野球は世界基準ではマイナースポーツなのです。
それでも今回の出場国数は20か国。
イギリス、オランダ、イタリア、チェコ、イスラエルと欧州中東からも出場してます。
これは、選手の出自で国を選別できるルールで、ほとんどの出場選手はアメリカで活動している選手です。
僕が毎朝愛聴している文化放送『おはよう寺ちゃん』では、海外に在住する日本人がコメントをするコーナーがあるのですが、ヨーロッパではまったくWBCの報道はなく、日本人は日本人のグループで盛り上がっていたと報じていました。
このコメンテーターは皆さん女性なのですが、しかも日本を離れてかなり年月を経ているのですが、みんな野球で日本を応援していたということにも驚きました。
わが家でも、妻であるYUMIさんも義母も野球など普段まったく見ないのに、ほぼすべての試合を見て盛り上がっていました。
僕も珍しくほとんどの試合を見てしまいました。
そして、歴史的な感動に立ち会うことが出来ました。
いつもはそれほど関心がなかったWBCですが、今回は日本中で注目されました。
理由は、大谷翔平選手の存在です。
日本とアメリカは70数年前戦争をしていますが、もともと両国には深いつながりがありました。
1853年のペリー黒船来航以来、日本はアメリカを畏怖しながらも憧憬し、アメリカを通じて西洋の科学や文化を取り入れようとしていました。
明治となってからは交易も進み、アメリカ文化がやってきたと同時に野球もやってきたのです。
そもそも”Baseball”を”野球”と翻訳したのは正岡子規で(諸説あり)、朝ドラ『カムカムエブリバディ』でも、戦前から野球が一般に浸透していたことが描かれていました。
僕のコラムはサッカーの記事は書いても、野球に触れることはほとんどありませんでした。
それでも子供のころは、ジャイアンツV9時代で、普通に野球は好きでした。
あの頃のスポーツは、野球か相撲かプロレスの三択ぐらいで、サッカーもバスケも部活でやるものでしかなく、一般化された観戦スポーツではありませんでした。
Jリーグができてからは、すっかり鹿島アントラーズのサポーターになってしまいましたが、それ以前の野球なら話せます。
江川卓は同学年なので「江川事件」は身近だったし、「江夏の21球」や「王貞治756号本塁打」も見ています(TVでですが)。
草野球も経験がありますし、ピッチャーもやりました。
だから岸田首相の始球式を見て、野球部出身というのが嘘だとわかりました。
彼は僕と同じぐらいの年齢ですが、年を取ったからといってあんな投げ方にはなりません。
キャッチャーの取れるところには投げられます。
最近は女性アイドルだってちゃんとノーバンで届くのに。
話しは逸れてしまいましたが、今回ここに書き残そうと思ったのは、大谷翔平選手の話です。
アメリカのメジャーリーグの選手は、あまり国際試合のようなものに興味を持っていませんでした。
WBCは本シーズン前に行われるため、コンディションが整わない、あるいは調整が狂ってしまうなどの理由で回避する選手も多いのです。
今回も昨年のMVP(最後まで大谷選手と争っていた)選手の、メジャーリーグホームラン記録を塗り替えたアーロン・ジャッジ選手(ヤンキース)は出場していません。
日本人メジャーリーガーで出てない選手もいるので、チームとの契約とかあるのでしょう。
日本人の選手でも、過去にWBCに出場したために、コンディションを狂わせたり怪我を負った選手もいたので(松坂選手やイチロー選手)、参加に消極的な選手もいます。
その中で、大谷選手とダルビッシュ選手は、積極的に参加を表明していました。
今回の盛り上がりは、この二人の心意気が大きく影響しています。
ダルビッシュ選手は第2回(2009年)の大会の胴上げ投手です。
過去のWBCの名場面で、かならず映るのはダルビッシュ選手が、韓国選手を三振に打ち取り、マウンドでガッツポーズをするシーンです。
あの試合も見ていました。
なんと14年前のことでした。
今回選ばれた選手も、ほぼ全員あのシーンを目に焼き付けていたに違いない。
大谷選手はプロとして日本ハムファイターズと契約した時、メジャーリーグへ移籍したダルビッシュ選手の、背番号11を受け継いでいるのでなおさらでしょう。
今回の日本チーム(侍ジャパン)の活躍の場面は多々ありました。
日系メジャーリーガーのヌートバー選手のハッスルプレーや、不振だった村上選手の準決勝・決勝での復活弾。
大谷選手も自分の写っている広告看板にぶち当てた特大ホームランや、165キロのストレートや、エンジェルスの同僚アメリカチームのキャプテン・トラウトとの最後の勝負、盗塁ありセーフティバントありのマルチプレー。
