2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全31件 (31件中 1-31件目)
1

トラドキスタンは日本国が連休に突入したのに伴い、同国との国境を閉鎖しました。←ランキングに登録しています。クリック、よろしくお願いします。
2007.04.29
コメント(4)

トラドキスタン政府が猛反発 トラドキスタン政府は某外国人の「日本の英語を正す」発言に不快感を表明した。 外国語にすぎないものを「正される」覚えはない。それより先に母語である日本語を正せ。←ランキングに登録しています。クリック、よろしくお願いします。
2007.04.28
コメント(0)

× ご混乱をお招きして誠に申し訳ありません。(アメリア) 解説の必要なし。これが翻訳を扱う組織が使う日本語か。←ランキングに登録しています。クリック、よろしくお願いします。
2007.04.26
コメント(1)

自ら学ぶ力を育む教育文化の創造 犬山市教育委員会 これまでの国定図書一覧 英語を学べばバカになる 薬師寺仁志 光文社新書 教育委員会廃止論 穂坂邦夫 弘文堂 アメリカもアジアも欧州に敵わない 八幡和郎 祥伝社新書 競争やめたら学力世界一 フィンランド教育の成功 福田誠治 朝日新聞社 日本語に主語はいらない 百年の誤謬を正す 金谷武洋 講談社 文科省が英語を壊す 茂木弘道 中公新書ラクレ 新しいヨーロッパ 古いアメリカ 藤村信 岩波書店 どうして英語が使えない 「学校英語」につける薬 酒井邦秀 ちくま学芸文庫 大欧州の時代 脇阪紀行 岩波新書 日本語はなぜ美しいのか 黒川伊保子 集英社新書 主語を抹殺した男 金谷武洋 講談社 英語にも主語はなかった 金谷武洋 講談社 仕掛け、壊し、奪い去るアメリカの論理 原田武夫 ブックマン社 日本人はなぜ日本を愛せないのか 今のままでは《二流のアメリカ人》に成り下がる 鈴木孝夫 新潮選書 産業翻訳に英検はいらない 水野麻子 新風舎←ランキングに登録しています。クリック、よろしくお願いします。
2007.04.25
コメント(0)

トラドキスタン政府は、全国で唯一全国学力調査への参加を拒んだ犬山市を全面的に支持する声明を発表した。 学力というものは、競争によって動機づけをすべきものではなく、学ぶ喜びを知ることによって動機づけすべきものである。 まったくその通りである。 ←ランキングに登録しています。クリック、よろしくお願いします。
2007.04.24
コメント(1)

中越は前面対決する姿勢を見せていた。 そもそも翻訳者というか、翻訳をやろうという連中がトライアルに通った、落ちたで一喜一憂しよる。 どんなスポーツでもそうだが、大会によってレベルがちがう。当たり前のことだ。 同じ入賞したと言っても町内運動会で入賞するのと、世界選手権で入賞するのとではわけがちがう。 それをだな、町内運動会で入賞したと言っては喜び、県大会では予選落ちしたと言って落胆しても始まらない。町内運動会の優勝よりも、県大会に出場できることの方が値打ちがあることだというくらい、だれにでもわかる。 ところが、そういうレベルのちがいをいっしょくたにして、一喜一憂しているのが翻訳志望者だ。 中越さん、トライアルのレベルには、低いところと高いところで、町内運動会と世界選手権くらいの差があるとおっしゃるんですか。 私はこう見えても気の小さい人間だから、少し控え目にモノを言っているわけで、町内運動会と世界選手権との差の方がまだしも小さいくらいだ。 それもこれも、まずもって評価できる連中がいない。 アイススケートや体操のように主観が入る競技でも、仮に素人が審査したとして、そう大きく順位が変わるもんじゃない。ところが、翻訳ときたら、、、。 だいたい、翻訳の名をとって何とか連盟と名乗る団体で役員をやっていたりする連中が、全然わかっとらん。 ある翻訳会社の社長は、その団体で翻訳の指導をしている者で、トライアルをして使い物になる者は一人もいないと言っている。ところが、その連中に指導を受けている翻訳志望者がほかの翻訳会社のトライアルは悠々合格して、大量のごみをばらまいとる。 ←ランキングに登録しています。クリック、よろしくお願いします。
2007.04.23
コメント(0)

□ も 今日はこれだけです。業務体では避けたい「も」があります。 それを見つけて、具体例を考えてください。 たとえば「~も検討した」という文があります。 □ AとBとの関係も検討した。 この「も」に若干、俗な感じが残ります。日常の会話ではそれでいいでしょうか。技術文献としては、やや唐突な感じが否めません。間やリズム、バランスの点でもあまりよくありません。そこで、この「も」を「を」のままにしておき、前に「このほか、」をつけます。 □ このほか、AとBとの関係を検討した。 ←ランキングに登録しています。クリック、よろしくお願いします。
2007.04.22
コメント(0)

