嫁様は魔女

嫁様は魔女

硝子窓(三行半)


 いきなり離婚とか、ホントにワケわかんないし。」

やっと口に出せたのがこの程度だった。

いくら外商・営業職ったって、女の口げんかのど真ん中なんて
恐ろしいところにそうそう立たされるもんじゃない。


「冷静ですよ?」

「・・・・。」

引きつりながら自分を冷静って言うかあさんも怖いけど
こっちにジットリした視線を向けて無言の妻の圧力も・・・。

胃がキリキリする。

「いい加減、下出に出て由香子さんのご機嫌取るのはもうウンザリなの。」

「下出って・・・っ、いつご機嫌取ってもらったって言うんですか!」

「何でもかんでも、こっちが心配してあれこれ言わないとウンともスンとも言ってこない。
ご機嫌伺いもいいところじゃないの。
ほおって置けばこれ幸いばかりに知らん顔だし。」

「・・・あれこれ言われすぎて困ってるんですっ!」

「ゆ、由香子っ。」

「なんなの、その言い草!ありがた迷惑とでも言うつもり!?」

「この際はっきり言わせていただきますけどっ。」

「ま、待て。オレから話すから。ちょっと落ち着け。」

って・・・オレ、弱。

「自分から言うてもろて今までどうにかなってた?
皆にいい顔して、適当な事しか言うてけぇへんかったからこうなってんやろ!
自分で言いたい事は言わしてもらう。
そのために来てるんやから!」

思わず「はい」って気をつけ姿勢になりかける。マジ弱ぇ。

「なんて人なの!?
誰に向かってそんな口利いてるの!?」

「納得できない事を言うて何がおかしいんですか?
そうやってウチらの事、何でもかんでも干渉せんとって下さい。」

「干渉ですって?
箱入りのお嬢様嫁に世間の常識を教えてあげてるんでしょう。
お作法ひとつ満足に知らないくせに。」

「教えてもらえるんはありがたいと思ってます。
せやけど。
ウチらはウチらなりにちゃんと考えて、自分らで生活してるんです。
ウチの実家まで巻き込んだりするんはやめて下さい。」

「由香子さんが嫁としてキチンと勤めていれば、何も高城のご実家にまで電話しませんよ。
自分の事は棚に上げて・・・自業自得でしょ。
連絡されて困るなら、まず自分がするべきことをしなさい。
 自分の小利口なところをひけらかすのが嫁じゃないわよ。
 人の気持ちも考えてごらんなさい!」

「貴信さんを大事にしてないとか、ひけらかしてるとか言いがかりです。」

「人をないがしろにしているのは本当じゃない。
もっと主人を立てて親を敬ってこその嫁でしょう。
車一つ買ってやらないなんて・・・。」

「車なんて、すぐには買えないって言っただけです。
家買ったばっかりで、子供だって生まれたのに。
そんなことで夫を立ててないって言われるのはおかしいです。」

「あなたのヤリクリが悪いのよ。
いい年をして車一台買えないなんて、貴信に恥をかかせるのがわからない?」

「家族のためにガマンするのがどうして恥なんですか!?」

「それがわかってないって言うのよ。男の人はねぇ外に向けて隙を作っちゃいけないの。」

「そんなの隙じゃないです!
お義母さんがそんな風におっしゃるから・・・っ!」

「私が甘やかすからどうしようもないバカ息子になったとでも?」

「そうじゃなくて!
そこまで干渉しないで下さいってお願いしてるんです。」

「車を買ってあげて、どうして文句言われなきゃいけないのよ!?」

「お金はお返しします!持って来てますからっ!」

「かっわいげのないっ!!
貴信っ!!
やっぱり離婚してこっちに戻ってきなさい。
こんな人。ウチの嫁にはしておけませんっ!!」

「か、かあさん。
ちょっとかあさんも由香子もさ、酒入ってさ、な。酔ってんだよ。」

「飲んでません!!」
「飲んでないわよっ!!」

・・・こんなときだけピッタリ息が合ってる・・・勘弁してくれ。

「どうせ由香子さんは、清水の家の人間は嫌いみたいだしちょうどいいじゃない。
貴信も一緒にいたってしょうがないでしょう、離婚よ、離婚。」

「離婚なんてしませんっ!!」

「うちではいらないって言ってるの。」

「ウチは口出しとか、勝手にお金だしたりとかせんとって下さいって言いに来たんです。
離婚しに来たんじゃありません!」

「そうだよ、奏人だって生まれたばっかりだし、
由香子とうまくいってないわけじゃなし・・・。」

「ここまで言う嫁と?
うまくいってる?
貴信、そんなことだから軽く見られるのよ。
この人はね、子供子供って言っていればなんでも自分の思い通りになるって思ってるのよ。
今に子供をダシに、いいように使われるに決まってるわ。」

