・待機児童解消のために

保育園待機児の現状

保育園、進まぬ待機児解消策――企業参入に厚い壁
 「3年間に15万人分の保育園を」――。待機児を解消するため、新しい目標を政府が定めた。その新設保育園の主役として期待されているのが企業である。だが、この新参者へ既存の運営者が「抵抗勢力」としてたちはだかる一方で、企業側も及び腰だ。計画の実現性を占ってみた。

 認可保育園に入れない待機児の解消は少子化対策の重要課題。今年4月時点の待機児数は、2年連続最多の大阪市で2000人弱。横浜、東大阪、堺などの各市が昨年より増加し、1000人以上の自治体が昨年より2つ増えた。総数は全国で約3万人に上り、この数年ほとんど変わらない。保育園の新増設が進まないためだ。
 政府が昨春打ち出したのが事業意欲おう盛な企業への門戸開放。これまで自治体か社会福祉法人しか運営できなかったが、株式会社や有限会社にも広げた。

目標は15万人増だが

 次いで今回、2004年度までに保育園児15万人増と具体的な数字を掲げた。内閣府の男女共同参画会議に設置した「仕事と子育ての両立支援策に関する専門調査会」(会長・樋口恵子東京家政大教授)がまとめた報告書を受け、7月初めに閣議決定。昨年度から始まった新エンゼルプランに「5カ年で0-2歳児を10万人増」とうたわれた計画を拡充させたものだ。
 ところが企業参入に対し、保育園の運営責任がある地方自治体などが反対を唱えている。名古屋市は今後3年間、認可保育園の運営を企業に許可しないことを決めた。同市の待機児は昨年より増え、537人と全国9位。「保育には営利を目的とする事業者はなじまない。国の規制緩和策といえども、市は独自に判断した」(児童家庭部)
 全国一の待機児を抱える大阪市でも「来年4月時点になったら企業参入を検討したい。それまで企業には社会福祉法人の形態をとってほしいと説明している」と事実上の門前払いだ。

ガード堅い福祉法人

 「この4月に、新築や定員枠を広げて980人も入園児を増やした。ところが、予想以上に新規の入園希望者が多く結果的には待機児があまり減らなかった」と、読み違いを認める。来年4月までには「増築などで660人の定員増を見込める」と言うが、その3倍の待機児の解消にはつながりそうもない。
 自治体と並んで認可保育園を運営する社会福祉法人の全国団体もけん制球を投じている。「我々の運動の成果だ」と満足げなのは日本保育協会(東京)の菅原善昭常務理事。専門調査会の報告書に盛られた「新設保育園は企業と非営利法人を中心に」という個所に社会福祉法人を追加させたことを指す。「企業に主導権を渡さないぞ」とくさびを打ち込んだようなものだ。
 これを聞いた調査会の委員である八代尚宏・日本経済研究センター理事長は「社会福祉法人に任せておけないから新しい策を練ったのに」とあきれる。
 「自民党の議員に協力してもらった」と菅原理事は明かす。その時に配布した同協会の文書には「保育に営利を持ち込むのは反対」とある。結局、「修正したため閣議決定が2週間遅れてしまった」(関係者)。
 企業側はどうか。昨春の規制緩和以来、全国で参入したのはわずか7社。「規制が厳しく採算が取れないから」という。そのうちの一つ、7月に開園したすくすく保育園(神戸市)に子どもを通わせ始めたAさんは「これまで通っていた公立園より保育時間が長くていい。臨機応変に対応してくれ、保育士も若く子どもが喜んでいる」と歓迎する。

自由な運営できず

 だが省令で剰余金が出てもその園以外へは使えず、「広域展開などへの再投資ができない」と、運営するウイシュ神戸の矢寺紀美代社長は嘆く。「家賃や内装改修費はすべて持ち出し。これでは採算が取れず資金回収できない」。社会福祉法人には建築費に多大の補助金が出るのに企業には出ない。自由かっ達な運営が利用者には好評だが、経営に自由がないのが実情だ。
 さくら保育園(東京・江戸川)では、「園児数が当初計画に達しない。募集を自前でできず、自治体任せなのがつらい」と嘆く。
 こうした障害のためチェーン展開を期待できる大手企業が寄りつかない。死亡事故を起こした東京・池袋のちびっこ園のように安全面を懸念する声もあるだろうが、認可保育園なら自治体が基準に照らして監視するので心配はない。むしろ企業の参入を妨げる姿勢こそが問題だ。小泉首相自らが所信表明演説で掲げた「待機児ゼロ作戦」の実現性は相当難しいようだ。(編集委員 浅川澄一)


<日経新聞2001/8/9>




© Rakuten Group, Inc.
Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: