戸口に露の降りるまで

戸口に露の降りるまで

思索する戸々露




私は、人から非難されるのに弱い。
誰でもそうかもしれないけれど、その非難が、的を得たものであろうとなかろうとすっご~く気落ちしてしまう。(-_-)
気分を奮い立たせる為の作業を必要とする。
1、自分の落ち度を率直に認める。
2、的を得ていない非難はすてる。
3、相手の怒りの底にある感情を分析する。
4、全ての人に認められることなどありえないとつぶやく。
5、違う世界の人に会う。 (゜ー゜=)ノ⌒゜ ポイ
明日は、わく星学校の「親の会」で岩倉でビールパーティーだぞ~~~(^O^)


可愛いまみちゃん 7月30日(火)

暑かったですね。
でも身体が暑さに馴れてきたのか、何とか扇風機で過ごしています。仕事場は「暑いと寒い」が争っていますが。
今日は作業療法士のまみちゃんが体調不良で休み。
一昨日から頭が痛くて吐き気もして辛いと言いながら月曜日は出勤していた。
まみちゃん(仮名)は「いい人」過ぎる。
顔は瞳ぱっちり、まつげなが~い。唇はさくらんぼ。ともかくすっごく可愛い。喋り方は山瀬まみのような喋り。声はもう少し可愛い。
でもそのカワイイかおと喋りのせいで、なかなか仕事人としては、患者や家族に信頼してもらえず苦労したという。想像できる。
うちのデイケアでは、本来理学療法士のする訓練などもまみちゃんがほとんど一人でする。
疾患のない人の関節の訓練などは看護師も分担してはいるが、心身ともにまみちゃんの負担は相当なものだ。
普通病院では10~20人くらいしか1日に担当しないらしいが、ここでは30人くらいの人のリハビリを見ていかなければならないのだから。
まみちゃんは、頭がいいので、仕事に必要な情報や知識を、おばさんナースの私にもきちんと教えてくれる。
人の気持ちもよく判っている。やさしい。
仕事も引き受けてしまう。
何か問題が起きても、人のせいにしない。
嫌いな人にも優しい笑顔で話が出来る。
夫の家族との会食では、義妹の子ども達の子守りをしてしまう。いいひとなのだ。
けれど、気のおけない人とだったら、普通の若い人らしい会話をしているし、冗談で、私に「まだ書けてないんですか~」と突っ込んだり、あのひと変ですよねとかいうことはある。
総務のやり方などには厳しく意見を言ってくる。
でも。
誰かのことを、皆で悪口をいいていると必ずかばう方向にはなしを持っていくのはまみちゃん。
自分の親からもメンドウ見て欲しいと言われているらしい。
お兄ちゃんはダメなひとなんです・・・という。
したくないソフトボールチームを抜けられない。
地域の体育振興会の役員もやっている。
私はまみちゃんが心配だ。
「いやだを言ってる?」というと、
気の弱そうな目で、「これでもすこしは言えるようになったんです」
「でも大丈夫です。がんばれるから」
頑張るのも、いいひとなのも悪いことじゃないけれど、心の底で悲鳴を上げている自分の声を聞くことは大事なことですよ。
悲しみや、妬みやうらみ、嫌いと言う感情、マイナスの感情を自覚して、その上でコントロールしていくのと,封じ込めて「いいひと」なのは違うのです。
封じ込めた感情は、自分の親しい人に向かっていくから・・・子どもとか、年老いた親とか・・・
まみちゃんもなんとなく私の言ってる意味は解っているらしい
ゆっくり話せたらいいなあ
明日は来てくれるかな


8月の空は哀しみをさそう 8月8日(木)

この間から戸々露は、青い空を見上げては
「deep blueの空は哀しいね」とつぶやいておりますが、誰も首をかしげて、おかしなことを言うなあという顔をする。
「戸々露は詩人やね、やっぱり」と慰められています。
朝のラジオ番組を聞いていたら、歌が流れてきた
♪ こよなく 晴れた青空を
哀しと思う せつなさよ ♪
「長崎の鐘」という歌です。
広島の朝も、長崎の朝もきれいに青空が輝いていたのです。
何もなくなった沖縄にも青空は輝き、それぞれの人が噛み締めた8月15日も青空という記憶。
私の8月は戦争と平和への祈りの時期。

悲しみを
いや増す青空
原爆忌 戸々露


私はもともと危ない人ですw(゜o゜)w オオー! 8月15日(木)