産業翻訳に英検はいらない 水野麻子 新風舎 これまでの国定図書一覧 英語を学べばバカになる 薬師寺仁志 光文社新書 教育委員会廃止論 穂坂邦夫 弘文堂 アメリカもアジアも欧州に敵わない 八幡和郎 祥伝社新書 競争やめたら学力世界一 フィンランド教育の成功 福田誠治 朝日新聞社 日本語に主語はいらない 百年の誤謬を正す 金谷武洋 講談社 文科省が英語を壊す 茂木弘道 中公新書ラクレ 新しいヨーロッパ 古いアメリカ 藤村信 岩波書店 どうして英語が使えない 「学校英語」につける薬 酒井邦秀 ちくま学芸文庫 大欧州の時代 脇阪紀行 岩波新書 日本語はなぜ美しいのか 黒川伊保子 集英社新書 主語を抹殺した男 金谷武洋 講談社 英語にも主語はなかった 金谷武洋 講談社 仕掛け、壊し、奪い去るアメリカの論理 原田武夫 ブックマン社 日本人はなぜ日本を愛せないのか 今のままでは《二流のアメリカ人》に成り下がる 鈴木孝夫 新潮選書←ランキングに登録しています。クリック、よろしくお願いします。
2007.04.21
コメント(0)

ノルウェーが2050年までにCO2排出をゼロにする政策を発表したのを受け、トラドキスタン政府はこれを手放しで歓迎した。 両国首脳の間では、軍事費を半分を削ってツバルが沈むのを食い止めるよう、アメリカに要求するべく対話が進められているという話もある。 ←ランキングに登録しています。クリック、よろしくお願いします。
2007.04.20
コメント(0)

中越は続けた。 もちろん、鶏が先か卵が先かという問題はある。 しかし、そもそも翻訳者に職人としての誇りもなければ、個人事業者としての気概もないのが問題なんだ。 そういうことだから、翻訳会社にいいように使われる。「中越さん、それはないでしょう」と、チームQZの一人が言った。 あんたは黙ってなさい。お宅のようなまともな翻訳会社の話をしているんじゃない。私はもっと一般的な話をしている。 翻訳者がダメだから、翻訳会社もダメになる。エレマーのような仲介組織がそれを助長して、ますますダメにする。 今度は翻訳者の一人が立ち上がった。「それはちょっと、黙って聞いているわけにはいきません。どこがいったいいけないんですか」 何もかもだ。まず「トライアルは何回受けても大丈夫でしょうか」なんて愚にもつかない質問をする翻訳者がいて、そんなもの愚問として一蹴すればいいものを、バカ丁寧に答えるやつがいるからいけなんわけだ。エレマーも、そういうことをやっとる。 何回受けても、そりゃあいいけれども、この下手なやつ、また応募してきたと思われることもあるから、一度落ちたら、その時点での問題点を解決したうえでまた受験すること。当たり前。中学生でも考えたらわかることを、プロをめざす人間にいちいち説明してどうする。 そもそも、東国原知事じゃないけど、トライアルなんてそもそも必要なのか。 それはいったいどういうことでしょうか。 トライアルなんて非常にくだらないと言ってるんだ。 人の上に立つお方にしてはずいぶん稚拙なことをおっしゃいますね。 とんでもない。どこがいったい稚拙と言うのか。トライアルなんてのはな、マラソン選手の力を100メートル走で判断するようなものだ。だから、偽陽性があまりにも多すぎる。偽陽性だけならいいが、判断する方に見識がないと、今度は偽陰性が出てくる。 それは翻訳会社に対する侮蔑ですよ。もちろん、翻訳者に対しても、エレマーに対しても。 侮蔑はそっちだ。いいか、われわれはクライアントなんだ。そのクライアントの要望に応えるのに、そういうくだらない制度でお茶を濁していることが侮蔑でなくていったい何だ。 ←ランキングに登録しています。クリック、よろしくお願いします。
2007.04.19
コメント(2)

日本人はなぜ日本を愛せないのか 今のままでは《二流のアメリカ人》に成り下がる 鈴木孝夫 新潮選書 これまでの国定図書一覧 英語を学べばバカになる 薬師寺仁志 光文社新書 教育委員会廃止論 穂坂邦夫 弘文堂 アメリカもアジアも欧州に敵わない 八幡和郎 祥伝社新書 競争やめたら学力世界一 フィンランド教育の成功 福田誠治 朝日新聞社 日本語に主語はいらない 百年の誤謬を正す 金谷武洋 講談社 文科省が英語を壊す 茂木弘道 中公新書ラクレ 新しいヨーロッパ 古いアメリカ 藤村信 岩波書店 どうして英語が使えない 「学校英語」につける薬 酒井邦秀 ちくま学芸文庫 大欧州の時代 脇阪紀行 岩波新書 日本語はなぜ美しいのか 黒川伊保子 集英社新書 主語を抹殺した男 金谷武洋 講談社 英語にも主語はなかった 金谷武洋 講談社 仕掛け、壊し、奪い去るアメリカの論理 原田武夫 ブックマン社←ランキングに登録しています。クリック、よろしくお願いします。
2007.04.18
コメント(4)

