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本日にて1号2号ともに現在のクラスは終わり。明日からは新しいクラスになります。1号はいよいよ年長さん。2号はクラスは2歳児ですが、実際は3歳児なので明日からは主食と箸をもって行かなければなりません。実は3号も「1日からあずけますか?」って聞かれたんですが2日の入園式からにしたほうがキリがいいような気がして来週からにしてもらいました。1号のクラスでは担任の先生のお一人が本日付で退職されます。その先生がクラスの子どもたち全員にお手紙を書いて持ってきてくれました。1号にあてた手紙には「1号くんのすきなところはなんでもよくきがつくこと、 みんなとなかよくあそべるところ。 もっともっとおにいちゃんになるんだろうね。 またどこかであえるといいね!」と書いてありました。1号はドライなもので、「先生今日でおしまいなんだって~」なんてケロッとした顔で言ってましたが...。多分、先生はこの手紙を書くとき、とっても名残惜しく思っていたんじゃないかな。クラスの子どもたちに自分のことを覚えていて欲しいなあ、と一人一人のことを思い浮かべながら書いてくださったのではないかと丁寧に袋に入れられた手紙を見ながら思ったのでした。それを1号に言っても多分まだ分からないだろうな...。この先生は結婚されてよそに行かれるそうです。新しい土地でいろいろ大変なこともあるかもしれないけれど、また新しい出会いもあることでしょう。お幸せになりますように。このお手紙は保育園の連絡ノートと一緒にしまっておこうと思います。またいつか見返した時に懐かしく思い出されることでしょう。
2005年03月31日
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3月もいよいよ大詰めになりました。今日、保育園から入園式の案内ハガキが来ました。今週末、4月2日です。いよいよ3号も保育園デビューとなるわけです。上に兄ちゃんたちがいるのであまり心配はしてませんが(^^;)楽しく遊べるといいなあと思っております。最後のほうにそれぞれの新しいクラスが書いてありました。それによると、1号は年長、2号は2歳児クラス、3号は1歳児クラスです。1号は当然として、2号はまだトイレトレーニング終了してないし、大分ましになったとはいえ、まだまだ年齢よりは幼くて多分2歳児クラスに行くだろうと思っていたのでこれも予想の範囲内でしたが、3号が1歳児クラスに行くことになったのにはちょっとびっくりしました。というのも、うちのおちびさんたちが通う保育園は年齢が小さいうちは割と弾力的というか、早生まれの子どもたちは一学年下の子どもたちといっしょに過ごすことが多かったので、もしかしたら0歳児クラスかな~と思っていたのです。あと10日も遅く生まれてたらまだ0歳児だったわけですしね。0歳児組はせいぜい5~6人しか入れないと思うので、4月生まれの子どもたちが多くてはみ出てしまったのかもしれません。いっしょのクラスの子はみんな走ったりしてるんだろうな~もしかしたらおしゃべりしてる子もいるかもしれないな~その中で一人ちびっ子だったりして...(^^;)と思わないでもないですが、2号をすでに上回らんとしている気の強さや上二人をよく観察してどんどんいろんなことをやろうとする旺盛なチャレンジ精神などをみていると、結構適応しちゃうかもしれないな~などとのんきに思ってしまうのでありました。何はともあれ、もうすぐ進級、あたらしいクラスでも3人楽しく過ごせますように。3人送迎、大変だろうけど頑張ります(^^)
2005年03月30日
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母親になってもうすぐ6年です。よく、雑誌などに「今のうちにやっておかないと間に合わない」だの「早期教育が決めて!」だとかたくさん知育教材の宣伝だとかしてますね。英語教室や運動教室、音楽教室なども花盛り。私は本人が関心を示さない限りそういったお稽古事はあまり必要ない、今はめいいっぱい五感で身近な世界を感じること、生活をしっかりすることが大事だから小学校に入るまでは何も言わずにおこう、と思っています。なので現在通っているのは1号のスイミングのみ。通い始めてもう少しで2年です。来年になったら歌の好きな2号にヤマハの体験教室でも行かせて見ようか、とは思っていますが...。(単に家にエレクトーンがあるから練習もできるし、ってことですが)今のうちは複数の習い事はきっと無理だから行くとしてもひとつだけです。自分の子供だからきっと不器用だと思うしね(^^;)たくさんは出来まい...。オットも今のところ同じ意見らしいです。小学校に入ったら書道とそろばんは行かせたいみたいですけどね。だけど、自分が結構小さいうちから習い事をしていて役に立っているのも事実。小さい頃からヤマハに通っていたのですが、おかげで楽譜を読むのも音程を取るのも不自由していません。字や数字に興味を示す私に親はどんどん上の学年の教材を買い与えてくれました。小学校入学時には割り算の概念まで覚えていたのでそのおかげで小学校のあいだは余裕があって、どんどん自分で深いところを探して本で読んだりしていたのも確か。バレエをちょこっとだけ習っていたおかげで背筋も結構まっすぐになっていると思います。プロになるとか一生続けるとかいうのは問題外としてもそんなことを考えると、幼い頃の習い事のおかげで役立っていることもあり、早期教育は必要ない、と一概に決め付けることも出来ないし、難しいな、と思います。もしやらせるとして、親のスタンスとして、どうしたらいいのでしょう。現在、気をつけようと思っているのは、あまり欲張らないこと。あれもこれも欲張っても仕方ない、これは人生に潤いを与えてくれるものと思って本人にあいそうなものをひとつかふたつにしておいたほうがいいのでしょうね。逆に言えば特にやらなくても別に構わない、と思っていたほうがいいのかな。あと、お稽古事に一生懸命になるあまり生活の部分を忘れてしまっては仕方ないんだろうな...、と思います。性格もあるんでしょうが、私はこれがすっぽり抜け落ちてて後で苦労する羽目になりました(--;)今でも苦労してます...。トップは目指さないこと。子どもをあおらないこと。これも大事かな...。本人がその分野に才能がありそうならすぐに分かってくるでしょうしね。そして本人が面白くなさそうならすっぱり切るくらいの思い切りのよさも必要かもしれませんね。習い事については、自分の過去のことなどもからんできて、なかなか自分の意見を固められない私です。2号はどうしようかな...。
2005年03月29日
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県の南の方にある宇和島で桜が咲いたそうです。松山ではもうちょっと先かな、と思いますが...満開の桜を見られるのもそう遠くはなさそうです。おちびたちもそろそろ上着を着なくても平気になってきたみたい。いよいよ春も本番が近づいてきたようですね! 先週のこと。家の中を動き回っていたのでついて行ってみたら本棚の上に載っていたくまのぬいぐるみを見つけ、何度も指差して相当に欲しそうにしている様子を見せました。では、と渡してやると「うきゃー」とうれしそうな歓声を上げてぬいぐるみをぎゅっと抱きしめ、それ以来、このくまちゃんを殆ど手放さない3号です。座っているときは常に抱いているかもしくは横に寝かせています。他のことに気をとられて忘れているようでも、存在が目に入ったらすぐに寄って行って抱きしめてます。そして頬ずり。移動するときは目に入る限り手に持って一緒に移動。あまり歩くのは好きではないようで専ら移動はハイハイなので、気の毒にくまちゃん、モップのようになっています(^^;)寝るときも忘れていなければ一緒に布団に入り、起きたらくまちゃんを抱えて居間まで現れる。殆どライナスの毛布状態。ホントに気に入ったみたいですね~上二人はあまり特定のものをかわいがる、ということがなかったし、(二人ともに電車マニアではあったけど。 おかげでプラレールのパーツが家の中にあふれかえっている...)私自身も特定の人形などにあまり執着を示すタイプではなかったと思うので3号の様子を見ていると、とっても不思議な気分になります。このくまちゃんのどこがそんなに気に入ったんだろうね。ふわふわした感触かなあ。抱きしめやすい大きさかな?大好きなお友達ができた気分なのかな?いろんなことを想像してしまいます。きょうもくまちゃんと一緒にお昼寝。すやすや平和そうに寝ています。くまちゃんと一緒にいい夢見られるでしょうか?
