアウトを見ながら飲める店で飲むことに。鐵道グッズもあったりするのだが、そこで「何というマイナーな路線のDVDが?!」と思っていたら、何とDVDではなくCD、つまり列車の走っている音を録音したものだった。これには一同びっくり。扱われる路線どころか、使われているメディアまでマイナーだったとは。模型が走るのを横目に飲みながらいろいろな話をあーだこーだとして、もちろん店のシチュエーションもわきまえつつ鉄道話も。それから次にまたそういう店をはしごしようというノリで移動したものの、何とそこは閉まっていた。実は以前にもこの店をトライしたのだが「ダイヤ改正につき本日休みます」という張り紙があって休んでいた(「銀河」ラストランの日だったのでこれは仕方ないかと妙に納得)。今回は一体何だったのか。どうも私は同僚おすすめの店にことごとくフラれる傾向にあるらしい。結局かわりの店を探して歩いたのだが、そこで見つけたスペインバルが大当たりでよかった。そこでワインのボトルをみんなで空けたのだが、ろれつが回らないフリをして(半ばそうだったかもしれないが)「ナカガワ」っていた。「ごっくんしたのか?しなかったのか?」などとくだらないことを考えながら。久々に同僚と楽しく飲めてよかったと思う。で、今朝新聞を見ていると何ともシュールな写真を発見。家電量販店で中川大臣辞任のニュース映像を流しているテレビが数台並んでいる写真だったのだが、そのテレビには「本日限り!」というPOPが貼られていた。確かに、本日限りでしたね...。しかし、新聞社がこの構成を考えて、しかもよく掲載にOKを出したなと、妙なところに感心してしまった。
Feb 18, 2009
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メイキングと言えば、最近では映画やTV番組などでその製作過程を記録しておいて二度美味しい作戦を意味する言葉として定着しているが、ここではそれではなく、本当にモノの製造過程を説明する番組(つまりモノとプロセスとの関係が逆)のことだ。これは地元のケーブルテレビでやっているらしく、最近初めて知った。たまたまリモコンのボタンに手が当たってチャンネルが変わってしまったところに映っていた。今回はソーセージの製造過程が説明されていた。どうやってソーセージが作られるのかなどというのは、何となく知っていることはあっても、日常考えることはまずないだろう。スーパーに並んでいるパックされたソーセージの製造過程に意外なほど人の手が活躍しているのに驚き、またミンチを詰める機械を見て「あんな機械を考案した人はすごいなあ」と尊敬してしまう。煙で燻す工程などもぶら下げるのは人がやっていたし、煙だらけ(当たり前だが)の部屋の重い扉を閉めるのもなかなか人が作っているんだなという感じがした。ものづくりはやはり見ていてすごいなと思う。それぞれに職人と呼ばれる人がいて、その人たちのスゴ技を見ると心から尊敬である。機会があればこの番組は子供たちと一緒に見てみたいなと思った。しっかりものが作られていなければ、やはり世の中は回っていかないのだということをもっと知らなければならないのではと思う。
Feb 17, 2009
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妻と息子との会話を横で聞いているとなかなか面白かった。妻:「明日はパパが幼稚園に送っていけるって言ってるけど、送っていってもらう?」息子:「いや、ママに自転車で送ってもらうことにするよ。」妻:「なんで?最近一緒に行けてないし、せっかくだからどうよ?」息子:「だって、自転車で言ったらしーおーつーぜろ(CO2=0)やん。」妻:「何それ?」息子:「だって、電車やったらCO2=1でさあ、バスはCO2=3、自動車やったらなんとCO2=9やから、自転車がいいと思う。」妻:「しーおーつーってどこで覚えてきたの???」どうやら息子は「CO2削減=エコ」だということは、テレビCMなどで何となく知っているらしいが、CO2が何者なのかについては知らないらしい。CO2の値については、某鉄道会社のイベントでもらった下敷きの裏にあるすごろくに書いてあったのを見せてもらった。何も知らずにきいていたらちょっと驚く会話だなと思った。ちなみに妻はその後で「うちのは電動自転車やからCO2=0と違うんだけどなあ...」と言い、さらに「歩いて行った方がもっとエコやん」と言っていた。息子は「いいの!自転車はエコやねんから!」と負けずに食ってかかっていた。私はちょっと離れた場所で娘に解説という感じだった。いつも何となくこういう感じである。
Feb 16, 2009
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今朝テレビを見ていて、編集というのは怖いものだと感じた。 画面に映っていたのは森元首相、報道陣に「うるさい!どけ!」といった映像である。あそこだけを切り取ったのを見るとなんと偉そうなと思ってしまいそうなものだが、本当は違うのだというご本人の説明。確かに、おっしゃっていることが本当ならばまったく異なるとらえられ方をすることになる。確かに、あれだけ言ってしまうのも誤解を受けやすくなっている一因ではあると思うが。 編集によって印象がまったく変わるというのは、やはり怖いものだ。発信する側がどう考えるかが問題で難しいと感じる。ただ、限られた時間に収めるために編集は欠かせないわけで、本当のことをそのまま客観的に伝えることは残念ながら不可能である。それをわかった上でどう伝えていくかが、問われる。 以前ラジオの対談で、ある映画監督が題材はかなり社会的でリアルなものを選びながら、それをかなりデフォルメしていることを、ジャーナリストからツッコまれるというのを聴いたことがあるが、そこで監督が言ったのは「画面に切り取った時点でもはやそれはリアルではないのだから、面白く見せるのがいいと思う」ということだった。 もちろん、映画とニュースでは違うのが当たり前なのだが、ニュースでも切り取り方は考えてもらわないとと思った。