□ これだけから文の構造を解明するのは冒険である。 文そのものがおかしいわけではない。 ただ、一般人(庶民)なら「これだけでは文全体の意味がよくわからないですね」というところである。一般人の使うことばは情報量が小さい。小さいから逆に解釈の幅が広がる。前後関係や、その人のいつもの癖などから、ああ、この人はこういうことが言いたいんだなあということがわかる。一般人の情報伝達はそれで十分である。 的を得ると言おうが、ら抜きことばを使おうが、そんなことは問題にならない。 ところが、翻訳者や大卒者、学者は情報量の大きなことばを使いたがる。情報量の大きなことばを使われると、そこから導かれる現実がある程度限定されてしまう。 あいまいというのは、それほど悪いことではない。情報を絞り込んでいないだけのことで、これから絞り込んでいけばよい。ところが、ある程度意味が限定されることばを使っているのに、実はその限定された範囲の外にあることを言っている場合には、当然のことながら困惑せざるをえない。 たとえば、一般人なら「どういうものかを突き止める」、「いったい何なのかをはっきりさせる」と言うところを、翻訳者や学者は「同定する」を使いたがる。ところが、そのうちの実に8割が「特定する」、「確認する」、「洗い出す」など、他の表現でないと意味が通らない。 思考がことばについていけていないのである。 この「これだけから文の構造を解明するのは冒険である」も、構造や解明のように情報量の大きな情報子を使い、しかも「構造」と「解明する」とが結びついて「構造を解明する」となっているかぎり、多少なりとも日本語の知識のある者なら、だれがどう読んでも「原文の構造そのものがよくわからず、どれが何にかかっているかというような構造を明らかにする」としか解釈できない。ところが、実際には構造ははっきりしている。問題は具体的に何を言わんとしているかということである。 もちろん、「冒険である」を使う理由もよくわからない。構造がわからなければ、冒険も何も、やるっきゃないわけで、意味がわからなければ考えるしかない。「断定してしまうのは冒険である」ならわかる。 ことばが機能していない。学者や英語から翻訳に入った者によくみられる現象である。一般人のまちがいと大きく違うのは、一般人のまちがいが一度きりのものであり、だれもがすぐに気がつくものであるのに対して、おかしいことを指摘する人がいないまま、日本語のシステムに大きな影響を及ぼすおそれがあることである。 ←ランキングに登録しています。クリック、よろしくお願いします。
2007.04.17
コメント(0)

トラドキスタンでは、日本国でウイルスが発生したり、電波等に乗って国内に持ち込まれた場合に、ウイルス速報を出している。 ウイルスとは、英語等の影響によって日本語のなかに持ち込まれた「異物」で、日本語のシステムを破壊するおそれのあるものを言う。また、広い意味ではウイルスによって生み出された日本語、いわゆるウイルス産物を指すこともある。 ウイルスとは「まちがった日本語」のことを言うのではない。トラドキスタンでは、庶民のまちがいはいっさい問題にしない。 単に意味がおかしかったり、使い方がまちがっているだけではウイルスとは言えない。 翻訳者や学習者に、おかしな日本語を指摘させると、本人は日本語のおかしさを指摘しているつもりで、実は考え方のおかしさや知識の誤りを指摘していることがある。たとえば、「空気は固体である」は明らかに誤っているが、それはあくまでも知識の誤りであって、日本語としておかしいわけではない。 □ これだけから文の構造を解明することは冒険である。 今、翻訳裁判所が取り組んでいるのが、このような文に「病原性」を見出すことができるかどうかという問題である。←ランキングに登録しています。クリック、よろしくお願いします。
2007.04.16
コメント(0)

中越の爆弾 私は、翻訳者と翻訳会社との契約関係のことをきちんと考えたことのない翻訳会社には仕事を出しませんよ。 当たり前じゃないですか。翻訳者のことをいつもその場かぎりの労働者としか考えていない翻訳会社に仕事を出したって、いい翻訳が返ってくるわけがない。そうでしょう。 場内から拍手が起こった。 その拍手はもちろん、中越に対する圧倒的な支持を表明するものであった。 しかし、中越はその賛同の拍手を一蹴した。「つけあがるんじゃない」 その一言にひるんだのはむしろ、翻訳会社やクライアントの方だった。翻訳者らは事態が飲み込めないといった風情で、困惑の表情をうかべた。 アホか、お前らは。翻訳会社からその場限りの労働者とみなされたとしても、自らその場限りの労働者に成り下がってどうする。 ←ランキングに登録しています。クリック、よろしくお願いします。
2007.04.14
コメント(0)

日本語は狙われている × ~は食物通過を検知するため、およびあらゆる種類の胃食道逆流を評価するのに用いることができる新しい手技である。 日本語の発想で英語を書くと、「英語ではそんな言い方はしない」、「英語ではそんな語は使わない」と言われる。 自明のことである。 当然、「逆もまた真なり」のはずなのに、アメリカや英語にかぶれた人たちにはどうも「逆は必ずしも真ならず」であるらしい。「英語で使われている語法なら何でも日本語のなかで使ってもかまわない」と思っているのだから始末に悪い。 いちばん性質の悪いのがandやorなどの接続詞である。英語のandがあるところ、何もかも「そして」や「および」、「、また」を使えるなんて思われたらたまったもんじゃない。 日本語は動子(動詞、形容詞の述語形)で終わる言語であり、連用形を使って文をつなぐことができるようになっている。その原則が、こういうたちの悪い「および」や「また」によって崩されようとしている。○ ~は食物通過を検知したり、あらゆる種類の胃食道逆流を評価するのに用いることができる新しい手技である。 この「~したり」が学術文献の品位にかかわるというのであれば、単に「~し、」にすればよい。○ ~は食物通過を検知し、あらゆる種類の胃食道逆流を評価するのに用いることができる新しい手技である。 それで物足りないというのであれば、もっと別の手がある。 ○ ~は食物通過の検知にも、あらゆる種類の胃食道逆流の評価にも用いることができる新しい手技である。 このほかにも方法はあろう。英語のandと見まがうような「および」を使わなければならない理由などどこにもない。←ランキングに登録しています。クリック、よろしくお願いします。
2007.04.13
コメント(0)

