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2016年06月12日
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カテゴリ: 日々の仕事雑感
 Wさんは北海道小樽の生まれで、女学校を卒業して一時家業を手伝いってから結婚し、ご主人の転勤に伴い主に東日本を転々としていたという。今まで住んだ土地で一番よかったのはどこかと尋ねると、「浜松かな」と。暖かくて、海の幸も山の幸も豊富でそこに住む方が人情味があって、「良かったわねぇ」と。

 ご主人が退職してからは、娘さんたちが住む板橋のマンションに引っ越してきて夫を見送り、ここ5年間ばかり主にベッドで過ごす時間が長くなってきた。

 訪問介護(介護士)を一日、朝、12時、15時、17時、21時と利用して一人暮らしをされている。訪問看護はスキンケアや排便コントロール、呼吸器リハビリで週2回訪問している。介護士さんたちと非常に仲良し。若い男性の担当の時には、「イケメンにお世話をしてもらえるなんて幸せね」とか、50代前後の女性の介護士さんには、「ご主人は元気?」などとその方その方に応じて楽しそうに会話をしている。

 一人では寝返りが十分できないが、介護士さんの訪問の度に車いすに座ったりポータブルトイレで排泄をしたり、一日5回は座る機会がある。神経筋疾患特有の筋力低下があるものの椅子に座ることはできており一見目立った拘縮はない。

 もともとの疾病からくる夜間の呼吸抑制を度々起こすようになって、朝の介護士さんが訪問した時に意識レベルが低下していつもの会話が全くできない状態だったので、家族と主治医と相談して救急車で搬送されそのまま入院となった。一時人工呼吸器を使って、中心静脈栄養で栄養管理をうけていたが、低流量の酸素吸入で過ごせるようになって自宅に退院されてきた。

 本人は酸素吸入もしたくなく、褥瘡予防のためのエアマットも外してくれと要求してきた。「床ずれができてしまうと痛くて辛くなってしまうので何とか使い続けることてほしい。皮膚が丈夫になったらエアマットを外すので」と約束してエアマットを使ってくれることになった。

 呼吸筋の力が弱くなり、それと同時に胸郭の動きが硬くなって、呼吸数が一分間に30回前後の頻呼吸。血圧や脈拍は正常範囲で、食事量は少ないながらご本人が一番好きなウニや中トロ、こはだなどの握り寿司は一人前をペロリと召し上がることも度々。

 5月下旬から意識レベルが低下し、頻呼吸やチアノーゼがあったり体調が崩れてきた。主治医は入院治療を勧めてくれたが、「入院は絶対いや」と話されご家族も「本人の言うとおりにしてあげたい」と自宅で過ごすことが続いた。日曜日の朝、「朝から返事をしない、呼吸も浅くて速い、先生に酸素量を上げてもいいと言われたけどいくつまで増やしていいかわからない」と緊急連絡用の携帯電話に娘さんから連絡が入った。

 急いで訪問すると、ぼんやりとした様子で顔色も唇の色も悪い。呼吸数も35回前後で浅い呼吸。酸素飽和度は50%前後(正常値は90%以上)で、酸素流量を0.5l→0.75ℓ/mと上げても変化なく、1.0ℓ/mに増やして、できるだけ呼吸をしやすくするように姿勢を整えて20分ほど過ぎても、酸素飽和度は70~80%で正常値まで上昇しない。

 Wさんはずっと入院はしたくないと言っており、心不全や呼吸不全がある状態で救急車で入院したとしても人工呼吸器が装着され、中心静脈栄養で栄養管理を、心不全の治療のために膀胱留置カテーテルが挿入されて、トイレで排泄したり家族と話をしたり経口摂取を普段通りする機会も少なくなってしまうことが予想され、ご本人が望まない治療を受けるために入院することがどうかと考えた。娘さんに現在の状態と、入院した場合どんな治療を受けることになるのか、その治療は本人が望むことなのかなどのお話をして、娘さん自身の考えを確認する。

 Wさんのご主人は、最期を病院で迎えご家族から見ると大変つらい様子であり、「母親には父親のような思いをさせたくない」というご意見であった。「ただ心配していることは、万一
(息をひきとること)のときすぐにお医者さんが来てくれないときはどうしたらよいか気がかり」と。

 自宅で最期を迎えた場合、特に深夜などは医師がすぐ訪問することが難しい時もあるので、明け方になるまでそのままの状態で医師を待つことは在宅療養の場合は多いことを伝えると、少し安心された。

 娘さんも息子さんも最期を自宅で過ごすことを覚悟しており、心づもりもできているとのことで、早速その晩から夜娘さんや息子さんが交代でお泊りすることになった。主治医にも、自宅で最期を迎えることをご家族が了解していることを伝え、「入院を嫌がっている人に意識がない状態で救急車で入院させることもできなですよね。万が一の時にはすぐ行けない場合もあるけどまず一方を(主治医の)携帯に連絡をしてほしい」ということになった。

 ケアマネージャーさんや介護士さんたちは、状態が悪化したら救急車で病院にいき、治療を受けてまた自宅に戻ってきてほしいと考えていたようだったが、今後入院治療を受ける場合は人工呼吸器など本人が望まない治療方法にならざるを得ないことを伝えると、「そう・・・・」と言葉に詰まっていた。

 その日から一週間、少し元気があるときにはお寿司を食べたり、仲良しの介護士さんたちと笑いあったりして過ごされた。

 最後はスーッと静かに呼吸が止まり、娘さんが見守る中で旅立って逝った。

 Wさんは穏やかで快活、それとなく心配りをしてくださる方だった。

 10年以上の闘病生活、本当にお疲れさまでした。ご冥福をお祈り申し上げます。

 合掌。





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最終更新日  2016年06月12日 08時34分36秒
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