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時の流れを感じます。1リットルの涙が放映されていたときはまさに、母が呼吸器つけるつけないの渦中にいて誰一人として、見ようとしなかったのだ。んで、今日なんか特別編をやってる。母がしっかり見ている。不思議なもんだね。妹が看護師になってボーイフレンドが神経内科医になってる。不思議なもんだね・・・。(笑あ、母が泣いてる。吸引だ(笑こないだ、mixiのALSコミュで知り合った人のお母様に気管切開後退院のお風呂用にフレックスチューブを送ってあげました。母が「湿気でおぼれるのよ!」と言っていたっけ。気管切開後はフィルターと酸素をつけて退院したんだけどフィルターがぬれると息が出来なくなる上、母は風呂好きだもんで、大変だった。母も「分かる分かる!」とか熱が入って、早速送ってあげたんだけどお礼にバリの可愛い猫の置物とコーヒーが送られてきました。ママンのディスプレーに貼ろうと思ってます。どんどんにぎやかになるベッド周り。・・・完成。テーピングで貼った・・(笑春眠暁を覚えずで、母に毎日起こされてます。そのうちお金取られそうです。今日はモロヘイヤパウダーとごぼうパウダー。新聞に、半固形流動食が販売と書いてあったね。でも保険利かないから25個で7500円。微妙。仕事はそんなにきつくないんだけどなんか疲れるんだよなー。さすがに2年もニート生活してたらやっぱ、体力低下よね。毎日化粧して会社へ行くって変な感じ。朝の満員電車に乗ると、父を思い出す。よく定年まで会社に通ったものだ。今日は医局長に高いみかんがきた。医局長の奥さんは元秘書だったので全部持ち帰ると「けちけちするな」と怒られるらしい。そんなわけで今日はみかんをもらいました。うまかった。毎日なにかしらのお菓子が来る。こんな生活でいいんだろうか。(笑自分用のパソコンも与えられて、年度初めで書類さばきとか長年たまった書類を整理してます。新しい研修医はさわやかですね~。新入社員の頃を思い出す。5月か6月に本採用になる前に、教授と面接です。そんな暇あるのかな~。今日も飛行機ぎりぎりだったぞ、教授。服のレパートリーが少ないのでそろそろ白衣を着たい私・・。駄目らしい。。。(教授の方針?JJは韓国版「白い巨塔」の話を後輩から聞いて「医者は毎日バーへ行って、奥さんもいて愛人もいる」と浮気の心配をしている。(笑財前教授ですか・・・。今日は教授診だったな。そういえば。JJ、なんかバンド組むかもしれないみたいだ。学生生活は永遠ではないので、ちゃんと満喫してほしい。後輩といろいろ揉めて、いい先輩してるっけ。後輩はいつかは分かるだろうけど、5歳も6歳も年下の後輩で、若い。でも最後は二人で「バカに塗る薬はない」と笑った。さて、風呂にはいっかな。
2007.04.05
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昨日はお祭りでした。姉の彼氏、姉、母、私、そしておばあちゃん、叔父さん、叔母さん、姉の彼のお父様で姉の婚約祝いをやりました。朝から大忙しで、お吸い物を作ったり刺身のつまを作っておいたりおばあちゃん達からはお赤飯や煮物が来て従兄達からは「婚約おめでとう」のでっかいケーキ。鳥料理屋からオードブルを頼んで、昼間から酒をかっくらい(笑ほろ酔いで、近所の人たちに赤飯を配り、コンビニで芋焼酎買って。。姉の彼のお父さんは母の2個上で校長先生をやっていた団塊の世代。良い飲み仲間になれそうです。団塊の世代の人たちと飲むのは楽しいよね。「妹は酒強い」と大変(飲みっぷりを)気に入っていただけました。おばあちゃんは三叉時雨や、南部牛追い唄を歌って姉と姉の彼で、婚姻届に判を押し、ケーキカット。叔父さんと彼のお父様は娘を嫁に出すことについて熱く語り、また私も混ざってなぜ禁煙は難しいのかについて語り(笑叔父さんに「妹の仕事以上にがんばったな!よくやった!」とお褒めの言葉をいただいた。いろいろあったけど、素敵なお祝いになりました。父の仏壇にもお酒やビールがあがりました。父はどんな気持ちでこんな日を迎えただろうか。生きていれば、また、酔っ払って雰囲気を読まないことをたくさん言っただろう。母はもう涙涙。自分の結婚のときを思い出したことだろう。「病気のせい」と相変わらず言うけど、そんなことはないよね。4月は母の誕生日があり、父の命日がある。春はいろんなことがあったからいろんなことを思い出す。その頃には木蓮が満開で、桜も咲き始める。母にそれをまた見せてやりたい。ウェディングケーキを、カップルで食べさせることは「食べ物には一生困らせませんよ」という意味があるそうだ。姉も彼から、彼も姉から、一口。そしてママンも一口。↑↑(笑私もいつか、こんな風に祝ってもらえる日がくるのだろうか。結婚って大仕事なのね。・・早速、新郎(まだだけど)は今日はフラフラで、お腹を壊したそうです。勧められると、断れないからねえ。これは結婚式はもっと大変なことになりそうだわ。それも、お祝いならでは・・・・と、いうことで。お姉ちゃん、健康管理がんばってvvv
2007.04.02
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今日もボディパンプしてきた。今日は1キロ+1キロを2キロ+2キロにしてみた。まさにヘビーだった。。インストラクターが、マッチョなお兄さんで、ぴちぴちのタンクトップにショートパンツ・・しかも、「あぁぁぁ・・効いて来た~効いて来た~ぁ」とか「おおおおぅ・・ジワジワくるぞ~ぉ」とかまるで通販番組の日本語吹き替えのようだった。ダンベル持ち上げてるときにやられると力抜けるよね。今日の韓国は「黄砂警報」だそうだ。ニュースになってるみたいだ。せっかく春の週末なのに、夜11時以降、外出をしないように呼びかけられている。空は薄暗くて、窓を開けて寝たり、外出したりすると家中砂だらけになるらしい。仙台は日本海と奥羽山脈に守られているけれども、それでも車のワイパーに黄色い砂が積もる。大陸から直接流れてくる砂は相当なものなのだろう。最近体調を崩しがちなJJは、猛勉強をやめた。新学期は宿題は多いものの、猛勉強の成果で授業は簡単だという。軽音部に顔をだし、バンドを組むかもしれないという話があったり友達と何かビジネスを起こせないか模索している。韓国の男性は野心家が多い。でもなかなか新しい企業が育つ環境では無いと聞く。あの子はまだ若いし、夢や目標なく生きるよりずっといい。夏には起業した従兄の下で働いて、自分に何が出来るか、何を学ばなければいけないか探してみようとしている。明日は、姉の彼と母の家族が一同にそろって祝いの席だ。ビールも買った。刺身も買った。ばあちゃんは赤飯を持ってくる。姉は婚姻届を見せてくれた。これからですね。楽しみです。おととい電話くれたボランティアさんは「結婚式が決まったら、私がお母さんの介護をするから あなたは心置きなく着物を着て!」と言ってくれた。なんとも気が早い(笑でも、そんなことを言ってくれる人に出会えるなんてありがたい。母とはここ2回くらい喧嘩した。(笑喧嘩をするとあからさまに無視するのだ。文章のページを閉じて、テレビをつける。それで毎回火に油。最近家族の会話が減っていた。私も仕事をするようになって忙しかったから母も母なりに気を使っていたのだろうが会話なしで指示だけしかしない一日は嫌だ。もっと家族の会話をしよう。みんなでそう決めた。大事なことだ。母は面白くなかっただろうけど。姉も母もよく似てる。言わないで気を使って後で怒るのだ。何かあるなら言えばいいのに。母の友達に「赤ちゃん2人でヨーコが大変ね」と言われた(笑JJに「違う!3人だ~!(JJ含む)」と言われた。あたしも時にはでっかい赤ちゃんになって、みんなを困らせてみたい(笑いや、やってるか。(笑今日は歯医者で歯をガンガン削られたせいか、頭が痛い。仕事にも慣れてきて、奇跡の6時半起床がそろそろ堪えてきたかな?運動して、よく食べて、持久力だな~。背中に汗をかくのは気持ちがいいね。いつぞやの落ち武者化したハゲちゃんたちから髪の毛がしっかり生えてきて姉に「父さん!妖気です!」と言って楽しむにはちょうどいいが朝、漫画みたいな髪になってる。秘書っぽくしたいよ~~~。
2007.03.31
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風呂上りに上半身裸で、「お母さん!見て!ボディパンプで上腕二等筋が!!」・・・っていう、娘。だって、こんな体になりたいんですよ。韓国在住カリスマ主婦、チョンダヨンさん40歳。・・・・姉に「あんたまで筋肉かよ!」と言われました。でも運動するのはいいことです。何より凹まないです。生理痛も今月は全然ないです。来週は2キロを4キロに変えようかな~。私も「ヘーイ!」って言うようになりましたよ(笑一番軽いダンベルの癖に態度だけは一人前です。はてさて、春です。土曜日、姉の彼がやってきました。ちゃんとスーツを着て、ばっちり挨拶していきましたよ。母はもう涙涙。「ほんとに、ふつつかな娘です。あなたのお力をたくさん借りることになるでしょう」だなんて★なんかドラマみたい~。姉もきちんと母に、「力を貸してください」と立派立派。最後は「暴れ馬だから手綱をしっかり持ってね」とか「娘は追い返すけどあなたは逃げてきていいわよ」なんて冗談まで。それで7日にまたカンファを開くことになり、姉の彼も参加する方向になりました。4月1日はやっぱり宴会。入籍の日はカンファで決めることとなりました。やっと、やっと、やーーーーーーーーーーっとここまできたよ。ホント、一時はどうなるかと思ったよ!!あれから姉は柔和になりました。かいがいしく介護に家事に協力的で私はとても過ごしやすいです。喧嘩もほどほどにしないとね。うちも28日は座位保持装置つきの真っ赤な還暦車椅子のかりあわせです。また今週数名のボランティアさんが来ます。そんな感じで進んでるサクライ家に、加速を促してくれる一本のメールが。母といつも同じ病室のなずなちゃんのお母さん。法律改正で希望していた施設入所が駄目になってしまったそうで、私にはなずなちゃんからメールが!母にはなずなちゃんのお母さんからメールが!!在宅で進めていくって~~~~!!!!24時間他人介護を進めていくって~~!在宅がいいよ!在宅がいい!正月は家族で過ごすのがいい!お母さんの仕事は家庭に一杯あるんだよ~!うちはちょっと度が過ぎる部分も・・・。(笑そんなわけで、私も母も出来ることをいろいろ、メールしているわけなのです。昨日はなずなちゃんと長電話して大笑い。いや~、なんだろうね、この娘同士で通ずるものがある・・この感じ。でも、聞いてはいたけどホントに施設からもALSの追い出しが始まってるんだね。ALSのために作られた施設はどこへいったんだ。母にはいろいろ支援費などの質問がお母さんからメールで来ていて母も立派にお返事していて、安心しました。一緒にがんばりましょう。大きなことをやるときは、たくさんの人を巻き込んでいかなくっちゃね!母も「●●さん一緒に事業所旗揚げする?」なんて。どこまで本気なのかわからないけど、でもいい!その心意気がいい!F兄貴、ホントに母はメールを送信しましたよ★なずなちゃんのお母さんも、なずなちゃんも一緒にがんばろうね!ALSの母娘はみんな家族みたいなもんですよ!(笑
2007.03.26
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結局一肌脱ぎました。東京のおばちゃん安心してください。姉がここしばらくご乱心で、家の中がめちゃくちゃなことになっておりました。たとえるなら、子猫を守ろうとする母猫状態に陥っていて、しかも子猫=彼氏。母はもう激怒で・・「結婚は認めない!」とか言っちゃうし姉は一回出て行くし、もう「家が限界だ」とか言っちゃうし酸素濃度80以下を経験した母に「家にいると酸素が足りなくなって苦しい」とか言うし母は「今まで私やお父さんが築いてきて守ってきてそこに育っておきながら!」みたいなもうだめ、収集つかない。あたしはぶたれるし(笑なんか、ふすまが外れてたよとか洗濯物が洗剤まみれだったよとか嫁入り前に教えておこうと思って、注意してたら「監視されている」とまあ酷い妹にされちゃうし、母は「鬱の中、結婚まで導いてくれた妹に!!」と火に油。いろいろめちゃくちゃなことになってたんですよ。「家は出る。介護はする。でも結婚もする」みたいな。家が限界だったら介護はできないんだけど、何を言っても通じないし、売り言葉に買い言葉で私は2階に避難して(笑親子喧嘩がどっかんどっかん行われていたわけです。最後には「呼吸器をつけるか迷っていたときに、お姉ちゃんはまだ教わりたいことがあるって言ったのに、今はもう教わりたいことはないのね」と号泣するわけ。母は単に正攻法で臨んでほしかっただけなんだけど、んで姉も不器用な上にまっすぐすぎだから人から受けたアドバイスを枝を切り取って一本にして、言っちゃうわけよ。そうすると誤解が生じてもう、めちゃくちゃで「お母さんが気持ちよく受け入れられるようにしてやれ」と言っても駄目。常識的な部分で攻めても駄目。「それはヨーコの考えであって私はそうは思わない」みたいな。お盆のときの喧嘩もなんかそんなこと言ってたな。思うに、コレは一種のマリッジブルーってやつ。姉は2週間くらいたって帰ってきたけど「限界なのに無理して暮らしてる」とかお母さんに言っちゃうわけよ。面白くないさー、30年も育ててきた上に、姉は一度だって家を出たことはないんだし・・・。叔父さんも間に入ってくれて「ちゃんとどうしたいのか言って来い」と言ったら姉はほんとに自分がやりたいことだけ言って彼の家に帰ってしまい叔父さん、大爆笑。母はまた、泣くし怒るし大騒ぎ。「誰が悪いわけでもないが、相対的に見たら じゃあ誰の責任なのや?ってなったら引き金引いたやつが悪いんだぞ」とたしなめてくれたので姉は帰ってきて、私も母が姉に何も言えない様に勝手に変わった介護体制の話をしまくって、姉を迎え入れた。叔父さんが「お母さんが動けないのは、不幸中の幸いだったかもしれない・・・」というほどホントに母は激怒して、叔父さんが「招かれざる客」でも見て気持ち穏やかにとアドバイスしてくれていろいろ思ったりして。母とも姉のいない間ずいぶん話をしました。JJとの電話がほとんど出来ないほど(笑んで、姉は帰ってきたんだけどでっかいフライングをして、またおととい大喧嘩をかました。叔父さんのところに彼氏と行って彼が立派に挨拶して、んで、土曜日に母にちゃんと挨拶に行くことを約束したのよ。それで、できるなら4月1日に入籍して、一緒に暮らしたいって話だったみたいなの。叔父さんも、「ちゃんと祝えるように持って行く努力をするのはお前らで、俺はおせっかいはしない。 土曜日に挨拶をして1日に事が運べるのであれば、1日に赤飯でも持って祝いにいくぞ」と言ったわけが、姉のフライングはこうだった。「土曜日に彼が大事な話をしにくる」「4月1日に家を出る」「お祝いに叔父さんたちが来る」・・・・・・・・ってなれば、母は、「私のいないところで勝手に決めて!!4月1日だなんて聞いてないわよ!」姉は「言った!」母は「聞いてない!」でもう2階に避難せざるを得ない状況になり、泣き叫ぶ声を聞きながらJJと電話して気づけば1時半。母の横で寝るのはあたしなんだけど・・・。このままでは収集つかないなあと思って叔父さんに電話したわけ。んで、やっとそのフライングの事実が分かったのでまずは姉とお話。彼がスタートライン(挨拶)を切ってくれればやっと介護体制どうしようとかカンファしようとかこっちも出来ることがあるんだけど、こっちに全然伝わってないから勝手に自分達で進めて、常識と外れたことをやってるとか家族は思うわけなのよって話。4月1日っていうのも家族誰一人知らなかったし、1週間で準備か!って思ったらそりゃ怒るしおまけにうちに頻繁に帰らなきゃいけない結婚生活は家族は望まないしね。スタートして初めて家族が「よし!じゃあこうしてやろう!」って動き出せるところで母なんか気持ちはすごくありすぎるからんで、姉は昔からそうなんだけど、弱いくせにお母さんが出て行った振りをしてお風呂に隠れたときに物音がして私が怖がって「誰ですか!誰かいるんですか!」って立ち向かったり「ヨーコが●●ちゃんにいじめられた!」とかすっげえ怒ったり(何もしないけど)劇団辞めたときだって、何にも言わずに辞めたのに原因になった人呼び出して、メンチきったりしたのよ。それで今回、結婚で、彼が男としてがんばらなきゃいけないところで女が出て行ってはいけない部分なんだけど彼を守ろうと思って援護射撃しようと思ったら、彼に玉が当たってしまったりスタートラインで手を引いてやろうと思って転倒したりしたわけで・・それが喧嘩に発展して、売り言葉に買い言葉で、でっかい親子喧嘩になっちゃったわけ。姉もそれまでは「私はそうは思わない。」を通していたんだけど昨日話したときは「そうだよね。そうなんだ・・あたし不器用で・・」と素直に話を聞いてくれた上「いろいろごめんね」と謝ってきた。「お姉ちゃん、女が3人いるところでは確実に1人は味方につけておけ。 職場でもそう、家でもそうだよ。」「・・・あたし・・女の職場苦手だし・・・・」んで「土曜日まで何にも言うな。お母さんにはあたしが話す」と言っておいた。母はおととい3時に起きて一生懸命姉に手紙を書いていたんだけどもちろん内容は「家族を軽視してる」とか、「人の気持ちがわからない」とかなんかそういうことを穏やかに書いた内容になりそうだったので土曜日にかっこよく口上を勤める彼の舞台が壊れては大変と先ほど、母と話をした。母はもう・・・「それでもあんなに酷いこと言われた!」「あのバカ!」とか「狂ってる」とか「人の気持ちも知らないで!」とか「手のかかる子が離れてうれしいよ!」とかもう、ねぇ、ホント二人とも暴走するとさ、止まらないから。とにかく明日の彼の話をちゃんと聞きましょうという話をしたんだけど母は100も200も言いたいことがあるみたいで、「情け無い!」「幼稚すぎる!」「思い知らせてやりたいわ!」とまだご立腹。「ヨーコはあんなに酷いこと言われたのに!」と泣くし。なに?感動してんの?だったら褒めてくれ。2時間ほど話を聞いたところでなんとか理解してくれた。やっと、姉様も結婚に一歩踏み出せそうです。。いや、長かった。1ヶ月以上こんなこと続けるもんじゃない。結婚って怖い。魔物がすんでいる。あたしも暴走するんだろうか・・・・・。叔父さんが言うには「結婚なんてもんは、望んで束縛される行為だから最初から矛盾してるんだ。 みんなおかしなこと言ったり、やったりして、 後になって恥ずかしいと思ったり、後悔したりするんだ」だそうだ。4月1日になるかどうかは分からないけど、まあ、出来ないならいつとかちゃんと日にちを定めてみんなでまた考えてやっていきましょう。・・・はぁ・・・寝不足じゃ。とにかく明日は、何も起こらないように祈っています。まだ母はうちのT-fal並みにすぐ沸騰するし、姉もまだどこかネジが取れているけれども、明日、彼が立派に口上を勤められる舞台は作ったぞ。そこから、母が姉のホントの気持ちを聞くこともあるだろうし、また、姉が感じることもあるだろうさ。ね?ねー?母も、母として、言わなきゃいけないとか、母としてやってあげなきゃいけないとかそういう部分でまさに「母」として求められているわけで母の生きる力に、姉は一役買ったんじゃないかなと私はこっそり思っていたりするわけです(笑家を出れない理由はたくさんあってもどうしても家を出なければいけない決定的な理由が見つからなくて姉なりに後ろめたさをものすごく感じてきて、それでつぶされそうだったのかもしれないね。「結婚する」は立派な理由なんだけどね。ホント不器用なんだから。祝い事だから祝えるように、おいらも一肌脱ぎましょうかね。
2007.03.23
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よく考えたら月曜日から金曜日まで働くって初めてでした(笑でも一緒に働いているお姉さまがとても穏やかで逆に癒されます。5月から本採用なので、羽目を外さないようにがんばりたいです(笑ボディパンプで胸の洗濯板部分と二の腕の後ろが筋肉痛です。肌はカサカサでファンデーションがのりませんが・・・。眉間のシワを消したくても揉んでたらアオタンできてるし・・。でも秘書っぽさを大事に生きています。さてさて、家に帰ってみると母の呼吸器におしゃれなアクセサリが。先日、フレックスチューブが外れて母がちょっと苦しいことになったので看護師さんが縫い物してきてくれました。実際昔働いていた病院で使っていたそうです。材料は・DIYホームセンターで買っておいたマジックテープ。・地震で仏壇の上のものが落ちたのでそれを防止すべく買っておいた滑り止めマット。それを縫い縫いしてこんな形に。滑り止めマットを縫い付けてあるのでホントに引っ張っても取れません。全国の、神経内科の看護師の皆様。是非コレを病院でも取り入れてください。呼吸器が外れる場所は大概決まっています。ゴムで上を止めても布団の中で他の部分が外れることがあるのです。回路は患者さんの一部でも、患者さんだって苦しかったらどこが外れてるかなんて的確に分からなかったり、教えられなかったりするのです。コール鳴らしてもなかなかすぐに来てもらえない。↓行けないくらい人が少ない。だったらまずは是非防止策から。それにしても、私が赤が好きなので赤とかピンクとか選んでしまってたんだけどなかなか可愛いね。滑り止めの裏を他の柄の布とかにして上につけたらいろいろおしゃれなベルトが出来るんじゃない?
2007.03.19
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毎週土曜日はジムに通わせてもらっています。そもそも、体育会系なので(ハートが)1週間を大事に生活するためにも、心に余裕を与えるためにも体力づくりとJJのような上向きヒップを目指して、しっかり運動しないとね。Hiphopやって、ビランクスヨガやって、ボディパンプやってサウナとお風呂でフィニッシュ。優雅なお一人様です。自分の時間が与えられると、姉がデートや旅行に行っても全然構わないし母との時間ももっと大事に出来るものです。今日は、野菜パウダーのやりすぎなのか、母のトイレタイムが突然やってきたのでHiphopはお休みして、ヨガとボディパンプしてきましたがボディパンプって皆さんご存知?ノリノリのダンスミュージックにあわせて、でかいダンベルを上げ下げするんですよ。しかも、上げるときにみんな「ヘーイ!」って言うんですよ。体格のいいおっさんも、細いおばさんも、メタボリック症候群の皆さんも若い子も、みんな。コンバットのアレンジだったり、オペラ座の怪人だったり選曲もいいんだけど先生がいい。笑顔とパワーが大変よろしい。韓国のモムチャンというのはこういう体なんだと思われる六つに割れた腹筋。そして、「ハイ!ワンスリー!ハ!」「もっと~!もっと~!」「もういっちょ!」などの声がいい。顔はタッキー似の女性です。テンションがいいです。元気もらえます。まだ1キロ1キロのダンベルだけど、最後はばてて左が上がらなくなります。「母さん!力が入らないってこういうことね!」と言って「ハイ、ワンスリー!」って実際やって見せると、母、爆笑。ヨガのポーズも母爆笑。真剣なんだけどね。私が秘書生活1週間を迎えて、母も娘のいない1週間をすごしました。秘書生活は、一緒に仕事している秘書さんがおっとりさんなので私もおっとりできていいです。だけどちょっと物足りない。電話の量も少ないし、髪振り乱して仕事することも無い。毎日が運動会みたいだった前の仕事が少し恋しいと思うこともあります。転勤した先輩見てる~~~!?やっぱりあの4年間が着実に社会人として一人前のあたしを育ててくれたよ~~!!やることは、前の仕事のうち、電話受けと書類さばきと雑用だよ~!結構好きな分野だよ~!!あたしもがんばってここにいなきゃいけない存在になってやるよ!・・・・・たまにドジやるけれども。製本された本を台車に載せたら、玄関で全部落としたけど。「まっすぐ積んだら倒れるんだ」という先輩の声が聞こえてきそうだった。母のほうは娘がいなくても全然平気なんだけど、ちょっとした事件が起きました。看護師さんが入っている間、ヘルパーさんが一時的に抜けます。あんまり入らない看護師さんだったんだけど呼吸器が外れて、母は苦しくて的確に指示できなくて看護師さんがあわてて呼吸器のアラームを消そうとしたのです。新聞記事のボランティア見学者もいて、思わず立ち膝になる状況。そんな空気に、たまたま有休をとっていた姉が気づいてフレックスチューブが外れていたことに気づいたのだけど何回かの呼吸で母もやっと落ち着いて、看護師さんに説教。家に帰ってもその話を延々聞かされたんだけど説教する元気があるなら大丈夫。(笑今日、家のレイアウトから何からやってくれた看護師さんがきてくれてフレックスチューブ外れ防止ベルトを作ってくれるそうだ。ありがたい。家からマジックテープと滑り止めのマットを持って行ってくれた。なんせ、娘達裁縫できないものですから・・・。ちゃんと問題が起きたら防止策を考えてくれる人がいる。工夫してくれるヘルパーさんたちもいる。幼馴染でヘルパーになってくれたKちゃんはいつもご飯のおかずまで持ってきてくれる。私が意外と残業が多くて(待ってる時間が長くてね)夜10分くらいオーバーしてしまうことも多々。小さな子供がいるので、いろいろ忙しいよね。ある日、母の友人であるそのお母さんが母に文句を言いにきたらしい。が、逆に母に返り討ちにされてしまった。「母親として、娘の仕事を理解して無い!」と説教されて、泣いたとか・・・・。20年以上の付き合いだから、お姉さんみたいなものだからねえ・・。新聞記事効果で、前まで一緒にやろうとしていたボランティア団体の人が母に私が書いていた記事を書かせようと、母にメールをよこした。「娘さんが就職して大変だから、娘さんのためにも・・」って。なんか最近いい話を聞かないのだ。私も、散々「お母さんの気持ちを考えて!」「お母さんの気持ちに沿った記事を書いて!」とか余計なことを言われたり親友が腰痛が酷くて、赤ちゃんがいるから助けてほしいと連絡したら最初快く受けてくれて、会いに行ってくれたんだけど後になって「会いに行ったときの交通費と携帯代が掛かったから、お金を払ってもらってきて」と言われた。私は会員ではない。結局、良い施術院を教えたので、親友は歩けるようになって今は元気になったんだけどね。ボランティアもヘルパーとして入る予定だったんだけど突然吸引が出来ないといわれてしまい、白紙に。文句を言ったら「違うのよ!ボランティアっていうのは楽しくなければ続かないのよ! ボランティアさんがやりたいからやらないと」と主婦の道楽的発言を食らった。こっちは死活問題なのに。やっと記事みて入ってくれた人は彼女からの私用電話攻撃と「吸引覚えてみんなに教えてね」攻撃で辞めていった。せっかく、母の友人のつながりで事務所構えられたのに、出るらしく、母の友人に挨拶ひとつ無い。どうなってるんだ?いい大人が。愛音ちゃんとこでも、お歌歌ってたんでしょ?吸引もしないで。うちに夜入りたいんだそうだ。子守唄でも歌うのか?そんで、吸引のときは家族起こすんだろ?ああん?・・・・と、私はご立腹。前のメンバーも相当減ったらしいので、こっちで集めたボランティアを吸収したいんだべ?ああん?母には丁重に断っていただいたので私ももう、記事を書くことはなさそうです。だって私のためなんでしょ?テーマ与えられて書くのはしんどい。作家にはなれないね。そんなこんなで新聞記事でボランティアとして名乗りを上げてくれた人、11人。来週はKさんの奥さんと母が会う予定です。今、Kさんのスイッチ使ってます。なんか運命的だね。あたしも会いたいけど仕事です。残念・・・。今日はカナダの友人、マイが卒業旅行でヨーロッパに行ったらしく「パソコンばっかりやってる君に」とアームレストをくれた。暗闇で光るらしい。水の入ったゴムのアヒルちゃん。なかなかキュート。それが母にぴったりで、母が快適パソコン生活になった。・・・おかしいな。あたし宛だったんだけど。マイも「マジで!?あたし完璧じゃん!」と言っていた。おかしいな。板の上にスイッチがついてるので結構しんどそうだったんだよね。あたしも実は探してた。マイ・・完璧だよ。次の一週間も、がんばりましょー!レスパイト、ノーライフ。
2007.03.17
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秘書、サクライヨーコでございます。今日から秘書でございます。ばっちりメイクして、髪もセットして6時前に吸引で起こされJJに起床10分前に起こされ・・・信用ねえなあ。初日は変な緊張で疲れたけれどそれほど仕事は忙しくなかったのでよかったです。オホホ。家に帰ってからのほうがよっぽど秘書です。ええ、母の。抗生剤クラビットのキャラクターがやっぱりラビットでした。備品に困らない事務職みたいです。いいですねー。新聞記事効果で、明日も母はボランティアの人たちに会う。尿には浮遊物がありますが元気です。野菜パウダーで普通便が出るようになりました。その代わり痔が切れるんですけど。強力ポステリザンとネリクリプトで対応です。新聞記事で集まったボランティアは全部で11人でした。そのうち何人の人が残るかはわかりませんが、母も、第二のスタートを切ろうとしています。もしかすると、事業所は母がちゃんと作ることになるやもしれません。なんかそんなことを言うようになってきました。でも、私が何度言ってもメールしてほしい先人達にメールしてくれません。理由は簡単。娘が引いたレールになんか乗りたくないんだそうで。勇気が足りないそうで。こないだF兄貴が来て、母が言った言葉にはびっくりしたよ。患者さん同士で一緒に事業所をやったらどうだろうかというお話。うちなんか持ち家なんだから、市外の人がこっちに住んでみたらいいのさというお話。でも、「言っちゃった」といわんばかりにこんな問題がでる、あんな問題がでるって後から言い訳。私も手探りで社会復帰。母も手探りで楽しい人生を送ろうとしているわけです。7時までに家に帰れないかもしれないという問題が出ておりますが後はなんとかやってみるしかないでしょう。
2007.03.12
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ママンの投稿が今日の朝刊に掲載された。昨日のカンファで月曜日からもう私が働けるシフトに変わる。でも、何をするにも人が足りない。制度があっても入る人がいないのだ。そこで、新聞に投稿してみることになり、ママンは毎朝6時や5時に起きて記事を書いていた。ママンは昨日「やっと一歩踏み出せた」と言って泣いた。私は「額に入れて飾る」とか、「スキャンしてカナダに送る」とか騒いでいたら「なんでそこまで盛り上がるの?パソコンにもあるのに・・」といわれた。あたしが作文でも賞を取ろうもんなら、同じことやっただろうに。「新聞に載せたからって、人が集まるとは限らないし、1人でも電話があったら儲けものだね」「まずはやったことに意義があるよね~。」なんて言って就寝。歯の激痛と母の体位変換に悩まされつつ、起床(笑起きてすぐ、新聞を取りに行った。「お母さん!仏壇広告の裏だわ!」「お母さん!他の投稿は11歳と24歳だよ~平均年齢ググッとあげてるね」なんて爆笑しながら、細かく改行された、母の文章を切りぬいてスキャンしたりして。「あんたらしい、切り方ね~」なんて馬鹿にされながら。万が一、電話が掛かってきたときのために、名簿なんかもエクセルで作成。↓ちなみにこんな感じで載りました。↓「ALSと歩む私に力貸して」 私は、家族に介護負担を掛けずに生きていけないものかと模索している筋萎縮性側策硬化症(ALS)患者です。寝たきりで人工呼吸器をつけており、二十四時間介護が必要です。ヘルパー二級の資格をお持ちで就労なさっていない方、あるいは看護学生でボランティアをしてみたい方、私をサポートしてくださいませんか。 ALSをご存知でしょうか?筋肉が衰えて全身が麻痺し、体を動かすこと、口から食すること、話すことがかないません。ついには呼吸もできなくなり、命が途絶えてしまう難病です。原因不明で、治療法もありません。 ですから、この病気では延命か尊厳死、「生きるか死ぬか」を問われます。胃から栄養剤を摂取する胃ろう、気管切開、人工呼吸器装着が生きるための必要条件です。生きながらえても病は進行し、家族に大きな介護負担が掛かるので、死を選ぶ人は七割を超えます。 延命しても家族負担が軽減できる制度があれば、この数値は大きく変わってくるはずです。 私は最後まで、命をともしてみようと、生きる決断をしました。 主人は七年前に他界し、年頃の娘が二人います。娘達の将来を介護で犠牲にするのは、母としてこんなにつらいことはありません。訪問看護師さんやヘルパーさんに入ってもらっていますが、どうしても人数が足りません。お力をお貸しくださる方を募っています。 連絡先は、●●●(●●●)●●●●です。親バカならぬ子バカで、結構大満足だったりして。母も方々にメールしたりして、なんだかんだいって喜んでる。・・うれしいのに今日は何をするにも歯が痛くて体が重い・・・(笑ボルタレン座薬で歯の痛みを抑えつつ、さあて、歯医者へ行こうと思ったら立て続けに2本電話掛かってきました。1、無資格だけど、24時間介護経験者の方。2、元看護婦で、体に障害があるけど何かしたいという方。なんだか、前の会社で求人出した日のようだ(笑連絡先だけ聞いて、そのまま歯医者に行きました。・・・事故にあわないのが奇跡の運転テクニックで(笑下だと思われていた親知らずは実は上だったみたいで、これから歯医者に通うことになりそう・・。帰ってきたらまた2件。3、元看護師で30代の方4、元看護師で歩いて程なくのところにお住まいの方私も母も、もちろんケアマネもこんな状況想像なんかしてなくて具体的にいつ何してこう進めようなんて考えていなかったわけで・・・だって、1人探すのに2年近く掛かったじゃん。ママンの訪問入浴時に思いも寄らない人からの電話がありました。宮城県で、もっともアクティブなALS患者だったKさんの奥さん。合鴨農業なんかやってたりして、旅行にも行ったりして私も読み漁った本や、HPなんかですごい人だったんだなと思っていた人だ。「お母さんのお気持ちは120%伝わりました」この一言を母に伝えたら母はもう号泣。そして今は週6日泊まりこみでALSの患者さんを看ていらっしゃるのに「月に1回くらいなら、ボランティアで泊まりにいけるわよ!」ってすごすぎる。旦那さんは海外旅行にも行ってたし、国内旅行も、映画にも行ってた。これから外に出ようというママンにはきっといい刺激を与えてくれるだろう。小さな新聞記事だけど、縁がどんどん大きく広がっていく。「すげえ。すげえよ。母ちゃんすげえじゃん。」というと母は顔を真っ赤にして泣いた。早速ケアマネージャー達と連絡を取って、来週にでもうちに来てもらうことにした。鉄は熱いうちに打たなくちゃ。やっと動き始めたママンだけど、小さな一歩は五人もの人の心を動かした。すげえじゃん。侮れないじゃん。就職して、家で様子が見れないのがちょっぴり残念だけど、あたしも負けていられないわね。
2007.03.02
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トラブルなくすごしてきたこの2ヶ月ですがついにトラブルがやってきました。私に。(笑)今ものすごい歯痛に襲われています。昨日「ズバリ言うわよ」見ながら糸ようじに熱中してしまったばっかりに眠っていた親知らずが目覚めてしまったようです。夜、就寝時、眠る~~っていう瞬間にアゴ、クビ、歯茎、頭、全部激痛!母のボルタレンゲルをクビに塗ってみたけど効かない。1時半、2時半・・・3時になってしまって悔しくなってボルタレンを歯茎に塗ってやった。(よい子は真似しないでね)なんで、痛いときって馬鹿なことばかりやってしまうんだろうね・・・。その後、痛み止め飲んで寝たら寝れました。韓国では愛の歯と呼び人を愛し始める年齢で生えてきて、愛すると痛むってJJが言ってたけどこの愛、ちょっと痛すぎる。今も吸引の痰が入ってくる振動なんかでも痛かったりします。ママンが「今日はボルタレン入れて寝ろ」ってママンのボルタレンって強くない?吸引のときに目覚めなかったらどうすんの??明日はカンファするんで、歯医者は明後日ですが、明後日は、今日往診してくれた皮膚科に行ってママンが水虫かどうか確認してこなきゃいけないんだけど・・・。申請書もあるし、忙しいなあ・・・ジムに行きたいから忙しいんだな・・・。でもこのままだとせっかくママンがいろいろ買ってくれたのにかたっぽのほっぺだけ腫れあがった秘書になってしまうので。はてさて、痛み止めが効いてきたところで、私もorfeuたんみたいに動画が載せられたらなあ~~・・・でも、私ウィルコム派だから動画撮れないし・・・って思ってたら何度も壊れてくれるこのVaioちゃん、動画撮影機能がついてました。・・・そんなことしなくても撮れるなんて知らなくて・・・。そんなわけで、最近まためっきりスピードアップしたママンのオペナビを撮影してみました。右手の親指のタッチセンサースイッチで文字を打ってるんですがどんどんスピードアップして、今は0.16秒。オペリンピックにでもでるつもりなのか・・・・???私がスイッチを借りても、速すぎて文章を書くこともできなければ間違った文字を消すことも出来ません・・・・。マリオの最初のクリボーが飛べなかったくせに・・・・。そんなママンのオペナビ動画(試し)ですがかなり画像が荒いので説明すると「何を書くの? 意識するとうまく打てません ご飯食べた? 美味しかった? 何を食べたの? 今日はお疲れ様♪」と打っています。一応。ママンが書いたボランティア募集の新聞投稿はどうやら謝礼がもらえるらしく、ママンも私も大喜び。まだ掲載日は決まっていませんが、今から楽しみです。
2007.02.28
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今日は高校の同級生と庭師の先輩がやってきてこれでもかっていうくらい台所を大掃除してみました。大晦日みたいだ・・・。母が発病して、全然してなかった部分まできれいに掃除。掃除好きの友達がいるって、幸せな介護者です。母は最近、還暦を迎えるせいなのか、6時や4時に起きるのですがジム効果か私も元気です。土日はヘルパーさん遅く来るから母も私を長く寝せてくれます。土日は逆に遅い方が、いいかもしれないな。家族での休日の布団の中のまどろみがあたしも母も好きだから。(しかも今は布団の中からでも母の文字がよめるしね)先日、母の大学の同級生がモロヘイヤパウダーを持ってきた。そんなわけでここ数日、夜の食間水の時間に胃ろうから入れてるんだけどなんか尿がきれいになった気がする。200ccのお湯に10g溶かして入れるんだけどふるいにかけても、少しずつ入れてもすぐ玉になる。詰まらない程度に塊が出来る分には構わないので、泡だて器でかまかまするわけよ。そうするとネバネバのモロヘイヤグリーン液の出来上がり。さらに、ママンには「モロヘイヤを入れますよ」という合図をするために「グリーングリーン」を歌いながら台所から参上。もうネーミングも「グリングリン」になっているので「じゃあ9時にグリングリンね~」とか言ってます。そのたびに爆笑されています。うちで使っている流動食はエレンタールで食物繊維なんかは入っていないらしく、水様便しかでません。それにこれからアクティブになってもらわねばならんのでなるべくいろいろ入れたいのよ(笑出来ることなら動物性たんぱく質だって入れたいのよ。せっかくなんで、前に問い合わせたお店から野菜パウダーを買うことにしたの。ケールとウコンとごぼうパウダー。前は乗り気じゃなかった母も、「買っちゃおう!」とノリノリ。そしたら、前に問い合わせた事をお店の人が覚えてくれていてその方も若くしてご両親を亡くされていて暖かい励ましのメールと、値引きのサービスまでしてくれました。ありがたい!!!なんか元気になっちゃいました。(でももう一回掃除はできない・・)パウダー野菜の種類が一杯あるのでこれからいろいろ買ってみよう。私も就職することだし、ジムもだけど、食べ物にも気をつけたいのでたまにお相伴させていただきましょう。。。飲めるかな??↓興味のある方は試してみてくださいね。http://www.gigamart.co.jp/
2007.02.25