ブルーなきぶん。TOTORO0205さんが更年期の症状って慰めて下さったけれど、
うんそれもあるかも・・・年からいったらね(^○^)
昔から思春期から危ない精神状態の事がよくあるんです。
よくまあ、人にも自分にも危害を加えず大人になれたもんだと
自然に囲まれたのんびりした田舎とのんびりした時代だったからかもしれませんね。
まあこんな私でしたから子どもたちは苦労をしたわけでして・・・
94年の1年間というものが、私にとって自分が大人になるための濃密な時間になったのです。
親が不幸にして、大人でない場合(精神的にですよ。社会的には立派でも、精神に愛に飢えた子どもを抱えている人がよくあるものです)
子どもが親を養育しなければなりません。
そんな状態になっていた我が家が、嵐ののなかに突入するのは当然だったのですよ。
子どもたちは、私が大人になるまでよくがんばってくれました。
今は精神的に独立した人間として付き合えるようになりました。
ただ、いまでも、大人の私が、黙って暗くなる私の中の小さなえーchanを「疲れたんだね、どうしてほしいの、何かしてほしいの」とやさしくしてやらなくてはならない時があるのです。
その余裕さえない時にブルーになるのかもと思います。
そんな時は大好きな人と触れ合えたらいいのでしょうね。
カキコして下さったみなさんありがとう
もう大丈夫で~~~す♪


秋になりました 8月20日(火)

通勤は自転車でしている。
歩いても15分くらいだから歩いて通えばダイエットになるのだけれど、ビールも含めて毎日の買物が多く帰りが大変なのでつい自転車通勤を止められない。
でも自転車そのものが好きでもある。
坂はしんどいけれど下りになった時の爽快感はかけがえが無いし、適当な距離感をおいて風景を見る頃が出来るのも好きだ。
通勤途中、さかのうえの小学校の道端にハイジのもみの木がある。
ほんとはシベリア杉かなと思うけれど、見事な大木で、自然に枝も伸ばしたままにされている。
だから私はその木にハイジのもみの木と名をつけて毎朝見上げて通るのです。今日は見事な青空で、アルプスの空のように透き通った風が輝いていました(アルプスは行った事ありませんが)
思わず、♪あの雲はなぜ、私を待ってるの、おしーえておじいさん、・・・アルムの森の木よ♪とうたっていました。
自転車ではほんの5分もかからない通勤時間ですが、家から職場への小さな小さな旅の時間です。


萩 9月13日(金)


学生の 笑いきらめく 萩の道 戸々露

通勤の道の土手に、盗人萩がたくさん咲きはじめました。
近くに高校と短大があり、若い人達がキラキラしながら通っていきます。
誰も萩のはなになど目もくれないで、自分の青春に精一杯です。
それを俯瞰している私です。
うらやましいと思う時期はすぎ、萩の花に対する愛おしさと同じくらい若い人達にも愛おしさを感じる戸々露です。


口がある限り食べ物は入る (2) 9月15日(日)

自分の夢に向かって走りはじめた友人が、我が家を訪ねてくれた。
夫がこの春から、木工を始めたので、店舗探しの段階の改装などのシュミレーションに付き合って欲しいという依頼。
そんなに夫が役に立つかなあという私の内心の心配をよそに話が決まった。
彼女はわく星学校でのつながり。
オープンマインドの人なので子どもの事や夫の事など話が展開。
「いいよね。こんなのが欲しいというだけですぐ作ってくれる夫。ツグちゃんもサンちゃんも立派に育ってるし」と彼女。
「あなたのところの、なんでも造詣深くて考える人っていいじゃないの。Hくんが皆と同じがしたいというのも、彼のスタイルなんだし」と私。
二人で、無い物ねだりなんだよね、特に夫には。
子どもに対しては、「彼の人生は彼のもの」って事を生涯かけて納得していくのが親ってものかもねと話が弾む。
親としては、彼女のところにしてもうちにしてももう子どもに影響を与えられる事はない。
あるとすれば人生の先輩としてどういう人生を歩むかという事。
夢があれば、いつからでも始められる、どんな困難も乗り越えようとする事に意味がある事を、言葉ではなく、自分の姿で示す事。
彼女は、車の免許もとった、資金繰りもしている。
着実に歩みはじめてる。
フェアトレードな精神で作るフィリピンのバナナを使ったお菓子。
若い人に正しい食事をしてもらいたいと作るお弁当、そんな思いからお店を持ちたいという夢。
失敗を考えるより、問題を1つ1つクリアしていくだけだよね。
それがわく星流の夢の実現の仕方。
わく星学校のけい子さんが言ってました。
「口がある限り食べ物ははいる」
夢をお金なんかであきらめないさ

ところで私の夢は・・・・・・


秋ですね (2) 9月28日

静かに別れの時が近づいてくる
私が望んだわけでなく
あなたが望んだわけでなく

全てに別れがある事を
知っているけれど
口にだすのは恐いから
その日が静かに来る事を
願って
祈って

「今」を生きる





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