いろいろ書き残したいことはありますが、ぜひ記録としてとどめておきたいと思ったのは、大会終了後の大谷選手へのインタビューです。
ペドロ・マルチネス他メジャーリーグのレジェンド選手に囲まれてのインタビューで、
「WBC参加を表明したときに、日本の重圧もすごかったと思いますが、そういうことも想定していたのですか」
という問いにたいし、
「最後の最後はほんとにもう、心臓が出るんじゃないかってくらいでしたけど、ここまで来たら、野球自体に恩返しするつもりで、自分のベストを出したいと思ってましたので、緊張はしてましたけど感謝の方が大きかったです」
と答えたのです。
(162) 【感動】大谷翔平ペドロ・マルティネスから最大の賛辞と感謝を受ける トラウトとの配球を直接解説 日本語翻訳字幕付 - YouTube
大谷選手の言葉は、いつも謙虚で相手をおもいやり、かかわった人すべての人に感謝の気持ちを持って対しています。
決勝戦の最後の戦いの場においても、緊迫した最高潮の場においても、感謝の気持ちで対峙してるなんて、この人は野球という範疇のみならず、人間としてもずば抜けた大きさを持っているのだと感じました。
インタビューを聴いて、涙が出てきてしまいました。
こんな選手は今まで見たことがない。
人の進める最高のステージに立っていると思います。
大谷翔平選手といえば、花巻東高校1年の時に佐々木洋監督に教えられて作った「目標達成シート(マンダラチャート)」が有名です。
夢(目標)を真ん中に置き、それを達成するために必要なことを9つ、その9つの必要なことを実行するための9つの行動をチャートにしたものです。
一つ一つ見てみると、かなり優れた分析力です。
このチャートを考えた人も、きっと驚きの完成度です。
真ん中の夢は、8球団からドラフト1位で指名されること。
結局その夢は、ドラフト前にメジャー挑戦を公言したため、多くの球団は指名を見送り、実現しませんでした。
仮にメジャー挑戦を公言しなければ、多くの球団が1位指名し、もしかしたら8球団指名もかなっていたかもしれません。
監督の指導なので、同じチャートを同野球部員は全員書いていたでしょう。
3学年先輩に菊池雄星選手がいますが、他にどれくらい成功した選手がいるでしょうか。
チャートを書けば夢が実現するほど世の中は甘くないことは、その他大勢の我々はわかっています。
夢を実現したのは、彼のたゆまぬ努力と、恵まれた素質と、そしてプラスアルファの神の後押しだったでしょう。
僕を含めた多くの凡人は、そもそもこのチャートを埋めることすらできません。
それ以前に、中央に位置する明確な目標すら浮かばないのではないでしょうか。
最近人生の最後として何をなすべきかに、ぼんやり考えたりします。
「人生100年時代」とか言われ、67歳の僕には30年以上もの時間があるはずです。
しかし、肉体と頭脳の衰えは明確に顕著で、何かを成し遂げるには時間だけあっても、気力がなえてしまうと無理なのです。
このコラムの初期段階では、こんな風に僕も考えていました。
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日付は2005年だからなんと18年前。
50歳にして67歳の現在と変わらない感じです。
あの時にちゃんと「目標達成シート」を書いていたら、今頃何かを達成してたかもと思っても、膠着した初老の頭では、目標なんて浮かばなかったかもしれません。
「住宅ローンを払いきること」だったかもしれない。
それなら達成したけど。
遅ればせながら、何か目標を持ってみようかなあと、大谷選手を見て思いました。
昨今日本の問題として取り上げられる「少子化問題」。
なぜ日本の子どもが減り続けるかというと、若い女性が結婚しなくなった(男性もですが)ことが大きな理由であると思います。
仕事と住むところがあれば、あえて他人(他人の家族)と同居して嫌な思いをしたくない、というのが結婚回避の深層にあります。
結婚はしたくないけど子供は欲しい。
国家が未婚の母に厚い援助をするなら、シングルマザーは忌避しない、という女性も多いのではないでしょうか。
もし、大谷翔平選手が精子バンクに登録し、希望すれば彼の精子を受精できるということにならば、きっと多くの未婚女性(もしかしたら既婚女性も)は手をあげるでしょう。
あっという間に少子化問題は解決し、日本の野球はもっと強くなる。
子どもが野球の道を選択しなかったとしても、彼のDNAなら何を目指しても成功するに違いありません。
何をなすかではなく、どう向き合うかが問題なのです。
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