2005年03月28日
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午後から雨の1日。修了式に出た上に本日もオット仕事によりおちびどもの相手をせねばならず動き回っていたら、再び血尿が(T_T)どんなに養生していても悪くなるのは一瞬ですね...とほほ。月曜日は休んでいよう... 修了式の後、1号のスイミングについていった2号、終わったあと本屋さんに寄って、どうよううたのえほん きいてうたって16曲!( 著者: | 出版社: 永岡書店 )という本を買ってもらって帰ってきました。16曲の歌のボタンがついていて、押すと曲が流れるというものです。歌好きの2号、帰ってくるや否や早速あけてボタンを押しまくり、ずーっと聞き入ったり歌ったりおりました。私のところへ持ってくるので一緒に歌ったりしていたら3号の興味も引いたようでやってきて2号と本の奪い合いしてました(本壊れるぞ...(--;))途中、ボタンを押したら曲が変わるのが面白いのか、曲が終わってないのにめったやたらと押し続けてましたが...。それは遊び方が違うでしょう(^^;)とにかく、あっという間に2号と3号のお気に入りになってしまったこの本のおかげで、当分のあいだはいろんな歌をうたわされそうです。ところでこの本の曲のラインナップ、「どうよう」とあるだけに、「いとまき」とか「ゆき」とかスタンダードな曲が並んでいるのですが、なぜか「ドラえもんのうた」と「さんぽ」(「となりのトトロ」の)が入ってます。こういうのも童謡に入れていいんですね~ためしにうちにあった辞書(岩波国語辞典第三版)で調べてみると、【童謡】 1.童心を表現した、子供のための歌や詩。 2.民間に伝えられてきた、子供のうたう歌。わらべうた。 3.子供が作った歌や詩。とありました。確かにこれで見ると、子供のための歌は童謡とみなしていいということなのでしょう。なら、「ドラえもんのうた」も「さんぽ」も童謡の範疇に入れてもかまわなさそうですね。(作者がそれを意図したかどうかは分かりませんが。 特に「さんぽ」のほうは)てっきり昔から歌われていた歌しか入らないのだと思い込んでました。思い込みはいけませんね。といっても「ドラえもん」なんかはつくられてからもう25年もたってるからこれも昔からある歌、といっても過言ではないですか。生まれたときすでにこの曲が存在していた人たちがもう親になってるんだもんね...。自分はそのときすでに小学生だったからあまり昔、という意識はないんだけど(^^;)そういえば「さんぽ」ももう15年くらいたってるではないか!当時大学生だったからか、ついこないだ、だと思ってました...。月日のたつのは早いですね...。トホホ~。
2005年03月27日
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本日は、1号2号の通う保育園の卒園式と修了式がありました。退院して以来こもりっきりの私でありますが、今日くらいは行かねばなるまい、とまたもオット実家から義母に来てもらって3号のお守りをお願いして4人で出かけました。保育園に到着したら、もう卒園児さんたちは前のほうに並んでいました。いつもホコリだらけで遊びまわっているみんなですが、今日はピシッとスーツなんか着たりしてずっと大人びて見えます。その後ろにはずらっと親御さんたち。式自体は滞りなく進行し、卒園式も修了式も無事終わりました。卒園児さんとその親御さんはその後茶話会があるようですが、そのほかの子どもたちはクラスに戻って、それぞれ修了証書とこの1年間に描いた絵を閉じた製作集、その他プレゼントなどを頂いて帰りました。毎年のことですが、来年は1号もあそこに並ぶんだな~と思うとまたなんとなく違った気がしてしまいます。何だか信じられないような。でも、年中児くらいになると、送る言葉なども堂に入ったもので家ではまだまだ子ども子どもしていますが随分大きくなったんだな~と思わされます。製作集を見せてもらっても、2歳くらいのときはどう見ても先生たちの手のほうがたくさん加わっているのに、年中の今の絵は、ホントに上手になったなあ、と親バカかもしれないけど思います。来年ホールの前面に並んだ1号は今年の卒園児さんたちと同じように大人びた姿なのでしょうか。今年の卒園児さんは、1号がまだおちびクラスの頃に一緒だった子どもたちもたくさんいるし、(だいたい保育園の基準では1号は年長児扱いだったし)迎えにいった時などによく年長年中と混ざって遊んでいるのを見ていたのでなんだかいなくなってしまうのが寂しいですね。多分、何人かは31日まで同じように通ってくるのだとは思いますが。それでも今までとは違った雰囲気になるでしょう。でも、3分の1くらいは1号と同じ小学校に上がる予定なので来年小学校や学童クラブでかなりの子どもたちとまた顔をあわせることが出来るかな?その日がまた楽しみです。
2005年03月26日
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それは早朝2時半のこと...前夜からどうも寝つきの悪かった3号がまたもぐずぐずと泣き始めました。しばらくは抱っこしてなだめていたもののどうも泣き止まない。3号は声がかなり大きいので(オットは「3号サイレン」と命名(^^;))その泣き声にオットも起きてきました。しばらく交代。台所に連れて行った様子。私は横にならせてもらったものの、オットがお茶をやったりあやしたりしているのにどうも全部拒否して泣き続けているようなのでもう一度起き出して様子を見に行ってみました。そしたら、もうこの世の終わりでも来たか、といった調子で泣き続けている3号。顔は涙でぐちゃぐちゃです。これはいかんとまた交代。結局なだめること1時間。3時半頃やっと再び眠りについてくれました。おかげで二人ともふらふらです。オットはそれでも何とか6時前に起き出して米を研いだり洗濯を仕掛けたりしておいてくれましたが、私は完全にダウンしてしまいました。もしかしたら中耳炎が復活したのか?と思い、午前中仕事を休んでオットが3号を耳鼻科に連れて行ってくれましたが、中耳炎はシロでした。100%問題ないそうです。それなら一体何が原因だったのでしょうか...。おなかがすいたか?それとも寒かったのか?もしかしたら単純に夜泣き?考えても全然分からなくて、結局うやむやに。3号は全く夜泣きをしないお嬢さんだったので感覚をすっかり忘れているのでした...。(1号がかなりの夜泣き小僧だった。 1号は運動不足が原因と判明して、毎日山ほど遊ばせまくって解決)そして私は午前中使い物にならなくなってしまったのでオットが実家に電話したら心配して義母が車を飛ばして来てくれました。昼寝を3時間ほどさせてもらって、お昼ごはんも作ってもらってようやく復活です。トホホ。しかし、そうやって心配してくれる人がいると言うのは本当にありがたいものです。病後で復帰が控えているから回りがホントに気を遣ってくれてありがたいやら申し訳ないやらなのですが、でもあまり甘えないようにしないとね。油断してぐーたらになりそうです。気をつけよう。
2005年03月25日
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いまさらですが私は左利きです。それも相当頑固な左利きで、箸も鉛筆も包丁もボールを投げるのもすべて左。右でできるものと言えば...楽器演奏と習字と編み物くらいかな?左利きだと「かっこいいー」なんていわれますがそんなに楽なもんではないです。不便なことも多いし、理不尽な思いもたくさんしてきました。日常生活を送る上で困ることも多いです。例えば、出刃包丁は片刃で右利き用に出来てるので使えません。左利き用も見たことありますが、大抵は注文生産でべらぼうに高かったりします。なので使ったことありません。はさみは裁縫用の大きいのなどだと反対向きに持たないといけないので指が痛いです。左利き用最近結構増えてきましたけど、カタログやインターネットならともかく、地方の小さいお店などで見つけるのは至難の業です。おしゃれ用のバレッタ。デザインを選ばないとひっくり返って図柄が逆さまになります。なので上下対称のものしか選べません。台所用品のレードル。注ぎ口が右利き用に出来てます。私には無用の長物です。出来れば両方につけて欲しいなあ...。だめ?いちいちあげていくときりがないのでこの辺でやめておきますが、一つ一つは些細なことなんですけど重なっていくと結構負担になっていくものです。そのうちにあうものを選別することに慣れてはいくんですけどね。出来れば右利きだろうが左利きだろうが気にせずに使える道具がたくさん欲しいな~とは思うわけです。精神的にも昔は特に苦しかったです。昔はほぼ例外なしに矯正させられてたもんですが、頑固者の私は頑として受け入れなかったと言います。しかし中には「右利きでなければ人間にあらず」といった態度をあからさまにとる人がいたりして、無理やり右を使わせようとしたり、いろいろありました。学校の先生にもそういう方がいたりして母が怒鳴り込んでいったこともあります(^^;)それにあの珍しいものを見る視線、何というかつらいですね~最近は矯正させられることも減ってきたようですが、今でもよく「左利きは直したほうがいいの?」という文章を見かけます。そんなときは「左利きってあってはいけないものなのかしら」と思って悲しくなります。そんなに何でも多数派に揃えないといけないものなのかな?左利きに限らず、世の中にはいろんな意味で「普通」と違う人たち(まあ「ふつう」ってどんなこと?っていう疑問もありますが...)が少なからず存在しているはずなんですが、そういう人たちは大抵同化させられてしまったり、排除させられてしまっていることが多いのではないか、私もそんなに多くの例を知っているわけではありませんがそんな風に思うのです。同化しても支障のない場合もありますが、ストレスが多大にかかる場合もあります。小学校だったとき同じクラスだった子が右利きになることを強制されて言語が不安定になってしまったと大人になってから聞いたことがあります。たかだか左利きひとつのことかもしれませんが、それほど大きな影響を残すこともあるのです。少数派に生まれついてしまった人間としては、出来れば自分の性質を曲げられることなく好奇の視線や強制力にあわずにゆったり暮らしていきたい。道具類にしても左右両方誰でも使えるデザインのものがもっとたくさん増えればな...なんて思うのはわがままなんでしょうか。
