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「菊」 彼の口から自分の名前を呼ばれる度、胸が疼いてしまうのは何故だろう。少しだけ赤く染まった頬や、緩く弧を描く口元が、視界を奪ってもう目を剃らすこともできない。ゆっくりと持ち上げられた手のひらが自身の頬を包み、親指が頬の輪郭をなぞるのを感じる。これはキスをする動作の一つだ。目線の高さを合わせる為に少しだけ見上げれば、真摯な瞳が真っ直ぐに見下ろされて息が詰まる。彼の目元に生え揃った長い睫毛が綺麗だと思う内にそれは近付き、唇の熱を奪った。最初は小鳥のように軽く口付け、柔らかさを堪能するように首を傾けて優しく押し当てる。しっとりとした唇はやがて少しずつ隙間を広げ、侵入する長い舌をいとも容易く受け止め、絡めとった。口付けを交わす度、唾液が口元から零れそうになるのを必死に堪える。それが結果、彼の舌に吸い付く形になり、煽るなだの可愛すぎだの不本意な言葉を呟かれる事になるのだ。 「菊はキスが好きだよな」 いつだったか、いたずらっぽい顔で彼にそういわれたことがある。 「・・・・・・いけませんか?」「いいや、全く」 二枚舌を持つ彼に、嘘など突き通せる筈も無い。素直に真実を口にすれば、彼は嬉しそうにキスを贈ってくれるのだった。 擬人国/ふたりでお茶を。
2015.12.01
「あ~んもう完全遅刻!!」その日の園子は、朝からツイていなかった。登校中に水たまりの跳ねた泥水で靴下を汚し、授業でたまたま解らなかった問題を当てられ、そしてお弁当のおかずをうっかり床に取り落としたり。普段あまり起こりえないことばかりで理不尽な苛立ちを覚えて尚、ストレス解消に蘭を伴ってスイーツバイキング!などにならなかったのは、偏に恋人と約束を交わしていたからである。園子の恋人である京極真は普段海外に留学しており、日本に帰ってくることはほとんど無い。そもそも出会いである、あの伊豆の夏だって運命的と言えるような恋の始まりだった。最初は何だか見られている?と不審に思い、だんだん気味悪く思っていたはずなのに、それが自分をストーカー呼ばわりされることを覚悟で見守っていると知って、そして護られて。思えばあの一瞬で恋に落ちてしまったのだと思う。今まで出会ったことのない、まっすぐに自分に好意を向けてくれる人。甘い恋人の時間をたっぷりと夢見ていた筈なのに、すぐに海外へ飛び出してしまった人。待つことは好きではない。けれど親友の蘭が健気にあの推理馬鹿な幼馴染を待つ姿をずっと見ていたからこそ、そういう恋もありかな、と思うようになっていた。逢えない時間は電話や手紙を交換して、彼を試したり少しずつ好きになる気持ちを重ねていって。そうしていく内に、逢うたびにまた彼を好きになっていく自分に気付いた。真は蘭が言うように、贔屓目を抜いてもかっこいい。女子に人気が高いのも頷ける。それでなくとも言葉づかいは丁寧だしあんなに優しいのだ。余所の女の子にちょっかいを出されている可能性だってある。(とはいえ、真が掛け値無しに優しいのは園子に対してだけだが)いつも強気で勝気な発言ばかりしているが、本当はいつだって浮気を心配してしまうくらい自分の心は弱いのだ。だからこそ、逢えるときは存分に甘えたいし、まっすぐに好きだと伝えるあの眼差しに包まれたい。ふとそんな彼の事を頭に描いてしまって顔が熱くなる。――逢いたい。その一心で、授業が終わってすぐに学校を飛び出したのだが、電車が止まった所為で思わぬ時間を食ってしまい――そして今に至ると言う訳だ。「んもー!誰よ、こんな日に線路に落ちる奴はー!」文句を言ったところでどうしようもない。ようやく動いた電車を降りて改札を抜け、歩道を駆けだした園子に若干視線が向けられるが気にしている余裕は無かった。滅多に戻って来ない彼との待ち合わせ。それは言ってみれば、二人で会う時間もあまり余裕が無いという事と同意義となる。一分一秒無駄にしたくない。逢いたい、逢いたい、逢いたい!普段体育の時以外、碌に走らない身体はすぐに息を上げてしまう。横断歩道の信号がもうすぐ赤に変わろうとしている。あと、もう少し。抜けてしまおうと駆け続ける園子は、腕に走る強い力と一瞬浮いた身体にハッと息を呑んだ。「駄目ですよ、園子さん。信号を無視しちゃ」引かれた腕はそのままに、身体がその大きな体躯に包まれる。衝撃を受けたはずなのにしっかりと自分を受け止めてくれた、その人は。「ま、真さん……」「お久しぶりです。園子さん」先程まで逢いたくて仕方無かった人物……園子の彼氏、京極真だった。「びびびビックリするじゃない!もう!」「すみません。それより、大丈夫ですか?」「もちろん大丈夫よ!真さんが受け止めてくれたもん」「ふふ。園子さん、相変わらずですね」「そういう真さんだって」つい一瞬前まで心臓が跳ねあがるくらい驚いていたのに、あまりにもいつも通り過ぎてなんだか可笑しい。クスクスと笑いながら見上げれば、優しい眼差しが注がれて園子の頬が淡く染まった。「園子さんを迎えに行こうと、丁度駅に向かっていたんです。すれ違いにならなくてよかった」「あ……ご、ごめんなさい。待ち合わせ、私が時間を指定したのに遅くなっちゃって」「でも、急いでくれたんでしょう?息上がってますよ」「え、あ、その……」「私は……その気持ちだけで十分です」「真さん……!」ゆっくりと弧を描く口元に目を奪われて、園子は思わず視線を逸らす。そう、よくよく考えれば此処は天下の往来で、いつも以上に二人は近付いていて、何より真の声が耳元で囁いているかのようで心臓に悪い。そんな園子の様子にようやく現状に気付いたのか、慌てて一歩距離を置いて喉を鳴らす姿は何だか可愛かった。「ねえ真さん!お茶する時間くらいはあるんでしょう?」「え、ええ。というか園子さん、買い物に付き合って欲しいという話じゃ……」「今はゆっくりおしゃべりしたい気分なの」「はあ」「話したいこと、いっぱいあるんだから。……ダメ?」「園子さんが望むなら、いくらでも」「ありがとう!」そうと決まればあとは行動するのみだ。ちょっとおどけた風に腕を取り、早く行こうと促せば頬を染めつつ頷く彼がいる。本当はギュッと抱き着きたいのを堪えながら、園子と真のデートは始まった。そのままの君でいて手を伸ばせば抱き締められる距離に貴女がいる。真っ直ぐに自分を見上げる瞳が、そこにある。(彼女が足りなくて帰国したと知ったら、笑ってくれるだろうか)名探偵 幼馴染とその彼氏
2013.05.19
真夜中の季封村は静寂に満ちており、そこに存在するのは虫の音と夜空に輝く月ぐらいなものだった。部屋の電気を消し、そろそろ寝ようかと布団に入ったのが5分前。カーテンから僅かに差し込む月明かりが気になって、締めなおそうと思って手をかけた筈なのになぜかその手は開く方向に動いていて。窓から覗く夜空は広く、なんとなく昔のことを思い出して眉を顰めた。幼き頃、死ぬ運命にあると無情にも告げられたあの頃。星空を眺めながら、世界中で独りぼっちになった気分になり時々泣いていた。だからだろうか。星空を眺めて、幸せな気分になったことはあまり無い。悪いことばかり考えてしまいそうで、いつもならすぐにカーテンを閉めている所なのだけれど。「……玉依姫、か」1年前、ちょうど鬼斬丸の封印が薄れかけていたあの頃。アイツは俺の前に現れた。一目で見た感想は弱虫で生意気でちょっと可愛くて。あの時からずっと気になっていたのだと思いだし、苦笑する。死ぬことを受け入れたつもりになっていた自分を奮い立たせ、共に戦ってくれた誰よりも大切で誰よりも愛おしい女。絶対に離したくない。世界で一番幸せにする。そう、誓った無二の存在。想えばそれこそが、俺の運命だったのかもしれない。「アイツに出会って、俺は弱くなったし強くもなった」それは真実だ。俺の唯一の弱点といっても良い。アイツに泣かれるのは弱い。だからずっと笑わせてやるつもりだし、それを見つめるのも、隣にいるのも俺でいい。「……ったくどーしてくれんだ、珠紀」無性に会いたくて堪らなくなったくせに、なぜか顔は笑っていて。上着を羽織った真弘が窓から飛び出すのに、5分も掛かってはいなかった。きみに走って会いに行くきっと飛び上るほど驚くだろう姿を脳裏に描いて。(でもすぐに笑ってくれるだろうあいつがたまらなく愛しかったんだ)(緋.色.の.欠.片/真珠)
2013.04.07
恋ってどんなもの ねぇグランディスさん。私病気かもしれないの。サンソンに話しかけられると緊張してドキドキしちゃうし、目が合うと胸が苦しくって。サンソンが帰ってこない夜は泣きそうになっちゃうし、サンソンに触れられるだけで身体の奥が……そ……その、熱くなるっていうか、落ち着かないの!ねぇグランディスさん。これってやっぱりオカシイわよね?やっぱり病院に行った方がいい?それともサンソンに逢わない方がいいの?こんなこと、サンソン本人にはとても相談できなくって…(グランディスさんは本当に愉快そうに笑った後、サンソンにそれ言ってみなって言ったの。サンソンに言えば何もかも判るからって…んもぅ!言いにくいから相談したのに!…ね、サンソンってば聞いてる?)(ナディア/サンマリ)
2012.02.04
※死ネタ注意 "さよなら"は言わないで 「リ…ボーン」掠れた声が耳につく。腕の中で苦し気に息衝く、お前。「もっと、顔…よく、見せ て?」伸ばされた手を掴んでそっと頬に引き寄せる。指先はまるで氷のように冷たく、“終わり”を意味しているかのようで。「ツナ」「リボーン…」ツナの指先がそっとリボーンの頬を撫ぜて。「…ごめん、な?リボーン…」「ツナ…?」「やっぱり俺…最後まで非情に、なり、切れなかった…よ」「ああ…再教育しなきゃな」「うん…でも、もう……ダメ、みたい、だ」そう言って壊れそうな笑みを浮かべるお前。‐-―ちょっと、待て。「今まで…側に、いてくれて…ありが と」待てよ「…リボーン」なぁ頼む 頼むからその先を、言ってくれるな(言葉を発する前に塞がれた唇。お前がその言葉を紡いでしまったら、全てが終わってしまう気がして俺は馬鹿みたいにお前の口を塞ぐ事しかできなかったんだよ最後の言葉を聞いてやれなくて、ごめん な)(復活/死神と10代目)
2012.02.03
※死ネタ注意 最後の一滴なんだって泣きそうなツラしてやがるんだコラ。お前は何処も怪我なんかしちゃいないだろう?お前のファミリーはちゃんと護れただろう?俺とお前はただの知り合いってだけなのにお前はボンゴレのボスなのになのになんで、俺なんかの為に泣いてくれるんだよお前は言いたかった言葉も感情も全部飲み込んで微笑むお前から零れ落ちる涙の暖かさ。人とはこんなにも暖かかったのだと教えてくれたのはお前だけで(その髪も声も指先までも全てあの死神のモノなんだろうけどただ今この瞬間零れ落ちた涙は俺だけのモノだと知って俺はみっともないぐらい、死に逝く事に怯え た)(復活/R27←56)
2012.02.02
※死ネタ注意 冷たい唇 雨と血に塗れたお前を抱き、俺はそっとその唇に指を這わせる。昨日まで俺の名を呼んでいたこの唇。愛してると囁いたこの唇。綻んだ笑みを浮かべるこの唇。そっと口付ければその冷たさが直に伝わってきてようやく俺は、お前が逝ってしまった事に気付いたんだ。(取り残された俺はただただお前を抱いて空を見上げる事しかできなくて最後まで俺を想ってくれたお前を護れなかったことを一生悔やんでいくのだと朧気ながら感じ た)
