青空と木洩れ日

青空と木洩れ日

2021.11.27
XML
テーマ: 在宅介護(1564)
カテゴリ:
先日、墓前に供える造花を買った帰り道、
買いに行かなくちゃと思っていた造花が買え
それも綺麗な花が沢山あったので
嬉しかったしほっとしたのに、
なんだか寂しくて
気が付くとバッグを持っていない右手を
誰かの手でも握っているように
握ったり緩めたりしています。

普段そんなことはしないので
あれ?小さい子でも連れてるつもりになってる?と
(親戚の小さい子の面倒を見る事は
たま~にあるので。)
思って考えたら、母と外出する時は
よく手を繋いでいたのを思い出しました。

2012年頃から、母はシルバーカーを使うようになり
その後事故による転倒で脳梗塞になったので
片手を握って歩いたのはもう10年近く前で
遠い記憶になってしまっていました。

母と一緒に歩く時
支えになればと手を握り始めたのは
母がまだ70代だったころだと思います。

忙しかったせいか速足で歩いていた
行動的な母が
足を痛がるようになってきたので
何かできる事はないかと始めた
小さなサポートの一つが
母を支えようと手を握ることでした。

母は私の負担になってはいけない、
自分で何でもしようと思う人だったので、
「大丈夫だから。自分を大事にしなさい。」と
私が握った手を当時はよく振り払っていました。

考えてみればまだまだ元気な母でした。

ところがその数年だったか4~5年後位には
手を握っても、そのまま握ったままで
私と手を繋ぎながら歩くようになったので
最近お母さん、ちょっと気弱になったのかなと
心配し始めました。

私と手を繋いで歩く母は
歩くのもゆっくりになっていました。

昔から急いで仕事へ向かったり
帰ってきて急いで食事の支度をしたりと
いつも駆け足で、
一緒に出かける時もさっさと私の前を歩いていたのに
いつの間にか私よりも遅くなっているので
齢をとってきたんだな、
気を配らなくちゃと思っていました。

ただ、母の手を繋ぎながら歩くのは
何となく幸せでした。
母もそんな気持ちだったと思います。

それが、いつの間にか
母が力を入れて私の手につかまるようになり
そのうちにあまりに力をいれてすがるので
手が痛いほどになりました。

母はとても遠慮がちなうえに
自分の事は自分でしようとする人なので
私にすがることも、
ましてや痛い思いをさせるようなことも
絶対しないはずなのに
私が痛いだろうと思う余裕もなく、
手すりに全身ですがるような感じで
私の手にすがらなければ
歩けなかったのだと思います。

その頃には、まだ少し早いかなと思いつつも
シルバーカーを用意してあったので
シルバーカーにつかまったほうが
楽に歩いてもらえるのだろうとわかり
シルバーカーが欠かせなくなりました。
大腿骨骨折の1~2年位前、
それももう8年位前になるので
母と手を繋いで歩いた手の感覚を
ちょっと忘れていたんですね。

母にお供えする造花を買って帰る暗くなった家路、
ちょっと心細くなって
母と手を繋いで歩きたくなったのかもしれないし、
母が、ありがとう、ご苦労さま、がんばってるねって
隣にいたから無意識に手を繋いだのかもしれません。






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2021.11.27 21:27:07
コメント(0) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: