全30件 (30件中 1-30件目)
1
ブログを新しく作りました。ここでいろんなこと書いてましたが、カテゴリー別にブログも分けた方がいいんじゃないかと思いまして。。。。とりあえず、こちらにひとーつ!北の国から名セリフ人気blogランキングへ
Jun 9, 2005
コメント(1)
昨日と今日の読売新聞に、作家倉本聰さんの記事が出ていました。私は、自他共に認める、北の国からマニアです。こんな二束のわらじ日記より、北の国からについて書かせたら、それこそ、24時間は書き続けられる自信があります。(笑)読んでくれる人がいれば、そんなブログでも書きたいな~。さて、その新聞の記事ですが、倉本氏が北海道に行った(移住した)頃の話が出ていました。倉本氏はN●Kの大河ドラマ「勝海舟」で、N●Kのやり方と衝突し、北海道に行ってしまったのです。当時、N●Kは労使関係が非常に悪く、労働組合が強い力を持っていました。ドラマ制作は脚本家が書いた台本が出来ると、本読みという工程に入ります。これは、役者さんが、集まって台本を読む稽古です。ここで、セリフの言い方など、いろいろ研究して、場合によってはセリフを変更したりすることもあるそうです。当時でも、脚本家が本読みに参加することはあまりなかったようです。しかし、倉本氏はいつでも本読みに参加していました。やはり、自分が書いた作品はまるで自分の子どものようなんでしょう。子どもなら、成人して、所帯を持つまで、孫が出来るまで、ずーと気になるものです。ドラマで言えば、放映されて、お茶の間の視聴者に見て、感動してもらえる所まで気になるでしょう。しかし、当時のN●Kの担当者は(労働組合所属)倉本氏が本読みに出てくるのが気に入らなかったみたいです。「脚本家は本が出来れば、仕事終わり!」という主義だったようです。倉本氏が本読みから帰ったあとに、こっそりセリフが書き換えられたりしました。そんな時、ある週刊誌のインタビューで、最後にN●Kに不満は?と聞かれ、しゃべったことで、N●Kを非難しているという記事にされてしまいました。当然倉本氏はN●Kから、つるし上げられます。そして、気がついたら、千歳行きの飛行機に乗っていたそうです。倉本氏から見れば、ほんとにドラマが放映されるまで自分の作品が大事なのでしょう。確かに脚本家の仕事の範囲を超えているといえるかもしれません。でも、仕事というものはそういうものです。たくさんの組織があって、自分の仕事をこなして入れば、それで済む大企業にお勤めの方はそう思わないかもしれませんが、自分の範囲を超えるということはとても大切なことです。それぐらいこだわりを持っていなければ、いい仕事できましぇん。実際、倉本氏は北の国からでは、撮影現場にも出てきて、役者さんやスタッフと、ああでもない、こうでもない、とやっていたそうです。それだから、あれだけの素晴らしいドラマが出来たんですね。効率ばかりを追い求めて仕事するのも大事ですが、何事にもこだわりを持って、自分の範ちゅうを超えて仕事するように心がけたいものです。ながーい文章最後まで読んでいただいて、ありがとうございました。人気blogランキングへ
Apr 7, 2005
コメント(4)
ネタがないんで、平日ですが、書きました。五郎 「そうなンだ。何とも───、いい顔になってンだ」」みどり「───」五郎 「あれはなンかな。あのいい顔は」みどり「───」 間五郎 「くにに帰って───しあわせなンだな」みどり「───」正吉 「いつか帰ろうとずっと思ってたンだな」北の国から ’83冬(倉本聰 理論社より引用)'83冬よりバクチで借金が返せなくなり、五郎に散々迷惑をかけたみどり。幼なじみの中畑にも怒鳴られ、もう来るな!といわれた。落ち込んでいるみどりを五郎は優しく慰める。雪の振るホーム。昔、豆で大もうけをして、豆大臣といわれた沢田松吉。相当高齢でボケでしまっているが、ひょっこり、ふるさとの麓郷に現われた。大もうけをしたが、若い頃遊びすぎて、財産も何もかもなくしてこの村を出て行ったことなど、すっかり忘れてしまっている。ボケてしまって、ふるさとに戻ってきて、いい頃のことしか覚えていない。そんな松吉さんを見て、五郎は、もうくにには帰れないというみどりに、ふるさとに帰る大切さを説得する。人間、最後は生まれたところに戻るものです。それが幸せなんです。ふるさとに帰るとほっとして、思わずいい顔するんでしょう。自分は小さい頃、田舎というものがありませんでした。友達が夏休みになると、田舎のおじいちゃん、おばあちゃんのところに遊びに行っているのをうらやましく思っていました。わたしの祖父母は東京にいたからです。たとえ1年に1回でもいいから、自然のきれいな田舎に子どもを連れて行ってやりたいです。そしていい顔してる父さんと母さんの顔をみせてあげませんか。今回の'83冬はこちら↓で見れます。北の国から’83冬人気blogランキングへ
Apr 4, 2005
コメント(0)
休日の日記は私の大好きな北の国からのことを書いてます。正吉 「どこだここ───わかるか」純 「布部みたいだ」正吉 「───じゃあ、麓郷、こっちか」純 「───うン」正吉 「歩いていくか」純 「───うン」 省略語 「ショックだった」純と正吉語 「ものすごいショックを受けていた」 降る雪語 「でも。たぶんぼく以上に正吉君はもっと、ショックを 受けていたことと思われ」北の国から ’83冬(倉本聰 理論社より引用)'83冬より正吉のお母さんのみどりがバクチで借金を返せなくなった。その保証人になっていた五郎のもとに、やくざ風の男がとりたてに来て、期日までに払えなければ、五郎の土地をもらっていくと話していった。借金は700万。とてもそんな大金ない五郎は頭を抱えていた。そんな時、草太が妙子という女性と知り合い、初めてのデートでどんな話をするのかと、正吉と純は草太の車の後部座席に身を隠していた。ところが、この借金の騒動の話を草太がぺらぺらしゃべるのをふたりは聞いてしまったのだ。車からこっそり降りた二人はとぼとぼと、帰り道を黙って歩き出す。自分の父親がとんでもないことになり、家と土地を取られるかもしれない。自分の母親がとんでもないことをして、今自分が世話になっている家族をひどい目にあわせるかもしれない。どちらもとってもつらい話です。でも、どうしても自分のつらさでいっぱいなのに、純は偉いです。だって正吉のほうがもっとショックだろうと言うことに気がついているから。自分もつらいけど、正吉ももっとつらいんだ。自分が痛い時に他人の痛みをわかってやるのって、なかなかできません。この年齢で良く物事を観察し、考えています。私は、この年齢の時、はたしてこれだけ物事や、人の気持ちを考えていたかどうか疑問です。大人になった今でも他人の気持ちを考えることは、なかなか難しいものです。今回の'83冬はこちら↓で見れます。北の国から’83冬
Mar 27, 2005
コメント(0)
