雪香楼箚記

春(1)_吉野山






                                      西  行
       吉野山桜が枝に雪散りて花遅げなる年にもあるかな










 吉野山の桜の枝に雪が舞い散って、どうやら今年の春は花が遅いようだ、という歌。西行らしく、歌の意味はまっすぐ通っています。定家の父である俊成と同世代だった彼は、長らく奈良の吉野山に隠棲していました。日々を暮す山里の桜の花に同情を寄せる言葉の深みが読者をとらえて話さない歌です。「遅げ」という表現にこめられた、やさしくも繊細な心の味わいが絶品(「げ」は、ようだ、の意味。「やさしげ」「おかしげ」の「げ」)。それ以上の解説はなんら必要ないでしょう。このひと年をまた生きるのだ、という最後の七文字が、無上の美しさを秘めています。

 古典和歌では、桜に関して、「待花」「初花」「盛花」「散花」と分類をして、なかでも「待花」をもっとも格の高いものとしました。人間の意識のなかで、イメージのなかで咲きほこる花は、真実であるからこそ、事実の花よりも美しい、ということでしょうか。巻一春歌上は、この歌のような「待花」から、「初花」に移るあたりで幕を閉じます。


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