腰塚勇人さんは1965年生まれ、中学の体育の先生でした。
熱血教師として名を知られ、生徒に対して厳しい生活指導などもしていました。
教師とか医者とか、あるいは政治家とか、"先生"と呼ばれる立場の人は、周りから崇められることから独善に陥りやすく、我こそ正義と勘違いしている人も時々います。
さらに屈強な体力を持った体育の先生なら、きっと自信に満ちた人生を送っていたことでしょう。
腰塚先生がそうだったかどうかはわからないのですが、僕の中学時代にそんな先生がいらしたので、ついそう考えてしまいました。
一生懸命なのはわかるけど、ちょっと迷惑な...。
しかし、腰塚先生の人生に、突然悲劇が襲いかかります。
37歳の時に、大好きなスキーで転倒して、首の骨を折り、頚椎神経損傷による"四肢麻痺"、首から下がまったく動かせない状態になってしまいました。
主治医は、一生寝たきりか、よくても車椅子だと告げました。
もう治る見込みはないと宣告されたのです。
希望を失った腰塚先生は自殺を考えます。
しかし、まったく動かない体では、舌を噛むことぐらいしか方法はありません。
やってみましたが、痛みに耐えられず、失敗します。
その時、深い絶望の中にありながら、自分の中で"生きたい"という身体の声が聞こえました。
自分の意思で身体を動かすことはできなくても、心臓や肺や胃や腸は生命を存続させるために、懸命に動き続けていました。
自分は神様から、「生かされている」のだということを知りました。
さらに、自分は一人ではない、周りの人に支えられて生きている。
腰塚先生の頭に、"感謝"という言葉が浮かびました。
妻、両親、主治医、看護師、生徒たち、職場の同僚などの応援と励ましを受け、「自分の命があらゆるものに助けられ、生かされていること」に気づきました。
そして、「笑顔」と「感謝」と「周りの人々の幸せを願う」ことを生き甲斐にしようと決心します。
すると、驚いたことに、それをきっかけに左手と左足が、ほんのすこし動くようになったのです。
ちいさな灯りを手にした腰塚先生は、それから必死のリハビリに励みました。
希望の目標は、教師として復帰すること。
鬼の腰塚と呼ばれるほど、厳しい指導をしていた腰塚先生でしたが、それも心から生徒のことを思ってのことでした。
それを生徒自身がわかってくれていて、今は先生をクラス全員で励ましていました。
そしてついに、主治医も驚くほど、奇跡的な回復を成し遂げ、事故から4ヵ月後に、自力で歩き完全復活を果たしたのでした。
腰塚先生と一緒に卒業式を迎えたいという生徒ともども、願いは通じたのでした。
先生は卒業式のあと、生徒たちに最後の授業を行いました。
口は
人を励ます言葉や
感謝の言葉を言うために使おう
耳は
人の言葉を
最後まで聞くために使おう
目は
人の良いところを
見るために使おう
手足は
人を助けるために使おう
心は
人の痛みが
わかるために使おう
腰塚先生の教壇に復帰する時に決めた『5つの誓い』でした。
人はひとりで生きているのではない
周りに生かされている
だからこそ
人は人のために生きていかなければならない
生きていること、命があることが、あたりまえであった時にはわからなかったことでした。
「自分と他人の命を傷つけない」
「命の喜ぶ生き方をする」
それを具体的に行動に移すための自分とノ約束が『5つの誓い』でした。
危ないことは何事もなく、平和な人生をまっとうする人もいるかもしれません。
でも多くの人は、長い人生で困難な状況に遭遇することがあるものです。
中には、災厄のごとき危機的状況に見舞われてしまう人もいます。
生命の危機に見舞われること、あるいは自ら生命の崖っぷちに身を投げ出す寸前に追い込まれる人もいます。
それを試練として乗り越えた時、初めて解ることがあります。
宇宙 の声が降りてくるのです。
人生において、最も大切にしなければならないことが。
そして、自分の前に、自分がこれから選ぶ生き方が、一条の光に照らされ、はっきりと解るのです。
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