蓼科高原日記

蓼科高原日記

2009.03.14
XML
カテゴリ: 想うんだけど


iTunes Store をブラウズしながらいろいろな音楽を試聴していると、このように限定的な世界においてすら、めくるめく素晴らしい音楽であふれているのだということを知る。このような素晴らしい音楽たちと出会いそれを聴くことが出来ただけでも、生まれてきた甲斐があったというべきなのかも知れない。

もちろんそれには音楽に限らず文学や絵画や映画やありとあらゆる芸術作品との出会いも含まれ、ひととひととの出会いも含まれる、 「いま・ここに・ある」だけで感じることのできる至福、地上の楽園なのかも知れない。

もちろんそれは 「かりそめの」という限定付なのだけれど、それでもなお僕は生きていて良かったと思うのだ、そのような出会いと感動だけのためにでも生きていたいと思うのだ。いまだに自分の存在価値、存在の意味を知ることのかなわない身ではあるけれど、それでも生き続けていきたいと思うのだ。

二十歳の頃、僕は 「もし、なにものをも創造することができないのならば、いったい自分には生まれてきた価値があるのだろうか?」と自らを問い詰めていた。それはその後の人生においても、不吉な呪文のように僕につきまとうことになった。生き方や考え方を変えようと思っても、この呪文は僕を手放してはくれなかった。

そしていま気づく。その呪文からすっかり自由になっている自分に。

僕はいつの頃からか、自分を規定することをやめたのだった。自分はこれこれの能力を持っていますとか、技術がありますだとか、このような美点を持っていますとか、このような欠点がありますだとか、このような人間なんですとかいうことをやめてしまったのだった。

自分を定義することをやめると、人は自由になれる。

セルフ・アイデンティティーとは「自分が自分である」という確信以外のなにものでもない。それは自分の仕様書をつくることではない、自分を定義することではない、自分についてプレゼンテーションすることではない。

ただ、「いま・ここに・ある」ことこそが、すなわち自分の存在理由(レゾンデートル)なのだ。

そんな単純なことを、この歳になってようやく知った。

いささか恥ずかしい。



---

●ペンション・サンセット

●蓼科高原日記


☆たてしなラヂオ☆







お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2009.03.14 02:52:10
コメント(0) | コメントを書く
[想うんだけど] カテゴリの最新記事


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ
画像認証
上の画像で表示されている数字を入力して下さい。


利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: