神頼みな毎日

神頼みな毎日

作成中につき


 空気を引き裂くようなエンジン音で、耳が痛い。自分の扱っているバイクの出している速度に、冷や汗が止まらない。俺は普通の人間だ。爆音や暴走が大好きな人間とは違う。馬鹿でかい音は不快だし、少し間違えば死の世界へ即刻ご案内の、現在のスピードも怖い。
 心の中に不満の塊を積らせながら、手首を捻りスピードを上げる。すると俺が追いかけているワゴン車も、同様にスピードを上げた。逃がすか、ちくしょー。さらにスピード上げると、風が強く、耳元で唸り声を上げた。
 さっきからこの調子だ。しかしこのまま、どっちかが事故るまで、追いかけっこを続けるつもりはない。向こうに事故られると、困るのは俺だし。早急に、相手にとどめを刺す方法を考えなければ。
 あれこれ考えていると、バイクの爆音と風の唸り声の中に、かすかに何度かの銃声を聞いた。蛇行しながら逃走中の、薄汚れた白のワゴン車の後ろの窓に、クモの巣――三発ほどの弾痕が見えた。さらに内部からおそらく発砲した本人が、何度か窓を殴る。弾痕で耐久の低くなった窓は、殴られて崩れるように割れた。その割れたから、私はたった今強盗をしましたと自白してるような、真っ黒な覆面ヤローの顔とそいつの手に持たれた拳銃が見えた。
 自分のつけているフルフェイスのヘルメットの視界の悪いさにうんざりしながら、拳銃を持つ手を見つめる。犯人グループの一人が、追跡中の俺を撃とうとしているんだ。子供でも見れば分かるようなことを、なぜか冷静に考えている。まぁ余裕なのには理由があるが。
 アイツの弾は当たらない、長年こういう仕事をしていると分かる。長年と言っても、俺はまだ十七歳で、本格的な仕事経験ならまだ二年目だけどね。若干とはいえ蛇行走行している車内から、こっちを正確に狙うのは難しい。それに遠くからでも、銃器に慣れていないことが分かる。
 三発ほど、銃声が聞こえた。しかしどれも道路のコンクリートを少し破壊しただけで、俺には当たらなかった。もう少しひじを伸ばして、しっかり狙え下手糞、しっかり狙われると困るんだけど。
 意味のないカーチェイスはこれくらいにしとくか。車体をまっすぐ走るよう安定させ、両手をハンドルから離した。バイクは段々失速し、ワゴン車が離れていく。
 俺は手早くウインドブレーカーのジッパーを下げ、胸の辺りにぶら下がってる拳銃を取り出した。鈍く黒光りするそれを、まっすぐ腕を伸ばしワゴン車に狙いを定める。
 ――。
 ――。
 二発続けて、撃った。

 ◇

 公園は人が少なく、静寂に包まれている。公園にいるのは俺と同じジョギングをしている奴と犬の散歩ぐらい。朝の公園は涼しくて、少し朝もやが出ていて視界が白む。
 公園の中を走るのは楽だ。木々や芝生が多いから、酸素が他より濃いのだろうか? なんて事を考えながら、そして時々無心になりながら走る。
 空はまだ少し白くなってきたぐらいで、太陽の力も及んではいない。朝の冷えた空気のおかげで、体温が上がりきらず心地の良い疲労感を味わいながら走れる。この疲労感はシャワーで洗い流せて、あと引かない疲れだから好きだ。
 しばらく走ると、公園を抜けて大通りに出た。大きな道路なので、朝だけど自動車が頻繁に通る。うるさくない程度の多少の雑音も、無味乾燥な通りを走るのも、また悪くないなと俺は思っている。結局のところ朝のジョギングはなんでも心地が良い。
 しかし、その心地よさを破るものがやって来た。爆音が遠くから近づいてくるのだ。不思議に思い足を止めて振り返ると綺麗な漆黒の、デカイバイクが走ってきた。驚いた事にそいつは俺の前で止まり、紅いフルフェイスのヘルメットを脱ぐ。少し茶色交じりの長い黒髪と、見知った女の顔が現れた。
「……東か。お前近所迷惑だろ、朝からそんな騒音だして」
「近所迷惑が怖くてバイクに乗れるかってんだ。……なんてね、はいはいエンジン切りますよ」
 東は苦笑しながらエンジンを切り、町に静けさが戻った。すっかり大人しくなったバイクをまじまじと見る。車体の横にVFRと白く描かれているが、このバイクの名だろうか。俺はバイクに詳しくないので分からないが、カッコいいというのは分かる。
 黒い鏡のように俺の姿を映すボディー。黒光りするそいつはずいぶんデカイ体で、鋭い流線型だった。速いのだろう、きっと。
「どーだっ。かっけぇだろ」
 自慢げに笑いながら、東がバイクから降りて俺の横に立つ。東 美香は俺と同い年で、小柄な女の子なのだが、よくこんな獣を乗りこなせるものだ。振り落とされてしまうんじゃないか?
「かっこいいな。だけど自慢話は止めてくれ。俺はバイクは分からんからな」
「はいはい。ところで、朝食食べた? まだなら少し付き合って」
 小首をかしげ笑顔で訊ねてくる東は、卒倒するほど美少女なのだが、俺はもう付き合いも長いので卒倒はしない。心臓破裂しそそうなくらい、どきどきはするけど。
「まだだな、でもどこに行くんだ?」
「いつものとこ。じゃあ乗って」
 東はそう言うとヘルメットをかぶり、バイクにまたがる。東がキーを回すと黒い獣が息を吹き返し、町中に響き渡るかと思うくらいの音量で吼えた。
 俺も東の後ろにまだかり、東の腰につかまる。その細さにどきどきしてから、ふと疑問。
「俺のヘルメットは?」
「ごめん、これしかないの。じゃあちゃんと掴まっててね」
 ノーヘルかよ……。しかし抗議しても、声はバイクにかき消されてしまうだろう。後ろで大人しく、事故らないことを祈っていた。
 俺の祈りは伝わり、無事にいつものファミレスについた。バイクを駐車場の片隅に止めて鍵をかけて、ファミレスに入る。どうやら爆音は店内にも届いたらしく、店内にいる人たちが俺らの様子を見ている。朝早いので、お客は少ない。俺と東は店内の一番奥のテーブルに座った。店員がメニューと水を置いていった。
「お前のバイク。そうとう目立つみたいだな……。みんな俺たちのこと見てるよ」
「えー?。そんなに目立つかな、エンジン音……」
「目立つだろ、そりゃ」
 俺は、ちょっとトイレ行ってくる、店員来たらコーヒー頼んどいて。と言い残し席をたった。トイレから出たとき、店員たちが俺たちの席のほうを見て話してる声が聞こえた。どうやら相当注目されているらしい。
「あれだよな、普通逆だよね。バイクを運転するのが女で、後ろが男って」
「しかも体格差、結構あったよね。女の子のほうは小さくて可愛いし、男は結構長身だったし」
 ……どうやら、バイクの爆音は関係が無かったらしい。
 少しへこみながら席へ戻ると、東が「どうした、しょぼくれて」と聞いてきたが、理由は話さなかった。
「それで今日は、なんの用件だ?」
「その用件聞いたら用無しって感じの聞き方、冷たいねぇ~。FBIグループの仕事だよーん」
 東は、どこから出したか書類の束を机の上にぽいと放った。書類の一ページ目には無機質なワープロの字で『作戦内容』と書かれている。
 FBI――。俺と東が所属し、仕事をしているグループだ。俺たちのような若者ばかりを集めた部署は、FBIの中でも特に特殊な集団だ。ただ、若い頃から訓練を受けて、経験をつむ
「またFBIか。今度はなんだ?」
「強盗だよーん」
 書類に眼を通しながら、ため息をつく。明日……月曜か。学校休まないとな。仕方ない、仕事だ。
「ねぇ、なんで天野ってそんな学校とか行ってるの?」
「お前は行ってないのか」
 店員がコーヒーとクリームソーダーを持ってきた。東、んなもの飲むのかお前。高校生だろ。
「んー、高校生でもおいしいものは食べる権利はあるっ! 学校は行ってるけど……仕事があるたび休みで嬉しいよ」
「俺は、学校にいるときのほうが平和でいいがな。回りにあわせるのは大変だけど、それが普通なんだから」
 コーヒーを一口飲む。東はむずかしい顔をしながら、スプーンでアイスをせっせと口に運んでいた。ほんとこいつは、どんな難しい話してても、見てるだけで和むやつだな。
「でも天野君は、普通ではないのよねぇ。すごい能力の持ち主だもんねぇ」
 考え込むように頭に手をやりながら言う……、考え込んでるんじゃなくて頭が痛いからか。
「射撃の腕は抜群。現場での判断力、アクシデントに対する対応力もずば抜け。そして度胸もいい」
「お前と対して変わらないだろ」
「そんなことないよ……、『黒の鳥』の奴らと『黄金の南京錠』取り合いになったの覚えてる? 軽井沢の別荘で銃撃戦になったとき、めちゃめちゃ天野強くて凄くて……」