Feb 16, 2009
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後日エキストラとして出演する演奏会はオール・ベートーヴェン・プログラム。その中で演奏するのがこの曲。ベートーヴェンの交響曲のうち、特に初期の曲を演奏できる機会は少ないので、これは貴重な機会。そして、改めて演奏するためにスコアやパート譜を目で追いながら聴いてみると、これがまた実に楽しい(弾くのは当然大変なのだが)。音符が躍動するように並んでいる様が、この曲の生きたリズム感やビックリさせるための遊びに満ちているように感じさせる。この曲は、交響曲第1番の後、あまり間を置かれずに作曲されていて、ライトな感じがする点において、同じラインの上に位置しているような印象はあるが、響きの豊かさ、スイッチの切替の頻繁さの具合などは格段に進歩しているように思う。どの楽章もよどむことなく前を向いている感じがいいなと思う。ベートーヴェンは弦楽四重奏曲などでいろいろと実験をした後、交響曲が充実した姿を見せていくというのはいろいろな本で見かけたりするが、これも初期の弦楽四重奏曲第1~6番の成果が結びついているということなのだろう。-------------------------第1楽章:序奏があるのは第1番と同様だが、第1番が「?」という感じで始まるのとは対照的に「!」という感じでスタートする。基本はゆったりとした4分の3拍子だが、旋律の大きな流れの中にVnで恐ろしく細かい音符(64分音符まで登場!)で装飾が施されている。この楽譜を見ているといったい何拍目に音が変わるのかが一瞬わからなくなる。しかもその音符からいきなりアレグロに突進するためきっちり音価がわかっていないとメチャクチャになってしまう。さらには転調もあって、冒頭の数十小節ですでに大変である。あと、面白いのが、この序奏の中ですでに第九の第1楽章冒頭に似た音型(調も同じ)が一瞬顔を出すことだ。しかし、音楽の進め方は逆(短い音符にエネルギーを込める具合など)だったりするのが、音楽の奥深いところだなと思う。こういうことをプロの指揮者から教わると音楽の楽しみ方はさらに深くなるのを感じる。アレグロは8分音符のキザミの上に力強い急速な旋律。慌ただしく動いているが、これがちょうどうまくかみ合うと心地よい。シンコペーションやsf(スフォルツァンド)がいろいろなところに仕掛けられているのがベートーヴェンの楽しいところである。第2主題などは一瞬軽やかな感じなのだが、それも力強い流れの中にすぐに引き込まれる。「遺書」を書いていた当時の音楽だとは思えないエネルギーにあふれた楽章だ。-------------------------第2楽章:イ長調のラルゲット。3拍子の主題は流れるような美しいものだが、ダイナミクスにいろいろな仕掛けがあってやはりベートーヴェンだなと思う。ベートーヴェンの交響曲のうち、シャープ系の調号がついている緩徐楽章はこの曲だけで(部分的にはもちろん他の曲でも使われていたりもするが)、新鮮な感じがする。陰のある響きが中間辺りに来ていたり、転調が短い周期で出てくるのも特徴的だ。また、元の調に戻るときにさりげなく戻るというパターンも新鮮である。全体的な印象としては、晴れた日に花畑の中にいて自分の近い場所で目に映ったものを描いているというような感じだろうか。-------------------------第3楽章:「スケルツォ」と交響曲の中で明確に書かれたのはこの2番が最初(1番は「メヌエット」と書かれている)。急速な3拍子で、基本的にニ長調のまま推移するシンプルな構成(3分半ほどで終わる)。ダイナミクスがいろいろと書き分けられているので、その通りに演奏すると非常に面白い。主部が非常に凸凹したおもしろみを持つのに対して中間部が穏やかで、この対照が何ともよい。ティンパニがとてもいいスパイスになっている。-------------------------第4楽章:これは初めて聴いたときから大好きな楽章。とにかく前進するエネルギーとスピード感がたまらない(弾くのが大変だというのを知ったのは演奏することになってから)。うまく表現できないが、同じようにエネルギーとスピード感に満ちた第7番とはまた違った世界であるように思う。アクセントのある場所がことごとく1拍目から外れたところにあったり、面白い転調があったり、引っかけのような場所があったりで、聴いていて飽きない。最後の方になってくると凸凹感がさらに激しくなっていくが、突然流れがせき止められてみたり、動き出してみたりということを何度か繰り返していくのも面白い。そこら中に「びっくり」を埋め込んだ楽章は、ベートーヴェンが「はじけた瞬間」なのかもしれないなと思う。実は「英雄」の主和音2発よりも前にベートーヴェンは十分にはじけていたのではないかと演奏していると思う。個人的にはもっと聴かれてもいい作品だと思う。-------------------------実際に演奏するのは今回2回目で、もうかれこれ15年ぶりぐらいだが、当時よりはいろいろなことを知っているおかげで楽しく演奏できそうに思う。しかし、この曲の難しいところは運動神経が半端なく必要であるということで、それをしっかりやるためには練習がとにかく必要なのだが、時間が十分に取れない中で果たしてそれがどこまでできるか不安だったりする。でも、やはりやりがいのある曲なので、しっかり運動神経を発揮していきたいと思う。演奏しているとレースカーを運転しているような気分がする。それだけにこの曲を事故を起こすことなくかっこよく駆け抜けたいものだ。
