息抜きの間の人生

息抜きの間の人生

第 一章 ~3~


「あっ やってるの?」
扉の向こうに学生が立っている。
「・・・どうぞ」
扉を開けてやる。いつもやってくる学生だ。紗絽と刹那が目当なのだ。
「ありがとう」
軽く会釈をしながら入ってくる。
「いらっしゃいませ」
彼女を店に招き入れカウンターに向かう。
「あの~、紗絽は居ないんですか?」
店内を見渡して彼女は言う。
「今日は二階で寝てるの」
「そうですか・・・」
また、きょろきょろと店内を探し始める。
「刹那~、彼女が来てるよ」
店の奥へ声をかける。
「・・・すいません」
「いいのよ~、あんまりお客さん来ないしね」

「おい、紗絽」
「・・・はい?」
ス~ッと襖が開く。
「・・・寝てたな」
「・・・」
「目を離すなと言ってるだろう」
「・・・うん」
刹那が部屋に入ると紗絽は襖を閉める。
「大丈夫だよ。部屋には弱いけど結界が張ってあるんだから」
「お前なぁ」
少々つめを出した前足で鼻面をたたく。
「痛い!」
「緊張感の無い奴め! 悠里との契約を切るぞ」
「・・・う」
薄い白い影がもやもやと部屋を漂う。
「帰れ!」
一瞬、びくっとして影が本の中に帰っていく。
「この部屋に寝かせる悠里の心境が俺には分からん」
尻尾でべつの影を叩く。
「・・・そうだね」
2匹は高村の周りをうろうろし始めた影を弾きながらため息をついた。

「で、どうしようか?」
「ん~、どうしようかね・・・。住所は分かってるから送ろうか?」
「そうだね」
「2人にお願いしていい?」
「そうだな」
黒猫が身をよじる、その姿がゆれる。かすみ、変化する。
黒髪の青年が現れる。
「悠里、紗絽を」
「紗絽、おいで」
『我が名において、命ず還元。紗絽』
体が空間を交えて揺れる、犬の姿が十五歳ぐらいの少年に変身する。
「では、お願いします」
「・・・はいはい」
夜8時を過ぎても目を覚まさないので、2人で担いでつれて帰る事になる。
「何も憑いてないよね」
「大丈夫だろ」
「まぁ、本から出ても入るほどの力はないよ」
悠里は笑う。
「・・・お前も緊張感のない奴だ。紗絽の緊張感の無さはお前の特性だな」
刹那はため息をつき、高村の肩を掴み体を起こす。
「・・・起きないね」
ぐったりとし、静かに寝息を立てている。
「仕方ない、本に閉じ込められさらに、白い世界に放り込まれたんだ。いくら『力』があっても体力の消耗は仕方ない」
「・・・そうだね。悪いことしたね」
「・・・仕方ない」
刹那は高村を肩に担いだ。
「行くぞ」
「・・・行ってらっしゃい」

