魂の還る場所

魂の還る場所

バトームッシュさんへ。

 珍しいこともあるもんだ。

 千秋の率直な感想はそれだった。
 家族揃ってテレビを観ていたところでジーパンのポケットで携帯がブルブル震えて、不意打ちの出来事に「うわあ…っ」と「う」と「わ」と「あ」がくっきり聞こえる叫びを上げた。
 一家団欒の真っ最中だったので「何へんな声あげてんの」と口々に言われた。
 千秋は、家に帰ると自分の部屋に携帯を置きっ放しにするクセがある(友達からは「不携帯電話じゃん、それじゃ」と不興を買っている。気付かないから)。
 そんな彼女が携帯を持って居間でテレビを観ていたことも珍しいことだったのだが、千秋が「珍しい」と評したのは自分が携帯を持っていたことではなくて、康広からの誘いのメールの内容だった。
『明日は京都』
 短い。
 それはいつものことなのだが、いつも車で近くをぐるぐる回って終わるような男が何を思ったのか…。
「何?康広君?」
「うん、そう」
 公認というか何というか。
 車で近くをぐるぐる回ったあと、何度か家で夕飯を食べたりしている(時々一緒に昼ごはんを食べて出かけることもあるくらい)なので、家族も千秋も(多分康広本人も))こうしてメールの相手や内容を聞かれても特に躊躇ったりすることもなく答える。
「明日京都に行こうってさ」
 ふーん、秋の京都、それは良いねぇ…と家族それぞれ呟いたあと。
 母には、
「だったら焼き栗買ってきて」
 父には、
「父さんは茶団子な」
 妹には、
「カッコ良い人力車引き捕獲してきて」
とお土産を要求された(妹の言葉は聞かなかったことにする)。
 祖母は、
「京都…おじいちゃんと良く行ったわー…」
…うっとり遠くを見て、アルバムを引っ張り出してきて思い出話を語り始めた。祖父母は本当にラブラブな美男美女だったのだが、それはまぁ置いておくとして。
「康広から『京都』なんて言葉が出るとはねぇ…明日は雨かしらね…」
と、当の千秋は「彼女」という立場としてはらしからぬ言葉を呟いた。
 …付き合いの長い相手だからこそ、の言葉なのだろうか…。

 そして「明日」は「今日」になった。
 待ち合わせは、10時に改札前。
 雨どころか、秋晴れは気温をぐんぐん上げて気持ちの良い天気だった。
「ちーっす」
「おっす。」
 敬礼のような挨拶を交わして、康広が切符を買う。
 康広と電車で出かけるなんてどれくらい振りだろう?
「ちゃんと切符買えるー?」
「失礼な。
 …あ、間違えた」
 言ってるそばからコレだよ、もー…と千秋が言うのと同時。
「千秋の分『こども』のボタン押すの忘れた」
 …康広の膝裏に、千秋の蹴りが入る。
「いってぇ」
 大袈裟に言った康広の手から切符を1枚抜いて、サッサと改札を通った。
 小さいって言っても子供料金で入れる訳ないだろっと怒る千秋の背は153.5cmはあるのだ。
 たとえ平均身長よりも小さいかも知れなくても、最近の小学生が千秋より大きかったりしても。
 ちなみに康広は180cmちょっとらしい。中学・高校と野球をしていたし、大学に入ってからも適当に身体を動かしているらしく、隣りに立った千秋が実寸より小さく見える体型を維持している。
「待てよ千秋ー」
「うるさいっ康広が隣りに居るから私が小さく見えるんだっ」
「じゃあ俺に何処に居ろって言うんだよ」
「後ろに居ろっ」
「俺はお前の保護者か」
「だから子供じゃないっての!」
 いつもこんな調子の二人のやりとりを、友達連中が「夫婦漫才」と言っているのを千秋は知らない。

