どうでしょうから○○○

どうでしょうから○○○

新潟県中越地震



地震発生より2週間後の11月6日、十日町市の実家へ向かった。
新潟駅前のバスターミナル。
朝一便の高速バス。
すでにかなりの人がバスを待っていた。バスは2台用意された。

新潟市内をグルッと廻り、高速道へ。
長岡ICを過ぎた辺りから、バスの乗り心地が一気に悪くなる。
こんなに揺れる高速バスは初めてだ。
しかし・・・応急処置のおかげで通行可能になったのだ。
懸命の復旧作業を続けて下さっている方々に感謝。
バスの横を「移動美容室」の車が過ぎて行った。

小千谷ICに近づくにつれ、家々にブルーシートが目立つようになる。
道路に停まった車の列。広場に立ち並ぶテント。
TVや新聞で見ていた「景色」がそこにあった。
バスの乗客は皆、窓の外の「景色」に釘付けだった。
「ヒトゴト」と思っていたものが、今、目の前にある。
「現実」だった。胸が締め付けられる。

いつもは空いている小千谷IC、激混み。異常事態であることを実感する。
各地から復旧協力の車がやって来ているようだ。
先程見かけた移動美容室の車もココで降りるようだ。
車列の中に、群馬県「大泉」町からの車を発見。
その文字だけで少し元気が出た。単純だな、自分。

2~30分かかり、ようやく高速道へ戻る。
壁の無い所から集落が見えた。何軒かの家が「全壊」している。
信じられない光景だ。目の当たりにして気持ちがかなり凹んだ。
山々も信じられないような崩れ方をしている。

小千谷市・川口町・堀之内町の辺りがやはり酷い。
小出町に入るころには、ほとんどブルーシートを見なくなった。

いよいよバスは、十日町市へ。
市街地に入ると、営業している商店もあるが・・・
全体がブルーシートで覆われて「危険」の赤い紙が貼られている商店もある。
ただシャッターが下りているのではない。
店舗が壊れてしまい、開店できないのだ。切ない光景だ。

バスを降り、実家へと向かう。
キョロキョロしながら歩いたが、どの家も(外見は)今までと変わらない姿だ。
少しホッとしつつも「自分の家はどうだろう?」とドキドキする。
しばらく歩くと、いよいよ実家のある町内だ。
チラッと実家の裏が見えた。
「お!普通に建ってるよ!」

いよいよ実家の前へ。・・・「あれ?無事じゃん!!」
家の2階では、母・弟・弟の友人がすでに作業中。
こちらも思っていたほど酷くないかも。
地震発生後の家の中は、箪笥や鏡台が倒れまくり、かなりの惨状だったらしい。
箪笥もすっかり起こされ、部屋はだいぶ片付いていた。
この箪笥が直撃していたら・・・母の命は無かっただろう。

私の部屋は、置きっぱなしの教科書が散乱+壁が少し剥がれたくらいで、ほぼ無傷。
弟の部屋も、ほぼ無傷。

1階は、壁のいたる所が損傷。
今回、一番被害を受けたのは浴室だった。
タイル壁なので、縦横に亀裂が入りまくり。
床がずれて、土台が見えている。
亀裂から屋外が見える。露天風呂気分だ(苦笑)
浴室を修理すれば、なんとか住めそうだ。良かった。

今回の地震で、床の凹みが直った所があった。これにはビックリ!
地震の揺れが、良い方に作用したらしい。

大量のゴミを片付け、一段落。
車庫で昼食・ティータイム。
近所の方々と、いろいろ話しをしていたら・・・また余震だ!
トラックが通った時のような「ゴゴゴ・・・」って感じの振動がするな、と思った直後にきた!
その場に居た母は、車庫から飛び出し、近所の方と手をとりあって怯えていた。
みんなが騒然としている。
私は・・・コーヒーを飲みながら「また揺れたねぇ」なんて呑気にその様子を見ていた。

実際に大きな地震・余震を体験した者(地元の方々)と、そうでない者(私)の
地震・余震への「恐怖心」の感覚のギャップに愕然とした。
近所に住むお子さん(2歳位か?)は、地震後はお母さんから離れられなくなってしまったらしい。
とても人懐っこいお子さんらしいのだが、今はお母さんしかダメらしい。

今日は、宿を取ってもらっていた。
温泉に浸かり、夕食を食べ、温かい部屋でくつろぐ。
TVでは特別番組(NHK)がずっと流れている。
避難所が映し出されるたび、申し訳ない気持ちになる。


翌日、朝風呂に入る。
母と、今後のことについて少し語り合った。
とにかく「前向き」に「みんなで頑張って」いこう!

朝食後、また家へ向かった。
昨日出たゴミなどを、処理場へ運んだ。
ココにもボランティアの方がたくさんいらっしゃった。
凄い臭いがする中、黙々と作業を続ける方々。感謝。

夕方まで、家の中を掃除。だいぶ片付いた。
母は、避難所に置いてあった荷物を取りに行った。
今晩は家で寝てみるらしい。大丈夫か?!

最終の高速バスで新潟へ戻る。
隣の席のお婆さまが、こんな話をしてくれた。
どこかの教授(研究者?)から聞いたらしいのだが、
「あの辺り(十日町)は過去700年、大きな地震がなかったそうよ」と。
今の時代に生きている人は、誰もこんなに大きな地震を経験したことが無いと。

先日読んだ新聞に載っていた、とある記事を思い出した。
今回被災した、あるお婆さまの記事だ。
避難後、一時帰宅の際に夫の位牌を持ち出してきた。
その位牌に向かって「お爺さん、去年死んで良かったな」と呟いた、と。
・・・今回被災された方々、想像を絶する体験をされたんだな。
一日も早く、平穏に暮らせる日がきますように。
余震が続く日々、そう祈らずにはいられない。
(2004年11月11日)


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