心の健康
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生き方の哲学ー4 ulalan@ 浦蘭 嶋多朗 「みおつくし」6月号より怒りっぽい人や穏やかな人、自己制御できる人や自分をコントロールできない人。気が短い人や気が長い人、まじめな人や不まじめな人。行動的な人や腰が重い人、暖かい心の持ち主やクールなものの考えの人。何かにつけて暴力的な人や非暴力的な人、衝動的に犯罪に奔る人やワンクッションおいて物事を考える人。色々な人がいます、何故偏った人が生まれるのでしょうか。同じ様な生活をしていても、なんで極端に違った人が育つのでしょう。それぞれの生きて来た環境も違えば、植え付けられた考え方も違うし、頭の構造も違うので、それぞれ違って当たり前といえば当たり前ですが、少しでも世の中が平穏に過ごせる環境になり、居心地の良い社会になればと、多くの人は思うでしょう。もちろん、そう簡単に世の中は変わらないでしょうし、人それぞれの考え方が変われば世の中が即、変わるものでもないでしょう。でも、一人でも二人でも考え方が変わることで、世の中が住みやすく居心地の良い社会になっていけばいいと、誰もが考えていると思います。頭が良いとか悪いというのは、なかなか一概には言えませんし、決めつけられません。一流大学を卒業して一流企業に入れたとしても、その人が必ず人格も良く、頭も良く、優秀とは限らないからです。何か物事を知っていると言っても、これはその人がその事を理解しているとか把握しているとは限りません。誰かに「~を知っていますか?」と尋ねられて、その相手が「知っている」と答えても、これは単に「名前を知っている」かも知れませんし、「聞いた事がある」かも知れません、または「学校で習った」というだけかも知れません。知っているといっても、その人が本当にそのことを知っているのか、十分理解しているのか、把握しているのか、または身を以て体験し、実践し、活用して理解し、把握した上で知っているのかは本人しかわかりません。医者や弁護士、学校の教師や教授、政治家や会社のトップなど、肩書きで評価し、判断して、多くの人はそれだけで人格も含めた評価として信用します。多くの知識を身につけていないとなれない職業の人なら、確かに物知りで、クイズ番組などでは賞金を多く獲得するかも知れません。しかし人格や人間性、性格、主義主張、ポリシーなど、すべてを信用できるとは限りません。そういう人たちは他人を説得する話術話法なども身につけているので、立派な人と錯覚させられることも多いでしょう。その場その場のにわか知識や学校教育の詰め込み知識、受験の為の知識などが必要な場合もありますが、人それぞれの個性に合う選別した知識を完全に身に付けることも必要です。本当の意味でそれぞれの人が人生で智慧として知性として発揮し、活用、応用できる知識を取り入れることが重要です。自分自身に不足している考え方を身に付ける、自分自身に不足している必要な知識や考え方は何なのかを常にいつも自覚し、模索し続けることが大切です。ひとりひとりが、それぞれの知性を、いつも、いつまでも向上させ続けることが重要です。そうすることで社会全体の、そして地球規模の人間性向上につながり、平穏な人間社会に一歩近付くかも知れません。どこどこ大学の教授が犯罪に奔ったり、どこどこ高校の教師が犯罪を犯したことなどが、新聞記事の事件欄などでよく目にします。また立派な医師や弁護士、政治家や会社社長なども法律を破る行為で逮捕される事件がニュースで取り上げられます。「あんなに真面目な人がどうして?」とか「おとなしい人なのに何で?」「学校の成績はいつもトップだったのに何故?」とか、ニュース番組などで犯人を知る人のインタビューをよく耳にします。自動車のハンドルのように人間にもアソビが必要とよく言われます。子供の頃から塾に通わされ、嫌いな勉強も試験の成績を上げるために、レベルの高い学校や一流企業へ進むために、なかには親の見栄で子供を強制的に勉強させる場合も多いよいうです。余暇の時間といえばテレビゲームやパソコンを与え、毎日の生活のほとんどをデジタルの世界で過ごさせます。あたかも将来未来はすべてデジタルが当たり前の時代が来るように錯覚させられ、いつの間にかデジタル漬けの人間が出来上がります。アナログは過去の遺物のように扱われ、アナログ人間は軽視されたり軽蔑されるような時代になってしまうかも知れません。学校の勉強も大切です、しかし遊びも大切です。デジタルも大事です、しかしアナログも人間には必要です。ロボット化した人間が益々増えるでしょう。