Feb 15, 2009
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今日は息子の幼稚園の生活発表会だった。朝早くからこんなにくるかと言うぐらい、父母はもちろんのことおじいちゃん、おばあちゃんまでたくさん参加していた。最前列の席はおそらく壮絶な争奪戦だっただろう。うちは最初から参戦する気はなく、おとなしいものである。ビデオカメラを持たず、簡単にデジカメだけを持参し、それもちょっとだけ撮ってあとは肉眼で。自分で見たことの方がやはり大事だなと自分では思っている。息子はインフルエンザで休んだ分だけ練習では出遅れたものの、劇も合奏もそつなくこなしていたので、まずはひと安心。娘がお世話になっていたときから思っていることだが、息子の幼稚園はとにかく高度なことを全員にきっちりやらせるところがすごいと思う。先生は厳しくもしっかり教えて、最後は落伍者が絶対に出ないようになっている。園児はそれで自信をつけていくので、いろいろなことができるようになっていくのだ。「厳しく」しかし「とことん付き合う」という、おそらく昔からのスタイルなのだろうが、やはりそれは何か普遍的なものを持っているのかなと思ったりする。また、親に対しても言うことはきっちり言って、先生方もおそらく厳しく園長から激励されつつやっているのだろうなと思う。教える側も、教わる側も、そして預ける側も、それらがうまくかみ合ってこそできるのだろうなと思った。生活発表会ながら、うまく統制の取れた行動が取れる(しかもただのスパルタではなく)ようになっているのを見ると、大人でも負けているなと思ってしまう。うまく伸びていってくれるといいなと思う。発表会終了後は、母にいつもの中華料理店に連れて行ってもらい、子供たちは大好きな炒飯を食べてご機嫌。そのまま母を自宅に招いて少しお茶をして、それから私は子供たちを公園に連れて行って久々に遊ぶ。サッカーをやったのだが、息子も娘も以前よりうまくなっているようで、うれしく思う。春のような一日、子供たちは大満足だったようだ。
Feb 14, 2009
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今日、やっとすべての科目の採点と報告書作成が終了した。この一週間はほとんどそれしかできていない感じ。枚数が半端でなく多く、さらには期限も短かったためにそうせざるを得ない状態だった。採点にも時間がかかったのだが、むしろ今回時間を取られたと感じたのは報告書の作成。いろいろな学科やさらには他学部まで相乗りしている科目があって、その名簿は非常に複雑。しかも受け取った名簿と報告書の並びが違ったりしていて頭の中は大混乱。そういうシステムがちゃんとしていたら、時間のロスはけっこう防げそうなものなのだが、いろいろあってそうもいかないのかな。その隙間にもこまごまとしたことが起こっていたりして、なかなか大変だった。しかし、どうにか終了。これからしばらくはいろいろと思考力を使う仕事に時間を回すことができそうだ。今日はほっと一息、子供が寝た後に、妻と梅酒を飲みながらゆっくり話した。こういう時間も大事。
Feb 13, 2009
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今日は朝から大学に行って成績処理。1科目分の成績を仮に登録しておく。これで一つの山を越えられた。後は明日締切となっているすべての作業を明日の朝からやってしまうことに。おそらく大丈夫だろうと思う。昼時には大学を出て、今度は娘の学校の授業参観に行く。今どきの小学校は本当に参観できるチャンスが多いので驚く。先月も行ったではないかと思いつつ、今日も何とかスケジュールを合わせられたので行くことにした。もう一つ驚いたのはお父さんの姿をけっこう見かけたことだ。中には社用車で乗りつけているお父さんもいて、運転手を待たせて登場したのにはさすがに驚いた。今日は授業参観と言っても、先生の授業ではなく、子供たちがグループに分かれていろいろなことについて成果を発表するというもの。計算、本読み、寸劇、鍵盤ハーモニカ演奏、縄跳び、コマ回しなどなど。娘は計算のグループ発表と司会進行役だった。子供たちがやっていることを見ると、なかなかいい感じだ。例えば、劇で演技のうまい子もいれば、後ろ二重跳びという恐ろしく難しいワザを一年生にして披露する子もいたり、みんなそれぞれにいいところがあって、得意技もある。クラスの中にはいろいろな子がいて、それを認め合うところが本当は社会でも大事なことのはずなのだが、この子たちは将来どうなっていくのだろうかとも思ったりする。勉強はもちろんするべき(たとえ苦手意識があっても)だろうが、それだけが人を見る尺度になってしまって、さらに他人を蹴落としていくことが重要視されるようになっていくのだとしたら、それはやはり問題なのではと思ったりする。娘にきくと、クラスでは苦手なことについては得意な子が教えてあげて、そのやりとり(ギブアンドテイク)が楽しいというのだ。その楽しさを感じていることが素晴らしいと思う。今はそういう世の中ではないし、脱落したらどうするのかとも言われそうだが、こういう楽しみを知らないまま大きくなる人だらけの世の中の方が怖いと思う。娘にはその楽しさを大事にしてほしいと思う。さて、採点地獄、最後の山は非常勤の科目の採点と処理。妻に「だいぶ終わったけどまだあと2山残っている」と言ったつもりが、「2玉残っている」と言ってしまい、「あなたの数を数える単位はそれなの?いくら麺類好きでもねえ」と大爆笑されてしまった。インフルエンザから採点地獄へ、これだけでなんと3週間も使っているのだが、本当に一瞬で過ぎ去ったなと思う。忙しすぎてボケてるのかな??