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母はしっかり昼寝していたんだけど、あたしはジムでダンベル持って踊っていたので、気持ちいい程度にお疲れ。ママンはやっぱり「お母さん」母としての思いが少しでも読まれるともう、泣いて泣いて「メガネあげて」とか「吸引して」とかヨダレもMAXで落ち着いてられなかったけどなんか、すっげえかっこよかった。みんな。みんなかっこよかった。生きてることへの思いをいつも考えさせられている自分はなんて幸せなんだろうと思った。もっと強く生きてやろうと思った。mixiなんかやってると、日記に気軽に同級生とかに「見てね~~~」なんて書いちゃうわけよ。あたしも、呼吸器をつけた母にはもう慣れてしまったので余計に日々の日記からはどんな様子か想像できなかった子が多くていろいろ反響いただきました。我が家に「ただいま!」と入ってきて、母のカレーをよく食べていた小中学校の友人は3児の母になっていて、まだうちに遊びに来たことはない。今まで話してはいたものの、テレビで初めて母の様子がどういうものなのか知った。自分も突然の腰痛で、旦那に一時的に介護されて、「すごく辛かった!おばちゃんも辛いんだろうね!」と元気に言ってたのだがさすがに、メールで「言葉にできないよ。何も言ってあげられない。涙しか出ない」とシリアスにメールをくれた。すぐに遊びにきてくれるそうだ。家で庭師をやってくれてる先輩はあちこちにメールして「とにかく見て!」と言ってくれたらしく先輩のお母さんも号泣しながら見たらしい。結構目の当たりにしていると思われる私の従兄も夫婦で見て、生きることを考えさせられたと言っていた。短大の時、憧れだった美人の同級生は、結婚しておしゃれな雑貨喫茶をやっていて病気も知らなかったし、すごく考えさせられた。教えてくれてありがとうといわれた。あたしも又、勇気付けられた。母は、毎朝私を5時や6時に起こして新聞投稿の記事を書いていたが昨日やっと終了した。なかなかイイ出来になりました。投稿されたら、こっそり日記に書こう。そして、主治医に、今順調にボランティアを募っているので今回の入院は見送ってほしいというメールを書いた。今日の「生のかたち」も母に勇気を与えているだろうと思う。やっぱ、すげえや。何がすげえって、親ってすごいよね。
2007.02.24
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健全な精神は健全な肉体から。JJに「お前、育児ノイローゼみたいだよ」といわれ、育児ってもっと大変だと思うんだけどJJに強制的にジム通いをプレゼントされました。そんなわけで、ヘルパーさんに母を任せて、気ままにジム通いをしています。週に1回から2回ほど・・。2時間くらいで終わらせて(飽きっぽい)買い物して帰ってきてもヘルパーさんが帰る時間には間に合うしね。家では「今日はヨガでこんなポーズをやった」という話をママンに話すとママンはよだれがたれるほど笑います。そして、最近読んでいる本「シンデレラさん、お大事に」精神科医が童話のキャラクターを診察、治療するというなんともひねくれた話ではあるのですがこういうの大好きで、母に読み聞かせています。いろんな意味で勉強になってます。精神科医に「20歳も過ぎて、集まっては自分の人生がおかしいのは親の教育のせい」とのたまう人とはっきり書かれると、アダルトチャイルドの見解が変わりそうだ。高校のときに、父の事で読まされた本はアダルトチャイルドの本だったな。今でもさっぱり意味は分からないんだけど、自分の周りにも多いことは確かだ。母も結構楽しんでいます。母も勉強したからかな。ジムに行って癒されたら、癒し返さないとね。(笑)心に余裕を。母には愛を。(笑これからは母が好きな本も読んであげよう。テレビがついてなくて、本を読んでいるのってなかなか悪くない。母は最近忙しく、話し込んで2時というのもよくあります。母業も忙しいし、投稿記事も書く時間が無いしあとは母の同級生が遊びに来てそれこそ、学生運動盛んなころに洗濯桶で手巻き寿司をやったとか、伝説話の数々、母はよく笑いよく泣きました。呼吸器をつけて一年経つけど、今でも母の泣き顔は、涙を誘います。3月半ばから働くことになったわけだけどやはりいろんな問題は出てくるものです。私の勤務時間が8時半から17時15分(残業がなければ)夕方は早めの終了ですが、朝が早い。7時半には家を出なければならない。そうすると、7時15分には引継ぎも含めて交代者がいなければいけない。近所の友人に入ってもらえそうだけど、保育園の時間がいろいろ問題になってくる。「どうしようねえ・・」と母に言ったら母は、「ヘルパーさんがいない時間があってもいいのよ。 そんとき何かあっても、それはこちら側の問題っていうか寿命だって思ってもらわないと 誰かがいつもいなければいけない義務感とか、神経使われてるって思うと私が生き難くなるわ。」当事者の立場からしたら、確かにうなずけるところではある。確かに、「お母さんの介護のせいで遅刻してクビになった」としたら母も自責の念にとらわれるんだろうな。せっかく、クビになった娘(笑)がゲットした仕事なのに、私のせいで~とかいうかもしんない。しかもまた、呼吸器つけるんじゃなかったとか言い出すだろう。なんて素直なんだ。母。いっつも言ってっけど(笑でも、「仕事」として考えたら、命を預かっている責任は重い。私がヘルパーなら「早く行かなきゃー!!ウキー!」ってなるだろうしピンポン鳴らして入ったら、死んでいたなんて事になったらショックで耐えられないだろう。私ならヘルパーを続けられないかもしれない。それにヘルパー事業所のヘルパーとして来てるわけだから所属しているヘルパーとして責任があると思ってみんな働いてるわけじゃない?・・・難しいなあ。だったら母が望むようにやりたいなら、事業所作れば?という言葉はとりあえず今日のところは飲み込んだ。自転車で行けば10分くらい短縮できるんじゃないかと母に言ったら「坂だよ」といわれた。その前に自転車がない。根性なしだと思われているのか?これはホントに答えが出せそうにはないな。
2007.02.19
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先日、新聞記者さんが母に会いにきた。取材に来てくれたのではなく、今後のボランティア集めのために人繋がりで紹介された方だ。そして、母は今一生懸命記事を書いている。投書という形で、ボランティア募集をかけるのだ。朝、私を起こしてパソコンを起動させて私が二度寝する間、ヘルパーさんが帰った後、ひたすらパソコンに向かっている。・・・・が、すぐ雑記帳画面で私と雑談になった。母「もう嫌だー。めんどくさい~。500字以内って言われたのに、 もう説明だけで400字超えてる~~~」私「そういや、主治医がママンにエッセイを書かせようとしてたね。 出版して、稼いだらいいみたいな・・・。」(生きる力効果かしら・・)母「一体、私のどこ見てんのよ!!!大嫌いよ~こういうの!!」参考になればと思いボランティア冊子に掲載した最初の記事と某ニュースページに載せた文章をメールで送ってみた。どっちも「不治の病といえば、深窓の美少女がため息をついているイメージで」とか「私の不治の病のリカちゃんは歩くことも食べることもでき、体育以外は何でもできた」とかそういう「不治の病ネタ」からスタートしている。母「うまいじゃん。」私「えへへぇ~~。読書感想文はお母さんによく添削してもらったね~~。 うまい?すごい?感動して涙とか出る?」母「・・・書き直す・・・・。」私「あ・・見せないほうが良かった?」母「いや、説明で400字超えたらヤバイ。あ~めんどくせー。ヨーコの文章何文字?」私「軽く1000文字は超えてると思うけど・・・削れないの?」母「削れない。書き直したほうが早い・・。あ~めんどくせ~~~」せっかくなので新聞の投書欄を読んで聞かせてみた。車の一時停止とか、残留孤児の判決についてとかアルツハイマーのお母さんのことまで分野はいろいろ。料理して、母のパソコンを覗いてみたら「子供の頃、不治の病というと、お嬢様が・・・」私「母ちゃん、パクってんじゃん!!!」母「私の頃はね~人気映画スターだったのよね~~。」私「娘の文章パクるなよー!!」母「こういうこと考えるのって、女だけなのよね~~うふ。」私「『うふ』じゃないよ!!」母「吸引してください。」私「アイデアまで吸い取ってやる!!」母「もう笑えるわね~」・・・どうなることやら。必死こいてた就職活動ですが、医局秘書の面接を受けました。いきなり締め切り日に駆け込み履歴書を出しいかにも月9ドラマの秘書のような応募者に囲まれて、面接をしてもう、自分は場違いだと思ったのですが、どういうわけか、採用が決まりました。神経内科ではありません(笑後で教授から、母の病気のことで働けるか確認電話をもらいましたが神経内科もある病院ですので、ある程度、理解いただけたようであとは実力・・・一ヶ月は試用期間なので今度はクビにならないように気をつけようと思っています・・・(何を?春から新しい生活。母に負けぬようにがんばります!
2007.02.15
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お休みしています。サクライです。おお!サクライが一発変換されないくらい日記かいてませんね~。たまに皆さんのとこに足跡だけつけさせてもらってますが家族みんなで楽しく過ごしています。「介護大変なんだろうね・・」というのは間違いで、実際、夜はほとんど起こされませんし、ヘルパーさんもよくやってくれているので、気ままに過ごしてます。会いたい人たちにも会ってます。皆様にありがとう、です。諸事情でお休みさせてもらっています。勉強してるんですよ。アタイ。TOEIC800点取れなかったら英語の仕事あきらめようかなと思って。今日はどうしても残しておきたいことがあったので書いておこうと思います。とある、Q&Aサイトで質問したり答えたりしてるんですが(ホントに勉強してる?とは聞かないで・・)今日は久々に、震え上がるくらい怒る出来事がありました。20代前半の女の子が寝たきりの難病のお母さんを介護していて、お父さんからお小遣いを2万円もらって生活しています。その中から年金を自分で払って、残りは過食でお菓子代にしているそうです。そんな女の子からの質問は「私の職業はなんですか?」でした。友達に、仕事もしないで家にいられてうらやましいといわれるのだけど自分はニートなのか?それともパラサイトなのか?家事をしているから家事手伝いなのか?と聞いてきたのです。皆、介護していること、家事をしていることは立派な仕事だとそういうコメントをもらっていたのですが、心無い回答者から「父親の給料でまかなっているなんてうらやましい。 自分は家事をしていないが無職が長いが お小遣いをもらっていないから自分のほうが不利」というコメントが書かれていました。いやはや、もうすぐ27歳になるんですけど、久しぶりにブチキレてしまいました。うらやましいなんてとんでもない。よくそんなことを軽々しく言えるものです。うらやましいなんて言う人は介護したことが無い人、介護の世界を少しも知らない人です。寝たきりの介護は24時間フル稼働です。「体が痛い」「痰を吸引してくれ」など安心して眠ることさえままならない生活です。そして、自分の親を見るということは半端無いストレスです。自分の親が老いていく姿を目の当たりにするのってどれだけつらいことか。自分が倒れたら、変わりはいません。働きたくとも、ブランクがある。そして、介護しなくてはいけない。外に出たい、出られない。自分の親は自分より早く死にます。結婚はできるんだろうか、今までのキャリアや学歴は無駄なんだろうか。その後にどんな人生が自分に待っているのか。それでうらやましいなんて、信じられない話です。Q&Aサイトだから本当は質問の答えを書くところなんだけど「介護体制を見直して、自分の時間を作って!」とか「無理しないで、何もしない日もあってもいいんだ!」とか「レスパイト入院させてくれる病院はあるの?」とかなんかそんなこと書いちゃいました。・・・・・・・・泣けました。自分の寿命を短くしてでもいいから、お母さんを治してほしいって。たまに将来を考えて、友達を見て、死にたくなるほど辛いって。自分を自分で殴ってしまうって。「お母さんを、施設に入れたくない。 お父さんと引き離したくないし、お父さんも自分の介護を望んでいる。 これからは無職と書く。そして介護をしているから無職なんだと 胸を張っていえるように、介護をがんばる。 だから、あなたもがんばって、就職してね」と書かれました。マジ、号泣。 mixiとかと違って、相手に直接メッセージを伝えることもどこの誰かも分からないけど、もうがんばらないでほしい。がんばらなくてもいいようにしてほしい。もう興奮して、母にこの万感の思いを伝えてしまいましたが母は歯を見せてニヤッと笑いました。私らしいと思ったんだろうな。また日記をお休みして、勉強します。たまにサボりにあちこち徘徊してますが、元気だからね。
2007.01.29
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仙台と姉妹都市の光州ですが 仙台便に間に合う飛行機がないことが空港で判明。 「姉妹都市なのに」という韓国語を学びました。 しょうがないのでやっぱり夜行バス。あたし、いつも飛行機一人だよな・・・・。そういえば。直行便だそうよ、仙台市長さま。バスのターミナルでプリクラしたら韓国で買った服を着ていたせいなのか「彼氏のほうが日本人なのかと思った」といわれた。だんだん韓国人女性化しているみたいです。私。韓国なのに新宿さぼてんでとんかつ食った とんかつは美味いんだけど、ビビンパが普通だった。 JJはそばが食いたかったのにそばがなかった。 ゴマが入ったすり鉢を出されて「なんでこんなことしなきゃいけないんだ」とJJ。人には好みがあるのよ~と言ったものの。途中で飽きてしまった私。全部摺ってもらいました。ありがとうJJ。本屋でかわいいハングルの絵本と昔話の漫画を 買ってもらいました。 私の韓国語は5歳から6歳程度でした。 小学校に進学できませんな。 絵本がハイセンスですねー。だから韓国語はやめられない。あとはお土産買いです。姉の服をちょっと奮発。私と姉とで体型が違うので、販売員のお姉さんに着てもらいました。めっちゃ恥ずかしがっていた。フェイスショップでお土産買ったらおまけがこれでもかっていうくらいついてきた。は。。初売り?JJは胃が悪いにもかかわらず、 私の強い希望でポジャンマチャで焼酎のんだ。 おばちゃんがいい感じでした。 砂肝が韓国にもあって幸せ。 っていうか、韓国式の飲み方忘れてた。 どっちを向けばいいのやら。 いくら目上の人と正面向いて飲んではいけないとはいえみんな、その方角をいつ決めるんですか?
2006.12.19
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昼から出前。何でも出前するよね。韓国。でも冷めていてJJはご立腹。熱いものを熱いうちに食べる韓国人ならではか。。あたしなら出前だし~とあきらめるかも。しかも食器を洗わずに外に出していいらしい。ハエが来るよ。ハエ。JJはたまに親切心で洗ってあげることもあるそうだがバイトしていたJJの友達によるとそれはホントにラッキーデーでお礼におかずを多くくれたりとかするそうです。・・・でも洗わなかった。ここで韓国に来てから ずっと便秘してることを告白。 JJに出されたのはすごい匂いの胃腸薬。M&M?みたいな黒い錠剤(糖衣じゃない)でもぜんぜん効かなかった。最強腸。JJはトイレではタバコを吸うとちゃんと出るらしいのですが日本では遠慮してタバコが吸えなかったようで。いいんだよ・・・吸っても。次からは漫画と灰皿用意しておくからね・・・。私にはその方法はちっとも効果なし。理由は多分、「好きな人の前では屁も出ない」からではないかと。「好きな人の前で、おなかも緊張してるのvv」といったら のだめカンタービレを連続9話見ながら おなか揉まれました。でも出ないんだな。 韓国で日本のドラマをそれこそ同時進行で翻訳してる人がいてそれをネットで配信しているのですよ。だから、見逃したドラマもばっちり見れちゃうわけで。ケイコ先生に「ドラマを見れば発音よくなる」って言われていたので、のだめを勧めてみたら「俺はドラマ依存症なんだ」まさか全部見るとは・・・・。クラシックに興味ないだろうと思っていたらそうでもないみたいで、音楽やってたからね。コタツを説明できてよかったわ。コメディだから二人で笑えて楽しかった。あたしもなんだかんだ忙しくて全部見てなかったし。すぐにCDの音源までゲット。韓国だね~~~。あたしもほしいそのCD。聴いたら思い出すから、だそうです。夜は控えめの晩御飯。キンパプとおでんとピザトッポキ。ゴマの葉っぱがうまい。。。。栽培したいけど、春に植えるものらしい。買っちゃおうかな・・・。ピザトッポキって馬鹿にできないね。お姉ちゃん好み。
2006.12.18
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山ー!!光州から車で1時間ほどの 実際人が住んでる民族村へいきました。 大雪。 光州はそもそも雪の国ではないそうなんですが去年といい今年といい、ホントに雪女。高速でハザードランプをつけてる車が多くてJJに聞いたら「減速してますよ」という意味だそうですがハザード出しながら追い越し運転されるとビビリます。左ハンドルの右側通行は車に乗ろうと思うときに逆に乗ろうとしてしまうので注意が必要です。到着したときは大雪だったんだけどもう、トンマッコルの世界、住みたい。ここに住みたい!!素敵な韓紙の小物のお土産やさんがあって母の趣味だった張子のトラがめちゃめちゃかわいくて日本と違ってトラはなんかかわいい顔してるんだよね。したらそれ、売り物じゃなかったんだけどおばちゃんが特別に売ってくれました。あちこちに屋台があってサツマイモとか栗とか・・すると「ポンテギのにおい!」とJJ。買ってるし!!「俺の愛!」とかまた言うし。「虫は食えない」と言ったら これは海老みたいなもんだといわれた。 「ポンテギはがんばった! 絹としても役立ち、最後は食べられて・・・」 最後は食べないでちゃんと葬ってあげればいいじゃないか。建物はそれこそ豊臣秀吉が攻めてきたときのころの村。ちゃんと壁で囲まれていて、そんな村が残ってるなんてすげえ。人が住んでるところはエアコンがむき出しになっていて切なかったけど。道路が土だとなんか懐かしい感じがするよね。その後雪で日が落ちつつあるのに 山の中の寺に行きました。帰りは真っ暗でした。 途中無意味な車椅子用トイレがあって、掃除用具入れになっていた。これ車椅子で来たらちょっとしたスポーツだよ・・・・。お寺はもう観光客向けの場所はしまっていて、しかもお経が始まっていた。合掌してお辞儀。教会より居心地がいいのはやっぱり仏教徒だからなんだろうか。韓国の仏像は韓国人顔。 日本は日本人顔、アンコールワットはカンボジア顔だもんね。 象の模様があったりして陸続きなんだなと思った。 ボブなんか喜びそうだな。。。ここ。さすがに写真は撮らなかった。なんとなく仏像を撮るのは気が引ける。袈裟もちょっと派手だったな。太鼓も大きな韓国の太鼓でお経。帰り道は真っ暗な山道で、去年早苗ちゃんが山で遭難したときのことを思い出した。彼女も博物館関係で韓国によく来ていたからいろんなところへ行っただろうな。そんでしゃぶしゃぶ食べました。 はい。鍋が赤かったです。っていうかこれ、しゃぶしゃぶじゃないし。(笑たまった汁を捨てて、甘いしょうゆとコチュジャンのソースで食べまくるJJ。肉ばっか。韓国式の食べ方でもないそうだけどなんか変な感じ(笑便秘なんで野菜を多く食べたんですが、来韓から一度も出ないのはやはり外国だからなんでしょうか。
2006.12.17
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山へ行くといわれたのですがさすがにピンヒールのブーツではいけるはずもないのでセーターと靴を借りてハゲ隠しのスカーフと帽子で完全防備。んで出発。なんか古めかしい昔の家のようなレストランでご飯。韓国料理のすげえところはあったまるところ。なんで自分日本じゃキムチ食べないんだろうなあ。。好きなのに。いざ、山へ向かうといきなり雨。雨です雨。雨女ですから。そんなわけで山装備で、街へ行くことになりました。ちょっと見たい映画があったのです。パクチャヌク監督の「サイボーグでも大丈夫」精神病院でのラブストーリー。クムジャさん、オールドボーイが当たり映画だったので大いに期待していたのですがその前に、献血。そう、韓国では献血すると映画のチケットがもらえるのです。いいサービスだね~。市民番号がない私はもちろん献血できませんでしたよ。でも検査まで見学させてもらいました。質問事項は日本より厳しく、「韓国のどこに行ったことがある」とか「生理中か」とか・・あたし生理でも献血したぞ。んで、検査用に日本でなら両腕を出してどっちか選ぶじゃない?それが、指に針刺してその血で検査ですよ。やっぱり指なのね!指!!韓国の人の話を聞いていたらなんかびっくりしたときに「ええ!?」じゃなくて「あ~」になっていく。自分がそういう風になっていく。なぜなんだ。親切な看護師さんがジュースを私にもくれてテレビを見ながら献血。したらテレビで時代劇のベッドシーン。(といってもシンプルなやつだけど。気づいたら腕枕みたいな。。)JJが「あ、同級生だ」JJの同級生に俳優さんがいるんですね・・。主役級やるような俳優さんだと思わなかったのでびっくり。名前聞かなかったけど、日本でも有名なのかね・・。この人かも・・という俳優名は調べたけど、興味も大してないので省略。さすがに携帯の番号を何度も変えてるようなので、今はそうそう連絡とれないそうですが。でも、ひげなんかつけてると「JJの父です」と言ってもおかしくないよ。ホントに竹馬の友かと思うほどの見た目年齢。無事にJJの400mlの血と引き換えに、チケットをゲット。デパート上の映画館へ行くと、中はすっかりシアターコンプレックス。JJは映画は好きなんだけど、忙しくてぜんぜん行ってないのでシアターコンプレックス内ちょっと迷った模様。何番シアターとかややこしいよね。確かに。1時間ほど余裕があるので下でお買い物。が、・・・・・・・怖い。なんでこんなにアグレッシブなんだ。販売員。言われてることの半分もわからない私。JJは面白がって助けてくれないし。英語で話し始めるとそうでもないんだけど・・「ジャケット探してるの?ジャケットいいのがあるわよ~」とガンガン声を掛けてくる。カナダでは「見てるだけ」と言えたのに。韓国ではなんていえばいいんだー!!そんなわけで、外でコーヒーでも飲んだらコーヒーのお供に嫌いなプチトマトが出てきた。生のトマトは小学校のとき先生に3時まで居残りで食べるまで帰してもらえなかった思い出が。。カナダでは結構がんばって食べたけど、ハンバーガー、ピザの上に乗っている生トマト以外は今でも絶対に食べることができない。最後に食べたのは障害者の作業所で彼らが作ったトマトを出されたときだけ。「俺の愛配合」とか言ってなんとしてでも食わそうとするJJ。「だって、俺のお母さんがトマト出したら、食べるんでしょ?」・・そりゃ食べるよ。「教授が出しても食べるんでしょ?」・・食べるでしょうね。「なんで俺からの愛はだめなの~~~~!!!???」・・・どんな嫌がらせですか!!コーヒーをよりにもよって飲みきってしまい、意を決して生トマトをかじる。あ・・・実は結構食べれる。でも結局あの中央、緑色部分が駄目なので、水をがぶ飲み。JJは「いいこー!」・・・・・もっと褒めろ。JJは乳製品は好んで取らないけど、嫌いな食べ物はない。絶対納豆食わせてやる。「トマト食べたんだからポンテギはなしね!」と宣言。※ポンテギとは蚕のお菓子です。映画館へ行くとJJは「ポップコーンがいい?」と聞いてくれたので韓国では映画館で必ず食べると言われる、スルメもお願いしました。私てっきり、スルメが焼かれて売られているのかと思ったら、違うのね。日本みたいにコンビニでパックされてるようなスルメなのね。箱入りで、中に袋が入ってて。しかもなんか甘い。スルメはもっとしょっぱいものかと思っていた。でも全部食う。「サイボーグでも大丈夫」は映像はやっぱりよかったんだけど韓国語が聞き取れないせいか、それとも単に期待はずれだったのかあれ?って思ったら終わりだった。日本ではテロップは必ず最後まで見るのが映画を作った人達への礼儀と思ってたんだけど韓国の映画館では途中でカット(笑トイレに行きたかったのでよかったですが。下の階で服買ってもらいましたが結局、韓国でどんどん短くなっているミニスカートを買うことはありませんでした。もう「おしゃれ」より「寒い」が勝つ年齢。JJ,破産しなかったかしら・・・・。店員さんが喉ガラガラだったので、たぶんここで風邪をもらったかと。。。日本語で「ヘアカット」と書いてある看板を見つけてJJの伸びきった髪を切ることに。しかし、「ヘアショップ」と書いてある看板もあったのですがどう読んでも「ヘアツヨツプ」髪型は店の男の人のほうが女の人よりおしゃれだった。いや、日本っぽいからそう思うのか。私が日本人だとわかると一生懸命英語と日本語でお茶を出してくれたり、お菓子をくれたり「こんにちわー」と言ってくれたり。楽しゅうございました。JJは思ったより切られなかった。でもイメージ変えないようにしてくれたので○。ちょっと気になったので「私の髪のこと、何かいい方法しってるかな?」と聞いたら店員さんが、「今頭皮用スコープが壊れていて見れないんだけど」と私の頭皮を見てくれました。皮膚科は髪の専門じゃないから行くもんじゃない。とか2ヶ月前のストレスではない。4ヶ月から6ヶ月前だ。とか頭皮が油っぽくて毛穴が詰まるんだとか・・なんかちょっと眉唾ものなんだけど(笑いいシャンプーとエッセンスをJJが買ってくれました。店員さんが使い方をものすごく細かく指導してJJがそれを一生懸命メモしてくれて、・・・・・帰国後談ですが、効いてます。抜け量はまだ多いですが、生えてます。ご飯はサムギョプサルしました。庭の石のような鉄板でした。早速シャンプーお試し。リンスいらずのシャンプーですわ。
2006.12.16
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2日目。修理してもらった目覚まし時計。すっごい音です。JJにクリスマスプレゼントに口紅をもらいました。ちょっと大人な感じです。目を覚まして、枕を見たらものすごい髪の毛。抜けすぎだよ。髪の毛。一人でへこむ・・・。そのままJJの大学へJJタイムに行くと、開いてない。警備員とも掃除のおばちゃんとも仲良く話している(ように見える)JJ。しかし学校はほんとにマリオっぽい。研究所には後輩のジェヨン君がいました。昨日の電話のお礼を話しつつ。いやーシャイボーイ君ですね。なかなか話してくれませんが、突然「ヌナ!お土産ありがとう!」と。JJの日本土産を見せてくれました。いや、買ったのはJJですから。そっか、ヌナなんだよね。ヌナ。どきどきしながらJJの教授にお会いする。基本的に全部JJが説明してくれたんだけど「彼に会いたかったんだね」とやさしく迎えてくれました。ハゲを見せました。最大の理由です。このまま高校へパンフを持っていくけど一緒に行こうかと誘ってもらいました。車に乗って遠い女子高へ。クッションがバイアグラのクッションでびびりました。風景がどんどん変わっていって何がびっくりしたって、お墓。土がお椀型になっていた。日本とまったく違う部分です。学校もレンガ造り。それも違うよね。トイレだけお借りしたんだけど、そう・・トイレ。・韓国のトイレには紙がない。・たまにトイレに紙を流してはいけない。この二つのルールを忘れてはいけません。でも紙は流しました。なんとなく。JJは、秀吉か?と思うほど教授の靴を出しておいたり、車の向きを変えておいたりたいした部下ですよ。学生なのに。帰り道と行く途中で、車ごとシャワーを浴びました。なんだろうと思ったらJJが「鳥インフルエンザ知ってる?その地域だから。」・・・・・鳥インフルエンザですか。あの。途中で教授がご飯をご馳走してくれました。スンドゥブー。黄な粉みたいな飲み物が出た。今回の試験で1番になれなかったら研究所を追い出されるってJJ言ってたけど「一番の生徒だ。自慢の生徒だ」ってJJがトイレにいる間に話してました。がんばれJJ。学校へ戻って、日本語の先生にお会いしました。ケイコ先生、盛岡の人でした。「こんなに早く会えるとは思わなかったわ。 いっつも自慢の彼女の話ばっかりしてたからねー」・・恐縮です。日本のドラマの話とか私の話とかたくさんしました。韓国に来たのはもう20年くらい前で感じのいい女性でした。「自分の主人が韓国人だからこういうのもなんだけど 韓国人はいいわよ。まじめだし。彼もまじめよね。 ちょっとほかの生徒とは変わった経験をしてる子ね。 前は音楽を10年やったから少なくとも10年は勉強しようって。 昔、またいろんな仕事をした経験があるから、働くことに自信はあるって。」日本語でJJの話を聞くのは変な感じです。「あ、そうそう。家事は奥さんを手伝うけどできる限り奥さんにやってもらうって 確か言ってたような気がするわよ。」・・・・・・ほほう。。JJは「なに?なに?」とちょっと不安げ。すっかり話し込んでしまい、その間に教授が帰ってしまいました・・・。夜は出前でした。JJの好物でした。なんでも出前できる韓国がすげえ。
2006.12.15
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JJに内緒で韓国にいっちゃいました。(設定)仙台空港は長蛇の列で、どうやら中国への旅行が流行ってるようで。。JJはまだ教授について高校訪問しなければいけないか未定でメールで「まだわかんない」状態。飛行機乗ったらなんでか今回はスチュワーデスさんはほとんど韓国語でしか話しかけてくれない。・・・そんなに日本人に見えないのか?前情報でとりあえず空港内は英語でも大丈夫だと聞いていたのですが光州まで一人で行くのはどきどき。大概一人旅でも空港まで来てもらってるお決まりの旅しかしたことないもんなー。できるだけ早く仁川から金浦へ行かないと夕方に光州につけないのに強風で到着が遅れてしまい、あわててバスターミナルのインフォメーションへ。ラッキー!インフォメーションは英語表記!と思って「Can you speak English or Japanese?」言ってみたら「ノーノーノーノー」目も合わせてくれねえ。「・・・金浦へ・・カゴシップンデヨ」と行ったら「オーケー!金浦ティケット!」って英語はなせるんじゃねえか。バスに乗って金浦空港へGOです。とにかく「イェー、カムサハムニダ」で凌ぐのです。バスに乗ったら気分はフリーダム。自由だ。右側通行、左ハンドル。乗り心地抜群のバス。電話が鳴り捲るバス内。途中危うく国際線で降りそうになりましたが「国内」「国際」韓国語で覚えててよかったね・・・。金浦についてチェックインしたら荷物が早く出るようにお願いしておく。アシアナ、さすがに英語OKです。ここではな。JJから一年前にもらったテレカを使ってみようと思ったらなんか変。「カードを確認してください」と表示される。仕方がないのでありったけのコインでJJの後輩へ電話する。「ジョンジュ パッコジュセヨ」と言えば通じるはずなのにJJの名前の発音が正しくない上、音量の調節方法がわからない。「ジェヨンさんですよね?英語話せますか?」ときいても聞こえない。あたしがパニック。とりあえず連呼。とりあえず連呼。したら、「Jeongjooよ?」とやっと通じて「いえーーーーーーーーーー!!!!」とりあえず、「ナワッソ~(私来ちゃった)」と言ってJJに小芝居打ってもらう。「どこにいるんだー!金浦?わかった・・・迎えに行くよ」出発まで時間があるのでがんばってご飯を食べてみる。ロッテリアの前に立つこと20分。多くの韓国人に列を譲りながら、前の人が頼んだチキンバーガーを頼む(笑でもさすがに学生。英語が通じました。韓国だとポテト用にケチャップがついてくる。韓国来たーって感じだね。自分で注文できたことに大満足していたらさて行こうと思って、立ち止まった。ごみの分別が全部韓国語。・・プ・・プラスチックしか読めない。したら、さっきの学生定員さんが「あたしがやるわよ」となぜかパンマル。もしかして、嫌がられてる?(笑うろうろしながら外で一服。韓国では女のタバコは普通じゃないんでどこのだれに何か言われるともわからないので、どきどきしてしまった。三往復くらいしてしまった。ゲートくぐってテレビ見て出発を待つ。なんか軍隊の番組やってる。慰問余興か?ほかのテレビでは演歌の番組。本を読んですごしてたらアシアナの人が叫んでいた。「光州へ」しか聞こえなかった。みんな席を立ったので、何事かと思って、さっき叫んだ人を追いかけてみた。したらゲートが変更になってやんの!!英語でも言ってくれー!!やっと出発。飛行機でぐっすり眠ってすごしたらあっという間に光州。アシアナさん、なんでチャングムばっかり放送するんですか。到着してみたら、JJはおらず、どこにいるんだろうと思って外に出たらタクシーの運ちゃんたちが「アガシアガシー!」イヤー!!やめて~~声かけないで~~わかんないから~~~!!外でとりあえず一服して、中に入って待ってたらJJは走って現れた。コーヒーを買ってもらって外に出て、久しぶりの再会なんだけど、こないだ会った人みたいだった。JJご飯食べてなかったので、まず研究所へ行ってひよこちゃんのテディベアに再会。それから、キンパプ食べた。ゴマの葉っぱがうまい。栽培しようかな。久しぶりのトッポキは辛かった。やっぱ久しぶりに食べると辛いんだなー。写真はあとで載せますよ~。
2006.12.14
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JJとの再会までまもなく。明日カンファが終われば、明後日にはJJに会える。そんなうきうきしてしかるべき時に突然起きた異変。落ち武者化してきました。JJには半年に1回しかあえないのだから一番可愛いところを見せたいのが女心。JJの両親に心配させたくないし、見られたくないのでホントにシークレット旅行にしてもらうことにしました。なのに、全然気持ちが盛り上がらず、母とは喧嘩して全然前向きになれませんでした。もう母のメールが我慢できなくなり「落ち武者化してきたので、介護についてはカンファで。 就職活動すらできなくなるのを避けたいので。」とメールしたくらいでした。そんな私を励ますべく、姉が買い物に連れて行ってくれて勇気を出して、女性用育毛剤を買ったらレジ店員が、元職場のパートさん。。。しかも、30代用と40代用、間違って40代用を買ってる・・・。いいの、980円だったから・・・。病院へ行けば3000円は飛んでしまうし、いくらのだめカンタービレが読めるとはいえ、母が帰ってきてから病院へ行った方が役所に申請したら時間取れるかもとか思って薬をちょびちょび使っていたので、もっと思いっきり気になったときに使えるものが欲しかったのよ。3日間、暇さえあればスプレーしてマッサージ。姉がびっくりするくらい、今回はダメージがでかくてホント参ってました。いくら、「ハゲでも愛してる」って言われても・・。お姉ちゃん、スカーフや帽子でのコーディネートを献身的に協力してくれました。すると頭皮に変化が!!!!「ヨーコ、今まで真っ白だった頭皮が!!ピンクだ!ピンクだよ!!!!!」「ここ生えてる!毛根見えてる!」今まで突っ張るように痛かった頭皮が、柔らかくなってきました。気持ちもやわらかくなってきましたぞ!というわけで、行ってきます!!あとはJJに癒されて介護と再就職だ!!
2006.12.12
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作戦コード アルファ、ブラボー、チャーリー(ホントに米軍用らしい)母が退院することになり、突然思い立ったサクライはおもむろに空港へ。仁川空港から、金浦空港で国内線に乗り継いで、光州へ。JJからもらったテレフォンカードで大学へ電話。「びっくりさせたくて・・来ちゃった」JJ:とりあえず、びっくりする。(笑そのままタクシー(黒塗りのタクシーがいいらしい)に乗り込み、大学へ。教授がいれば、頭を下げて小芝居を打つ。いなければ翌日、頭を下げて小芝居を打つ。サクライ:試験期間中、休みを聞いたら今日からだって聞いたので てっきり休みだと思って来てしまいました。JJ:このまま、彼女を実家まで連れて行きます。どちらも教授に嫌われる覚悟(あとで学校へ戻るJJはもっと大変)でそのまま強引に冬休みゲット。今年の冬も韓国で過ごす!・・・・なんでこんな作戦を練らないといけないかというと実は、JJまた大学で1番をとらないと研究室を追い出されるそうです。そういう微妙な期間に、母の退院が重なり、チャンスは1週間しかない。今、堂々と休みを取れる状況ではないJJ。結果が出る前だからね。しかも正面切って休みを取ろうと思ったら、教授は1日しかくれないだろう。あのラブホのような城(大学)に閉じ込められた、JJ姫を救いに龍(国内線)に乗って・・まさにマリオみたいな展開。そしてサクライサイド。病院的にはすぐにでも退院して欲しいだろうけどちょっとこっちもトラブルばかり発生。介護に入ってくれる予定だった友達がお姑さんの痴呆で急遽できなくなってしまった。頼りにしていたボランティア団体さんからも連絡はない。このままだと何の変わりもないケアプランになってしまうのでホントに就職してなくてラッキーとしかいいようがない。ケアマネさんも講習で猛烈な忙しさ。師走だね。走ってるイメージだよ。母の退院中にJJを迎えることもできるんだが今年の冬はどうしようかねーメールを送ったら母は、「私が帰ると文句言いたくなるのね」「そういう事があるから呼吸器付けたくなかったのよ」「ママが生きてる限りはしょうがない」的なメールにサクライぶち切れ。年賀状お願いね、ケアプラン見直して、と本当に娘を就職させる気があるのか??姉を結婚させる気があるのか????「あなた達のために入院長くしたのよ」って考える時間が欲しいといったのは母で、そのために、介護後の韓国行きを白紙にする以外なかったのだ。私より沸点の低い姉、もっとぶち切れ。「ええい!韓国に行ってしまえ!」そういうわけで頼りにされないために、韓国へ亡命します。(笑親切で長く母を入れてくれてる病院には悪いけど、私もどうしてもコレが必要なんです。コレがあるから介護できるんです。就職したら、遠距離恋愛なんてそうそう会えるもんじゃない上移動に1日かかるような場所に行くので、だんだん難しくなっていきます。・・・・と言ってもまだ予定は未定。出発ぎりぎりまで、予約せずに動向を見守ります。たまに親子喧嘩も必要ですが、我が家の場合、少しショック療法が必要な時もあります。「就職する」「結婚する」等。ママン、相当焦ってるので、恋路の邪魔をこれから散々聞かされるだろうけど、これも愛の鞭です。家出って、1週間FIXじゃ家出にならんのだけど。もう介護しかしない。介護体制は自分で考えてくれ。めちゃくちゃになっても軌道修正できるくらい娘達は柔軟だ。ホントに「娘が出て行きました~。なんとかしてください」っていう状況にすらなりかねませんな。・・・それでも退院に対応した行動を取っている自分が憎い。スケジュール調整だの準備だの・・。なんて計画的犯行。焦っているのは母ばかりなり。
2006.12.08
