ゆったり空間物語

ゆったり空間物語

足音



(ハイヒールの音なのか?それとも――)

 静寂した夜間の病院に響く足音がある個室部屋に近づいてくる。

(おかしい、こんな夜中に訪問者がいるはずがない)

 男の額から冷や汗が滲んでくる。

 ベットの上で膠着して手の震えが止まらない。

(くそっ、ナースコールをしないといけないのに、なぜ動かないんだ)

 男は必死に歯を食いしばり伸びきった腕を曲げようとしても動かない。

(このままだと危険だ。もしかしたら俺に恨みがある奴がここに来るのか?)

 足音が突然、変わった。

「カキッ、カキッ 」

 その足音は高音で耳に響く程の音量だ。その音は次第に激しい連続音になってくる。

「カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ」

「うわー誰か助けてくれ!」

 男が大声でどれほど叫んでも、その不気味な足音に打ち消されてしまう。

「俺が一体何をしたんだ。貴様は一体誰なんだ 」

 喉が嗄(か)れるほどの大声でドアに向かって叫んだ。すると、いきなり足音が止んだ。

 突然、ドアがガタガタと震えてきた。そして、眩い光と共にドアのガラスが粉々に吹き飛んだ。

「ぐわー、き、聞こえない」

 男は両手で耳を押さえて気を失った。

 翌朝、巡回の看護士が壊れているドアの病室に気付き駆け足で向かった。

 その男の姿を見て看護士は叫んだ。

「ひどい怪我をしているわー、誰かー早く来てー」

 男の手には細かいガラスが突き刺さり、耳を失っていた。

 男は無意識に錯乱状態になり、ガラスを殴り奇声を上げて暴れていたのだった。

 その男は過去にひき逃げをして自首をしないまま時効が成立していた。

 男はひき逃げ事件以後、毎日のように酒びたりになり、この病院にはアルコール性肝硬変で入院していた。

 ベットの上に寝そべっている男の姿は、まるで事故当時、突然の被害にあって無念のまま亡くなった少年の姿そのものであった。

(The End)


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