たろりんの“ウィスラーだより”

たろりんの“ウィスラーだより”

中学校時代


《中学校時代》


小学校の金管バンドでトロンボーンが大好きになっていたたろりん。
中学校ではもちろん、入学と同時にブラスバンド部へ入部しました。
しかしここで、大好きなトロンボーンを中断せざるを得ない出来事が。
成長期にさしかかり、臼歯が生え揃う年頃。
たろりんの口の中では、4本の犬歯(=糸切り歯)が、
"八重歯"となって生えてきてしまったのです。
歯医者さんに相談すると「歯列矯正をしなさい」とのアドバイス。
娘の将来を心配した両親は、大金をはたいて私に歯列矯正を受けさせてくれる事になりました。
上下の歯列に、針金のブリッジを付けなくてはなりません。
すると、唇の上から強くマウスピースを当てて吹くトロンボーンを、
吹く事ができなくなってしまいました。
あんなに好きだったのに…、たろりんは泣く泣く吹奏楽部を辞め、
コーラス部に入部。休んでいたピアノのレッスンも再開しました。
でも吹奏楽をできなくなってしまったのがやはりショックだったのでしょう、
コーラス部にもピアノにも、あまり熱中できないまま、中学時代を過ごしたのでした。

そんな中学時代、新たに興味を持ち始めたのがポップミュージックの世界でした。
上の姉は サザンオールスターズ 佐野元春 レベッカ など、
当時"ニューミュージック"と呼ばれていた音楽が大好き。
下の姉は THE ALFEE ひとすじ、高見沢俊彦の熱狂的ファンで、
コンサートに連れて行かれたことも。
そんな姉たちにも影響を受けつつ、私が魅かれていたのは "米米クラブ" でした。
何より、カールスモーキー石井のあの甘い声とルックス(笑)!
ミュージシャンというよりお笑い団体のようなコミカルなパフォーマンス。
その影に隠れて、私の大好きな金管楽器のセクション
"ビッグ・ホーンズ・ビー"はカッコイイ演奏を聞かせていて、
ダンスセクション"シュークリームシュ"はキュートなダンスを披露する。
部屋にはカールスモーキー石井のでっかいポスターを貼り、
音楽雑誌『GB』も毎月買って米米の記事をスクラップし、
彼らの出演するテレビはくまなくチェックして録画、
何度も何度も繰り返し観ました。

また、当時は学校で英語を教わるのは中1からで、
その初期の授業の際、若手のカッコイイ英語の先生が、
Beatles 『Let It Be』 をギター片手に歌ってくれた事がありました。
たろりんはこの事にもとても大きな影響を受けました。
「私も英語で歌が歌えるようになりたい!」
私が英語の勉強に熱中するようになったのもこれがキッカケで、
いまカナダで生活できる英語力があるのもこの先生のお陰かもしれません。
さっそく姉の持っていたBeatlesのテープを借りて、必死に耳を傾けました。
最初に歌えるようになったのは、 『Hello Goodbye』 という曲。
ご存知の方はお分かりかと思いますが、
非常に簡単な歌詞の曲です。
♪You say "Yes", I say "No"
You say "why?", and I say "I don't know"
Oh no, you say "good bye", and I say "hello"♪

という感じ。全部中学校低学年レベルの英語ですよね(笑)。
それと、 米米クラブ のダンスセクション"シュークリームシュ"の語源が
"Diana Ross and the Supremes" である事を知り、
初めてそのCDを借りたのもこの頃です。
歌詞カードを見ながら一生懸命 Diana Ross
の発音のマネをしました。
そのうち私は、Diana Rossの声の持つ魅力にも釘付けになっていきました。
これがたろりんの"洋楽"との出会いだったのです。

そう、ここで初めてたろりんは"CD"と出会います。
私はまだCDプレーヤーを持っていませんでしたが、
姉がバイトしたお金で買ったステレオセットを拝借して、
レンタル屋さんで借りた Diana Ross and the Supremes のベストや、
自分のお小遣いで買った 米米クラブ
のアルバム 『KOMEGUNY』 なんかを
テープに録っては、何度も何度も聴いていたものです。


♪NEXT♪



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