風に恋して ~自由人への応援歌~

風に恋して ~自由人への応援歌~

夜明け前 6章



浩さんの再検査があった模様。医師の怪訝な表情を想像して私は楽しんでいる。呼吸停止になる筈の人間が、呼吸停止どころか、一日一日と強く、逞しくなっている。医師達のこれまでの経過の中に、浩さんのような例があっただろうか。隣の病室にいる80数歳と思える女性も、どんどん良くなっていくのが壁越しに伝わってくる。3日、近藤さん達が病室に来られる前は、はっきりと死に向けて一直線の雰囲気だった。物音一つ聞こえず、家族の人が泊まりこんでおり、湿っぽい重い空気が澱んでいた。それが、あの3日以降、物音が聞こえ始め、声が大きくなり、騒がしく、笑い声がながれ始めた。「まったく食事を受け付けなかったのに、もう、お腹が空いたの?良く食べるね。」「だって、お腹が空くんだもの。」壁越しに聞く会話が面白くて、私はニヤニヤしてしまう。この女性の担当医も悩んでいることだろう。
瞑想中、見知らぬ30歳代、ぽっちゃりとした丸顔の女性が満面の笑みで右手を胸にあて、良かったね、もう安心だね、と私に幸福波動を送ってくれた。この女性に見覚えはないけれど、驚かない。その内、この女性とどこかで出逢うだろう。もしかしたら、私の過去生の中の一人かな?などと楽しく思いをはせている。浩さんはもう大丈夫なんだと確信する。彼の顔は既に健康人の輝きだ。腹水はまだ抜けないけれど、それさえ完了すれば退院できるだろう。病室の波動がものすごく高い。幣立の御札に掌を合せた途端に、私の意識は宇宙へ飛び出していく。瞑想を始めると、すぐに身体の輪郭がなくなって宇宙の一部となる。私が宇宙か、宇宙が私か、という心境を楽しんでしまう。意識を体内のミクロに集中してみる。心臓でも肝臓でもどこでも良い。私はまず、内臓そのものになる。内臓を構成している細胞になる。細胞を構成している分子になる。分子を作っている原子になる。そして、陽子、中性子、電子となる。私の意識が陽子となって体内を見渡す。そこは、果てしない宇宙が無限に広がっている。私を他と隔てていると思った皮膚は銀河星団のごときもので、境界線などどこにもありはしない。皮膚は星屑か、塵か。更に遠くを見つめる。そこはどこまでも続く永遠の宇宙。息子も娘も宇宙そのもの。すごい数の星々が瞬いている。身体の内と外を分けていると思っていた輪郭(皮膚)など幻想でしかない。微粒子がそのあたり一帯に寄り集まっているだけの通過自由の星団でしかない。そして、その運行リズムは私の意識ではなく、もっと大きな存在によってコントロールされていることに気づく。太陽や月などの運行と共に、私の身体も共鳴し合い、営まれている。宇宙創造の大いなる意志がそこにある。津留さんの言葉、「あなたが無限なる力を持っているのです。あなたが創造主なのです。」が心地よく私を包み込む。そうなんだ。私とは身体じゃない。ものを思う心が私なんだと納得する。
「手後れになります。すぐ家族を呼んで下さい。」の医師の言葉に、私はどうしても従えなかった。従いたくなかった。知らせると、医師の言葉を現実化してしまうという不安と、浩さんは死なないんだということを、自分の意識にしっかりとつかんでいたかったからだ。不思議物語の登場人物になってしまったような面映ゆさ。戸惑いながらも現実の話なんだよと自分に言い聞かせる自分がいて、その滑稽な光景を見つめているもう一人の自分がいる。人間万歳!地球万歳!宇宙万歳!人間の持つこの無限なる力に目覚めるなら、地球は救われる。宇宙は救われる。もう、本にある文字だけの世界ではない。私は文字通り、この美しい地球を再生させることができる。私だけでなく、全ての人間にその力がある。誰でも心に正しく思うだけで、地球は確かな千年王国に変っていくだろう。
津留さん達のやっていることが、この一連の体験を通してやっと理解できそうだ。誰彼なく抱きしめたい高揚感を持て余してしまう。私の生命に感謝する。私の身体に感動する。そして、何億年生き続けているのか知らないが、私の霊魂を抱きしめる。