休日の日記は私の大好きな北の国からのことを書いてます。草太 「(びっくりして)毛が生えたァ?!」純 「しッしッ。アワワワ、ワァワァワァ」草太 「このガキァ──(正吉に近づいておでこをつつく)それで ──届けはすましたのか」正吉 「届け?」草太 「初めて生えたら市役所にとどけるンだ」正吉 「ええッ!」純 「ウソだァ!」草太 「ウソでないバカ。そんなこと学校で教わらんのか。兄ちゃん たちみんなきちんと届けてる」純 「──本当?」草太 「したら戸籍に判ついてくれるんだ。丸ケって赤い判。届けろ すぐに」北の国から ’83冬(倉本聰 理論社より引用)'83冬より正吉が家出をしてきて、富良野にひょっこり現れた。正吉の母親は正吉を黒板家に預けることにした。五郎も家を空けて出稼ぎに行かなければならないので、そのほうが助かる、と引き受けたのだ。こうして、黒板家の丸太小屋でいっしょに暮らすことになった正吉だが、純といっしょに風呂にはいっていて、あそこに毛が生えてきたのだと、純に告白する。それを聞いた、純は草太兄ちゃんにそのことを話すが・・・・。草太はそれをからかって、市役所に届けなきゃならないなどという。相変わらずのキャラクターだが、やはりドラマは泣かせるところと笑わせるところが必要で、草太は笑わせるところが多いような気がする。そういう登場人物が必要なのだ。人生にも真剣にやるところと、おチャラけるところが必要だ。いつもまじめだと、疲れてしまう。強弱というか、陽陰というか、メリハリは必要だ。ちょっと無理やりなたとえかな?今回の'83冬はこちら↓で見れます。北の国から’83冬
Mar 13, 2005
コメント(2)
蛍の声 「しッ。キツネが来てる!それが──足が変!!──ねえ !三本しかない!いつかトラばさみにやられたやつみた い!」五郎 「ちょっと待て!餌さがす!」 省略語り 「それは確かにあのキツネだった」 餌をやる蛍。 食べる!! 五郎も近づく。語り 「左の前足がなくなっていたけど、それは確かに蛍の餌付 けした、トラばさみにやられたあのキツネだった。 あのキツネが生きて──そして帰ってきた!」音楽──テーマ曲、静かに入る。B。G。蛍 「ル──ルルルルルル」五郎 「ル──ルルルルルルル」定本 北の国から(倉本聰 理論社より引用)連ドラ第24話より休日の日記は私の大好きな北の国からのことを書いてます。最終回。母さんの告別式も終わり、雪子おばさんを東京に残して、純と蛍はふたりで、北海道に帰った。富良野では、五郎が完成した丸太小屋にもう、一人で住んでいた。前に住んでいた家は台風で屋根が飛ばされてしまっていた。三人で夜、前の家を見に行ったら、純が石を投げつけてから、来なくなっていた、蛍のあのキツネが姿を現したのです。このシーンは映像で見てみると、本当に三人の手から、キツネが餌を食べています。このような動物がらみのシーンはめったに撮れませんこの回は24話で最終回ですが、(昔は今と違って、ドラマは6ヶ月が一区切りだった)実はこのシーンはクランクインして最初の頃に撮影されたものです。(という話です。私は関係者じゃありません)このドラマの撮影は約1年間かかっています。(この辺も、今のドラマ制作では考えられない長さですね)ですので、このシーンとその直前のシーンでは約1年の時間差があります。純と蛍の姿を見ればわかります。このくらいの年齢の子は1年違うとぜんぜん違うはずです。特に蛍は身長が何センチ違うんでしょうか?見ているとこのシーンだけ、妙に幼く見えます。仕方ないですね。ちなみにこのキツネ君。実際に倉本氏が餌付けしていて、わなにかかって三本足になってしまったキツネだそうです。そのキツネがたまたまロケ中に現れた。いいシーンが撮れたので、このラストシーンが生まれたというわけです。いい仕事してますね。今回の連ドラ第24話はこちら↓で見れます。北の国から Vol.12
Mar 6, 2005
コメント(0)
巡査 「何してるのお前ら」若い巡査が立っている。純 「ア、ハイ、運動靴探してます。」巡査 「──誰の」純 「ぼくらの」巡査。巡査 「どういうこと」純 「ハイアノ昨日おじさんがぼくらに運動靴買ってくれてその とき、前はいてた古い靴を、もう捨てなさいと渡しちゃっ たので」巡査。純 「でもアノ、それまだはけるから」巡査。巡査 「おじさんは捨てろっていったんだべ?」純 「でもアノ、おじさんは───事情を良く知らず」巡査 「おじさんってだれだ」純。純 「母さんがいっしょになるはずだった人です」巡査。巡査 「母さんてどこにいる」純 「四日前に死にました」巡査。間。巡査 「このゴミの山に確かにあるのか?」純 「いえ、そこんとこは」巡査 「あっちにもあるぞ。うん。あっちはオレがさがしてやる」純 「ア、イヤ」巡査 「お前らそこ探せ(行く)」純 「ハイ」語り 「急に。涙がつきあげた。 拝啓恵子ちゃん。なぜだかわかりません」定本 北の国から(倉本聰 理論社より引用)連ドラ第23話より休日の日記は私の大好きな北の国からのことを書いてます。今日は引用がちょっと長いです。急に母さんが死にました。とにかく急いで東京に来た純と蛍。先に雪子おばさんとやってきたのに、父さんはなかなかあらわれません。やっときたかと思うと、葬式が終わると、すぐに北海道に帰ってしまいました。それに比べると、今度母さんと再婚する予定だった、吉野のおじさんの方が、早くから友人まで連れてきて、葬儀の段取りまでやってくれました。そして、告別式が始まる前、純たちが汚い靴をはいているのをみて、新しい靴を買ってくれました。靴屋で、はいていた古い靴は、もういらないと、捨ててしまいました。でも、その古い靴は父さんが富良野で値段ばかりを気にして、やっと買ってくれた靴でした。その靴は冬の雪靴の期間を除いて、どこに行くにもふたりの足を守り擦り切れては、父さんが縫い、大事に1年間はき続けた靴でした。そんな時、清吉おじさんが来てくれて、五郎はお金がなくて飛行機に乗れずに、汽車で一昼夜かけて東京まできたこと。そして農繁期にみんなに無理を言って、丸太小屋の建設を手伝ってもらっているので、帰りもまた汽車で帰った、という話を聞いたのでした。それで、純と蛍はいてもたってもいられず、古い靴を探しに、閉店後の靴屋のゴミ箱をさがしていたのだ。貧しい父さんの苦労を少しでも理解したのでしょうか。いまどきは、古いものを大切にして長く使うということもなくなってきたと思います。ちょっとこわれたり、こわれなくても古くなればすぐにあたらしいものを買う時代です。修理するより、新品を買ったほうが安い時代です。でもこれでは、もののありがたみというのは、今の子どもたちはどこで学べばいいんでしょうか?学ばなくてもいいんでしょうか。そんなことは決してないはずです。このとき若い巡査を演じていたのは、平田満さんで、この「四日前に死にました」のセリフの後の間は実に最高です。このシーンは北の国から連ドラのなかでは一番の名シーンだと思います。自然に本当に涙がつきあげてきます。このシーンを見るだけでも北の国からを見る価値があると思います。ぜひおすすめです。今回の連ドラ第23話はこちら↓で見れます。北の国から Vol.12
Mar 5, 2005
コメント(2)
五郎 「来てほしくなければ断ればいい。父さん行って断ってきて やる。ただし」純 「───」五郎 「こごみさんが飲み屋につとめてる人だから、いやだという 考えは父さん許さん」純 「───」五郎 「人にはそれぞれいろんな生き方がある。それぞれが一生懸命 生きるために必死に仕事をしている。人には上下の格なんて ない。職業にも格なんてない。そういう考えは、父さん許さ ん」純 「───」定本 北の国から(倉本聰 理論社より引用)連ドラ第22話より休日の日記は私の大好きな北の国からのことを書いてます。丸太小屋の建設が始まった頃、五郎にナイショで父さんの誕生会をやろうと、純と蛍は計画していました。そんな中、蛍が、最近五郎と付き合い始めたこごみさんも誘ったのですが、純はこごみさんがいると、父さんがデレデレしていやだったみたいです。誕生日には来てほしくないと思っていました。五郎は中畑と飲みながら、そんな話を聞かされ、中畑から、こごみに関して、忠告されて「遊びで女と付き合えるほど、器用じゃない」と怒ってしまいました。家に帰ってきた五郎は誕生日の準備をしていた純に言った言葉が冒頭のセリフです。そうです。五郎さん。あなたの言うとおりですよ。人に上下はありません。職業にだって、こっちの仕事よりあっちの方が上だの下だのといったことはありません。そんな子どもみたいなこと言って、今の仕事がいやだーなんていってるあなた。そんなことでは、転職したって同じことです。純が、こごみさんが飲み屋の女の人だから・・・・。と言ったから、五郎さんは激しくしかりました。子どもがそんなこと言ったとき、これだけ激しく怒る親はどれくらいいるでしょう。おそらく、自分が「中流」だと思っている人は、見た目は激しく叱っても、心のなかではそんなに激しくないのではないでしょうか。五郎さんのこのとき、中畑の豚舎で働いていました。その後も、日雇いやわずかに農業をやったりして、いつも貧しい生活をしていたのです。小さい二人の子どもを抱えて、一人でがんばっているお父さんです。必死で生きている父親の純粋な意見です。貧しくても、必死で生きていく。決して中央でないけれども、端っこの方だけれども、それでもひたむきに生きていく。五郎さんのこのセリフには、そんなこのドラマの大きなテーマが感じられますね。今回の連ドラ第22話はこちら↓で見れます。北の国から Vol.11
Feb 27, 2005
コメント(0)
新吉 「オラなんぞ──むかし──現役の時代には、試合の前なんて ったら死ぬ想いでしたよ。稽古と減量で苦しんで苦しんで」雪子 「──」新吉 「水禁じられて、飲みたくて飲みたくて道ばたの水たまりの水 すすったこともある。」雪子 「──」新吉 「それでもどうしても勝ちたかったからね」雪子 「──」新吉 「だから──。苦しい時考えたのは──、畠のうねね。気の遠 くなるような。あのあぜの上はいつくばって朝から晩まで草 むしってる、あの姿。おれの。兄貴たちの。おふくろの。あ れ思うとオレがまんできたんだ」定本 北の国から(倉本聰 理論社より引用)連ドラ第21話よりきょうは休日じゃないんですがどーしても書きたいんで、北の国からのことを書きます。草太が札幌でボクシングの初試合をやることになった。試合の前の晩、草太に会いたいと言われた雪子は純を連れて前日から札幌入りした。ところが、ホテルに迎えにきたのは、草太のボクシングジムの会長、成田新吉だった・・・。新吉は草太が捨てた婚約者で、家出したつららの居場所を草太に教えてやった。つららはすすきののトルコ(当時)で働いていたのだ。それを知らずに試合の前に、雪子とデートしようとしていた草太を怒鳴ってきたのだった。そして、純と三人で食事をした時の新吉のセリフが上の言葉。新吉のこのセリフはボクサーの減量やトレーニングのつらさがひしひしと伝わってくる。農業のきびしさも同様だ。激しいスポーツであるボクシングよりもつらいと、言っているのだ。オンエアで、成田新吉役はあの、伝説の男!ガッツ石松氏が演じています。やはり、元世界チャンピオンの口から出るセリフは真実味がありますねぇ。草太の試合の方ですが、結局負けてしまいます。これも相手がプロボクサーで、草太役の岩城晃一氏は、数ヶ月前からトレーニングを積み、本気で挑戦したそうです。事前に、脚本の倉本氏と「勝ったら、脚本を書き換える」と約束をしていたそうです。後楽園ホールでの収録では(札幌ではありませんよ)プロボクサーの強烈なパンチを受け、脳震盪(のうしんとう)を起こして、気絶してしまいました。その映像をそのままドラマに使っています。このドラマは、このように徹底して「リアリティ」にこだわっています。これだけこだわった作りをしているドラマが現在、どれだけあるでしょうか?真実に近いから、それだけ視聴者に訴えるものがあるのでしょう。今回の連ドラ第21話はこちら↓で見れます。北の国から Vol.11
Feb 22, 2005
コメント(2)
五郎 「君は自分がその目で見たことを見たとおりしゃべった。当た り前の話だ。」 蛍───食べている。五郎 「(食べつつ)人が信じようと信じまいと君が見たものは信じ ればいい。父さんも信じる。雪子おばさんも信じる─── 純も信じるな?」純 「(おおきくうなずく)」五郎 「ウン。それから中畑のおじさんやおばさんやすみえちゃんや 中川の兄ちゃんやクマさんや、今日いたものは信じてる。 そういう人間が君にはいっぱいいる。だからそれでいい。」定本 北の国から(倉本聰 理論社より引用)連ドラ第20話より休日の日記は私の大好きな北の国からのことを書いてます。涼子先生とUFOを見に行った蛍。帰りに道に迷って警察沙汰になってしまい、大変なことになったが無事に帰ってきた。そのことを純が新聞記者にしゃべってしまい、蛍のところにテレビ局が取材に来た。蛍は迷った末、取材に応じることにした。この番組は全国放送だから、東京で離婚した母さんが見てるかも知れない、と思ったからだ。そして、放送の日。中畑さんの家に集まり、みんなで見た番組は蛍のことを完全に侮辱した内容で、涼子先生を非難したものだった。テレビでうそつきにさせられてしまった蛍はショックでとび出してしまう。そして、その晩ご飯の時、五郎は優しく蛍にしゃべったのが、冒頭のセリフです。番組では、はなからUFOなんてという感じでとても見た事を信じてもらえなかった蛍。人に信じてもらえない。こんなつらいことってないですよね。まだ小学3年の女の子には、大人にはわからないほどつらい経験だったのではないでしょうか。でも身近な人間はみんな蛍のことを信じている。だからそれでいい。知らない人のいうことなんか気にするな。いかにも五郎さんらしい意見です。蛍は本当は母さんと別れるのがとってもつらかったんです。その母さんが全国放送でみてるかもしれない、と気の乗らない取材に応じたのに。テレビってこわいです。倉本氏のちょっとした、マスコミ批判ですね。今回の連ドラ第20話はこちら↓で見れます。北の国から Vol.10
