息抜きの間の人生

息抜きの間の人生

第 一章 ~2~


冷たいわけではないが、ゆらゆらとしている。
気持ち悪くはない、いや、むしろ気持ちいいかもしれない。
白い世界で回りはないもない・・・。
「ん?」
何かがゆっくりと近づいてくる。点がだんだんと大きくなる。
「何だ?」
白い世界に鮮やかな水色の魚・・・、いや、もっと大きい。そして、長い・・・。
「もしかして・・・竜?」
そう思うと、竜に見えてくる。
「すごっ・・・」
目の前を竜が通り過ぎていく。
世界が変わる・・・。
草原に立っている。くるぶしまでの草が風に揺れている。
そして、上下、白の服に裸足で立っている。
空は青空、雲がゆっくりと流れている。
「おお~、気持ちいい」
ごろんと寝っ転がる。ふかふかの草が気持ちいい。
なぜか空を魚が泳いでいる。
「・・・ここなら、ずっと居てもいいや」
ボソッとつぶやく。
「そうですか?」
突然声が聞こえる。
「えっ」
女の子が顔を覗きこんでいる。
「やあ」
「本当に、この世界は良いですか?」
体を起こすと、同じような服を着た女の子が笑顔で立っている。
「隣にどうぞ」
自分の隣に女の子を招く。普段なら出ないような言葉が出てくる。
「ありがとう、お兄ちゃん」
にこっと笑う。ものすごく可愛い。
「本当に、この世界は良いですか?」
笑顔のままで、同じ質問をしてくる。
「ん?いいところだね、きれいな風景だし」
「本当にそう?」
「そうだね」
自分も笑顔になる。
「はい、ストップ。帰りましょう。高村さん」
突然、男の子の声が入る。
「えっ!」
振り返ると、少年が立っている。
「誰?お兄ちゃんは呼んでない」
女の子は嫌そうな顔をする。
「僕は自分で入ってきたの。だから、君達とは違う服なの」
2人とは違う水色の服。
「水色・・・」
「そう、水色だよ。これは僕の色、さぁ、高村さん帰りましょう」
すっと手を出してくる。
「駄目、お兄ちゃんはここが良い所だって言ってんだから」
女の子が間に入ってくる。
「帰るって、どこだ?」
(そう、ここが居場所なのでは・・・)
「ありゃ~、そうくるのか」
「ほら、お兄ちゃんはここが好きなの」
勝ち誇ったように女の子が笑う。
「でもね~、僕も連れて帰らないと怒られるし」
少年が言い返す。
「だったら一人で帰って、怒られてよ!」
「うわっ」
女の子の声と共に少年が吹っ飛んでいく。
「・・・すごい・・・」
「でしょう。でも、こんなもんじゃないのよ。私の力は」
得意げに言い、腕を組んでくる。
「・・・力?」
「そうよ」
(あれ?)
何か引っかかる言葉。

「あー、もう、油断した」
紗絽は立ち上がる。離れた所で、高村と女の子が腕を組んでいる。
「やばいな~。契約交わしたかな? ちょっと力入れよう」
草を払い、腰に手を置く。
「おっ、忘れてきた・・・。しょうがない」
さくさくと草を踏み、2人に近づく。
「お兄ちゃん?」
高村は少し、ぼんやりしている。
「・・・高村さん、僕は紗絽です。帰りますよ、夢幻堂へ、悠里が待っています」
「だから!、お兄ちゃんは帰らないの!」
少女がきっ、と睨む。
ドンッ
衝撃波が来る。 今度は構えて受け流す。
「・・・えっ」
「僕は君よりはるかに力が強いのです。あまり、逆らわないでください。コントロールが出来ないので・・・」
片手で女の子の顔に手を置く。
「やめて!」
女の子の顔が恐怖で歪む。
「止めれたら、止めます。ごめんね」
ぐっと力を込める。
「痛い!!」
「仕方ないよ。君が悪いんだよ、高村さんを僕に返してくれないからですよ」
「それは・・・、無理。お兄ちゃんはここがいいって自分で言ったんだもん」
「そうか・・・」
さらに力を込める。
「おい」
「・・・ん?」
「痛がってるじゃないか」
「あっ、高村さん」
少女をつかんでいる腕を押さえる。
「おっお兄ちゃん」
「大丈夫?」
笑顔で少女を見る。
「高村さん、帰りましょう」
「だから、どこに帰るんだよ」
「えっ、夢幻堂です。悠里の所に帰るんです。待ってますよ。刹那と一緒に」
「・・・誰だ?」
わからないようだ、困ったような顔をする。
「ありゃ・・・、忘れてんだ。まあいいや、捕まえた。強制送還します。お嬢さん、またきます。それまで、少しおとなしくしててください」
『縛』
「きゃっ」
ジャラジャラと鎖が少女に絡む。
「おい、お前、何を?」
『施錠』
カンッ
鎖に小さな鍵が付く。
「・・・なんだこれ?」
「高村さん、これが僕の力の一部です」
「・・・力?」
「そうです、あなたにも少しあるはずです。だから、この世界に入ってきてしまったんですよ。さあ、帰りましょう」
高村の腕をつかみ、目を閉じる