 ホームに着くと、タイミング良く電車が入ってくるところだった。
 平日と言うこともあって電車はそれほど混んでいなかった。
 妙齢のご婦人方やハイキングのグループと思(おぼ)しき人たちがたくさん居たけれど、座れる余裕があった。
 康広はドアの上にある路線図で乗り換えを確認している。
 嵐山が目的地らしい。
「何で京都に行こうって思ったの?」
 千秋が訊くと、
「兄貴が明日車貸せって言ったから」
 車じゃない理由は解ったが、どうして京都になったのかが解らない答えが返ってきた。
「いやいやいや、車が無いのは解ったけど」
 ナニユエに京都?嵐山?ともう一度訊くと、
「ひらめいた。」
と、きっぱり言い切られてしまった。
 思いつきと実行力。
 どうやらそれが答えらしい・・・。
「…まぁ良いかー…家族は喜んでたし…」
 肩を落としながら千秋が言うと「何で千秋が京都に行ったら、千秋の家族が喜ぶんだ?」と至極当たり前な質問をされた。
 なので、昨夜の会話…家族達の要求や思い出話…を話した。
「うっわ、さすが千秋の家族!!」
 康広が爆笑したので、ちょっと憮然とする。
「それはどういう意味ですかい」
「それはそのままの意味ですわ」
 即行で返された。
 …二人のやりとりを周りの人たちが微笑ましく聞いていることを千秋は知らない…。

 そんな会話をしているうちに乗換駅に到着し、あっという間に嵐山に到着してしまった。
 改札を出ると、向こうに紅葉が見える。
 川沿いに進むと少しして橋に着いた。
 渡月橋だ。
「月を渡る橋かー、綺麗な名前だねー」
「そだなー」
 橋の下を流れる大堰川(おおいがわ)に樹々の色が映っている。
「ねぇねぇ、渡月橋って何で渡月橋って言うの?」
 康広の顔を見上げながら尋ねると、千秋の顔を見下ろして反応が返る。
「答えても良いけど、語り入って長くなっても良い?」
「…長いなら良い…」
 時々康広は知らないだろう事を知っていたりする。
 多分きっと渡月橋の由来も知っているだろう。
「平安時代の天皇様が、あーこの橋って月が渡って行くみたいに見えるよね、って言ったから渡月橋になったんだとさ」
 …知っていたのは感心するのだが、どうして康広が説明すると重みも趣(おもむき)ってものも無くなるのだろう…。