2012.02.01
『そう。彼は今も、あの館を彷徨い続けているのです――』最後に言葉の響きを引き立たせるようなBGMの後、通常のCMに切り替わった画面を見つめながら吉子は震える息を吐いていた。「……な、なかなか良く出来てるじゃない……」その表情が若干引き攣っているのは、物語の舞台があまりに此の家に酷似していたからだ。たまたま似たようなコテージを利用したのだろうが、今夜はTVの中と同じく嵐が夜の中で蠢いている。今にも玄関のチャイムを鳴らす音が聞こえるような気がして――無意識にクッションを手繰り寄せようと動いた手が、暖かな何かに触れて大きく肩を震わせた。「どうしたんですか?」これで口元に笑みでも浮かべれば、あの人そっくりだわ――なんて事を内心呟きながら吉子は誤魔化すように笑いかける。あと数ヶ月で小学六年生を迎える倫伝は成長期らしく、少しだけ身体から丸みが取れてきたような気がした。誰かの遺伝子を伺わせるような顔立ちや背の伸び具合に伴ってか、多少怪談話に耐性が出来てきたらしい。自分がライト片手に怖がらせたあの日が嘘のようだ。「う、ううん。番組も終わったし、そろそろお風呂とかどうかなって思って」「大丈夫です。お父さん、まだ根詰め中みたいだし邪魔できませんから」そう見上げる先――龍之介の部屋からは、特にこれと言った物音は聞こえては来ない。だがそれもそのはず。彼は今夜、締め切りに追われて切羽詰まっていたのだ。倫伝が泊まりに来る日はいつも事前に伝えてある。今日だって大変なら別の日に、と申し出があったにも関わらず『夜までに終わらせる!』と本人が豪語した為にこうして吉子と二人で過ごしている。夕飯時も手早く済ませて行ったのも早く終わらせたい一心だろう。それをほんの少し寂しく思いながらも怒りを覚えたりしないのは、彼なりに一生懸命だと理解しているからだ。そしてそんな人だからこそ、応援しようという気持ちで待つことが出来る。でなければ倫伝はとっくに家に帰していただろう。「待っててもいいですか?」「そうねえ。でもあんまり夜更かしさせるのも……あ、じゃあ私の部屋で入りなさいよ」「ええ?」「そうよそうしましょ。この際だから一緒に寝ましょ。ね!」「……吉子さん、もしかしてさっきの怖」「さーお風呂お風呂っと!」強制的に部屋に連行する吉子に若干呆れつつ、倫伝は促されるままに風呂場へと追いやられる。だがそこでようやく倫伝の荷物が龍之介の部屋にある事に気付き――なんとなく気まずさを覚えながら其れを告げれば、部屋のドアを閉める音がして倫伝は溜め息を吐いていた。**あれから吉子が部屋に向かったものの、荷物を取りにいける雰囲気ではなかったらしく、とうとう同じベッドで寝る事になってしまった。一緒に寝るのが嫌だとか、そういう訳ではない。だがあの頃の『怖さ』が無くなった分、なんとなく落ち着かない気がして。「じゃあ倫伝くん、電気消すわよ」「……あの、吉子さん」「ん?」「僕今成長期ですし、一緒のベッドはやっぱり……僕はそこのソファで寝ます」「なーに今更遠慮してんのよぉ。昔は一緒に寝た仲じゃない!それに貴方が居たって落ちたりしないわよ」「でも、あの」「大丈夫よ!貴方のお父さんが乗ったって大……いや、それはどうでもいいんだけど」「いつも一緒に寝てるんですか?」「ま、ま、毎日な訳無いじゃない!やーねぇもおー!」「じゃあたまに一緒に寝てるんだ」「どどどうでもいいでしょそんなこと!さ、もう寝る寝る!」「えー僕まだ眠くない……」「寝・る・の!」「……はい」半ば強制的に布団に押し込まれた倫伝だが、その表情は少し苦笑気味だ。(……お父さん、この事知ったら多分拗ねるだろうなぁ)そんな倫伝を他所に、さっさと寝に入る吉子はある意味凄い。(まぁ、いいか)眠くないと言いながらも眼を閉ざせばいずれ眠気はやってくる。――翌日、倫伝が予想していた通りご機嫌斜めな龍之介に色々な意味でお叱りを受けることになるのだが、今は二人夢の中である。君はなにをしているだろう「こい、つらぁ…」ようやく仕事を纏め上げ、一時的とは言え頭から忘れ去っていた二人を思い出して罪悪感を抱いていた龍之介だが、呑気に眠る姿を見れば苦笑さえ浮かんでくる。――とはいえ。「……いくら子供だっつったって、一緒のベッドで寝るのを赦した覚えは無いぞ。スエキチ」覚えてやがれと呟く声は本人が思うよりも優しい。掛けなおした布団をそっと撫で、欠伸を噛み殺しながら彼は部屋を後にした。(女.神.の.恋/龍之介×吉子)
2011.04.17
信じちゃいねェが、『御仏のお導きだ』と言われりゃア今なら信じられる気がする。前の世で何度手前の身勝手さを悔やんだ事か。何度今生で夢に見たことか。触れれば消えそうな儚さを無意識に感じ取っているのか、笑えるぐらい此の手の震えが止まらない。夢を見る表情に何一つ変わりはない。その頬に指先を伸ばしたいと思う傍ら、必死に空いた片手を押さえる手が奴に最後の警告を告げているようだった。『今ならまだ引き返せる』『何も無かったことにすりゃアいい』『前の世で何の為に別れたんだ?』解ってんだよ、そんな事ァ。あン時奴が何遍も自問して出した答えなんだ。その答えを今更覆すつもりはねェよ。―――けどな。泣きながら笑うンだよ。此の人ァ。全部呑み込んで奴を赦しちまうんだ。当たり前のように。ただ、笑って。(嗚呼)一度も間違いが起きぬ人生なんざありえねェ。即ち此の縁も切って離せるモノじゃねえンだよ。大事なのは奴の覚悟だ。そうだろう?(前の世は二人共に苦しんだ。なら、もうそれでいいでしょうや)「……百介、さん」名前を呼べば、堰を切ったかのように目から熱が零れ落ちる。重ねた手が二度と離れて行かぬように僅かに力を込めた掌から伝わる熱。(望むものは只一つ。貴方が居りゃあそれでいい)(巷説:現パロ又百)
2011.04.09
▼自家発電(バレンタインデーの二人)「吉子さん、今日はなんだかご機嫌ね」朗らかに笑みを浮かべる奈津子にそう言われた吉子は、ほんのりと頬を染めながら頷いた。大事そうにバックを抱え、この上なく幸せそうな吉子を見るだけで何だか幸せが分け与えられるようだ。含み笑いを浮かべつつ奈津子はそっと細い指先を吉子の頬に滑らせる。折角素敵な事を起こそうとしているのだ――せめて彼に気付かれる要素の一つぐらい、取り除いてあげなければ。「ふふ、付いてるわよ」「え、あっ!やだぁ~」「相変わらずそそっかしいのね」「あははは……」「上手に出来たの?」「私にしては、まぁまぁって所ね。……べ、別に深い意味はないのよ!いつも美味しい料理を作ってくれるし、そのお礼っていうか、感謝の気持ちっていうか」「何だっていいわよ。きっと小田は喜ぶと思うわ」「そうだといいんだけれど」はにかんで笑う彼女は、まるで妹を持ったかのような錯覚を覚えさせる。時々素直すぎるぐらい真っ直ぐな彼女は大きな瞳を輝かせ、きっと彼を思い浮かべているのだろう。小田もまたそんな彼女を見つめ、自分と同じように満たされた気持ちを抱いているのだろうか。(いや、きっとそれ以上なのだろう)「あ、そうだ奈津子さん!これ、奈津子さんと倫伝君に」「あら悪いわ。私何も用意していないの」「お気持ちだけ頂きます。奈津子さんにはいつもお世話になってるから」「それを言うなら私もよ。でも折角だし……頂かせて貰うわね」「はい!どうぞどうぞ!」「きっと倫伝も喜ぶわね。後でお礼を言わせるわ」「どういたしまして」「ふふ。……そろそろ、いい時間ね」「だと思います。それじゃ奈津子さん、また!」「ええ、吉子さん頑張ってね」「え?」あの贈物と、彼女の笑顔を見たあとの龍之介の反応が何となくわかってしまって思わず笑みが零れる。軽い足取りで車の元へ歩き出した奈津子は、今からでも愛する夫の為に作る準備が出来るだろうかと頭の中で計算し始めた。奈津子を見送り、石造りの階段をゆったりと昇りながら吉子は窓辺のテラスを見上げる。薄手のカーテンが敷かれた先に、まだ彼はいるだろうか。真剣な眼差しで、眼鏡越しに画面を見つめる彼を思い返して頬を染める。普段人をからかったり、優しく接したりする彼のあまり見えない一面は驚くほどにカッコイイ。つい先日もあの眼差しにあがらうことすら出来ずに薄い唇が重なるのを受け入れて―――。そこまで考えて首まで赤く染まってしまい、慌てて頭を振り被って階段を駆け上がる。何故彼はあれ程余裕なのか未だに納得できない。こちらはいつまでたっても、初めてキスした時のように胸が高鳴って仕方ないというのに――。「なーんて顔してんの?」「へ?きゃああ!」まるで開かれるのが解っていたかのように、ドアの丁度目の前に佇む龍之介に吉子は悲鳴を上げた。心臓に悪い。思わず尻餅を付き掛けた身体は、彼の逞しい腕によってその胸の中に引き戻される。「な、な、なにすんのよ!」「何って、転ばないように助けてやったんだろ?」慌てて身体を引き離そうとするも、それに反するように腕の力が強まる為吉子はますます身体を密着せざるを得ない。頭上から聞こえる笑い声はどう考えたって自分をからかっているようにしか聞こえず、吉子は頬を膨らませた。「もう、動けないじゃない!」「何ならこのまま抱き上げて、ベットまでお連れしましょうか?お嬢さん」「な……!?」さすがに今度こそ真っ赤になってしまった吉子に、龍之介は笑いを堪えきれない。「ぶぁーか、嘘だよ。3時だしお茶にしようと思ってさ、お前の事迎えに来たの」「ふ、ふんだ。なら人の事驚かさないでよね、悪趣味よ」「お前の反応が面白くってさ~つい」「ついって何よ!」そっと緩んだ腕から解放され、いまだ胸は高鳴るばかりだ。宥めるように頭に置かれた掌も、ふんわりと漂う彼の匂いも何もかもが吉子を惹きつける。無性に抱きつきたくなったのをぐっと堪え、腕を惹かれるまま台所につけば暖かな紅茶と見事なデザートが吉子を出迎えた。「チョコ……?」「おう。俺特製のデザートが食べれるなんてお前は相当ついてるぞ」確かに出来栄えは見事。味だって、毎日美味しい物をつくるこの人の事だから、きっと相当に美味しいに違いない。そう思った瞬間、急にバックの中に仕舞いこんだものが出しづらくなってしまって――。「どうした?席、つかないのか?」「え?あ、ううん頂くわ。あなたの料理はピカ一だものね~」「そりゃ当然、俺の愛が詰まってるからな」「や、やだぁ~もう」「そんでもって、お前のコレも」ハッと振り返り、彼の手に収められた例のモノに吉子は顔を引き攣らせる。忘れていたのだ――今日はついうっかり、口の開いたトートバックを持ち歩いていた事を。「やっ!か、返してよ!」「やだねー。これ、誰に渡すつもりだったんだよ」「だ、誰だっていいでしょう!……あ、自分!自分用よ!」「自分用ねぇ……」あからさまにラッピングに気合を入れ、チョコレートの香りを残したままのくせによくもまあそんなわかりやすい嘘がつけたものだ。「んじゃ、交換な」「え?」「俺のデザートとだよ~。そうじゃなきゃ割りに合わないだろ?」「そんなぁ!ダメなのよそれは、とにかく、返して!」「あれ?要らないのぉ~?俺的に結構自信作なんだけどなぁ~折角スエキチに食べてもらおうと思ってたのになぁ~残念だなぁ~?」「~~っもう!わかったわよ!その代わり、味の保障は出来ないんだからね!」「勿論承知の上だってーの」ニヤリと笑みを浮かべる龍之介を横目に、さっさと席についた吉子は一口掬ったチョコレートを徐に口の中へと放り込む。それは彼の愛情のように、蕩ける甘さで吉子をときめかせるのであった。FIN女.神.の.恋(龍之介×吉子)まあこの後吉子のチョコ食べて「お、うまい」「え!本当~?」「ほら味見」とか言ってキスとかイチャイチャしてればいいと思います(キリッ