夢幻堂から高村のマンションまではそう遠くはなかった。
否、刹那が力を使ったからだ。
「まったく、悠里の尻拭いだな」
「・・・ごめんなさい。僕が」
紗絽が小さくなる。
「・・・仕方ない、いいから、どこか人気の無いところを探せ」
刹那は高村を担ぎなおす。
「え?タクシーは? 悠里からお金貰ったでしょう」
「いいから」
「・・・もしかして・・・、花代にばれたら怒られるよ」
恐々と忠告する。
「花代は今日から温泉だ。心配ない」
「・・・でも『力』の波動は分かるでしょう」
「心配はいらない」
言葉を濁しながら言う。
(花代との契約か・・・)
そんなものはとっくに切れている。悠里があの店を継ぐことにした日から花代との契約は切れているのだ。一つを除いて・・・。
「そうなの? 離れてると分かんないの」
「分からない訳ではない。俺は多少の勝手が許されている」
「・・・でも、それはやむをえない時でしょう」
しつこく聞いてくる。受け流せばいいのに・・・。
「やむをえないだろう。お前、この住所に行けるか?」
「・・・だから、タクシーのお金・・・」
「いいから」
「刹那は百年近くこの辺に住んでいるのに・・・、分かんないの?」
「多少は分かるが・・・」
紗絽は当てにならないので、自分で人気のいない所を探す。
「いいから、ついて来い」
「・・・」
紗絽はとぼとぼとついていく。
小学校が目に付いた。ここなら、人目も無いだろう。
「ここで良いだろう」
高村を抱えたまま、裏門を飛び越える。
「刹那・・・」
「いいから来い!」
紗絽も門を飛び越える。刹那から高村を預かり支える。
少年が青年を担いでいる。 妙な光景だ・・・。
『時空の門、我が声を聞け。そして、彼の者の家に道を開き、門を開けよ』
刹那の右手が空を切る。
そこに月光を吸い込む門が開いた。
漆黒の扉は月光をも吸い込まんばかりに黒光りし、柱には彼岸花を門扉には黒揚羽が彫られている。
「ほらいくぞ」
刹那は嬉しそうに門扉に手を掛ける。
「・・・あーあー、やったよ。この門開けるのに結構力いるのに・・・」
「楽だぞ。ここ抜けると」
「そうだけどね」
「真面目だな、お前は」
「・・・一応、僕は神族ですから」
「・・・俺だってそうだよ」
ため息をつきながら紗絽は門をぬけて、コンクリートの床に踏み出した。
どうやら、非常階段の様だ。潮の香りの風が頬を撫でる。少し離れたところに海が見える。
「本屋から結構離れてる?」
「そうだな、ここは・・・」
改めて履歴書の住所を確認する。
「・・・隣町だ」
「・・・そんなところに求人の広告出してないよ」
「たまたま見つけたんだろう。運命だな」
「自転車で来てたよね。高村さんは・・・」
「来れない距離ではないが・・・、来る距離でもないな」
「うん」
紗絽は高村を抱え直す。
「家はどこ?」
「・・・ああ、この階のどれかだろう」
重い鉄の扉を開けて、廊下に出る。
刹那は高村の鞄をあさり鍵を探す。
かちゃかちゃ と鍵を鳴らしながら奥に進み、部屋の扉を開け、
「ほら、放り込んでおけ」
「・・・刹那、駄目だよ」
「なんだ、目覚めるまで付いているつもりか?」
「うん、僕はその方がいいと思うから」
高村を抱えたまま部屋に入り、明かりを付ける。
「・・・それなりの部屋だな」
「刹那・・・、口が悪いね。でも、悠里の部屋よりきれいだよ」
「・・・お前は、主だろうよ」
1DKの部屋にTVと机、押入れの前に置いてある布団、キッチンには一人暮らしには不似合いな大きさの冷蔵庫とそれとは対照的な大きさの食器棚がある。食器棚ではなく3段BOXを食器棚の代わりに使っている様だ。
刹那が部屋を物色している間に紗絽は布団をひき、高村を横にする。
「刹那、帰っていいよ。僕、このまま残るから」
ちょこんと高村の枕元に正座し言う。
「お前・・・、起きるまで覗き込んでいる気か?」
「いや、そうじゃないよ」
少々、後ろめたい気があるので紗絽は言葉を濁す。
「うん、お前は帰れ。何かあってもお前は悠里との契約上何も出来ないだろう。それなら、自由に行動できる俺の方が役に立つ。来た門はまだ開いているはずだ。あれで帰れ。悠里も今日は相当力を使っている。お前が付いてないといけない相手はこの男ではなく悠里だろう。契約の主のそばに居ろ」
「・・・そうだけど、こうなったのは僕のせいだし」
紗絽はうつむき、つぶやく。
「気にするな。明日も起きない訳ではない」
ため息交じりで紗絽に言い、玄関に押しやった。
「・・・でも」
「いいから」
ぐいぐいと押しだす。
「・・・では、僕は帰ります」
不本意そうな顔をし、帰っていった。
刹那は部屋に帰り、勝手に冷蔵庫を開ける。
「おっ、あるじゃないか」
やはり、勝手にビールを出しTVを付ける。
「やっぱり、夏はビールだな」
高村を気に留めることなく、くつろぐ。
・・・何をやっているのやら・・・。

悠里は店の戸に鍵を掛け、カーテンを閉める。
二階に上がり、部屋に入る。
先ほどまでクーラーが付いていたので涼しい。
「ふーっ どうかなぁ~。やっぱり、来てくれなくなるのかな?」
先日出した、求人に反応したのは高村だけだった、この店自体もそうそう人目に付くものではない、そのようになる様に簡単なまじないがかけてあるのだ。
だから、この店に来る客は何かの『力』を持った者になる。偶然立ち寄った者でもその対象に当てはまる事になる、中には『力』を持った者の手引きで来る者もあるのだが・・・。
高村は迷いもしなかったようだし、違和感無く、この店を見つけ入った様だ。
やはり、『力』がある人間なのだ。
なのに初日にこれでは・・・
「仕方ないかな~」
悠里はつぶやき本棚の本を手に取り、ベッドに腰掛ける。
「今日は回収も出来なかったし・・・」
老人が持ってきた本を思い出す。
封がしてあったのに『力』のある者をその中に引きずり込む本。
幼い頃の記憶が蘇る。
~十五年前~
それは、小学校二年生の夏休みだった。
方向音痴でなかなか祖母の店を見付ける事の出来ない姉と二人で祖母の店に向かった時である。 今思えば、姉には『力』が無かったのだ。だから、祖母の店、いや、この店に来る事が出来なかったのだ。
大きな商店街を歩きこの店へと向かう途中人ごみの中に一匹、白黒のぶちの犬が居た。
以外に大きな犬である。なのに、周りの人は無関心なようで、その犬の横を通りすぎる。
「ね~、犬がいるよ」
姉の腕をひく。
「え、犬?」
驚いたような姉の声で思い出す。姉は犬が嫌い。
「あっゴメン」
姉に謝る。しかし、心はもうその犬に引き込まれてしまった。とても、気になる。『触りたい』と動物好きな心が言っている。
「触ってくれば、おばあちゃんの店この辺でしょう?もう、一人で行けるから大丈夫」
うずうずしているが分かったのだろう。姉がため息交じりで言う。
「・・・うん、でも・・・。やっぱりいいよ」
人ごみにちょこんと座った犬を見ながら路地へと入る。途中、振り返ると付いてきていた。
(あっ、来てる)
心の中で叫んで、うきうきしながらこの店に向かう。
「ね~、付いてきてるよ」
「えっ、本当?嫌だ」
姉は急いで店に入っていった。
その姿を確認すると、犬が近づいてきた。
「・・・触ってもいい?」
愛想よく犬は手の届きそうな所まで来て、尻尾を振っている。
「名前なに?」
視線を合わせる為、前かがみになる。手を伸ばす。
『触りたい』
ゆっくりと頭をなでた。
そこからの記憶が飛んでいる。



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