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今日は、いわゆる人材バンクに行ってきましたよ。なんか、まだ「若い」に該当するみたいで。就職活動大好きなんで、結構はまってます。今回の人材バンクの会社の紹介は、ケアマネージャーの友達さんが派遣会社をやっていて、それでお話を聞きにいったら派遣会社的には損なのに、こっちの会社を紹介してくれたのだ。何事も人繋がり。他の派遣会社からはやたらとタイピング業務の依頼が来ます。どうやらテストで好成績(負けず嫌い)だったらしく単発でパソコン入力だけで働ける人自体珍しいからだろうね。たまたま担当の女性がお父さんが痴呆症ですごく理解してくれた。介護していたこのブランクで、私がしてきたことは全部自己PRにしてしまえばいいって言ってくれた。「あなたの売りは英語と可能性です」と言ってくれた。ありがたいね。ママンから「日記に書かれるから教えたくないんだけど」といいつつ結局詳細メールが来たので、皆様にご報告(笑ママン、車椅子のかたどりをしたんだけどどうやら業者さん色々説明不足だったようで仲介してくださった先生に「業者と話したい」というメールをしたら主治医を巻き込んで大騒ぎになってるらしい。(どう大騒ぎなのかは不明。)ママンはもともとそういう人なんだよね。・元職場で法事のお返しを買ったら熨斗が薄墨じゃないと(私に)クレーム。・ボブが昔仙台に来てしゃべっていたら新幹線に乗り遅れ、緑の窓口10人抜き。・家を買ったときも写真をとりまくっておかしなところはすぐ通報。・色々値切り。・判子屋の占いで私が死ぬって言われたので本社に電話してクビにした上、店がなくなった。(今話題のあれだったのかもしれないんだけど・・・・)呼吸器つけてからもうすぐ1年になるんだけどママンはママンに戻ってきてるのかもしれません。いろんな掲示板で、ALSによって家族が色々変化して精神的に、みんな参ってるのを見てると、うちもそうだったって言いたくなるんだよね。憎いのは病気で、家族じゃないのに、「どうしたら明るくなるんだ」とか「どうしたら死ななくていいんだ」とか誰かを責めたり、自分を責めたりした。去年の私はとても必死だったなあ。毎日、JJに電話しながら台所で泣いた。風呂でも部屋でも家族の居ないところでぼろぼろ泣いた。母の前では死んでも泣きたくなかった。でも家族に本当は頼りたかった。誰でもいいから頼りたかった。もっと明るい未来をそれこそ、子供の頃にやった宝釣りの屋台みたいに先に飴がついてるか、蛇のおもちゃがついてるか、先に何もついてないかもしれないけど何かをなんでもいいから掴みたかった。まだ紐をたどってる最中かもしれないけど今日のALSのメーリングリストに載ってたちょっと嬉しいALSの研究結果も母も一緒になって喜んでくれた。・・・・・・あとは年女なんだからもっと年賀状、やる気になってほしいもんだ。次回の病院は、プリンター持参です(笑
2006.12.06
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ママンの年賀状作りに病院へ行きました。ノート型パソコンにオペナビを使ってるママンですがこのたび、S先生がスタンド着きディスプレーを完備してくれました。おかげで、ママンの文字画面が二つになったのでこれで晩御飯のたびにコール鳴らして「美味しい?」って聞かなくても見えるところにノート型パソコンを設置できます。声が届くみたいに、文字が見えるって快適になるに違いない。ママンのスイッチ0.27秒。日本記録にでも挑戦しているのか?13日にカンファ。私は明日ケアマネの紹介してもらった人材派遣会社の人が親切にも「もっと上のチャンスを」と紹介してくれた人材紹介会社へ行きます。英語の仕事を探す上で、派遣会社では限界があることがわかったのですよ。だって一回受けた会社二度と受けられない上それくらいしか求人があがんないんだもん。もう、正社員目指すっきゃないか?まだ、働くことに不安はいっぱいだけど同じくらい、娘を巣立たせることの不安を抱えているママンと同じくらい、結婚することに不安を抱えているおねえちゃん。みんな戦いなのだな。コレが。さーて、履歴書一枚しかないので失敗できないぞ。がんばりまーす。
2006.12.05
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気ままなハゲライフ。帽子なんか面倒でかぶらないし病院に行ってもすぐ生えるわきゃないし。ほんとに右にも3つハゲがあるんだよ。これが。今まで頭髪についてからかった3名の男性の気持ちが分かるようになってきた。一人は演劇やってたころの主宰で、最初の円形脱毛症のときに「私もハゲたー。私は生えてくるけどね」と言い放った。二人目は先輩で、上司に「○○さんは私が入社した時は、ふさふさでと言うんだよ」と教わった。三人目は上司で、いつもつい頭から見てしまった。ハゲ論議が尽きなかった、昔。前髪が明らかに薄くなってきたんだけど、お風呂に入ると情けない頭になってしまう。なるほど、それで雨注意なんだわ。そして駅前のビル街を歩く時、横風注意。おびただしい抜け毛が、あちらこちらに散乱していて朝と風呂は、毎回びっくりするよ。もともと髪が多い方だったから、全然目立たないけどびっくりなほど髪量減ったなー。乾燥シーズンでコタツがないのでストーブの前でだらだらしてたらそりゃあ、髪には良くないだろうけどカナダの猛烈乾燥にも耐えてきたこの頭髪が日本の冬ごときに~~。ただ、一個だけ、変化が起きてるんだよね。おでこの肌が良くなってる。いつもニキビ予備軍がたくさんいるのにおでこの産毛はちゃんと残ってるのにおでこの肌が良い感じ。これはハゲ効果?またはマイアロンローション効果?前髪が薄くなったせい?もうビデオチャットしながら薬塗っちゃうんだけどJJが「ニンフに髪を盗まれるんだよ」と。ニンフって妖精のニンフですか。韓国にもニンフがいるんですか。妖精は確かアイルランドとかそっち系だった気がするな。昔ピーターパンが大好きで、図書館で関連本を読み漁ったなー。髪を盗む妖精だなんて、すっかり私は忘れてましたわよ。寝癖も妖精なんだよね。妖精を信じないと妖精は死んじゃうんだよねー。妖精を信じる心を取り戻せば、髪はもう盗まれないのかしら。だとしたら、瀕死のニンフが「おのれ・・・信じろ~」と、毎晩髪を抜いてるのかしら・・。本当にニンフの仕業なのだとしたら抜くのはいいけど、持って帰ってね。髪の毛ちくちくかゆいです。抜けるのが先か、生えるのが先か・・「どっちにしても、伸びるまで1年はかかるでしょう」とJJ。その通りです。このまま保ってくれよ~。せっかくマチルダヘアにしたんだから。でもホント、しばらく美容院へ行かなくても、全然オッケーな事だけは確かです。後ろ真直ぐに切ってよかったわ。
2006.12.04
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更新してないのは働いているからです。単発の派遣で。タバコが吸い放題なんですが・・。今日までの予定が、半端無いデータ量と効率の悪いエクセルフォーマット。明日も出勤です。もう、計算式いれちゃったもんね。おっちゃんばっかなので、可愛がられて楽しいです。これがなければ、横浜の国際会議へ行くことも考えたんだけど、高望みして次回のトロントに行かせてもらおうということで。ママンに頑張ってもらおう。最近JJから、プレゼントが送られてきました。枕とベッドのマット。あったかいやつ。夏にウチにJJが来た時、私の枕は母の膝下に入れていたので枕が無かったので・・枕2個も来た。最近寒いんであったかくしないとね。でも朝、ぬくぬくで起きれないのよ・・・。そんなJJは、今試験期間中。1週間以上学校で寝泊りしてます。ビデオチャットで連絡を取り合っていますが昨日も着てたなこのセーター。一応、試験期間だし、私も仕事があるし、姉のパソコン借りてるし早めに切り上げないとと思ったら、JJったら「オンナハ ナンデ イキマスカ?」・・・・・・・・・は?今なんとおっしゃいました?「あれ?オンナハ ドコデ イキマスカ?」ぎゃああああああああああああ!!!!いやああああああああああ!!落ち着いて、姉の入れてくれたハーブティを飲んで、一体何を言いたいのか聞いてみた。正解:「女はどこに居ますか」(かまってくれないので他の女の子を捜すフリをしたかった)日本語のテストが心配です。そういえば、姉。鬱が良くなったせいなのか、日刊ノブとの恋愛も順調に見え、うちの近くに彼が部屋を借りる運びになりそうだったのですが叔父さん達にアドバイスを受け、われら娘達、ママンから自立することを目標に頑張ってますんでいつもおなかを壊している彼を心配した姉は「やっぱり会社の近くに部屋を借りよう。」と提案。ウチの近くからじゃバイパスも混むし、睡眠時間も心配だそうで。ところが日刊ノブ、「俺は、そっちの地域に住みたいの!!」と意見が割れ、話し合いすることになったみたい。「・・・どうしてなんだろう・・・」と姉。「そういうのは負けてあげたほうがいいよ」と姉に言ったら「なんで?」と聞いてきた。姉も日刊ノブも似たもの同士なんだなあとこんな時思う。すっごく簡単に姉に説明してみた。「だからさー、それはノブの愛情表現なんだから拒否したら、傷つくよ。 お前の家も家族も生まれ育ったその地域すら俺は愛してるんだ。 だから、そこに住むんだ!って言ってるんだよ。 お姉ちゃんは私は、家族のことばかり1番にしてきたけど これからは自分が新しい家族を作るんだから、 ノブの身体が一番心配に決まってるじゃない!って愛情表現してるのよ。 だから拒否されるとなんか腹立つんだよ。」・・・・ムツゴロウさんか?それが大変分かりやすかったらしい。たまに女は負けてあげないといけないんだな。愛情表現同士の喧嘩が一番、長引かせたくないからなー。あの二人を見ていると、また、いろいろ勉強になるよ。姉に恋愛について説く時、お嫁に出すのが心配になる。。いや、むしろ彼女は恋愛経験は少ないほうがいいんだ。しかし、最近パソコンを借りているせいもあり大変、むかつく発言をポロッと(しかも思わず)言うのでこれも鬱が治ってきたからなんだなと思うと姉妹二人暮らしが長いゆえに、居なくなったら寂しいなあとも思ったり。電化製品の説明書だけちゃんと読むようになってくれたら安心してお嫁に出せるかな・・。あ、あと、調理器具の使い方も・・。
2006.12.01
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母のところへ行ってきたわけです。叔父さんの血を着々と受け継いでいる次女ヨーコは母を感動させ、涙させる毎日です。説教臭くなったな。母は変わってきましたね。なんか前向きだし、自分で判断するようになってきました。娘の役割が分かってきたことやら家族愛ゆえのぶつかり合いがあったわけですが、娘は娘らしくいたほうがいいようで。私も安心して、というか、巣立たないといけないわけですよ。母の自立よりまず、娘が自立しないとね。今日は車椅子のかたどり。例のごとく遅くいったのですがオールヌードで型取るわけじゃないのね。チッ。母は車椅子の色に色見本から燃えるような赤を選択。F兄貴ご推薦のフェラーリのマークでもつけるか、もしくは漆塗りの傘でもつけるか・・・。O女医先生が「赤ね、赤。真っ赤に燃える憎いやつ」とすごいテンションで去っていきました。キャラ変わってきたな・・・あの人。ケアマネージャーズもきて話が大いに脱線しながらケアプランを見てたわけなんですがALS娘が病室に3人そろったもんだから大騒ぎ。しかも、愛音ちゃんのいないところで勝手に愛音ちゃん親子強制参加。「これで娘達5人になったから、そろそろ踊りぐらいできるんじゃない?」「宴会場かりて、飲み会かしら」「温泉がいいわよ!温泉が!訪問入浴の桶でできるわよ!」「じゃあ、患者が3人でも4人でもいけますよね」勝手に大盛り上がりしていたら、母「Mさん(なずなちゃんのお母さん)はどう?」「行きましょう。温泉」母、変わったなーーー。というわけで、それめがけて母、とりあえず車椅子のリハビリを頑張って欲しいわ。誘っちゃったんだから責任もってリハビリしてもらいたいものです。ちゃんとMさん親子には「言いだしっぺなので、無かったことにしないようにしつこいくらい サクライさん、温泉!と言ってあげて下さい」と念を押しておきました。そのうち、ALS娘全員集合も時間の問題か?・・・・というわけだよ。愛音君。
2006.11.24
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mixiでも私の日記を見てる人がプッと笑いそうな今日の日記。韓国に1年留学していた人に書かれたコメント。「韓国に行ってもいいこと無いよ。余計なお世話だったらスルーで。」意外と小さな心臓を持ってるので正直、気分はダウン。他にも韓国にまつわる友人達だっているので韓国人の友達もいるし、そんなの不用意に書かないで欲しかった。大体、まだ将来どうなるとかそういう事なんかまるで考えられない状況もあるし。しかも1年留学とかって半端にリアルなんだよ。JJに話してみた。「韓国は住みにくい~。俺も住みにくい~。 マンションは倒産して競売に行かなきゃいけなかったし そこでの会話はまるで外国語だったー。なんて住みにくい国なんだー。 日本かなーカナダかなー。ねえどこの国がいい? 他の国なら文句言わないで住むよ~法律わかんないし。」・・・・・・・・・・ほっ。JJのそういうとこ見習いたい。分からないことは文句言えない。うん。その通りだわ。
2006.11.21
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ちょっと最近後ろ向きで、なんでしょう・・季節の変わり目かしら。ハゲからキノコが生えそうだ。飯も食わずに何をやってるのやら。そんな、キノコが生えそうな今日の日記。水商売する夢を見ました。(しかも母に売られる(笑)高校の制服を着ました。ルーズソックスなんか履いちゃって(10年ぶり)JJに電話で相談するあたりが、リアルでした。本気で24時間ヘルパーを入れたら、しゃれにならない金がかかります。そんな中で、遺産相続の通知が来ました。お金を送りますよと弁護士さん。「これは3等分して、ヨーコには手数料として多くあげたい」と母。私は「何をそんな悠長なことを言ってるんだ」と言ってしまいました。24時間他人介護って最初に話を聞いた時よりなんかもっとこう複雑になっているような気がする。なぜなんだろう。私は本気でそれをやりたいのか自問自答の日々が続いている。24時間他人介護を推し進めることが姥捨て山のような気持ちになるのはなぜなんだろう。母が私に死ぬまで介護をして欲しいなら、それでもかまわないと思うこともある。姉は来年結婚するだろう。「お姉ちゃんは結婚しても、ヨーコちゃんはお母さんの側にいてね」って近所の人から。呪いの言葉のようだった。初めてそれを母に打ち明けた。「酷なこというわねー」と0.3秒の速さのオペナビで。母らしい。いつまで母を守ってるつもりでいるんだ。私も。たとえば自分で事業所をやったとしてこれはきっと責任問題になるなと思う。まだ吸引がどうのっていうレベルだから。母はもうALSを受け入れられないと思って進めたほうがいいんだろうか。でも、近所の人たちにとって私はまだ「ちい姫」なんだよな。幼稚園くらいの、母が買い物に行くから預かってってお願いした時ほどの小ささなんだな。「お母さんは受け止めるのに必死なのよ」と他人に言われることが腹立つようになってきた。だからこっちも必死なんだよ。お母さんが見つけられない生きる意味ってどこにあるんだろう。動き始めれば、見つかることなのかもしれないけど、私がやったら、意味がなくなるんだろうか。先輩夫婦に男の子が生まれた。無性に感動してしまった。赤ちゃんを見ていたら、生きる意味なんかホントこんなことだよねって思うだろう。あー仕事ないなー。とりあえず翻訳の仕事でもエントリーするかなー。あたしなんかにできるのかなー。そもそも解雇されたのには自分に原因が・・なーんて考えてるから禿げるんです。JJが見てないと思ってビデオチャットしながら薬塗ってたらJJが「I got shock!」って。あまりの数に。私もどうして帽子もかぶらず外に出れるのか分からない(笑グジグジJJに愚痴こぼしてたら「じゃあ、来年会った時婚約しようか?」って本気かよ。遠距離婚か?しかし、JJ、異国の人なのによく状況を理解してるよ。この拙い英語で。ずっと介護してると思ってるJJの両親があたしを認めてくれるとは全然思えないんだけど。まだ、どこに飛び出すにもエネルギーが足りませんな。いや、毛が足りないのか?(笑
2006.11.19
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メキシコでは11月1日と2日は日本でいうお盆でお祭りです。「死を笑う」独特の文化を持っているので、死者が帰ってくれる楽しい日なのだそうです。酒を飲んで、ご馳走を食べて、祭壇のお供えとしてカラフルだったり派手なガイコツが飾ってあったりしてギターを持ってるガイコツとか、それはもう派手なお祭りだそうです。ガイコツに名前を貼って大事な人にあげたり、墓地でドンチャン騒ぎしたり・・日本や韓国とは大違いなこの文化。ハロウィーン+お盆って感じ?メキシコの友達でも特に女の子はみんな太陽のように明るい子が多くて時に励まされたり、元気付けられたりするんだけど中でもほんとに「原始、女は太陽だった」と思えるような友人、カリーナ。彼女もお母さんを介護することになって、私にいろいろアドバイスをくれたり、逆に元気付けてくれたりするんだ。ほんとに彼女は太陽だと思う。そんな彼女が大学のお祭りで撮影した、「世界の死」をモチーフにした「死者の日の写真」度肝を抜かれました。そんなわけで、いつもより大きめサイズでお送りします。茄子が・・・茄子が紫芋に・・・・!!!かけめぐるって?芭蕉って?●返せって何??提灯にエラって書いてあるけど、これ何ーーーーーーーーーーー!!!ああ、笑った。明日は元気だ。ああ、カリーナ!大好きだ!カリーナ!
2006.11.15
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解雇されました。いやはや、人生とは不可解なり。利発すぎるとか、ブログを持ってると怖いとか話し方がなんとかとかなんかいろんな理由をつけられたようですが、私のほうが職場の環境としては、こんなに暇で学生のように扱われてカルチャーショックだったのですが結局、外国人の接待で、英語を話せたことが一番問題だったようで。世の中には英語が話せないけど教授と呼ばれる人がいる。外国人の中で働く上で、秘書が英語を話せてしまうと困る方もいらっしゃるようで・・・(笑私の中学生英語が完璧といわれたこと自体びっくりですがボスになったであろう教授に大変恐縮されてしまいました。かなりやる気のある方だったので、いろんなものを見せてくれたしなあ。派遣の担当も、もう条件に合う人が見つからないともらしてました。そういうわけでニートアゲインです。もっと高望みしていいという意味と解釈しました。もっと「こんな仕事は~あたしなんかじゃ無理だし~」みたいなそういう仕事でも駄目モトでうけてみようかなと。もう、母が怒っちゃって・・ALSじゃなかったら、派遣会社や職場に乗り込んだかもしれない。こっちは別にどうってことないんだけど。そういうことが母のエネルギーになるなら、いいんじゃないのかな。そんな母の友人達とケアマネージャーズと昨日はカンファレンス。母のために1名、事業所に登録して早朝の介護に入ってくれる人が見つかりました。母の教え子で私の1個上の先輩。赤ちゃんをおんぶしていても介護していいのかって不安がっていたけどいや、女の職場というのはそうあるべきなんじゃないだろうかと私は思うのですよ。あとはボランティア団体でヘルパー資格のある方々を投入するというアイデア。時間の確保よりも、人の確保が難しいんだな。近所の方でヘルパーで働きたい人~、ウェルカム~。時給が英語の仕事より高いですよ~。カモーン。そしてフルで24時間入れたとしたら、週二回夜入れたとしたらいくらかかるのかということも計算した。水商売でもするべきか?というくらいのすごいお値段。今後やっぱり看護学生に夜をお願いすることはできないだろうかというお話。ここから先はママンの腕の見せ所。段々、形が見えてきたような気がする。どういう考えの下で、ママンの環境を変えていこうということをママンの友人達に知ってもらうことはいいことですね。いつも背中を押してくれるのは、娘ではなくて友達。友人だから、介護できなくたって、できる事がたくさんあるんですってことを伝えるのはいつも必死ね。
2006.11.14