Feb 20, 2005
コメント(0)
五郎 「変なこと聞くけど、あんた東京にはじめて出たとき──スパ ゲティバジリコってどういうもんか知ってたか?」こごみ「スパゲティ・バジリコ?」五郎 「ああ」こごみ「どうかな。知ってたかな。知らなかったんじゃないかな。」五郎 「おれ、そんなもん聞いたこともなかったよ。」 間。こごみ「スパゲティ・バジリコがどうしたの?」 間。五郎 「つくってくれたんだ。」 間。こごみ「彼女の部屋で?」五郎 「アパートで。うん。」 間。こごみ「おいしかった」五郎 「おいしいっていうより───感動しちゃってさ」こごみ「───」五郎 「スパゲティ・バジリコなんて。─── もうその名前に感動 した」定本 北の国から(倉本聰 理論社より引用)連ドラ第19話より休日の日記は私の大好きな北の国からのことを書いてます。五郎は正式に離婚成立となり、離婚届受理書が東京から届いた。その晩、いかだくだり大会で知り合った、スナックで働くこごみの店に飲みにいった。いつもと様子が違って、少し元気がない五郎にこごみは奥さんに逃げられたの?なんて声をかけたが、本当にそうだったのだ。そして五郎が東京で令子と知り合ったいきさつをこごみに話すのだ。五郎が働いていたガソリンスタンドのとなりの美容室で働いていた令子。彼女は五郎にアパートの部屋でスパゲティ・バジリコをつくってあげたのだ。令子は東京生まれであるが、かたや五郎は北海道の田舎からでてきてスパゲティ・バジリコなんて聞いたこともなかった。そんな男にアパートの部屋で作ってくれたスパゲティの味はどうだったんでしょう。感動して味なんかわからなかったんでしょうか。そんな思い出のある妻の過ちを許すことが出来なくて、こんな結果になってしまったことを後悔しているのでしょう。後悔というか、過ちを許すことが出来ない自分がいやになったのでしょう。今回の連ドラ第19話はこちら↓で見れます。北の国から Vol.10
Feb 13, 2005
コメント(0)
草太 「オラ今めちゃめちゃで。もともとバカだから───」雪子 「───」草太 「二つ以上のこと、考えることできん。」雪子 「───」 間。草太 「昨日は、雪ちゃん。今日はつらら。いや───」雪子 「───」草太 「雪ちゃんきてから、──去年の秋から──雪ちゃんのことば かしオラ考えてて。だから今日だけは。──せめて今日だけ は──あいつのことだけ考えてやろうって」 雪子。 五郎。 草太。定本 北の国から(倉本聰 理論社より引用)連ドラ第18話より休日の日記は私の大好きな北の国からのことを書いてます。草太の婚約者、つららが家出をした。原因は草太があまりにも雪子に熱を上げすぎたからだ。それからしばらくたち、夏のいかだくだり大会の日。純と雪子がつららが川原に立っているのを見る。みんな大騒ぎで町中を探すが、見つからない。駅でつららの兄の辰巳と五郎、雪子が探しているとき、草太もこっそり待ち伏せしていた。草太、五郎、雪子は駅の見える喫茶店にはいり、駅をじっと見ながら冒頭の会話をする──。草太は確かに雪子に熱をあげていたが、自分の中では、「どうせこんな田舎の農家に、雪子みたいな都会のしかも大学出のお嬢さんが、嫁なんか来るわけがない。」と「いや、結構本気で口説けばなんとかなるかも」という二つの思いがあって、どっちつかずだったのだろう。つららというもともとの婚約者がいたが、自分でもどうしたらいいのかわからなかったのでしょう。同時にふたりのことを考えられない、という草太の言葉はとっても、優しい芯の気持ちだと思います。この言葉を聞いて、後で雪子は草太の素晴らしさに心打たれます。やっていることは二股かけて、悪いことだけれども、こころの奥底では、草太はとってもピュアな気持ちの持ち主です。今回の連ドラ第18話はこちら↓で見れます。北の国から Vol.9-----------------------------------------
Feb 12, 2005
コメント(0)
休日の日記は私の大好きな北の国からのことを書いてます。五郎 「人はそれぞれ悲しい時に──、悲しさを表す表しかたがちがう」純 「──」五郎 「人前で平気で泣けるのもいれば──、涙を見せたくない、そういうのもいる」純 「──」 五郎。五郎 「蛍にとって母さんと別れるのが、つらくないことだとお前思うか」純 「──」五郎 「何も言わないでも、もしかしたら蛍はお前や父さんよりもっとつらくて──。 だから送りに行かなかったのかも知れんぞ」定本 北の国から(倉本聰 理論社より引用)連ドラ第17話より五郎と令子は正式に離婚することになった。令子はそのため、弁護士と共に富良野を訪れていた。純と蛍は母さんと最後のひと時を過ごすが、蛍はなぜか令子に冷たい態度をとる。そんな蛍に純は頭にきていた。令子が東京に帰るときも、蛍は駅まで送りに行かなかった。しかし、本当は列車が良く見える川の土手に、草太に連れて行ってもらっていたのだ。川の向こうの土手を、母さんの乗った列車をけんめいに追いかけて走っていく蛍。令子は気がついて、窓をあけ、身を乗り出して手を振る。走っている蛍の目からボロボロ涙があふれる・・・・。その話を草太から聞いた五郎が、純に優しく話してあげたのが、冒頭のセリフだ。人の内に秘めた想いと、外に出す行動や言動は必ずしも一緒とは限らない。行動や言動が少ないからといって、その人の想いが小さいかというと、そうでもない場合もあるのだ。その人の外見や行動、言動などで、安易にその人の中身を判断してはいけませんョ。今回の連ドラ第17話はこちら↓で見れます。北の国から Vol.9
Feb 6, 2005
コメント(4)
休日の日記は私の大好きな北の国からのことを書いてます。清吉 「とっつあんは、たしかに評判わるかった。しかし、むかしァみんなあの人を、仏 の杵次、とそう呼んどったよ。そういう時代もむかしァあったンだ。それが── どうして今みたいになったか」 五郎。 和夫。 純。清吉 「とっつあんの苦労をみんなが忘れたからだ」一同 「────」清吉 「忘れなかったのは、あの馬だけさ。あの馬だけ、とっつあんをわかっとった。」一同 「────」清吉 「その馬を──。手放すとき」 みどり。 五郎。 純。清吉 「その馬を売ったとき──。」定本 北の国から(倉本聰 理論社より引用)連ドラ第16話より杵次が馬を売った日。酒に酔って五郎の家から帰る途中、自転車ごと橋から転落し、死んでしまう。その通夜の席で、久しぶりに富良野に帰ってきた杵次の息子たちが、酒を飲みながら、評判の悪かった父親の昔話をしている。それを聞いていた、杵次と共に開拓時代から苦労してきた清吉(草太の父)は息子たちに意見するのだった。────息子たちにはわからない開拓時代の苦労。その苦労を共にした清吉には、杵次の気持ちがよくわかるのでしょう。自分たちが苦労して切り開いた土地を、若い人は簡単に捨てて、都会へ逃げてしまう。そんな勝手な人間に、苦労した先人のことをあれこれ言われたくなかったのでしょう。そんな苦労を唯一わかってくれていた杵次の馬。あの馬は杵次にとって、今となっては、自分の気持ちをわかってくれる心のよりどころだったのだ。その馬を売ってしまった時のむなしさ、悔しさ。そして、そのことで酔って死んでしまった無念さ。そんなことを清吉おじさんは考えていたんじゃないでしょうか?今の自分があるのは、先人のさまざまな苦労があるからこそ、ということを忘れないようにしましょう。今回の連ドラ第16話はこちら↓で見れます。北の国から Vol.8--------------------------------------------------