「いいように使ったりなんてしてません!!
それに子供子供って、生まれたばっかりなんだから優先するのが普通でしょう?」

「子供の前に夫と親を立てなさいよ!
 嫁に貰ってやったのに!嫁の立場ってものをわきまえなさい。」

「嫁、嫁って!そんな昔の考え押し付けないで下さい。」

「今も昔も関係ないわよ。
 嫁に来たならその家の家風に合わせるのが常識よ!
 ほんとに!こんなに気の強い嫁だとは思わなかった。

子供が大事なんていってるけど、そんなのあなたがサボる言い訳の道具でしょ?
 ちゃんと育てているのかアヤシイもんだわ。」

「どう言う意味ですか!!」

「確か、子供は嫌いって言ってなかった?
 結婚してもしばらくは二人がいいとか何とか。
そういえばこの間は若い男性と随分楽しげに騒いでたわよね。」

「はぁ!?」

「まだあんなに小さい奏人に無理やり寝返りさせたりして。
きゃあきゃあ大声で笑ったりして、もうみっともないったら。」

「あれはオレの連れなんだけど・・・。」

「そんなの関係ないの。母親の自覚の問題です!
イヤなら無理して育ててくれなくってもいいのよ。
再婚して、虐待でもされたらかわいそうですもの。
貴信は返してもらうし、奏人もこちらでキチンと育てます。」

「・・・・・。」

顔面蒼白で由香子は固まってる。
オヤジに至っては涙目だ。

オレも・・・多分どうしようもなく間抜けな顔をしてるだろう。

いつからそこにいたのか理恵が奏人を抱いて立っていた。

「えー・・・っと。
泣いてたりしたんだけどぉー・・・・。」

「貸しなさい。」

大股で奏人を抱きにいったかあさんと理恵の間に
割り込むようにして由香子が入っていった。

由香子が無言でずかずかと部屋を出て行くのはまぁしょうがない、とは思うが
・・・・やっぱりかあさんは怒っていた。

ぐずる奏人を抱いて部屋を出た由香子に付き従うような格好で
二階の部屋に上がっていくと、

「ウチ、帰るからねっ。」

奏人をベビー布団に下ろした由香子は
トランクだけじゃなく紙袋にまで荷物を詰め込みはじめた。

「帰るったってチケット取ってあるし・・・今からじゃ遅くなるよ。」

「そんなん全部キャンセルや。
 ああまで言われて、どんな顔してここにおれ言うんよ?」

「だけど。」

「最終でもええし、間に合わんかったらホテルでも泊まったらええねん。
 ・・・・自分はどうすんの?」

「お、オレ?
 このまま帰るのもマズい・・・かなって・・・。」

「そう?
 ほんならコレ、返しとって。」

コーチのショルダーから銀行の袋を出して寄こす。

「ちょっきり入ってるし。」

「そう意地になるなよ。
 コレは返すけどさ・・・・こじれたまま金つき返すみたいにして帰っちゃったら
 後々大変になると思うんだ・・・・由香子のほうが。」

「ウチに頭下げて言い過ぎましたって謝れ言うん?」

「そうじゃないけど。
 お互いカッカして思ってもないこと言って喧嘩別れってのは後味悪いじゃん。」

「思ってもないー?
 ホンキで言うてんの?アレがお義母さんのホンネやの!
 世取りの子供さえ出来たら、ウチは用なしやねん。
 子供製造機かなんかと思てんねや。」

「子供が出来たら用なしなんて思ってないって。
 兄弟いなきゃ可哀想とか、次の孫はいつって言ってたくらいなんだから。」

「それこそ子供製造マシンの扱いやんか!」

「違うって。
 そりゃ口うるさいしさ、自分の思い通りにしようとするけど・・・。
 考え方が古いだけで、一応心配してくれてんだし。」

「・・・どこまでもお義母さんの味方やねんな。」

ふっと力のぬけたように言う。
さっきまで泣きそうだった顔からは感情が失せ、シラけたような色を浮かべている。

「離婚してお義母さんのところに戻りたいんやったら戻ったら?
 ・・・奏は渡せへんけど。」

「離婚なんかしないよ!」

「ほんなら今、ウチと一緒に帰ってぇや。」

「・・・・。」

「ここまでこじれてんのに
 どっちにもエエ顔できる思うたら甘いんちゃう?」

「・・・いや。あのさ。
 多分、誤解とか行き違いとか・・・・色々あると思うんだよ。」

奏人の泣き声がひときわ大きくなる。
オレたちがモメたり言い合いしてると、それをちゃんと感じるんだろうか?

