東日本大震災の翌日、3月12日に「九州新幹線」がひっそりと(?)開通した。
そのためのCMだったが、自粛のためお蔵入りになった。
幻のCMになってしまったが、『カンヌ国際広告賞』でアウトドア部門で金賞、メディア部門で銀賞を受賞した。
震災・原発事故さえなかったら、日本中で話題になっていただろう。
ご覧になった方は皆感じるだろうが、日本人って、おんなじだなあと思う。
これは九州を縦断したシーンだが、そのまま本州に合流して、山陽、東海道、東北と繋いでいけば、同じテンションで日本が一つになっている絵が生まれるだろう。
全員が同じだと言っているのではない。
個性あふれるいろいろな世代の人間が、それぞれでありながら同じ波長でアイデンテティーを感じているのだ。
「なでしこジャパン」のWカップ優勝を喜ぶのも、コアの部分で同じ遺伝子を共有している感覚があった。
中にはそんな付和雷同的盛り上がりに、背を向ける人もいるだろうが、それはそれでよいのだ。
同じ考え、同じ行動はしなくとも、心のアンテナに共振する感覚が同じだからだ。
DNAのなせる業だと思わざるを得ない。
ナショナリズムを煽るのは、歴史的に見てろくなことがなかったが、同じ空気感に高揚するのは、自己の確認ができてホッとする部分もある。
ここで中国の話をすると、批判をすることになってしまうが、やはりこちらは違和感がある。
先日の、高速鉄道追突事故のことである。
列車が追突事故を起こすこと自体も、証拠隠滅で車体を破壊して埋めてしまったことも、事故翌日にはもう生存者の捜索をやめてしまったことも、列車の残骸を拾って廃品回収にまわしている人の存在も、二日後には再開して運行したこともすべて驚きの連続だった。
捜索をやめた後に、列車撤去作業中に2歳の女児が発見されたことも恐ろしい。
中国人と日本人の姿は似ているが、DNAはかなり異質のものを感じざるを得なかった。
ただ、日本でも“原発”関連については、感覚を共有していない人間が多くいるので、あまり見下したことは言えなくなった。
107人の死亡者を出した「福知山線脱線事故」もあったし、硬直した組織は隠蔽体質を露呈する。
日本人個人の根底の部分はそのままなのだが、高度成長期に組織理論が確立し、個人の中でダブルスタンダードを容認するようになってしまった。
心で違うと感じながら、組織のルールに従ってその役割を果たそうとしてしまう。
矛盾の中では、心を健全に保つことは出来ない。
ちっぽけなルールなど通用しない大災害に遭って、いまこそ一人一人が“素”に戻って、本当の自分を見つめなおし、自分とは何かを問い直す好機かもしれない。
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