Feb 5, 2005
コメント(2)
休日の日記は私の大好きな北の国からのことを書いてます。杵次 「それからふいにあの野郎自分からポコポコ歩いてふみ板踏んで───トラック の荷台にあがってったもンだ」五郎 「───」 間。 杵次。杵次 「あいつだけがオラと、───苦労をともにした」五郎 「───」 間。杵次 「あいつがオラに何いいたかったか」五郎 「───」 間。杵次 「信じてたオラに何いいたかったか」とつぜん杵次の目に涙が吹きだす。定本 北の国から(倉本聰 理論社より引用)連ドラ第15話より正吉のおじいちゃん、杵次は自分の馬を売ることにした。純を吹雪から救い出した、あの馬だ。昔と違って、今は車があるので馬は無用の長物だ。富良野では、昔、馬と手作りの粗末な道具で、土地を開拓し、畑を作った。夏中働かしても冬には食いつなぐため、馬を売り、また夏に金をためて新しい馬を買う。そんな貧乏は暮らしをしてきた杵次は、どうしても自分の馬を売る決心がつかなかったのだ。道具としての馬には名前をつけてはいけない習慣がある。名前をつけると情がわき、手放す時に心が痛むからだ。でも杵次は、名前なんかつけなくても、共に苦労を共にしてきたこの馬をとても大切に思っていた。みんなの嫌われ者になってしまった杵次だが、本当は心優しい人なのだ。この、杵次と五郎の会話を二階で聞いていた純と蛍。こういう話を聞ける環境が子どもにとって大事ですね。ドラマでは、杵次が入ってくると、純と蛍は二階に上がって行きます。で、下で五郎と杵次がこの会話をするのです。今なら、お客さんが来て、子どもたちが自分の部屋に入ったら、大人の会話を聞くことなんでできません。こんな貧しい小屋のような家に住んでいるからこそ、得られる最高の教育なんじゃないでしょうか。五郎さんは、このような体験をさせたいためにふたりを北海道まで連れてきたんです。子どもには、ためになる大人の会話を聞かせましょうね。今回の連ドラ第15話はこちら↓で見れます。北の国から Vol.8
Jan 30, 2005
コメント(2)
休日の日記は私の大好きな北の国からのことを書いてます。語り 「だけど今ぼくにははじめて少しだけ、あのときの父さんの気持ちがわかる。」 純。 間。語り 「何でも新しく流行を追って、つぎつぎに物を買うぜいたくな東京。流行におくれ ると、まだ使えるのに簡単に捨てちゃう都会の生活。」 純の顔。語り 「でも───」 ─省略─語り 「ぼくらがこの半年北海道でやった生活は、明らかにそれとは違った暮らしで」 ─省略─語り 「ぼくは何もしなかったけれど、それでもぼくは、すこしだけ変わっており」 ─省略─ 「たとえば物が何もなくても、何とか工夫して暮らすンだということ」 ─省略─ 「そういう父さんをすこしわかったこと」 ─省略─ 「わかるようにぼくが変わってきたこと。母さん───」 ─省略─ 「ぼく──。 やっぱり明日、北海道へ帰ります。 父さんと約束したからじゃありません。 裏切ることになるからじゃありません。 なぜだかわからない。 説明できない。」定本 北の国から(倉本聰 理論社より引用)連ドラ第14話より母さんが急に入院し、半年振りに東京へ帰ってきた純。病気の母さんにこのまま東京にいて欲しいと言われ、ここで母さんといっしょに暮らしたいと思い始めた。ある日、友達と自転車に乗ってでかけた時、ある出来事を思い出す。それは昔東京に住んでいたときのこと。自転車が欲しかった純に、父さんはゴミの中から捨てられた自転車を拾ってきて、使えるようにきれいに修理してしまった。純は、カッコ悪いが、ないよりはマシ、とその自転車に乗っていたが、ある時その自転車は捨ててあったのではなく、置いてあったのだと、元の持ち主からイヤミな届出が出されて警察に自転車を持っていかれてしまう。納得のいかない五郎は警官にうったえるが──。物を大切にするかどうかで都会も田舎も関係ないと思うが、なんとなくイメージでは、都会で生活していると何でもお金で解決するのが当たり前のように思います。それに比べて、純がこの半年間北海道でやってきた暮らしは。水道がなくても、沢からパイプで水を引いてくる。電気がなくても、風力発電で電気を作る。その他、細かい部分でも物がなくても何とか工夫して生活していく。知恵を使って暮らしていく、ということを経験して少しだけ成長できた自分を感じられたのでしょう。そして結局その東京のくらしと北海道でのくらしを比べて、北海道へ帰る決心をしたのです。これは自分をもっと成長させたい、という人間としての本能に近い欲求が、そう決断させたのでしょう。今回の連ドラ第14話はこちら↓で見れます。北の国から Vol.7
Jan 29, 2005
コメント(0)
休日の日記は私の大好きな北の国からのことを書いてます。信次 「お前は東京で母さんと暮らせ。」 間。純 「暮らしたら、おじさんはもう来ませんか」 間。信次 「それはわからん」 純 「そんなの卑怯だ」信次 「卑怯じゃない。自信がないだけだ。自信のない約束をするほうが卑怯だ。違うか」定本 北の国から(倉本聰 理論社より引用)連ドラ第13話より東京にいる母さんが急に病気で入院し、純は雪子と東京へ───。そこで、純は初めて母さんの恋人、吉野信次と会う。日曜日に吉野に映画に連れて行ってもらった純は、そこで吉野と男と男の会話をする。父さんは男で、母さんは女だから、純も蛍もふたりとも父さんと一緒に暮らしたら、母さん一人で不公平じゃないか。と吉野に言われ、純はこのままでいいのか、と自問自答してしまう。もともと東京に居たかった純が、病気の母さんに会って、今の状態に疑問をもってしまうのは無理もない。かつて中畑のおじさんに「男は子どもでも柱だ!」と言われたことが、どこか頭の片隅にあったんじゃないでしょうか。気持ちの優しい純は、自分が病気の母さんを守らなければ・・・。と思ったのでしょう。さて、その結果、純が下した判断は・・・・。次回に続く。今回の連ドラ第13話はこちら↓で見れます。北の国から Vol.7-------------------------------------------------------------