殺人をゲームの一部のように錯覚したり、バーチャルゲームと現実との区別がつかなくなり、凶悪犯罪を平然と犯す錯覚人間やロボット人間がどんどん育つのです。コンピューターと対当に張り合える人間を優秀と考えるのは間違いかも知れません。会社や組織に都合よく利用され、挙げ句の果てにデジタルの進歩に追い付けなくなり、使い捨てにされるのがオチです。そのような世界で生き残るには、デジタルの急速な進歩にいつでも対応できる知識をスピーディーに勉強し続けなくてはならないでしょう。また急激な時代の変化に対応しきれずに精神状態が不安定になったり、イライラしたりむしゃくしゃして犯罪にはけ口を向けたりする場合も多いようです。対象は誰でもよかったとか、放火や通り魔的な被害、不特定な相手への犯罪行為も増えています。このように考えるとストレスの恐ろしさが理解できると思います。原因不明の体調不良、鬱病、精神不安、自律神経失調、胃潰瘍、果ては癌に発展することも考えられます。心に余裕とアソビがあれば避けられることも多いはずですし、デジタル的な考え方でなくアナログ的な思考で生活していれば避けられるケースもあるかも知れません。毎日の生活の大半を仕事や会社、職場で過ごしたり、プライベートな時間をも仕事関連に費やしたり、現実的に理想とは相反する生活を余儀なくされ、過ごしている人があまりにもたくさんいます。経済的な豊かさを求めて、いつの間にか気づかずに慢性疲労や慢性不眠症、ストレス性の精神不安、胃炎、心の病に悩まされている人も想像以上にたくさんいます。将来的には病名や治療法も不明な不思議な現代病も発生するかも知れません。「勝ち組」だの「負け組」だとか、やれセレブな生活などとメディアやマスコミが作り上げた、拝金主義的な指向を増長させるような流行的な言葉に振り回されて、錯覚させられ、生活を自ら破壊している人も多いのでしょう。これは何でもいいから他人よりいいモノを一つでも持ち、ささやかな優越感で自己満足を得たいという欲求不満解消に過ぎません。一般庶民がこのような状態では明治維新以前の「ええやないか~ええやないか~よいよいよいよい~」の江戸時代と大差は無いでしょう。うかれた社会に流されて、日々生活することから脱皮して、昼も夜も夢を見ている状態から目を覚まし、覚醒した生活をするように心掛けましょう。知識は豊富でも、学校の勉強をいくら身に付けても、それらを応用して十分発揮し、身を以て体験し、実践し、活用できなければ理解しているとは言えません。また、いくら専門分野に精通していても、人格が伴わなければ偏った物事の捉え方になります。知識を取り入れて吸収して身体全部に浸透させて、それらの知識を実践し、行動し、応用して知識は生きた知識となります。いくらたくさんの知識を取り入れても、有効に活かさなければ立派な知識もお蔵入りし、いつか忘れ去られ、消滅するか遠い記憶に残るだけです。たとえ少ない知識でも十分活用し、実践行動に役立てれば、自分自身の可能性や限界を知るレベルまで持っていけるでしょう。そして死ぬという事を意識できるようになり、「死」を克服まではいかなくても、無闇に死を恐れなくても良いことに気がつくはずです。「生」は「死」の不在概念だということがわかれば新田哲学の多くの部分を理解できるはずです。その事を踏まえて生きていけば、本当の意味の豊かな生活が見えてきます、そして世の中から犯罪も減り、戦争も減っていくのでしょう。もう、いい加減に目を覚ましましょう。マスコミやメディアに振り回されるのは止め、テレビなどの情報を鵜呑みにするのを止めましょう。それぞれが、ひとりひとりが宇宙規模でとらえた地球と自然、社会が必要としている人格と知性を身に付け、人間社会だけの為の利益ではなく、地球と共存していく知性と智慧を身に付け、もうそろそろ目を覚まさなくてはなりません。メディアに洗脳された自分ではなく、目に見えない巨大な権威に信じ込まされた自分ではなく、そして社会の勢いに流されている自分ではなく、本当の自分、本来の自分を取り戻さなくてはならないということです。過去の偉人が残した名言に触れると何かに目覚めることがあります。お年寄りの方が言う人生の生き方の知恵を聞くと大きなヒントに気付くことがあります、また、先住民族に受け継がれている言い伝えや教えを知ると、自然本来の人間や生き物の本能を取り戻せる事があります。動物も植物も人間も生きる本能を持った地球上の生き物です。コンピューターではありません、機械ではありません。
2007年05月27日
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