「おおっ、帰ってきたよ。紗絽、お帰りどうだった?」
悠里が笑顔を向けてくる。
「ただいま~、悠里~、ごめんなさい。強制送還になったよ」
「・・・おい、強制送還って、お前」
刹那がまだ起きない高村の額に前足を置く。
「ねー、紗絽。出来れば強制送還は良くないよ」
「うん、分かってんだけど・・・」
「・・・帰っては来ている。ここで休ませておけ」
刹那はそう言い店に帰って行く。
『我が名において命ず、紗絽、昇華』
紗絽の額に手を置き、ふっと息をかける。
少年は犬へと変化する。
「ねー、悠里。どうしよう?」
「・・・しばらくここにいて、離れないでね。何かあったら呼んで」
びしっと額にデコピンをし、店に帰って行く。
紗絽は額を撫でながら、高村の隣に伏せた。

白い世界から草原へ、草原から少年に手を引かれ、また、白い世界に戻る。
ここはどこだろう?
今度は水の中のような感覚ではない、光に包まれている感覚である。
少し暖かい様な気もする。
周りはやはり、白いだけである。
「どうなるんだ?」
口にした言葉は、白い世界に吸い込まれていく。
「ここはどこだ~」
やはり、吸い込まれる。
「・・・何なんだよ。ここ・・・」

店には誰も来ない。
ポツンとカウンターで本を読む。内容が頭に入らない。
「悠里、気になるか?」
心を透かしたように刹那が膝の上で言う。
「・・・うん、でも、本からは抜けてるんでしょう?」
「そうだな」
ごそごそと体を動かす。
「呼ぶほうがいいかな?」
「・・・ん~、そうだな、行くか?」
「えっ、行くの?」
「多分、白い世界にいる。お前も行ったことがあるだろう?あの世界はなかなか抜けらない、よほどの力がある奴なら別だか・・・、高村は自分の力にも気づいていない」
膝の上から刹那が見上げる。
「刹那は行った方がいいと思う?」
本にしおりを挟み、棚に戻す。
「呼ぶよりも、行く方が良いだろう。紗絽はもう行けないぞ」
「そうだね。紗絽はもう本に入ったし」
「・・・花代を呼ぶか?」
「・・・いや、いいよ。明日から温泉なんだって」
「呼べないな」
「でしょう」
刹那をカウンターに置き、店の入り口のカーテンを閉める。
「どうするんだ?」
「今日は私も紗絽も、もう高村君を迎えには行けない。とりあえず、呼んでみようよ」
「そうだな」
店の奥へ行く。
「ああ、悠里。起きないよ。どうしようか」
紗絽が擦り寄ってくる。
「うん、呼んでみようと思う。多分、白い世界にいるから」
「早くしろ」
トン とテーブルの上に刹那が上がる。
「刹那、やってくれる?」
「お前がやれ、練習しろ」
尻尾を振っている。不機嫌だ・・・。
「・・・わかったよ」
高村の手を取り、自分の額にあてる。呼吸を整え意識を額に集中する。
『白き世界に彷徨う青年よ。我が声を聞け、我が声に応えよ』
「・・・刹那?やっぱり僕が悪い?」
テーブルの脇で紗絽が鼻を鳴らす。
「当たり前だ。聞くまでもない、強制的につれて帰るからこんなことになる。仮にも竜神のはしくれならきちんと仕事をしろ」
少し爪を出した前足で紗絽の鼻を叩く。
「痛い!・・・でも、刹那だって狛なのに猫の格好してるじゃん」
「姿の話をしているのではない。お前は俺の話を聞いていたのか?」
「・・・二人ともうるさい」
悠里がつぶやく。
「じゃあ、刹那。悠里を手伝いなよ」
ふてくされながら少々血のにじんだ鼻先をなめる。
店の方に戻りながら、紗絽は ぷちっ と小さな音を聞いたような気がした。
「お前にはしばらく仕事をさせないからな」