× 医薬翻訳者になった自分の経験を共有したいと思っています。 この文を一目見ておかしいと思えない人は日本語の母語話者失格です。 もちろん、庶民(トラドキスタンで言う一般人)は絶対にこんな文章は書きません。日本語の母語話者であるという自覚をもたずに英語を勉強した人にしか起こりえない現象です。 英語でshareが使えるところを無条件で「共有する」にしてしまったら、日本語のシステムがめちゃくちゃになります。 自分の経験というものは他人に伝えることはできても、そのままでは他人と共有できるものではありません。それを他人と共有するには、もう少しお膳立てが必要です。 教育のない人はけっしてこんな文は書きません。 勉強を怠けたからこんな文しか書けないのではなくて、母語をおろそかにしたまま、いびつなかたちで英語を勉強したから、こんな文を平気で書いて何とも思わなくなってしまうのです。 英語の勉強なんてやめましょう。 英語の勉強なんかしたってろくなことはありません。 そうではなくて、世界にいくつもある言語のうち、英語がどういう言語なのかということを学びましょう。←ランキングに登録しています。クリック、よろしくお願いします。
2007.04.12
コメント(2)

情報子は変化する 070215の課題から 翻訳の話がいちばんよく通じるのは物理の専門家で、いちばん通じないのが医師である。 医学は科学ではないと言われる。これももちろん、いい意味でもあれば、悪い意味でもある。医学は科学である以前に人類愛でなければならず、患者が命を託すことができるのは、科学的理論の正しさよりはむしろ、神がかり的な権威である。 その権威を言語の理論や翻訳にまで持ち込む者がいる。 ひとたび 「constitute = 構成する」と唱えれば、そのconstituteがどのようなところに現れたとしても、よしんば天地がひっくり返ったとしても、constituteは「構成する」なのである。心ある翻訳者はこの誤解を解くために、それこそ人生の半分の時間を費やさなければならない。 一方、物理学者は話が早い。万物の物理学的特性は場によって変化する。 わかりやすい話が、水は氷にもなれば水蒸気にもなる。だからと言って、水の分子そのものが別の物質になったわけではない。 いかなる単語、いかなる情報子の情報量も場の影響を受けて変化する。物理学者には説明はいらない。 The search was limited to full-text papers published in English-language journals. たとえば、この文を「検索は~限定された」とするのは、英語という環境にあるから受身になっているだけのことであって、同じ情報が日本語環境に移されれば、原文が受動態で書かれている事実はまったく意味をなさないものであることを忘れているからにほかならない。 そういうことは、翻訳学習中の者にも比較的納得してもらいやすいが、ある程度時間を置いてしまうとまたもとの木阿弥になる。まあしかし、そこまではできたとしよう。 × 検索は英文誌に発表された全文の論文に限定した。 なぜこういう現象が起きるのか。こういう日本語は絶対にありえない。一見日本語に見えるけれども、中身は英語そのままである。日本語の皮を着た英語、これも一種の西ハワイ語であると言ってよい。 このままでよいと思ってしまうのは、日本語の免疫機構が働いていない証拠である。明らかに異物が混入している。 ただ、この文のおかしいところを指摘しなさいという問題を出せば、正解者はぐんと増えるだろうと思われる。 これはいったいどういうことなのか。原文の構造を読み解くのに大きな容量を取られ、肝心のところになってもう容量が残っていないのではないだろうか。 この問題はまた別のところに改めて書かねばならないが、単に言語を操るだけにせよ、翻訳をするにせよ、原文の構造を読み解くことは必要最低限のことであって、マラソンで言えば30キロまで先頭につけなければお話にならないのと同じである。そのうえで、いかに余裕をもって走り、いざ勝負というところで力を残しておけるかが問題である。 30キロまで強い選手は掃いて捨てるほどいるが、マラソン選手として大成するのはそのうち一握りの選手だけである。 上の訳文にたどりついた時点で事足れりとするのは、マラソンを志しながら30キロまでしか満足に走れない選手と同じである。 △× 検索は英文誌に全文が発表された論文に限定した。 せめてここまではしてほしい。これなら40キロの手前くらいまではついていける。 あらゆる物質が場にふさわしい状態に変化するように、情報子も前後の情報子に合わせて姿を変える。情報子同士の相性、バランスというものがある。「英文誌に全文が○○された論文」とあれば、発表したことはもうわかっている。この場合には「掲載された」がふさわしい。 情報子は伝えようとする情報を壊さないようにするために、自ら周囲の情報子に合わせて自ら変化するものなのである。 ←ランキングに登録しています。クリック、よろしくお願いします。
2007.04.11
コメント(0)

× ショックがないと言えば嘘だと思う。 民○党 鳩○氏 ○ ショックがないと言えば嘘になる。 これまでになかった表現を使うのがいけないとは言わない。しかし、これまでずっと使われてきた表現とは何か違うニュアンスを出す意図があるのならともかく、そうでもないのに、徒に言い回しを変えるのは混乱を招くもとになる。 もっとも、本人の意図に関係なく、何やら違うニュアンスが感じれるのですが、やっぱりこの言い回し、破綻していますよね。←ランキングに登録しています。クリック、よろしくお願いします。
2007.04.10
コメント(0)