Jan 23, 2005
コメント(3)
休日の日記は私の大好きな北の国からのことを書いてます。涼子 「純君、先生ね、本当のこといって、動物を殺すのはとってもいやよ。そんなこと、 できればして欲しくないわ。でもね。──そうしなければ生きてこれなかった。 長年そうやってずっと暮らしてきた。それが生きるための方法だった。─── そういう人がここにはいたってこと。ううん、いまもいるってこと、そのことだ けはね、知ってあげてほしいの」純 「───」涼子 「そういう人のことも理解してほしいの」純。蛍。涼子 「そういう人をにくまないでほしいの」純。定本 北の国から(倉本聰 理論社より引用)連ドラ第12話より蛍がかわいがっていたキツネ。一度純が石を投げつけてこなくなっていたが、再び姿を現すようになっていた。ところがある日、そのキツネが「トラバサミ」というわなにかかって足をひきづって森の中へ・・・・。蛍は「イヤダ──ッ!」と雪原を泣きながら走っていった。このことが、分校で話題になり、正吉が、わなをかけたのは実は自分のじいちゃんだと、涼子先生にこっそり相談した。そこで、涼子は後日、純と蛍を呼び出してここでは生きるためにかわいい動物たちとも戦った歴史がある、ということを説明するのだが・・・。都会の動物愛護協会のおば様たちには目を吊り上げておこられるかも知れないが、農家にとって、畑を荒らしに来る鹿やキツネは天敵です。自分の生活を守るためにこういった天敵と戦うのは当然です。わなを仕掛けるのもその一つです。でも都会育ちの純には、先生の言っている事は理解できても、やはり釈然としないものがあったわけですね。涼子先生のこんなに優しい説明でもですよ。でもその釈然としないものをクリアにしてくれたのが、わなをかけた張本人である、正吉のじいちゃんです。後で黒板家にあやまりに来たんです。「正吉にチョッキを作ってやりたかった。」と、その話を聞いて、純も蛍も納得したようです。きびしい自然の中で暮らしてきた人間の言葉の重みというのでしょうか、やはり実践者の言うことは聞く人の心に響くようで・・・・・。今回の連ドラ第12話はこちら↓で見れます。北の国から Vol.6----------------------------------------------↓私のメルマガです。よろしく!無料メルマガ、「超簡単!お父さんのための親ばかビデオ講座」
Jan 16, 2005
コメント(0)
休日の日記は私の大好きな北の国からのことを書いてます。草太 「したけど、タケさんいったべさ前に。都会の女も田舎の女も」タケ 「草太お前人にァ道ってもンがあるゾ?」草太 「───」タケ 「お前がつららちゃんにやってることは、道にはずれてると思わねぇか?」定本 北の国から(倉本聰 理論社より引用)連ドラ第11話より草太は先輩のタケに呼び出された。婚約したはずのつららをほったらかしにして、雪子に熱を上げている草太を説教するためだ。この話の後、つららを待たせてあるので会ってやれといわれるが、草太は行かなかった。「人には道ってもんがある。」人の道ってなんでしょう?道徳?人は社会を作って生きています。動物だってそうです。社会生活の秩序を保つためには、ひとりひとりが守るべき行為の基準が必要です。それが人の道っていうことでしょう。人が人の道から外れたら人ではありません。ただの生き物です。でも時には道から外れてしまうこともあります。外れたら、また道に戻ればいいんです。すぐに戻ればいいんです。外れてどんどん道から遠くなってしまうと、戻るにも戻れなくなってしまいます。出来るだけ早く戻れば、簡単に戻ることが出来ると思います。最近は道から外れる人が大勢いるようですね。早く自分の足で戻ってほしいものです。今回の連ドラ第11話はこちら↓で見れます。北の国から Vol.6
Jan 10, 2005
コメント(0)
休日の日記は私の大好きな北の国からのことを書いてます。馬。雪に凍った毛。ブルルとはく息。語 「ぼくらが鈴の音を聞く前に、馬はぼくらのうまった場所で、急に歩くのをやめた ンだそうだ。馬がいなかったら──。 ぼくたちはダメだった。」定本 北の国から(倉本聰 理論社より引用)連ドラ第10話より車で街に出かけた帰り道、雪子と純は八幡丘の山道で吹雪になり、車が吹き溜まりに突っ込んで動けなくなってしまった。初めて北海道の本当の冬に荒い歓迎を受けた純だった。ふたりともどうすることも出来なくて救助を待つしかなかった。一方五郎は、帰ってこないふたりを探しに出たが、ジープでも入っていけない山道に馬そりを使って探しに行った。そして馬は吹雪で全く見えない状況だというのに、ふたりが埋まっている車の前で、ぴたりと止まり動こうとしなかった。五郎はそこに埋まっている車を発見し、ふたりとも奇跡的に救出されたのだ。もし、五郎が馬でなく、車で捜索を続けていたら、ふたりの車を発見することは難しかっただろう。そしてふたりの命はなかったでしょう。たとえどんなに最新の除雪車などで捜索しても、馬の本能にはかなわなかったというわけだ。この第10話では、吹雪で村全体が停電し、電気で暖房をしている家は寒さで大変だった様子が描かれているが、五郎の家は電気も水道もない原始的な生活をしていたので、普段と変わりなく、何事もなかった。近代的な生活というのもいざというときには不便になる物だ。どんなに最新の技術を使っても、最終的なここ一番、というときには人間や動物の本能的な経験やカンの方が役に立つ、ということもあるのでしょう。今回の連ドラ第10話はこちら↓で見れます。北の国から Vol.5
Jan 9, 2005
コメント(2)
休日の日記は私の大好きな北の国からのことを書いてます。草太 「何でぇあんたは」みどり「何だっていいよ」 みどり。みどり「だけどねッ、人にはそれぞれ自分の──理屈にならない気持ちだってあるンだ!」草太 「──」みどり「それを知らないでガタガタ他人が、心ン中まで踏み込むもんじゃないよッ」定本 北の国から(倉本聰 理論社より引用)連ドラ第9話より東京から令子(五郎の別居中の妻)が子どもたちに会いにやってきた。だが、五郎は今、子どもたちが令子に会えば、忘れかけていた東京を思い出し、せっかくここでの電気も水道もない生活に慣れて、強くなりかけている純と蛍が、ダメになってしまうと考えた。そして直接会わすことを避け、遠くから見せるだけで、令子を東京に帰してしまった。それを聞いた草太が五郎に食ってかかったが、たまたま居合わせた五郎の幼なじみで、純と同級生の正吉の母親でもあるみどりに一括されてしまう──。みどりも亭主と離婚し、一人息子の正吉を女手一つで育てているのだ。もっとも、旭川まで働きにでているので、普段は正吉はじいちゃんと暮らしている。盆暮れの休みに正吉に会えるのが唯一の楽しみ。さすが、同じ境遇の経験者の言葉には重みがある。これにはさすがの草太も出る言葉もない。「─理屈にならない気持ち─」ふだん、自分は物事を理屈にしたがって考えている。特にパソコンで何かやろうとしたら、理論どおりにやってやらないと動いてくれない。そういった理屈では説明のつかない人の気持ち。すなおに心から思う人の気持ち。これは機械にはできない、人間にしか理解できない不思議なものだ。もっとも最近は、これも理解できない人間も増えてきてるようだが。今回の連ドラ第9話はこちら↓で見れます。北の国から Vol.5
