雪香楼箚記

恋(3)_はかなくも






                                      醍醐天皇
       はかなくも明けにけるかな朝露のおきてののちぞ消えまさりける










 あっけなく夜が明け、朝露が降りている、私の命もまた、起きてみればあの朝露のように消えいりそうだ、という意味。おきて、は、朝露が置くことと人が起きることの掛詞。消え、も、朝露と詠み手の命の両方を受けています。醍醐帝は平安時代初期の天皇で、菅原道真を登用したことで有名な人物。即位中の元号から、延喜のみかどとも呼ばれ、後世からは名君として尊ばれた人でもあります。後醍醐天皇が、醍醐天皇に憧れて諡号を自分で決めたのは有名な逸話ですが(天皇の名前、つまり、桓武とか、後鳥羽とか、明治とかいうのは、本来はその天皇の没後に宮中の学者が考える、つまり戒名のようなもので、在世中に、しかも自分で決めるのは異例のことです。明治以降の四代は、一世一元の制によって諡号と元号を一致させているため事情が違いますが、それでも「明治天皇」という呼び方は、当人が生きているうちは用いません)、それは、この名君伝説に惹かれ、かつ、道真を登用することで藤原氏の権力を押さえ、天皇親政型の政治を行った醍醐天皇を理想としたからです。

 歌として言えば、いわゆる新古今調の複雑な味いにはやや欠けるものだと思います。定家のような歌人と比べると、あきらかに歌に出てくるイメージが淡すぎるのではないでしょうか。しかし、それがこの歌のよさでもあるのです。「その一」で後鳥羽院の歌を取りあげたときに、帝王調(命名者は折口信夫です)というものについて解説をしましたが、この歌は、あの後鳥羽院の歌以上に帝王調ののびやかさが感じられる作だと思います。ずらっと新古今調の恋歌が並んでいるところに、こういうふうな歌が数首混っているのもなかなかにいいもので、選者の編輯のうまさを感じさせます。

 イメージが淡すぎる、といいましたが、この歌の特徴はまずそこにつきると言っていいのではないでしょうか? 掛詞がふたつ、縁語がひと組(露と消える)というのは、いささか技巧的な要素がつよすぎますし、歌意としてもやや複雑なものが感じられなくもありません。そういう面からいうと、この歌はあまり帝王調の趣とは言えないでしょう。しかし、歌に出てくるイメージという点では、まったく帝王調そのものである。なにしろ、歌のなかの主要なイメージは、露、だけしかありません。朝を扱って、有明の月も、霞も、桜の花も出てこず、たったひとつの露というイメージだけで歌を詠んでいる。必然的に、生れてくるのは豪奢というよりは素朴な詠み口で、いっている内容は複雑なのに、すらりと流れるような言葉の調子を作りだす秘密にもなっている。

 恋歌も「三」のあたりになると、すでに、その……、登場人物たちはただならぬ仲になっています。「二」までの、度重なる手紙攻撃と、「あなたがつれないのでもう死んでしまいそうです」という脅迫めいた和歌の贈答と、長い長い片想いの結果として、はじめて男が女のところへ通ってきた明くる朝あたりから、「三」の和歌が始まるのです。しばしば言っているように、当時は男が女のところへ夜ごとに通ってくる妻問婚という結婚形式で、夕暮れにやってきた男は、朝になれば女のところから帰ってゆきます。このとき、明けきって日が高くなってから帰るのは作法に反することとされ、あくまでもまだ薄暗いうちにそっと女の家を出てゆくのが常でした。ことに「三」で扱われるような新まくらの時期なら、そうした作法が特に厳格に守られていたことでしょう。こうした、暁も暗いうちの別れを、後朝の別れといいます。後朝、と書いて、きぬぎぬ。きぬぎぬというのは「衣々」のことで、男女が閨で袖と袖を重ねて寝ていたのを、朝になってそれぞれ別れてゆくから、衣と衣が離れることを言ったものです。で、有明の月というのが、この後朝の別れには欠かせない。朝が明けるころ、空にうっすらと白く残っているのが、有明の月です。これが、後朝の歌でいちばんよく詠まれる歌題。

 この歌も、有明の歌こそ出てこないけれど、後朝の歌です。「命も消えそうです」なんて心細いことを言っていますが、前の晩はしっかり恋人と添い寝をしているのですから、片恋の歌とは言えない。古典和歌の恋歌を詠むうえで(ついでに言えば、源氏物語などの物語もそうですが)、いちばん大切なのは……、その……、まことに品がないのですが、ふたりの間にすでに実事があるかないか(あったとしたら何度目くらいか)をしっかり見極めることです。そこをはっきりさせないと話が生きてこない。この歌なら、実事ありで、おそらくはじめてのこと、というのがはっきりしないと、歌のよさもあまり目に入ってこないのではないでしょうか?