さらば全体主義 070308の課題から 今時全体主義がよいなどと思っている人はそう多くはいないだろう。 前世紀に死語になった「直訳」ということばがある。この「直訳」を信奉している人たちはいわば根っからの個人主義者で、原文にあるどの単語にも残らず何らかの訳語を充てて訳文に生かしてやるのだから、これほど「個人」を尊重する人たちも珍しい。 もちろん、それでは不都合なことがある。だからこそ、トラドキスタンでは「直訳」、「意訳」は死語になったが、翻訳の発展途上国ではこの未だに時代遅れのことばを使っているらしい。 不都合な用語があると、無意味な反発を招く。 いわゆる直訳なる概念が根強く残っているがゆえに、それに対する反発が行き過ぎたものになる。 The measurement represents the electrical impedance around the catheter in the section between each pair of electrode. 上の文を「こうして、それぞれの電極対の間に位置するカテーテル部分の電気インピーダンスを測定する」などと訳す人がいる。 もちろん、大筋まちがっているわけではない。全体のなかにこの文を入れたとしても、それで誤解や混乱を招くことは考えにくい。 だが、何かが違う。言ってもれば、「個人」たる個々の情報子の存在意義がことごとく抹殺され、原文が他にいくつも考えられるどの文であっても差しつかえないような訳になっている。そこには原文がこの文でなければならない理由はどこにもない。いわば個人が抹殺され、全体に奉仕するものに還元されてしまっている。これを翻訳の全体主義だと言わずしていったい何と呼べばいいのだろうか。 情報そのものが筆者の思惑と大きく食い違ってはいない。ただ、その情報の構成が大きく食い違っている。情報の構成、情報構成とは言語の形式とはまったく別のものである。英語で書くかぎり、何人たりとも英語の形式から自由になることはできない。その形式そのものはいっさい訳文に反映させる必要はない。しかし、筆者がその制約のなかで、いくつか考えられる選択肢のなかから選び取った情報構成は、けっして握りつぶしてはならない。 まず、最初にtheがある。measurementそのものが必ずしも既出のものである必要はない。前に何らかのかたちで「測定する」ことに言及しておれば、先に言及したことと関係のあることですよという目配せとしてtheを使うことができる。翻訳者はおろか、ちゃきちゃきの英語屋さんにもそういう認識のない人が多すぎる。 だから、前に測定値ということばが出ていないかぎり「この測定値は」とするのは誤訳である。「その測定値」であれば、前に書いたことを大きく取り込んで「その」で受けることができるので、これなら誤訳にならない。「その測定値」とするか、「ここで得られる測定値」としなければ、ここにあるtheの存在意義を汲んだことにならない。 さて、動子representをはさんで後ろのelectrical impedanceにもtheがついている。後ろにあるのが無冠詞の弱い名詞ならほぼ無条件で「ここで得られる測定値は」とできるが、後ろも強いので、相対的な力関係から「が」とするのがよいことになる。 representを「表す」などと思っている人がいるが、constituteも含めて、quasi-be とでも考えればいいものである。日本語では「である」としていっこうにかまわない。むしろ、「示す」、「表す」とすると意味がずれてくる。 日本語の「です」というのは、まったくイコールで結べるものだけに使うのではない。「です」を使うもののなかにも、「イコール」のあり方が微妙に違うものがあって、それを英語で表現するとbeになったりrepresentやconstituteになることがあるだけの話である。 □ ここで得られた測定値が、それぞれの電気対の間に位置するカテーテル部分の電気インピーダンスである。 なお、aroundはthroughやalongと同じ、情報量の大きな前置詞で、字面通り移そうとすると、「通りに沿って歩く」のような不自然な日本語になる。 ←ランキングに登録しています。クリック、よろしくお願いします。
2007.04.09
コメント(3)

□ も 今日はこれだけです。業務体では避けたい「も」があります。 それを見つけて、具体例を考えてください。 ←ランキングに登録しています。クリック、よろしくお願いします。
2007.04.08
コメント(0)

カリンからの手紙 翻訳村から 安泊さん、お元気ですか。 またひとつ、面白い講義を聞いたのでお伝えします。 日本国ではあちこちにブログがあって、自分で訳した文を載せている人がいます。村長のお話では、別にその訳がまちがっていようとどうしようと、読む人が判断すればいいことですから、誤訳自体は別にかまわないと言うのです。 困るのは、その訳になかに本来の日本語にはなかった表現を持ち込むことです。 それだけではありません。もうひとつ困ることがあります。 あくまで、英語が主、日本語が従であるという考えを無意識のうちに植えつけてしまうものです。 訳そのものも、けっしてこなれているとは言えませんが、そのうえ訳のあとに注がいっぱいついています。 本来、英語の意味はこうなんだけど、こう書いてあるんだけど、うまく日本語にできないんで、自分はこうしてしまったけれども、本当は、、なんて未練がましく書いています。 日本語だけで完結した世界をつくれよ。 村長が珍しく「地」のことばを吐いて憤慨を露にしていました。 注のなかにこんなのがありました。プロ野球選手の話をしているところにwork ethic が出てきて、日本国の翻訳者はプロ選手に「勤労意欲」や「労働倫理」はさすがにおかしいので、ethicが「道徳」ということだから広い意味にとって「志向性」にしたなどと、支離滅裂なことを書いています。 村長は「プロ選手の勤労意欲」、「プロ選手の労働倫理」とするのは、さすがにおかしい。しかし、それでもなおと言うべきか、だからこそと言うべきか、「勤労意欲」、「労働倫理」を使って、さらりと読ませるようにするのが翻訳者の仕事だって言うんです。 え、ウソ、そんなことできるのって思いました。←ランキングに登録しています。クリック、よろしくお願いします。
2007.04.08
コメント(0)