 なぜだか最後のほうになるにつれ、声が小さくなっていき、もう少し何か言っていたが聞こえなかった。だんだん顔が下を向き、東はうつむいてしまった。少し顔が赤い。
「そんなことあったっけ? つーか誰だっけ、黒の鳥って」
「あったよ。忘れたの? 一時期うちらFBIをさんざん悩ましてた犯罪グループだよ、あの一件でグループまるごとブッつぶして解決したじゃん」
「忘れたよ。銃撃戦だって、もうやりたくないんだ」
 コーヒーを飲み終えた。カップを端に寄せて、書類をテーブルの上に広げた。強盗か、銃撃戦はないんだろうな。あれは二度とごめんなんだよ。
 忘れたなんて嘘だ。もちろん黒の鳥事件は、よく覚えていた。あの銃撃戦だって、よく覚えている。初めて俺が人を撃ち殺した事件だ。そしてその事件から、俺の心は仕事を拒絶し始めた。
「まぁ俺だって、ボスに拾ってもらって。恩は今も忘れない。今更仕事を止めたいなんていわないよ。ただ」
「ただ?」
「もう二度と、殺しはごめんだから」
「……ん。ボスに言っておくよ」
 俺は店員を呼んで、朝食を頼んだ。俺は自分の注文を言ってから東のもついでに頼んだ。ここには何度も来ているので、いわずともお互いの頼むものは分かる。
 俺はハンバーグBセット。店自慢のでっかい肉と、ご飯は大盛り当然。
 東はオムライス。もちろん大盛り、ケチャップ多め。
「天野……頼んだあとに言うのもあれだけど、絶対多いよね」
「――そうか、朝ごはんってこと忘れてた」
 習慣は怖い。いつもこのファミレスに来る時は昼か夜だった。ジョギングの後とはいえ、朝は腹は減ってない。
「あーあ、私が食べれなかったら代わりに食べてよねー。そうだ忘れてた。今回は新人さんが一緒だからね」
 そういってポケットから、すこしくちゃくちゃになっている写真を取り出した。ショートカットの女の子が写っている。
「また女? 多いね」
「その子も私達と同じ、訳アリらしいよ。で、こないだ訓練十ヶ月間を終えたらしいの」
 と言う事は今回が初任務か。まぁ十ヶ月の訓練受けた後だから、訳アリでもさすがに落ち着いていると思うし、大丈夫だろう。
「にしても先輩が二人もついてるって、だいぶ楽な初任務だな。俺のときは一人だったのに」
「え? 私と一緒で初任務じゃなかったっけ?」
「いや、そのまえに簡単な任務をひとつな。それでも当時はだいぶ緊張したぞ」
「ずるっ。あれがお互い初体験だと思ってたのにぃ」
 なんか誤解を招く一言だな。なんてことを思ったりしているうちに、料理がやってきた。うわっ、これはきついかも。
「やっぱ私食べられないよ……、でねこの子ここに呼んだから」
「呼んだって、ここらへんに住んでるのか?」
「うん。らしい、よ。あのさぁ私クリームソーダーも飲んでるんだよ?」
 オムライスを前に、悲痛の叫びを上げる東。俺も目の前のハンバーグを投げ出したい。それから俺と東は会話もそこそこに、食べることに集中した。会話しながらなんて、とてもではないが、無理だ。うぷっ。
 そんなこんなで俺と東が悪戦苦闘をしていると、いらっしゃいませーと店員が口々に挨拶する声が聞こえたのち、一人の少女がこっちに向かって歩いてきた。そして俺の前にたって、手にもっていた長方形の紙と俺たちの顔を見比べたあと、
「FBI?」
 と小声で囁くように言った。
「あーもしかして、ゆり……うっ……ちゃん?」
「大丈夫か、東。なんかやばそうだぞ」
「だめ、生まれそう」
「何がだ。液体がか、ついモザイクをかけて眼を逸らしたくなるような液体がか」
「天野覚えてろよ……、わざと言ってんだろ。気持ち悪くなるでしょうが」
 そういいながら、東は机に伏せって唸っている。どうやら本気でヤバイらしい。まぁ俺も人の事は言えないが。ふと見ると、新人がなんだか見てはいけないものを見るような眼で見ている。どうした? まだ生まれてないから見ていけなくはないぞ?
「で、君は……ゆりうちゃん?」
「百合です! 佐々木 百合」
 慌てて訂正しながら、白い眼で俺を見ている。いけないいけない、満腹の限界を超えてハイテンションになってしまっているな。新人に白い眼で見られてるよ、俺。たぶんこの子は、FBIは馬鹿組織だという第一印象を持ったに違いない。
「やっぱりなんだ……」
「へ?」
わなわなと震えながら、本当に小さく呟く百合。
「ボスのおじいさんに聞いたとおり、FBIきっての馬鹿コンビなんだ」
「……」
 どうやら、馬鹿なのは俺たち二人だけと、既にインプットされているようだ。ちっ、ボスの奴。手が早いな。
「心配……本当に大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫。ところで百合」
「なんですか」
「これ食べない?」
 テーブルの上のオムライスとハンバーグを指差して言うと、百合はなんとも言えない表情を見せた。席に座って、オムライスを口に運び始める。
「ありがとねぇ、百合ちゃん」
 机に伏せったまま東がお礼を言うと、百合はいいから休んでてくださいとぶつぶつ呟いた。どうやら、東になつくようだな、東はお姉さんと言ったところか。
 ところで百合、これも食べて――……。

 ◇

 なんとか敵を片付け、満身創痍でファミレスを出た俺たちは、銀行前に移動した。現場を見て、作戦を立てなければならないためだ。
「とある情報筋から『赤の平野』って連中が、この銀行を狙っているって情報をキャッチしたの」
 作戦内容の書類を見ながら、現場の地理を確認する。大通りに面した、大きな銀行で、裏通りに作業員ようのカードキーシステムのドアがひとつ。表通りの方にはお客用の自動ドアが三つほど。
「その情報筋はまぁ、信頼できるかどうかは微妙なんだけど、一応警戒しておいて。赤の平野はけっこうな武装集団らしいから」







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