2005年03月24日
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本日、久しぶりに病院に行ってきました。帰省以外では前回の通院以来の外出です。3号をお守りをしに来てくれた義母に預け、前回の反省も込め、タクシーで行き帰りしてきました(^^;)結果はと言うと、まだ血尿出てました(涙)ですが、顕微鏡で見ないと分からない程度だし、(10日くらい前から目に見える血尿は出ていない)痛みもほぼなくなってきてるので定期的通院はもう終わりになりそうです。後は退院時にはまだ右腎臓が腫れたままだったので、それが元の大きさに戻っているかどうかを見るために、5月半ばにエコーの検査をすることになりました。それで何事もなければ、多分解放になるのではないか、と思っています。しかし、4月半ばに復職が控えているのでした。GWがあるとはいえ、ここで負荷がかからないようにしないと。よりにもよって、オットが忙しい部署に異動になってしまったし(涙)、本日は多分私の職場でも内示があったはずなのですが、自分に連絡が来ないと言うことは、多分育休中に異動になったあの席のまま...。やったことのないシステム保守のお仕事が待っています(T_T)コンピュータの基礎知識もないのによ~どーすんだ~ホントに係長になるまでに一通り回されそうです(今までにやったのがサービス、目録、会計、...残るは雑誌関係だけ)何とか無理をしないように済ませる方法はないものかと頭が痛いです...。
2005年03月23日
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3連休も終わり、ちょっと静かになりました。3号は遊び相手がいなくなってちょっと退屈そうです。外はあいにくの雨。ベランダにも出られず家の中でゴロゴロ。私は1号2号が散々荒らした跡を片付けて回っていたので忙しくしていてあまり見てやれなくて、つまんなかったんでしょうね、いろんなもので遊び始めました。最初はおもちゃを引っ張り出して振り回していたりしたんですが、それにも飽きて、家財道具へ手が伸びていきます(笑)ふと見ると、電話の受話器を抱えて何かおしゃべりしてます。見たらちゃんと耳に当てて話してる。今までは受話器をはずして落としているだけだったのに、いつの間にまねっこを覚えたの?ダイヤルも押したりして、いっぱしに会話してるつもりらしい(^-^)その後は1号の幼児雑誌を抱えて読み始めました。ページを破らずにちゃんと読んでるではないですか。なかなか堂に入ってますな~じきにそれにも飽きてきたようなので、今度は紙とボールペンを渡してやると、ぐるぐる何か書いてます。時々反対にもって書こうとするのはご愛嬌ですね(笑)油断するとなんでもポイポイゴミ箱の中に放り込まれます。本人お片付けしているつもりらしいので(だってすごい自慢そうな顔をして放り込んでいる)あまり叱れない...(^^;)片隅に座って熱心に何かやっているようなので覗いてみたら薬の空きボトルを抱えてふたを閉めようと躍起になっていたり。はずすのはこないだ一回出来たけど、閉めるのはなかなか難しいよねえ(^^)兄ちゃんたちがもらったシール。いつの間にかはがせるようになっている!はがしたものを「みて」と見せてくれるのね(笑)まだ貼るのは出来ないようです(^^;)洗濯物をたたんでいたら、自分もやるつもりなのか手を出してきて、たたんだ洗濯物をぽんぽんたたいていたり。(ハハが洗濯物を防御するのに抑えていたのを覚えているらしい(笑))台所の鍋が納めてある棚のドアを開けることを覚えて中の鍋釜をだしてます(^^;)何か料理でもしますか?今まで何でもかんでも振り回すとか投げるとかしかしていなかったような気がするのにいつの間にかみんなの様子を観察してまねっこが出来るようになってたんですね。そうやって周りの様子をどんどん吸収して大きくなっていくんだね。このちっちゃな頭にはどんな世界が出来上がっていくんだろう。とっても楽しみです。そして、もうハハもうかつなことは出来ないわね(^^;)すぐ真似されそう...。
2005年03月22日
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本日、うららかないいお天気!しかし、週末にオットは異動の辞令が出てしまい、(しかも昔いたときぜーんぜん帰ってこなかった部署行き… 午前様当たり前だったところです(--;) 子育て中の人間をそんなとこへ放り込むなよと心の中でつぶやいてしまう… 今度は早く帰ってくる!といってるがさて実行できるのか?)今の部署での後始末におおわらわ。実はこの3連休もお仕事です。私もまだ3人連れての外出は不安なのでいいお天気なのにかわいそうだけどおちびさんたちは家でビデオ鑑賞してもらっていたのでした。そんな中、19日に頂いた一升餅の後始末をしていたのですが、お天気もいいことだし、とそのお餅の一部を使ってあられを作ってみました。何のことはない、5ミリ角くらいに切ってからからに乾燥させ、低温の油でじっくり揚げればいいだけなんですけどね。本当は2、3日乾燥させておいた方がいいのでしょうが、明日は雨という予報が出ていたのでそれは断念。大体乾いた夕方頃にお餅を回収して、さて、実行です。油の中にお餅を入れると、じきにぶわーっと膨らんで、あっという間に見慣れたコロコロのあられの形になっていきます。さすがに乾燥半日ではまだ甘かったようで、一部中のお餅がはみ出してきたものもありましたが(^^;)、まあそれもご愛嬌。(実は乾燥が甘いと思ったら電子レンジで乾燥させてもいいのですが、 それをせずに揚げたので↑こうなりました。)ほんのりきつね色になってきたところでさっと引き上げ、味付けに塩なり砂糖なりをまぶして出来上がり。今回は三温糖を振りかけた砂糖味と伯方の塩を振りかけた塩味を用意いたしました(笑)出来上がったものをテーブルに持っていくと、1号と3号が寄ってきて早速味見してくれました。(2号は昼寝中でした)二人とも気に入ってくれたようでパクパクと食べております。特に3号はお皿を独り占めして食べている(^^;)口いっぱいにほおばって食べているので、喉に詰めないか心配になっちゃいました。そして、夜帰ってきたオットもいくつかつまんで結構おいしいといってくれたので一安心。結局その夜のうちに作った分殆どなくなってしまったのでした。まずまず好評で良かった良かった。お餅はいくらでもあるから、また作って今度はしょうゆ味でも作って見ましょうか(^-^)カレー味、って言うのもありかな~
2005年03月21日
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北九州地方の地震、ひどかったですね。こちら松山も結構ゆれました。マンション7階だったのもあるでしょうが、たっぷり30秒ぐらいはゆれていたと思います。一瞬南海地震のことが頭をよぎって身構えてしまいました。最初中国地方あたりが震源地か?と思いテレビをつけていたら福岡沖だ、というのにびっくりしました。九州地方ってあまり地震がないイメージがありましたから…玄海島は全島避難だというし、亡くなった方もおられるようで、お気の毒です。早く復旧しますように。ここのところ立て続けに大きな地震が起きているような気がします。ちゃんと防災用品備えておかないと...と思いつつ忙しさにかまけて何もせず放置しています。こんなんじゃいけないですね... 先日、トイザラスの広告を見ながら「ここにエルモがいるね~」などと3号に話しかけていたら、3号がそれに答えて、小さい声で「えるも~」と言っているような気がしました。でも、まだ1歳になるやならずだし、この時期のおしゃべりと言えば「○▼□×※★~!」というような意味不明の叫びかせいぜい「まま」などの割と発音しやすい言葉でしょうから、多分空耳だろうと思っておりました。実際、今の3号の言葉らしいものと言えば、機嫌のいいときの「いえーい」とか、何か嫌なことがあったときの「いやー!」とかそんなものだったし。↑感嘆詞(?)ばっかり(^^;)後は意味不明の「パパパパ...」とか「○×■$*☆~!」それが、今朝私が寝坊して居間に出て行ったら...3号が私の顔を見るなり、「おかーしゃん!」…聞き間違いか?でもそれにしてはいやにはっきり言ったなあ…残念ながら2回ほど言ったきりでその後は言わなくなってしまったので真偽のほどは定かではありません。もしかして実はかなりしゃべれるのでしょうか?それにしても「まんま」だの「わんわん」だのそういう言葉を通り越して、いきなり「おかーしゃん」とは驚かしてくれるというか、一味違うといいますか(^^;)先日の「えるも~」ももしかして本人が自覚してちゃんと言ったのかも知れないねえ。そう思って3号をよく観察していたら、なんとなく場面によって言葉を変えているような気がしないでもないような...。さて、ホントのところはどうなんでしょうね(笑)