2011.02.01
くだらないこと ふと目が覚めた時、暖かな温もりに包まれていることに気づいた吉子は夜中にも関わらず叫び声を上げそうになっていた。必死で口元を押さえた手のひらはそのままに上下する胸元を見つめ、そして釣られるように頭上を見上げる。窪みのある鎖骨、無骨な喉仏に潜む馴染み深い声は、今は眠りの中だ。寝息を漏らすあの薄い唇に、今夜は何度口づけられただろう。回数を思い返すことすらはばかるかのように熱くなってくる頬を目の前の胸元に押し当て、吉子はようやく溜め息を漏らした。龍之介とひとつになることは、男女の仲となった今では自然な事だった。初めて結ばれたとき、そういった行為が初めてでもないくせに生娘のように緊張してしまったのは相手が『初めて心から愛した人だから』という事に他ならない。恋に恋するような恋愛とは違う、本当の愛は吉子を幸福に満たし、そして恐れを抱かせた。愛されている自覚はある。だが以前の恋人達のようにいつか愛想を尽かされたら、という気持ちが完全に消えた訳でもない。途端脳内に『じゃあな』と笑って背を向ける龍之介の姿が過ぎって――吉子は堪らず龍之介の身体にしがみついた。(大丈夫、この人はどこにもいかない)ならば何故この手は、彼から離すことが出来ないのか。……考えれば考えるほど悪い方向へ進んでしまいそうな吉子の身体からは、すっかり眠気が飛んでしまっている。お酒でも飲んで、少し気を紛らわそうか。そう考えて名残惜しみながらも彼の腕の中からすり抜け、ベッドを離れようとした時、強い力が吉子を元の場所へ引き戻した。「きゃ!」「……どこ行くんだよぉ」「や、やだ。起きちゃったの?」腰に回された腕から彼の顔に視線を移せば、ご機嫌斜めな表情が浮かんでいると薄暗い部屋の中でも判る。まさか貴方といると眠れないからとはいえず、取り繕うように吉子は微笑みかけた。「目が覚めちゃったから、お酒を取りに行こうと思っただけよ」「何で起こさないんだよ」「だって~貴方気持ちよさそうに寝てるんだもん。起こしたら可哀想でしょ?」「そんな殊勝な事いう女かぁ~お前?」「ちょっとそれどういう意味よ!……って何、起きるの?」「気持ちよく寝ようにも肝心な抱き枕が無くっちゃな」「だっ……あのね、私は枕じゃないんですからね」「言われなくても解ってるよ。枕相手じゃ、こ~んな事できねぇからな~!」体躯に差がありすぎる二人は、龍之介が覆い被さればすぐに身動きが取れなくなってしまう。まだ碌に衣服もまとっていない状態での戯れは少しばかり気恥ずかしい。「きゃー!も~無理、勘弁してよ~!」「お前が思い詰めたような顔するからだろ」「え?」「……何考えてるか知らないけどさ、」長い指先が、顎を上向かせる。刺すような眼差しに息を止めさせられる感覚を覚える。けれどその瞳から視線を逸らせない。「離す気ないから。覚悟しとけ」落ちてくる唇の熱に抵抗することなく、数時間前と同様にベッドに縫い付けられる。些細な不安も闇に溶けるほど、吉子はこの男に愛される事を幸せだと思った。女.神.の.恋(龍之介×吉子)
2010.12.05
おやすみかわいいこ 何かが割れる音と同時に小さな叫び声が上がって、龍之介は推敲していた小説からハッと現実に引き寄せられた。締め切りがあと三日と迫る中で、集中力が途切れるのは惜しい。だが物語も終盤に差し掛かる今、異星人が伝えようとする言葉が思うように出てこず悩んでいたのである意味丁度良い息抜きになりそうな気がする。そんな言い訳交じりの理由を頭の中に浮かべながら、相変わらず一人で賑やかな吉子の元へ向かえば見るからに落ち込む背中がそこにあった。「もぉやだぁ~……」「何が嫌なんだ?」「キャ!」「人の顔見て叫ぶなんて失礼な奴だな~」「だ、だって急に声をかけてくるから……あ」「成程、皿割っちゃったのね」「ごめんなさい。貴方、これ気に入ってたのに……」「別にいいよ。それより俺が片付けるから、お前この辺触るなよ?」「いいわよ別に、片付けぐらい自分でやるから」「お前が危なっかしいから親切心で言ってやってんだろ~?いいからお前はコーヒー入れてくれよ、コーヒー」「はいはいわかりましたっ!」子ども扱いされた事が悔しかったのか、多少拗ね気味な吉子の手付きは少々強引だ。(全くウチのお嬢様は……)さっさと片付けて構ってやろう。そう思って掃除道具を探しに歩き出そうとした足は、何かがぶつかる音によって動きを止めた。「おい大丈夫か……スエキチ!?」ダイニングテーブルにしな垂れる様にうつ伏せる吉子の姿に、慌てて駆け寄った龍之介の手が無意識に肩に触れ、その熱に目を見開かせる。「熱があるじゃないか!」「だ、大丈夫……少し、休んでれば」「馬鹿、こんな時に強がるな」「でもコーヒー」「そんなものはどうでもいいだろ!ええっと、薬あったっけかなぁ~!?」龍之介にしては珍しい位動転しながら、有無を言わさず彼女を抱き上げて部屋へと向かう。ドアを開け、ベッドに寝かせようと下ろして服を脱がせようとした段階でようやく吉子は我に返った。「ちょっこんな時に何考えてるのよ!?」「そりゃこっちの台詞だ!病人に無理強いする程俺は鬼畜じゃね~よ。そのままじゃ寝苦しいだろ」「じ、自分でやるからいい」「でも」「いいったらいいの!もお寝るから出てってよ!」「なんだよ人が心配してるのに!」「アタシの事なんか放って置いていいの!それより仕事の方が大事でしょ?伊達に十数年も独身生活してたんだから、ひとりで平気よ」「……ったく、このアホ吉」「なんですって!」「出て行ってやるから、ちゃんと着替えておけよ。薬と飯、用意してくるからさ」「でも……」「それとも今すぐにでも着替え手伝ってやろーか?」「結構です!」胸元を押さえ、頬を膨らませる姿に抱き締めたい欲は膨らむが此処はグッと堪える。代わりと言わんばかりに額にキスを落とすが、それは益々吉子の熱を上げさせる一因にしかならなかった。暫くして龍之介が部屋に戻る頃には、吉子はキチンとベッドの中に納まっていた。さすがに今夜は薄手のネグリジェという訳にはいかないらしい。ジャージ姿はなんとも色気がないものの、さっさと風邪を治して貰いたい身としては微笑ましく思えるものであった。「……馬鹿よね、アタシ」「何が?」「貴方の邪魔をしちゃいけないと思って隠そうとしてたのに、結局バレちゃうし。こうやって世話を焼いてもらってるし……」「そうだなぁ」「ちょっとは否定してよ!」「ヤダね。俺にそんな隠し事しようとするお前が悪いんだろ~?」「……だって」「お前の気持ちは嬉しいけどさ、知らないまま呑気に仕事してる方が俺はよっぽど嫌だよ」「うん?」「ばぁ~か。誰かさんの為に頑張ってるのに、その誰かさんが参っちゃってたら元も子もね~だろぉ~?」「……!」「それに俺には才能があるからな。一日ぐらい時間潰したって、どうにかなるさ」「何よぉ……すぐ調子に乗るんだから」「うるさいよ。ほれ、さっさと飲んで寝て治せ!」「……ありがと」「ん」薬を飲んで横になる吉子の掛け布団を押さえる手の感触が、いつにも増して優しく感じる。吉子が眠りにつくまで傍にいよう。そう思っていた龍之介だが、次の日の昼までぐっすりその部屋で一夜を明かしてしまう事は知る由も無かった。 女.神.の.恋(龍之介×吉子)
2010.12.04
「な~に見てんだぁ?」龍之介が原稿の筆休めに、と居間に下りてきた時、薄暗い部屋の一角で吉子がTVの前を陣取っているのが目に入った。物語は終盤らしくTVの中に映る男が切なげな歌声を響かせ、またそれと同時に吉子の肩を揺らしている。傍らのゴミ箱に盛られたティッシュの山に苦笑を覚えつつも、龍之介は台所に向ける足を方向転換させてあえて彼女の元へと歩き出した。「おい、スエキチ」「んもぉ~いいところなのに何よぉ」「うわっ何だその顔~!」「うるさいわね、仕方ないでしょ感動したんだから!」「ほれ、出てるぞ鼻水」「えっ嘘……」「嘘だよばーか」「馬鹿とは何よ馬鹿とは!」笑い声を上げながら掴んだティッシュを鼻先に当てれば子供のように鼻を噛む。そんな吉子をすっかりご機嫌に眺めていた龍之介は、何処か聞き覚えのある曲にようやく彼女が何を見ていたのか理解した。「あれ?このDVDうちにあったっけ?」「奈津子さんに借りたのよ。もーすっごくよかったの」「ああ、好きそうだもんなぁお前」「そう!一人の女に、二人の男が愛を迫る……実際そういう場面になったら困るけど、こういうのって見てるだけでときめくわよねぇ」「はぁ、そういうもんかね」「そうよ。……あ、でも貴方って意外と歌とか、楽器とか弾くの上手そう~」「何、いきなり」「ねね、ピアノ弾ける?ピアノ」「弾けるわけないだろ、習っても無いのに」「そうよねぇ、貴方が怪人は……ちょっとねぇ」「おい、それどういう意味だよ」「性格はちょっと違うけど、もし当て嵌めるなら貴方はこっちの公爵だと思うもの。顔もスタイルも悪くないし、それに音楽が出来なくても大丈夫そうだしね~」「じゃあ何か?お前は自分が歌姫だとでも言いたい訳?」「やっだぁ~もお~!」「……本当、お前ってお気楽ねぇ~」「ちょっとそれどういう意味よ!」「べっつにぃ。さ、俺はコーヒーでも入れてくるかな」「あ、ねえだったら怪人の方が良かった?それとも違う映画が良いの?」「どっちもゴメンだってーの。それよりほら、お前はいるの?コーヒー」「うん、お願い。あ、そういえばさぁ~」龍之介が立ち上がれば、さっきまで夢中だったTVを放ってその後を付いて行く。そんな吉子の行動に少しだけ頬を緩めながら、何事も無かったかのように会話というじゃれあいを楽しむ龍之介だった。どうかこれでさいごであるように……ったくお前は、俺に二度もあん時の経験繰り返させる気かよ。(俺だけみてりゃあそれでいい)(女.神.の.恋/龍之介×吉子)
2010.12.03
全然足りないキーボードの上で踊る指先が、最後の言葉を紡いで漸く動きを止めた。力の篭っていた目元を解すように指先を押し付ければ、途端に自分が空想から現実に帰ってきたような気になる。ついさっきまで脳内で動き回っていた宇宙人はすっかりナリを潜め、ふと思い出すのは疲れた時にこそ見たくなる彼女の笑顔だった。塩田でようやくお互いの気持ちを受け入れあい、二人の新たなスタートを切ったのがつい昨日の事のように思う。仕事を軌道に乗せ、二人の思い出のコテージを購入に至らせるまで色々な試練はあったが、辛いときも彼女が豪快に笑い飛ばしてくれたからこそやってこれたような気がする。「……流石のアイツも寝てる、かなぁ」百面相のようにクルクル表情を変えては龍之介を楽しませ、おせっかいな程に人の心に入り込みんでちゃっかり居座る彼女。いつしか龍之介にとって無くてはならない存在――一生を共に過ごせる相手と思えたのは、気の迷いではなかった。自分が自分で居られる。そして相手に其れを受け入れられる事は何よりだ。だが何といっても彼女は――可愛い。子犬をからかうかのように、すぐに反応を返す所はきっと一生変わらないだろう。真っ直ぐに見つめて、真っ直ぐに受け入れて、真っ直ぐに愛してくれる彼女。時折つまらない嫉妬さえ覚えてしまいそうな程溺れてるなんて、本人には決して言ってはやらないけれど。「本当、馬鹿だよなアイツ……」飽きる事の無い表情を思い出せば、無性に逢いたくなるのが人の性だ。深い笑みを蓄えたままの龍之介が向かったのは、勿論彼女の部屋だった。「…ん……んん!?…っちょ、ちょっとぉ!?」「なに」「なに、じゃないわよ!何なの夜中に突然!?」「んー夜這い?」「はぁ!?」今にも文句が飛び出しそうな唇を、黙らせるように口付ける。(そーよ、俺って身勝手なの)(今お前が無性に愛しくって仕方ねーんだ。諦めろ)(女.神.の.恋/龍之介×吉子)