× 当行の社員を偽って (近畿大阪銀行内の張り紙) ○ 当行の社員を装って 不良債権より不良識見の処理が必要とみた。←ランキングに登録しています。クリック、よろしくお願いします。
2007.04.07
コメント(0)

仕掛け、壊し、奪い去るアメリカの論理 原田武夫 ブックマン社 これまでの国定図書一覧 英語を学べばバカになる 薬師寺仁志 光文社新書 教育委員会廃止論 穂坂邦夫 弘文堂 アメリカもアジアも欧州に敵わない 八幡和郎 祥伝社新書 競争やめたら学力世界一 フィンランド教育の成功 福田誠治 朝日新聞社 日本語に主語はいらない 百年の誤謬を正す 金谷武洋 講談社 文科省が英語を壊す 茂木弘道 中公新書ラクレ 新しいヨーロッパ 古いアメリカ 藤村信 岩波書店 どうして英語が使えない 「学校英語」につける薬 酒井邦秀 ちくま学芸文庫 大欧州の時代 脇阪紀行 岩波新書 日本語はなぜ美しいのか 黒川伊保子 集英社新書 主語を抹殺した男 金谷武洋 講談社 英語にも主語はなかった 金谷武洋 講談社←ランキングに登録しています。クリック、よろしくお願いします。
2007.04.06
コメント(0)

× 強力的な性格 某教授によると、イギリス人女性を殺害した男性の性格はこうなのだそうですが、この人の日本語、それをそのまま放映したテレビ局の日本語はどうなっているんでしょう。←ランキングに登録しています。クリック、よろしくお願いします。
2007.04.05
コメント(0)

日本国知事の失言に対する翻訳裁判所の声明 次に宮崎県知事の問題。 タミフルを飲み放題飲んだ。異常行動、異常言動に出るかもしれない。 まず、「飲み放題」ってのは、公人の発言として、薬の飲み方に誤解を与えかねない。飲めば飲むほど効くような錯覚されては困る。 「ブラックユーモアを交え社会風刺したつもりだった」と釈明したが、まず本人自身何を問題にしたいのかをきっちり自覚していないのではないか。 もともと、タミフル服用による副作用があちこちで問題にされているのに、厚労省の動きが鈍かった。「問題ない」の一言で片づけるのではなく、少しでも疑わしいことがあれば、きっちり究明するべきである。であるから、社会風刺をしようとするのであれば、厚労省に対する風刺になっていなければならず、不快不快と言うが、どんなにまともなことを言っても不快に思う人はどこかにいるわけで、いっそ厚労省の役人を不快にさせるというはっきりした「意図」をもって発言するべきではなかったのか。 実はタミフルをかなり服用しましたので、最近騒がれていることが自分の身に起きるのではないかと、一抹の不安がないわけではありません。 ですが、万一その怖れていることが起こった場合にはですね、お役人の常として、一般の人に起こっただけではなかなか本格的な原因究明作業に乗り出してくれなかった厚労省が、もっともっと積極的に動いてくれるんではないかと、まあそのように思っている次第です。 これくらいのさじ加減にしてほしかった。←ランキングに登録しています。クリック、よろしくお願いします。
2007.04.04
コメント(0)

カレンからの手紙 情報量理論の独創 安泊さん 入院はまだまだ続きそうですか。 そちらには本棚もあって、いろいろ勉強することができると聞き、少しは安心しています。 私は相変わらずあちこちの学生村に通っています。 なかでも、情報量村の授業は面白く、もうやめられなくなってしまいました。 水をコップに注ぐとき、それぞれの分子は勝手に動き回っていて、なかには上に上る分子もあります。ですから、無数にある水の分子のうち一部にしか注目しなければ、水が上から下へ流れるという結論を導くことができないんですね。 ことばも同じだと言うんです。 みんなそれぞれ勝手な使い方をしますから、その全部に共通した法則を導こうとしても絶対に不可能であると言うんです。なるほどと思いました。 情報量理論は本当は日本語を「見つめる」ところから始まっているんですね。 日本語は語順が自由になる言語だと思われていますから、徒にデータを集めて分析しても何も出てこないんですね。 ところが、幾通りか考えられる語順のうち、いちばんいいと思うものだけを残していくと、法則が浮かび上がってきます。「は」と「が」の使い分けもそうです。 いわゆるふつうに使われている日本語にも一定のルールというか、文法とか規則とかいうものがありますよね。日本語を球に喩えると、その球の表面がぼやけて見えるんです。表面はぼやけているんですけど、よおく見ると、ぼやっと見える球の内側にくっきりと輪郭が見える球が見えるんです。 その輪郭が明瞭な球だけを問題にすると法則が見えてくるというわけです。 日本語に今よりもう少し厳しい制約を設けるんです。これはいけないとか、これはこうでなければならにというルールです。 ふつうの人は、そういうルールを窮屈に思うんですけど、これを徹底していくと、いろんなものが見えてきます。 本当にすごいことです。 私がラオスにいたときには、ラオス語というのはこんな言語、日本語というのはこんな言語、フィンランド語というのはこんな言語というように、それぞれをすごく特殊なものとして学ぶしかありませんでしたが、トラドキスタンに来てみると、そうじゃないことがわかりました。 どの言語も、情報伝達という観点から見ていくと、みな同じなんですね。 それ以来、文法を怖れることがなくなりました。 初めての言語に出会って、とてもむずかしい文法の説明をされるとしますね。今までは、「うわあ、むずかしい」としか思えなかったのが、「そうか、その文法は、たとえばラオス語なら、この情報を伝えるためにこういうふうにしているものを、この言語ではこれがなくてこれがあるから、必然的にそういう文法が必要になるのか」というようなことが感覚的にわかるようになりました。 私の母語、ラオス語はタイ語をはじめ外国語の影響を強く受けて、さっき書いた球の輪郭が少しわかりにくくなっています。 それをはっきりさせることができたら、また新たにすごいことがわかってくると思うんです。 また、新しいことがわかったらお伝えします。←ランキングに登録しています。クリック、よろしくお願いします。
2007.04.04
コメント(0)