2005年03月20日
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本日、無事3号が1歳になりました。3週間に渡るウテメリンの点滴がやっと取れて陣痛をつけようと病院中歩き回っていたのがまるで昨日のことのようなのに、もうあっという間に1年経ってしまったんですね。月日の経つのは早いものです。子宮口がすでにかなり開いていたのですぐ生まれるのかと思いきや、案外時間がかかってしまって結局夕方に生まれることになりました。だけど、そのおかげで1号のときと同じ助産師さんが担当になり、そしてちょうど交代時間直後だったおかげで入院中お世話になった看護師さん・助産師さんの殆どにお祝いしていただいて、なんて幸せ者なんだろう、なんて思ったりしました。もしかして本人狙っていたのでしょうか?(笑)あの時ホントに小さかった赤ちゃんも今はすっかり大きくなりました。というわけで本日ささやかながらお祝いです。不幸なことに、中耳炎により、本日切開になってしまいましたが(泣)、そんなことにはちっとも負けません。義母が一升餅をついて持ってきてくれたので担いでもらったら、まあしっかり立つこと!1号は餅の重さにつぶされて泣き、2号はこの時期まだ立てなかったことを考えると3号の足腰の強さに驚かされます。ホント、たくましいわ(^^;)断乳をしたおかげか、もう赤ちゃんと言うよりは幼児と言ったほうがいいような雰囲気を醸し出し始めた3号。こちらの言うこともかなり分かるようになったらしく、お風呂だよ~などと言うと、進んでお風呂場へいったりするようになり、自分の欲しいものがあればそれを示すことが出来るようになりました。機嫌のいいときには片手を上げて「いえーい」と叫び、「ちょーだい」「どうぞ」「ありがとう」が現在のマイブーム。一人遊びもだんだんできるようになって来たね。兄ちゃんたちがいれば、ハハにくっついていなくても平気で過ごせるようになってきました。ストローはまだ出来ないけど、コップで飲むのはすっかり上手になりました。昨日できなかったこともあっという間に出来るようになって、とーちゃんもかーちゃんもばーちゃんもみんなその進歩の速さと強さには驚くばかりです。次は何が出来るようになるのかな、とみんなわくわくしながら待っています。キミの人生はまだ始まったばかり。これからたくさんの出来事が待っていると思います。困難もあるだろうけど、そのたくましさで乗り切っていって欲しいな。キミの未来が幸福なものでありますように。
2005年03月19日
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いよいよ来週土曜日は卒園式。もうすぐ年長の子どもたちともお別れということで、保育園ではお別れ会がありました。園庭でみんなでカレーを作って食べるのです。前日はすごい雨だったのでどうなるかと思っていましたが、何とか止んでくれて一安心。1号は今年ニンジンとジャガイモを切る当番をおおせつかっていると言うので昨日から大張り切り。練習だと言って、珍しく自発的に夕食の支度を手伝ってくれて、煮物用のしいたけと炒め物用のジャガイモを切ってくれました。形はかなり不ぞろいでしたが、昔からちょこちょことやっていたおかげか、最近は随分危なっかしさも減って切っているのを安心して見ることが出来るようになってます。だから多分大丈夫だろう、と思ってましたら当日も無事お役目を終えたようです(^-^)勿論ちびっ子組もお手伝いに加わってまして、2号はお野菜を洗うのを手伝ったそうです。連絡ノートによると、ニンジンを「2号のよ~」といいながら大喜びで洗い、出来上がったカレーの中のニンジンを「これ洗ったねえ」と満足気に見ていたそうであります(^^)2号はカレー大好きだから、さぞかしわくわくしながら出来上がりを待っていたに違いない(笑)お天気もそこそこで、カレーもおいしく出来上がり、楽しいお別れ会になったようです。それにしても、ちょっと前まで年長組の子なんて、すごく年上だ、なんて思っていたのですが、気がつけばもう4月には1号は最高学年。来年のお別れ会では送り出される立場になってしまいました。月日の経つのはホント早いです。年長組の子どもたちとはひとつしか年も違わないから普段から1号とよく遊んでいる子どもたちも多くて、来週の卒園・終了式ではちょっとほろりとしてしまうかも、なんて思ってしまう私なのでありました。
2005年03月18日
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字(ひらがな、カタカナ)が読めるようになって以来、自分からどんどん本を読むようになっている1号。ま、マンガ雑誌とかゾロリ先生とかが多いのですけどね。放っておいたら夕食も忘れて読んでいるので、まるで昔の自分を見ているようで少々複雑なんですが...。(目、悪くなるよ~)そんな1号が現在はまっているのが「そーなんだ!」(デアゴスティーニ)と「かがくる」(朝日新聞社)です。どちらも最近刊行が始まった子供向けの週刊科学雑誌です。まだ1号には早いかと思ったのですが、本人が読みたそうだったし、何より親が(^^;)見てみたかったので買ってみましたら、結構面白いですね。ただし、「そーなんだ!」のほうは前後編の話が割とたくさんあるので続けて買わないと話が途中で終わっちゃうのがちょっと困ります。出来れば1話完結だと分かりやすくていいのにな...。それともあれは続けて買わせるための戦略?この二つ、今のところオットが書店に行くたびに買い込んでますがだんだん買いに行くのが面倒くさくなってきて現在定期購読するかどうか思案中...両方はお財布にきついかな(^^;)実は福音館書店の「かがくのとも」も気になるんですよね~全部はいくらなんでも無茶だし、どうするか...。ところで、これら↑を読んでいて、学研の「ひみつシリーズ」を思い出した人がきっといっぱいいるのではないかと思ってるんですが、どうでしょうか?マンガで身近な科学を解説したこのシリーズ、「からだのひみつ」とか「うちゅうのひみつ」とかいろいろありましたよね。私も大好きで、親に何冊も買ってもらって、ぼろぼろになるまで読んだ記憶があります。これらのおかげで理科がかなり好きになったといっても過言ではないでしょう。(ただし、「ひみつシリーズ」で仕入れた知識は 小学校の勉強では殆ど役に立たなかったけど(笑))最近、本屋でもあまり見かけなくて、もうこういったものはあまりはやらないのかな~なんて思っていたのですが、ここへ来て立て続けに出てきたのでちょっとうれしいんですよね。人間生きていくには「飛行機はなぜ飛べるの?」なんてことは別に知らなくても支障はないと思いますが、知っているとより世の中の仕組みが分かってきて自分の世界が広がっていくのも事実。実際、夢中になって読んで、本の内容を私たちに教えてくれる1号の様子を見ていると、多分本の中のことを全部理解しているわけではないだろうけど、少しずつでも知識を増やしていって、世の中の不思議を知ることが楽しい、と思えるようになってくれればなあ、なんて思っているハハなのでした。
2005年03月17日