 平成7年10月11日

快晴後、大嵐。浩さんの様態変化に戸惑っている。10月8日はとても上機嫌だった。顔つきも良かったので、10月9日、初めて病院行きの休みをもらった。入院して以来、初めて空けた病室。浩さんを一人っきりにした一日がこんな形で私を責めるのか。津留さん達のセミナーに出たかったし、先日の御礼も言いたい、浩さんの好転も報告したかった。体調は良さそうなので、一日休みをもらった。津留さん、近藤さんお二人に逢い、報告と感謝。近藤さんに私のヒーリングパワーのアップをしてもらった。津留さんからは、これから夫妻での役割が出てくるのでがんばってとの激励をいただき、10月10日、喜び勇んで知恵さん、理恵と三人で病院へ。そこに待っていた浩さんは、悲惨という言葉以上の状態だった。「えーっ!どうして!?」絶句する。目の血管が切れ、片目は真っ赤。顔から爪先まで、身体はパンパンにむくんで、まるで異次元の人。たった一日でこの変わりよう。何が起きたの?一体、何があったというの?地獄から這い出てきた悪鬼の姿…。3人で手分けして手、足のマッサージ。足首に手を当てると、私の指はズクズクとめり込んでいく。
今日は午前7時半に家を出て、病院へ向かう。医師からの話を聞くためだ。見舞は午後3時からなので、病院受付で、医師との約束の旨を伝えると、「それはそれは、大変ですね。どうぞお通り下さい。」と哀しみの顔。午前9時前に呼び出された患者の家族への話は、既に了解済みの様子。イイエ、ワタシハ、ダマサレナイゾと心を硬くする。医師にどんな過酷なことを宣告されようと、私は自分を信じる。9月11日の入院以来、どんな医療行為もなく、既に死を待つのみ。家族をすぐ呼び寄せるようにとの話はもう3回も聞かされている。今日が4回目になるだけのこと。例え目を血走らせていようとも、全身が倍に膨らんでいようとも、浩さんは今日生きている。その事実を大切に対面してみせよう。9月11日、入院した時、一ヶ月の生命という天啓を身体が勝手に受け止めたことを思い出す。今日、生きていることの意味は、峠を越した、浩さんは全快するということと自分に訴えかける。やはり同じ内容の話だった。肝臓はもう破れている。腎臓も全く機能していない。癌の転移もあるだろう。全く処置法はない。痛み止めとしてモルヒネを加える。モルヒネを与えることで死期を更に早めることになるが、患者の身になれば、どうせ助からない生命、せめて楽に旅立たせてあげたい。その時は今日かもしれないし、明日かもしれない。意識がはっきりしているので鎮静剤などで意識の低下を図っていくという。「ちょっと待って!」の声を飲みこむ。本当にそれほど痛いのか?私の目には、時に痛みを訴えるが、その部分に掌を当てると、毎回浩さんの痛みは消えていき、ぐっすりと眠りに入っている。病室で何度も聞く。「本当に薬がないと眠れないほど痛いの?できれば薬を飲んで欲しくない。自然治癒の力が弱くなってしまうよ。痛くて我慢できないのなら仕方ないけれど、できれば、薬なしでやってみようよ。昼間、あなたはそれほど痛がっていないし、痛い時、私の掌を当てれば痛みが消えているよね?明日からできる限り病室に泊まることにするから、薬飲まないでがんばろうよ。」と。
医師に悪気はないと理性では受け止めるものの、心は「早く病室を空けたいのね。」と責めている。「助かる見込みがあるのなら、多少の痛みは我慢させますが、助かる見込みはありません。だったら、楽にしてあげましょう。」医師は医師としてのマニュアル通りの言葉を述べている。医師を責めたとて、何になろう。「今に見てろ!モルヒネを使わせない。明日から泊まりこんで、痛みは全て私が消してみせる!これ以上彼の生命力を奪うことをさせてなるものか!」口に出せない心の叫びを平常心を装って受け止める。「延命治療は一切いたしません。」これでもかと私の心と身体を切り刻む。「よろしいですね!!」更に追い討ちの刃が飛んでくる。「はい、結構です。」冷たい金属のような自分の声に驚く。