奏人を抱き、立ち上がってあやしながら

「色々ってなによ?」と由香子は小さな声で聞いた。

・・・が、何って聞かれてすぐには思いつかない。
ごにょごにょ口ごもっているうちに、どんどん由香子の目つきは冷たくなってくる。

「そ・・・そうだよ。
 奏人産んだら用なしなんて、思い違いなんだって。
 早く兄弟作ってやりなさいってさ、心配してんだよ。」

「・・・それが余計なお世話やって言うねん。」

「兄弟の良さは由香子だってわかるだろ。
 かあさんもさ、奏人のために言ってきたんだと思うんだ。
 詮索とか干渉とかじゃなくってさぁ。
 孫可愛さみたいなもんじゃないのかなぁ。」

「で?
 ウチが子供嫌いとか、2人目はいらんて言うてるとでも言うたん?
 せやないと、あんなん言われへんよね。」

「そんなこと言ってないよ。
 今、由香子は実家だから、すぐはムリとか色々・・・・。
 欲しくないとかは、そんなのヒトコトも。」

「はぁっ!?」

由香子は抱かれてる奏人の体がビクっとなるほどの大声を出した。

「自分、あほちゃうっ!?」


「あ・・・あほって。」

「もしかしたらアホちゃうかって思ってたけどここまで図抜けてるとは思わんかったわ!」

ものすごい剣幕で、一階の人間に聞こえることも
奏人が泣いてるのもお構いなしの様子で由香子はまくしたてた。

「自分な!何言うたかわかってんの!
 自分の母親に、妻がヤらしてくれませんって言うてんねんで!」

「何もそんな直接的な話じゃないよ。」

「実家に帰ってるからお預けくろてます、ってそう言うことやろ!?
 あんたなんか知らん!
 もう知らんからっ!」

そう言い放つと小さなトランクからオレの衣類を抜き出し
あまつさえオレに投げつけて、乱暴に自分の荷物を押し込んで
由香子は奏人を抱いて出て行った。

「待てよ!」

「結局自分には、ウチの気持ちもお義父さんの言うてくれはった事も!
 なんもわかってへんねんや。」

オレの事を「自分」「自分」て呼ぶ言い方にムカムカはした。
関西の方言らしいが、どうも突き放されてるようでキライな言い方だ。

「子離れできてへんのんちゃう。
 自分が親離れできてへんねんや・・・・。」

ホントに癇に障るよ、その自分ってやつ。

それでも・・・・由香子がそうまで怒り、食って掛かる理由が
遅まきながらやっと理解できたオレは言い返すことができない。

今まで。
干渉されたくない、と言っていた由香子の本意を
オレはまともに理解していたんだろうか?

由香子がちょっと被害妄想気味なのかって思ったこともある。

自分の母親が気難しい人間とわかっていたつもりなのに
嫁として付き合っていく由香子の気持ちや苦労を考えた事があったか?

うまく立ち回っているつもりでいた。

女たちの対立なんて、どっちの敵にも味方にもつかず
適当にガス抜きの相手をしておけばいいと・・・。

如才なくやってきたつもりの自分がバカに思えてきた。

呆然とそんなことを考えていると階下から理恵たちの声が聞こえてくる。

「・・・由香子さんっ!!待ってってば。」

「お世話になりました!帰らして頂きます。」

「そんな人、ほおっておきなさいっ!」

「由香子さん、とりあえず今日は。」

「子供は置いていきなさいよ!」


入り混じる声の大きさではっと気がついた。

何やってんだ、オレ!!

自分の財布と由香子から預かった銀行の袋を握って
転がるように(実際、最後の三段のところで踏み外した)して
階段を駆け下り、由香子を追う。

「たかのぶっ!!どこに行くの!」

「いいから、行け。貴信。」

「かあさん、これ・・・。」

「何のつもりなの!?こんなものいらないわよ。」

差し出した封筒を床に投げつけられた。

「どこに行くつもりなの!?あの女を追いかけるって言うなら許しませんよ。」

「お母さんっ、言いすぎだって!
 お兄ちゃん、ぼやっとしてないで早く追いかけなよ。」

「理恵!あなたまで。」

ごめん、かあさん。
オレが甘えてたんだ。

かあさんにも由香子にも。

「貴信!」

誰より世間の目を気にするかあさんが、玄関先で叫んでいる。

その声を。

オレは聞こえないものとした。

それよりも何よりも
今追わなくちゃ取り返しがつかないことになる。

「貴信、わかってるの!?
 それだけの覚悟があるんでしょうねっ!!」

オレとかあさんなら血を分けた親子なんだから
後からどうとでもなる、そう思っていた。

由香子と奏人は今じゃなきゃ・・・・失うわけにはいかなかった。


『もう二度と。

 かあさんと会う事はない。』

これがそんな別れになると知る事は、オレにはなかった。










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