難治性「主語+は」症候群 英文を日本語に翻訳するとき、無条件に「主語+は」とする人がいる。「主語+は」とできるのは、主語が強い名子である場合に限られ、さらに動子の後ろにある名子よりも強い場合に限られる。強いというのは、「安定な」と言い換えてもよい。 The measurements represent などとなっておれば、ほぼ無条件で「この測定値は」とすればよいが、不定冠詞や無冠詞の場合にはそうはいかない。 むずかしいのは無冠詞でも、何らかの概念を表し、定冠詞の既定、既出、既知に対して「不問」のものである場合である。病名などがそれに当たり、もとより不問であるから定冠詞など必要としない。 病名のほか、endoscopyのような検査法も不問に相当する。これにupperなどの形容子がつくと多少弱くなるが、それでもまだまだかなり強い。 Upper endoscopyで始まれば「上部(消化管)内視鏡検査は」とできる。ただし、「は」になるか「が」になるかは動子のうしろにある名子との力比べになるわけで、 Upper endoscopy is the diagnostic procedure of(first)choice などとあれば、「上部消化管内視鏡検査は」ではなくて「上部消化管内視鏡検査が」(選択的診断手技となる)(診断手技の第一選択となる)となる。 英語と日本語との関係は、というより、あらゆる言語の間の関係は、このように精緻な力学から成り立っているのであって、「は」と「が」の間違いはきわめて重大で致命的な誤訳であると言わざるをえない。 したがって、「は」と「が」のまちがいが散見されれば、その翻訳者は冠詞の理解ができていないとほぼ断言できることになる。 Normal esophageal function で始まる文は、Upper endoscopyで始まる文よりもはるかに判断が下しやすい。Functionそのものが絶対概念でなく、それにesophagealという形容子がつき、さらにnormalという形容子がついているのであるから、その全体が明らかに弱い名子となっている。この訳が「正常な食道機能は」で始まることは、天地開闢以来未来永劫にわたって絶対にありえない。「食道機能が正常であれば」、これしかありえない。Normal esophageal function allows for food transport to the stomach, prevents reflux of gastric contents….とあれば、「食道機能が正常であれば、食物が胃に運ばれ、胃内容物が逆流しないようになっている、、、」としかなりえない。「正常な食道機能は、食物が胃に運ばれるのを可能にし、胃内容物が逆流しないようにする」では断じてない。最初の訳だとallowの可能の意味が訳されていないと難癖をつける者がいるが、ほぼ出没情報と考えてよいものだけを針小棒大に取り上げ、本当はその何十倍も大切なnormal esophageal functionが名子として安定したものでないことにはまるで頓着しない態度は、翻訳者として許されるべきものではない。 不安定な名子は、冠詞のない言語に変換されるさいに必ず「くずれる」。くずれて、名子が景子化する。 安定な名子なら「正常な食道機能は」と訳せるが、不安定な名子は「食道機能が正常であれば」になる。訳し方とか翻訳の技巧の問題ではなく、言語の本質がそのようにできているのである。 ←ランキングに登録しています。クリック、よろしくお願いします。
2007.04.03
コメント(3)

