私のこの症状は16才の頃から10年以上15年近く付き合っています。
初期の頃は、吐き気、頭痛、毎日のように鼻血がなかなか止まらなかった。
吐き気の事で高校生の時に保健室の先生に
「毎日吐き気で困っているんですけど」と聞くと「つわりかなと」冗談に言われたけどその時は通じなかった。
そして、毎日がイライラ
親に言われること友達に言われることすこしのことでイライラしていました。ゲームで負けたり,コップに水を汲んでるだけで「遅ぃ」とイライラ。
朝起きてなにか体がイライラ、ムズムズする。
テレビ・ラジオ・電気をつけていないと不安で眠れない。
人と話すのが恐くて電話にも出られない。
その度に「どうして電話でないの」と言われました。
お風呂にも、不安で恐くて入れない(今は、ほとんどシャワー)
いきなりとてつもない不安感が襲ってくる。(健康人が何かをやる前に不安になるのとは、少し違う。死のような不安感)
高校時代は
時間がめちゃくちゃなリズムでした。
朝、仕事に行って夕方からは夜間の学校定時制
9時頃終わりそのまま夜中まで遊んで帰ってきて布団に入っても眠れずそのまま仕事、あるいは朝帰ってきてそのまま仕事。
それも休まずに毎日でした。よくやってました(若かったんだと思います)
仕事は体力使います。なので布団に入って「寝ないと寝ないと」となんだか脅迫観念、脅迫神経症、不眠症まったく眠れない。
目が冴えて眠れない。
次の日仕事にならない
やっと眠れても時々呼吸が止まっていて苦しくて起きたこともありました。
高校の時は毎日がこれのくり返しでした。
症状が始まって1、 2年して頭の中でプッチッと何か切れた感じがしました。
ここからが・・・・毎日何かがおかしいと思い始めました。
今まで健康できていて健康をわかっていたからこそ何かがおかしいことに不安と恐怖が募っていった。
それが酷くなっていき一度夜中に車を運転中に手、足の痺れ過呼吸になり救急車で運ばれた。
今までの人生であじわったことのない恐ろしさ呼吸が浅くなり苦しくて胸苦しくて全く息ができない不安と恐怖。
このまま死んでしまうのではないかと思うほどの窒息感
病院に着くとビニール袋を口にあてられた。少しずつ落ち着いていきました。
その日はそのまま帰されました。
次の日から手、足の痺れがくるだけで動悸、息苦しさ、恐怖感と不安感で死ぬ思いをしてきた。
また、発作がきたらと不安で不安でしかたがなかった。
(不安神経症:予期不安:過換気症候群)で苦しみました。今もあります。
救急車の音、会話の中で他人の病気のことや自分の症状を話しているだけでも苦しくなりました。
車も運転が怖くてできなくなってしまいました。
しばらく何もかも休みました。何もかも
でもそのころはあまりこうゆう症状は知られてなかったのでゆっくり休めずに・・・復活(30~40%)ぐらいですね。
それでも無理して運転をしていました。(仕事、遊び)苦しくて、恐くて・・・
仕事は一人で運転して行ってました。恐かったです。不安でしかたなかったです。
発作になりビニール袋を口にくわえて運転をしていました。
他の人が見たらシンナーでもやっているんじゃないかと思われていたかもしれないですね。
遊ぶ時は免許をもっているのが私だけでしたので苦しんでいたことは誰も知りません。
自分が自分でないような感じ外は別世界、恐くてしかたがなかった。不安で・・・
家族も友達も誰もわかってくれない
遺書を書いて死ねばわかってもらえるだろうか
仕事も「自分で車を運転して行ってこい」とよく言われました
事故でもおこせば・・・・
救急車でまた運ばれれば・・・・
わかってもらえるだろうか
一人でもがき苦しみました。
「誰か助けて」と誰も信じることができなくなっていきました。
対人恐怖にもなっていった。
人と目と目を合わせて顔を見ながら話しができない
笑うこともできない
いつもつくり笑。
顔引きつって、相手に合わせているのが疲れる。
仕事の休憩の時
昼食の時みんなと一緒にいられなくて昼食が終わると1人になっていました。
休憩の時は話しもしないでただそこにいるだけだった。苦痛でした。今でも。
夜寝れない分
眠くて昼寝したくて横になっても眠れない。
周りではいびきをかいて寝ている。
うらやましいやら、うざったいやら。
眠れないことがこんなに苦しいとは思いもよらなかった。
外が恐い
近くにあるコンビ二にも行けなくなりました。
こんな小さなお店にも入れなくなってしまいました。
どおしても発作が恐いのです。
入っても入り口付近そして苦しくなりすぐに外に出てしまいます。
体調が悪いときは
1人でいたくて部屋にいると「友達がきたと」親が勝手に部屋にあがらせてくるんです。
そこまでの仲のいい友達ではあったけどこのころはまだ私の体調のことは誰も理解できていなくてこのこともすごく苦痛でした。
夜中に寝ている時や1日中1人でいる時に誰かに電話をしたいぐらいに苦しくて不安で恐くて息苦しさにこのままどうにかなってしまうんではないかと恐怖が襲いました。
死んでしまうんではないかと・・・友達に電話をしたこともありました。
なぜか家族ではなかったです。