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「サクライちゃん、仕事大変なのかしら・・」「いや、JJとまた喧嘩でもしたのよ・・」などと心配なさっている方々すみません。ついに、マイバイオちゃんがぶっ壊れました。思い起こせば、母とヨドバシへ行って速攻決めてきた小さなバイオ。。カナダでは、韓国語のソフトを無理に入れて使っていたバイオ。パソコンの無い台湾、韓国、トルコの留学生に貸したりプレゼンテーションで使ったり、仕事を探すのも、プレゼンするのもJJと同じくらい酷使してきたバイオ・・日本に帰れば朝までJJとビデオチャットして酷使したバイオ・・そんなわけで、ハードディスクが壊れてしまい、現在起動すらできない状態に・・・。職場ではibookにmacOSとwinXPの両刀遣いでibookを買うかどうか迷ったのですが就職したばかりのパート秘書に金力があるわけでもないわけで・・。また、酒の強いところを教授先生方に見せ付けてしまったので先行きが不安です。マックマニアの教授の下で働くので、マッキントッシュのほうがいいのかもしれないけどプライベートまで仕事を持ってくるのはもう止めた方がいいしなあ。・・と悩んでいたら「ハードディスクは高くない」「交換してあげるよー!」「大丈夫。問題は日本語だけだから!」by JJ。試験前でゲロゲロ吐きながら勉強しているJJを更に酷使して、バイオ復旧に一役買ってもらうことにしてもらいました。2006年冬、半年に一度しか会えない恋人達は、今回会えないかもしれないけれどバイオはJJに会えるのね・・・。ちなみにその代わりに、ヨドバシで購入したJJの目覚まし時計が日本に向かっていて私が修理に出します。なんか国際的な修理方法だな。どうも、「目覚まし時計が鳴る時と鳴らないときがある」そうで・・・・(笑私も目覚まし時計は鳴っても気づかない人間なので果たして本当に壊れているのか微妙なのだけど(笑そういうわけで、今姉のパソコンを借りて書いてます。復旧したら再開しますのでご心配なく~。
2006.11.12
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今日、面接してきたのですが、合否がどうとかっていう前に、気づいたら決まってしまっていました。木曜日から、大学職員になります。介護体制まだできてないんですけど、大丈夫なんだろうかと今になって焦り始めている私。。ケアマネさんの「大丈夫~」はホントに安心する。。まず、フルタイムで働くわけではないので10時から17時で週3回だし、今のところは大丈夫だけど年明けたら、週5日のフルタイムで働くことになりそうです。いまさらながら、不安になってきちゃったよ。でもね、まず、経済的に自立、経済的援助をしてそれから、必要とあらば、一人で暮らすことも考え始めています。カナダで暮らせたのに、日本で暮らせないのはおかしいわな。難病の母を残して一人暮らしっていうのは最初は誰に言われても考えられなかったんだけどCILの人たちと話して、なんだかわかってきたような気がするんだよ。それを母が分かるようになるかどうかは分からないけどまずはその前に第一歩。仕事をきちんとこなすこと。介護を両立させること。無理しないこと。ゆっくり始めていこうと思います。あー、あっけなく仕事決まっちゃったよ。あたし一社でしか働いたことないよ。大丈夫かいなー。あいやあ。
2006.11.06
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イェンナル、イェンナル(昔、昔)トラがタバコを吸っていたころ(この時点で自販機でタバコを買うトラを想像しちゃう)白頭山にトラとクマが住んでいました。二頭は人間になりたくて神様に祈っていたところ、神様の息子、恒雄(と書いてファヌン)が地に降り立って言いました。「100日間、洞穴に篭り、蓬とニンニクだけ食べてで過ごせば人間にしてやろう」(やっぱり100日なんだ・・・・)二人とも喜んで洞穴に入っていきましたクマは言われたとおり辛抱強くニンニクと蓬だけを食べてすごしましたがトラは我慢できず、途中で出てしまいました。こうしてクマは美しい女の人に変身し、ウンニョ(熊女)と呼ばれました。ウンニョが男の子がほしくなって祈ると、恒雄(ツネオじゃなくてファヌン)がウンニョを妻に向かえ、檀君(タングン)が生まれました檀君は後に朝鮮という国を立て、朝鮮民族の祖となりましたとさ。・・・めでたしめでたし by 韓国語ジャーナル「ホランイとコム」・・・・ん?私「じゃあ、あなたの祖先をたどったら熊ね?」JJ「・・・・その話は違うんだよ」イェンナル、イェンナルトラがタバコを吸っていたころ人間になれると聞いてニンニクばかり食べていたトラを熊が食ってみたら、うまかった。そうか、ニンニクは肉の臭みを消して、肉を柔らかくするんだな。めでたしめでたし。私「だから、韓国の料理にニンニクが多く使われるのは熊に戻らないようにするためね。 だから、旧暦で月を気にするのも、満月になるとみんな熊になるのね。」JJ「違うんだって。おいしく食べるためなんだって」そんなわけあるか。
2006.11.05
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2日、飲んできました。(笑気づいたら3日になってました。朝日がまぶしかったです。そもそも今回はCILの研修会で花田さんとの研修会をやるっていうことが始まりだったんですが、以前、ajiさんから紹介を受けて電話でもメールでも色々相談させていただいた広域協会のOさんが仙台に来てるというので朝の4時までメールやりとりして、何とかして会おうと思ったわけなんだけどなんと飲み会に参加させてもらえることになったのでした。が、大変恥ずかしいことに、私、CILがなんだかわかってませんでした。・・・・・なんて怖いもの知らず。CILってCenter for Independent Livingの略だったのね。。施設や病院を出て、自立した生活をしている人たちでそういうCILと呼ばれる団体を作ってる人たち、担ってる人たちの集まりだったわけよ。日本全国の集まりが仙台であるなんてびっくりだよ。車椅子の人もいれば、車椅子じゃない人もいるし人工呼吸器の人もいる。それぞれ障害は違うけど、見てすぐ思ったのはみんな、ものすごく若い。(実年齢より若い)肌がきれいとかそういう意味も含めて若い。生き生きしてるからなんだろう。そんな飲み会に、サクライ、乱入。こんな知識のないアポーンな子が入れるんだろうかという疑問もあったはずなんだけどだんだん、恥も外聞もない子に育ってきています。皆さんも快く受け入れてくれましたよ。とりあえず、手土産に、宮城県のお酒「浦霞禅」持参。何食べられるんだろうとか、強いお酒でも大丈夫なんだろうかとか余計な考えをめぐらせたんだけどついたらウィスキーのビンがあったり、スナック菓子やらから揚げやら肉まんやら、ありまして・・・ごちそうさまでした。途中からF兄貴Sも乱入。普通の飲み会でしたよ。はっきり言って。下関から来てくれた近藤さん、超かっこいい!笑い皺のある男性がサクライは大好きです。お褒めの言葉をいただいたので、私はもう有頂天でございました。ほんとに1年くらい仙台に住んでほしい。足の下にタバコがあったので、一緒にロビーでタバコ吸ったりして。F兄貴、ホノルルマラソンの件思い出してくださいね。もちろん、途中から手動で。青森の和田さんまたこの方も年齢より見た目がはるかに若い。「韓国行ってきたよ」ってすごいわ。ぜひ今度は屋台で飲みましょう(笑ホントにカナダに行くのも面白いかもしれませんよ。ナイアガラでヘリに乗ろうヘリに。冬はスパイクタイヤで乗り切ってください。早くマイミクしてけさいん。岩手の今ちゃんマイミクありがとう。こうやって名刺を見ると、同い年なのに事務局長で会計で事務主任で大学生で元準ミス(笑)って、すごすぎだよ。彼女とは2chの話で盛り上がってしまいました(笑近いから冷麺食べに行こうかしら。埼玉のみさおさん美人さんだった。頭のお団子がむっちゃかわいかった。F兄貴が一生懸命国際会議に誘っていたけど、ナンパにしか見えなかった・・・・(笑メールします~。隣の市の広内さん「今朝、救急車で運ばれて、今日は飲みに来た」っていうバイタリティ。みんな爆笑。そして影のある女性が好きっていうお話、私多分一生忘れない(笑近いのだから、またお会いしましょうね。花田さん真後ろで花田さんの話しててすんません。もっとたくさんお話がしたかったです。きっかけになってくれてありがとう。また飲みましょう。そして広域協会Oさん朝まで・・・ありがとうございました。「仙台のサクライはむちゃくちゃ飲むから気をつけてください」とメーリングリストに載せないでください。名刺をいただいていない方で、一緒に飲んだ方々もまた会うと勝手に確信しているんだけどみんな優しいし楽しいし、なにより元気よね。なんかね、これができない、あれができないと勝手に思ったりしてる自分が恥ずかしくなった。っていうか、そういう世界じゃないよ。ALSだって自立できるんじゃない?なんか、今までがかなり遠回りだったような気もするしこれからも遠回りになるかもしれないんだけどテレビでCILのことやってたときでもALSじゃないから自分のことじゃないような気がしていたけどそうじゃないじゃん。おんなじじゃん。あたしは今回、母のために行ったわけじゃないけどなんか、よくわかんないけど、圧倒されたよ。気分としては友達いっぱいうれしいな状態だけどなんか、少し見えてきた気がするし、見せてもらった気がする。・・・関係者には飲み会にだけ現れるALS娘と噂されそうで大変怖いと思ったのですが、「そうだ!飲むのも能力だ!」と答えてくださった皆様、大変感謝しています。
2006.11.04
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今日病院へ行ったら、スイッチが壊れてしまってて、スイッチボランティアしてくれてる先生が来てくれてました。ケアマネージャーズも来てくれたんだけど会話ができなくて断念。24時間の介護体制で組んでみて、その後娘たちでまた埋めていくというそういう方法をまず取ってみることにした。そーんなわけで、私は別の病室のお母様にご挨拶に。気管切開をして胃ろうやって・・でもまだ歩けるんだけど筆談もまだすごくお上手。でも話せないことのストレスでかなり苦しそうだった。歩けるのに、散歩に行く気力さえない。おうちに帰りたいのに、市内じゃないから医者が見つからない。なんか、本とか・・持って行こうかなー。そういうときに気の利いた本をチョイスできるくらい本読んでないなー。ママンは本をたくさん読んでいたけど「人工呼吸器つけますか?」とかもろALS関連の本も読んでたもんな・・・。ママンに聞いてみよう。多分なんか知ってるだろう。ALS以外のやつ。娘さんもいつもママンのとこまで来てくれて明るいし、娘同士愚痴を(ママンをはさんで)話してきた。「明るくてうらやましい」って言われるけどもちろん、うちは当時は「死にたい」とか言ってる人が2人もいて状況としては最悪だったんじゃなかろうかと、今では笑って思うのだけど。お姉ちゃんの鬱がほんっとに良くなって、トップページの説明もそろそろ変えたほうがいいなと思うほど。表情が全然違うし、もともと感受性が豊かなので誰かに会ったときに感じるものがそのまま文章にできてそれをママンにメールするでしょ?ママンは「娘が学んでいる」と喜ぶわけよ。ママンのスイッチ、めちゃ早い。文章打つのがめちゃ早い。タイミングで押すしかないわけなんだけど、0.4何秒っていうスピード。とてもスーパーマリオでタイミングよく飛べなかった人間とは思えない。私も少しオペレートナビの説明書を読んだので「ctrl+Zで元に戻る」とか、「Shift+Enter」とかそういうボタンもあちこち増やしてきた。文章を打っていて、下にオペナビとは別に候補が出ることがあってShift+Enterで変換された文章がそのまま出てくるのが便利なんだよね。でも一体何が候補になるのかいまいちわからないんだけどママンが「さるもきから」と打ったら下にちゃんと「猿も木から落ちる」と出てShift+Enterボタンで一発表示。ママンと超感動して、病室で大騒ぎ。もちろんうるさいのは私。中古で買った韓国語ジャーナルを持ってCD聞いてたんだけどラジオみたいでめちゃくちゃ難しいって話をしてたら「検定は受けないのか?」と母。どうして親という生き物は子供の資格が好物なんだろう。そのうちね・・そのうち。仕事の話もしたんだけど、例の大学職員の仕事、週3回5時間スタートなんだよね。3月になったらフルタイムになる方向でという感じ。理系の研究所なんだけど研究員が外国人で英語が必要だそうだ。派遣社員は交通費が出ないのでママンはそれだけ面白くないみたいだけど、段階をへて、フルタイムになるというのはお気に入りなようだ。花田さんにお会いしたことも、仕事のことも韓国語のことも、なんだかすごく夢中になって話してたらママンの表情がなんかいい感じで。帰ったらメールで「前向きなヨーコが見れてよかった!」前向きなのはママンのほうですがな。前向きって大事なことだなー。これからどうなるかわからないけど、やりたいことは全部やろう。
2006.11.01
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いやはや、簡易保険の名義変更に難儀してます。ママンが契約者なんだけど、自筆できないから私が代筆で保険に入ったわけ。それで、契約者と受取人を変更したいんだけど契約者が自筆できないといろいろ書類が必要になって不便なわけ。じゃあ、あたしにしておいたほうがいいのか??っていうか、ママンが「そんなのおかしい!差別だ!局長出せ!」とか言うかっていうとそこまで騒がないだろうし。ママンは窓口じゃなくて局員呼べっていうし、だったら自分いるときに郵便局員呼んでくれ。そんで、就職のほうも。あたし面接が通れば大学職員です。あれ?どっかで聞いた職名だな。英語の仕事だし、最初は週3回の4時間で3月からフルタイム。時給はそんなに高くないけど、面白そうだからやってみようかなと・・どうなることやら。やりたいことはやるを目標に生きてるサクライシスターズですが今日は8時から、研修会?・・・座談会?です。札幌からはるばる人工呼吸器を積んで空を飛んで、花田さんが仙台にやってきました。筋ジスで呼吸器で、会話ができて、事業所やってて、施設を出て、24時間他人介護の一人暮らし。・・・っていったいどういうことなんだろう。。。と思ったの最初。だってあたし、ALSの母(限定)しかよくわかってないし。呼吸器をつけて話す人がいること自体、NHKではみたけど未知の世界で。で、参考資料「ベンチレーターとの楽しい暮らしマニュアル」を見てみたわけ。姉との感想が若!!!!めちゃめちゃ若いじゃん。あたしとさほど変わらないよ。そんな人が事業所やってて車椅子と呼吸器で仙台まで飛んでくるわけ?姉と待ち合わせて、オムハヤシとか食べて(笑会場へ行ったら、ほとんど身内(笑仙台の人たちは一体どこにいるの?っていうくらい身内!!F兄貴と、Tお姉さま(笑)とそのご子息と姉!!それから同じように自立されている他県の方が一人。うちのために集まってもらいましたみたいになってる!!!!愛音ちゃんとこもだけど、結局介護で来れない人もいるだろう。でも当事者は?ALSとか筋ジスの人とか、どうなの?情報を得る手段がないということなのか、謎だよ。謎。あまりに人が少ないので電話して無理に(遠慮したのよ、これでも)母の友人のボランティア団体の主催をしている人を呼びました。当然われらが聞きたいことって「施設を出ようと思ったきっかけ」とかなんだよね。どこからそのエネルギーが出るのか、それが知りたいのよ。だって単調な毎日、あきらめの毎日を過ごすと、何もやる気が起こらないから。あたしだってそうだ。仕事しないで何にもしないで、母の横にいて文句をいいながら生活するころはある意味楽で、やる気を起こすことが無意味に思えることもある。母もそうだ。「とりあえず生きてる、それがいっぱいいっぱいだ。他に何をしろっていうの?」っていう。花田さんは「とにかくここを出たいという気持ちでした」と教えてくれましたがじゃあ逆に、病院から出られない、家に帰れないほうが、母のような人のパワーになるか?っていうとそれもまた別問題だなと思うし。。。なんだか、ALS話ばかりしてしまったのだけど、休みの日は釣りに行ったりしてるそうだし、仕事もしてるし、酒も飲むしカラオケだって行きますっていう花田さん、かっこいいなと思った。(次回は研修だったとしても秘密裏にコーディネーターさんも含めて 多分同世代だからそのまま遊びに行こうと企む、サクライ姉妹)他にも、ヘルパーさんとのコミュニケーション(話せても伝わらないもどかしさ?)とか、かかわり方や、花田さんのお母さんの話まで包み隠さず話してくれて、すげえ勉強になった。そうなの・・やっぱり当事者なのよ。もっともっと話がしたかったんだけど、外でガンガン閉館の音楽がかかっていたので仕方なく出る(笑・・・・・あたしだけ?コーディネーターさんが「支援費何時間ですか?」って聞いてきてそのとおりに答えたら「そんだけ!?」ってびっくりされた。でも、うちの区はまだなんぼか良くて「夜入れなくていいですか?」と聞かれたくらいだから働いたらもっと取ってやろうと思ってる。(母を連れて行ってでも)うちは2週間レポート持って交渉に行ったけど、他の家はどうなんだろうと思うとぞっとする。うちなんか取れてるほうだろうよ。「自己主張ができない人は支援費がもらえないのか。」という疑問。確かにそれは平等じゃない気はする。でも、何か引っかかるものがあるんだよな。そこが主治医の考えに染まってる部分なのかもしれないけど。ALSで自己主張がどうこうっていう話にはなるし、私だって不平等を感じたこともあったし誰かに対して感じることもあったけど、「じゃあ誰がする?」って話に入っていける人がいるかどうかにもあるような気がする。だからといって、かかわってる人たちが全員で攻めて行ってもしょうがない。・・・・・・・・うーん・・出会い?環境を変えよう!とか、おかしい?って気づいたときの出会い?うちの場合はそうだな。乗せる人、乗るママン。乗せる人、乗る娘達。それが当たり前だと思い込む力も然り。思い込ませる力も然り。役所に交渉するのも、施設を出るのも、他人介護をやるのもエネルギーなんだよ。母が言えば、花田さんは若いから若さだと断言するかもしれないけどこうして、障害を感じさせない生き方をしてる人に会ったときのエネルギーとか他のALSの患者さんに、会ったときに感じたものとか、涙ながらに手を握られたときの、なんか、そういうエネルギーなんだよな・・。そうそう、やち姐さんとこの掲示板でみんなでやったアレ(笑)もすごいエネルギーだったし。何かを主張するのもエネルギーだ。そういうやつがもっとほしい。私にも母にも。なんかね、うちの家は自分のためにエネルギー注ぐより人のために注ぐほうが注ぎやすい家系みたいで、母もそういう発想の転換ができたらいいなとちょっと思うけど、私が見てきたものと母が見てきたものは違うしね。だから、同じもの見せたいんだけど・・まあ・・・まず平等不平等を語るならレスパイト入院の要らない生活になってからだな・・・(未熟者)あと車椅子ね。車椅子。・・・・・・・・・・って感じるには充分の出会いでした。花田さんありがとう。昨日あわててメールやり取りした広域協会のOさんもありがとう。明日お会いしたかったんだけど・・病院へ行くのですよ・・・。簡保の件ではっきりさせないといけないみたいなんで。。コーディネーターさんたちもありがとう(なぜ名前を聞かなかったんだ)今度、カラオケにでも行く機会があれば、姉と二人で恋のバカンスを同じ声で歌います。その後は例のごとくF兄貴とTお姉さま親子で飲んだ。やっぱり飲んだ。ママンが帰ってきたら、3人とも遊びにきてね~!!!
