ティエンの趣味に全力疾走

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異界への墜落 Act.3


 数人がゆったり座れるほどしかない、小さな一室。そこに先程の生き物が座っている。
先刻から、ずっと意識を取り戻さない青年も一緒だ。
時折漏れる寝言や寝返りから察するに、普通に眠っているだけのようだ。
よほどの大人物なのか、それとも他に理由があるのか・・・・。
 薄蒼い、存在感の希薄な壁にすぐ脇、部屋の片隅に、無造作にズンイチが転がされている。
こちらはこちらで、やはり太平楽に眠っている。目を覚ます気配は、一向に無い。
 窓も無く、外の様子をうかがい知る事の出来ないはずの密室の中で、生き物が小さく舌打ちをした。
ほんの一瞬遅れて、部屋全体が大きく揺れる。
 片隅に転がされていたズンイチが、部屋が傾くにつれてずりずりと滑り落ちていく。
部屋の反対側に寝かされていた青年に頭からぶつかり、意外と大きな音が響いた。
その衝撃のおかげか、ようやく意識を取り戻す。
「ここは、一体どこなんだ?」
 ズンイチは体を起こすと、目の前のあやふやな印象を与える妙な壁を触る。
頭をぶつけた事によるダメージは大して無いらしい。何たる石頭。
硬いのか軟らかいのか良く判らない奇妙な感触と、暖かいんだか冷たいんだか判然としない感覚。
壁をぺたぺた触りまくるズンイチの手に、そんな、なんとも頼りない手ごたえが返ってきた。
「何だぁ、こりゃ?」
 思わず知らずの内に呟いたズンイチの声に反応して、壁に両手を当てた状態で立っていた生き物が視線を向ける。
が生き物の視線は、興味なさ気にズンイチの上を滑り、ズンイチのすぐ近くで、頭を抱えている青年の上で止まる。
 再びの衝撃。三人(うち一人人外)が居る小さな部屋が、大きく揺さぶられる。
その揺れに逆らいながら、生き物がズンイチの方へ歩み寄ってきた。
光源の位置は判らないが、ズンイチの居る位置からは、アルファベットのAに近い細身のシルエットしか見えない。
 生き物が近づいてくるにつれて、何処から来るのか判別しがたい光に照らされ、
徐々に姿がはっきり見て取れるようになる。
ズンイチの視線は、生き物の爬虫類的な印象を与えるそれなりに整った顔から、
妙に幅の狭い肩とかすかに膨らんでいるように見える胸を滑り、緩やかなカーブを描く腰を通り過ぎて、
小柄ながらもすらりと伸びた足の、そのつま先で止まった。
(指が・・・・、4本しかない!)
 靴に類する物をつける習慣が無いのか、それとも必要としないのか。細かな鱗で覆われている足の甲は人間よりも遥かに短く、鋭い鉤爪のついた足の指は人間よりも遥かに長い。指の本数を除けば、鳥の物に良く似ている。上着の裾に隠れてよく見えないが、足自体の関節の数や向きも、鳥と等しい事は見て取れる。
 生き物がズンイチの傍を通り過ぎ、黒い鎧の青年の方へ向かう。
その姿を見送ったズンイチの目に、やはり鱗に覆われた、床を擦るほどの長さの太い尾が見えた。
サテン地の上着や、その下に穿いている同素材のズボンに、かろうじて尾が通るほどの穴を開けているようだ。
歩調に合わせてゆっくりと、右に左に揺れている。
 生き物の服の色に紛れてよく見えないが、背中には畳み込まれた皮のような質感の物がへばりついている。
肩の辺りからわき腹の方へ回り、腰の辺りで終わっている。
「大丈夫か?」
 高くも低くも無く、妙に感情に乏しく思える澄んだ声。
ズンイチに背を向けている生き物から発せられた声のようだ。
声からでは、性別の判断がつかない。
 対する青年が、何事かを言った。こちらの言葉は、ズンイチにはわからない。
しかし、生き物は造作なく理解できるらしく、普通に会話を交わしている。
 ・・・・奇妙な事に、ズンイチは生き物の言葉をさしたる苦労も無く理解する。

(もしかして、あいつも精霊だったり? まさかな。あんなバケモノが精霊のはずない)
 一瞬頭の中を過ぎった疑問を棚上げする。そしてズンイチは、床の上に無造作に転がされていた木刀を拾い上げた。
(バケモノがこっちに背中を向けている今なら!)
「おりゃあぁぁぁっ!」
 跳ね上がるように立ち上がり、意識を取り戻したばかりの青年の、
細々とした世話を焼いているらしい生き物に斬りかかる。
我ながら、改心の間合い。
(やった!)
 ズンイチが振り下ろした木刀の下、不思議な素材で出来た床が激しく叩かれる。
蒼い霧のような物があたりに立ちこめた。そして、生き物の姿は無い。
「いきなりかかってくるとは、ご挨拶だな」
 ズンイチの頭上から、一本調子な生き物の声が降って来る。
ズンイチは、まるでテレビの副音声と主音声のように聞こえる事に、遅まきながら気がついた。
生き物自身は、囁く様な小さな声で話しているらしい。
 ・・・・感情が篭らないのは、音声に頼らず意味のみを伝えているからだろうか?
「なんだとっ!」
 勢い良く頭上を振り仰いだズンイチが見たのは、得体の知れない物で出来た天井に、
鋭い鉤爪を食い込ませてぶら下がる生き物の姿。
バランスを取るためだろうが、半開きになっている皮膜の翼とあいまって、まるで蝙蝠のように見えなくも無い。
 呆気にとられて立ちすくむズンイチに向かい、天井にへばりついた生き物は無言で飛び掛ってきた。
いや、飛び降りてきたとするのが妥当か。
 長い尾を器用に振り回し、空中で姿勢を変えて足から降りる。
頭胴長のおよそ半分ほどを占める生き物の尾は、姿勢制御の為に用いられるようだ。
 そして、ズンイチが手にしていた木刀は、あっけなく生き物の足の下に消えた。
ズンイチの手から木刀を叩き落した生き物は、器用に片足で木刀を掴んだ。
ひょいっと投げ上げ、空中にある間に手で掴む。
 ズンイチは、木刀を掴んでいる生き物の手をまじまじと見つめた。随分と親指が長い。
掌は人間よりも二割がた細く、親指は掌からではなく、手首から、他4本の指と向かい合う形に伸びている。
手の甲辺りに、数枚の黒っぽい鱗が張り付くように生えている。
 ズンイチは、以前アニメで見た恐竜人類の姿を思い出した。この生き物に、よく似ている・・・・、ように思える。うろ覚えだが。

 そして三度、轟音と共に部屋が揺れた。



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