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今日の新聞を見ていたら、子ども靴の売り上げが増加傾向、という記事が出ていました。購入時の1足あたりの単価もぐんと上がっているんだそうですね。うちも昔からそうでした。服に関しては新しいものは殆ど買わず、お下がりだってしみのついた服だって(もちろんそれは保育園用ですが(笑))どんどん着せている我が家なのでありますが、靴だけは1号のファーストシューズからかなり贅沢しています。お下がりは殆どはかせてないし、大きさチェックをこまめにしてあわなくなったら即新しいのを買いに行きます。勿論買うときは専門店に行って、本人の好みのものを何足か選んで店員さんと相談しながら両足とも試着させてもらい、ジャストサイズを買うようにしています。おかげですっかりお得意さんになってしまいました。店に入っただけで店員さんに挨拶されてます...(^^;)専門家でもないので、人間工学的に形がどうのとか素材がどうのとかそういうことはあまりうるさくは言いませんが、方針としては、キャラクターものは極力買わないように、しっかり足を包む軽い靴を買うようにしています。基本としては見てくれよりも足に合うかどうか。メーカーとかはあまりこだわっていません。1号2号にはナイキの靴を買うことが多いかな。大体試着風景を見ていたら本人にあう靴、あわない靴が分かってきますから(合わない靴は本人が「へん~」などと言ってくる)いままで靴選びで失敗したことはないですね~そんな風に思うようになったのは私自身の体験からです。特に女性の靴というのは、機能よりも見てくれ優先で履いているうちに足が痛くなったり頭痛が起きたりするものがあるし、うちの母なんかはひどい外反母趾になっていたりして足にいい靴をはかないと大変な目にあうんだなあと昔から実感していました。自分で履く靴も、足が痛くならないように丁寧に作られた靴のなかから選ぶようにしています。勿論出来るだけデザインがスマートなのがいいですけどね(^^)うちのオットにしても、靴選びはうるさいほうだったから「子どもたちも靴だけはいいものを履かせるようにしよう」といつの間にかお互い思うようになって今に至ります。今までにいったいどれだけ靴代に費やしているかを考えると恐ろしいものがありますが、靴1足でもきちんとした靴を履けば健康になれるというなら、たとえ1足1足は履ける期間が短くても出来るだけ本人にいいものを用意してやりたいですね。3号もようやくヨチヨチと歩くようになりましたのでそろそろ靴を買いに行ってこようと思っています。どんな靴を買ってやりましょうか(^-^)
2005年03月16日
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ということで、無事帰ってきた3号です。家にずっといるので果たして私が休めるか、が問題でしたが、思ったよりは一人で遊んでくれることが増えているのでその隙にゴロゴロしたりしています。ま、後追いは相変わらずでしたが...。いつまで続くか、この後追い(T_T)ところで本題。オット実家に行ってみて一番驚いたのが、3号の食欲です。入院前からまあ何でもよく食べるお嬢さんだわ、とは思っていたのですが、久しぶりに見た彼女の食欲は、私たちの想像をはるかに超えていた...。子供用食器にこんもり盛ったごはんをぺろり、おかずもほぼ同量をぺろり、それで一応は足りるらしいけれど、まだまだ入る余地はあるらしく、ほかの人が食べているところへ割り込んできて、食べたいものを指差して、「ちょうだい」ポーズでいろんなものを一口ずつゲットしていく3号...。しかも目ざといのなんの。1号2号がのんきに席を離れながら食べていたりするとその隙を狙って何かしら掻っ攫って帰ってくるのでした(^^;)おばーちゃんが一番食べ物を出してくれる人だと熟知しているので、ばーちゃんが何か持っていれば食べ物だと思って「ちょうだい」ポーズ(笑)風邪薬もおいしい食べ物だと思ってるらしく、「薬を飲んでるときも寄ってくるのよね」と義母は苦笑いしてました。家に帰ってからもご同様。昨日は朝ごはんの残りのアジの干物を目を放した隙につかんで尻尾からむしゃむしゃ食べてるし、(片付けの最中、当然しっかり自分の分は食べた後)今日は今日で朝ごはんの時に兄ちゃんたちがトロトロ食べているところへ寄ってきて、ごはんを掴み取ってむしゃむしゃと食べてました(^^;)兄ちゃんたち真っ青(笑)おやつにバナナの蒸しパンを作ってやったら直径10cmくらいあるそれをぺろりと平らげていたし...。けっきょくオット実家では1ヶ月この調子でむしゃむしゃと。ときどきあまり食べ過ぎるんで肥満になるんじゃないかと義母もかなり不安だったみたいです。(また全然食べない2号が一緒だったし(--;))よくよく聞いたら食の細い大人くらい食べてたようで、そりゃ不安にもなるよな...、と驚いたのでありました。その代わり何を食べさせてもおいしそうに食べてくれる3号。これだけおいしそうに食べてくれれば作るほうとしても作り甲斐ありそうです。とりあえず相当食べるのは間違いなさそうだけど、今のところ運動量も多いので肥満の心配もなさそうだし、食べたいだけ食べさせてやれ~とオットといっております。もしかしたら大きさも2号を追い抜くかも?
2005年03月15日
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先週の金曜日にオット実家へ行き、日曜日に3号を家に連れて帰ってきました。(オット実家では私まで連れてくるとは思わなかったらしく、 義母に「まだ退院して10日くらいしか経ってない人を 車に長時間乗せてはいけない!」と怒られたオット...。 土曜日に保育園のお別れ遠足があったのですが、勿論私は留守番でした)さすがに1ヶ月の不在は長すぎて、最初見たときは私がハハだということを認識できなかった様子の3号でした。顔を見ると愛想笑いだけはするんだけど絶対そばによってこない(^^;)それでも日曜日までに徐々に思い出してきたようです。それまで様子を聞くたびに「悪戯がすごいよ~」と聞いておりましたが、オット実家に行くと、ゴミ箱というゴミ箱はすべてテーブルの上に上げられるかふたに重石をされて動かないようになっており、勿論リモコン類も本たちも地上1メートル以上に移動、テレビのスイッチはガムテープで封印、キャビネットのガラス扉もガムテープで固定、等々、家中いたるところに3号対策と思われる形跡が。家に帰ってからもその悪戯は遺憾なく発揮され、気がつけばテレビのスイッチをさわりまくり、オーディオをいじくっていきなり音楽が鳴ってびっくりして泣き出したり、おとなしいな...と思ったら塗り薬の入れ物を勝手にあけて手がベタベタだったり...(--;)特に薬の入れ物はねじ式のふただったのに一体どうやってあけたんだか。魔の1歳児はどうやらもう始まっているようです。それだけではなく、気に入らないこと、何か欲しいものがあったら指差して雄たけびをあげたり、ほめられたら照れ笑いのような笑みを浮かべたり、積み木を積んでは大喜びしたり、いつの間にか1メートルくらいは平気で歩けるようになっていたり...。それにこんなに表情豊かだったっけ?なんだか、1ヶ月のあいだに赤ちゃんと言うよりは幼児と言ったほうがいい感じに大きくなってしまいました。たった1ヶ月ですが、赤ちゃんにとっては十分な時間だったんですね。その成長の様子を見られなかったのは残念ではありましたが、その代わり、ぐんとたくましくなった姿を十分に見せてくれております。以前こんな日記を書きましたが、ワイルダー3号、ますますパワーアップして再登場です(笑)...しかし、ワイルダーにも意外な弱点が。3号、「高い高い~」が大の苦手です。高く上に差し上げようものなら、本気で泣きモードに入ってます(^^;)怖いもの知らずだと思っていましたが、やっぱりひとつは苦手なもがあるもんなんだね~。
2005年03月14日
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本日、郵便を取り出したら、オット宛の市役所からの郵便物が入っておりました。最初、「いったい何かやらかしたのか?」と不審に思っていたのですが、(随分失礼?(^^;))よくよく見たら「児童福祉...」の文字が見えます。もしかして、と思ってあけてみたら、予想通り、保育園入園の承諾書でした!めでたく、4月からは3号も1号2号の通う保育園に一緒に通うことになります。一応どこかにはもぐりこめるとは思っていましたが、今回は今までに上二人が通ったことのある園2園しか希望にあげていませんでしたから(実はその二つとも人気園)、もしかして希望者が多くてはねられてたらどうしよう...と、こうやって通知が来るまではどきどきでした。まだまだ先は長いけど、とりあえず肩の荷がひとつ下りてほっと一息です。上二人を通わせているおかげで、すでに準備品とかの要領は分かっているからいろいろ考えなくてもいいのがとても楽ちんで助かりました~(多分かばんと昼寝布団を除けば、 ちょびっとだけ買い足して、上二人と共有になるに違いない(笑))とりあえず、園長先生に通知が来たこととお礼を言っておかなくては。3号が卒園するまであと5年、3人通してだと合計10年通わせることになるのでした...。すごい。3人一緒に仲良く通えるのが楽しみです。1号がいろいろと世話を焼いてくれるに違いないわ(笑)【おまけ】それにしても、2号のときまでは承諾書が3月下旬になるまで来なかったから、こんな早くに通知が来るとは思いませんでした。(て言ってもたかだか2週間だけど)少しはお役所も改善してくれているのだね。20日くらいあればもし待機になっても無認可の保育所を見学して探す余裕が少しできるものね...。
2005年03月11日
