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雪香楼箚記
第2章
1
そのかみ志賀直哉には小説の神様といふ綽名があつて、代表的な名文家と言へば彼のことだつた。当然戦後の国語改革のときも意見を求められてかう書いてゐる。曰く、「日本語は文化の発展を阻害してをり、このたびの大戦もこの言語に責任の一端がある。それゆゑに、よくは知らないが世界でもつとも美しい言語であるといふフランス語を国語としてはどうか」。まつたくものすごい意見で、何から何まで理屈がをかしいと言つても構はないだらう。まづ日本語と文化的発展の阻害の間に合理的な関係性があるかないかをきちんと論証してゐないし、例へ百歩譲つて日本語が弊害の多い言語だとしても、それを捨てて別な言語を国語にしようといふのはあまりに乱暴である(それこそフランス語に習つて、学士院のやうな組織を中心とした日本語改革作業でもやるといふのなら話は別だが)。第一そんなことをすれば、我々の社会は『万葉集』とも『源氏物語』とも『坊ちやん』とも隔絶したものになり……、『暗夜行路』の印税は志賀とフランス語訳者で折半することになるぢやないか。
中学生のころ私はいつぱしの文学少年で志賀直哉のことを何となく偉い人だと思つてゐたのだが、ある日全集か何かの年譜でこのことを知つて愕然としましたね。それは中学生でも理窟のをかしいことが解るやうな意見であり、どう考へても小説の神様と言はれる人が述べる意見だとは思へなかつたからである。そしてそれ以来彼のことを少し軽蔑しながら『城崎にて』や『暗夜行路』の文章に魅了されてゐたのだが、しかしそのことは誰にも言はないでおいた。天下の志賀直哉の意見を認めないなんて私のほうがをかしいやうな気がしたから。
しかしこの国語改革の意見に関しては私が正しかつたみたいだ。大野晋氏のやうな大学者が志賀直哉を『日本語練習帳』のなかで完膚なきまでにこき下ろして「志賀は確かに文章の名人、名工だつた。しかしいくら腕が立つても所詮職人に過ぎず、つひに世界や文明といふものを理解できない視野の狭さがあつた」といふ主旨のことを言つてゐるのである。大野氏は敗戦経験を通して国語こそが一国の根幹であると考へ、日本語が合理的か非合理的かといふ命題に取組んできた研究者であるから、この志賀批判には千金の重みがあると言へるだらう。「はじめにことばありき」といふ聖書の一句が指し示すやうに、言語は人間と文明にとつてもつとも重要で根元的な存在にほかならない。そしてそれゆゑに国語学界の第一人者は、言語をいとも簡単にすげ替へようとする志賀の態度に対してここまで鋭い批判を行ふのである。
ここで我々は井上ひさし氏の名著『吉里吉里人』を思ひ出さねばなるまい。この小説にはじつに様々な現代社会の問題点がくつきりと捉へられ、非常に複雑な性格をもつた作品に仕上つてゐるのだが、そのなかでももつとも注目を引くのは言語の問題であらう。東北の天地で吉里吉里国が成立した瞬間からいはゆる東北訛の日本語は吉里吉里語へと名前を変へ、日本語とはまつたく別の言語として認識されるのだ。例へば『坊ちやん』も『雪国』も吉里吉里語訳版が出版され、日本放送協会の番組に出演する政府要人たちがわざわざ「自分たちは日本語が解る」と断りを入れることを見てもそれは明かである。逆に言へば吉里吉里国を成立させる要素のひとつとして、日本語と東北ことば(吉里吉里語)の差異を挙げることができるし、現に司馬遼太郎はこの小説を「言語と国家の関りを描いた唯一の作品」と評した。考へてみれば吉里吉里人は人類学的に言ふと日本人と変りはないのであるから、一民族一国家といふ民族独立主義に基いて独立したわけではない。猥褻規制や、自衛隊や、農業問題を巡る考へ方をはじめとした社会的な諸問題について日本国のやり方が飽き足らないと思ふひとびとが集つて吉里吉里国を作るのであり、それゆゑに吉里吉里国民とは人種や民族といつた即物的な条件によつて成立するのではなく、たまたま列車で通りかかつた日本国民であつてもこの国の打出す考へ方に共鳴すれば国民に成り得るのである。いはばさうした思想的、観念的な問題における同意が吉里吉里国民たる条件であり、そしてさういつた手ざはりのない観念的な諸問題のもつとも象徴的な意味における代表こそが言語の問題であると言ふことができるだらう。すなはち筆者はこのなかで、ひとつの集団が「自分たちは他の集団とこの点でまつたく違ふ」といふ認識を得るための媒介としての言語を取上げ、それゆゑにあれほど振仮名の多い表記方法を取つたのではないか。
