ママのSerendipity-セレンディピティ

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Essay4


        親孝行

       30代の後半までいわゆるパラサイトシングル、
       私は一人暮らしにあこがれながらもきっかけを逃し親元にずっといた。

         うちの両親は子供の頃は厳しかったが、社会人になると自分の責任でなんでもさせてくれた。
       だから私は比較的自由に生きてこれた。
       付き合ってる人のことを根掘り葉掘り聞くでもなし、
       海外旅行は危険だからやめろなどとは言わなかったし、
       やれ結婚だ、それ結婚だと世間体を気にして嫁にやろうなどともされなかった。
       それがかえって一人暮らしのきっかけを逃した理由かもしれない。
       弟は一般的な年齢で私より早くに結婚し、両親と私の3人、そういう時代が長く続いた。

       うちは少し変わっていた。

       商売人だったので両親とも働いており、私が30歳を越えた頃には
       それぞれが好き勝手に自給自足だった。
       自分のことは自分でする、つまり掃除、洗濯、食材の買い物は各自が行う。

       みんな帰りの時間がまちまちで、特に父はお酒が好きでよく飲みに行っていた。
       今は歳のせいか控えているようだが。
      (単にお酒を飲んでくるだけで、帰宅後必ずごはん系を少し食べたい、というものだから
       クセが悪い、とよく昔母はぼやいていた。)
       そうかといえば配達の仕事が早く済んだ日は、誰よりも早く帰り、風呂を済ませていたりした。
       私は私でOLの頃は週に2,3回は外食という時期もあった。
       母はそんな二人の世話にはついて行けなかったのだろうか。
       誰が言い出すわけでもなく、いつしか冷蔵庫の庫内の段にそれぞれの場所ができた。
       2段目は私、3段目は父、一番下は背の低い母。
       そして一番上はみんなの共通場所。
       こんな家庭があるだろうか、と笑える。

       平日はそれぞれがそれぞれの食材で食事を済ませる。いわゆる「個食」ともいう状況。
       各自で好きな時間に好きなものを食べる。
       一見家族と言うより「同居人」だ。
       でも決して仲が悪い、とか家庭内分裂というのではなく、週末みんながそろう時には
       お鍋や、鉄板焼きなどわいわい食事を楽しむことも多かった。
       何より「食」にこだわる家庭だったし、外食もよくしたものだ。

       今ではそういう状況に育ったことを感謝している。
       私は自由と自立の両方を与えてもらっていたのだ。
       愛情に飢えることもなく、家計費を入れていたといえ家賃を負担するでなく…。
       そしてたぶん人より長い間、両親と同居でき、甘えることができた。
       風邪などの病気の時、それは身にしみたものだ。

       今妻になり、そして母になった。
       日増しに子供に戻っていく(年寄りになる、というよりも)両親に会うたび
       一般の人より長目に両親のそばにいたことは、ささやかな親孝行だったかも、
       と思うようになった。
       こんなこと言うと「ぬくぬくと甘えていたくせに何言ってんの」
       と母親にあきれられるかな。
                                                                2006.3

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