2006.10.31
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ネットで検索して円形脱毛症と闘病すべく、皮膚科へ行ってまいりました。保険証をとりに母の病院へ行ったら新事実が判明。。母、若い頃、ハゲも患う。完全に、遺伝じゃねえか!!!でも、一回こっきりだったそうです。主婦湿疹も母からうけついだわけだし、ま・・そういうこともあるよね。。。すっげえだるくて、アメリカに留学した韓国人のデービットがMSNでたまたま話しかけてきたので話してました。新しい彼女とヨーロッパに旅行したりトロントにまた行ったりするんだってどこの金持ちだよ、デービット。っていうか、またもう別れたのかよ。面食いな上にサイクル早いなー。したら、「北朝鮮の核実験についてどう思う?」と聞かれてまた、日韓で平和を語ってしまいましたが、「そういえば、テプコン4だってね」※JJ先生による、専門用語講座。テプコン1 韓国から先制攻撃テプコン2 北が攻めてきた~テプコン3 多分召集じゃない?テプコン4 警戒態勢・・・・・・・・・って何気にいったらWhat!!!!???? Really???どうやら寝耳に水だったようで。動揺してました。やっぱ、結構すごいんだね・・テプコンって。。。何も変わりなさそうだから、黄色信号くらいだと思ってたよ。衛生兵は、国際法では殺されないんですけどね。最初に殺されるって言ってたね。トロントのコーヒータイムで。まあ、アメリカのどこだか忘れたけど、そこは夜だそうなのでその後あきらめて、病院へ行きました。新しい病院でずっと洋楽はかかってるし魔女の宅急便かかってるしおまけに、のだめカンタービレがそろっている!!1時間以上待たされたんだけど、マッハで読んで8巻あたりまで読みつくした。満足、満足・・・っていうかもっと読みたかった。。しぶしぶ呼ばれて診察室に行ったら先生結構若い人で中には、円形脱毛症を触診すらしないで「薬だしますね」で終わってしまう医者もいるとか。JJの妹さんが受験で一度なったそうで、病院行ったら「性格が悪い。自分の問題を自分で解決できないから」と言われたと聞きかなり緊張していたはずなんだけど、のだめ読んだらテンションあがってしまって・・質問攻め。「ネットで調べたんですけど、原因わからないんですか?」「今のところはねー」「母やってるから、遺伝ですか?」「遺伝だけとも言いがたいんだな」「注射、頭に刺すってホントですか?」「副作用があるから今はやらないよ。脱毛で失明なんてやばいでしょ。 塗り薬から初めて、2週間しても生えてこなかったら、色々試しましょう」「うちの家、何でもリンデロンVG塗る家庭なんですけど・・」「そうなんだ。主婦湿疹のほうはリンデロン出すけど、30%くらいの皮膚病は効くよ」「うち、母が難病でVGいっぱいあるんで要らないっす」「あ、そう。何の難病?」「ALSです」「ALSで・・・ハゲもまあ、免疫疾患だけど・・関係ないよねー」「母は生えてますよ。ハゲとかALSとか将来的になりそうなやつって調べられないんですかね・・」「調べてどうすんの?」「色々準備したり・・・お金をためるとか?」「健康でも金はいるさ!」「それもそうだー!!!」苦笑いする看護士さん尻目に、先生と大笑いしてしまいました。ちゃんと触診してもらったら・・・新たに1箇所判明しました。。っていうか、上から見られて、2秒で見つけられてしまったことに意外なほどショックを受けている自分に帰りの車の中で気づいた・・・・。しかも、薬を塗るために全部のハゲを自分で確認しなければいけないのだ。最初の禿げもまだつるつるだよとか思っちゃうわけよ!2週間本気で塗ってやる。そんなわけで、今日気分転換に姉と「トンマッコルへようこそ」を観てきた。ものすっごい、いい映画だった。大笑いしたし、泣いた。もののけ姫みたいだなとちょっと思った。本当に悪い人間がいないところが。先月「太陽 the sun」も観たし・・戦争映画ばっかりだなー。太陽は役者がすごかった。長い映画だったけど。昭和天皇をちょっとでも見たことがある人なら、すげえと思うはずだ。でも・・色々考えさせられちゃったな。しかし~トンマッコルはほんとによかったー。あのにっこり顔のランタンがほしいよー(庭に)また、韓国熱に火がついて、「黒田福美著/となりの韓国人ー傾向と対策ー」を読んでいる。韓流でも日韓恋愛でもなく、84年から2003年まで韓国に住んでいた日本人が見てきたもの、惹かれたもの、文化、考え方の違いなどについて書いてる本ですっげえ面白い。なんで日本人と韓国人が一緒に仕事をすると揉めるのかがわかる(笑「あーだからか!」って思うことがたくさん見つかるし昔はそうだったんだーって思うこともある。こうなったらハゲを「韓国」で治そう。JJのことはもちろんあるけど、私は結構、韓国にはまってる。JJに「韓国オタク」と言われたけどね。今日。言葉もだけど、そろそろパンドラボックスに手を出してもいいような気もする。オタクになってるときの自分って結構好きだからこれでハゲが治るような気がするんだよね。このわくわく感。本当は、たくさん自分の現状で知らなければいけないことがあるけどもっと知識がなければ、立ち向かえないような気もするんだけど今は自分を好きなことで労わりながら、立ち向かって行こうと思います。母はやっと焦り始めたから少しだけ距離をとりながら、支えていこうと思うし、彼女は一人で考える時間が必要だし、家族以外の人に背中を押してもらうことも必要なのだ。・・・でも新しい発見には貪欲に。火曜日の研修会には参加の方向で考えてますよん★札幌の花田貴博さんという方のミニ研修会だそうです。筋ジスで人工呼吸器をつけてらっしゃる患者さんで一人暮らしなさってる上、事業所をやってるそうです。帽子着用で行って来ます。久しぶりに見れる顔もあるでしょうし、皆さんよろしくお願いします~。
2006.10.28
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秋ですねー。寒いなあ。。なんかしゃれにならないほど抜け毛が落ちて掃除機かけたばっかりなのに、おかしいなあ・・。頭がチクチクしてるので、毛が生え変わるんだわーと思っていたらここ・・・禿げてる。あ・・・ここも・・・。ミニ円形脱毛症がところどころに・・。ひよこさんからもらったほうとうを死ぬほど食べて幸せ気分を満喫していたのに・・姉に速攻チェックしてもらうと出てくる出てくる、1円以下のハゲ達。増えてるーーーーーーーーーーーー!!!!!JJは最近電話短いけどやさしいし、2周年のプレゼント似合ってたし、遅れるけどなんか買うよ~って言ってくれたししっかり寝てるし、ご飯は・・・たまに忘れたりしてたけど就職活動もちょこまかやってるし・・・何が不満なんだ!!この頭皮~~~~~!!!!何度はげたら気が済むんだ~~!!調べてみた。ストレスだけが原因ではないに違いない。今のところ円形脱毛症の原因ははっきりと分かっていません。ママン・・おいらも難病だよ・・へへ・・。考えられる原因として、遺伝的素因、精神的ストレス、内分泌異常、自己免疫疾患等が考えられています。????遺伝はないと思うんだよね。パパどうだったかな・・。自己免疫疾患という説が有力ですが、精神的ストレスがきっかけ、誘因になるのかもしれません。ストレスによって円形脱毛になる原因は約3ヶ月前に起こった、何らかのストレス・生活環境の変化などが考えられます。3ヶ月前って。。。何?ママンが帰ってきたこと?JJと日本で会った事?どれもこれもショックなことなんかじゃなかったじゃん。っていうか今まで禿げたとき、3ヶ月前の出来事で禿げたりしなかったぞ。さすがに多発性円形脱毛症。このままにしておくわけにもいかないので、病院へ行こうと思ったんだけど・・・どこにいけばいいんだー!!!!!皮膚科?心療内科なんか出てくるんだけど。JJも何度も何度も「病院へ行け!お願いだから行ってくれ!ショックじゃないわけないだろー!!」って言ってたけど、本当にショックが薄くてっていうか単に頭に注射を打たれるのが怖かったので行かなかった(笑どうやら皮膚科らしいです・・・。明日、1時間半車飛ばして、母の病院へ保険証取りに行ってきます。(国保)頭皮が突っ張る感じがするのって抜け毛の前兆ってめちゃめちゃ突っ張ってるんだけど!!まだ、全然隠れてるけど、こんなにいっぱいできるの初めてなのでちょっと心配。病院いってきます~。
2006.10.25
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就職活動しています。サクライです。大変ご無沙汰のような気もしますが、パソコンがいかれてしまって、今リカバリ作業してました。サクライのバイオちゃん、今ワードもエクセルも取り除いてしまったけど大変軽いです。スキップです。プリンタとかスキャナについてくる付属のソフトとかでめちゃめちゃ重かったのですが(人様に増設メモリを借りても重かった・・・)今バイオちゃんの脳みそ内すっきり。私もすっきりしたいよー。姉は今日は青森へ旅行中でちょっと寂しいですが、秋晴れなので洗濯掃除そして・・・たまにJJに文句を(笑忙しいのはわかるんだけど、慣れてきて大変淡白になってくれてますよ。お互いの英語力の低下で「なんでそんなこと言うの?」っていう表現も増えてます。サクライは切れやすいお年頃なので大変危険です。普通でいいし、ちょっとでいいんだけどねー。慣れたんだろうね。ええと、母はオペレートナビをスイッチ仕様に変更しました。まだ使いにくそうだけど、いろいろアイディア出してもらってマウスやスイッチで完全に固まってしまった手、指をまっすぐに直るように工夫してもらっています。相変わらず、帰るとき泣きます。泣かれないと寂しいとすら感じるようになってきたな・・。こんな毎日ですが、私もこの休息期間に友達とスパリゾートハワイアンズに行ってきました。いろいろ見せたいのは山々ですが、露出度が高いので写真はUPなしで・・(笑スライダーに死ぬほど乗りました。湯本の足湯で地元の若者にビールをもらって飲んだり、お菓子屋の70歳のおばあちゃんにお菓子の説明してもらったりのんびりした雰囲気の中で旅するっていいですね~。ハワイアンズでフラを巻いてプリクラなんかやったら、急にコスプレ熱が上がって、仙台戻ってゲーセンでメイド服借りてプリクラしました。・・・こんなことができるのはいくつまでなんだろう。昨日は高校の時からの友人に数年ぶりに会いました。高校演劇のキャンプで、まさに初めての演劇で共演した友人です。ラジオのパーソナリティの追っかけをやったり、なんかいろいろやったなー。正月にこのブログ通して再会(笑急にちょっと3日ほど入院することになって、実家に帰省していたので遊びに行ってきました。子供のかわいいことかわいいこと。女の子がいいなあなんて思っていたけど、男の子もいい!甘え上手だし、私のハートをわしづかみにしてくれました。しかも、すっごいいいお母さんになってたー。子供がうろちょろしたり、かまって光線を頻繁に発射すると怒る若いお母さんよく見るけどちゃんと尊重してる感じがしたんだよねー。自分が産むときは相談しよう。。やっぱりかなり痛いんだそうで・・(小心者)そして家に帰って姉と宇多田ヒカルの「ぼくはくま」を歌っていたら(どんな姉妹?)遠いところからくまたちがほうとう持ってやってきました。ママンがALSになってからこのブログをALSの内容にして呼吸器つけるまでの期間にできた最初のお友達のひよこさんからでした。ひよこさんのマミーは呼吸器をつけずに亡くなって、ひよこさんはそのときの介護の日記を私に見せてくれました。一人一くま、みんな手作りで左の小さなくまは姉が旅行に連れて行きました。オレンジは私の子になりました。その隣の子は、昔飼ってた愛犬に似てる~と大騒ぎでママンの子に(しかも、ひよこさんのマミーが名づけ親なので嬉しい)茶色の子は、JJに。JJとは喧嘩してたので、ひよこさんたら「金正日さえいなければ、喧嘩せずに済んだのに」ととばっちりを受けてる金正日。(笑そうだねー、おばあちゃんあたりが反対しそうだね。核に近いとこに行くのは・・・。丁寧にお手紙が添えてあり、読んだらもう泣きそうでした。「マミーがいなくなっていまだにわんわん泣きます。 悲しい。ママンさんいろんな思いがおありのことと思いますが ヨーコさん、お姉さんにこんな寂しい思いを味あわせないためにも 生きてくださいね。悔いのないよう」って、もう明日ママンに持っていったら絶対号泣。やさしい子だなー。ありがとう。ひよこさん。って、また掃除なんかしてのんびりすごしていたら今度は夢の島からお土産が(笑「いたずらするぞ」とはまだ言ってないのにカボチャのミッキーのバックにお菓子が・・・。カナダで仲良しだったマイからのお土産でした。ミクシィやってるので「読むとぜんぜん変わらないねー。カナダのヨーコだー!!」・・・マイとは・・カナダで・・かなり毒を吐いていたような気が(笑友達っていいなー。嬉しかったことはみんなに返したいものだよ。
2006.10.20
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愛音ちゃんとこで色々あったようなのでどんな様子だろうといつものようにパジャマとか持って病院さ行って来ましたよ。ママンに早速話してみたら「看護師減った」と一言。そういわれればそうかも。リハビリの後、体位調節しようと思ったんだけどトラックボールでずいぶん変わっていてしかも結局うちで呼吸器のアームを使っていなかったので難儀しました。看護師さんは「私も下手なの~」と言って消えていった・・・。(笑病室には前に同室だったキレイな奥様がいたので久しぶりにご挨拶。めっちゃ美人なんだーこれが!そして、ずいぶん前にお会いした患者さんの娘さんと再会。胃ろうも気管切開もしたんだね。よかった。ママンと違って気管切開してもまだ自分でトイレに行けていいなあ。娘さんはもう付きっ切りで介護されていて机に突っ伏して寝ていたよ。いつかの誰かを思い出す、微笑ましい状況。「ホームドクターがいないから、在宅できなくて。」と聞いてびっくり。うち、気管切開後、ホームドクターいませんでしたよ。でもパソコン早く導入してあげるとテレビも見やすくなっていいだろうなー。気管切開後の筆談の時期って、結構しんどいから。少しでも楽しく入院生活ができたらなあ・・と思ったんだけどママンの顔はブーたれでした。なんでかっていうと、トラックボール。全然使えません。コミュニケーション手段がいまいちですぐ疲れるのでもう「泣きたい」ばっかり。今後のこと、また相変わらず考えられなくなっていて「コミュニケーションできなくてつらい。疲れやすくてつらい。先のことなんか・・」みたいなどっかで聞いたそのメロディですよ。「呼吸が苦しくてつらい」「体が動かなくなっていってつらい」言ってたらきり無い。いつまでたっても同じつらさはやってくるし、家族もそれは甘んじて受けるよ。でも、それを言い続ける人生は送って欲しくないのだ。今日は新しくそんなママンに効くかもしれない薬をママンに持って行きました。「あのね、英語の仕事がしたいんだけど、どうする?フルタイムだし、残業もあるの。」そんな質問にママンは「やりたいの?」って。(笑そうじゃなくて、私がフルタイムで働くということはまた家族みんなの生活が変わるということなのだと説明してみた。もしそれで、目指す介護体制がとれなければお金が掛かるから、そのときは給料を介護に充てる。英語の仕事は時給がいいし。でも、それでママンが困るなら、英語は、もうあきらめる。残業の無い仕事をして、夕方に帰ってくる。でも、とにかく働く。働くからには介護体制の構築には手は出さない。これはママンの生活だから。それに協力できることは何でもするけど、それも駄目だったらアルバイトを単発で入れる。ねえ、どうする?って。私に英語を教えてきたママン。お金を自分で管理しているママン。ものすごい「へ」の口。しかも11月24日まで車椅子がどうにもできないらしく11月に一回退院せよという指令まで出た。(じゃあなんで入院?)入退院は家族が同伴で吸引などに対応しなければならない。レスパイト入院も家族の都合には合わせてもらえたことはない。でも二人とも娘が働いているということが役所や病院に言い訳できるわけで、もっと時間を取れるかもしれない。でも体力的にも精神的にも経済的にも火の車になるかもしれない。朝6時半に起きて、お母さんの体位、食事をやってから、自分の準備して、7時半に家を出て、8時に帰宅して、ご飯を食べて・・・「できるかな?もう1年もネイティブじゃないJJとしか話してないくらいだから 自分でもどれほど英語が落ちてるかは分かるし受からないとは思う。 でもそれでも英語の仕事を探したい。1年前だったら受かったかもしれないけど・・」と、1年英語やってないことや仕事してないことでのキャリアの穴を語ってたら「でも、ママンを生かしてくれたわ」とママン。「受けてみなさい。今は難しいけど、ママンもがんばるから。」昔、「子供が自由に生きたら、親も自由に生きられるんだよね?」と聞いたとき「そうよー!だから早く自由に生きてください!」と言った母。この薬は、ALSの母に、効くかもしれない。さあ、英語を総復習だ。
2006.10.12
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2ヶ月の介護生活が終わって、ボーっとしてましたー。ご無沙汰です。母の初めての車椅子の散歩も50mくらいのでしたがものすごい人数で感動的な旅でした。集合写真とか撮っちゃいました。そんな感動的な在宅生活をすごしました。[完]んなわけないだろう!母はどんどんマウスが使えなくなってしまってトラックボールにタッチセンサー、指には滑り止めを貼ってまた、打てない打てない。これから24時間介護を目指すとして、まだ打ってない手が2つ以上ある。このまま母の傍でそのお手伝いをしていくか、母から少し距離を置いて、母が自分で自分のこと考えられるように働くかどうかちょっと迷っていたのですが思い切り素直に、それを打ち明けてみました。もう話が決裂。「2,3年生きられればいい」とか「呼吸器をつけたのは失敗だったかも」とか「在宅生活は無理ね」とかいや、そうじゃないだろう。そういうことじゃないだろうと言うお話。私がすぐに怒るからいけないのか?と、優しい刺客(姉)を向けてみたが決裂。きっとね、今が生ぬるくてすごく気持ちいいんだよ。ヘルパーさんは手厚い介護をしてくれるし、何にもしなくても、欲しいものがある程度手に入るしね。主治医の次の課題は「お金を稼ぐ」だけど自立支援法とか、そういう部分の交渉だとか講演会をやっちゃうとか、そういうことも含めて、全部全部。でも新しいこと何もしたくないんだよ。ママンは。病気を受け止められないのは分かるけど、娘達がんばってる姿見るのもつらいって、言えるんだったらあるだろう、やれることが!でも、本人が気づかないと始まらないので、私は今就職活動(でもバイトから)してます。JJとはもうすぐ2年になるのですが、こないだ初めての危機が訪れました。一回別れて、やりなおすとかって、やったことないんだけど二人とも複雑な構造で出来ている上、なかなか、うまいこといかんです。私、天邪鬼だし。お互い、自分のことを大事にできなければ、相手を思いやることなんかできないです。しかも北朝鮮の核実験のせいで「テプコン4」が発令だそうです。ニュースを見ていなかったJJは何も知らなかったんだけど授業で先生が「こんな状況で授業なんかやっていていいのか・・」とか言って初めて自分の置かれている状況に気づいたそうです。テプコン4って、戦争準備段階だそうですよ。今月末に予備訓練に行くのですが、もし帰って来れなかった場合、メールするそうです。(笑メールかよ!そういえば、おばあちゃんもおじいちゃんに赤紙が来たとき手を握り合って「帰ってきたら、こうだから!(結婚だから!)」と言ったそうです。しかし、実際行ってみたら上官に「何故来た?お前は招集していない」と言われたそうです。赤紙かー・・おばあちゃんと話が合いそうだなー。戦争始まったら、即キャンプ入り。しかも部隊が特殊だから、即前線行き。あんまり部隊の特殊性は教えてくれないけど核兵器とか生物兵器が担当って言われたような・・・。今アメリカに留学中の友達だって戦争が始まれば、即帰国。衛生兵だから、即殺されるって言ってたな。国際法では禁止されてるけど、戦争なんてそういうもんだって酒を飲んで言ってたなー。明日のことなんか誰も分からないからもっと優しくしてあげればよかったと思う前に出来ることがあると思うんだよね。もうちょっと思いやってあげたいなあと思ったりして。母の車椅子11月以降でないと出来ないみたいなんだけど・・・・・私、JJに会えるのかしら。明日が最後だと思ったら、彼にはすぐにでも会いたいですよ。こういう異常な状況で初めて分かることもあるんですよ。ああ、馬鹿だなあ。
2006.10.11
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歌舞伎を大音量でうとうとしながら見ていたおばあちゃん。しかし、やっぱり娘のことが気がかりでどうも眠れなかったそうです。「変われるなら変わってやりたい。」と一日、母の話をしては目を潤ませているような状態。今日はそんなおばあちゃん家から従兄夫婦が来ることになってました。結婚記念日に秋保温泉だとか。まだ0歳のソータ君連れで。母の弟ももうおじいちゃん。おばあちゃんはおっぴいさんなのです。叔母さんが気を利かせて電話をくれました。「ソータたち帰ったら、おばあちゃんに様子を聞かせてあげてね。」叔母さんのこういう気の回し方が本当に素敵な人だと思うのよ。叔母さんはもちろん叔父さんの奥様なんだけど天然具合がおばあちゃんにそっくりで。やさしくて女らしくて美人なのよ~~。叔父さんが「今でもめろめろにしてやりたい」というだけのことはあります。従兄夫婦が来て、従兄もめっきり親馬鹿状態。母の笑顔も全然違うのね。赤ちゃんパワーってすごいですね。もう、うちの母もババ馬鹿。前はうんと小さかったんだけど、もう「ばー」「あー」とか話すようになっていたししかも、笑うようになってました。母のオーバーヘッドテーブルにちょこんと腰掛けて顔をしっかり見せたりして。私も「ヨーコちゃんと呼ぶんだぞ」と30回くらい唱えておきました。あと「1回でいいからしゃべれるようになったら「ヨーコちゃんと結婚する」って言うんだぞ」とも。従兄夫婦が秋保に出発して叔母さんが電話をくれました。「今、店から掛けてるんだけど、ちょっと電話して伝えてあげて!」早速掛けなおすと「ハイ。○屋です~。あらヨーコちゃん!」と小芝居打ってくれました。(笑おばあちゃんは開口一番「歌舞伎は見たか?」・・・やっぱり(笑そして「ソータはちゃんと笑ったか?ぐずらなかったか?お母さんは喜んだか?」と孫より曾孫より娘が可愛いもんだから。でも一家のアイドルソータ君、一杯笑ってくれたし、さすが従兄の子ですよ。愛想がいい。おばあちゃんも「赤ちゃんには癒し効果があるからな。おかあさんに何よりのプレゼントだべ? おばあちゃんもなー、やっぱり考えてしまって駄目なんだー。 みんなにファックスでもパソコンでも手紙送ってやるからって言われるんだけど 書いたら泣いてしまいそうでな~」うむ。。。そこで孫1サクライ、母に写真の圧縮の仕方を教えて孫2従妹にメールで送信させました。仕事中の孫2に即電話をして「おばあちゃんに見せてねー!!」保母さんの仕事が終わった孫2。パソコンで送られた写真をおばあちゃんに見せてくれました。叔母さんが再び、うちに電話「今メール送ったから見て!」母がメールを開くとおばあちゃんより☆ パソコン送ってくれてありがとう。 そうちゃんのごきげんが心配で、寝てなきゃいいなぁと思ってました。 可愛かったでせう。 とても笑顔でみんな癒されます。 いろいろ写されて、長いこと居てくれた様で本当に良かったね。 私もその内又行きます。 そうちゃんと一緒に寝ているところ最高だね。 母、号泣。返事を書きたかったようなんだけど、そろそろマウスが使いにくくなってきて断念。明日は何か書くかな?おばあちゃんも何て便利な時代なんだと大喜び。おばあちゃんの気持ちも少し落ち着いたようです。離れていても、気持ちを伝え合うことは80歳でも60歳(まだだけど)でも家族だからこそ大事なことなんだね。孫3、姉が叔母さんにお礼の電話をしていたら叔母さん「やっと少し落ち着いたみたいよ。 二人とも良くやってくれてるからね~。写真何回も見て喜んでたよ。 もう、午前中は変わってやりたい、変わってやりたいって泣いててね。 変わったら変わったでねー大変なんだけどね」「・・・やっぱり叔母ちゃんも天然だったよ。」と姉。
