蓼科高原日記

蓼科高原日記

2013.12.20
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それは全体(ゲシュタルト)としての新緑という概念を感じさせる。個別の木や森はそこにはない。 

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▲新緑の頃をふと想う。ここにこんな世界があったなんてこの季節には信じられないのだけれど、たしかにそれはここにあったのだ。:写真をクリックすると拡大します。



(承前)


生きる意味、生きる価値、そして世界(3-1)



新緑の季節には、ぼくのペンションのラウンジの窓外は日差しがあってもなくても立体的なディジタル画像のようなバーチャルな新緑の世界になっている。

変な表現かもしれないけれど、それほど美しいのだ。

ハイヴィジョン用に人為的に調整された映像を見ているような不思議な感覚に陥るほどに。

それは「全体(ゲシュタルト)としての新緑」という概念を感じさせる。

個別の木や森はそこにはない。

なにかが僕の心の中のスイッチを押して新緑に関するあらゆる感覚と感動の思い出を一気に引き出す。

ちょうどそんな感覚がある。

だから、これは個人的な感動といえるかもしれない。

何度も書いてきたけれど、風景は「そこ」にあるのではなく、心の中にしかないものなのだ。



>>つづく



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Last updated  2013.12.20 23:57:42
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