★天使の部屋★

がっくんの病気


逆子が治らなく、帝王切開で産むはずだったのに陣痛がきてしまって、
自然分娩で生みました。
生まれたとき、旦那と私の母が分娩室まで見にきました。
私の母が(あれ??この子、何か変じゃない??)と言いました。
私も、なんか長男と違うなーー??と思いました。
旦那は(そうかーー?変わらんぞ。)って言ったと思います。
その時看護婦さんが私にきずかれない様にうちの母に(あとで話します)
と言っていました。
この時看護婦さんは私にはなんでもないよーって言ってました。

その夜がっくんの呼吸が止まったらしく、先生と看護婦さんの処置で1度は良く
なったのですが、次の日大きな病院に運ぶことになりました。
次の日の朝、旦那と私の母が救急車に乗ってがっくんを連れて行きました。
ここからの事は,私は旦那から聞いたことです。(私は、まだ入院中なので。)
近くの市民病院に運ばれてから、あと、2.3日しかもちません。
と言われたそうです。 ここでは何もできないので名古屋の大学病院に運びます。
と言われ、またそのまま救急車で運ばれました。

そこでも、1週間、もって半年と言われたそうです、、、。
それからがくとは、NICU(新生児集中治療室)で1ヶ月ぐらい入院しました。
そのうちに、私の体調も良くなりお見舞いにも何度か行くようになりました。
私は、まだその時はがくとがそんなに大変な病気だとは聞いていませんでした。
旦那と私の母、父、旦那の母、父、と相談して産後のひだちが悪くなるからと、
私には、大丈夫と言っておくように決めたようです。
その時は(何で早く教えてくれなかったの??)と思ったけど、今はみんなが私を思ってしてくれたことだとありがたく思っています、、。
がくとの病名は、ダウン症と心内膜床欠損症、肺動脈閉鎖、動脈管開存、大血管転位症、多指症、難聴でした。
しばらくたって、私も病名を聞き大変な病気だと知りました。

がくとが2ヶ月ぐらいになってから小児科病棟に移り、私も24時間付き添いで入院することになりました。長男としばらく離れるのがさみしかった、、。
3ヶ月ぐらい入院し、退院が決まりました。
毎日朝、昼、晩とかかさず飲まさなければいけない薬。
いつ状態が悪くなるか分からないと、さんざん言われ退院しました。
それから、毎日ドキドキしながら家に居ました。

そして、1歳8ヶ月手術ができることになりました。
安定した肺への血流供給の道をつくるための手術です。
その手術も無事に終り、まだまだがっくんの手術ありますががんばります。

最後に。。
がっくんの病気によっていろいろな人に、迷惑をかけ、助けてもらって
いろんなお母さん達と友達になっていいことも、悪い事もたくさんあったけど、
これからも よろしくね。(^_-)

プー皆




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