神頼みな毎日

神頼みな毎日

刑務所


突然入れられたのは刑務所。鉄格子と曇った小さな窓ガラス。そしてコンクリートの壁。

鉄格子の向こうで、監視官が一人。本を読んでいた。タイトルは『愛してる人』


「あの」

「なんだ、静かにしてろ」

僕の声に振り向いた人は、なんだか知っている顔だった。とてもよく知っている顔のようで・・・・・・なにも思い出せない。

「僕はなんでここに」

「忘れたのか、自分が投獄されたわけを」

記憶がはっきりしないのは、捕まった時にはげしく頭を打ったからか。なんで捕まったんだっけ・・・・・・。

薄れ行く記憶は、少しの事しか教えてくれなかった。


          ◇◇◇◇◇


今日の朝は、めずらしく特別な朝だった。

いつもは仕事に行って、そして帰ってきて、少し趣味をして、寝る。それだけを繰り返す日々。

なのに今日は、仕事に行く途中に女の人に会った。

彼女はこの国の人間ではなかった。旅行で来た人で、とても・・・・・・とても綺麗だった。

ううん・・・・・・そのあとがよく思い出せない。霞がかかる。

僕はその人に何か言ったんだ。衝動的に言いたくてたまらなくなった。そしたら、回りの人たちに


『国家反逆罪だ』


あぁそうだ。僕は国家反逆罪で捕まったんだ。

でもなんでだろ。僕は一体なにを言ったんだ?

「僕は誰?」

「君は誰だろうな、そんなこと俺の知ったことではないよ」

「教えてください」

「自分のことだろう、自分で思い出しな」

そうだ。自分の事だ。なぜ思い出せない。名前はおろか、顔も思い出せない。

あんまり特徴のない。目は黒で髪も黒。そんな管理官を見つめる。知ってるようで全然しらない。

「僕は・・・・・・国家反逆罪で捕まったんですか?」

「そうだよ。覚えてるじゃないか」

「僕は・・・・・・なにをしたんですか?」

「国家に対する反逆」

「だから・・・・・・なにを」

「君はとんでもないことを言ったんだ」

「なにを・・・・・・」

僕は誰だ?何をした?なぜここにいる?なにをしてた?

回りはコンクリート。鉄格子と曇った窓。自分を映すものは何も無い。自分を知るすべはなにもない。

ああ、僕は誰なんだ。

管理官の読んでる本が目に入る。『愛してる人』・・・・・・愛してる?

「あぁ・・・・・・っ!」

思い出した。僕は彼女に好きだと伝えたくなったんだ。美しすぎて、唐突に。

手放したくなかった。このまますれ違って赤の他人で終わるのは悲しくて。突然愛してると伝えた。

そしたら取り押さえられた。

そうか。怒りがこみ上げてきた。この国は外との交流を認めていないんだ。外の人との結婚は許されていないんだ。

そんな馬鹿な話はあるか。好きになる気持ちは自由だ。なににも邪魔はされない。

なのに、捕まえて投獄なんて・・・・・・ありえない。

「おい」

「なんだ。さっきからうるさいぞ」

管理官の事がとても憎いと思えた。俺には何の非も無い。

「なぜ俺が捕まらなきゃならないんだ。ただ人を好きになっただけだ。それがいけないことか」

「なんだ、ちゃんと覚えてるじゃないか。そうさ、それは犯罪だ。国に背く行為だよ」

「なんでだ。人を好きになるのは、自由だ。誰かに裁かれる筋合いなんて無い。俺は悪くない」

その時、管理官の哀れむ目の向こうに見た。

唯一、自分の姿を映すもの。もう一人の人間の目。そのレンズには僕が写っていた。

目には俺が映っている。

そこには、管理官とそっくりな顔立ちの俺がいた。

髪は黒くて、瞳は黒。特に特徴のない顔立ちで、少し目に活力がない。

あぁ・・・・・・ぁぁ・・・・・・思い出した。この国は・・・・・・この国は。

皆同じ顔なんだった。皆一緒の人間。皆が同じの国。

皆同じ人と結婚して、同じ子供を作って、同じ家庭を持って・・・・・・。

あぁ・・・・・・あぁ・・・・・・。他の人を好きになるのは、この国を否定することなんだ。

その事に気付いて。もう俺は、おれじゃなくなっていた。






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