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雪香楼箚記
恋(2)_床の霜
藤原定家
床の霜枕の氷消えわびぬ結びも置かぬ人の契りに
定家の恋歌は、ほかにいいものもあったのですが、あえてこれにしました。定家といえば、平安朝の歌風を代表する歌人(もっとも活躍したのは鎌倉時代ですが)のように見られていて、言ってみればたおやめぶりの、弱々しい和歌を詠む人、というイメージがあるのでしょうが、じつは、こうした、力強さを芯に秘めた歌を数多く残している歌人でもあるのです。意味は、私の涙でできた寝床の霜も、枕の氷も、さらには私の命も、消えかねて悩んでいる、いつまでたっても結べないあなたとの約束のために。
歌をやるとわかってくることですが、この歌は出だしがたいへんにきつい調子の歌なのです。「床の霜、枕の氷」と、ふたつ並べて、ぶつぶつぶった切るような詠みかたをしています。古典和歌というのは、特に古今集以降は、もっとなだらかな歌の姿を尊重したもので、例えばその例として前に挙げた俊成女の歌を見てもらえばいいのですが、これなどはもっとすらりと読みくだせる。切れ目はたしかに「春や」というところにありますが、これはまあ、呼吸のための切れ目のようなもので、読者の生理にあったところにきちんと場を占めている。要するに、歌の姿としては(内容としてはともかく)意表をつくようなところはない作品です。朗詠もしやすい歌だったことでしょう。
ところが、この定家の歌のほうはちがう。最初の「床の霜」の後で軽く切れる(「霜」と「氷」の並列だから)。これが、なんだかごつごつした印象を与えるのですが、さらにそれが、対句で、「枕の氷」とつづいて、この後でも軽く切れるんですね(「床の霜」も「枕の氷」も、両方ともが「消えわびぬ」にかかるから、「枕の氷」で切らないと意味がおかしくなる)。この歌は、意味上の句切れは上の句と下の句の間ですから、なんと、切れるところが三箇所もある。上の句なんか、一句ごとにぶつぶつ切れているわけです。なだらかどころの話ではない。その上、和歌では対句というものをめったに使わないんですね。かたちが短すぎることもあるのでしょうが、なにより、対句というのは漢詩に由来するものですので、なんとなく歌がかたい感じになってしまう。それをあえて使っているわけですから、この歌は、極端にごつごつした出だしになっているのです。それが、非常に印象的なんですね、この場合は。がつんとつっかかるような歌い出しが、とても鮮明な印象を与える。こういう歌ばっかりがならんでいたら飽きてしまうでしょうが、新古今集ではこの前後にとくに調べのなだらかな歌(定家の直前には、前に紹介した俊成女の歌が置かれています)があるので、より効果的です。
ふつう、定家の作風にこうした調べの整わない、きついかんじの歌はそぐわないものとされています。実際にぼくの知っている範囲でも、こういう歌はあまりない。いわば、固定観念としての「定家の歌」からはかなり外れた外見的特徴を持っているのがこの歌ですし、それは、研究の上でも、批評の上でも、正鵠を得ているといっていいでしょう。─しかし、忘れてはならないのは、定家は古典和歌最大の職業歌人であるということです。彼は、貴族としては決して上流の家柄ではない(最後には権中納言になりますが、これは彼の家系では抜群の出世。そして、例えば藤原良経なんかからすれば、ごく若いころに任じられる役職)。政治力もあるとはいえない。そういう男が、まがりなりにも後鳥羽院のサロンに出入りし、時の摂政(良経)や有力貴族、皇族と関係を結べたのは、あくまで俊成の息子であり、かつ歌の才能に恵まれていたからなのです。いわば、和歌は彼にとって飯の種であり、ほかの貴族たちのような「教養」などではなく、一生を捧げるべき職業でした。彼は和歌のプロフェッショナルであったわけです。と、なれば、当然のことながら、和歌の巧拙はそのまま彼の生活にまで結びついてくる。ですから必死で勉強もするわけです。たしか、将棋の内藤国雄九段だったかが、「プロには得意な手というものはあってはならない。すべてが得意な手でなくてはならない」と言ったそうですが、まさしく職業歌人と、例えば後鳥羽院を筆頭とする趣味歌人たちの違いはそこにある。職業歌人である以上は、どんな歌風でも詠みこなせなければならないし(でなければ、例えば添削や批評などできないでしょう)、実験的手法にも旺盛に取組まなくてはならない。守りに入ったら、定家のような立場の歌人はいくらでも追いおとされます。ほかに職業歌人はいくらでもいる。だから、勉強して、新しいもの、自分らしくないものを積極的に摂取する。実際に、定家の家集(個人歌集)である『拾遺愚草』を読んでみると、古典和歌の歴史のなかでほとんどこの一首だけ、というような表現や言葉がたくさん出てきます。おそらく、この歌も、そういう背景から生まれたものではないでしょうか? 意識して、定家らしくないものを求めた実験的手法が、たまたま非常によい結果を生んだ作品だと思います。