そしてこのやうな井上氏の考へ方は、志賀を批判する大野氏の日本語観と根本において共通するのではないだらうか。ひとつの集団が成立する上でどうしても欠かすことのできない要素としての言語。すなはち集団における自己同一性のための手段としての言語。大野氏の意識にはそのやうな言語観があり、日本人は日本語によつて生きるしかないといふ堅い決心が秘められてゐるのである。さう、吉里吉里人が吉里吉里語によつて生きることを決意したやうに。
2
フランスとスペインの国境にまたがつてバスクといふ地方があり、両国とは人種も言語も違ふひとびとが住んでゐる。有名なベレー帽の発祥地でなほかつフランシスコ・ザビエルの故郷でもあるこの土地は、もともと独立的に共同体を営んでゐたものを仏西両国が近代国家としての強権を持ちはじめてから領土の一部に繰込んでしまつた。それゆゑことにスペイン側において独立運動が盛んで、今では自治政府が置かれてゐるらしい。
司馬遼太郎は『街道をゆく』のなかのひとつとしてこの地を選び、《南蛮のみち一》を書いてゐる。幼いころから中国辺境の民族に深い興味を抱き続けた作家らしく独自の視点による選択だが、この本によると自治政府が一番最初に取組んだ課題はバスク語の復活と普及であつたと言ふ。欧州の言語としては例外的なことにこのことばは日本語と同じやうな膠着語であるから、スペイン語で生活してきた大半のひとびとがこれを覚えるのは並大抵のことではなかつたらうと思ふのだが、自治政府とバスク人たちはこの困難な作業を成功させた。彼らにとつてバスクがバスクであることを証明する手だては、ベレー帽とバスク語しかなかつたからである。
近代国家といふものほど難しいものはないであらう。人間が漫然と存在してゐるだけでは成立せず、彼らが何事かによつて団結して(米国の合衆国憲法のやうに)、近代的な市民といふ性格と自覚を持つてゐなければならない。近代国家は市民と国家の間の社会契約によつて成立してゐるのだから、我が国はしかじかといふことによつて団結するのであつて他国とはかういふ点において違ふといふはつきりとしたもの(国民としての自己同一性と言つてもよいし、社会契約における契約内容とも言へる)がなくては、社会契約が成立しなくなつてしまふのだ。しかしながら一方で現代社会の趨勢が諸国民の協調と融和を目標に掲げて悲惨な戦争を駆逐してゆく点にあるのは言ふまでもないことであるから、それを阻害する偏狭な愛国主義や国粋主義によつて国民が団結することは避けるべきである。例へば国によつては憲法において「偏狭な愛国主義を排す」と明記されてゐるところもあると言ふ。さらに言へば米国合衆国憲法、あるいは中国ふう共産主義こそが最高のものであり、人類は皆これに従ふべきだといふ自国の価値観の押しつけ(朝鮮戦争のやうな悲劇はそこから起つたものではないか)を排さなくてはならないことは言ふまでもない。我々はむしろかうした価値観のなかの長所のみを集めることで人類全体が何の違和感もなく参加できるやうな根本的な決り事へと普遍化させてゆく必要があるのだが、かと言つてこのやうな国際協調、国際化の潮流にあつては、いよいよしつかりとした一国の自己同一性を確立しなければ国家など解体しかねないだらう。この相反するふたつの命題を統一し、人類の将来に貢献できるやうな形での国家団結のための手段を選ぶことこそが二十一世紀へ向けての最大の課題なのであらうが、残念なことにそれを発見してゐる国はほとんどないとしか言はざるを得ないのである。国家の自己同一性を追求するあまり右翼思想に傾くか、あるいは逆に世界主義を鼓吹するあまりに自国の文化や伝統までを一切失つてしまふかの両極端の状態が大半ではないか。
しかしながら微々たる例外はあつて、そのひとつがバスクにほかならない。《南蛮のみち一》を思ひおこして戴きたい。司馬遼太郎がバスクを旅する間ずつと触れ続けたのは、第一に船乗り(バスク人にはなぜかこの職業が多い)とザビエルに代表されるバスク人たちの国際社会への希求であり、第二に自治政府のやうな自己同一性への希求だつた。そして第三に、そのふたつの相反する希求を矛盾することなく達成することを可能とするバスク語の問題がある。
バスク人たちは非常に賢明なことに、ことばといふ団結のための媒介を見つけだした。ナチスのやうに民族の優越を説くでもなく、愛国心の強制や国粋主義でもなく、ましてや彼らの文化を捨て去つて故郷なき世界市民となるわけでもなく、バスク語といふあまり派手ではない道具を探してきて、それによつて国民(?)が纏らうとしてゐるバスク自治政府の叡智について、司馬遼太郎は何度も言及しててゐる。じつに素晴しいことであるが、バスク語は国際化の潮流のなかで他者を不用意に傷つけることのない安全な道具であり、同時にひとつの集団が団結する上での媒介としての役割を充分に果し得るといふ、得難い存在なのだ。そしておよそ全世界において、言語を以て団結の媒介とするといふ妙手を発見し、しかも実行に移して成功したのはバスクだけであらう。いはば彼らは『吉里吉里人』の世界を実地でいつてゐるのである。
