7日目。朝方、-1℃と冷え込みました。
ヴュルツブルクは、ロマンティック街道の出発点です。
紀元前1000年頃、ケルト人が要塞らしきものをつくって
住み着いたのが始まり。第二次大戦で町の8割が壊滅。
その後の復旧作業で、見事によみがえりました。
見どころはとても多かったように思えます。霧の午前中、
マリエンベルク要塞に行きました。
1253年から1720年まで、大司教の住居であった要塞。
中世の城壁で囲まれています。要塞の庭の奥に位置する丸い屋根の
マリエン教会は、紀元前100年頃に、この地を支配してた
ゲルマン人の神殿があった場所。706年に、キリスト教に帰化した
領主が、この教会を造らせました。一見教会には思えず、
説明を聞いてとても驚いたものです。
マリエンベルク要塞からの、眺めです。霧が完全に晴れては
ないものの、旧市街地が見渡せて、雰囲気良かったです。
この要塞は、マイン川の西側の丘にそそり立っているので、
下から見てもかなりの迫力がありました。どちらからも必見!
25年の歳月をかけて、1744年に完成した、
南ドイツ・バロック建築の傑作といわれているのが、ここのレジデンツ。
マリエンベルク要塞に飽きたらず、絶対的な権力を誇示するため、
当時の有名な建築家に命じて大司教が造らせた宮殿。
この庭には、広いバラ園があって、いくつか咲いていました。
しかし時の権力とは、凄まじいものですね。呆れてしまいます。
たくさんの部屋があるなかで、こちらは「白の間」。
階段を上りきったところにある次の間。ここは色彩豊かな部屋が多いなか、
目を休ませるために、無彩色で塗られたというから、呆れました。
宮殿全体は、バロック様式ですが、この部屋だけはロココ調。
ここは「皇帝の間」もっとも豪華な部屋。
壁には8色の人工大理石の柱。当時は天然大理石よりも人工の方が
ずっと値段が、高かったそうで、おもしろいですよね。ここの天井も
一面のフラスコ画で、美しいものですが、度が過ぎていてとても疲れます。
本日のランチは、ニュルンベルクにて。ここで有名なのは、
何と言っても、ニュルンベルクソーセージ!小指くらいのソーセージを
直火でこんがり焼くと、カリッとしていて香料が利いて美味です。
今じゃ私はアレルギーで食べられないので、食べてて良かった。
ここはバイエルン地方では、ミュンヘンに次いで2番目に
大きな都市なんですが、町全体は、レンガ色のおもちゃ箱のようです。
第二次大戦で90%が瓦礫と化したそうですが、その後、
昔のプランに基づいて復興され、中世の景色がよみがえったそうです。
ニュルンベルクの町の旧市街は、5kmにわたる城壁で囲まれています。
北と南がゆるやかな丘になっていて、北側の丘に、カイザーブルク城が
あります。12世紀に基礎が築かれ、15~16世紀に現在の姿に
なりました。深さ60mの井戸は、必見です。
この城は、市民に愛されて町のシンボルとなっているようです。
城というよりは要塞のようですが、ここからの景色は、素敵です。
折しも秋深まりしとき、ひっそりとした城内はとても静かで、
そして城壁を覆うツタが真っ赤に染まって、それはそれは見事でした。
カイザーブルク城から下りると、デューラーハウスの前に、
この大きなブロンズのウサギがありました。小さいのもあったそうです。
生まれてから死ぬまでニュルンベルクに生きた、中世の天才芸術家
デューラー。このウサギは現代の芸術家が、造ったらしいです。
さてこの町には、まだまだ有名なものがあります。例えば、
ワーグナーの歌劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー(名歌手)」、
第二次大戦後にこの地で行われたナチ戦犯に対する
「ニュルンベルク裁判」、そしてクリスマス・マーケット。
でも一番人気なのは、中央広場の美しの泉にある、
八角形のピラミッド上に、40の像が飾られた高さ17mの塔。
塔の鉄柵に、金色の環がはめこまれて、
「3回環を回すと、またこの地に戻って来られる」というもの。
でもガイドブックには、「3回環を回す間に願い事をし、人に打ち明け
なければそれが叶う」と書いてありました。さてどっちが正しい?
私としては、またその地に戻りたいです。とても賑わってました。
☆
この晩は、ここに泊まれるはずだったのですが、見本市があるとかで、
近郊のエラルゲンという町に宿泊で、とても残念でした。
エラルゲンという町は、観光地ではないようで、ホテルの窓からも、
近代的なビルや住宅が多くて、今までとは、別世界のようでした。
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