Feb 12, 2009
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今日も採点地獄、あとは時間との闘い。ところが、今日は妻が美容院の予約を入れたため、子供と留守番することに。午前中は、教育テレビで「おかあさんといっしょ」などいろいろな番組のキャラクターや、代々のうたのおにいさん、おねえさんが登場する番組をやっていた。子供たちは夢中で見ていたが、白黒画面がよっぽど珍しかったようだ(私の年代がおそらく辛うじて白黒テレビの画面を覚えている世代かな)。その間に自室で採点。それが終わると当然「退屈だからどっか連れてってぇ~!」という話になる。妻も昼食に戻るのはどうやら難しそうだったので、近くの商業施設に連れて行き、広場で遊ぶ。娘は最近できるようになったいろいろな縄跳びの跳び方を披露してくれる。知らないうちにいろいろとできるようになっていた。それからマ○ドで昼食、それが終わると今度は100円ショップへ。最近、娘の小学校では昔の遊びをすることが多いそうで、昨日はコマを持って帰ってきてやってくれた。コマ回しもいつの間にかできるようになっていた。娘は「△△(息子)にバカにされたから必死で練習したの。クラスでできる子に教えてもらったよ」と言っていた。今日は「けん玉が欲しい」という。クラスでけん玉がとても上手な友達がいるそうで、自分もできるようになりたいのだいう。100円ショップにちょうどそういうものを売っているコーナーがあったので、早速購入して帰宅。その後の時間、しばらくはけん玉の練習をしていたようだ。私は採点の続き。山が少しずつ減ってきた。期限には間に合うだろうというメドがつきそうだ。夕方になり、「できるようになったよ!」と娘が見せにきた。確かにできるようになっていた(もちろん何度も続けてというわけにはいかないが)いろいろと努力してできるようになっていくのが楽しくて仕方がないようだ。そういう経験、なかなかしなくなってきたような気がするが、娘の様子を見ていると自分でもできそうなものを見つけてみたいなと思った。
Feb 11, 2009
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朝のワイドショーを見ていて、この新聞記事が出てきた瞬間に「本当か?」と思った。文部科学大臣がまた就職協定ができるような状況を作りたいと答えたのだという。就職協定は1997年に廃止されたが、もともとは青田買い防止のために作られたもので、それが廃止されれば企業側がまたそういった行動をするであろうこと廃止当時にも言われたことだ。就職活動は1年に2週間のペースで早まると当時大学の就職対策の会議でも言われていたことを覚えているが、本当にそのようになったのには驚いたものだ。実際のところ、現在、3年生は最も忙しい日々を送っている。履歴書とエントリーシートを書くことに必死で、私のところにも添削してほしいと言ってくるゼミ生がいたりする。必ず「どうやって書けばいいのか教えてください」という学生が毎年一人はいるもので、その時には「書いてから見せに来て」と言っている。自分の言葉で書いたものを出せなくてどうするのかと思ってしまう。もちろん、不景気の中不安は最高潮に達しているだろうから、そう言いたくなる気持ちはわかるのだが。今日もまた採点地獄。いくつかのクラスごとに答案やレポートの束を作ってあるのだが、それがなかなか減っていかない。移動時間と最低限の生活時間以外はほぼ一日中採点している状態で、とても疲れてしまうのだが、期限との競争なのでやらないわけには行かないのが辛いところ。例年より1週間期間が短いことがこんなにもきいてくるとは思いもよらなかった。まあ、それはともかくとして、採点していて気づいたのは、3年生が例年よりもできていないことだった。「テスト当日以外は就職活動で奔走しているのでなかなかできなかった」とか「12月ぐらいから授業が出られなかった」という声をちらほら聞いていたのでありうるかもとは思っていたが、ここまではっきり現れてくると問題だと思った。優秀な人材を早く確保したいという企業の気持ちはもちろん理解できるのだが、3年生の時というのはやっといろいろな考え方を吸収して、しっかりものを考えるようになれる時期であり、それがテストにも現れてくるのだが、その時点でつまずいているのはとても気になる。中には「就活で忙しかったんでなんとかしてください」というお願い文つきの答案があったりするのだが、これは完全に本末転倒だろう。就職協定が復活すれば、確かに3年生までの学習は確保できるとは思う。そこで就職活動には適切な時期があるかどうかという議論になってくるのだろうが、それは何となくだがあるような気がする。ついでに不思議なのは、面接の時に「卒論のテーマは?」と質問してくる企業が、内定を出したらすぐに入社後必要な資格を取るための勉強ということでどっさりと教材を送ってときどき対策試験をやるようになって、ゼミ生が「内定先の勉強が忙しくて卒論書けません」と言ってきたことがある。何だか矛盾しているなと思う。就職協定が復活することがいいことかどうかについては議論が進むとして、さて本当に今さらできるのか??とも思ったりする。最近、あらゆる場面で一度思い切り舵を切ったものが元に戻るというのは、議論されることはあっても、実際には見たことがない。やるべきだという相当な覚悟がないとできないのではと思ってしまうのだが、現場では確実に影響が出ているのは実感している。
Feb 10, 2009