 橋を渡ったところで、母のご所望の焼き栗屋さんがあった。
 ここの焼き栗は美味しいと友達にも聞いたことがある。
 着いたばかりでお土産を買うのもおかしいかと思ったが、自分たちのおやつにもと思って買うことにした。
 買うなり、歩きながら皮を剥いて食べ始めた。
 康広が剥くそばから千秋は奪って食べたので(明らかな嫌がらせだ)、康広は「俺にも食わせろー」と言うので「保護者なんでしょ、だったら良いじゃない」と千秋は食べ続けた(朝のことを密かに根に持っていたらしい)。
 10個ほど食べたところで、千秋は剥き係と食べ係を交代した。
「ヤバい、マジで旨い、止まらなくなるかも」
 そう言って康広がどんどん食べるので、仕舞いには「自分で剥けっ」と千秋は袋を乱暴に渡した。
 その頃には栗はほとんど残っていなかったけど。
 なだらかだけれど普段怠けているものにとっては結構つらい坂道を上っていく。
 途中でおいしそうなものが沢山あって、「はいはい後でね」と背中を押したり「はーい、後でな」と襟首を掴まれたりしながら、適当に進んでいった。
 似顔絵描きや、世界一小さな美術館や、竹林を抜け、トロッコ列車の線路を渡ったり。
 竹細工の店やまゆ玉の店を覗いたり、お寺や神社の澄んだ空気を感じたり。
 こんなに歩いたのは久しぶりだねって話しながら歩いた。
 こんなにずっと手を繋いで歩いたのは久しぶりだねって。
「たまには車じゃないのも良いね」
「たまにはかよ」
 ちょっと息を弾ませている千秋に笑いながら、康広は少しだけ…本当に少しだけ前を歩く。
 思う存分歩いたところで空の色や辺りを染める色も濃くなり始め、そろそろエネルギー補充するところも無くなってしまうので引き返すことにした。
 やっぱり京都と言えば湯豆腐やおばんざいでしょ、と二人の意見が一致した。
 少しゆっくりになった昼ごはんを求めて引き返す途中、二人は歩き続けたのと陽気との相乗効果もあって、とうふアイスの誘惑に負けた。
 最初は半分コにしようと言っていたのだが、康広が豪快に一口食べ、「うわーん!康広のバカバカバカー!!」と千秋が本気で泣きそうになったので(食べ物が掛かると年齢が下がるらしい)、結局1つずつ食べた。
 渡月橋の近くまで戻るとおばんざいの店があったので、そこで昼ごはんを食べた。
 近くにお土産物屋さんが並んでいたので、そこで父の茶団子や、お漬け物を買った。
 焼き栗屋さんもまだ開いていたので追加で買った。
 すぐ近くに人力車が並んでいるのを見て康広が「カッコいい人力車のおにいさんは良いの?」と笑って言うので「持って帰るの大変だから良い」と返した。
「なに?持って帰った方が良い?」
「妹君へのお土産ならね」
 千秋のはダメ、とさらりと言って、康広は繋いだ手を幼稚園児みたいに振って歩き出した。
「まぁ私は間に合ってるしねぇ」
 何でもない声で言ったけど、顔はちょっとにやけていた。
「さて、これからどうするー?」
 渡月橋を渡りながら康広が訊いたので、ちょっと考えてから、
「かえろー。流石に歩き疲れた」
と提案ではなく決定させた。
「そだな。そんで、千秋の所で焼き栗と茶団子と漬け物でお茶にしよう」
 飄々(ひょうひょう)と言うので「さっきごはん食べたばっかりでしょ」と笑いながらツッコミを入れる。
 駅までの道を歩きながら、おばあちゃんは特にコレって言わなかったけど良かったかなぁ…と思っていて、
「あ!」
 思わず大きな声を上げてしまった。
 隣で康広は「え?何?」という顔をしている。
「写真、一枚も撮らなかったよ。携帯ですら」
 祖母のことを考えていたら、昨夜見せて貰った祖父との思い出アルバムを思い出し、この日自分たちが一枚も写真を撮っていないことに気付いたのだ。
「一応デートなのに」
と千秋が苦笑すると、
「まーそのうちまた来る機会があるでしょー」
と康広は言った。
 千秋も「そだねー」と頷いた。
「でも、次からはまた車」
「また近くをぐるぐるかい」
「そ。ゼイタクは敵」
「何じゃそりゃ」 
「先は長い」
「先は長いって?」
 千秋が首を傾げると、康広は繋いだ手をぺしぺしと叩いた。
「続いてくんだから、毎回頑張ってたら大変でしょーが」
「…そうだね」
 ちょっぴり間があいてしまったのは「そうか、これから先も長いのか」と喜んでしまったからだった。
「じゃ、ご近所ぐるぐるでも良しとしますか」
「して下さい」
 今度は千秋の方から、繋いだ手をぶんぶんと振った。




 …あうちっ(/<;
 実はコレも1年前のキリ番プレゼントだったりします(核爆)
 お題は「秋」と「京都」。
 むーずーかーしー(><
 最初はね、もっとしっとりしたのを考えたんですよ。
 でも
「…アカン…この二人…終わりそう…」
ってカップルが出てきたので、そちらはボツにしまして。
 ・・・って、しっとりしたのをボツったら、何でこんな夫婦漫才カップルが出てくるんだーーー!?(核爆)
 …私の所為ね…とほほ…。。。
 気が付くと嵐山観光案内ちっくになってるし(笑)
 渡月橋の由来とか調べちゃったよ、思わず。
 だって私も不思議に思ったんだもー。(爆)

 ・・・パパさん・・・こんな作品になってごめんなさい・・・(滝涙)


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