翻訳裁判所が知事の失言問題に声明を発表 トラドキスタンの翻訳裁判所は、日本国の知事の失言を受け「翻訳者のかかえる問題に通じるものがある」として、次のような声明を発表した。 まずは愛知県知事の失言から。 知事は障害者などハンディキャップのある人について「弱い遺伝子、悪い遺伝子を持った方」と表現した。その後の記者会見で「ハンディや困難をやむなく持ってしまった人にも目を向ける心を持ってほしいという気持ちを伝えたかった」と釈明したことからもわかるように、これまで問題になった政治家の発言に比べれば、多分に情状酌量の余地はある。 記者会見で「やむなく」ということばを使うのなら、どうして最初に使わなかったか。「やむなく病気になる遺伝子を背負ってしまった方」とするだけで、かなり印象はちがう。これで問題があると言われたら、もうどうしようもない。 これはまさに、翻訳者がしでかす「失言」とまったく同じもので、原文の字面に「悪い 遺伝子を もつ」とあれば、その通りにしか訳せない。もっと時と場合、立場、場面、状況を考えなければならない。 かつて福岡マラソンでイカンガー選手が優勝した時、インタビューの際に「30キロで日本選手が飛び出した時にあせりませんでしたか」という質問に対して「トップランナーじゃなかったんで、不安はありませんでした」と答えた。しかし、日本陸連専属通訳の渋谷さんは「あまり経験の豊富な選手じゃなかったので」と訳された。イカンガーの英語が多少舌足らずであることを考慮に入れたものではあるが、そのことを差し引いたとしても、イカンガーの立場、飛び出した日本選手の気持ち、ファンの気持ちを考えれば、その訳しかありえないと思う。 さて、話は戻って、遺伝子という情報子は非常に情報量が大きい。であるから、本来「悪い」などという形容子はつかない。中立な立場で見れば、遺伝子そのものによいも悪いもない。「悪い」という形容子は、「遺伝子」に比べてあまりにも情報量が小さい。それをムリヤリつけてしまうと、情報量の撹乱が起きる。情報量が大きかったはずの「遺伝子」が「悪い」と結びつくことによって「遺伝子」のもつ情報量がいわば拡散してしまい、親から受け継いだ人間性や性格ともとれるような漠然としたものになってしまう。「悪い」がついた時点で、遺伝子は専門的客観的な意味を剥ぎ取られ、あまりよろしくない人間性とか性格のようなものを想起させるものになってしまう。 そこに、愛知県知事の失言の本質がある。 情報量の酌量ができていなかったわけである。 これはまさに、翻訳者が抱える問題と本質的にまったく同じものである。 情報量を斟酌しない翻訳者は字面を移し変えるだけに終わっているため、日本語の環境で情報子同士が相互に及ぼす作用をまったく考慮していない。「遺伝子」が「悪い」と結びついた瞬間に、「遺伝子」はもはや染色体上に存在するあの生物学上の「遺伝子」ではなくなり、そこから類推されるあらゆる概念を取り込んで、広大な意味領域を獲得してしまうのである。 情報量を考えないで訳している翻訳者の訳文には、あらゆるところでこういう現象が起きている。 そこには、日本国中の知事が束になってかかっていっても到底叶いそうにない言語の無法地帯が横たわっている。←ランキングに登録しています。クリック、よろしくお願いします。
2007.04.03
コメント(0)

中越は続けた。 まずもって、翻訳者の法的立場そのものをごまかしたかたちで成り立っているわけですよ。もちろん、翻訳者が個人的に翻訳会社に応募して、仕事をする場合にも問題はある。本当はきっちりと法整備をする必要がある。しかし、われわれの目の届かないところで進行していることはどうしようもないでしょう。 私は、翻訳者と翻訳会社との契約関係のことをきちんと考えたことのない翻訳会社には仕事を出しませんよ。 当たり前じゃないですか。翻訳者のことをいつもその場かぎりの労働者としか考えていない翻訳会社に仕事を出したって、いい翻訳が返ってくるわけがない。そうでしょう。 場内から拍手が起こった。←ランキングに登録しています。クリック、よろしくお願いします。
2007.04.02
コメント(0)

「ありえない組織とはどういうことですか」と足摺は声を荒げた。「利害関係が一致していない者同士を強引にひとつの組織にしてしまっているということです。PTAにかぎりなく近い。そもそも、翻訳者と翻訳会社、それに翻訳を発注する企業ではそれぞれ利害関係が異なるでしょう」「そんなことを言えば、結婚斡旋所も同じじゃないですか。求める人に求める人を提供するという意味では、何ら変わるところはないと思いますよ」「結婚というものはですね。野蛮な差別が残っている世界ならいざ知らず、基本的に両者が対等なんです。求める者は同時に求められる立場でもある。しかし、翻訳に関しては、というより、いわゆる求人というか、そういうものは、一方が売り手で、一方が買い手なんです。翻訳者が売り手で、発注者が買い手、翻訳会社は翻訳者に対して買い手になるが、発注者に対しては売り手になる。それぞれ立場がちがう者をひとつの組織にぶちこんでうまくいくはずがない」「どうしてですか。売り手と買い手があって、その橋渡しをするのが私どもの仕事なんですから、何がどう不都合なんですか」「何もかもです」「中越さん、それはちょっと言いすぎじゃないですか」 中越はかまわず続けた。「第一に、翻訳という業務の実態は雇用被雇用関係であるのに、法的には翻訳者と翻訳会社との間の契約は業務契約として扱われている。限りなく偽装請負に近い。翻訳会社は自分たちの都合のいい時だけ翻訳者を「雇い」、いらなくなれば切って捨てる」 講義室に集まった翻訳者らは、クライアントの立場にあるはずの中越からそのようなことばが出るとは思ってもみなかった。←ランキングに登録しています。クリック、よろしくお願いします。
2007.04.01
コメント(0)

この時期になると、トラドキスタンのスポーツ選手はみな、雑踏性練習拒否症候群に陥ります。 大阪城公園は、さくらを出汁に、宴会でドンちゃん騒ぎをしに来る人でいっぱい。 公園内の道路も道幅いっぱいに使い、公園テニス、公園バドミントン、公園○○で埋まってしまいます。 これじゃあ、練習ならんもんね、4月15日の輪島で予定されている大会も、地震の影響でどうなるかわからないし、休もうっと。 居酒屋で飲んでる人が、こころなしか大人しくみえました。←ランキングに登録しています。クリック、よろしくお願いします。
2007.04.01
コメント(0)
全31件 (31件中 1-31件目)
1