2010.12.02
夜の隙間 鼻を啜る音がようやく止んだ暗闇の中、曽良は静かに瞼を開いた。師である芭蕉が自分に暴力を奮われ、あの小汚い人形を抱えて泣きながら眠る事はこの度の道中幾度も起きている事である。大半はしょうもない駄々を捏ねられたり、構って欲しいのか色々ちょっかいを出して来る故の制裁なのだがあの師は反省というものを知らないらしい。いい加減学習してくれればと思いながらも、首を少しだけ傾ければこちらに背を向ける芭蕉の姿が視界に入って掌を握り締めた。曽良君酷い!と泣き喚いた事すら忘れたような寝息は平和そのものだ。明日になればまた“何時もの事”と捕らえられてケロッとした様子でまた駄作を読み上げ、調子に乗ることだろう。きっとこの師にしてみれば、弟子の抵抗など流すに値する程度のことなのだ。「……寝たんですか、芭蕉さん」起きている訳が無い。当たり前の事に小さく溜め息付きながら、布団を押しのけた曽良は芭蕉に近付いた。目元から頬に伝う涙の痕に少しだけ罪悪感が過ぎるが口元に浮かぶ弧に苛立ちを覚える。どんな夢を見ているか知らないがきっとその夢に自分は居ない。師が自分に向けるのは、いつだって苛立つほどの無防備さと怯えばかりで。(――酷いよ曽良君!)結局、あんたは何も解ってないじゃないか。僕が苦し紛れにあんたに手を出すのも、冷たい態度をとってあんたを傷つけるのも、過剰な程に世話を焼くのも、全部僕という存在をアンタに刻み付ける為だ。あんたは何時だってあの雲のように掴みどころも無く、容易く僕をすり抜けていく。嫌っている訳が無い。だがこの狂おしいまでの感情はどうしたらいい。全てをあんたに向けたとき、あんたに其れを拒否されてしまったら。僕という存在を嫌ってしまったら。僕は、「……曽良…くん……」は、と我に返った時、無意識に芭蕉に近づけていた右手に皺が増えた手が添えられていて、曽良は一瞬で背筋が冷たくなった。早鐘のように鳴る心臓と息をどうにか飲み込むが、ジワリと広がった掌の汗までは隠しようが無い。「芭蕉さん……?」「……いいこ、そら…くん……」「……!」「いいこ……」「……いい子なんかじゃ、ありませんよ」だって僕はいつだって貴方の愛を独占する方法ばかり考えている。(ぼくだけをあいしてほしい、だなんて)(日和/弟子×師匠)
2010.12.01
だから嫌だといったんです 「そ、らくんの、ばかあっ!」「……芭蕉さん」「松尾、嫌だって言ったのに。なのに無理矢理するなんてヒド男!百貫デブ!」「言いたいことはそれだけですか」「ヒィィン手刀構えだした!もうヤダこの鬼弟子!」「……そんなに僕が嫌いですか」「え」構えられた手刀がすっと下げられ、芭蕉は思わず動揺した。てっきり来るだろうと思われた衝撃は無い。むしろ顔を伏せ、少しばかり落ち込んでいるように見える弟子の姿に慌てて言葉を繕い直す。「いや、あの!確かに曽良君にいつも酷い仕打ちを受けてるとは思ってるけど、別に嫌いとかそういう事は無いって言うか……」「でも僕と居るのが嫌なんでしょう。本音を言えば一緒に旅に出た事、後悔してるんじゃないですか」「ち、違っ」「僕は他の兄弟子と違って優しくありませんからね。厭われても致し方ない……」「そんなことない!!もうっいい加減にしないと松尾怒っちゃうぞ!」「芭蕉さん」「私は曽良君がいいから旅に誘ったの!曽良君じゃないとダメだって思ったから……それぐらい弟子なんだから解ってよ!」「……すみません」「それに、私は曽良くんのこと……」「……芭蕉さん」「何?」「じゃあ、続きしてもいいですよね?」「え?あ、いやっそんな無殺生……いやあああそんな所捲らんといてええ!」「うっうっ……あれから弟子男に散々女装させられた……松尾もうお婿にいけない」「……じゃあ僕が貰ってやりますよ」「え?何か言った?」「ジジイの女装に需要はあるのかと……」「ココまでやっといて今更!?!」 (日和/弟子×師匠)
2010.09.03
眠り姫に目覚めのキスを「――んせ、起きてくだせエ」何処からか聞こえてくる声が酷く甘ったるくて、百介は薄らぼんやりとした意識の中で手の中のシーツを握り締めた。触れる指先は少しだけ遠慮がちで、笑い声さえ聞こえて来そうな雰囲気が安心感と更なる眠気を誘う。此処はあまりに心地良い。柔らかな羽毛布団は暖かいし、何より彼が傍に――。(――彼?)「お目覚めですかい、先生」開こうとした瞼を押さえつけるかのようにキスが落とされて、百介はようやく意識を取り戻した。寝起き故か口が上手く回らない。慌てて布団の中に潜り込もうとするものの、ベッドに掛けられた又市の足が布団を縫い付けている為か上手くいく様子もない。それを実に楽しそうに眺めていた又市だったが、諦めて枕に突っ伏す百介に一度笑みを深めると再度脳天にキスを施した。「よゥくお寝みになっていたようで」「……もっと、普通に起こしてくださればよかったものを」「いや、奴だって起こそうとしやしたがね。先生があんまり無防備に寝顔晒されるもんですから、つい見惚れちまいやして」「もう!からかうのは止してください」「奴はつまんねえ嘘は吐きやせんよ、先生」布団ごと抱き締められては、最早百介に逃げ場は無い。枕を押しのけられ、陰る視界に無意識に瞼を閉じれば――何かが当たる振動が、又市の掌越しに伝わった。「ってえな!何しやがんだこの阿婆擦れ!」慌てて後ずさる百介をしっかりと腕の中にホールドしつつも、又市の視線はすでにドアの方へと向けられている。そこには腕を組むお銀の姿と、手にぶら下がった丸みのあるクッションがあって百介は一気に顔を赤らめた。「あ、あ、あのお銀さん!これは、その……」「妾はね、朝食の用意ができたから先生起こして来いって言ったンだ。……なのに朝から襲う馬鹿が居るかい!この色狂い!」「人聞きの悪い事言うんじゃねえや。仮にそう見えたとしても、奴が先生の嫌がることする訳ねえだろうが」ねえ先生?と笑いかける又市と騙されちゃいけないよ!と声を掛けるお銀との狭間で百介の動揺は隠せない。どうしようかと慌てふためく百介についうっかり抱き寄せ掛けた又市は、今度こそお銀の投げたクッションによってベッドから叩き落されるのだった。(巷説/現代パロ:又百)
2010.09.02
あんたそりゃ無理ですよ 「一緒に寝ましょう。又市さん」無防備な笑顔そのままに言われた言葉に、又市は一寸間を空けてから「ハァ?」と聞き直した。仕掛けも終わり、後は江戸に帰るだけの最中に宿に泊まる事は良くあった。又市一行だけならば野宿だろうが大して気にも止めないが、百介の存在を気遣ってのことだろう。出来る限り屋根のついた場所へと思い今日も宿を取ったのだが、生憎部屋数は2つしか空いて居なかった。お銀はある種家族のようなものだ。今更どうこう思うことも無い――だが、生憎と百介との同室を考えると幾ら江戸一番の野暮でも身が狭いだろうと考えた結果、又市と百介が同室にて就寝することになったのである。(そもそも自分以外の者と二人きりで一夜なんて考えたくない思いがあったのだろうが)百介は世間離れしてはいるが、大店の若隠居らしく非常に利巧で礼儀も正しい。慎ましやかな所も又市が好むところではあったが、彼は今何と言っただろう?「……あの、先生。奴ァどうもまだ酒が残ってるんだか、妙な聞き違いしてしまいやして……今なんとおっしゃったんで?」「ええと、ですから一緒に寝ましょうと」「……一緒ってぇのは、アレですかい。この部屋で一緒にっていう」「違いますよ。さっきお銀さんから聞いたと思いますけど、仲居が仰っていたでしょう?」「仲居?」「急に布団が足りなくなってしまったので、その代わりにこの店一番の大判布団を一組用意するから勘弁して欲しいと。何、私も出来るだけ端に寄ります故、一晩だけ我慢頂ければ――」「ち、ちょっと待って下せえ先生!」慌てたのは又市である。確かに同室での一夜を望んだのは自身だが、同じ布団で一夜となれば話が変わる。何遍も何遍も夢に見た行為が出来る程傍によった距離で一晩生殺し状態になれと言うのか――。百介に悪意はない。だが地獄を見るぐらいならばそれこそ廊下の板の間で眠った方が随分マシと言うものである。「あー……と、とりあえずその布団は一人でお使いくだせェ。奴はちと所用を思い出したもんんで、少し出てきやす」「え、でも」「何、奴も用を済ませたら帰ってきやす。そんときゃあまあ、精々襲っちまわねえように辛抱しやすよ」「襲うも何も、私の持つ路銀の程度などご存知でしょうに」「その襲うじゃあねえんですがね……」「え?」「いや、何でも。それじゃ先生おやすみなせえ」「ええ。早く帰って来てくださいね、又市さん」「……善処しますよ」純真な眼差しを向ける百介の願いはきっと叶わないだろう。だがそれでも一人残して外で寝るのはやはり忍びないので――とりあえず自身を諌める為にも、又市は部屋を後にしたのだ。(だがそれもまた生殺しの始まりである)(巷説/又百)
2010.09.01
怖いのは嘘をつかれる事じゃなくて、その先にあるもの 「……あんた本当、いい加減にしろよな」まるで死んでいるかのように深く眠りにつく上司を見つめながら、新八は小さく呟いた。ヤバイ事件に絡むときはいつもそうだ。不器用な嘘を吐いて、自分や神楽を突き放して一人危険な場所へと乗り込んでいく。それを事前に察知できるようになったことに、少し前までの自分は浮かれていた。だが現実はどうだ。この人は騙そうと思えばいくらだって僕らを騙せるし、知らない間に死んでしまうことだって決してありえぬことではない。どうして何でも話してもらえるなんて信じていたんだろう。いつになったら“大人と子供”の壁を越えて行けるのだろう。「銀さん、」(抱きついてしまいたいと思うこの衝動は、僕が子供な証拠なのだろうか)銀魂/銀←新
2010.08.05
恋をするということ カメ子がこの水軍館に行儀見習いとして訪れてから早数週間。当初は戸惑いを隠せずにいた鬼蜘蛛丸であったが、仕事上がりに向けられる笑顔が当たり前のように感じられるようになったのはつい最近のことだ。かしこく、おしとやかで愛らしい少女は水軍の男達からは勿論、台所を預かる女房達にも気に入られている。手馴れない包丁捌きや、魚の入った桶を一生懸命運ぶ姿に誰が嫌いになどなれようか。手を伸ばせば届きそうな位置にいる少女に、鬼蜘蛛丸はますます自身が少女に溺れていくのを自覚している。最初から勝てるわけが無いのだ。(何せ惚れたのは俺が先だ)彼女は所謂“高嶺の花”で、俺のような者が恋焦がれて良い相手では無い事ぐらい先刻承知の事。しかしながらこうして諦められずに延々と思い続けられたのは、逢う頻度が少なかった事と彼女の笑顔を失いたくなかったことが一番大きな所だろう。(そう、俺は彼女にいつだって勝てない)「お疲れ様です、鬼蜘蛛丸様」「ああカメ子さん、ありがとうございます」「皆さん大分お疲れのようですね。夕餉の準備は出来ていますし、先に布団の準備をした方が良いでしょうか?」「海の男はそれほど柔じゃありませんよ。大丈夫です、酒の一つでも入ればすぐに調子を戻します」「鬼蜘蛛丸様がおっしゃるなら、そうなのでしょうね」「……カメ子さん?」「此処に来て暫く経つのに、まだまだ解らない事だらけで……いけませんね。もっと頑張らなきゃ」「カメ子さんは十分努力なさっていますよ」「そうおっしゃって頂けるだけで有り難いです」彼女は賢く、おしとやかでその上慎ましやかで、その上人を気遣う事のできる優しい人で。――けれど彼女が辛さを感じた時、誰がそれを受け止めてやれるだろう?「……無理を、なさらないで下さいね」「え?」「貴女は頑張っています。それは俺が一番理解しているつもりです。だから、困った時、辛くなった時は……なんでも俺に言ってください」「鬼蜘蛛丸様……」「と、偉そうなことを言いましたが……私もまだまだ勉強する身ですから、あまり頼りにはならないかもしれませんが」「そんなことありません!」「じゃあ、何でも話してくださいね」「!」悪戯交じりに微笑めば、驚いた顔の後には飛び切りの笑顔で。(――嗚呼、だからどうしたって俺は彼女を諦めきれぬのだ。)R.K.R.N/鬼カメ