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今度ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番を初めて演奏する機会があるので、今日の通勤電車の中でスコアでも見ながら勉強しようと眺めていたら第1楽章の途中で爆睡してしまい、MP3プレーヤーでその後に入れていたこの曲の冒頭で目が覚めた。久しぶりに聴いたのだが、改めて聴くととてもいい曲。もう4回ぐらい演奏しているのでなかなか取り出して聴くことがなかっただけに、新しい発見となった。この曲は1809年、ベートーヴェンの住んでいたウィーンがフランス軍との戦乱に巻き込まれている最中に作られた。特に両端の楽章に見られるように、非常に前進感のある曲であるのは、それと無関係ではないのだろうと思われる。ちなみに、「皇帝」という題名はベートーヴェン本人がつけたものではないようだ。-------------------------第1楽章:いきなりオーケストラの和音をきっかけにピアノが派手に入ってくる。私がこの冒頭を初めて聴いたのは確か日本酒のCMだったと思う。金箔がひらひらと飛んでいたようなイメージのCMで、まさにぴったりだなと思っていた。その後、オーケストラによって第1主題が登場するが、これも初めて聴いたときには「上を向いて歩こう」に似ているなと思ったのを覚えている。しばらくはオーケストラだけで推移して、その後弱音でピアノが登場するという対照は見事だと思う。ずっと聴いているとピアノ協奏曲の中でオーケストラとの関係が対等になっているというスタイルが作られたのはこの曲だなと感じる。この楽章は20分ほどあってとにかく長い(この点では第4番の延長線上に位置するような感じがする)のだが、流れに身を任せるような感じで聴いていると実にドラマチックでカッコイイと思う。いろいろな楽器の組み合わせ、そして転調なども飽きない。「皇帝」というタイトルからすると堂々としたところがどうしても印象に残ってしまいがちだが、時折挟まる短調が軽いタッチで何ともいい味を出している。また、フォルテで前進していく短調の部分は戦乱に立ち向かっているようにもきこえる。戦乱への怒り、平和への希望、いろいろな気持ちが込められているように感じるのだが、いずれもよどまずに前進していくところがベートーヴェンらしくていいなと思う。-------------------------第2楽章:第1楽章とはまったく違った夢の世界、とても美しい。ロ長調をこの場所に持ってくる曲というのは非常に珍しいのではないかと思う。第1楽章が変ホ長調であるのに対して少し遠い関係にある調を持ってきたというのが何とも効果的だ。冒頭に登場する主題が何度か姿を変えて登場するシンプルな構造だが、非常に味わい深い。ロ長調の曲を聴くとすこし鈍い輝きの金色をイメージするのだが、それとは対照的にクリアに輝く雰囲気のニ長調の音楽が間に挟まっているところがいいなと思う。実際に演奏していると最後に出てくる主題が木管で演奏されるところがなぜか実は好きだったりする(弦楽器は裏拍を添えるだけの場所)。-------------------------第3楽章:第2楽章からアタッカ(切れ目なく)で演奏される。堂々とした調子なのだが、8分の6拍子のリズム感が第1楽章とは違っていて面白い。何度も主題が登場するロンド形式なのだが、いろいろな場面が挟まれていて面白い。特に、途中ピアノがいろいろと表情を変えながら転調していくところ(変イ長調→ホ長調→ホ短調→変ホ長調)は聴いていてもテンションが上がる。また、主題が登場する度にオーケストラのリズムがどんどん細かくなっていて、これが前進していく感覚をどんどん高めていて見事だなと思う。そうしてさんざん盛り上がったところで最後の直前、ピアノとティンパニだけで曲は静かに、そしてゆっくりになっていくのだが、ちょっと「英雄」の最後のような感じでこれがまた効果的である。ほとんど止まりかけたところでピアノが急速なパッセージを演奏し、最後にオーケストラが登場し、派手に終わる。実際に演奏会では、よほどの失敗がない限り必ず大拍手になるという素晴らしい曲である。-------------------------この曲と「英雄」を聴くと、変ホ長調が表す一つのキャラクターをべートーヴェンは確立したのだなと思う。「堂々とした」そして「前進する」雰囲気、このキャラクターはマーラーの「復活」の最後やR.シュトラウスの「英雄の生涯」(まあ、これはほとんどそのままやがなとツッコミたくもなるが)などにつながっていったのだろうなと感じた。このテンションの上がり方、いつ聴いても自分は好きだなと思う。
Feb 9, 2009
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今日は採点作業の合間を縫って、ゼミの卒業生(大学のオケでヴァイオリンを弾いていた)が出演するアマチュアオーケストラの演奏会を娘と聴きに行った。就職してからしばらく楽器を触っていなかったそうだが、最近オケに入ったと先日連絡があり、初舞台の演奏会のチケットをいただいたというわけだ。曲目はマーラーの交響曲第2番「復活」1曲のみ。小学生の娘には90分の長丁場はつらいところだが、行くかと聞いたら行くというので連れて行った。ホールには早く着いてしまったので、ホワイエでジュースを飲んで時間をつぶし、さらにホールの中を探検。このホール、演奏会で時々行くのだが、学生の頃は憧れのホールだった。ここの舞台にどうしても立ちたくて、学生選抜オケのオーディションを受けに行き、本番のステージに立ったときには鳥肌ものだった。