雪香楼箚記

冬____隔てゆく






                                      藤原俊成女
       隔てゆく世々の面影かきくらし雪とふりぬる年の暮かな










 この歌をもって「わくわくわか」四季の部の、そして全十一回の最後をしめくくる作品となります。以前にも申しあげたように、勅撰集の編纂においては、各巻の最初の歌(巻頭歌)と最後の歌(巻軸歌)には特にいい作品を置くことになっていて、さらに、巻一春歌上の巻頭歌と巻六冬歌の巻軸歌は、四季の部全体の巻頭歌、巻軸歌にあたるということで、なおいっそう念入りに名歌が選ばれました。その故実にしたがって、この連載でも、春歌の一首目と冬歌の五首目にはぼくの大好きな和歌を置くことにします。すなわちその、冬歌のなかの傑作こそが、この俊成女の一首。現代語に訳すと、遠ざかってゆく年々の、心に浮んでくる思い出をおおいつくすように雪が降る、そんな年の暮、というところでしょうか。ふり、は、雪が降る、と、世の中に古る、の掛詞。雪が降るように、わたしもこの世のなかで老いてきたことだ、ということです。

 なによりも、降りゆく雪のイメージが実に鮮烈で、ひとたび読めば決して忘れることのできない作品です。雨とは違って、ふと気づくと音もなく目の前に舞いおちてくる雪の、しかも、かならずしもおだやかな、すべてをつつみこむ降り方ではなく、なにかをくやみ、なにかを覆いかくそうとしているかのような激しい勢いのなかでの一瞬をとらえた描写が見事で、動的な光景でありながらも不思議な静けさを誘います。おそらく、この歌のなかの雪は絶えず降りしき、次々と軽やかな雪片が舞いくだって、たちまち目の前をかきくらすような、そんな速さをもったものなのでしょうが、それが、角度を変えてみると、容赦なく作者の身に過ぎてゆく時間というものの隠喩にもなっています。

 隔てゆく、の一句を、「過ぎゆく」というふうに訳していますが、ほんとうは、隔てることと過ぎることは違います。過ぎる、とは、そこからいなくなってしまうこと。けれども、隔てる、とは、そこにあるのにもう手が届かない、遮られた状態にあることです。過去は、過ぎさってしまったのではないのです。それは、すぐそばにある。私が、たしかに生きたはずのあの時間は、まだほんのついそばにあるのだ。ただ、人はそれをもういちど手にとって味ってみるわけにはゆかないという、ただそれだけのこと。―そう、この歌はつぶやいているように思えます。

 これほど愛しく、懐かしく、恋しい過去は、ほんのすぐそば、手の届くところにある。けれどももう二度と触れることはできない。触れようとすれば、それは思い出というまったく別なものに変質してしまう。人間はなにかに遮られるようにして過去と隔てられているのです。それはなにか? 雪か? あるいは雪のようにこの身に降りしきる時間なのか?

 そこで歌人は、絶望してもよかったはずでした。無情に時だけが過ぎてゆくわが身の現実。容色は衰え、在し日の恋など嘘のように感じられる毎日のなかで、大切にしまっておいたはずの思い出さえ時にさえられて遠く、現実感のないもののようにしか思われない。人生のすべてを傾けて、愛し、楽しんできたこの世界も、今はまったく無関係なもののように口を閉ざし、私を拒絶しているように見える。老いるとはただ時間を経るということではなく、時間に取残されるということでもあるのです。そこに、人が絶望を見たとしてもなんの不思議もない。

 けれども、すくなくともこの歌の作者はそうはしなかった。彼女は、雪のなかに絶望ではなく、希望を見たのです。

 たしかにこの歌にはしみじみとした感慨があります。自分がいかに老いたか、ということに気づいていささか驚き、また、みずからあきれてみせるような趣が底に流れていることは否定できません。隔てゆく、という一句にこめられた、世界に取残された人間の嘆きは、それほどに哀切な響きを秘めています。けれども、それは必ずしも絶望ではない。絶望であるならば、どうしてみずからの身を絶えず舞いくだる雪に例えることができましょうか。

 雪のよく降る年は豊年である、という民間伝承が今でも各地に残されています。実はこれ、まことに由緒正しい古代信仰の名残でして、古く万葉の昔から降りつむ雪は吉事の象徴とされてきました。例えば、新古今集の