2010.08.04
恋焦がれるってこういうこと? 「鬼蜘蛛丸様!」唐突に彼女の声が聞こえて、自分はいよいよ恋しさゆえに幻聴まで聞こえるようになったのかと鬼蜘蛛丸は溜め息交じりに目の前に広がる地平線に視線を向けていた。細波が岩を打ち、潮風が心地良さを運んでくる。船の上、もしくは水面に漂いながら眠りにつけたらそれはどんな柔らかな布団よりも安らかな眠りを与えてくれるだろう。――例えばそこに、愛しい彼女が傍らで眠りについていたのであれば。柔らかく白磁のような肌が己に触れて、永遠を思わせるような幸福に包まれるはずだ。「……カメ子さん……」「はい?」不意に零れてしまった言葉に続く、明るく鈴がなるような声。ふ、と我に返り慌てて振り向いた時には、既に手が届く範囲に一寸前まで恋しがっていた彼女の姿があり、鬼蜘蛛丸は瞬時に顔を赤らめていた。「ど、ど、どうなさったんですカメ子さん!?」「ふふ。鬼蜘蛛丸様が何度呼びかけても気付いて下さらなかったので、兵庫第三協栄丸様にお願いして乗船させて頂きましたの」「あ、それは失礼しまして……」「いいえ。お仕事中ですし、どうぞ気になさらないでください」まさか『貴女の事を考えていて、つい呆けていた』なんてことは口が裂けても言えるはずが無く。気付けば好奇心交じりな視線を若衆から向けられているこの状況にいつまでもカメ子を置いておける筈も無い。こちらです、とさり気なく手を取って引けば花が咲いたような笑顔を向けられて、鬼蜘蛛丸は益々顔を赤らめていた。「今日は、仕事でいらしたんですか?」「ええ。ちょっとしたお使いです」「しかし連れが見えぬようですが……」「今日は一人で出て参りましたの」「カメ子さん、それは少々危険過ぎるのでは」「大丈夫です。一人と行っても、兄と乱太郎様達が迎えに来てくださいましたから」「――ですが」「それに帰りは、上乗りを頼もうと思って……此処に来ましたので」「は」「……伺っていませんの?」戸惑うようなカメ子の視線に、鬼蜘蛛丸は朝の顔合わせ時に兵庫第三協栄丸がやたらと機嫌が良かったことを思い出す。(そういえば明日の航路は堺の近くまで通るはずだ)……これは、一杯食わされたとでも言うべきか。(嗚呼つまりは、今日一日は)(彼女と一緒に過ごせる訳で)「あの……鬼蜘蛛丸様?」「ああ、いえ……少し気が動転しまして」「?」「カメ子さん」「はい」「その上乗りの役は、自分以外にはおらぬと思っても良いでしょうか?」「……もちろん!」笑いかける彼女との距離が一層近くなって、仄かな梅の香に目を細める。――抱き締めるまであと数秒。(R.K.R.N/鬼カメ)
2010.08.03
このまま溶けてしまえば それは、多分一瞬の出来事で。波の大きなうねりが一瞬で手元の安定感を奪ったと気付いた時には、カメ子は海の中に沈んでいた。自分が落ちた時と寸分変わらぬうちに粟立つ泡沫が目の前を覆う。じりじりと焼け付くような暑さはない。無垢な程済んだ海面が遠くで揺らめくのを、何処か他人事のように見つめていた。沈みゆく身体がこのまま海の底まで沈んでしまえばいい。そうすれば、誰に赦しを請うことなくずっと貴方と一緒にいられる。優しい貴方を、苦しめずに済む。(――嗚呼、それでも)“カメ子さん!!”引き上げられた身体が厚い胸板に押し付けられて、少しだけ泣いてしまいそうだった。(やっぱり最期は貴方の腕の中がいい)R.K.R.N/鬼カメ
2010.08.02
たった一目で恋しあった 「そういえばさ」なあに、と尋ねながらコーヒーをテーブルに置くドラえもんに、僕はありがとうと呟いた。未来を夢見ていたあの頃から数十年。法律も変わり、人と共存する権利を得たロボットは今こうして当たり前に僕の傍にいてくれる。僕は決して独りになってしまった訳ではない。愛する妻と子供に恵まれて生活しているが、たまたま今日に限って仕事が重なり、一緒に実家に戻るという機会を無くしてしまっただけだ。(もっとも、この時間に行くのは相手方に迷惑だというだけで、明日の朝には向かう手はずになっているのだが)「ドラミちゃん。今はキッドと一緒に暮らしてるんでしょ?」「……まあね」「ドラえもん、眉間に皺寄ってるよ」「別に今更許さないなんて思ってる訳じゃないさ。ただ、ドラミだってたまには帰ってくればいいのにって思ってるだけ」「先週顔を出したばかりじゃない」「あれはセワシくんの忘れ物を届けに来ただけでしょ!しかも急いでるとかですぐに帰っちゃったし!」「まあまあ落ち着いて落ち着いて」「……大体、キッドもキッドだよ。どうせドラミが来られないのだって、アイツがドラミにベッタリ甘えてるからなんだ」「そうかなあ」「そうだよ!前に僕らと結婚式の二次会で騒いだ時に言ってたでしょ!?『初めて逢った時、可愛くてついヘチャムクレなんて言っちまったけど…思えばあの時から好きだったのかもしれねえ』って!まあドラミは可愛いし優しいから仕方ないけど!」「ドラえもん物真似上手いね…」「はぁあ……ドラミの奴、なんでキッドなんかと結婚しちゃったんだ……」「ドラミちゃんも一目惚れだったんじゃない?」「そんな事知るもんか」その後ドラミに逢いに行くんだ!と大騒ぎしたドラえもんを押さえ込むのび太の姿があったとか。「ぶえっくしゅ!!」「あらキッド、風邪?」「……なんか、嫌な予感……」(機械猫/の/.び太とドラえ./もん)
2010.08.01
抱きしめたいのはあなただけ 「そ…曽良、くん?」「なんですか芭蕉さん」「あの、これは、どういう事かな…」「どうもこうもありません。僕が抱きたいと思ったから抱いているまでです」「あくまでジャイアニズム!?ちょ、私の意志は!?」「芭蕉さんの答えなんて聞くまでも有りません。いいから黙って抱かれていなさい」「え、で、でも曽良くん」「…不満ですか、僕に抱かれるのは」「そうじゃないけど…」「なら構わないでしょう。いい加減黙らないとその薄汚れた人形の二の舞にしますよ」「薄汚れてなんかないやい!マーフィー君だもん!」「…はあ」この弟子の考える事は、芭蕉には正直良く解らなかった。スランプ真っ最中な自身が調子に乗ったり、ボロボロな俳句を読めば暴力を奮われるし、代わって良い句を読めば素直に褒めたり時々こうして抱き締めてきたりする。ほだされている…そう理解していても、この腕を振り払えないのは襲い来る暴力からだけの事ではないのだろう。悔しいがこの腕の中は心地良い。自身と比べて十分若い弟子の引き締まった身体と瑞々しい肌は、今はもう失われてしまったものだ。それに小さい頃は、この弟子がするように自身もまた彼を抱き締めたものだ。なんだか思い返すだけで、苦笑が浮かんでくる。「…何ニヤニヤしてるんですか、気持ち悪い」「ちょ!言うに事欠いて酷くない!?」「全く、キスして欲しいならそう言いなさい」「言って無いいい!!松尾言って無い!NOキッスNO!!」「黙らっしゃい」噛み付いてくるようなキスは相変わらずだったけど、少し機嫌が良さそうに見えたのでやはり芭蕉は今日も流されてしまうのだった。(日和/弟子×師匠)
2010.04.04
それは永遠に続く優しい嘘「私は何処にも行かないよ」そう笑ったあの人が逝ってしまって、もう何年経つだろう。(嘘吐きだ何だといくらだって罵りは浮かべられるけど)(嘘だって何時もみたいに笑ってください、ねえ)(日和/弟子→師匠)
2010.04.03
あなたを好きになれるだろうか「ドゥ?ドゥ?今回の出来!ちょっとイケてない!?」「…芭蕉さん」「え、なぁに曽良く…ガボス!」「最近益々スランプが酷くなってきていますね。やっぱりショックが足りないのか」「やめてええ!手刀構えながら近付かんといて!」頬を押さえて震える姿は情けないオッサンそのものだ。こんな人がこの時代の俳聖だと、一見すれば誰が信じるだろう。だがこの人は間違いなく僕の師であり(時々舌打ちしてしまうが)僕の心を揺さぶる句を読み上げた、俳句の神様なのだ。現在絶賛スランプ期。本人も気にしているんだろう、なんとか捻ろうと幾つか俳句を読み上げるが悩めば悩むほど空回りする人だ。時々ポロリと呟いた言葉がどれ程威力を持っているか。(嗚呼、この人は気付いちゃいない)「ううっ…いつも酷いけど今日も酷いよ曽良くん…」「いいからさっさと行きますよ」「もう足もパンパンだし、俳句は今日も空回り…ねえ曽良くん、私なんで旅してるんだろう」「三途の川を渡る予行練習じゃないですか」「酷い!この鬼弟子!」「誰が鬼弟子ですか!」「ヒヒィン!」「のんびりしている暇はないんですよ」「で、でも」「早く!」「はいぃ!」渋々歩き出したあの人は、またあの小汚い人形に泣き言を呟いている。大分不快だったが、それに対してまた口を開く事さえ不快だったので、僕は黙ってあの人を土手から蹴り落とした。(自分の怪我の前に、その糞忌々しい人形の心配ですか)(嗚呼本当にムカつく)愛憎の繰り返し日和(弟子×師匠)
2010.04.02
負けないでなんて言わないで“俳聖”と呼ばれたあの人は、実の所全く持って下手男である。子供のように泣き言を言ったり、蝶追いかけて野を駆け回る事など日常茶飯事。その度に僕が断罪と称して歯止めを掛けているのだが、今の所あの人に反省の色など見えもしない。むしろ鬼弟子と罵られる始末だ。…もう一発殴っておけばよかったか(曽良君酷い!)何も考えていないようで、あの人はよく苦悩に堕ちる。あの人は“俳聖”だ。僕を含めた弟子に敬われ、時に美しい言葉を並べる事だって必要にされる。如何にスランプに陥れられようと、だ。だから僕は、あの人が良い句を読み上げたときは褒める。どんなにショボイ句でも、僕は一つも取りこぼさない。それを含めて、あの人は“松尾芭蕉”なのだから。「もーやだー!ふくらはぎ痛い!ぱんらはぎだよ!」「アンタ少しは我慢ってモノを知らないんですか。いい加減置いていきますよ」「ヒヒィン!そんな当たり前に置いていかんといて!?」ああ、だからアンタは馬鹿なんだ。(置いて行かれるのはいつだって僕なのに)(日和/弟子×師匠)
2010.04.01