霜やら、氷やら、やたらと寒いものが出てくるなあ、と思うかもしれませんが、それもそのはず、この歌も題詠です。題は「冬恋」。床(とこ)というのは寝床のことですね。なんでそんなところに霜が降りたり、氷がはったりするのかといえば、泣くからです。「面影の」の歌で説明したように、これもやや誇張した表現ですが、まあ割とよく出てくる比喩でしょう(ふたついっぺんにというのはめずらしいかもしれませんが)。でも、なかなか冬のイメージのよく出ている、いい表現だとは思いませんか? たしかに京都の冬の寒さは言語を絶しています。氷のひとつやふたつ枕の下にできていても不思議はない、と思うほどの日々が続きますし、ましてや、暖房設備の整っていない当時では、さぞかし寒い思いをしたのではないでしょうか。だいたい平安時代の寝殿造という建築は、夏は吹きぬけて涼しいものの、冬になると戸や几帳(一種のついたて)以外にはほとんど遮蔽物がないので、室内の温度が低かったであろうことは容易に想像できます。もしかしたら、屋内で氷が張るようなことがよくあったのかもしれない。だとすると、この表現は微妙なリアリティーを持っているということもできます(いやなリアリティーだ……。特にぼくは寒がりなので)。
おやおや、話が脱線してしまいましたが、まあ、それでなくとも、寒いというのはあわれを誘うものなのです(だいたい、どこの国でも―赤道付近をのぞけば―、「かわいそうな子」の文学的描写は、「寒空に裸足、お腹をすかせて」に決ってますしね)。この歌も、そこをよく突いている。例えば、「夏恋」の題詠もないわけではありませんが、そういう歌で暑さを取りあげることはない。沢の蛍のようにぼくの心もさまよっている、といったふうに詠んでおいて、ちっとも暑さなんか強調しない(京都の夏は暑いのに)。それが、冬の恋歌になると俄然寒さを強調するのは、やはり自分の孤独をにおわせ、少しでも相手の同情を引こう、という作戦なのでしょう。
次の、「消えわびぬ」という表現がとてもいいでしょう? ぼく、好きですねえ。「わびぬ」というのがなんとも心にくい言葉に思えてなりません。古典では、「~できない、~しかねる」という意味でよく出てくる言葉なのですが、なんとも言えない姿の良さがある。ただ単純に「~しかねる」というのではなくて、なかなかそうできなくて悩んでいる、苦しんでいる、というニュアンスが軽くうかがえるところに、余情があります。ここでは、消えかねているのは、床の霜、枕の氷、そしてもうひとつ、作者自身。消えるは死ぬの婉曲的な表現としてよくつかわれる言葉です。どうもこれほどに苦しいもの思いであるのなら、いっそ死んでしまったほうが楽なのだが、それもできなくて(彼らには自殺という発想はないから、自然に恋煩いで病気になるのを待っているのです)、また苦しいのだ、ということ。
結びも置かぬ人の契りに、という下の句は、なんということもないのですが、ここは歌全体としての倒置表現になっています。本来なら、下の句、上の句、の順番で書いたほうがわかりやすいはずですが、それをわざと逆にしているのは、最後に「人の契りに」(あのひとの約束のせいで……)と余韻を持たせて終りたいのと、自分のわびしさを倒置によって特に強調するためでしょう。「結びも置かぬ」という言いかたにも「も」という強意の助詞があって、わざわざ「結んですらもない」と、関係のはかなさに焦点をあてているのは芸の細かさですね。下の句は、上の句と違って、ひじょうになだらかな姿をしています。こういう場合の鉄則ですが、上の句であれだけごつごつとした調子を出したときは、下の句で対照的な処理をしないと意味がないのです。一首全体が上の句のようになってしまったら、それはもう歌としての生命を失ってしまっていることになりますし、そもそもせっかく詠みこんだ強い調子が、かえって目立たなくなってしまう。和歌は短いだけに、特に調べや姿といった外見的な対照の妙を見せるには非常に都合のいい文学形式なのです。
全体として、上の句では自分の世界に深沈としてとじこもっているイメージを抱かせるのに、下の句では、それが相手に向かってひらいてゆくのがよく感じられます。霜や氷という言葉の寒さを、上の句で上手に利用し、下の句では完全に切りすてたことがその成功の一因を作っているのでしょうが、さらにいうなら、この歌そのものが、かなり露骨なかたちで「謎かけ―謎解き」の構造になっていることも、その理由のひとつでしょう。上の句でやや奇抜な表現を取っているのは、それが読者に投げかけられた謎であるからです。作者は、上の句の奇抜さにやや戸惑っている読者を前にして、おもむろに、下の句に置いて「どうして『消えわびぬ』なのか」をゆっくりと説明してゆきます。この歌は、下の句にかかるまで恋歌であることさえも解らないような構成になっているのですが、こうした構造が、「相手に向かってひらいてゆく」歌の性格を作っているのではないでしょうか? いってみれば、作者が与えた謎、つまり自分の世界に沈み込む作者を読みとくための補助線こそが、下の句でイメージを与えられる「結びも置かぬ人」なのであり、謎の解明は、そのまま世界のひろがりにつながっています。
陰惨、ともいうべき感情を詠みながら、決して暗くはなく、むしろ、一首を読みおえたとき、ひろびろとした世界観を感じさせるのは、出だしの破調な強さのほかに、作者の、相手に向かってゆく心を清潔に感じさせる言葉づかいによるものでしょう。
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