 はかなくも、という言葉が、「(夜が)明けにける」にかかっている、というのが、この歌のおもしろさです。まず第一に、夜が明けるのに、はかなくも、はかなくないもないはずで、要するにこれは、作者の主観を自然という対象物に投影しているのですね。つまり、普通ならちょっと違和感のある表現をあえて用いることで、読者の視線を集中するという効果をねらっているのです。そして、読者の視線を集めたさきには「はかなくも」という歌人の気持がしっかりと据えられているわけで、つまり、知らず知らずのうちに、我々は歌人の作った主観の世界のなかに引きこまれていってしまう。さらにそれ以上に大切なのが、第二の点。ここで作者がどうして「はかなくも」と感じているのか、という問題を、読者はちょっと想像してみる必要があります。あっけなく夜が明けてしまったというのは、もちろん恋人といっしょにいたから。もっとあなたといっしょにいたい、という意味ですね。しかし、それだけではありません。ここで大事なのは、この歌のなかにある「劇的」な状況なのです。

 劇的、という言葉、つまりドラマチックという英語の訳語は、日本語としては無定義にいい加減な使われ方をしているようですが、本来の意味としては、例えばシェイクスピアを思い浮かべてもらえばいいのです。『ハムレット』で、「なすべきか、なさざるべきか、それが問題だ」と主人公が煩悶する。父の仇を討ち、王位を恢復するという危険な賭博的行動をとるか、それとも、なにも気づかない振りをして安逸な現状維持の行動を全うするか、ふたつの感情にひき裂かれて人間が困惑する状況、これが本来の意味でドラマチックであり、劇的なのです。劇とは、元来、相反するふたつのものを身に背負ってしまった登場人物の煩悶を描くものであって、その対立が頂点に達するときドラマツルギーが生れるのですから。この歌のなかにも、それがある。先ほど、「実事ありで、おそらくはじめてのこと」というこの歌の読みときが大切だと言ったのは、ここの部分に関係するからです。

 いつの時代にも世間の常識というものがあります。上で言ったように、当時の恋愛では、朝も暗いうちに恋人のもとから帰るというのが作法であり、世間の常識なのです。もちろん、だれだってすこしでも長く相手といっしょにいたいという気持に変りがあるはずがない。当時の人にしても同じことです。ましてや、この歌ははじめて相逢うた二人なのですから、もっと愛情の余韻を確かめていたい、という気持は隠しようもない(ここが大事なところでして、なにごともなかったのなら、おそらく男と女はもっとあっさり別れてしまうはず。ひとたび割りない仲になってからのほうが、想いは深くなることはいうまでもないでしょう。だから、この歌は実事なしでは成立しない趣を詠んでいると言えるのです)。わざわざ言うだけ野暮というもの。夜など明けなければいいのに、ずっとあなたのそばにいたい。いくら逢っていても逢いたりない。その気持が夜を短くも感じさせ、あるいは「はかなくも」明けてゆくようにも感じさせる。

 ─しかし、だからといって、世間の目というものがある。世間の常識というものがある。せっかくの恋愛を、世間の常識を踏みにじることによってご破算にしたくはない(言ってみれば、後朝の別れというのは、今でいう、んー、例えば……、「女の子が新しい恋人を見つけたときは、元彼はどんなにつらくても『幸せにね』と明るく言って別れなければならない」なんて常識に相当するのです―ちょっと違うような気がしなくもないけど……―。つまり、「内心そうはしたくないし、つらいのだけど、そうしたほうが格好いいという世間の常識があるので、せざるを得ない」ということ。もちろん、「○○っ、行かないでくれっ!」と愁嘆場を演じようが、昼ごろ女のところから帰ってこようが、法律で罰せられるというわけではないのですが、世間でそういう態度は見苦しいと思われているから、見栄をはって我慢するということなのです)。「まあ、あの人って、いつまでもだらだらして、かっこわるいわ」なんて相手の女の人に思われてしまっては元も子もないですから、つらいけど帰る。