夕日に向かって何をする?「銀ちゃーん!そっち行ったネ!!」「ばか!てめっ、こんなん取れっか…どぁあ!」「ホームラーン」夕陽色に染まる世界。買い物帰りに神楽を見かけた新八と、パチンコ帰りに新八を見つけた銀時は、今3人限りの野球をしている。とはいえ人数が足りないので、ただのキャッチボールに過ぎないのだが。「も…無理、死ぬ。新八ー変われー」「えー銀さん体力落ちたんじゃないッスか?」「んだとコルァ。言っとくけど銀さん超頑張ったからね。アイツが元気ハツラツすぎるだけだからね!!」「銀ちゃーん。もう一回」「ふざけんなぁぁ!」「神楽ちゃん、もう銀さん虫の息だから」「えー。じゃあいいアル。腹減ったしもう帰るネ」「賛成賛成ー。新八、帰ったらすぐ風呂沸かせよ」「新八、帰ったらすぐメシの準備しろよ」「ちょっと二人とも何面倒な仕事押し付けてんの!スーパーという戦場で戦った僕に労いの言葉は!?」「あーおつかれ」「超ムカツクんですけど。マジでイラッとするんですけどこの人」「買い物ごときでガタガタ煩いネこのダメガネ」「んだとコルァ!おばちゃん達に揉みくちゃされながら勝ち取ったお一人様1点限りのスーパー柔らかトイレットペーパー没収するよ!?」「そのくらいで勘弁してやれ、パスタ」「都合のいいときだけ山さん使うのやめてくんない。…全く、僕これでも切り詰めて色々考えてるんだけどなぁ…」「でーじょうぶだってぱっつぁん。俺はちゃんと、見てるからよ」「嬉しいですけど、それより仕事してくれた方が僕もっと嬉しいです」「私も酢昆布くれたら嬉しいアル」「何なの人が綺麗にまとめようとしてるのにこの無法地帯感。やってらんねーもうやってらんねー!」のらりくらり歩く帰り道。夕焼けに伸びる、長い影。(銀魂/万事屋)
2009.07.01
忘れるなよジジイ。アンタはもう一人じゃねえし、それを恐れることだって無い。だから独りで泣いたりする必要だって、ねえんだ。泣きたいなら俺の傍で泣けばいい(3部/承太郎→ジョセフ)
2009.05.03
泣きたくなる夜時々、眠れなくなる夜がある。それは過去の忌まわしい記憶だったり、もしもお前らがいなくなったら…なんていう愚かな想像から来るものだ。そんな日は家に帰らず、フラフラと夜の街を彷徨って酒を浴びるように飲んだ。俺は強くなんか無い。こうやって、何かから逃げたり自分を誤魔化すのが上手くなっただけなんだ。それなのに新八は変わらず毎日訪れては、俺を叱って甘やかしてくれる。…なぁ、新八ィお前の事大事にしてぇのに、お前に酷い事したくなるんだ。其れでもお前は俺を、赦す のか?(銀魂/銀→新)
2009.05.02
「銀さん」呟く声色は優しくて、銀時はつい瞼が重くなる自分に気付いた。暖かな日差しと、優しい彼と、可愛い彼女、そして頼りになる白い犬。屋根が赤だったら昔聞いた歌のような、幸せな家族だろうと思う。(赤じゃ無くったって、十分幸せなのだが)「ねえ銀さん」呼びかけられて、ゆっくり開く瞼の先にいる愛しいお前。なあ俺はきっとこの日この場所この時間に居る為に生まれてきたんじゃない買って、そう思うんだよ。(泣きそうな貴方)(銀魂/銀→新)
2009.05.01
君を泣かせる度に 「ありがとうございますココさん!僕すっごく嬉しくて、涙出ちゃいましたよ~!」「フフ、じゃあ頑張った甲斐はあったね」キミの笑顔も泣き顔も全部好きだけど、泣いて笑う君は何より愛しく思っているよ。(泣かせるのも笑わせるのも、きっと僕次第)(虜/ココマ)
2009.01.12
打算的な恋に勝ち目はないよ 「小松ー」久しぶりのハントで疲れているのだろう。うつらうつらと舟を漕ぎ始めた小松に声をかけるものの、当然碌な返事が返らずトリコは溜め息を吐いた。多少大きめに作られているとはいえ、大男のトリコには少し物足りなさを感じるこの電車内。小松と横に並んで座った為、時折膝同士が触れる感覚はどうもムズ痒くてたまらない。気にしないようにと、ハントのついでに捕獲した食材を齧っていたらついにその重さは腕へと圧し掛かってきて。「マジかよ…」いくらなんでも油断しすぎだろというぐらい、小松は穏やかな眠りについている。腕へ寄りかかった頭は不安定で、電車の振動で倒れかねないと判断したトリコは“仕方なく”小松の頭を自身の膝元へ招いた。(ヒトの気も知らねーで)弄ぶように毛先に指を撫で付ければ、くすぐったそうに笑って頬を太腿へ摺り寄せる。反応が楽しくて耳元や頬に触れて。最後に残した唇は、自身の其れでそっと塞いだ。「…チッ。美食屋四天王がお目当ての獲物を仕留めらんねーだなんて、笑い話にもならねえぜ…」てめー起きたら覚えてろと頬を指で突けば、小松は何故か笑っていて。あんまりにも呑気なので、思わずトリコも苦笑を堪える事はできない。到着までまだ時間はある。暫しの仮眠を取る為、トリコはソファに身を委ねていた。「起きろ小松。もう着くぞ」「ん、んートリコさん……ってわああ何この体勢!?」「もう着くが、着くまでの間俺に付き合ってもらうからな」「えっちょっ…んー!」その男、直球につき。(虜/トリコマ)
2009.01.11
失うことが怖いんじゃない 「ココさん?」キミの存在はまるで麻薬のようで、僕は常に依存している。「…小松君」嗚呼、僕が怖いのは僕自身がキミを傷つけてしまうことだ。(けれどもう離れていくことなんて、)(虜/ココ→コマ)
2009.01.10
君だろう? 「ココ、さん」壁際に追い詰められた小松君は可哀相な位震えていて、その身体を覆い尽くす僕を見上げている。両手は逃げ場を無くすように左右の壁にあてがい、視線は小松君だけに向けて。「…そんな顔しないで」いつもと変わらないトーンで呟くけれど、小松君はどうしたらいいか解らなかったんだろう。ついに視線を逸してしまった。思わずクスリと笑えば、小松君の身体は大きく震える。庇護欲をわざと煽っているのだろうかと思うぐらい、大切にしたくてたまらない衝動を与える、君。…僕は君にずっと逃げ道を用意していたけれど、それを振り切ったのは君だ。今更怯える必要はない。そうだろう?「…小松君。捕まえた」塞いでいたはずの手で引き寄せて、もう一方の手で頬の曲線に触れて。耳まで真っ赤になる姿はとても美味しそうだったので、とりあえずは首筋にマーキングを施した。(最初に僕に近付いたのは、)(虜/ココマ)
2009.01.09
触れた指先 ココの技、ポイズンドレッシングは指先から毒を飛ばして敵を攻撃する。それ故に多少なりとも毒が出易くなっているのかもしれない。ココは人に掌、特に指先に触れさせることを躊躇った。しかし今ココの手は小松に委ねられている。理由は、些細な怪我だった。小松と共に台所に立ち、小松の料理を手伝うココは普段通りの包丁捌きで食材を切ったり剥いたりしていた。軽く談笑しつつ食材を手掛け、料理に対して真剣な眼差しになる小松に見惚れていたのかもしれない。普段なら滅多にやらないミスなのだが、うっかり指先に包丁を滑らせてしまった。(まずい)血でなく毒が出たら大変だと慌てて口に含むココを連れて、小松は慌てて台所を飛び出して。指先を口に含んでいる為なすがままのココを椅子に座らせると、バタバタと走り回る小松がすぐに消毒液と絆創膏を持って正面に座り直した。「ココさん手、出してください」「こ、小松君指を切ったぐらいでそんな大袈裟な…」「ココさん!手!」この子は自分が毒人間だという事を忘れているのだろうか?何だか気圧されてしまった自分は、毒が出ていないことを口内で確認してそっと差し出す。触れる手は小さくて、でも暖かくて。手に触れることは、トリコにだって許すことはそう無いのに。痛みを感じさせないように頑張っているんだろう。優しく触れるように押し当てられる脱脂綿は、どこかもどかしさを感じてしまう。きっと自身も何度も繰り返した怪我なんだろう。絆創膏を宛がう角度は的確で、小さな指先は丁寧にそれを巻く。黙ってただ其れを見つめていれば、不意に掌が握られた。「…ごめんなさい」「それは、何に対して?」「僕、今…少しだけ嬉しいって、思っちゃいました」「どうして?」「だって…ココさんの手に、触れられたから」少しだけ寂しそうに、八の字の寄せられる眉。離れていこうとする手を掴んだのは――僕だった。「触れればいいさ」指を縫うように、恋人繋ぎをして彼を更に赤く染める僕。「ココさ、ん」「ん?違った?」「ちが、わないです」「よかった。…さっきはこれ、ありがとう」「いえっ僕こそ、全然気が回らなくって…!」「まぁ少しは驚いたけど、嬉しかったな」君に僕から触れるなんて、そうできることじゃないし。僕はとても臆病だから。「君に触れてもいい?」そっと伸ばされた手に、君はゆっくりと頷いた。「…」「あ、トリコ居たんだっけ。ごめんごめん」「!!」「お前等完全に俺の存在忘れてたろ。てか飯は?」「へ、あ、あああ!!やりっぱなしだぁ!」「…あ~あ行っちゃった」「随分アイツに甘いじゃねえか」「それはお前も同じだろ?」「…さあな」(虜/ココマ+トリコ)
2009.01.08
でも気付くには遅すぎた 「トリコさーん!」知っていた。あのちんちくりんがトリコを好いていること。「小松!」知っていた。食い物馬鹿のトリコが、小松を大切にしていたこと。「小松君」知っていた。人嫌いなココが、唯一心から優しくしたいと願っていること。「…小松」知りたくなかった。俺が、思っている以上にお前を想っていたこと。俺のスタートラインは、あまりに遠くてあやふやだけれどそれでもお前を、愛してもいいだろうか。(虜/四天王→料理人)
2009.01.07
気付いたんだ、道はひとつだけじゃあないって トリコと僕じゃ、君と出会ってからの時間も違うし僕の体質の所為で、簡単に触れ合う事だってできない。君を好きになって君を欲しくなった僕は、まっすぐに君を見れないんだ(だってあまりに、眩しい光)君に真っ直ぐ向き合えない僕だけど、君を奪ってもいいかい?優しく優しく君を縛って、まるで蜘蛛のように絡めとるんだ。そうして振り返るとき後戻りなんかできないように逃げ道は無くす。僕無しではいられないぐらい、好きになってもらうよ。(甘い甘い君を抱いて眠る夢を見る) (虜/ココ→コマ)
2009.01.06
