JAPANESE GIRLS&BOYS

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氷色1



背中に衝撃。氷色は振り返る。
真っ白な地面の向こう、まるで浮かんでいるかのように、鎖が立っていた。
「何してんの、氷色」
 鎖が話しかけながら、氷色に歩み寄ってくる。
 すうと吐く息が、鎖の後ろに流れる。その後ろもさらに、白い。
「ヘイネ先生が呼んでるよ。すぐ来なさいって」
 そう言いながら、鎖は白い地面に落ちた懐炉を拾った。
 さっき、氷色の背中に投げたものだ。
 鎖の声が聞こえていないのか、氷色は立ち上がりもせず、黙々と地面に向かって何かをしている。
「氷色」
 振り返らない。
 鎖は氷色の隣まで、さくさくと、歩いていった。
「来るな」
 氷色が鎖を睥睨する。
「何で」
「来るな」
 怒気の込もった声で、氷色は鎖を牽制した。
 怖気づいた鎖は、氷色まで残り三歩という距離で止まって、じっと氷色の背中を眺めていた。
 氷色は、白い地面に向かって、手を動かして何かしていた。
 鎖の方からでは何をしているか、見て取れない。
 遣り切れない感情が、鎖の中で紺の渦を巻く。
 それはどろどろとしている。
 鎖は白い地面を、氷色に向けて、蹴り上げた。
「なあ、氷色」
 氷色は黙ったまま、地面に向かう。
 呼吸だけが、続く。
 ずっと、氷色は地面に何かしている。
 鎖は、その場を動かないで、腰を曲げて回りこむように、氷色を覗き込んでみた。
 氷色の前の地面は、白くなかった。そして。
 氷色の手は、真っ赤だった。
「氷色!」
 鎖は思わず駆けて、氷色の隣に座り込み、その腕を引っ張った。
「どうしたんだい、この手」
「見るな、放せ」
「氷色。手袋はどうした」
「構うなよ」
 氷色はくっ付く鎖に肘鉄で引き剥がした。
 胸に痛みが回った鎖はどっと、白い地面に捨てられる。
 しかし、鎖は発条のようにすぐに起き上がり、また、氷色の腕を引っ張った。
「これ、何」
 強く、食い込んだ鎖の掌。
 白い地面をずっと掘り続けていた氷色は、その強さに勝てなかった。
「・・・・・・」
 それでも氷色は、言い訳のひとつもしない。
 鎖は、氷色がずっと見ていた、白が抉れた地面を見た。
 あまり深くは無いその穴の中には、氷色のいつもしていた手袋の指が、怯えながら頭を出す亀のように、出ていた。
「何これ。何で手袋なんか埋めてんだよ」
「・・・・・・よく見てみろ」
 ぼそりと、氷色は嘯く。
 鎖はまじまじと目を凝らして、穴の奥を見た。
 埋もれた茶色の中に、黒い何かが、突き刺されたように出ている。
 何だろう。青い空と重なる、この既視感。
 あれは黄色い泣き声の。
「ツバメ・・・・・・」
 はっと、息がのどの奥に詰まった。
 焦点が、ゆっくりと、氷色の顔に向く。
 童顔。切れ長で、宇宙のようにどこまでも潜り込んで行けそうな、黒水晶の瞳。紅い唇、動かない。
「・・・・・・なあ、氷色」
「何、鎖」
 突き放すかのように、素っ気無く返事をする氷色。
 そこにはさっきの、剃刀のような鋭さは無かった。
 鎖は、唇を震わせながら。
「命って、あっけないな」
「命って、あっけないよ」
 鎖は、瞳いっぱいに、涙を溜めて、しゃくり始める。
 氷色は、遠くにある、白い地面を見つめたまま、自由なほうの手で、その白を抉っては、穴を埋めていく。
 幼い二人は、沈黙が垂れ込める世界の真ん中で、白くなりながら、振り返らないでそこにいる。

  ***

 氷色、氷色よ。
 どんな色。
 氷に色などあるのかい。

《 氷色1 》
    御拝読全力感謝
            あさはら水黄


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