 帰らなくてはならないけど、帰りたくない。立ちあがった男のこころも、見送る女のこころも千々に乱れる。世間の常識がなんだ、という気がこころのどこかでしている一方で、所詮はそこから逃れられない意識があり、しかし、いつまでもいっしょにいたいという恋心もまた隠しようがない。これこそドラマチックというべき一瞬でしょう。ふたりの心のなかでそれぞれに繰りひろげられる、静かな劇的対立が、歌の底を流れるドラマツルギーとして取りだされている。だからこそ、この歌の初句と二句は重要なのです。西欧の戯曲であれば、その二律背反の状況を最後に解決するわけですが、和歌はそうではなく、どちらともつかない複雑な思いを味い、あるいは一方を選びながら他方にも思いを残したりしている。例えば、世間の常識との対決という点で言えば、イプセンの『人形の家』がありますが、この戯曲では最後にノラが家庭を捨ててしまいます。そこで幕切れ。ひとりの女としてつよく生きてゆこうとする人格を描いて、解決が訪れる。しかし、この歌では、そういう解決は訪れないまま、ひとたび世間の常識に従いながら、しかし、こころはそれに真っ向から相反するという状況が詠まれている。

 朝露というイメージを用いたのは、おそらく「はかなく」からの類推でしょう。夜に結び、昼には消えてしまう露といえば、はなかいもののというのは当時の常識ですし、とくに恋歌ではよく詠まれました。

                            読人しらず
  白玉か露かと人の聞きしとき露と答えて消えなましものを

という伊勢物語の有名な歌がありますし(現代語に訳すなら、「あれは宝石なの? それとも露なの?」とあの人が訊ねたとき、「露だよ」と答えて、その露のようにはかなく消えてなくなってしまえばよかった、というところ。芥川という段で出てきます。深窓の姫君を、業平とおぼしき男が盗みだすお話で、お姫さまですから露というものを知らないのですね。ところが、彼女をおんぶして道を急ぐ業平は、追っ手がかかっているので、ろくろく答えもせずに足を速めるだけだった。その晩、はなかく亡くなってしまった姫君を思って、後悔に襲われながら詠んだ歌です)、袖の露は涙の隠喩として非常によく用いられました。

 起きて、と、置きて、というのは、さほどにいい掛詞だとは思いませんが、まあ、これは王朝和歌のごく初期段階にある歌ですし、専門の歌人というわけでもありませんから、目をつぶってあげるべきでしょう。掛詞というのは、ほんとうはもっとわかりにくく掛けたほうが、印象が美しくなるのです。あるいは、思ひ、と、火、といった具合に、言葉の一部を利用したほうがきれいなのですね、なんとなく。おきて、という言葉を全部利用すると、いかにもこれ見よがしになってしまいます。それに、掛詞というのは、ひとつの言葉にふたつのイメージを重ねるものですから、当然のことながら、イメージをきれいに処理する技巧が必要になります。この歌では、「起きて」のほうはともかく、露が置く、のほうが、ちょっととってつけたような感じになっていて、そこが難といえば難かもしれません。

 じつは、この歌でぼくがいちばん素晴らしいと思ったのは、「消えまさりける」という言葉なのですが、この「まさる」という言葉の使い方、じつにいいと思いませんか? 意味としては、いっそう消えいりそうに思われる、ということで、「まさる」は「いっそう」に相当するのですが、これを現代語のように副詞で処理するのと、「まさる」という動詞を使って複合動詞で処理するのには、ずいぶんと雰囲気の違いがあります。古語のほうがずっとすっきりしていて、言葉の姿もよく、帝王調ののびやかで素直な感じがよく出ている。言葉の飾りがすくないのに、意味はゆたかなまま、という点では、ここは古語のほうに軍配があがるのではないかと思います。古典和歌のなかでは、あまり副詞は用いられないのですが、やはりそれには相応の理由があってのことなのですね。副詞は、言葉のなかでも特に劣化の早い品詞で、時代が変るとすぐに新しいものが登場するのですが(例えば、「とても」という意味の副詞は、「いと」「いとどしく」「はなはだ」「ことに」「きはめて」など、時代ごとに数えきれないほどあります)、これがいかにも言葉としておちつかない印象を与えたことと、やはり、和歌のような短い形式ではくだくだしい飾りになりがちである、ということが、おそらく主な原因なのではないでしょうか? 特に、王朝の時代にあった副詞なら、たいがいの場合、この歌のような処理で、意味の代替ができたのだと思います。

 むろん、いっそう、というのは、片恋のころに比べて今は、ということです。

                             藤原敦忠
  逢ひ見てののちの心にくらぶればむかしは物を思はざりけり

という歌とおなじ心ですね。これを、「君になんか出逢わなければよかったんだ」と解釈するのが、高校生なんかによくありがちな失敗ですが、それはそれで初なよさがあるものの、元の意味の艶麗さには比べようもないでしょう。この歌とてそれはおなじこと。後悔は、そして切ない恋慕は、深く相手の女を知ってしまったからこそいっそう深くなるのです。ただ、「あなたを知ってしまったから、もっともっと苦しくなってしまった」という心だけが、作者の、あるいは、この歌を読むぼくたちの胸のなかに、うっすらと立ちのぼってゆく。朝けのはかない露のように。


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