どこかに置いてきてしまった 「あっトムさん!」俺の顔を見る度、駆け寄ってくる小僧は小松と言った。何でも元々はトリコの依頼人だったのだが、会う回数を重ねた結果どうもハントのパートナーに納まっちまったって話だ(まぁ最も、ハントじゃなくてその後の調理がメインなんだろうけど)見るからにオチビちゃんで、正直もう少し可愛げのある顔だったらもっと年下に見られていただろうなぁとぼんやり眺めていたら思っていた通り転んでくれた。若干にやけたのは秘密だ。「おいおいこんな所で転ぶか普通?慌てなくても俺は逃げねーよ」「あ、あはは…すいませんつい、嬉しくなっちゃって」人を喜ばせる話術でも学んでいるのだろうか、オチビちゃんはそんなことを言いながら立ち上がって俺を見上げる。その眼差しは呆れるぐらいに真っ直ぐで純粋で。いつか俺やトリコ達が無くしてしまったものを思い出して少し苦笑した。「もー笑わないでくださいよ!」「ハイハイ悪かったって。んで、今日は何がお望みだ?」「えーっとですねぇ…」忙しなく表情が変わる様はまるで百面相だ。先程荷卸をすませた食材を前に、今度は眉間を寄せて云々唸っている。あれはどれが合うかだの、これはうちのソースに合いそうだの、ブツブツ独り言を呟く姿は見ていて飽きない。あいつらもこういう所が面白くってつるんでるんだろうなぁと思い見つめていれば、ふいに視線が交わった。「あの、何か…?」「ん、いや。お前さんが言うように、コレはソレと合うと思うぞ」「あ…!き、聞こえてたんですか!?うわっ心の中で言ってるつもりだったのに~!」「口に出っ放しだったな」「お、お恥ずかしい限りで…」ほんのり頬と耳元を染めて、視線を逸らして。いけない事をしている気になるのは何故だろうか。…苛めてみたい。もう少し、からかってこの表情を楽しんでみたい。抑えていた『S』の部分がムクムクと起き上がろうとした時、視界の端に見覚えのある大男が入ってきた。「トムー!!」「え、あっトリコさん!?」もしかして見られていたのかと危惧するが、表情を見る限りいつもと変わりない。背負われるトロルプテランは今日の入荷予定にないが気紛れだろうと解釈していつも通り挨拶した。「よう小松。偶然だな」「トリコさんも!僕は今日、食材の買い付けに来てるんです」「ふーん。トム、こいつの分は確保しといてくれよ」「わかってるって」相変わらず安値で売ってくれるトリコに感謝しつつ、押し寄せる客を冷静に上手く捌いていく俺。その背後でのやり取りは、残念ながら耳にする事はできなかったのだけれど、どうにか捌き終えて振り返って気付く。不自然だ。特に、オチビちゃんが。「小僧、お前ん所の取り分だぞ」「…えっは、はい!ありがとうございますっ」「…小松。もう用事はねえよな?」「ない、です」「食材の買い付けだっけ?俺が一緒に回ってやるよ」「でも」「ん?」「…や、なんでもないです」「そうか。よーし今日の夕飯でも捜すかぁ」「うちのホテルの買い付けですってば~!あっトムさんありがとうございました!」「ん」「じゃあなトム」耳まで真っ赤になって、トリコの手がずっと背中に触れている。一見すれば仲の良い友人に思えるけれど、トリコの視線がどうみても獲物に注ぐ其れだ。(アイツ美味そうな食材みると、目の色変わるからな)それはきっと、人に対しても同じなのかもしれない。当たり前のように夕飯を共に取る事を口にしても、小松は拒否をしない。…はたまた、できない何かがあるのか。「ったく…痴話喧嘩にだけは巻き込まれたくないもんだね」数週間後、新たにココというメンツが加わりその喧嘩に巻き込まれることにトムは知る由も無かったのだ。昔のお前らの面影なんて、もうどこにもありゃしない(虜/トリ→コマ+トム)
2009.01.05
わたしは待ってたんだ。何かを変えてくれる何かを。 フルコースのメニューを埋めることが俺の生きる目的であり、夢だ。それは庭にいた当時から思っていたことだし、美食屋なら誰もが抱くもの。俺にとって食は全てだったし、きっとこれからも変わることは無い。苦しみでさえ、必要以上に味わう事は無かった。けれどお前に出会ってから俺やアイツ等の心に変化を与えたのは確かな事でその優しさその眼差しその言葉に救われて癒されて愛しんで引っ掻き回したのはお前だ。人と触れ合う幸せを教えてくれたお前には感謝もするけど恨んでもいるんだぜ。だってそうだろう?(お前を失うという恐怖を俺に植え付けたお前。なぁ、責任とって一生傍にいろよ)(虜/トリコマ)
2009.01.04
一年後のわたしは笑ってるだろうか 「トリコさん!ココさん!」君は笑って、精一杯両手を僕らへ向かって振っている。その姿は愛らしいと思うし、大切にしていきたいと思う。だけどその目が僕だけを見つめればいいなんて思ったのはいつから?その笑顔が僕だけのモノであればいいと思ったのはいつから?その声が僕を惑わしている事に気付いたのはいつから?嗚呼僕は一年後、彼等の前で笑っていられるだろうか?(虜/ココ→小松)
2009.01.03
秘密の共有 小松君、と僕を呼ぶ声に、躊躇いがちに答える。思ったより声は響いてしまって、慌てて口元を押さえた。「湯加減はどうかな?」「は、はい。あのっ丁度いいです」「それはよかった。サイズが合わないかもしれないけど、着替えは此処に置いておくから」「ありがとうございます何から何まで…」「気にしないで」すりガラスの向こう側。笑って手を振る雰囲気さえ伝わるような優しい声に、小松はホッと息を吐いた。そもそも風呂を借りたのは、ココと待ち合わせてワードキッチンに食料調達に行った事が全ての始まりで。次々に卸し入りされる食材に見惚れていたら、つい足を滑らせて沼ウナギの生簀に身体ごと突っ込んでしまったのだ。驚いた沼ウナギ達が服の裾から入り込んで大層気持ち悪かったが、すぐにココに引き上げてもらった為、被害は上半身のみで済んだ。(当然卸売り業者には物凄く怒られたが、生簀の半分を買うことで許しをもらえた)テロテロとぬめりが肌に纏わりつくが、それを濡れた服で適当に拭おうとすればココがマントを貸してくれた。「風邪をひくといけないから」もちろん断ろうとしたけれど、その視線は有無を言わさぬオーラを纏っているような気がして。小松は大人しく、マントに身を包ませていた。そうしてある程度の買い物が終わった後、ココの家に誘われて現在に至っていたりする。(ココさんって、優しいよなぁ)グルメ四天王と呼ばれるほどの凄腕の美食屋なのに、一介の料理人である自分にさえとても優しい。さり気なく気遣う姿に、きっと世の女性は誰もが好感を抱くんだろう。例えばそれが誰にでも注がれる優しさでも、気紛れでも。この嬉しさに嘘は無いのだから。「ふぅ…あったまった」心も身体も温めて、小松はバスタオルで全身の水気を取る。お客用に用意されたそれは、テリーの毛並みを思い出すようでどうも気恥ずかしい。早く着替えてしまおうと衣服を手に取る。…が、しかし彼等と違い、一般的にも小さい部類に入る自分には、どうにも着れそうな気がしなくて。「…どうしよ…」スウェットのズボンは紐で結びたくても緩くてズルズル落ちてくるし、Tシャツは体躯が小さい為に裾が太腿までいってしまっている。とりあえずTシャツだけ着て、ズボンは自前の奴を履くことにした(流石にパンツ姿じゃ失礼だろう)ダボダボなTシャツはどうも落ち着かないが、着替えが乾くまでだと思い、小松は居間へと向かった。「ココさん、お風呂ありがとうございました」「ああ小松君。丁度今紅茶…!」「ココさん?」「…っあ、ああ…やっぱり小松君には大きかったね。ごめん」「いいえ!僕こそ突然お風呂や着替えまで借りちゃって…本当すいません。ありがとうございます」「…いや、こちらこそ」「?」「なんでもないよ。さ、暖かい紅茶をどうぞ」「はい!」落ち着いた空間の中で、のんびり紅茶と、ココの話で盛り上がる。四天王と呼ばれる美食屋の話は何処をとっても魅力的で、面白おかしくて。いつかトリコの話を聞けたらいいだなんて、ひっそりと小松は思っている。服が乾くまでなんて思いが消し飛ぶぐらい、その日小松は幸せな時間を堪能していたのだった。(正直どうかしちゃうかと思ったよ…)(お前がいうとなんか犯罪臭いからやめておけ)(だってトリコ、想像してみなよ。沼ウナギの所為で、まるで特別なソースを掛けられた兎ちゃん状態だったんだよ?)(うっ…)(僕も馬鹿だなぁ…どうせならズボンも洗っておくんだった)(小松の服を置くって選択は無いんだな…)(虜/トリココマツ)
2009.01.02
今日も会いたいと思うのはいけないことかな にっこりと、綺麗な顔で笑うものだから小松は思わず息を呑んでしまった。トリコとのハントの帰り、お土産でも持っていってやろうぜと言われて立ち寄ったグルメフォーチュン。まだ仕事中であろう彼の人を思って、占いの棟へ足を運べば丁度その時店じまいが行われていた。「やあ」「あれ、ココさん。こんな時間に閉店ですか?珍しいですね」「ふふ、君達が来るのは視えていたからね」「また占いか」「それが僕の本業さ。で、少しは楽しい土産話ぐらいあるんだろう?」「はい!もートリコさんが暴れまくったり僕が滝から落ちかけたりで大変だったんですよ!」「お前が落ちかけるのはいつものことだろ~?」「そっそんな!…ことはある、かも」「そういう所が小松らしいっちゃらしいけどな」「だね。ま、此処で立ち話もなんだし、僕の家で食事でもどうだい?」「え、でも」「いいじゃねえか小松!家主が言ってんだ遠慮することねーよ」「食いしん坊ちゃんは自分が食べる量を解ってその口聞いてるのかな?」「こ、今回はちゃんと土産あるぞ!なっ小松!」「は、はい!」「小松君は遠慮しないで何時でも来ていいからね」「おいなんだその態度の違い」「何か文句でも?」美しい冷笑に群がっていた女性陣が感嘆の溜め息を吐くが、トリコとしては居心地が悪くってたまらない。何だってこいつは小松が絡むとこんなに素直なのか。惚れちゃってるのか、こいつに。「小松はやらねーぞ」まるで子供が、自分のお菓子を守るように、駄々を捏ねるようにふざけて小松の肩を抱いた。それを見てココが怒り出せば、今度はこっちのものだと期待さえした。だが目に映るのは、ニコニコと変わらず笑うココの姿で。…トリコは次の瞬間には後悔していた。ココは笑っている。だがその瞳は、少しも笑っちゃいない。「トリコさん!もーいきなりなんなんですか!」「あ、ああ悪い」「全くだ。こんな奴は置いて、さっさと行っちゃおう」「え、でも」「キッス」指を一つ鳴らせば、此処が大通りだという事すら気にせずキッスが舞い降りる。砂が待って煙幕のように二人を包めば、小松はいつの間にかココの腕の中に納まっていて。「こ、ココさん!?」「ん?なんだい」「あのっもしかして僕ら」「お察しの通り、キッスの上だよ。このまま僕の家に行こうか」「でもトリコさんが」「後で迎えに行くよ。ちょっとした悪戯だから、心配しないで」「そう…ですね」小松としては、3人一緒がいいのだろう。歯切れが悪い返事に気付きながらも、ココはあえて気がつかなかったふりをした(だってそうでもしなきゃ、二人きりなんて)「…毎日逢えたらいいのに」「え?」「今日も明日も、僕は小松君に会いたいなって思って」「そんな風に言ってもらえて、嬉しいです」「けど君は仕事だろう?」「ココさんだって」「僕は作ろうと思えば時間は作れるけどさ」「ふふ、ならたまには逢いにきてください」「え」「僕、ココさんの為に料理振舞いますから!」まるで向日葵のように明るい笑顔を向けられて、先程まで小さな嫉妬心に駆られていた自身がどうにも恥ずかしくてたまらない。じんわりと篭る熱を吹き荒れる風のせいにして、ココは小松の両手を包み込んだ。ずるいな。君はそうやって、僕の事ばかり喜ばせるんだ。(虜/ココ→コマ+トリコ)
2009.01.01
一日だけ思い出して 「…ありえねーし」此処最近、どうも調子を崩しているような気がする。そうそれは、毎晩夢の中で誰かを思い出すように。旧友であるトリコの友人であり、大事な料理人の小松。初めて見た時はその存在に気付かぬほど不細工で美しさを微塵も感じなかったものだけれど、一度料理させてみれば奴等がこのちんちくりんに惹かれる理由が一瞬で解った。美しい道具と、美しい料理の手捌き。一つ一つの動作に無駄がなく、洗練された動きはまさに自分が求める『美』そのもので。たまらず欲しくなってトリコに聞けば、物凄く嫌そうな顔をされた後に全力で断られた。掻っ攫っても良かったが、ココも小松に好意を持っていると知ってやめた(何せ怒らせた時のココは半端じゃなく、怖い)それでも折角知り合ったのだからとハントに誘えば、どうも次のその次の休みもトリコ達と料理やハントに行く予定らしく、約束を取り付けるにも一苦労だった。以前なら『なんで俺が此処まで!』と思っていた所だけれど、案外悪い気がしないのが性質が悪いと思う。四天王である自身を此処まで手間を掛けさせる小松は、案外凄いんじゃないかと最近になって感じた程だ。そんな彼と約束を取り付けてから1ヶ月。ついに今週末、トリコ達には内緒でハントに連れて行く算段になっている(だが何故だろう。なんとなく嫌な予感がする)その日数が近付くたび、毎晩のように夢の中に現れてはその不細工な笑顔で自身を慕うように駆け寄ってくるのだ。『サニーさーん!』一瞬だけ可愛いと思ったのは、きっと気の迷い。夢の中でも触覚を使って、その頬を舐め上げて調子に乗ったのも…きっと迷いだ。そうじゃなきゃこの感情は、説明できない。(ありえねーし)(…俺がすきなのは、俺だけなのに)せめて小松がもう少し美しければ、きっとこの想いも変わっていたのかもしれない。眠れない。けれど寝ないと美によくない。でも寝たくない。何度も何度も寝返りを打ちながら、サニーは消えてくれない脳内の彼を内心で詰っていた。(次会ったら、ゆるさねーし!)(虜/トリココマツ←サニー)