苦しくて死にそうでどうしていいかわからないかったです。
誰かと話しや誰かとつながっていると少し安心できました。
誰かそばにいてくれるだけで落ち着きました。
これは本当に味わった人しかわからないことかもしれません。
薬を飲みながらの毎日。病院へ行くようになったのは2000年頃から。
最初の頃は内科で検査、以上なし。
どうしても病気名が知りたかったです。家族、友達にわかってもらうために。
今度は自分から神経科へ行きました。
とにかく自分では外に出るのが恐い
建物の中に奥へ奥へ上へ上へいくのが恐い
病院へ行くのも恐かったです。
でも行けば何かわかるかもしれない周りの人にもわかってもらえるかもしれないと願い必死になって行きました。
先生に
「何かおかしい。皆わかってくれない」と言うと
「でも自分では何かが違うと思うんでしょ」って言ってくれました。
なんだか少し嬉しかった。ホッとしました。
やっぱりここ(神経科)にきて良かったんだと思いました。
ここでの診断は「パニック障害」「うつ状態」とのことでした。
薬を飲み続けるけるにはすごく抵抗がありました。
今まで薬なんて縁がなかったからです。
今までは健康そのものでしたからね。
薬は最初のうちは飲んだり飲まなかったりでした。
でも飲むと落ち着きます。
その代わりに眠気とだるさがさらに増しました。
薬で
少し落ち着いたりまた苦しくなったりのくり返し。
朝から疲れが取れていなくて毎日がだるい一日。
頭はふらふらともうろうとしている。
お酒を飲んで二日酔いのような感じ。
熱が39度、40度のような体のだるさ。
体調が悪く頭がぐるぐるまわって歩けないほどに。
うちで1階から2階に薬を取りに行く時も這って階段を上ったことも何度もありました。
私の症状を知り
付き合いの悪さに去っていった友達はたくさんいました。
そのなかで数人は残ってくれました。幸せ者です。
中には神社へ行って毎日お祈りをして神社の階段を何往復も走ってくれました。
何年もです。雨風関係なく。
それを私は裏切ってしまいました。
なかなか良くならない体にみんなにもうしわけないと思い勝手にこちらからすべて断ってしまいました。
そして・・・
一人になってしまいました。
一人になってみんなのありがたさをわかろうと思いました。
一人ではやっぱり生きられない感謝と反省の毎日。
今、思うと本当にもうしわけないことをしたなと反省しています。
その人達に恩を返すためにも今の力で今出来る事をやろう。
病院はちゃんと通う
薬を飲もう
体を動かして行こう
この事がみんなに見えなくても伝わらなくてもいい。
症状を克服していこうと思いました。
爽やかな一日
もう何年も過ごしていない。
現実的な感じがありません。毎日が夢の中のような感じです。
その現実な感じがない時に
2003年12月最終日
母の死
今でも何か信じられない感じ
朝起きてくると母の心臓は止まっていました。
私が心臓マッサージするもだめでした。
自分を責めました。もっとうまく心臓マッサージができていればと。
毎日が苦しかった。
半年過ぎて薬でだいぶ落ち着いていきました。
こんな小さな嬉しいことが
気持ち良いあくびができるようになりまりた。
普通に聞いたら笑ってしまうかもしれませんが、息を吸うと苦しくなります。
なのであくびをしたくても気持ち良いあくびができませんでした。
早期発見、早期治療は必要です。
虫歯も同じで酷くなってから歯医者ヘ行くから痛い思いをします。
早く行けば痛くなくてすみます。期間もかかりません。
私も、もう少し気付くのが早ければと思っています。
私の場合
この病気と長く付き合うことで今までに勉強になったこともたくさんあります。
これからもあると思います。
助けてくれた人もたくさんいます。
すごく感謝しています。感謝もできるようになりました。
まだまだこれからもいろいろあると思います。
皆さんよろしくお願いします。
2004.5.30
また病院も行けなくなっていました。行かなくなってしまいましたかな。
こんなことのくり返し。
薬もなくなり飲まなくなり不安と恐怖でたまりません。
毎日死の恐怖。
うずくまって。いつも横になっていました。
でも仕事だけはしていました。うちの手伝いです。
HPつくりで落ち着いた。
恐怖でいっぱいだったころここ(HP)を作って皆さんと出会ってから少しずつ安心と落ち着きが持てるようになりました。
また少しずつ動けるようになりまた病院ヘ行って薬も飲むようになりました。
2004.9
一人で家にいても落ち着いていられるようになりました。
まだ外は恐いです。
その時の体調で誰か一緒なら出られるようにはなりましたが遠ではまだできません。
建物の中にもまだ入れません。
でもコンビニ、病院は今までより落ち着いて入れるようになりました。
まだ頭はボーっとしています。毎日がただただ過ぎて行ってます。
少しずつは良くなってるのかな。
いろいろ挑戦チャレンジ、やってみないとわかりませんね。
これからも少しずつ今の症状を書いていきます。
まだまとめるだけの頭の働きがありませんがよろしくお願いします。