ぼんやりと白い世界でただよいながら考える。
(俺、何やってるんだろう?バイトでこんなことはないよな)
ふわふわと浮いていると・・・、ぐっと力がかかった。
「えっ」
『高村君』
「・・・あっ」
誰かが呼んだ。いや、そんな気がするだけか?
『高村君、こっちに来て』
「・・・こっちって・・・」
確かに呼んでいた。しかし、方向がわからない。
「こっちって、どっちだよ」
『こっち』
その声ははっきりと場所を言わない。声は聞こえるが、姿は見えない。周りはやはり白い世界のままである。誰の姿も見えない。
「・・・誰だ!」
『高村君、私』
「・・・私?」
聞き覚えのある声・・・、
「・・・・誰だ?」
『そこは白い世界、・・・そのままなんだけども、皆、そう呼んでるから。ごめんなさい、紗絽が強制的に本から出したから、高村君だけそこに行ってしまったの』
「・・・あ」
聞き覚えのある声。
「高森!」
『そう、お帰りなさい』
その声とともに薄いオレンジ色の光が目の前に広がった。
白い世界からオレンジ色の世界に引っ張り込まれ、視界が明るくなった。猫と女が覗き込んでいる。
「お帰りなさい。ごめんね、迷惑かけて」
「うむ、大丈夫だな」
それぞれが口を開く。
「・・・あ、俺」
(なんだ?)
「高村君、起き上がれる?」
その言葉にしたがうようにソファから起き上がる。頭が揺れている。
「・・・くらくらする」
「そうだよね。お茶が飲めるかな?」
「・・・ああ」
まだ、ゆれている・・・。
「まだ抜け切ってないか?」
刹那が膝の上に乗ってくる。
「・・・そうかな?」
「ふむ、自覚はないのか。そうか・・・、『吸』」
ぷにっ と肉球が額を押さえる。
すっと頭から何かが抜けた。
「あっ」
「どうだ? 良くなっただろう?」
「はい・・・」
「何したの?」
「少しだけ気を抜いた。お前の気が入りすぎていたからな。気分が優れないのもそれが原因の一つだろう」
「そうか・・・」
フラフラするのが少し良くなった気がする。お茶をゆっくりとすする。
「悠里、お前も座れ、気を返してやる」
刹那はテーブルに移動する。
「そう?」
お盆を元の場所に返し、向かいのソファに座る。
刹那が膝に乗り、同じように額に前足を伸ばす。
「悠里、力を抜け」
「・・・ん」
「『納』、よし。どうだ?」
「そうだね、なかなかいい感じだな。ありがとう、刹那」
頭をなでる。
「・・・普通の猫に見えるのに・・・、すごい力があるんだなぁ。夢に出てきた水色の服の少年は刹那なのか?」
「・・・覚えてるんだ?高村君」
「あれは僕です」
「そうなんだ、紗絽か」
「そう僕です」
寄ってきた紗絽の頭をなでる。
「ねー、高村君はどこまで覚えてるの?」
驚いた顔で聞いてくる。
「えっ、どのくらいと言われても・・・」
「白い世界の事は?」
「ん~、光の中みたいだった。声は吸い込まれるみたいに響かないし・・・、でも、高森の声が聞こえてから、オレンジの光になって・・・」
「目が覚めるとソファか」
刹那がつなげる。
「そう。んで、頭がくらくら」
「へー、覚えてるんだ。本や、白い世界の事を」
「お前も覚えてただろう」
「それは私は血が濃いからだよ」
「普通は覚えてないのか?」
不思議な感覚である。
「そうだね、本当は本の中に引き込まれる事、それ自体が少ないけども。たとえ引き込まれたとしても帰って来た時はほとんど覚えてないよ。私がこの店を継いだのは私が白い世界の事を覚えていたからだし。でもまぁ、覚えてるのはそれだけ力が強いと言えるよ・・・高村君、大丈夫?」