                            藤原良経
  み吉野は山もかすみて白雪のふりにし里に春は来にけり

のように(吉野の里は山もかすんでしまうほど雪が降りしきって、遠い昔からのこの里にも春が来たのだなあ)、しばしば勅撰集春歌の巻頭歌が降りしきる春の雪を詠んだ歌であるのは、このような考え方から縁起をかついで、一年のはじまりを祝福したためです。

 空から降ってくるもので、もうひとつ日本人の好きなものに桜の花びらがあります。落花の美についてはいちど触れたことがありますが(「その三」を参照)、あれとは別に文化人類学的なレベルで見てみると、これも一種の豊穣信仰がかたちをかえたものなのです。サクラという言葉をみればわかるのですが、クラは神さまのよりしろ、つまり、神さまが天から下ってきてひととき宿っている場所、という意味。そして、サは、まだきちんとした語義はわかっていませんが、早乙女(稲を植える娘)、早苗(稲の苗)、五月(稲を植える月)など、農事、ことに稲に関係する接頭辞であろうと考えられています。つまり、桜は稲の神さまが宿る木。その花びらが地面へと降るのは、そのまま大地が稲の魂を宿したということになります。

 おそらく、豊かに降りしきる雪もまた桜と同様で、古代の人々は、天から舞いおちる白くてちいさなものは、神さまが宿るもの、と考えていたのではないでしょうか。ですから、雪や桜が盛んに降るということは、神さまがたくさん大地に宿るということであり、ひいては豊作の前兆であって、吉祥のしるしである。―たぶん、雪や桜の散りぎわになると、やたらとうきうきするのは、そうした古代の信仰がかたちを変えて、きっとまだ、ぼくたちの心のどこかに宿っているからなのではないかと思います。

 そしてそれは、俊成女であっても同じことなのです。目の前の光景をかき消すほどの雪を見て、まだまだ古代の名残が色濃くあった時代の人である彼女が、そこに絶望を見るはずがありません。いや、むしろ、そこにあるのは、なんとなく、現代人であるぼくたちにも伝わってくるような、ぼんやりとした明るさ、希望の予兆のようなものです。それを彼女ははっきり意識していた。

 降りしきる華やかな雪に託すのには、絶望よりも希望のほうがはるかにふさわしい。きっと、この歌の作者とてそう考えていたのではないでしょうか。たしかに作者は老いた。世界に取残され、美しい日々は過ぎさり、今やその思い出からも隔てられようとしている。その身にあるのは冬のように寒々とした老いでしかない。それはたしかです。しかし、下の句で作者は、だが、それがどうしたのだ、とちいさくつぶやいてみせる。冬であろうと、老残であろうと、それがどうしたのだ。冬のうちには雪も降るだろう。華やかに、美しく、豪奢に、あたたかく雪が降りしきり、そして、その先には祝福された春が、あるいは未来があるのだ。

 そう、人は、単純に老いて死ぬのではないのです。いや、老いるのではなく、むしろ深まると言わねばならないでしょう。年々が四季を経巡るように、人もまた四季を経巡り、そのたびに深まりを加えてゆくものにほかなりません。そして、それは決して、朽ちはててただ死への道をたどるだけの老いとは同じものではないのです。あたかも螺旋階段のように、ひとつの輪を永遠に繰返しながら、けれども着実に生というものを深く充実させてゆく……。人は、直線的に成長するのではなく、あるいはまた、ただ老いくちるのではなく、ゆるやかに永遠の循環のなかに生を置いているのではないでしょうか。

 この下の句から聞こえてくるのは、決してさびしくは降らない、むしろ例えようもなく豊かに、華やかに降る雪の光景であり、あるいは、そうした作者の声なのです。彼女は、私は老いた、という。しかし、老いた私には、老いた私の希望があり、祝福がある。生は永遠に美しく輝くものであり、過ぎさった過去を悲しんではならぬように、現在という時間をもまた悲しむべきではない……、と言おうとしているのです。だからこそ、この歌は古りゆくひと年を懐しみ、その彼方にある過ぎさった年々を懐しみつつ、一方で、来るべき新しい春を拒否していない。やわらかく祝福された春を受入れ、老いた身に新たなひと年を重ねようとする希望に満ちあふれているのです。

 この歌のなかには時の無情さがあります。けれども、作者はその無情さの前に倒れふしたのではない。むしろ無情の時のなかで生きてゆかねばならないからこそ生れてくる、そのような希望もあるのだ、と読者に語りかけているのではないでしょうか。若さに希望があるように、老いにも老いの希望があるのだ、と、そして、生とは絶えざる希望なのだ、と……。

 雪はまた、目の前から老いの絶望をもかきくらしてゆくのです。


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