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2013.05.19
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SSS

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その日の園子は、朝からツイていなかった。
登校中に水たまりの跳ねた泥水で靴下を汚し、授業でたまたま解らなかった問題を当てられ、そしてお弁当のおかずをうっかり床に取り落としたり。
普段あまり起こりえないことばかりで理不尽な苛立ちを覚えて尚、ストレス解消に蘭を伴ってスイーツバイキング!などにならなかったのは、偏に恋人と約束を交わしていたからである。

園子の恋人である京極真は普段海外に留学しており、日本に帰ってくることはほとんど無い。
そもそも出会いである、あの伊豆の夏だって運命的と言えるような恋の始まりだった。
最初は何だか見られている?と不審に思い、だんだん気味悪く思っていたはずなのに、それが自分をストーカー呼ばわりされることを覚悟で見守っていると知って、そして護られて。
思えばあの一瞬で恋に落ちてしまったのだと思う。
今まで出会ったことのない、まっすぐに自分に好意を向けてくれる人。
甘い恋人の時間をたっぷりと夢見ていた筈なのに、すぐに海外へ飛び出してしまった人。
待つことは好きではない。けれど親友の蘭が健気にあの推理馬鹿な幼馴染を待つ姿をずっと見ていたからこそ、そういう恋もありかな、と思うようになっていた。

逢えない時間は電話や手紙を交換して、彼を試したり少しずつ好きになる気持ちを重ねていって。
そうしていく内に、逢うたびにまた彼を好きになっていく自分に気付いた。
真は蘭が言うように、贔屓目を抜いてもかっこいい。女子に人気が高いのも頷ける。
それでなくとも言葉づかいは丁寧だしあんなに優しいのだ。余所の女の子にちょっかいを出されている可能性だってある。(とはいえ、真が掛け値無しに優しいのは園子に対してだけだが)
いつも強気で勝気な発言ばかりしているが、本当はいつだって浮気を心配してしまうくらい自分の心は弱いのだ。
だからこそ、逢えるときは存分に甘えたいし、まっすぐに好きだと伝えるあの眼差しに包まれたい。
ふとそんな彼の事を頭に描いてしまって顔が熱くなる。
――逢いたい。
その一心で、授業が終わってすぐに学校を飛び出したのだが、電車が止まった所為で思わぬ時間を食ってしまい――そして今に至ると言う訳だ。

「んもー!誰よ、こんな日に線路に落ちる奴はー!」

文句を言ったところでどうしようもない。ようやく動いた電車を降りて改札を抜け、歩道を駆けだした園子に若干視線が向けられるが気にしている余裕は無かった。
滅多に戻って来ない彼との待ち合わせ。それは言ってみれば、二人で会う時間もあまり余裕が無いという事と同意義となる。
一分一秒無駄にしたくない。逢いたい、逢いたい、逢いたい!
普段体育の時以外、碌に走らない身体はすぐに息を上げてしまう。
横断歩道の信号がもうすぐ赤に変わろうとしている。あと、もう少し。
抜けてしまおうと駆け続ける園子は、腕に走る強い力と一瞬浮いた身体にハッと息を呑んだ。

「駄目ですよ、園子さん。信号を無視しちゃ」

引かれた腕はそのままに、身体がその大きな体躯に包まれる。
衝撃を受けたはずなのにしっかりと自分を受け止めてくれた、その人は。

「ま、真さん……」
「お久しぶりです。園子さん」

先程まで逢いたくて仕方無かった人物……園子の彼氏、京極真だった。

「びびびビックリするじゃない!もう!」
「すみません。それより、大丈夫ですか?」
「もちろん大丈夫よ!真さんが受け止めてくれたもん」
「ふふ。園子さん、相変わらずですね」
「そういう真さんだって」

つい一瞬前まで心臓が跳ねあがるくらい驚いていたのに、あまりにもいつも通り過ぎてなんだか可笑しい。
クスクスと笑いながら見上げれば、優しい眼差しが注がれて園子の頬が淡く染まった。

「園子さんを迎えに行こうと、丁度駅に向かっていたんです。すれ違いにならなくてよかった」
「あ……ご、ごめんなさい。待ち合わせ、私が時間を指定したのに遅くなっちゃって」
「でも、急いでくれたんでしょう?息上がってますよ」
「え、あ、その……」
「私は……その気持ちだけで十分です」
「真さん……!」

ゆっくりと弧を描く口元に目を奪われて、園子は思わず視線を逸らす。
そう、よくよく考えれば此処は天下の往来で、いつも以上に二人は近付いていて、何より真の声が耳元で囁いているかのようで心臓に悪い。
そんな園子の様子にようやく現状に気付いたのか、慌てて一歩距離を置いて喉を鳴らす姿は何だか可愛かった。

「ねえ真さん!お茶する時間くらいはあるんでしょう?」
「え、ええ。というか園子さん、買い物に付き合って欲しいという話じゃ……」
「今はゆっくりおしゃべりしたい気分なの」
「はあ」
「話したいこと、いっぱいあるんだから。……ダメ?」
「園子さんが望むなら、いくらでも」
「ありがとう!」

そうと決まればあとは行動するのみだ。
ちょっとおどけた風に腕を取り、早く行こうと促せば頬を染めつつ頷く彼がいる。
本当はギュッと抱き着きたいのを堪えながら、園子と真のデートは始まった。



そのままの君でいて



手を伸ばせば抱き締められる距離に貴女がいる。
真っ直ぐに自分を見上げる瞳が、そこにある。
(彼女が足りなくて帰国したと知ったら、笑ってくれるだろうか)

名探偵 幼馴染とその彼氏





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Last updated  2013.05.20 01:16:20


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