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夕方、見に覚えのない宅配便が届いたので差出人を確認してみたら、配送の人が「プレゼントみたいですね~」と。アサヒ・コムのCLUB A&Aからでした。2月の月間プレゼントが当選したようで、なんと、体脂肪計が届きました。応募していたことさえすっかり忘れていた私(^^;)早速計ってみたら体脂肪率19%...やっぱりやせすぎか(-_-)この「CLUB A&A」は有料(月500円)のせいか(その分いろいろコンテンツは豊富だと思ってるんですが)プレゼントの応募も少ないみたいで結構当選率が高く、今までにも展覧会のチケットとかボールペンとか一筆箋とかちょこちょこと当たってます。もしかしたら3分の1くらいは元取れてるかも。今回の体脂肪計当選でさらに3か月分位浮いたかな(笑)懸賞運はそんなに悪くないほうだと思います。大体応募の絶対数が少ないので(1週間に一回位がせいぜいか)、懸賞品で暮らすなんて言うのは夢のまた夢ですが、それでも平均すると1ヶ月に1個くらいは何かしら当たっているかな?大抵は絵葉書だのボールペンだの図書カードだのケーキセットだのそういった小さなものばかりですが、たまに食器が当たったり、お茶がケースで当たったり、本が当選したりして、ほくそえむときもあったりします(笑)昔は米とかも時々あたってたけど、最近は競争率激しいのか食べ物系はダメですねえ。そういえば、独身のときはクラシックコンサートのペア券が当たったり映画なんかは殆ど試写会で見倒してたり、海外旅行の優待券が当たったり、今考えるとさらに当選率が高かったです。と言っても、海外旅行なんかもらっても結局行けなかったりして無駄も多かったけど(^^;)それは、今にしても同じでして、リンゴ狩りの招待券が当たったのに結局暇がなくて行けなかったり、このあいだ当たったケーキセットも気がついたら引き換え期間が過ぎていた(泣)そんな私ですが、今までに当選したものの共通点と言えば....すべて「応募したことさえ忘れ去っている」こと。後はどんなに葉書に工夫を凝らそうとも締め切りぎりぎりに投函しようとも応募したことを覚えているようなものは絶対当たりません。やっぱり物欲に支配されてはダメなんですね(笑)
2005年03月10日
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入院するちょっと前に「こんな夜更けにバナナかよ 筋ジス・鹿野靖明とボランティアたち」を読みました。著者のデビュー作であり、この作品で第35回大宅壮一ノンフィクション賞および第25回講談社ノンフィクション賞を獲得しています。...きれいごとではないのだ...そう思いました。重度の筋ジストロフィー患者であり、身の回りのことは殆ど自力では出来ないため、24時間ボランティアに付き添われての生活を送る鹿野氏と彼の身の回りの世話をするボランティアたちとのかかわりを書いたドキュメンタリーです。管理される生活よりも自分で自分のことを決める生活を送ること。健常者なら当たり前かもしれませんが、障がいを持つひとにはなかなか許してもらえないことです。最近、バリアフリーだのノーマライゼーションだのそういう言葉は先行していますが、多分、いまでもある程度以上の障がいのある人々は家族からもふるさとからも離れて施設での暮らしを余儀なくされている人が多いと思います。そして私たちもそれが当たり前だと思っている...かもしれない。大体、自分の身の回りの世話すら出来ない人間が24時間ボランティアに介護されて行う生活を自立した生活と呼んでもいいのか?著者自身もその問題で葛藤しています。私自身、自立しているということは誰の手も借りずにひとりで生活していけることだと思っていました。しかし、障がいのある人がそれをしようとすると、どうしても誰かの手を借りなくてはやっていけない部分がある。この本を読むうちに私自身もどう考えたらいいのか分からなくなってきました。そして、未だに全く解決していません。もしかしたらずっと悩むのかも。2号の将来については未だに不安があるのでそれもからめて考えると特に...。しかし、自宅に住むにしても施設に入るにしても、選ぶのは本人の自由であり、その選ぶ自由さえ奪ってしまうのはやはりおかしいと言わざるをえない気がします。もし、家にいたいと思えば、できるだけその意向に沿うことが出来るようにしてあげたい。障がい者といっても人それぞれですので、そのためにどう条件を整えていくか、が問題かもしれませんが。きっと一筋縄ではいかないんだろうな...。障がい者もまた生身の人間であり、そのエゴとのぶつかりあいだとかただ「障がいを負ってかわいそう」だから救いの手を差し伸べるのではなく、対等の存在としてどう援助をしていくのか、ボランティアと言うもののあり方であるとか、美談やきれい事ではなく考えさせられることの多い本だと思いました。もっと早く手に取ってみたかった。
2005年03月09日
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...は通院でした。トホホ。(T_T)本日は入院していた病院へ行き、その後の様子などを報告してきました。まずは泌尿器科へ。2日前あまり眠れなかったせいか昨日から血尿がまた復活していて実は腹痛もあるけれど、今のところは鎮痛剤も必要ないほどの痛みだし、血尿も錠剤の止血剤を飲んでまただるさで動けなくなったらそちらのほうが困るので、とりあえず様子観察ということになりました。(というか、それしか出来ない)どうしても血尿が止まらなかったら点滴打ちに来てください...だそうで(^^;)3号連れては絶対行かれないな...。まず不可能だ。次は2週間後にまた診察です。それまでには血尿止まってて欲しいなあ。次は眼科。入院時内科で徹底的に調べたとき眼科でも診察を受けまして、その時に昔の古傷か何かよく分からないのですが左目の奥に色素沈着を起こしているところがあると言われました。自分では見えていないのでよく分かってないのですが、ほくろみたいなものでしょうか?確かに目の中のほくろ、ってあまり聞いたことないような気もしますね。こちらは月に一回くらいのペースで見せに来るようにいわれました。今回、それを見るために左目だけ瞳孔を開く目薬を点されてなんだか焦点がぼやけてます~片目だけ焦点が合わないというのはものすごく不安定ですわ。今日のところはどちらも何事もなく終わったのでほっとしました。次回の診察までに困ったことが起こらないことを祈りたいです。《おまけ》病院からの帰り、タクシー代をケチって電車で帰ろうとしたら(行きはタクシーにした)停留所で待たされるわ、車内は込んでて座れないわで家に着いたらかなりおなかが痛いです。たった500円ばかりをケチるからこういうことになるんだとわが身の浅はかさを嘆いている私でした(T_T)...次回からは無理せずタクシーにしよう...。
2005年03月09日
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「その1」で話したとおり、私の入院の間、2号と3号はオット実家で見てもらい、1号はオットと二人で自宅で生活していました。現在、保育園の都合もあるので2号は自宅に連れて帰っていますが3号はまだオット実家にいます。今週末、自宅に連れて帰る予定です。いつも大人数でわいわいとにぎやかな(ていうか、うるさい?)家でしたからオットとたった二人で過ごした3週間は1号にとって、とても静かでなんとなく寂しいものだったようです。さすがに年中になってきて事情が分かっているのか泣き言のようなことは一切言わなかったようですが、私が家に戻ってからなんとなく前よりも甘えているような気がします。3号がまだ戻ってきていないからまだ自分がいろいろいっても大丈夫、と思っているのかな。2号はというと、なんだかマイペースだったようです(^^;)このお方は、いつでもどこでもマイペース。しかし病気王というか、早速インフルエンザにかかるわ中耳炎は復活するわ、やっぱり義母に心配をかけさせてくれました。どちらも思ったより早く回復してくれたようですが。きまぐれ食わず嫌い王でもあるのでちゃんと食事をしてくれるか心配しておりましたが、義母は2号好みのメニューをかなり用意してくれたし、本人遠慮もあったのか一応食べたようです。やれやれ。(実は義母も困り果ててたのでかなり心配していた)現在、3号が自宅にいないため、自分の天下だとばかり甘えたパワー炸裂中です。そして3号。彼女はまだオット実家にいます。オットが毎日実家に電話をかけて様子を確認してくれています。私が声を聞かせると後が大変だろうと思うのであえて横で会話を聞くだけにしています。オット実家は少々遠いし義母の体調もあまりよくないので入院中は2回だけしか会えませんでしたが、ハハの顔と声を覚えていてくれて寄ってきてくれたのがとてもうれしかった。今、オット実家では相棒(2号(笑))がいなくなって寂しいのか義母を追っかけまわしているそうですが、たくさん食べてたくさん寝て、悪戯もたくさんするけれど、とてもいい子でいてくれているらしい。会えなかった1ヶ月の間に、どれだけ成長しているのだろう。それを見られなかったのはちょっと悲しいけれど、大きくたくましく(?)なったであろう3号との再会を楽しみに待っているのでした。まだハハを覚えてくれているかな...。どきどき。3人とも、それぞれみんな頑張ってくれてありがとう。まだ乗っかられたりするとしんどいので十分に甘えさせてあげたりは出来ないけどもっと元気になったらたくさん体を使って遊ぼうね!
2005年03月08日
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結局3週間にも渡ってしまった私の入院の間、2号と3号はオット実家で預かってもらい、1号とオットが自宅で二人で頑張ってくれました。ほぼ定時で仕事場を抜け、その後洗濯物などを持って1号を保育園に迎えに行き、二人で夕方病院に来てくれて、30分くらい話をして帰る。よほど忙しいときとか仕事が込んでいるときは別ですが、ほぼ毎日来てくれたので、結構夕方が楽しみでありました。(その代わり夕食をちゃんと食べているか チェックが入ったのは特に発熱中はつらかったが...)時には仕事場から病院が近かったのでお昼に抜けて顔を出してくれることもありました。ご飯の話を聞くと、いつもなら配膳すらやらない人が入院期間中、オレンジページの「男の料理」本を片手に炒め物が多いとはいえ殆ど外食もせずに乗り切ったそうで、おかげで帰ったときにはかなりレパートリーが増えていて驚きました。しかも、2月にはマラソン大会があって、その時にお弁当を持参しないといけませんでした。それを聞いて最初は「いざとなれば冷凍ものを詰めて乗り切る!」といっていたオット、なんとおにぎり製造器まで買って半分以上手作りのお弁当を用意したらしい!1号がうれしそうに説明してくれました。それだけでなくマラソン大会の時には仕事の休みを取って顔を出してくれたそうで、それと「上位に入った時に父よりもらえるご褒美(笑)」が励みになったのか、1号、クラスで5番という今まで取ったことがない高順位を獲得して大満足そうでありました。(練習でも一桁順位はとったことなかった)不運なことにこの2月、仕事も年度末で追い込みに入っている上ほかにも保育園の個人面談だの新入園のための面接だの、オット友人の結婚式だの(これは幸いにして1号も呼ばれていた)行事が目白押しで、病院に来るたび「忙しいから早く退院してくれ」と言いつつ、何とか持ちこたえてくれました。今までやったことがないことを次々にやらされて相当に大変だったと思いますが、なんだかんだといいながら退院まで頑張ってくれたことにとっても感謝しております。特に毎日顔を出してくれたのはとってもありがたかった。でも、内心、「今あなたがやっていることは 今まで私に押し付けてたことのごく一部だよ。 仕事をしながら一人でやるとどれだけ大変か、 少しは身にしみたかな...。」という意地悪かも知れない気持ちが結構湧き上がってきたことも正直に告白しておきましょう(^^;)これで懲りて、少しは普段から協力してくれるようになってくれるとありがたいなあ...。
2005年03月07日
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遅まきながらインフルエンザが流行中のようですが、ここ愛媛でも蔓延しております。東の方では警報も出たそうで...。おちびさんたちの通う保育園でも、なんと20名ほどの1号のクラス、13人がインフルエンザに倒れ、金曜日にはこれが幼稚園なら絶対学級閉鎖だろうな...と思わせるような状況になっておりました。(ちなみに2号、3号はオット実家にて 流行最先端を切ってインフルエンザにかかり、すでに完治しています)帰宅してからの手洗いなどを自発的に行っていたのが功を奏したか、1号はその流行にも乗らず、全く元気であったのですが、なんと、インフルエンザならぬ喉風邪を引き、ふとした拍子にげほごほ咳き込んでひどいときには戻してしまうようになってしまいました。土曜にオットが病院に連れて行ったところ、インフルエンザ大流行中のためかいつもは人の少ないはずのいきつけの小児科は大盛況。こんなところに長時間いたら余計な病気をもらいそうだと待ち時間の間、ずっとドライブをしていたそうです(笑)しかもその合間に買い物までして、家にその荷物を届けてまた病院に戻ってもまだ混雑していたそうです(^^;)月曜日も朝からげほごほ言っていたので、1日だけ休ませて様子を見ることにしました。私と一緒に寝ていたらいいや...と思っていたら、奴は、熱がないから元気なつもりらしく、げほごほいいながらテレビは見るわ雑誌は読むわ。しまいには一人ウルトラマンごっこまで始める始末。何回注意しても、その言葉は3分後には反対側の耳の穴から抜けているようです...(--;)結局あまり体を休めることも出来なくて一人なら適当に済ます昼食も手抜きが出来ず、「こんなことなら保育園に行かしておくんだった...」と後悔しても時すでに遅し。明日は何があっても保育園に行ってもらう!!
2005年03月07日
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退院よりほぼ1週間、毎日ゴロゴロしていたおかげか少しずつ動けるようになって来ました。夕食つくりで1時間(いや30分か?)台所に立っていても血尿は出なくなってきた...かな?というところです。ま、あまり元気をアピールするとオットがまたいきなり家事全般を押し付けかねないので、ちょっと元気を小出しにしているのでした(^^;)なので皆様ご安心くださいね。順調に回復しているようです(^-^)昨日昼寝をしたせいで珍しく夜遅くまでおきていて久しぶりに「チューボーですよ」を見たら、関西風お好み焼きではないですか。そういえば久しくお好み焼きなんて食べていない...と思うとなんだか無性に食べたくなってしまうのが人間の性。お好み焼きと言っても、元広島人の私が食べたいのは当然広島風なんですが、海を隔てているだけというのに、広島出身の人は山ほどいるはずだというのに、ここ松山にはおいしいお好み焼きの店が少ない!あることはあるんだけど、車でないと行けないようなとこにしかないし、べらぼうに高かったりする。なぜ、あんなに値段が高いんだと、内心不満が渦巻いているわけです。広島にいた頃は大体500円前後で肉玉そば入りのお好み焼きが食べられるのが当たり前だと思っていたので、(中心街にある観光客向けのお好み焼きは違いますよ~ 地元にあるおばちゃんがやってるような店ね)こっちに来て妙に高いのに戸惑う私。下手すると一枚1000円くらい取られたりして(しかも不味い)なんだかお好み焼きがぜいたく品になってしまっているような気がして寂しい限りです。そんな事情を実家に訴えていたら帰省するたびに親がお好み焼きを買ってきてくれるようになったんですが(笑)お好み焼きを食べに帰ってるみたいでそれも寂しいしね...。誰か松山にある安くておいしいお好み焼きの店教えてください。ところで、広島風って皆様豚肉と卵とおそば(またはうどん)が必ず入っているものと思ってるかもしれませんが、実はあれ、もともと全部トッピングです。基本は生地と野菜だけの入ったお好み焼きで、それにいろいろ好みで足していく、っていうのが昔ながらのお好み焼きだったと思います。少なくとも私の子どもの頃はそうでした。だから、野菜肉とか、肉そばとか、自分のおなかのすき具合やお財布と相談したりして中に入れるものをかえてもらったりしてました。野菜だけだと250円くらいで、肉玉そばにすると450~500円くらいになるわけですよ。シーフードだの餅だのチーズだの、いろいろ入れるようになったのはもっとあと、もともと観光客向けに始まったサービスが広まったんではないかな、と思っています。最近はそういう野菜焼を出してくれるお店って広島でも少なくなってるんじゃないかな。(もしかしたら皆無か?)商店街でやってるようなちっちゃなお店でももうお好み焼きと言えば肉玉そば(orうどん)が普通、せいぜいそばを抜くくらいでしょうか。そんな風になっちゃって、なんだか自由が利かないのがなんとなくつまんないと思ってしまう私です。でも大抵肉玉そば頼むんですけど(笑)
2005年03月06日