医師との会見後、2時間ヒーリングを続ける。浩さんに反応が出た。尿が出そうだ、起こしてくれと言う。真っ赤なおしっこがそれでも元気良く、白いビーカーに水しぶきをあげた。量的にはわずかだが、「これだけ出たのは久しぶり。昨日は一滴もでなかった。」と浩さん。よーしっ、がんばるぞ。次はこの倍の水しぶきを出させるぞと闘志に燃える。午後、普通便が出た。嬉しい。私のヒーリングは間違いなく彼の身体を揺さ振っている。でも、浩さんは喜ばない。医師から聞かされている言葉が全てで、医師の期待通りの尿の出方ではない、便の出方ではないと言う。こんな便は出ても意味がないんだと訴える。医師が恨めしい。なぜ、そんなことを伝えるのか。全く出なかった尿と便が出た。それだけを、なぜ認めさせない。なぜ褒めてやれない。なぜ希望を与えない。「薬を飲んでそれで便が出れば、アンモニアを分解、放出できるんだけど、薬を飲んでいないから駄目なんだ。」何てことを言っているんだろうと苛立つが、彼を責めても始まらない。「そうなの。でも、出ないより出た方がいいに決まってるじゃないの。まして、水便じゃなく、普通便なんでしょ?すばらしいことだと思うよ。私もがんばるから、浩さんも病気は自分で治すんだと強い意志を持ってよね。病気を治すのは医師じゃない。本人の力なんだから。医師は手助けしてくれる人なのよ。それだけよ。浩さんの、絶対に治すぞ、治ったぞという想いの方が大切なのよ。」と何回も何回も口にする同じセリフを繰り返す。

私の瞑想がかなり深くなっている。目を閉じるとすぐ脳の唸りが始まる。私の脳の唸りと連動して、浩さんの鼾が始まる。浩さんの脳が私のそれに共鳴して眠り始める。眠りなさい。薬なんかなくてもあなたは眠れるのよ。眠りは自然治癒力を高めてくれる。今日の私は目を閉じさえすれば、条件反射のように脳の唸りが始まっている。近藤さんにやってもらったパワーアップが効いているのだろう。通算、病室で8時間。私の脳は唸りを発し続け、少々身体がふらつく。彼の身体に掌を触れなくても、私は全身で彼が放射する癌の邪波動を吸収し続けている。身体のあちこちでピシッピシッと痛みが突き刺さり、背骨に重い凝りを感じる。「おいでよ。もっとおいで。もっともっと私の身体に入っておいで。浩さんの身体より、私の身体の方が、居心地がいいよ。さぁ、皆で手をつないで入っておいで。」と呼びかける。浩さんのベッドの周囲は、かなり厚い邪波動が蠢き、暴れている。手を目一杯天井に突き上げても、邪波動が感じられる。「頭が痛い。」とこめかみを押す浩さん。「ココダヨ、ココ。ワカル?」と私の手を取り、その部分に持っていく。第六チャクラ、第七チャクラに掌を当てるとすぐ、スヤスヤと眠りに入る。まるで子供が怪我をして、母親の掌を求めるように、浩さんは私の掌を探し求める。眠りなさい。たっぷりと眠って、無限の生命力を呼び覚まそうよ。かつて持っていた、神の力を思い出そうよ。数億年生き続けているあなたの魂は、そんな弱虫じゃない。あなたには神の力がある。私のこの力だって、ほんの一ヶ月前、眠りから覚めたばかりだけれど、こんなにパワフルよ。眠りの中で思い出しなさい。人間には無限なる力があることを。