Jan 8, 2005
コメント(0)
たった今、北の国から2002遺言の再放送が終了しました。何度みても素晴らしいドラマです。「父さん、あなたのそのみっともない姿がステキです。」またまた感動してしまいました。見逃した方、北の国から2002遺言は↓ここでみれます。北の国から 2002遺言まとめて見たい方は↓こんなのもあります。北の国から DVD12枚組ところで、1月13日より、北の国からの作者である、倉本聰による新しいドラマ、「やさしい時間」がスタートします。フジテレビまたもや富良野を舞台とした、父と子の愛をテーマとした作品です。放送が待ち遠しいです。※私はフジテレビの回し者ではありません。
Jan 2, 2005
コメント(2)
休日の日記は私の大好きな北の国からのことを書いてます。五郎 「(叫ぶ)さよならァ──ッ。1980年───ッ」かすかなこだま。五郎 「よし!さァどなれ」蛍 「ウン。セエノオ」三人 「さよならァ───ッ。1980年───ッ」五郎 「さよなら───ッ!!」三人 「さよなら───ッ!!!」かすかなこだま。定本 北の国から(倉本聰 理論社より引用)連ドラ第8話より大みそかの夜。電気のない黒板家ではテレビの紅白歌合戦も見ることができない。蛍とふたりで正吉の家にテレビを見に行った純だが、正吉の母親が久しぶりに帰ってきてるのを見て家に帰ってしまう。すると五郎が、街の明かりが見える丘に連れて行ってくれた。そこで三人は街に向かって叫ぶのです。ここに貧しくても、しっかり生きてる家族があります。決して目立たない、中央でない、世間の端っこで生きている。それでもしっかりとした家族愛で結ばれている。お金では買えない人生。幸福とは何だろう。金や物で満たされない本当のしあわせとは?なんて考えてしまいます。そんな人生をおくれたらなんて幸せなんだろう。「さようなら───ッ!2004年───ッ」今回の連ドラ第8話はこちら↓で見れます。北の国から Vol.4さぁ!来年もがんばりましょう!!来年も新企画「結婚報告はがきに変わる新しい結婚報告のカタチ。~結婚報告.tv~」をよろしくお願いします。
Dec 31, 2004
コメント(1)
休日の日記は私の大好きな北の国からのことを書いてます。和夫 「それに比べてお前はダメだ。父さんの手助けを何もしていない」 純。和夫 「女の蛍よりも働いていない」 純。和夫 「東京とちがって、いざとなったら、ここではだれにもたよっていられない。もうじき本当の冬になった らわかる。そういう時、もしも父さんが倒れたら、その日からお前は一家の柱だ。」 純。和夫 「わかるか。男は子どもでも柱だ。それが家ってもんだ。ここではそうだ。 いまのままではお前はダメだ。」 純。定本 北の国から(倉本聰 理論社より引用)連ドラ第7話より五郎の手伝いを何もしない純に、五郎の親友である中畑和夫が説教する。純は確かに「男なのに女々しく、力仕事は出来るだけサボり、ずるがしく頭だけ回り、」と自分でも思っていたので、和夫のこの言葉が相当効いたようだ。オンエアされたこのシーンはクリスマスで雪の降る夜という設定で屋外でのロケであった。中畑和夫を演じる地井武男さんがいい演技をしていて、今の都会ではありえない、他人の子どもをしかる、ということがその子にとってどんなに良いことか、と思わせるシーンです。このシーンを見ていて、親以外の人からしかられた経験があまりない私は、純がうらやましく思えました。しかり方にもよりますが、この物語は子育てや、社会についていろいろ考えさせてくれますね。今回の連ドラ第7話はこちら↓で見れます。北の国から Vol.4
Dec 26, 2004
コメント(0)
休日の日記は私の大好きな北の国からのことを書いてます。五郎 「北村の家で──心配している」雪子 「───」五郎 「草太が君に──ほれてるらしい」雪子 「あいつは前から都会に出たがってる」雪子 「───」五郎 「何とかこれまで引き止めて──牧場をつぐ気にやっとさせたところだ」雪子 「───」五郎 「だからやつの場合どうしてもこっちで──嫁にくる者をさがさにゃならん」雪子 「───」五郎 「あいつとつき合うにはその覚悟がいる」定本 北の国から(倉本聰 理論社より引用)連ドラ第6話より草太に完全にほれられた雪子。自分でもよくわかっている。そのことで草太のおやじさんは五郎に相談する。雪子が本当に北海道にいる決心をしているのかと・・・。北海道にいる決心。このことをこのドラマでは「覚悟」という言葉を使っている。この言葉は他にも、純が東京に帰るのをやめたときも「覚悟は出来た」草太の恋人、つららが雪子に草太のことで話に来た時も「覚悟いるんだよね。まず、いるためには。」などと使っている。都会で生まれ育った人間にとって、旅行で一時的に滞在するのではなくて、ずーっと、一生住むとなると、特に北海道で、しかも農家というと、想像を絶するギャップがある。それを表現するとなると「覚悟」という言葉になるのだろう。今回の連ドラ第6話はこちら↓で見れます。北の国から Vol.3----------------------------------------------------
Dec 25, 2004
コメント(0)
休日の日記は私の大好きな北の国からのことを書いてます。草太「どこの世界にてめえの子どもを───分けへだてするような親がいる」純 「───」草太「男のくせにあまったれるな」純 「───」草太「お前のおやじはお前のそういう───あまっちょろいところをたたき直したくて ─── 一生懸命冷たくしてるンだ。」純 「───」草太「お前のおやじは不器用な男だから───そういう風に冷たくみえるンだ。」純 「───」草太「勉強が出来るならそれくらいわかれコノッ。」定本 北の国から(倉本聰 理論社より引用)連ドラ第5話より最近、五郎が蛍ばかりかわいがり、自分に対する態度が冷たいと感じていた純は、えこひいきされていると思っていた。ある日、そんな気持ちを蛍がかわいがっていたキツネにあたり、石を投げつけてしまう。五郎になぐられ、とび出していった純に、草太が優しく説教する。北村草太という人物はこのドラマでは重要な登場人物なのです。というのも、登場人物を「陰」と「陽」に分けるとしたら、草太は完全に「陽」であり、物語の展開では泣かせるところもあれば、笑わせるところもあるので、草太が登場して視聴者を笑わせ、話にテンポが生まれています。しかし、そんなお笑いキャラの草太も時にはとってもいい言葉をしゃべるのです。自分の親以外の大人に、こんなにあったかくお説教されて育った子どもは、なんて幸せなんだろうと思ってしまいますね。今回の連ドラ第5話はこちら↓で見れます。北の国から Vol.3-----------------------------------------------
