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やっとの事で新しいグリーン・カードが届いた。インタビューに行ってから数えると約1ヶ月なので、この部分についてのプロセスは早かったのだけど、インタビューにたどり着くまでが長かった。3年。毎年パスポートのスタンプが切れる頃には、夜中に起きてLA の移民局まで行って、何時間も並ばなければならなかったのが一番辛かったかな。たった一つのスタンプをもらうために夜中に起きて、早朝3時くらいから並んで、朝8時過ぎくらいまで立ちっぱなし。それでも「整理券がもう無い」と言われて中に入れないこともあった。これから10年ほど移民局の心配をしなくても良いと思うと、すごく肩の荷が下りた感じ。うれしい、うれしい。
2004.07.30
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昨日はDemocratsのNational Convention初日で、テレビ中継がありました。私の見た限りでは前アル・ゴア副大統領、前ジミー・カーター大統領、前ファースト・レディで現NY Senatorのヒラリー・クリントン、そして前ビル・クリントン大統領のスピーチが放送されていました。私はヒラリーさんのスピーチを途中から見たんだけど、彼女の堂々としたスピーチに「すごいなぁ」と感心させられました(と言うと、とっても驕ったように聞こえるけど)。大体がジョン・ケリー、ジョン・エドワーズを持ち上げるためのスピーチなんだけど、ヒラリーさんは次に出てくる夫の紹介も含めるのね。その時に、偉大な前大統領、そして福祉等に力を入れる政治家として称えたものの、「夫」と言う言葉は一度も口にしませんでした。政治家然としててかっこいいなぁ、と思ったんだけど、どうもテレビのアナウンサーやうちの彼は、この事実がこの夫婦の不仲を語っていると言わんばかりなのよね。政治の場所なんだからいいじゃん、と私は思ったんだけど。クリントンさんが出てきて2人が抱き合ったものの、キスも交わさなかったのね。とてもプロフェッショナルだと思ったんだけど、うちの彼は「キスも交わさないようじゃあ、あの2人もそう長くない」なんて言っている。まぁねぇ…。ヒラリーさんもかっこよかったけど、クリントンさんのスピーチはすごかった。質が違う。彼は本当にスピーチのタレントがあると思う。リラックスした姿勢、手と腕の動き、そしてユーモアも交えたスピーチ。ヒラリーさんのは力強かったけど、強いばかりで抜く場所、ユーモアが入ってなかったのよね。さすがクリントンさんは違う。プラス、強調する部分では同じ言い回しを繰り返すの。なるほどなぁ~と、とにかく感心するばかり。たとえ私が一生懸命にかっこいい演説を書いたとしても、あれだけの余裕では話せないし、第一覚えきれない。せっかく練ったネタも絶対頭から飛んでいってしまうと思う。で、実はこの秋にスピーチのクラスを取ることになっている。一応卒業はしたんだけど、それはアソシエイトの話。4大にトランスファーする単位があと一つだけ残っていて、それがこのスピーチクラスというわけ。あぁ、今からどきどきするわ。
2004.07.27
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FOXの番組だし、タイトルがタイトルなので(ちょっとHな方に想像が膨らんでしまう…)、先週第一回があった時は見なかったのだけど、結構おもしろかったらしい。タイトルが言うように、二つの異なる家族で奥さんだけ交換する。この片方の家族というのが、夫が日本人医者(日系なのか、日本人なのかはよく知らないけど)で、奥さんがいわゆるトロフィー・ワイフ、白人ブロンド女性で、家の事は何もしなくて、夫のお母さんがおさんどんをしているらしい。この甘やかされた奥さんが別の家庭に“新しいお母さん”としてやってくるなんて、迷惑もいいところだろう。今日は第一回の再放送、明日は第二回の放送。結構楽しみ。
2004.07.26
