日暮趣くままに

日暮趣くままに

1985年の中国


大学4年に進級する直前の1985年3月下旬から5月初旬までリュックを背負って中国を旅しました。
旅のきっかけは、三国志の諸葛孔明への憧れを以前から持っていたことと、北京に留学中の中学時代の友達が、冬休みに帰国した折に遊びにおいでと誘ってくれたことによります。あの頃の中国はまだ個人旅行では直接入国出来ないような状況だったので、友人がいなければ決して行かなかったと思います。
3月の下旬、夕暮れの成田をキャセイで一人飛び立ちました(当初はもう一人の友人と一緒に行く予定だったのですが、出発直前にドタキャン)。
一人で50日もリュックを背負ってなどと書くと旅慣れた感じがしますが、実際には本州から出たこともなく、一人旅も初めて、もちろん飛行機も初めてでした。
深夜10時過ぎに香港着、入国手続きと翌日の広州の宿泊までは、「地球の歩き方」に載っていた旅行者に手続きを依頼しました。
出発前の予定は、香港⇒広州⇒桂林⇒成都⇒昆明⇒長安⇒洛陽⇒北京。基本的にはすべて火車、宿泊は前半はドミトリーたまにはシングルでゆっくりシャワーでも浴びようなどと考えていましたが、現実はかなり異なる旅となりました。
香港⇒広州⇒桂林⇒貴陽⇒長安⇒北京。これが実際の旅程です。
☆広州
 ここでは観光の思い出はあまり残っていません。当時は人民元と(外貨)兌換券という2つの通貨があり、交換レートは兌換券100元に対し人民元150~180元とガイドブックにあり、自分は200元を100対170の交換レートで闇で交換したことを覚えています。兌換券の場合は国内どこでもフレンドリーショップ(以下、友誼商店)で買い物ができ、アルコール類はすべて免税でした。ファンタやコーラよりもバドやキリンが安く、私はハイネケンを水替りに飲んでいました。一方で街中の買い物は人民元でします。後に記す貴陽の屋台では兌換券は見たことがないらしく、夫婦でなにやら笑いながら話し、兌換券は返され、ただで食べさせてもらったことを鮮明に記憶しています。

つづく


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