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2009.01.02
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SSS

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秘密の共有


小松君、と僕を呼ぶ声に、躊躇いがちに答える。
思ったより声は響いてしまって、慌てて口元を押さえた。

「湯加減はどうかな?」
「は、はい。あのっ丁度いいです」
「それはよかった。サイズが合わないかもしれないけど、着替えは此処に置いておくから」
「ありがとうございます何から何まで…」
「気にしないで」

すりガラスの向こう側。
笑って手を振る雰囲気さえ伝わるような優しい声に、小松はホッと息を吐いた。

そもそも風呂を借りたのは、ココと待ち合わせてワードキッチンに食料調達に行った事が全ての始まりで。
次々に卸し入りされる食材に見惚れていたら、つい足を滑らせて沼ウナギの生簀に身体ごと突っ込んでしまったのだ。
驚いた沼ウナギ達が服の裾から入り込んで大層気持ち悪かったが、すぐにココに引き上げてもらった為、被害は上半身のみで済んだ。
(当然卸売り業者には物凄く怒られたが、生簀の半分を買うことで許しをもらえた)
テロテロとぬめりが肌に纏わりつくが、それを濡れた服で適当に拭おうとすればココがマントを貸してくれた。

「風邪をひくといけないから」

もちろん断ろうとしたけれど、その視線は有無を言わさぬオーラを纏っているような気がして。
小松は大人しく、マントに身を包ませていた。


そうしてある程度の買い物が終わった後、ココの家に誘われて現在に至っていたりする。

(ココさんって、優しいよなぁ)

グルメ四天王と呼ばれるほどの凄腕の美食屋なのに、一介の料理人である自分にさえとても優しい。
さり気なく気遣う姿に、きっと世の女性は誰もが好感を抱くんだろう。
例えばそれが誰にでも注がれる優しさでも、気紛れでも。この嬉しさに嘘は無いのだから。

「ふぅ…あったまった」

心も身体も温めて、小松はバスタオルで全身の水気を取る。
お客用に用意されたそれは、テリーの毛並みを思い出すようでどうも気恥ずかしい。
早く着替えてしまおうと衣服を手に取る。
…が、しかし彼等と違い、一般的にも小さい部類に入る自分には、どうにも着れそうな気がしなくて。

「…どうしよ…」

スウェットのズボンは紐で結びたくても緩くてズルズル落ちてくるし、Tシャツは体躯が小さい為に裾が太腿までいってしまっている。
とりあえずTシャツだけ着て、ズボンは自前の奴を履くことにした(流石にパンツ姿じゃ失礼だろう)
ダボダボなTシャツはどうも落ち着かないが、着替えが乾くまでだと思い、小松は居間へと向かった。

「ココさん、お風呂ありがとうございました」
「ああ小松君。丁度今紅茶…!」
「ココさん?」
「…っあ、ああ…やっぱり小松君には大きかったね。ごめん」
「いいえ!僕こそ突然お風呂や着替えまで借りちゃって…本当すいません。ありがとうございます」
「…いや、こちらこそ」
「?」
「なんでもないよ。さ、暖かい紅茶をどうぞ」
「はい!」

落ち着いた空間の中で、のんびり紅茶と、ココの話で盛り上がる。
四天王と呼ばれる美食屋の話は何処をとっても魅力的で、面白おかしくて。
いつかトリコの話を聞けたらいいだなんて、ひっそりと小松は思っている。

服が乾くまでなんて思いが消し飛ぶぐらい、その日小松は幸せな時間を堪能していたのだった。




(正直どうかしちゃうかと思ったよ…)
(お前がいうとなんか犯罪臭いからやめておけ)
(だってトリコ、想像してみなよ。沼ウナギの所為で、まるで特別なソースを掛けられた兎ちゃん状態だったんだよ?)
(うっ…)
(僕も馬鹿だなぁ…どうせならズボンも洗っておくんだった)
(小松の服を置くって選択は無いんだな…)



(虜/トリココマツ)





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Last updated  2009.01.31 17:17:40


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