娘は休憩時間がないことを知って「げっ!」と思ったようなので、いろいろと演奏前に解説しておいた。ただ、マーラーとか、「復活」の意味なんぞ言ったところでわからないので、舞台を見たら面白いところを教えておく。例えば、こんな感じ。最初の曲(楽章のこと)が終わったら長い休みがある(5分休めとスコアには書いてある)打楽器がたくさんあって、銅鑼やゴングがいつ鳴るのか合唱と歌はほとんど最後にしか出てこないホルンが音の鳴る穴をお客さんに向けて吹く場所がある(ベルアップ)舞台で誰も演奏していないのに音が鳴っている(これは舞台裏で演奏しているということ)演奏中に舞台に出たり引っ込んだりする人がいる(金管楽器と打楽器)オルガンの人はほとんど手で弾かずにひたすら足でペダルを踏んで音を出す(低音を出すため)ということを知った上で聴いていた娘は90分寝ないでちゃんと聴き通した。様子を見ていると、娘が気に入ったのは第2楽章の弦楽器がピチカートだけになる場所のようだった。最後は圧倒的な音で締めくくる。やはり素晴らしい曲だ。終演後、娘は「座ってるの疲れた~、おやつ食べたい!」というので、近くの店に連れて行き、あれこれ話をして帰宅。昨日は9番を演奏して、今日は2番を聴く。まさに、マーラー漬けになった週末であった。どっぷりつかって楽しんだ時間が終わると、またまた採点作業。期限までには間に合うだろうと思うが、とにかく疲れる作業である。少しずつ答案の山は減ってきた感じ。今週、とにかく終わらせなければ...。1週間はきっとあっという間に終わってしまうだろうな。週末のマーラーを楽しみにして頑張ろう。
Feb 8, 2009
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個人的には今日から市民オケの新しい曲の練習に参加。どうしてもやりたかったという曲はマーラーの交響曲第9番。第1楽章だけの練習と聞いていたので、必死でさらっていく。スコアを以前からざっと見て転調や速度変化をある程度把握してあるので、さらうときにも周りのパートの音がイメージできて効率がよい。オーケストラの中に入って早く弾きたいという気持ちで練習場へ。音にしてみるとやはり感動ものだ。もちろん、まだ立ち上げたばかりなのでオケ全体としての音はおぼつかないところがたくさんあったものの、実際に音が出て空気が揺れると半音ぶつかりの振動などが伝わってきて「おおっ!」という感じだった。個人的にはとにかくわかったことを実践。ボーイングについては初見なのでたくさん間違えてしまったが、音は思い切って出しまくった。その方が間違っていたらわかるし、今のうちなら「すんません...」で済むところだ。そこから角を取って音を整えていくのが自分の流儀。これは後で周りに迷惑をかけないように練習をするきっかけにもなるのだ。練習はあっという間に終了。予定されていなかった第2楽章は、まったくの初見だったが、曲を知っていたこともあって何とか落ちずについていくことはできた。次回の練習も楽しみ。隣からは「バッチリ弾けているように見える」というコメントをいただき、向かいのパートの人からは「何かヴァイオリンのところで煙が出てるような弾き方をしている人がいるなあと思ったらよんきゅさんやった」と言われた。「だって、マーラーの楽譜がそうしろと言ってるから」などと手前勝手なことを思わず口走る(でも、本当にそう思っている)。終了後の飲み会で、「マーラーは何がいいのかわからない」という話が出た。その意見に同意しているのは女性だけだった。ちなみに男性の一部は(私も含めて)完全にマニアックな話で盛り上がる。「マーラーはたまらん」などと言いながら。そこで、「なんで女性はマーラーを好まない人が多いんですかね?」という一人の問いかけ。いろいろ考えた末の私の仮説。それは、男の気持ちの要素をマーラーの曲自体がたくさん持っているからなのかなと。フレーズが解決するまでの回りくどさは、自分にもある要素(妻とケンカすると「それで、結論をさっさと言ったら!もうイライラする」と言われる)だなと。それと「ふっきれない」男の要素があるなと。第4楽章は昔になくしたものが目の前に現れたり、そういったものに対してなつかしく思いを巡らせてみたりという要素を感じる。でも、そういう感覚に対して強く同意するのは男性の方で(過去の思い出を引きずるとか巷ではよく言われるし)、女性はさっさと忘れてふっきれると言われる。そこの辺りが、女性がマーラーを好まない理由なのではないかと思ったりしたのだ。そんな話で盛り上がりつつ、お開き。来週からの練習がまた楽しみになってきた。マーラーの曲は新しい土地を探検するような楽しさがあるように思う。
Feb 8, 2009
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相変わらず朝から採点中だったが、妻から「今日はヴァイオリンの先生の家に○○(娘)を連れて行ってほしいんだけど。先生も今日大学に行かないのならばお父さんに来てもらってくださいって言ってたから」と言われた(いつもは自宅に来ていただいている)。答案をずっと読んでいると疲れてくるので、ここは息抜きのために連れて行くことに。まずは娘のレッスンをしばらく見学。もともと一緒に演奏する機会があった知り合いなので、楽譜の貸し借りなどのためにご自宅の玄関先まで行ったことはあるのだが、中に入ったのは初めてである。娘はインフルエンザのブランクがあって先週はかなりボロボロだったようだが(悔しくて泣いたらしい)、今日は持ち直して誉められていた。確かに音はいい状態に戻りつつあったかなという気がする。その後、発表会でする予定の合奏曲を練習した。先生が私を呼んだのは、音を出してみるのにパートが足りなかったからということだなというのをその時点で理解した。弾きながらいつの間にか発表会の打ち合わせ状態に。さらに、先生が大人も演奏しようと言っていた曲の練習も。その間、娘は横でお絵かき遊びとなった。娘の後に来るはずの人が午後に予定変更となったため、予定よりも長く先生の家にいることになってしまった。終了後は1駅分娘と歩いて帰った。そして、昼食後はまた採点中。次の息抜きは夕方のオーケストラの練習。やっとやりたかった曲の練習ができる。それを楽しみに仕事を続けよう。