べらべらとしゃべっていたら、聞き手が真っ青な顔をしている。
「・・・ああ」
「もう少し横になる?どう?動けるなら2階で休む?紗絽、2階のクーラーつけてきてくれる」
「はーい」
とととっ 走っていく。
「・・・少し、頭がくらくらするかな?」
「動ける?」
悠里が肩に手を置く。
「大丈夫だよ。ここで」
「悠里、お前は大丈夫か?」
「何で?大丈夫よ」
刹那がまた高村の膝の上に乗る。
「少し、気が乱れ始めている・・・」
「・・・どう言う事だ?」
「お前は吸収するタイプだな。鍛えればいい回収者になるが・・・。紗絽の『気』も吸い込んでいる様だな、お前の気と交わらないように反発している。だからか・・・」
「でも、さっき出したじゃないか。あれは、違うのか?」
言っている意味がよく理解できない。そして、何が起きているかもだ・・・。
「あれは悠里の気だけを抜いたんだよ。わかりづらいんだよな、こいつらは契約しているから・・・」
「・・・契約?」
何がどうなっているのやら・・・。
「紗絽の気は重いからな・・・」
「そうだね、どうする?吸い出す?」
悠里の手が高村のあごをぐっと持ち上げる。
「おわっ」
顔をのけぞり、天井を見る。いや、悠里が覗き込んでいる。
「な、なに?」
目が合っているのが、落ち着かない。
「うん、紗絽の『気』をどうしようかな~と思って」
「・・・悠里、止めとけ。また、お前の『気』が吸われるぞ」
「そう?」
「そう」
スッとあごから手が離れる。少し、首が痛い。
「悠里~、クーラー付けたよ」
紗絽が帰ってくる。
「ありがとう。高村君、どう?」
また覗き込んでくる。
「・・・ちょと、休ませてもらう」
「ん、そうした方がいいよ。紗絽、一緒に行ったげて」
「はい、じゃぁ、行きましょう」
「えっ」
尻尾をふりふりしている紗絽に付いていく。
ゆっくりと階段を上がり、ふすまの前で止まる。
「この部屋ですよ」
「ありがとう」
ふすまを開けると目の前にあったのは本棚だった・・・。びっしりと本が並んでいる。
「すごっ」
入り口でたじろぐと紗絽がお尻をぐいっと前足で押した。
「入ってください。悠里の仕事部屋です。ここしか部屋がないので、早く閉めないとクーラーの冷気が逃げてしまいます」
「ああ」
部屋に入って後ろ手でふすまを閉める。その部屋は、本に囲まれていた。ほぼ全面の壁には本棚が取り付けてある。
「ここは悠里と先代が回収した本があります。だから、本には触らないで」
しれっと怖い事を言う。
「えっ」
「・・・あっ、大丈夫です。さっきみたいな事はありませんから、ちゃんとしてあります。あの本は力が強かったからあんなことになったんです。この部屋の本はあの本みたいに力は強くありません」
床に伏せながら言う。
「ゆっくり、寝てください。今度は絶対に離れませんから」
「そうか?、大丈夫なのか?」
「いいですよ。悠里がいいって言ったんだから」
「・・・ふーん」
すとんとベッドに腰を下ろす。
そのまま、横になり天井を見つめる。まだ外は明るい、そんなに遅い時間ではないようだ・・・。
本の中で長い時間を過ごしたような気がする。ぼんやりとしながら目を閉じた。


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