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今日は日本で父の四十九日忌があった日。今回はこじんまりと親戚もあまり来ずに、今度百ヶ日忌の時にもっと親戚を呼んでやる事になっている。これはうちの事情というよりは、ある親戚の都合のため…。とりあえず弟夫婦も帰ってきて無事に済んだらしい。今度母に新しい携帯電話を買い換えて、弟がメールの使い方を教えることになっている。一応「教えるのに時間かかるよ」とは言っておいたんだけど、弟本人が「僕が教えるから」と言うので任せておいた。が、やっぱり弟の想像を越えていたみたい(笑)。とりあえず、今回はアドレス帳の開き方を習ったらしい。今までは、アドレス帳に登録しているにも関わらず、手帳を見ながら電話していた母。もちろん私も教えられればとは思っていたけど、父の事でばたばたしている時に、わざわざ頭を悩まさせることもないか、と思って、放っておいたのよね。メールにたどり着くのは、いつのことになるのやら。**********ボストンでDemocratのParty Conventionがある。で、ボストンは彼の実家があるところ。結構警備を厳しくやっているらしい。彼が電話をした時に、彼の妹が、電車に乗ってるときか駅かしらで、かばんの検査をされたことに憤慨していた。まぁねー、良い気分ではないよなぁ。彼の母と少し話す。母のことを聞くので、四十九日忌の説明をした。まぁ、社交辞令で訊いただけかもしれないんだけどさ。こういう、家族に不幸があった時、初めて「あぁ、配偶者が日本人だったら楽なんだろうになぁ」と思った。結構、いろいろ口で説明するのは面倒くさい。儀式とか細かい気持ちとか。日本人だったら言わなくても察してくれる部分って多いと思うんだけど(そうでない日本人ももちろんいるだろうけど)・・・。
2004.07.25
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火曜日に面接に行ったけど、まだ電話がかからない。やっぱだめだったかなぁ…。途中くらいまでは「いけたかなー」と思ったんだけど。いざ「だめみたい」と思うと、残念に感じる。やっぱり仕事ができるに越したことはなかったんだよなぁ。もうちょっと「私、この仕事がどうしても欲しいんですっ!!」ていう意気込みを見せておけば良かった。近所だし、多分いけるだろうと鷹をくくって、受身というか引き気味になってたかなぁ。レザメを送ってから面接の連絡をもらうまでに1週間以上かかっているので、もしかしたら来週…なんて甘い考えもあったりするんだけど、ま、仕方が無いか。私がベストを尽くさなかったんだもんな。今までに面接まで行って断られたことというのは、過去に日本で一度あっただけなので(というか、あまり就職面接の経験が無いとも言う…)、ちょっと甘く思っていたと同時に、ちょっとショックだな…。まだまだ甘いな、私も。
2004.07.23
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いざ行ってみると、まずエクセルのテストをやらされて、その後に簡単な計算、文章の計算問題、スペルチェックの問題などをやらされた。その後に簡単に仕事の経歴を聞かれたり、仕事の説明を聞かされた。手応えは…なんとも言えないなぁ。いけたような、いけなかったような。「今日は一日中インタビューをしているから、また後日連絡します」と言われたときに、だめかなーと思った。日本とのビジネスが80~90%らしい。だからといって日本人のほうがいいのだろうか?扱う仕事は英語のはずなんだけど、まぁいいか。働いている人も、マネージャー以外は日本人みたいだった。どうなんだろう?1~6月が忙しいと言っていた。確かにその頃は日本は冬で、夏の食材は入りにくいのだろう。あんまりにパパッと終わってしまったので、話す予定だったこちらの事情を伝え損ねた。インタビューから帰ってAgencyに電話して、そのことを話すと「あぁ、いちいち伝えなくていいわよ」と言った。ま、Agencyもあそこで仕事が取れたら紹介料がとれるわけだし。ま、仕事に就けなくてもそれはそれでいいか。**********先日、ブレッドナイフで指を切ってしまった。大失態。だいたい、昔同僚でブレッドナイフで手をざっくり切ってしまった人がいたので、「ブレッドナイフは案外切れるもので、切るときは本当にざっくりやってしまう」と自分に言い聞かせていたのに。いつもはちゃんとまな板の上でブレッドナイフを使うのに、この日は手でつかんだままだった。手でつかんだまま切ることもあったけど、その時はたいてい食器用のナイフをいつも使っていたのに。随分と切り口が深く感じて、2日間くらいジンジンしていた。でも今日、バンドエイドを外すとほとんどくっついてきている。確認するために切り口を広げてみる気もないけれど。縫わなきゃならないかなぁ…なんて思ってたので、良かった。
2004.07.20
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明日は仕事のインタビューがある。あらかじめ会社の場所を確認することにした。車で約5分、いや5分もかからないかもしれない。とっても小さな会社。何人くらい働いているのだろう?と思った。Agencyから電話。会社名というかスペルの訂正があった。もちろんすでに下見をしていたので、分かっていたけど。募集の条件の中に日本語ができる人、というのが入っているのだけど、どうもイタリア人経営の会社らしい…。それでどうして日本語が必要なんだろう?おもに日本と取引してるのかな??よく分からない…。一応、仕事に就くにおいて障害があったりするので、それも全部話してそれでも採用されたら働こうと思う。もちろん仕事はしたい。お金は欲しい。毎日通うところがあるほうがうれしい。でも、それよりも大事な事もあったりするので仕方が無い。人生すべてが都合よく行くわけでなし。ま、採用されない確立が高いけど、それはそれで仕方が無い。**********近所のベテナリアン(動物病院)を電話帳で探す。羽と爪を切ってもらいたいなと思っている。羽は要領さえ分かれば自分達でもできると思うのだけど、“正しい切り方”を一度習っておきたいので。あと、彼いわくスノウボールのくちばしがおかしいという。犬猫は明らかに扱うようだけど、インコまで見てくれるのかどうかなかなか分かりにくい。やっぱり、大事なインコだし、お金を払うのだから、よく分かる人に見て欲しい。診察料がまず35ドルで、羽切りが10ドル、爪が3ドルくらいだろうという事。まぁ、そんなところか。でも3羽いるんだよね…(新しいインコはすでに羽は切ってあるし、1歳未満なので爪もまだ長くない)。3羽で約150ドルかぁ…タックスは別なんだろうなぁ…。仕事につけたらすぐにでも連れて行ってあげられるけど、ちょっとすぐには無理だな。
2004.07.19
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私はいらないと言ったのに、彼がどうしても4羽いないと嫌だというので、新しいインコを買いに行った。カゴを見るたびに3羽なのを見ると、1羽欠けていることとそれが自分の性だというのが思い出されて嫌なんだと思う。いなくなってそんなすぐに…とは思ったけど、まぁラッキーはどんなに待ってももう帰るとは思わないし。いなくなったラッキーの後、ということで同じオスを買うことに。緑、青、白といるので他の色がいい、と言ったくせに黄緑色を指差すし、メスだったり。ちなみにオスはくちばしの上の部分が青っぽくて、メスはピンクっぽい。ただ、この色分けが若いインコだと区別しにくい。最終的には全体的に黄色っぽくて、黒いラインが全く入ってないものを選んだ。箱の中で結構おとなしくしている。いい子かもしれない。ちょっと、買ってきたばかりの時のブルーを思い出させる。急にみんなと一緒にするとびっくりするかもしれないので、一羽だけで別のケージ、別の場所に置くことにした。しばらくしてカゴになれると、カゴ中を探索している。結構アクティブ。彼はこのまま他のインコから隔離して、自分になつかせようという計画らしい。果たしてどうなるのやら。P.S.昨夜は結局「I, Robot」は見に行かなかった。
2004.07.18
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うちには4羽のセキセイインコがいた。緑系でオスが2羽、青系と白系のメスが2羽。今回逃げてしまったのは緑のオス、ラッキー。そもそも。「しないでね」と言っているにもかかわらず、彼がラッキーを連れて外、というかポーチで遊んでいたらしい。ラッキーは狭い所に隠れたがる、潜り込みたがる性質があるので、彼もよもや飛んで逃げるとは思わなかったらしい。インコはインコ、羽があればいくらでも飛べるのに。あぁ、ここのところ羽を短く切っていなかったので、おもいっきり高く飛んで行ったらしい。彼をせめてもラッキーが帰るわけでなし。とりあえず、残りのインコが入っているかごを外に置いている。残りのインコの声を聞いて戻ってくるかなぁ…なんて期待してみたりしているわけだけど、きっと戻ってこないだろう。2~3日うちにお腹が空いて死んじゃうかもしれない…。彼が「もしかしたら、飛び疲れた後によそのポーチで休んでいるところをみつかって、飼われるかも」なんて言っている。そんなことあるわけ無いと思うけど、そうなってくれればなぁ、と思う。羽が付いてる生き物を外に出すんだから、逃げたって文句は言えない。かわいそうなラッキー。彼が「明日、ラッキーの弔いをしよう」と言っている。なんだかなぁ…。「帰ってこないから仕方が無いや、て放り投げる気になれない」そうで。誰のせいなんだよ、まったく。そんな事言う割りには、今日の夜、ウィル・スミスの新作「I, Robot」を見に行くという。よくわからん。
2004.07.17
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レザメを送って1週間以上経っているので、すでにあきらめていたのだけど、Agencyから電話がかかって、来週募集をかけている会社へインタビューに行くことになった。たいがいの場合は2~3日で返事があるもんだと思っていたんだけど。多分、募集してくる人の様子を見ていたものの、これ以上候補者はいなさそうだな、と思ってインタビューをすることにしたんだと思う。Agencyいわく、5人分のレザメを送ったうち、私を含めて2人選んでインタビューする、と言って来たらしい。私には向こうが要求しているような経験が無い。私は安易に「過去にしてきた仕事と似たようなもんだろう」と思っていたけど、fieldが違うので、もちろん細かい仕事は違う。用語やそのfieldで当たり前としている事に対しての知識も無いだろう。アメリカではそういうことを一から教えるのはあまり好まないみたい…?まぁ、トレーニングをするためにお金払うのは割りに合わないしね。話をしていると、時給が前の話から少し変わってきていた。多分、私に必要とされている分野での経験が無いからだろう。仕事に就ければそれでいいけれど、あんまり安いのもちょっと寂しいな…。インタビューが決まったことを彼に伝えたら、話が変わっていた。彼は仕事をして欲しくなかったらしい。もちろんお金があるに越したことはないのだけど、私達の今の状態で、私が仕事に就く以前に優先したい事柄があるから。まあね、そんな人生って都合の良いようにはいかないものね。とりあえず、来週のインタビューでこちらの状況を伝えて、それでも雇ってくれると言えば働こう、ということになった。ちょっとした賭けのようなもの。安い給料+事情有り、近所に住んでいる(車で5分とかからない場所)経験の無い私を雇うか、高い給料で経験のある遠くに住んでいる他の人を雇うか。ま、仕方が無い。だいたいこの仕事に応募したのも、何かの「サイン」だと思ったから。事情はあるけれど、でも仕事もしたい。学校を卒業したばかりで無職でいると、先々の就職で多分不利になる。将来家族とハワイで会うため、あるいは帰国するためにお金も貯めたい。緊急事態の時に帰国するための貯金もしたい。プラス、今ここで仕事をしていた場合、また次に転勤で仕事を離れなければならない時に、失業保険の申請ができるだろうし(実際にもらえるかどうかは別として)。今、ここでLAのAgencyのサイトに近所の仕事がたまたま募集されているというのも、何かの縁に違いない、そう思った。その結果、雇われなかったとしても仕方が無いし、私達の状況から考えてその方が都合が良いと言えなくも無いし。母から危篤の電話を受け取ったのが日曜日、その週の中ごろになぜか友達と“万が一、日本で家族に不幸があった場合”について会話をしていた。それも、その日の少し前に、テレビのニュースをみたか人の話を聞いたか定かではないが、そういう“親に万が一の事があった場合”について考えさせられる事が数度あったから。で、その時にお葬式のこと、お墓のこと、飛行機や交通事情のこと(友達は私の実家の隣の県に住んでいる)、相続手続きのことなどいろいろ教えてもらった。そしてその週末に危篤の電話…。すでにいろいろの事は教えてもらっていたから、追加で訊くこともほとんどなかった。思えば、あの頃はちょうど父が大量出血で手術をして昏睡状態に陥った頃だった。私と父は決して近い関係ではなかったけど、あれは父からの「サイン」だったのかなぁ…と思う。今回の出来事以来、私の日本人としての感覚がより強くなってきた。何事も理由があって起こっていて、全てはどこかでつながっているんだなぁ、と思った。だから、今回見つけた仕事の募集も躊躇せずに応募したんだ。
2004.07.16
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今回帰国して、主に本を持って帰ってきました。父が亡くなってから書類手続きに追われつつ、自分の部屋の片づけをしてきた。服はほとんどすべていとこ(父の弟の娘たち)に持って帰られていた…まぁ、いいけどね。どうせもう着れないだろうし。壊れてしまっていたステレオ・セットとビデオデッキも捨てた。カセットテープとCDが結構残っていた。お金を払って買ったものだけど、もうここに置いていても仕方が無いし、持って帰る気にもならないものは全て処分した。ずいぶんの数のカセットテープを捨てた。中には昔、ライブに行って録音してきたものもある。ニューエスト・モデル、バレット、グルーバーズ、どのバンドもすでに存在しないんじゃないかな。ニューエストのライブ・テープを聴きながら懐かしさにひたる。すごい昔…。Nick CaveとElvis Costelloもあった。Costelloはアコースティック・ライブの時のテープだったので躊躇なく捨てる。Nick Caveは大好きだったので、もう一度聴く…。ステージの暗さ、ライト、タバコの煙、Nickの髪をかき上げる仕草、タバコを持った手でマイクスタンドを握り、体を揺らしながら歌う様子が鮮やかに思い出される…。ポーグスのテープを発見して思わずうれしくなる。こういう手の音楽は最近ではもう聴く機会もなかった。CDはイギリスバンドのものを主に残すことにした。Primal Scream、Rideなどなど…。ほとんどは捨てた。捨てる本はほぼ無かったが、持って帰る本を決める。料理の本はたいてい持って行っていたけど、残りの中で使えそうなのを改めて数冊選んで持って帰ることにした。漫画はわざわざ持って帰るほどのものは無い。ただ、「陰陽師」だけは持って帰ってきた。9巻までしか買っていなくて、まだ続きが残っているみたい。イギリス文学のクラスを取って以来、日本文学が無性に読みたくなっていた。家にあるのに、わざわざ高いお金を払ってアメリカで買うことも無い、と思っていたから丁度良かった。夏目、太宰、芥川など有名どころを選んで持って帰る。昔の本は安い。志賀直哉の「暗夜行路」が400円もしない。いつ頃買ったものなのだろう?テレビのOprahショーで、Book Clubなるものをやっている。今はどうやら「アンナ・カレニーナ」を読んでいるらしい。少し前は「百年の孤独」を取り上げていた。こういうのを見ると、読書欲を駆り立てられる(ただし、実際に読む、読み切るというのは別にしての話)。前者はロシア語、後者はスペイン語で書かれた作品だと思う。英語で書かれたものは、オリジナルの文章を味わうためにできるだけ英語で読みたい。でも、別の言葉で書かれた作品を、わざわざ英語訳で読むことはないよね。この手の本はぜひ日本語で読みたいもの。あぁ、あれもこれも日本にいる間に読んで置けば良かった、と今更ながらに思う。
2004.07.13
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数日前にレザメを送った。電話でも話した。どうやら本当に近所の仕事らしい。サイトに書いてあったほどの給料ではないけれど、いままでで一番高い時給だった。ハワイでもここまでもらったこと、なかったりする。たった時給$1の違いでも、一月には大きな差になる。電話して様子を聞いた。とりあえず先方には私のレザメは送ったらしい。ふむ…。やっぱ向こうの望む経験が無いとむつかしいのかな。こんな田舎ですぐに日本人がみつかるのかしらん?まぁ、いるとこにはいるしね…。あまり期待せずに待つしかない。
2004.07.09