2006.09.25
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難病と告知されたとき、年老いた母親にそれを打ち明けられるだろうか。生きるか死ぬか、迷っていると言えるだろうか。寝たきりの姿で、幸せに暮らしていると笑えるだろうか。理解してくれるだろうか、受け入れてくれるだろうか。祖母は83歳(だったかな)。母がALSの告知を受けて約1年10ヶ月。もう去年の秋分の日、従兄の結婚式以来、祖母は母に会っていない。耳が遠くなったせいか、何かを感じたからなのか電話を換わってほしいとも言わなくなった。どうなっているのか、誰かに聞くこともなかった。ずっと2年前の手術から、「3年経ったら、治る」と信じてきた。私と姉が遊びに行くと、「お母さんに」と食べ物や洋服を持たせてくれた。石焼ビビンパすらも、「お母さんに包んでもらえないだろうか」と。祖母も母も、いくつになっても「母親と娘」でしかなく、叔父はそんな二人を「一卵性親子」と呼んでいた。母の病気のことは母も完全に叔父に任せていて「暖かくなったらきっと話そう」と決めていたが、1月、母の従妹の遭難と3月に葬式。母にとっても祖母にとっても叔父や叔母にとってももちろん私達にとっても大きな事故が重なってどんどん話すタイミングが狂ってしまって、もう秋になってしまった。昨日、父の七回忌に叔父と叔母が来てくれて、そのまま母の実家へ行った。従兄にパソコンを借りて、cyworldとmixiを開いた。祖母に母の写真を見せるためだった。叔父が分かるように、でも心配を掛けないように母の病気について説明する。手術はしたけれど、神経の病気で治らないこと。人工呼吸器を使っていること。食べることも話すこともできないけれど、パソコンでお話ができること。でも家族で毎日楽しく過ごしていること。私や姉も、毎日の生活について話した。そう、今日も七回忌であれをもったか、これをもったか朝から騒がしくて。男の訪問入浴のスタッフには「彼女はいるの?いたことはあるの?」なんてからかったり、メールをしたり、友達の人生相談まで受けちゃったり、母のレシピでご飯を作ったり、普通のお母さんと変わらないのだと。祖母は、理解したようだった。少しずつ私達に聞いてきた。「何を食べているの?」「お風呂は?」「お母さんは苦しくはならないの?」「何が原因なの?」「3年経ったら治るって聞いていたのに、もう3年なのに。 そんな病気があるなんてなあ・・」叔父が「心配だろうから、明日会いに行こうよ」と言い、叔母も「一緒に様子見に行って安心しよう」と言ってくれた。祖母は「そうかあ?でも会ったら泣いてしまいそうだあ。」と震えた声で言った。「前はあんなにおいしいところとかたくさん連れて行ってくれて 親孝行してもらったもんだ。よく思い出すのよ。」母から素敵なタイミングで「今どこ?」メールが来て。「おばあちゃんの家。おはぎがうんめー。 おばあちゃん、敬老の日のプレゼントありがとうだって」と送ると、「親孝行もしないでごめんねと伝えてとメールが来た。」祖母は「なぁにを言ってんだか・・」と小さな声で言った。待ってるからと岩手県を後にした。家に帰って、一部始終を伝えると母は真っ赤になって泣いていた。おばあちゃんは、しなやかに母の病気を受け入れた。そして、今日、祖母と叔父と叔母がやってきた。母は私達にキレイに化粧され(母曰く「おもちゃにされ」)いつかの卒業式を思わせるほどキレイだった。祖母が来る前から、母は何度も涙を流して「これは病気のせいだから。泣くのは病気がさせるんだから」と何度も言った。祖母は母のパソコンの字を読んで、母とちゃんと会話をした。曾孫の話、親戚の話、当たり前の話を。「ずっと言えなくてごめんなさい。」祖母には言えない呼吸器をつけるまでの自分の葛藤が母の頭の中でめぐっていたそうだ。母のその状況をそのまま、祖母は丸ごと受け止めてくれて祖母は母の涙を拭き、そのときの二人はおばあちゃんとお母さんではなく、母と娘になっていた。ヘルパーさんや、庭を手入れしてくれている先輩を呼んでみんなでケーキを食べた。その雰囲気は染屋をやっていて来客と笑いの耐えない母の実家の空気が流れていた。「たいしたもんだよ」と叔父も母の弟になっていた。そこにいたのは家族。初めて自分の生まれる前の世界が少し見えた気がした。母は涙が止まらず「あんまり泣かせないで」と言ったけど病気じゃなくても、私だってきっと涙が止まらなかっただろう。当たり前だよ。あっという間に時間は過ぎて祖母は泣きながら「また、来るから」と何度も何度も言って私も姉も叔父も叔母も、目を潤ませていた。母も泣きながら「待ってるから」「待ってるよ」と言い、「車椅子ができたら必ず行くから!」と私も姉も言った。「また、来るからね。風邪なんか引くんじゃないよ。 また来るから。体に気をつけてね。 ヨーコもおねえちゃんもお母さんよろしくね。 10時からNHKで歌舞伎があるから必ず寝ないで観るんだよ!」歌舞伎!?母の泣き顔が、爆笑に変わった。みんなも腹を抱えて笑い出す。「おばあちゃん!歌舞伎って!!」「あたしはいつも歌舞伎の途中で寝てしまうんだけんとも・・・。あんたは観るんだよ!」ああ、なんて素敵な天然DNA。母は寝るまで涙をこぼしていたけれど、素敵な再会になった。生きて会えたことの幸せ。生きていればこその幸せな再会。娘たちはいくらでも付き合うよ。今日は涙でも、次からは笑顔だけになるのだから。
2006.09.24
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今の医療はレディメイド医療というヤツで診断して病名が出て、それにあわせて薬が処方される。薬がちゃんと効いて治る患者さんもいるし、効かない人、副作用が出る人もいる。投与してみないと分からないので、事前予測が難しいんだそうです。んで、このオーダーメイド医療実現化プロジェクトの「オーダーメイド」っていうのは患者さんの個性判定+病気の詳細で薬を決めて副作用の無い有効な治療にしましょうってヤツ。じゃあ個性判定ってなんだろうと思うんだけどそれが遺伝子だとかたんぱく質なんだって。風邪引きやすい人もいるし、太りやすい人もいるし、薬が効きやすい人酔っ払いやすい人もいるわけ。それで実際に患者さんに血液を提供してもらって副作用や遺伝子やたんぱく質の関係を調べて、実際にその病気になりやすい人を調べたりALSみたいな難病の原因究明とか治療方法の研究に使われるんだそうだ。ちなみに対象の病気は・悪性腫瘍・脳血管障害・てんかん・喘息・結核・肺気腫・間質性肺炎/肺綿維症・心筋梗塞・狭心症・不整脈・心不全・心筋症・閉塞性動脈硬化症・深部静脈血栓症・胃、十二指腸潰瘍・慢性肝疾患・ネフローゼ症候群・尿路結石・骨粗しょう症・糖尿病・高脂血症・パセドウ病・間接リュウマチ・花粉症・過敏性症候群(薬疹)・アトピー性皮膚炎・子宮筋腫・子宮内膜症・熱性けいれん・緑内障・白内障・慢性副鼻腔炎・歯周病そして、筋萎縮性側策硬化症(ALS)誰でも対象になりそうだね。ちなみに病院で受診されている患者さんが対象です。主婦湿疹もぜひ対象に・・・・。(笑前から日本ALS協会に問い合わせていたんだけど前の病院の先生に書いてもらう書類がFAXだったため先生に「昔の書類だし個人情報保護法に引っかかるでしょ?こっちに任せて保留にして」(橋本操さんの旦那様はこのエピソードには爆笑したんだけど)と言われていて、先生の異動でどたばたしてた時だったし、もしかして~と思ったらやっぱり放置されてしまったので直接、申し込むことにしました。そして今日、徳州会の看護師さんとお医者さん、医療コーディネーターがきてママンの血を14ccほど採血して行かれました。最初はどんな家族だか分からないし、とても緊張されていたようなんだけど説明を聞いてるうちにヘルパーさんと私、大変興味津々になってきて(っていうか申し込んだのに良く分かってなかった私)段々みんなで大盛り上がり。ママンの血管がなかなか浮かんでこなかったんだけど針を刺すときにはもう・・「さすが徳州会!うまい!すごい!」とお医者さん「ホントだ!ママン、眉毛一つ動かさなかったぞ!」と私「そんなこといわないでください。震えます。」と看護師さん。この血液はもちろんバーコード匿名化したうえで研究に利用されるそうです。ALSが治る病気になって、どんな病気の闘病も安心なものになりますように。オーダーメイド医療実現化プロジェクトHPALS患者さんの参加協力問い合わせはこちら
2006.09.22
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今日は、主治医との家族面談なので、車で二時間かけて、病院へ行って来ました。雲ひとつ無い秋晴れ。田んぼしかない景色。雲ひとつ無い青空。割り込んでくる車にを笑顔で待ってあげたくなる気持ち。あ~。すばらしい外(笑ほとんど病室しか行ったことが無かったのですが先生の秘書をやってる素敵なお姉様に久しぶりに再会。聞かれてもいないのに、今回の退院について語る語る。もうJJの来日からスロープ完成、胃腸のトラブル・・もう盛りだくさんよ。特別にALSの為に設けられた主治医のお部屋は元小児科で、どこか学校のよう。最新式のロッカーと、なぜかバイク型のトレーニングマシーン(未使用・測定用らしい)そして、マスターキートン全巻、充電された髭剃り。(笑あ、先生来た。と思ったら充電された髭剃りを持っていなくなってしまいました。(当直?)なんかひと回り小さくなったような気がするなあ・・・。前の病院に入院したときから母と仲良しだった看護師さんとも再会。私自分の話に夢中になりすぎていてちゃんと挨拶してないし(笑話に夢中になってるところで髭をそった先生参上。もちろん言わなかったけど、寝癖が・・・ひよこみたいな寝癖が・・!!・・・・珍しいもの見た。「大まか、うまくいってる?」「大まかうまくいっとります。」今回の退院の経過報告と入院の日程決めだったんだけど母の手紙を渡すと、気管カニューレについて一言。「小さいのに変えたんだ~。 在宅医的には、細いほうが出血しないから変えたがるけど・・ 段々小さくなるもんなのね。ふさがったら全身麻酔で開口手術だから。」手術かよーーーー!!言われてねえよ!!っていうかそんな怖いこと笑顔で言うなよ~~~!!思わず、「ピアスと同じなんですね」と言ってしまった。女性スタッフ様たちと一緒だったので、賛同を得ました。よかった。簡保の「障害者診断兼入院証明書」を書いてくれと言ったら「ああ、重症認定じゃないの?」と聞かれた。「重症認定はいわゆる死亡診断書だから。生かしてるでしょ? 本人が書きたくないって言う場合もあるのね」「7年も支払いが残っているので、大丈夫です。」(あとでママンに聞いたら「全然OK」と言われたよ。主婦だな。)「色々計らないといけないようだから、なくすから」と返された。(笑入院の日程を決めるというときに「いつかな~」と言われたので「愛音ちゃんのお母さんとチェンジですか?」と聞いたら「詳しいね。」と言われた。なんか覚書状態になってるなー。(笑うちは2日入院で1ヶ月入院予定。ママンは2週間にしたいけど車椅子作るので採寸とかがあるようだ。1ヶ月も入院されるといいともの時間に起きるようになってしまうよ。だけど3ヶ月退院の2週間入院になるか、4ヶ月退院の1ヶ月入院になるかまだわかんないけど、病院はめちゃくちゃ遠くて小旅行気分をあんまり味わいたくないので(インター近くのラーメン屋うまいけど)3ヶ月の2週間がいいなーーーーーーーーー。そんなことできんのかな。昔は6ヶ月退院の2週間入院だったそうだ。「昔の何も無い頃の家族はがんばったからねー」私も実際いろんな闘病・介護記録を読むとそう思う。こんなに休めていいんだろうか?と思うこともあるし、それでダレることもある。終わってから、病室によろうと思ったら言ってること良くわかんないけど奥さんがALSの良くしゃべるおじちゃんやタクシーの運転手さんにばったり。病室にはなずなちゃんのお母さんと愛音ちゃんのお母さんがいてちょっとだけご挨拶。昔、母の向かい側にいた鼻マスクをしていた女性。看護師さんがなかなか来ないときに私に窓を開けてとか閉めてとか言ってくれたんだけど母が退院する頃には、家族が良く泊まるようになっていたけどやっぱり、もういなかった。また雲の無い青空の下を爆走して、ラーメン食べて帰宅。家でご飯作ってるとき、上限アラームがなるので「痰の塊だ」と思って吸引したら、痰サラサラ。おかしいのでもう一回吸引しようとして振り返ったらフレックスチューブ(呼吸器のチューブです)がクリーム色(やや緑)になっていてびっくりしたよ。「お母さん、自分で出してる~~~~~~!!」と娘、絶叫。母、爆笑。「吸っちゃえばいいじゃん」とか言うし。やっとオーダーメイド医療実現プロジェクトの採血できるよー!!!もう「個人情報がなんちゃら」とか言う病院通すのやめて、ALS協会のAさんに何度も連絡してもらって強行!吸引講習会に行ったことを覚えていてくれてなんか嬉しかった。23日は父の七回忌。忙しいなー。遺産裁判後初、父方の親戚と対面だちくしょー!(笑そしてこの日、叔父さんがおばあちゃんに母の病気の話をするらしい。孫に言わせるなんてずるいぞ、叔父ちゃん。。。実際叔父さん呼吸器つけた母みてないし、目で見て、それから話せばいいじゃん。息子も娘もホントそういうとこそっくりなんだから。もしかしたら、日曜日におばあちゃん、うちに来るかもしれません。車椅子で直接言いに行ったほうが、寝たきりに見えなくていいのに。。。日曜日におばあちゃんが来るってことはサクライは今あわてて掃除してるってことです。ああああ・・。そんなときに限ってホクナリンテープとかなくなるし。急な退院はママンは大好きだけど、急な入院はやっぱり嫌みたいです。今回のママンの入院中に、ちょっとアルバイト探してきます。もっとがんばってみよっかなっと。そのほうが髪の毛生えて来る自信があるのよ。
2006.09.20
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「はい、ではこれが読める人」黒板にはケイコ先生が書いた感じが3文字。だれも手を挙げない。漢字の読み方は分からないが一文字ずつの意味が分かった。「占」「星」「術」恥ずかしがらずに手を挙げて答えた。「horoscope!」※英語では一回の星占いはhoroscopeですが 占星術はastrologyです。・・・・・・。あれ?先生も、生徒もホロスコープの意味が分からない。日本ではホロスコープとは言わないのか?「では、あなたは何座ですか?」「Taurusです」・・・あれ?もっと分かりにくい?え?みんな・・Taurus分かんない?そんな状況が今日のJJの日本語の授業で起きたそうだ。ケイコ先生、英語勉強しておこうよ。そんなJJの宿題は自分の今月の運勢をインターネットで調べて訳す。日本人の彼女として一肌脱げるチャンスです。JJが勉強しなければならないのは「~(し)そう。」一文しか結果がない占いを発見しましたよ。オホホ。今はモバイルサイトなんて便利なものもあるしね。キリスト教学の授業のレポートをインターネットでコピーペーストした私ですもの。宿題とは奥の手を使う術なり。10月の2周年記念にJJに色々プレゼントを買いました。今回は編み物なしですが・・。手作りはバレンタインオンリーかなあ。次のバレンタインはもっと小分けして、教授や後輩の分も考えよう。今日は、家族でのんびり「有頂天ホテル」とか見てました。我が家では映画を見ると電話や来客があるというジンクスがあります。20日、病院へ行って入院日程を決めます。はっきり言ってまだ、入院しなくていいです。大変だけど、しなくていいです。韓国へ行くときだけ入院してくれればお土産を弾むよ。ママン。28日、車椅子リフト試運転。宴会騒ぎが待ってます。あれだけすごいものが出来たのだからぜひとも毎日散歩させたいよ。近所のWさんちは毎日らしいよ。これから冬だけど、ちょっと外に出るだけでも違うと思うんだよね。ストレス溜まってハゲた妹の為に、今日は姉はがんばってくれました。要領の悪さは、一生懸命やってるうちに分かるようになってくるはずだ。たまに母がこっそり私にやり直させるのはどうかと思うんだけどな・・ママン。あ、プリン食べてない。明日ママンと食おう。(箸で奥において、コーヒーを注射器で飛ばしてあげるとおいしく食べれます)
2006.09.18
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姉が毎日11時に帰宅するのでJJとの電話も既にJJが寝ている状態で、髪の毛も生えねえよといいたくなる今日この頃。(笑土曜日のヘルパーさんは7時までだけど、あたしの休暇じゃなくて姉のデート用になりつつあるなあ・・・・。毎日やらないから要領も悪くなるので、ストレス溜まってしょうがないヅラ。JJ来日でお泊りしたのはいいけど、デート時間がメキメキ延びてますな。それで自分の生活に侵害されないならいいんだけどなー。あたしももっと寛大にならないといけないのかしら・・。いかんいかん、髪が生えなくなる(笑昨日はそんな時間を利用して、母にスキャナの使い方を教えましたよ。これまた、59歳にスキャナとは何ぞやから始めるわけなんで母も「その前に文字板勉強しないと」(思ってもいないことを・・)とか「あんたが作ってくれないなら、自分で作るわよ」とか「私が作れるならやるのに・・・」とか、散々言われましたよ。なんでスキャナが必要かというと母が納めている簡易保険の満期が来たので郵便局員を呼んだわけなんですが郵便局員さんがびっくり。人工呼吸器を着けてベッドで寝たきりの人がパソコンで「そんなおいしい話はないわよ~」とか「そのほうがポイント稼げるの?郵便局も競争なんでしょ?」とか余計なことまで言ってくるわけで。親切な郵便局員さんはあと7年も払い続けなければならない保険を「この病気が回復の見込みがないんでしたら・・一括でお支払いできるかもしれませんが・・」と申し訳なさそうに言ったんだけど、「はい。無いのでもらえると思います」と娘も断言。目玉ひん剥いてたよ。郵便局のおっちゃん。郵便局の障害者1級の申請をすれば、どうやら簡保ももらえるようです。あと親切に、ちゃんと入院保険(120日くらいまでしかもらえない)も調べてくれましたよ。その満期の年表用紙を見るのが大変だからスキャナを使おうと言ったのですが母は「スキャナ自体が分からない」と言いたくないものだから「エクセルで作れ」とかもう、色々言ってくる上に最終手段の「私が作れるなら・・」発言。そんなこと言うならあたしのパソコンに増幅メモリをくれ。親子喧嘩寸前のピリピリ感漂う中、母のパソコンにインストール完了。終わってみると、あ~ら簡単。ママンのパソコン画面には年表が2種類。ママンの眉間のシワも消え、チャシャネコ並みの笑顔が戻りました。そしてサクライは見事、増幅メモリ購入権をゲット!(笑そんなこんなで、JJとの遠距離恋愛もうまくいってるかっていうと最近お疲れモードであんまり長い時間電話ができません。私の電話する時間も遅いしね。こないだまで自分のマンションの公開オークションで値段が下がるまで粘ったのに、ブローカーに阻まれ、終了価格は高くなってしまったようで慣れない法律との戦いで今週はグッタリ。それでも学校へ行くし、日本語の授業も難しくなる上、私の勉強したことの無い「物理」とかやってるし。妄想カップルなので、最近のブームは妄想です。(笑「もし一緒に暮らせたら、こんな生活をする」とか「もし大学の同級生だったら、こんなカップル」とかなんかそんなことを想像しておいて、夜に話すのです。それでも毎日朝も早い時間から研究所に行くJJに何かサプライズをしたくなったのでいつもつけっぱなしの研究所にあるパソコンのMSNに落書きをしています。あ、現在形になってる。まあいいや。あ、スペルが違う・・まあいいや。ペンタブレットの水彩ソフトの調子が悪いので立派に絵をかけないのですがうーんへたくそ。JJが学校へ行ったときにびっくりさせたいんだけど、今度は、JJのパソコンの調子が悪くて、いきなりシャットダウンしてしまい「え?書いたの?」といわれることもありますが・・・。なんか、こういう置手紙っていいもんですねえ。後にならないと、素直にごめんなさいがいえない私のような彼女にはちょうどいいのですよ。今日はMSNが起動してないのだけど、何を書いてやろうかな。
2006.09.16
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ハゲと生理は寝るに限ります。段々なんで自分が家で介護してんのか分からなくなるほど寝るしそれでも尚まだ眠い。あ~働きたいなあ。判子押しと書類書きと電話応対と待機の為に母の横にいるような気さえする。仙台はもうホントに寒くて、石油ストーブを物置から引っ張りだしてきましたよ。母もフリースの毛布を3枚掛けてむくむく巻き状態。フリースは軽くて呼吸器の回路の邪魔にならなくていいですね。サクライ人生3度目の円形脱毛症は、もちろんまだ生えてくる気配はありませんがそのうち愛音ちゃんとこの植物並みに太陽に向かって生え始めるでしょう。昔の携帯には働いていたときに出来た円形脱毛症の写真がまだ残っていますがやってみたけど、willcomではキレイに撮影できませんでしたよ。UP待ってた人いるかな(爆今までの3回のハゲの経験から円形脱毛症を男の人に話すと引くと良く分かっていたのですが、JJには速攻報告しましたよ。そんなJJの反応は昨日も一昨日も「お願いだから病院へ行って薬を貰ってきてくれ!生えてこない人もいるんだぞ!!」「女の子なんだから、ショックじゃないわけないだろう!」だって、やさしいねえ・・・。日本は頭にステロイド注射をすると聞いたことがあるので絶対に病院へは行かないと言うと「そんなことしたら、頭に跡が残るじゃないか!」・・・・はて?・・・跡ですか?「日本ではみんな注射は跡が残るんだろう!!ヨーコだって左腕に残ってるじゃないか!」・・・いやいや、そんなオーバードーズじゃあるまいし・・。「日本人留学生はみんな跡があったじゃないか!ヨーコだって、マサだって!」あ?・・・ああ!それはBCGだから!!!どうやらJJは日本で注射するとみんなBCGの跡みたいになると思っていたようです。一個につき1注射だと思ったのかな・・・。私の左肩にはしっかりクリリンみたいな跡がついてますが、確かに外国人に「Oh!tatoo?」と聞かれたこともありましたね。「日本では怖いから絶対注射打たないって思ってたよ!」・・・韓国ではお尻に注射打つじゃん・・・。「そのほうが効くんだよ!看護師さん女性だから結構恥ずかしいけどね・・」兵役モノの小説では兵役の注射は上官が持っている注射針に向かって腕を刺さないといけないと書いてありました。JJの時代にはもう変わってるかもしれないけど。ハゲの話一つで注射事情の話になるとは思いませんでしたが・・
2006.09.14
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