Dec 23, 2004
コメント(1)
純(語り)「だけどこの人はぼくに関係がなく。蛍にも父さんにも関係がなく。母さんな らいいけど、関係ない人が父さんの悪口を言うのは絶えられず」純(語り)「ぼくは少なくとも父さんの息子であり。」純、ホテルの表にとび出して五郎の車へ走る。純(語り)「自分の気持ちが、ぼくにはわからない。母さんごめんなさい!電話に出なく てごめんなさい!だけども───だけども─── ぼくは───ぼくは───」定本 北の国から(倉本聰 理論社より引用)連ドラ第4話より東京の母さんから純と蛍あてに届いた手紙を五郎は勝手に処分してしまった。純は東京から母さんの使いでやってきた弁護士「本多」とふたりで話をする。本多は手紙の件で五郎を非難するが、純にはそれが耐えられず、せっかく本多が東京の母さんへ電話をかけたのだが、電話口にでる事もなく、五郎のもとへ─。母さんに会いたい。話がしたい。そう思っている純にとって、目の前で母さんとつながっている受話器を差し出されて、拒否する理由は何もない。しかし、いくら五郎に対して頭にくることばかりでも、他人に自分の父親の悪口を言われて、許せなくなり、電話にでないで部屋をとび出してしまう。母親の電話と父親に対する侮辱を許さないというプライド。この心の葛藤が小学校三年生の男の子には大きすぎたのでしょうか。今回の連ドラ第4話はこちら↓で見れます。北の国から Vol.2
Dec 19, 2004
コメント(0)
清吉 「お前ら───。 いいか───。 敗けて逃げるんだぞ。」雪子。清吉 「二十何年いっしょに働き───お前らの苦しさも、悲しみもくやしさも、わしは いっさい知ってるつもりだ。だから他人にはとやかく言わせん。他人にえらそう な批判はさせん。しかし、わしには言う権利がある。」純。雪子。清吉 「お前ら敗けて逃げていくんじゃ。」 純。清吉 「わしらを裏切って逃げ出して行くンじゃ。」 純。清吉 「そのことだけはようおぼえとけ。」定本 北の国から(倉本聰 理論社より引用)連ドラ第三話より北海道に来て一週間。体質が北海道には合わないと五郎にうったえた純は、東京から来た母親の妹、雪子おばさんといっしょに東京に帰ることになった。布部の駅まで清吉おじさんに送ってもらったふたりは、汽車を待つ間、清吉おじさんから話を聞かされた。昔、いっしょに入植した仲間が農家を廃業して村を出る時、駅まで送りにきた時の話を・・・・。この話を聞いたからかどうか、結局、純は東京へ戻るのをやめて、富良野に残る覚悟を決める・・・・。--------------いゃ~。さすが清吉おじさんいいこと言いますね。年の功ってやつでしょうか。この後も、この純という少年はいやなことから、ずるがしこく逃げ回り、サボることばかりの人生を送るのです。それは最終回の2002遺言の中でも自分でいっていることであり、困難に自分から立ち向かって行こうという人生を歩んで生きませんでした。でもなぜかこのときだけは一度は汽車に乗って帰りかけたが、やはり五郎さんのもとへ帰るのでした。やはり清吉おじさんの迫力に負けたのでしょうか。今回の連ドラ第三話はこちら↓で見れます。北の国から Vol.2
Dec 12, 2004
コメント(0)
純 「だけど──────」五郎 「─────────」純 「僕の体質には───」五郎 「─────────」純 「北海道は合わないと思われ───────」五郎 「─────────」純 「やはり─東京が──合っていると思われ」 五郎 「─────────」 定本 北の国から(倉本聰 理論社より引用)連ドラ第二話より五郎に北海道に連れてこられた純が、東京に連れ戻してもらうために東京の母親あてに書いた手紙を「ポストに投函して来い」と、蛍に命じた。初めて町まで歩いて出かけた蛍は途中で道に迷ってしまい、村は大騒ぎに。捜索隊を待つ五郎に純は、東京に帰りたいという気持ちをポツンと打ち明ける───。体質がその土地に合うとか、合わないとかって面白い表現ですよね。でも実際わかるような気がします。私は子どもの頃、畑の中にポツンとある一軒家で生まれ、育ちました。見渡す限り、360°回りが全部畑です。一番近い隣家?まで100メートル以上あったと思います。そのせいか東京の、特に下町のようなゴチャゴチャとした感じが苦手です。逆に北海道のような何もない広い景色を見るとホッとします。私の体質には北海道が合っていると思われ────。今回の連ドラ第二話はこちら↓で見れます。北の国から Vol.1---------------------------------------------------
Dec 11, 2004
コメント(2)
フジテレビの国民的ドラマ「北の国から」。私はこのドラマが大好きである。大好きというか、大ファンである。大ファンというか、大マニアである。大マニアというか、大フリークである。とにかく好きなのだ。ビデオに凝りだしたのも、このドラマの影響が大きい。ビデオを作っていても、このドラマ風に、なぜかなってしまう。私の映像制作の原点がここにある。一番最後の放送が、もう今から2年前。一番最初の放送が今から23年前。だから若い人にはよくわからないと思います。でも私はこのドラマが大好きです。その証拠に1.シナリオ本すべて持っています。2.ビデオ全部持ってます。3.DVD全部持ってます。そしてもう10回以上見てます。北海道の各ロケ地には今まで数回行ってます。そのほか名セリフをいくつも言えます。と、言うことでこれから土日の日記で「北の国から名セリフ」というのを連載していきたいと思います。なんかビデオ屋にもたばこ屋にも関係ないんだけど。まぁいいか。「北の国から名セリフ」vol1純 「電気がなかったら暮らせませんよッ」五郎 「そんなことないですよ」純 「夜になったらどうするの!」五郎 「夜になったら眠るんです」 ------定本 北の国から(倉本聰 理論社より引用)【北の国から vol.1】(DVD)第一話より五郎に連れられて北海道にやってきた純が、家に電気がないのを知って、五郎にくってかかるシーン。そうです。人間は本来夜になったら寝るのです。今は24時間電気がつきっぱなしで、昼も夜もあったもんじゃありません。日が出たら起きて活動し、日が沈んだら眠る。これが人間の本来の姿です。現代人は人間の姿をしていても活動は人間的ではなくなってきているのではないでしょうか?あんまり夜更かししないで早く寝ましょう。おやすみなさい。
Dec 5, 2004
コメント(0)
全30件 (30件中 1-30件目)
1