雪香楼箚記

冬____駒とめて






                                      藤原定家
       駒とめて袖うちはらふ陰もなし佐野のわたりの雪の夕暮










 定家の代表的な作のひとつ。歌意は、馬をとめて袖につもった雪をうちはらうほどのもの陰さえない、佐野のあたりの夕暮は、というほどのこと。

 佐野は和歌山の歌枕で、万葉集に

                            長忌寸奥麿
  苦しくも降りくる雨か三輪が崎佐野のわたりに家もあらなくに

という歌(苦しいことだ、三輪が崎の佐野のあたりには家もないというのに、雨が降ってきた)という歌があります。この歌も、これを本歌としたものです。

 同じ定家の

                            藤原定家
  見わたせば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮

と似通った歌ですが、こちらほどものすさまじい雰囲気ではありません。「見わたせば」の歌にはまったくなにもなく、ただただ秋の夕暮だけが存在しているのですが、「駒とめて」の歌には、駒があり、旅人がいます。そして、それらを埋めつくすようにして降りしきる雪がある。寒々とはしていますが、しかし、どこか華やかな、ほんのりとしたあたたかみのある光景でもあります。おそらくそれは、人も、馬も、草木も、山も、里も、みなひとしく雪のなかにあるのだという、自然とのやすらぐような一体感が歌になかにあるためではないでしょうか。歌人はたしかに、「袖うちはらふ陰もなし」と雪に嘆いている。しかし、読者はそれを苦渋の声とは感じられないのです。それはむしろ、雪に悩みながら、しかし、両袖につもってゆく白いものに限りない愛しさをおぼえているような、作者の矛盾した心のあらわれにほかならない。

 雪は作者の目の前に降り、佐野の里に降り、歌のなかに降り、そして、読者の心のなかにまで降りしきる。ぼくたちは冬にいだかれるようにして、定家とおなじ雪片のなかに埋もれてゆく。豊かなつめたさ、そして静寂。


© Rakuten Group, Inc.
X
Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: