雪香楼箚記

秋(1)_鳰の海や






                                      藤原家隆
       鳰の海や月の光もうつろへば波の花にも秋は見えけり










 鳰は、にお、と読みます。水鳥の一種で、琵琶湖にたくさんいることから、鳰の海といえば琵琶湖のこと。鳰の海にうつろいゆく月の光がうつると、波の花にも秋の色があらわれることだ、が一首の歌意。「うつろへば」は、月の光が秋の色にうつろう、と、月の光が波にうつる、の掛詞。

 波の花というのが、いかにもいいですね。本歌があって、

                            文屋康秀
  草も木も色かはれどもわたつみの波の花には秋なかりける

という歌(草も木も色づいているのに、海に立つ波という花は白いままで秋が来ない)が下敷きになっていますが、こちらはあまり感心するような出来ではない。草、木、の縁で花を出しただけで、なんだかとってつけたようになってしまっています。こういう表現は実にむつかしくて、歌人の力量があらわれてしまうようですね。やはり康秀の作は家隆に比べると見劣りがする。

 どうしてそうなったのかと言えば、やはり月といっしょに波を詠みこむ趣向を家隆が思いついたことが大きいのではないでしょうか?
 月の光のなかで静かにうねる波、という幻想的なイメージを作りだすことで、波の花、という詩的な表現が一首のなかで浮きたたない条件がそろったのだと思います。「うつろへば」の掛詞は康秀の本歌の趣向を生かすためのおもしろい工夫ですが、やはりこの場合はそれ以上に、月に染められた波の花のイメージを考え出したことが趣を深めています。

 波を花にたとえたのは、おそらく白さからの類推ではないかと思います(ただし、鎌倉時代までの古典和歌では桜を白いと表現する例が非常に少ない、という研究がありますので、この点は留保つきです)。ただ、それをいきなり秋歌のなかで持ちだされても、ふつうは歌のなかのほかのイメージとあまりしっくりきません。康秀の歌は、それを理知というか、機知で埋めようとしているわけなのですが、どうやら、それだけでは整理しきれないイメージの混乱が残るようです。古今集の歌人たちも、紀貫之くらいの世代になれば(古今集の歌人は、よみ人しらず時代―第一期―、業平や小町の六歌仙時代―第二期―、貫之らの撰者時代―第三期―に分けられ、康秀は第二期の歌人です)、例え機知を趣向とした歌でも、そうしたイメージの処理をうまく行っているのですが、どうもそうしたレベルに康秀の歌はない。それに対して、家隆の歌では月の光という小道具を用意することで、上手にここを整理しています。月光は雪に例えられるほどで、古典和歌では白いものとして考えられていました。それを波の花(桜)に応用した感覚はさすが。

 月の光のうつろう、というのもたいへんきれいな言い方ですね。うつりゆく、というのともちがう、やわらかな響きがあってとても心地よい感じがします。秋だからといって月の光がどう変るということもないのでしょうが、感じかたの問題なのでしょう。現代の人は、外的存在から内的存在へ、という影響関係が唯一無上のものだと考えがちですが、「秋になった」という意識が月の光の印象を変えてみせるというほうが詩的な趣はつよい。意識による対象の操作、内的存在の外部への演繹。すべて新古今歌人の得意とするところでした。

 もうひとつ、月光が波にうつる、というのもちょっと洒落た表現ですね。あれはうつるというようりも、波が月の光にきらめいている、と言ったほうが正確なような気もするのですが、そこを「うつる」とあえて表現した(掛詞の都合はあるにしても)感覚はなかなかにすぐれています。

 秋の月といえばもっとさみしく詠もう、というのが古典和歌の常道といっていいのでしょうが、この家隆の歌はまったく逆でしょう。十五夜のころの月の光の、豊かで、みずみずしい感じがよく出ていると思います。歌人がひとり占めにした、月光の豪奢な光景。


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