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イギリス文学のインストラクターは、試験をしない代わりに私の今までの成績を平均して最終の成績としてつける、というメールをくれていた。帰ってきて初めて、春期の成績をネットで確認する。日本でもできたけれど、学生番号が思いださえず、そうかと言って公のコンピュータからソーシャル・セキュリティ・ナンバーをタイプする気にはなれなかったから。イギリス文学はBに終わってしまったが、他はA。まぁいいか。イギリス文学の最終試験を受けていたとしてもせいぜいB止まりだったろうし…。イギリス文学のインストラクターは、メールの中で「帰ってきたら顔を見せに来なさい」と書いてあった…と思う。というんも、留守中に彼がPCをインストールし直したので、そのメールはもう残っていない…。これは行かなくてはならないのだろうか?それとも社交辞令で、寄って来てね、と言っているだけなのだろうか?とりあえず今は夏休みで、彼は学校にはいないのは分かっているけれど、どうしたものだろう…。とりあえずはメールくらいは書いておかなければならないかな…。
2004.07.05
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なんとなくLAの日系派遣会社のサイトを見ていたら、近所の仕事が載っていた。めずらしい。会社側の要望と私の経験が合わないけれど、だからと言って応募してはいけないわけでなし。給料が結構良いふうに書いてある。まぁ、これだけもらえることはないだろう、万が一この仕事がもらえたとしても。急いで仕事を探そうとは思ってはいなかったけど、とりあえず応募してみるのもいいかもしれない。
2004.07.04
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今回のことでいろいろ思いました。まず、緊急用の貯金は絶対必要。$3000はあったほうがいい。できれば$5K。そして、アメリカを発つ前に必要なだけの現金をおろす。一日にATMからおろせる金額には限度があるので、できればカウンターでお金を引き出す。ATMしかないのなら、数日に分けなければならないので、早めにおろし始める。空港などでよそのATMを使うたびにお金がかかるし、日本に着けばアメリカの口座からお金を下ろすのは、まず不可能と思っていた方が良い。どこに住もうとも、まず、どこで航空チケットが手に入るか確認をしておく。もちろんネットで買えると思うかもしれない。でも、明日にでも帰る!という場合はe-ticketが利かない場合がほとんど。旅行会社に頼らなければならない。そして。やはりできれば毎年帰国できればと思う。自分が日本に帰って日本を満喫したい、というよりは親孝行のために。今はまだ亡くなって日が浅いけれど、できれば3回忌後くらいに母方の親戚(いとこ)に声をかけて、みんなでハワイで会えたらなぁ、と思う。それまでには、私も仕事をみつけて貯金しなくちゃ。
2004.07.02
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今回はいつものLos Angeles St.にあるビルとは別のところに行かなければならなかった。あいかわらず、そっちのビルには長い長い列ができている。時間指定の面接なので、いつもの場所に行くときみたいに真夜中に起きて並ばなくて良かったので楽。指定時間からおよそ1時間で用事は済んだ。これで数週間で10年もののグリーンカードが送られてくるというが、油断はできない。相手は移民局。1年経っても届かなかった場合と、カリフォルニアから引っ越すときになっても届かなかった場合の対処の仕方を聞いておいた。10年ものといえ、結婚してすでに5年以上経っている。ということは、新しいカードも4年くらいしか持たないということになる。変というか、あほらしいというか、さすが移民局。帰りにリトル東京のミツワで買い物をして帰る。お客が多いのに、レジに2人しかいない。店員のやりとりを聞いていると、どうやら休憩に行っているらしい。一つのレジにいるおばさん店員が「休憩じゃないわよ!!こんなにお客さんがいるっていうのに!呼んできてちょうだいっ!!」と切れていた。まだ昼には早い。確かに、なんで休憩に行ってるんだろう?とりあえず、これでしばらく…少なくとも1年は移民局にも用は無い。
2004.07.01
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