2008.12.31
乗りかけた船だ、ためらうことはないだろう? 「どうして君は、彼等の旅に同行するの?」人は僕に聞いた。「彼等のお荷物だって、思ったことはないの?」ずっと僕が抱いていた思いを、言葉にした。「ねえ、君と彼等を繋ぐものって、何?」 は、と目を開いて、それが夢だと僕は気付いた。見慣れない天井を見上げて、首を横に向ければ其れが誰かの寝室だと気付く。身体は思ったほど気だるくはない。滋養の効果があるといわれた、あの魚の切り身を食べたお陰だろうかとぼんやりした頭で思いながら、小松はベッドを降り立った。静かな夜には、当然無音が家中に包まれていて。いびきでもなんでもいいから、誰かの存在を確かめたくてたまらない。ドア一枚に隔てられた世界を自身の手で開く。床板を軋ませぬように慎重に、裸足で音を隠して歩いていく。徐々に高鳴るこの心音が聞こえなければいい。微かに吐く吐息が少しだけ気になるけれど、先へ進むためだと割り切って居間へ向かう。ぼんやりとした明かりは、蝋燭の灯火だろうか。すりガラスの戸をゆっくりと押し開ければ、そこには二つの寝顔があった。奥のソファで珍しくイビキを立てずに眠るトリコと、テーブルに突っ伏すように眠るココ。あんなに沢山の料理を並べていたはずのテーブルは綺麗に片付いていて、きっと自分が寝てしまった後に彼等が片付けてくれたのだろうと思うと何だか申し訳なくてたまらなかった。『どうして君は、彼等の旅に同行するの?』「――っ」不意に脳裏に蘇る声が、胸を突き刺すように痛い。劣等感を抱きながらも憧れの人と、夢見た旅に出ることを自分はずっと甘えていた。幸せだと思っていた。料理人になれて、料理長と呼ばれるようになって、彼等に出会って。今までの苦労は全てこのためだといわれれば、きっと嬉しすぎて泣いてしまうぐらいに、愛しい。ずっと一緒にいられるかなんて、解らないしそれを決めるのは彼等だと理解している。だからこそ自分は、今一瞬を少しでも大切にしたくて。少しでも彼等に喜んで欲しくてたまらないのだ。じわじわと熱を帯びる目頭を拭って、今できる事を考える。肌寒いだろうと考えてタオルケットを用意し、二人にそっとかけてやれば少しだけ表情が緩んだ気がして。――嬉しかった。そして、大声で泣いてしまいたかった。そんな事をすればきっと彼等はすぐに目覚めて心配してくれる。解っているからこそ自分は此処で泣きはしないし、見せたくない。(ひとりで、いられるばしょ)居間を出て、玄関から外へと抜け出す。眠っていたであろうキッスが棟から頭を出して、家主を起こさぬように小さく鳴いた。「キッス」手を伸ばせば、その黒羽が自身を包んでくれる。頬を寄せれば小さく鳴いて、それはまるで自分を慰めてくれるかのようで。「ごめんね。少しだけ、泣かせてくれる?」「グェ」羽を掴んで、顔を埋めて。止まらないんじゃないかというぐらいに、涙が溢れていく。嬉しいはずなのに辛い時がある。幸せなはずなのに寂しく思う日がある。自分はなんて贅沢な果報者だろう。こんなこと思うこと自体、きっとバチあたりなのだ。だからあんな、つまらない夢を見てしまうのだ。「っ…はは…こんなとこ、あの人達には…っ…見せられ、ないや」嗚咽が上がるのを堪えて、もう一度ギュウとキッスにしがみ付く。もっと強くなろうと、小松は思う。何故なら自分は、まだまだこれからも彼等の傍を離れる気は無いし、離れたくないのだから。 優しさに縛られた、哀れな料理人。(虜/トリココマツ)
2008.12.30
すべて失ったわけじゃないだろう、まだ未来が残ってる。 ※妄想も良い所「昔、こんな僕にも彼女が居たんですよ」「は」「…え?」「ちょっ二人ともなんですかその顔!確かに僕もてないですけど、そういう経験ならあるんですよ一応!」「えっちょっ…え?」「小松…嘘を吐くのって、もてないことより恥ずかしいんだぞ」「なんで僕が嘘吐いてるって設定になってるんですか!まぁその彼女とは、結局別れちゃいましたけどね」「そう…なんだ…」「あの、なんかココさん一番落ち込んでませんか?」「放っておけ」「はぁ。…それで彼女とは、最終的には結婚の約束までしていまして…」「…!」「小松!お前独身だって!!」「だから別れたって言ってるでしょ!…色々あったんです。色々」「色々、ねぇ」「…小松君」「はい」「それでその、彼女とは…いや、失礼かなこんな事聞くのは」「お前その彼女とは何処までやったんだ?」「トリコ!?」「す、ストレートに聞きますね…」「おう。教えてくれ」「…男女の、関係ぐらいは…」「ああああああああ」「あ、なんか俺凄いショックかも…」「えええ!?ちょっ何でですか!?」「まさか小松が…って奴?可愛がってた姪っ子が知らない間に男を知ってたみたいなそういうショック」「ぼ、僕そんな風に見られてたんですか…」「…つかぬことを聞くけど、小松君は男の人と付き合ったことは?」「へ?…なっ無いです!無いですよぉ!恋人なんて後にも先にもその子だけですから!」「つーことは今フリーなんだよな?」「ええ、もてない料理人ですからね」「…チャンスはまだあるってことか」「?チャンス?」「譲らねえぞ」「それはこっちの台詞さ」「あの…話が終わったなら、もういい加減片付け始めていいですか?」ある日の食卓(虜/トリココマツ)
2008.12.29
やっぱり勝ち負けはあるとおもう 注:妄想 「トリコさーん!」ふわっと風に乗って届くあいつの香りと、優しい声色。ドラムロックに吹っ飛ばされて、たまたま距離が開いてしまった俺はアイツの手を掴む事が出来なかった。ただ同方向へサニーが飛ばされていたのは視界に入っていたし、奴もそこまで非道な奴じゃなかったと思うので、苦虫を潰すような想いを僅かに心へ広げながらアイツを託した。道中、獲物に襲われてやしないだろうか、死相が出たりしないだろうか、など様々に考えていたが本人さえ手の届く距離にいればそんな感情は無粋だと一蹴する事ができる。一刻も早く会いたくて、抱き上げてその存在を確かめたくて早足で声の方向へ向かえば、そこには「小松、材料はこんなんで良い?」「あ、サニーさんもう獲ってきて下さったんですか!ありがとうございます!」「別にいいし」「僕腕奮っちゃいますよ~!美味くできたら、トリコさん達にも食べさせてあげたいなぁ」「ダメだし。これ、俺が獲ってきた獲物だぜ?」「そんな意地悪言わないでくださいよ。ね?」「…ふん」「わぁ!ありがとうございます!」「いいし。お前のキスは頂いたし」「ちょっ僕に自覚ないからって触角で触るの止めて下さいって!」なんだかほのぼのとした光景の中に、見逃せない一言があったのだけれど。それよりもまず身体が先に動いて、気付けば腕の中に抱き上げていた。「小松!!」「ひっうわっ!!て、トリコさん…!」「邪魔すんなし。良い所だったのに」「うるせえぞサニー!これは俺のモンだ。勝手に妙な所を触るんじゃねえ」「俺のテリトリーに入ったこいつが悪くね?」「関係ねーだろ。つか何俺が知らない間に仲良くなってんだ」「俺の勝手だし」「ほぉ?」「あああのっトリコさん!」「ん?」「サニーさんは僕を助けて下さっただけですから!その、離れてちゃ危険だし、ずっと傍にいさせてもらったんですけど…醤油バッタを獲ってもらったり、色々良くしてもらったんです!」だからケンカはしないで、と小松は言う。別にこれはケンカじゃない。あくまで牽制だと思いつつ、トリコは禄に返事もせずに小松の手に握られるクリーム松茸にかぶりついた。天然なだけあって、品種改良とはまた違った風味と甘さが口の中で溶けていく。うまいなと咀嚼していれば、小松は少しだけ笑ってくれた。「何時まで抱っこしてんの?」機嫌が悪そうなサニーの視線も、何故か今はどうでも良く思える。ハッと鼻で笑う自身は、相当嫌味ったらしい笑顔を浮かべていた事だろう。「関係ねーだろ。これは俺のお気に入りなんだから」言って額に口付ければ、途端に身体を硬直させる小松と苛立ちを隠さないサニー。たまには素直になってもいいだろうと思いながら、トリコは口の中のクリーム松茸を飲み込んだ。トリコの勝ち!(虜/トリコマ←サニー)
2008.12.28
頬に当てたてのひら 「ほら食ってみろよ小松」「こっちも美味しいよ小松君」そういって内心デレデレなこの二人は、今をときめく美食屋四天王のうち2名であるトリコとココだ。基本的にお互い一人でハントをすることが多いので滅多揃わない光景に人さえいればとても注目されたかもしれない。だがしかし、今二人と餌を与えられる小動物のような彼―小松以外に、人気は全くといっていいほど無かった。当然だろう。ココは危険地区Aの猛獣が出るといわれる森。小松も二人がいなければ、今頃死と恐怖を味わいつくされていたであろう。 「うわーどっちもおいしそう!」守られることに安心しているのか、はたまた目の前の食材に感動しているのか、小松の大きな目がキラキラと輝いて純粋そのものだ。思いきってココの差し出すスプーンを咥えれば、途端に口の中にまろやかな甘さと触感が広がって思わず頬を押さえてしまう。「美味しいいい!口の中が蕩けるようですよココさん!」「そりゃよかった」「小松俺の!俺のは!?」「いただきます!…はむっ……!!う、うみゃあああ!」「よーし美味いか美味いか!」顔がだらしなく緩んでしまうぐらいその美味しさは全身を駆け巡り、小松は嬉しさと恥ずかしさと感動で頬を押さえっぱなしだ。自分ばっかり幸せでいいのだろうかと瞼をこじ開ければ、二人は変わらず楽しそうに微笑んでいる。(よかった…)まだ残る肉汁が滴る肉は、口内だけがその幸せの味を繰り返し噛み締めているのだった。(…小松君のあの反応、可愛いなぁ…)(俺がおしとやかに驚けって言ったの、実践してたな。後で褒めてやらないと)(あれはもともとの可愛さだろ。わかってないな)(ちげーよ俺が言ったからだって)(ああ小松君可愛い…)(無視か!) (虜/トリココマツ)
2008.12.27
大人になるということ 「わっ!もーキッスくすぐったいよぉ」「…」「テリーの毛って凄く気持ちいいね~僕大好き!」「…」怒らないよ。だって俺(僕)達、大人だもん。(じゃあその目線はなんですか)(虜/四天王と料理人)
2008.12.26
まぶたの裏に浮かぶもの 「ふぅああ~あ」「うわっトリコさん凄い欠伸ですね」「ああ?…誰のせいだと思ってんだよ」「え?」「なんでもねーよ」言えない…瞼の裏にお前がチラついて、眠れなかったなんて。(ガキか俺は!)(虜/トリコマ)
2008.12.25
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