Feb 7, 2009
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今日も紙と格闘した一日だったような気がする。朝から大学へ行き、まずは出張等、研究費関係の書類整理。またもや担当部署との往復である。この時点で多くの書類、仕事がいろいろと挟まってくるので、作成と提出を何日かごとに行うことになってしまうのだが、どの段階まで処理し切れているかを把握するのが大変。やっていなかったと思っていて慌てて持っていった書類が提出済みだったりして、何とも情けない状態である。まあ、足りないと言われるよりはマシなのかもしれないが。その後、同僚と昼食のために外出。天気がいいので出歩くのもいい気分転換だ。仕事の打ち合わせとどうでもいい話と、辛辣なツッコミをして遊びながら、お互いに気分転換というところか。しかし、急いで戻って仕事の続き。午後は採点と成績の処理。こちらもいろいろな科目について並行していろいろと起こるのでかなり混乱気味。成績の処理を誤るわけにはいかないので、何度も確認してとりあえず今日締切の書類は提出。でも、終わったのは4分の1程度。あと一週間で残りをやってしまわなければいけない。答案とレポート、そして事務的な書類と、あちこちにうずたかく積まれた状態に呆然としつつも少しずつ処理していく。それでも何とか終わらせなければならないわけで、相当無理してやらなければという感じだ。夕方、帰る直前になって来年度の時間割担当書類がやってきた。眺めてみると「???」という状態。早速、同僚に相談。後日訂正されたものがまた届くらしい。見ていると、相変わらずの忙しさ(というかさらにシフトはハードになっている)で、個人的にはいろいろと思うところもあるのだが、勝手なことは言えないし、それには当然文句を言わずに従うつもり。ただ、このシフトだと、学外向けの仕事が入る可能性のある日にも授業のシフトが入れられていたりするので、そっちが回らなくなる可能性もあるのだが、そこまで考えられて作られているのかちょっと疑問に思うところもあったりする。時間割の作成は難しいのだなと思う。これからも採点地獄は続く。自宅にも非常勤先の授業の答案が山積み。紙の山からはしばらく逃れられそうにない。
Feb 6, 2009
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どうも最近、自宅のPCからネットにつながらないケースが増えているような気がする。 それは不規則に起こっているように見えるので、どのように対処すべきかわからない状態である。ネットの接続状態をPCて確認すると問題ないらしい。むしろ、サーバーからの応答がないことが問題であるようだ。 こういうふうに、なぜなのかがわからないと気持ち悪い。また明日の朝になれば、何事もなかったかのようにつながるのかもしれないのだけれど。
Feb 5, 2009
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という言葉がピッタリくるような状況になっている。自分の科目試験があった後5日間をインフルエンザで棒に振ったこともあって、採点すべき答案が山積みになっている。しかし、他にも仕事がたくさんあり、合間を見つけては採点という状態が続いている。今年から他のこととの兼ね合いでスケジュールが早められたということもあって、締切日が無謀とも思える早さ。しかも、採点の報告を入力する方法はいつもと違う(というか、いつもそんなにメチャクチャなスケジュールではなかったのでそこまでする必要がなかった)ので、指示されたことは無理なのではと思い、事務に連絡した。すると、電話口で相談が始まり2分ほど待たされ(折り返し連絡してもらった方がよかった...)、出てきた言葉は「マニュアルを見たら書いてあるそうです」って、そこで見てるんだったら場所や方法を教えて欲しいものだ。すでに通常の方法で慣れているのでマニュアルはあてにする必要がなく、さてどこへしまったか?マニュアルを探す時間がもったいないという状態である。そんな特殊なことを求めるのなら、こういう疑問を持つ人は他にもいるだろうから、いっそのことそこだけコピーして配ってくれた方が助かるのだが。マニュアルの問題は明日直接きいてみることにして、とりあえず採点を続行。しかし、同僚ともどうすればいいのかという話をしていた。何ともドタバタという感じだ。採点だけしていても時間が足りるのかというぐらいの勢いの中に、別の仕事がどんどん割り込んできて悲鳴状態である。採点期限まではまたもや一瞬で時間は過ぎていくのだろうなと思う。
Feb 4, 2009