昨日より、浩さんに彼の身体で起きていることを教えた方が良いのではないか、という考えに取りつかれている。毎日彼の側にいて、彼が必要以上に医師を信頼しすぎていることに対し、私は不安を感じ始めている。鼻血が出たに始まって、些細な出来事の一つ一つをすがり付くように医師に訴えている。医師は黙って話を聞くが、何ら解決法を持っていない。ちょっとした不快感の訴えに対して、すぐに麻酔で対応する。黙らせる。眠らせる。それしか医師の治療はなくなっている。浩さんの甘えが麻酔の量をどんどん増加させているのを、このまま黙って見続けることに、私の心は粟立っている。多少の不快感は我慢してもらった方が、彼の生命力にプラスになるとの想いが逆巻く。でも、私に伝えられるだろうか?それを聞いたとき、彼の心はどのような動きをするだろうか。それが受けとめられぬほど、大きすぎる衝撃であった場合、私に何ができるだろう。本来、泣き虫の私は、浩さんに伝えている状況をイメージするだけで、しゃくりあげ、鳴咽する。私は泣いて、話せなくなりそうだ。そうなると、更に悪い事態に入ってしまう。「あと一ヶ月、生命がもつことはありえません。」医師の言葉が甦る。思い余って、津留さんに助言を求める。「麻酔をしたから死ぬというものではありません。モルヒネだってそうです。毒物でも薬と思えば病は癒されます。大元の真理に戻って下さい。人に死はありません。この世とあの世があるだけです。この世にいることが善なのか、あの世にいることが善なのか、あなたが決めることではないでしょう。ベストなことしか起きません。今、目の前で見えていること、真実だと思っていることは、全て幻なのです。みんなあなたが作り上げた幻想です。ねばならない、ということは何もないのです。あなたの心に浮かぶ不安こそが、あなたの望まない結果を作っていきます。想い悩むことをお止めなさい。無になることこそが大切なことです。想い悩むことを止め、無になって、自然の流れを見つめなさい。こうしてやろう、あのようにしたい、という心が自我なのです。ご主人が望むなら、医師の行為を全て受け入れなさい。それが死をもたらすわけではありません。そう思いこんでいるあなたの心が、周りに大きな影響を与えていき、あなたの心が創り出すイメージ通りの出来事を作ってしまうのです。死は恐いことではありません。住む場を変えるだけで、ご主人の魂は、今までと同じように生き続けています。」「私の仕事が彼の心をマイナスに向けてしまったんです。この一年半、彼は大きすぎるストレスを抱えてしまい、毎日毎日、愚痴ばかり口にしていました。恨み、憤り、満たされない心のはけ口を求め続け、病いを大きくしてしまいました。彼にはもう、好きなことをさせてあげたいのです。だから、このままあの世へ行かせたくないんです。」「それが自我と気づいて下さい。彼の病いがあなたのせいだという考えも、あなたが勝手にそのように決めているだけです。彼は今、好きなことをやっているのです。彼の魂は喜んでいます。あなたは今、懸命に、彼に愛を注いでいます。何も決めてはいけません。心を無にするのです。それより、あなたのヒーリング能力が上がったことを喜びましょう。」「医師の仕事も、彼の言葉も、全て受け入れなさい。ベストのことだけが起こります。あなたが駄目だと思ったとき、駄目だと思ったそのことが起きます。」私は泣いてはいけない。不安になってもいけない。どこまでも明るく、浩さんの幸福、健康な姿だけを心に描き続けること。モルヒネの投与量がどんなに増えようと、心にかげりが起きないよう、心を無にしていくこと。自分の心との対話。津留さんに御礼を言って電話を切る。
理恵と一緒にレモン入りの塩湯に入る。「今朝パパの声で『リエ、起きろ!!』って聞こえたの。思わず『ハイッ!』っと言って飛び起きちゃった。」と笑いながら話してくれた。浩さんの魂が、身体から抜けて、家に帰ってきたのだろうか。

To be continued



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