中野土人形~奈良家~(長野)



 中野の土人形を有名にしたのは昭和三十年に中野市の商工会によって戦前開かれていた雛市が再開され、これが人気を呼んで、今日では徹夜で行列が出来るまでになった事が一因で、基本的にはこの市でしか(毎年三月三十一日と四月一日)手に入らないというのも、中野の土人形が幻と呼ばれる由縁でもあります。
 もちろんなかの土人形自体に人をひきつける魅力があることが、一番の理由なのですが。

 由来と伝承、奈良家の人形作りは、1820年頃初代奈良栄吉氏が京都に福寿草を売りに行き、伏見人形の型を譲り受け、職人も呼び寄せたのが始まりと言われております。

 能書きはこの位で、下の写真が奈良久雄さん作の座布団招き猫です。このほのぼのとした作風が多くの人の心を掴むのです。

中野


 奈良さんの作にはこのほかに「子守猫」という独自の作品があり、これもまた、とても人気のあるものです。
 人気があり、手に入りにくいということは、当然高値にて取引される事を意味します。
 奈良さんの作なら新物でも骨董商の手を通れば、一点数万円ということもざらですし、その骨董商でさえなかなか手に入らないということです。

 奈良さん自身は、実に奥ゆかしく、決して作家ぶったりしない方で、その人形に人柄が表れているのだと福次郎は感じました。(昨年、伊勢の招き猫祭り、全国郷土玩具招き猫展でお会いした時の印象です)

 福次郎は幸いにも、奈良さんの作品を数点手に入れることが出来ましたが、最近奈良さんが制作をやめられるという噂を聞き事実なら実に残念なことだと、おもっています。

 奈良さんの若い頃の小品などを見る機会があり、その細かな細工と表情の良さに改めて感心した物ですが、最近はそうした細かな物は作られず、代表作も、荒く、よく言えは味が出てきたので、同じ物でもでき不出来、があるのも事実です

 福次のレア度☆☆☆☆、幻と言ってもいいでしょう。




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