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随分元気になってきたものの(久しぶりに洗濯物を外に干した!)、なんとなくおなかが痛い気がして、ゴロゴロしながら新聞を読んでいた時に目に留まった記事です。朝日新聞「be」の記事です。リンクが消えてしまうかもしれないので一応内容を書いておきますが、要するに、「男女共同参画社会、というものは 男らしさ、女らしさというものを否定するものではなくて、 その人らしさを大事にし、 その人の個性、能力を生かせる社会を目指すものであり、 いずれはこの考え方は広まるだろう、 また、この変化しつつある世の中において言葉の力も大きいので 言葉の使い方も十分考えよう」と言った内容ではなかったかと思います。もしかしたら不十分なのかも知れないけれど男女共同参画社会が目指す本質的なもの、を端的にとらえて分かりやすく説明してくれた一文ではないでしょうか。例えばの話、女がみんな料理が得意なわけじゃない、なのに、「女の癖に~」となぜ言われなきゃいけないのか、男の人だってもしかしたら、外で働くのが向いていない人がいるかもしれない。なのに、「男というものは働いて家族を養わなければいけない」と縛り付けられないといけないのかな...と言う疑問はもう小学生の頃から心の隅に引っかかっていてそういう縛りがなければもっと人間楽に生きられるだろうになあ、と思っていました。世間一般で言う男らしさ、女らしさに則って生きていける人はまあいいのかもしれないけれど、幸か不幸かその基準をはみ出してしまった人にとって、それを強いられることはとても不幸です。私もある意味、基準からははみ出していてずっと生きにくさを感じながら大きくなってきました。私の場合は、母がかなり防波堤になってくれていたので随分楽だったとは思いますが。肝心なことは、その人が自分のやりたいことをやって幸せにのびのびと生きていけること。もしバリバリ働く意欲と能力のある女の人がいれば、ただ、「女性だから」という理由だけで前途を閉ざすのは理不尽だし、逆に「専業主夫になりたい」という男の人を「ヒモ」呼ばわりするのはおかしいですよね。どちらも自分の適性を考えて下した結論であれば、他人が後ろ指を差したり非難する理由はないわけです。まあ「楽をしたい」とかそういう理由でやってるんでしたら問題ですが...。そのほかにも、「オットは家事を『手伝う』だけでほめられる」とか「男らしさ・女らしさコード」のなかで引っかかっていることは山ほどあるんですが、(そしてそのためにオットと山ほどけんかしてきている(^^;))とりあえずこれ以上は言わずにおいておきましょうか(笑)この一文の中で言っていたような、それぞれの個性を尊重してくれるような社会がいつか本当に来てくれることを願いつつ、ここを覗きに来てくれた人がこの文章を読んでくれるといいな、と思います。
2005年03月05日
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気がつけばひな祭りだったんですね。2月いっぱい私の病気騒動が続いたせいで3号に雛飾りを用意してやることも出来ずあっという間に3月になってしまいました。雛人形、もうお店では売っていないだろうな...。ところで退院から2日たちました。安静といいながら、寝てばかりだと少し体が痛くなったりするので、パソコンで気分転換をしたりついつい家の中を片付けてしまったり。一応リハビリの意味もあるんですけどね。どこまで動いても大丈夫か、手探りしながらやってるのですが、今のところどうも動き過ぎみたいで油断するとすぐ血尿が出たり、お腹や背中に痛みが走ったりして「やばーい」と青ざめて布団に戻る、を繰り返しております(^^;)腎臓の腫れが治まるまではおとなしくしていたほうがいいのかも...。そして、水曜日の夜に2号をオット実家から引き取り、現在4人家族。3号は、来週末保育園のお別れ遠足なので、その時に義母にも出てきてもらって3号を引き取る、という話で落ち着きそうです。それまでにはかなり動けるようになっておかないといけないのでついつい無理をしてしまってるのかな。今回もそろそろ危なくなってきた気がするのでコレを書き終えたら布団に戻って寝ていよう...。こんな状態なのでお返事も出来なくてごめんなさい。でも書き込みにとっても元気をもらってます。正直なところ体が弱っているせいか、もう克服したはずのうつがちらほらと顔を出しているような気がして仕方ないんですが、何とか元気になろうという気持ちも出てきてます。ありがとう。
2005年03月03日
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今回、結局3週間も入院していたのですが、入院が長引いてしまった原因と言うのが↑コレでした。日本語では「薬剤熱」というそうです。要するに薬に対する一種のアレルギー反応です。(調べてみたらそれだけではなく、 細菌などを殺した場合に出る熱なども含むそうですが、 私の場合は多分純粋にアレルギー反応だと思います。)入院するまでは平熱だったのに、入院して止血剤と抗生物質を点滴し始めてからいきなり38度台後半の熱が出始めました。ひどいときには39度台も。最初は何か細菌にでも感染したのか?と思っていたそうです。だけど血液検査をしても何も出てきません。抗生物質を変えても一向に熱が下がらないので、一時は膠原病も疑われてしまいました。結局のところ、2種類投与した抗生物質の両方に反応してたようですが...。もともと薬に対して副作用が出やすいタイプのようで、今回入院する羽目になったのも、出された飲み薬が体に合わなくて副作用で吐き気はするわだるくて体が動かせなくなるわ、弊害のほうが大きかったので、副作用の少ない点滴に切り替えることにした為でしたし、昔貧血になったときも鉄剤が体に合わなくて吐き気や下痢がひどくなりすぎて仕方なく子供用のインクレミンシロップに切り替えてもらった、という過去も持っております。切迫早産で入院したときのウテメリン点滴にも、体が慣れるのに1週間くらいかかったかなあ...。そういえば、昔一人暮らしをしていた頃に、風邪を引いて出してもらった薬でアナフィラキシーショックを起こし、救急車を呼ぼうと思っても電話のところまでたどり着けず、「私、このまま死ぬのかなあ...」とぼんやり考えたまま気を失ってしまって、気がついたら翌朝だった、という笑えない話もありました(^^;)おそらく、実はかなりのアレルギー体質なんでしょうね。食べ物とかそういうものには余り反応しないので気付いていないだけ。今回は、2種類の薬に対する反応が明らかになりましたが、もしかしたら、もっとたくさんの薬にアレルギーを持っているのかも知れません。しかし、もともと薬というものは、薬であると同時に毒にもなりうる、というのも真実ではないかと思います。昔の漢方薬なんかでもありましたよね。毒薬を薬として用いたりすることや、この病気には効くけど、この病気の人には使ってはいけない、という薬の存在。私たちは、その薬剤の効能と毒としての側面とを秤にかけながら、微妙にバランスを取って投与、服用していかなければならない。もしかしたら、とっても当たり前であるかもしれないけれど見過ごされているかもしれない、そんなことを今回の入院で思い知らされたような気がします。薬についても、医師に任せきりにせずに、自分に合う薬、合わない薬というのをしっかり把握しておく必要があるのだなあ、と改めて認識させられたのでありました。
2005年03月02日
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長らくご無沙汰しておりましたが、やっと退院してきました。泌尿器科から内科に転科して10日近く、散々血液検査やレントゲンをした末に出てきた病名は...「遊走腎」でした。内臓というのはいろんな血管や筋肉や脂肪などに支えられているのだそうですが、その力が弱いのか、立ったときなどに腎臓が下の方に落ちてしまう病気というか、体質のようなものです。「胃下垂」の腎臓版だと思っていただけると一番よく分かるかと思います。やせている女性に多いらしい。(ちなみに私、現在166cm、52kgです。)遊走腎と判定するには大体目安としては腰椎2個分(げんこつ1個分、ってとこですか)だそうで、レントゲンを見せてもらうと見事に落ちてました(^^;)無症状の人も多いそうなんですが、血尿が出たり、尿タンパクが出てきたり、痛みを感じたりすることもあり、私はまさにその症状に当てはまりました。ただし、遊走腎では腎臓が腫れることはあまりないそうなので、それは過労のせいかな...と泌尿器科の先生はおっしゃってましたね~。遊走腎そのものを治すにはよく食べてある程度脂肪をつけることと腹筋を鍛えることが有効らしいので(完全に治るかどうかは知らないが)この診断を聞いた途端、うちのオットは「もっと食って太れーーー!」と嫌になるくらい叫んでくれました。トホホ(--;)そんなこと言ったってそう簡単に食べられるんだったら苦労しないよーだ!(たくさん食べたら間違いなく吐くか胃痛を起こすひ弱な私...)結局ベッドでの安静が効いたのか、先週末からは血尿もほぼ(完全にではないけど)おさまり、尿タンパクものた打ち回るような痛みも消えたし、また、遊走腎というのは根本的な治療法はなく、引き起こされる症状に応じて対処療法を行うほかない、という話でしたので、後は家で様子を見ても良かろう、ととりあえず病院から出てきました。実はまだ右側の腎臓は腫れた状態のままでして(左側は正常の大きさに戻りました)もうしばらく安静にしていたほうがいいそうなので、これを書いたらまた横になってますね。ところでおちびさんたちですが、今の状態で連れ戻したら安静にするものも出来まい、とのことで、下二人は現在オット実家で預かってもらっております。2号は今日連れに帰る予定です(2号は昼間家にいないからね)が、3号は来週いっぱいくらい預かってもらったほうがいいのではないか、という話になってます。それまでには右側の腫れも引いていればいいなあ...。ご心配おかけしてしまってごめんなさい。そして書き込みありがとうございます。もうちょっと元気になりましたら皆さんのところへご挨拶に行こうと思ってますのでもう少々お待ちくださいね。
2005年03月01日
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