よんきゅ部屋

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Oct 2, 2007
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カテゴリ: 大学の仕事
今日は朝から大学で忙しく仕事。昼休みが終わるまではまったく息をつく暇もなかった。昼休みにはゼミ募集のための説明会。今期の授業をとっている学生が多いようで、知っている顔がかなりいた。まずは私が一通りの説明をした後で、ゼミ生に学生の立場からゼミ生活について説明してもらった。実際には2人の学生にお願いしたのだが、途中で席にいた(サクラというわけではないが)学生が加勢のために壇上に上がってきた。やはり彼らもいい後輩に来てもらいたいという思いがあるようだ。

しかし、学生はやはり前で話すことにはだんだん慣れてきている(そういう機会がいろいろな授業であるらしい)ので、緊張して話せないと言うことはないのだが、自分が思っていること、つまり持ちネタを必死で話すので精一杯だなというのが印象だった。相手の反応を上手に見ながら話し方を変えたり、ネタを捨てたりすることも必要なのだが、それでも立派にはやってくれたと思っている。ゼミ生がたくさん応援に来ていたが、こういう姿を見ているとうれしいものだ。

さて、そんなちょっとうれしいことの後には大変な授業。いつもの大規模クラス。比較的静かな方ではあるが、最近困るなと思うのは、静かにきいているようでぼーっとしている学生が増えていること。完全に回線が切れているかのようだ。考えさせる問題を作って時間を取ってやらせても、ぜんぜん書き込まない学生もいたりする。後で答えはすべて言ってくれるからいいとでも思っているかのようだ。しかし、それは違う。自分で考えたという行動自体に意味があるのだ。でも、それをやらない。昨年までには顕著に見られることのなかった傾向である。どこまで関係があるのかはともかくとして、「ゆとり教育」世代の最初の学年からこの傾向が始まっていることは少なくとも身の回りでは間違いない。これは先行き不安である。

おそらくそのままでは学生にとってよくないだろうと思う。昨日読んだ本の続きに「教育を消費と同様に考えるということは成立しない」という趣旨のくだりがあるのだが、まさにそれを感じる。モノを買うによって買う前と後で主体の様子が変化することはないが、教育にはそれをうけることによって前と後で主体の様子は明らかに変化する、というか、していなければ教育の意味はない。「自分にとって役に立たないだろう」と事前に切り捨てる人は、成長する機会を自ら摘み取っていることになる。でもそれって、本人的には悪気はないということになるのだろうが...。

幸いなことに、現在のゼミ生は自分なりに成長したいということを強く思っていて頑張っていることがわかるので、まだ不安に思う要素は少ないのだが、果たして今度の新ゼミ生はどういう人が来るのだろうか。一緒にやっていくことになる人たちにもちゃんと自分で成長したい、変わりたいというテンションを持てるようにしたいと思う。

そこまで思えない学生をどうするのかという点については、個人の取り組みの範囲をおそらく超えてしまうように思う。そうなると、それこそ多くの人の知恵と力がきっと必要になるのではないかと思う。悪気がないけれど、そのままではうまくいかないであろう学生、だからこそ何とかしないといけないのではないかと思う。ちゃんと考えていかなければならないことだ。





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Last updated  Oct 2, 2007 05:34:46 PM
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