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今日はインフルエンザ以来、久しぶりに子供たちと入浴。一緒に風呂にはいると必ずやらされるのが、問題を出すこと。それは何でもいいらしいのだが、娘は算数の足し算、引き算をどうにかマスターしたいようでそういう問題を、息子は地図好きなので地理の問題を出してほしいという。娘はちょっと前まで一桁の足し算の問題だったのが、今日は二桁どうしの足し算、引き算の問題を出してほしいという。繰り上がりや繰り下がりはちょっとまだ難しいようだが、それがなければできている感じ。確実に成長している感じがする。その後も「雨に関係のある漢字」と言いながら、「雪」や「雷」などと紙に書いていた。興味があると言うことは素晴らしいことだ。息子は一桁の足し算の繰り上がりあり(6+8とか)を挑戦中。私と両手で指を出して付き合わせながら必死で数えている。パーが2つあれば10で、残りを数えればよいということがわかれば、あとは早くなっていくだろうと思う。これもしばらくの楽しみにしておこう。地理はなかなかで、驚いたのはテレビのクイズでやっていた「青森県はどこ?」という問題の正しい答えを地図に塗るという問題で、それがちゃんと正解できることだった。「青森はなんでわかったの?」ときいてみたら「だって右側がバキッってなってる(折れたように見える)やん」というのだ。「兵庫県」はなぜわかるのかときくと、「下の方に淡路島の形があるやん」って、そこを見て判断するのかというのが新鮮であった。そういえば、最近CMでやっている「日本大地図」の新聞チラシを大事に持っていて、いろいろときいてくる。やはり興味があるというのは素晴らしいことだ。こういうのを見ていると、子供たちの興味を持ったことに対して、いかにうまくネタまきをして、さらに乗っていって、そっと押してやることができるかが親として大事なと思う。
Feb 3, 2009
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何だか、落語会のようなタイトルだが、これは四半期に一度の高校の同期3人で集まる会。インフルエンザがこの日までに治っていてよかったと思う。 楽しい話に食事、さすがにお酒はかなりセーブしたが、それは問題ではない。この会が楽しいのは、過去の話をするだけではなく、現在の世相についても熱く語るところである。話をするとお互いに手応えがあり、なおかつスッキリするのだ。早く始まって早く終わるのも魅力である。 今日は大学にも行ったので、インフルエンザ後初めての遠出外出となったわけだが、普通通り、遠い駅から歩いても平気だったのでよかった。 採点作業が相変わらず大変なのだが、今日は期限を改めて知らされてさらに焦ることに。またハードな生活に逆戻りのようだ。
Feb 2, 2009
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我が家では結局10日間もインフルエンザと闘ったことになる。事の起こりは先週の水曜日。妻がどこかからもらってきて、次にそれが娘と息子に移り、三人を5日間介抱することになり、それが終わったと思ったら自分がいつの間にか移っていて、今度は5日間自分が苦しむことになりという、何とも困った10日間だった。用心に用心を重ねても、結局抵抗力が弱くなってしまっていれば、ほんのちょっとしたきっかけでかかってしまう。インフルエンザ、恐るべしである。自宅から一歩も出ていなければ誰から誰に移ったかというのはある程度わかるのだろうが、もうあちこちでインフルエンザだらけなので、誰からもらったのかは、正直わからない。かといって、誰がインフルエンザウィルスを持っているかなどはわからず、近づかないわけにもいかない。どこにでもインフルエンザの種は転がっているということだ。今回インフルエンザにかかったことについて、油断したからではないと思っている。家族に出た以上、細心の注意を払ってきたつもりだったのだが、それでもかかってしまった。マスクに手洗い、うがい、それに十分な睡眠、このすべてを完璧にでもやりこなさないと、防ぐことは難しいのだろうか。よく考えてみたらこの10日間、一瞬で過ぎたような気がする。何だか3,4日間のような感覚だ。もったいないなあ...。
Feb 1, 2009
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結局、週末のイベントはすべてキャンセル。体はかなり回復し、朝起きるのも楽になった。気持ちは楽しくないのだが、強行せずに正解だっただろうと思う。痰が切れ始めて少しずつ楽になり、そのときには咳もするわけで、迷惑をかけてしまってはどうにもならないからだ。こういうときは、仕方のないことだが自分の部屋でおとなしくするに限る。おとなしくしている間もやはり今週の仕事が気になっていたので、昨日と今日で準備し、これはひとまず終了。時間が空いてしまった分、気分もポッカリと空いた分、徹底的に取り組む。先方に送るべきものを明日の朝に送って後はその時まで一段落かという感じ。そこでふと思い出したのが試験の採点!大人数の講義があるので枚数がすでに凄まじくある。答案の山を見るだけで気が遠くなりそうでまたインフルエンザがぶり返しそうな勢いだが、この期限がまたそう遠くないので、必死でやるしかない。インフルエンザがすっかり治った私以外の家族は出かけたいというので行ってきたらと言ったら、妻の買い物がメインなので息子が行かないと言い出して、さてどうしようかなという感じ。自分が元気なら公園か散歩になるのだろうが、そうはいかないので思案中である。
Feb 1, 2009
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