3
司馬遼太郎がバスクといふ集団に目を向けた理由のひとつに、近代国家の善悪といふ点が挙げられる。フランス革命以降各地で成立した近代国家は一面においていまだ明確な国民国家の意識を持たない共同体を併合してゆく帝国主義的な様相を秘めてをり、国民団結の媒介として愛国主義を謳つてゐることが多かつた。例へばフランス人たちは義勇兵を讃へる国歌を歌ひながら革命を遂行し、さらにはバスクを自国の一部にしてしまふ。革命以降の自由と平等の国を愛し、愛国心を中心として団結するがゆゑにフランスがより広大な国家になることを望み、バスクを併合して平然としてゐるのである。フランスやスペインにとつて正義であり善であつたはずの愛国心が、バスクにとつてはただの悪でしかない。
筆者はバスクを巡るこの相克を見つめながら、近代国家における国民が団結のための媒介として選んだ愛国心について非常に複雑な顔をしてゐる。愛国心の害、残酷さ。さういつたものの被害者として眼前にバスクが存在し、二十世紀の現代においてやつとそこから立直らうと努力してゐるといふ事実を前にして、司馬遼太郎はかなり苦々しい気持によつて愛国心を振返つてゐるのだ。そしてそれは暗黙のうちに近代国家といふものへの批判的な態度へと繋つてゆく。
司馬遼太郎は『竜馬がゆく』以来一貫して近代国家といふものを評価し続けてきた作家にほかならない。そして自己を捨ててひとつの共同体の将来を案ずるといふ愛国心(土方歳三の幕府に対する気持までをも含めた)についても決して毛嫌ひすることなく、一定の評価を下してきた。その彼がここに到つてごく仄かな形であるとは言へ、近代国家の愛国心といふものに疑問を差挟んだのである。これは何を意味するのだらうか。
著者がバスクの地で感じたものは近代国家の愛国心による犠牲者たちへの同情であつたに違ひあるまい。そしてその感情はバスクといふ個別的な存在を抜け出て、広く帝国主義の惨禍に遭つた国々に対するものへと成長していつたのであらう。もつと端的に言へば、日本が十五年戦争を通じて侵略した中国、朝鮮をはじめとする国々への同情と悔悟の念であり、そしてさういふ戦争を遂行する愛国心といふ代物への嫌悪であり、さらにはこれからの世界にあつて日本人はさういふものによつて国民としての自己同一性を確認してはならないといふ気持ではないだらうか。
ここまで言へば、筆者がなぜバスク語復活の取組みをあれほど熱心に書いたのか疑ふ余地はあるまい。国民団結の媒介としての愛国心。それがいかに危険で、他者を傷つけやすいかといふことをバスク人たちは身を以て証明してゐる。バスクの地にあつて司馬遼太郎は愛国心に代る団結の媒介としてのことばに気づき、そのことを《南蛮のみち一》のなかで発信し続けてゐたのだつた。近代国家形成の上で不可欠の要素である国民の団結と、国際化といふ名の普遍性への志向といふふたつの命題を無理なく満たすための媒介としてのことば。著者はこれをバスク人たちの偉大な発見として称賛し、これからの国家(ことに日本)を運営する上で参考にすべく、我々に語りかけてゐるのである。(これによつてあつさりと解ける謎がひとつある。司馬遼太郎が晩年に並々ならぬ執着を見せた主題として土地と日本語のふたつがあるが、国土と言語といふ危険性のない媒介こそ二十一世紀の世界にあつて我々日本人が自己同一性確認の手段とすべきものであると彼は考へたのではないだらうか。そして日本語について言へばこの《南蛮のみち一》にその萌芽が見られるのである。)
そしてここで冒頭の志賀直哉の国語改革論と『吉里吉里人』に立戻つて考へてみるならば、大野晋氏が志賀を批判した根底には「日本人が日本語を捨ててしまつては、これから来る国際協調、世界一元化の社会にあつて何によつて日本国民の自己同一性を証明するのか。戦争中の愛国心のやうに害の多いものではなくてしかも国民団結の媒介になるものが、日本語以外に存在するのか」といふ考へ方が流れ、井上ひさし氏には「人間はことばによつて外界を認識し、生きてゆく動物である。それゆゑに人間の集団である国家もまたことばを重んじ、国民どうしはことばによつて団結すべきなのではないだらうか」といふ精神が厳然として存在する(だからあれほどことば遊びが好きなのだらう)のではないか。そして彼らの精神は司馬遼太郎のそれと共通し、さらにはバスク人たちと呼応しあふのである。
二十一世紀に生きる国々は、愛国心といふ危険な武器を捨てて、ことばに拠らねばならない。バスクこそ我々のお手本なのだ。
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