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生き方の哲学ー20 ulalan@ 浦蘭 嶋多朗「みおつくし」10月号より色々な人間関係や様々な社会組織の元をたどってみると、最小組織の家族に行き着くわけですが、その家族もさかのぼると男と女に行き着きます。いくら女系家族でも、女だけで家族は成り立たないわけです。男と女の関係が思うようにいかなかったり、喧嘩が多く、仲の悪い関係であれば、男も女も、身近な周辺にいろいろな形でマイナスの影響を与えるでしょう。そして、最初は小さな二人の関係でも、連鎖して、男同士、女同士も含めて、どんどん広がって行く可能性は十分あるわけです。職場での人間関係が円滑にいかない、とか、能力が十分発揮できずに仕事が思い通りに運ばなかったり、ストレスが溜まって他人にイライラをぶつけてしまう、など、社会に悪影響を及ぼします。言葉や態度、行動以外で、単純に表面的に現れるものでも、大きな違いがでてきます。穏やかな表情や物腰、和める態度や振る舞い、優しい言葉と笑顔など、表面的に出せる演出によって、喧嘩やトラブルの多くが避けられることは間違いありません。厳つい顔で、表情が恐い人でも、作り笑顔で優しい言葉がその人の口から発せられれば、その恐い人のイメージは優しい人に変化します。反面、優しく、温厚で穏やかな顔つきの人でも、恐怖や嫌悪感を感じさせる言葉を発したりすると、イメージが恐くなります。話しを戻して、男と女の関係とは、どんなものなのでしょう。女性は、いつも常に愛されているという実感を求めますが、男性は煩わしい社会で生き延びるために大方のエネルギーを向けてしまって、一般的には女性への配慮が疎かになります。こんなところでも摩擦が起き、お互いの感情にズレが生じます。男は基本的には外で仕事をし、女が家庭を維持する。最近は女性も外へ出て仕事をし、子供は保育園などへ預けられるパターンが一般的のようですが、やはり家長としての位置は男性側にあり、家を守る、家族を守るという責任は、男性側に強く現れるでしょう。いずれにしても、男性は仕事をして家族を養うための経済的な面にエネルギーの多くを使います。女性も外で仕事もしますが、現実的には家事や育児にエネルギーが注がれます。それらの、お互いのエネルギー消費がピークに達すると、余剰エネルギーが足りなくなり、優しさや愛情、思いやりの気持ちが不足するのでしょう。女性は、いつも常に愛されている実感を要求するので、男性側が少しでも手を抜いたり、他の何かに気持ちや愛情を向けると、女性は即座に不安になり、イライラしたり、情緒不安に陥り、ノイローゼや自律神経失調症、うつ病的になってしまう場合もあり、まして、生理や更年期が重なると、手がつけられなくなります。果たして、心療内科や精神科に通ったり、買い物依存症やパチンコ中毒になったりもする。これらの事柄に対して、全て男性側に理解を要望しても無理な話ですが、少なくとも上辺だけの態度や言葉によって解消され、緩和されるのならば、男性側は多少の配慮は必要でしょう。わずかな努力によって、家庭円満、家族関係が順調にいけば、男性側も安心して仕事に集中できるし、それらに付随した付き合いもできるわけです。芸術家における男女の差は、創造的(攻撃的=発明的)と想像的(受身的=発見的)の違いがあるように、根本的な何かが、男と女では、大きな差があるということなのでしょう。
2008年09月29日
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生き方の哲学ー19 ulalan@ 浦蘭 嶋多朗「みおつくし」9月号より母親の胎内で受精し、妊娠して一人の人間として、人生は始まる。十月十日、母親の胎内に宿りながら、胎児への、あらゆる影響も同時に始まる。母親が日々穏やかな状態で過ごせば、安定した状態で育つし、夫婦関係にトラブルや問題も無く平穏に生活していれば、胎内の胎児は健やかに育つ。また、母親がいつもイライラし、ヒステリックな状況で生活していれば、胎児も不安定な中で生きることになり、家庭環境が乱れていれば、混乱した状態で胎児は生き続ける。母親のお腹の中で安全に子供は育つが、母親の生活環境や精神状態により、様々な影響を受けながら子供は生きている。やがて目出たく出産という事になるが、実は子供が母親から出産した時点で、すでに赤ちゃんの人格の、ある部分は形成されているのだろう。もちろん一般的に言われているように、3才までに人格のほとんどは出来上がるのかも知れないが、出産する以前の母親の胎内に於いても、人格が形成されつつあるのであれば、妊娠した直後から、すでに育児は始まるのであろう。産声を発する赤ちゃんを見て元気を確認し、喜びあい、無事に産まれたことを祝う。そして、首が座り、伝い歩きをし、片言の言葉をしゃべる様になる。両親や身内は育児教育を研究し、勉強して、知識を活用しながら、子育てに専念する。愛情を注ぐことが大事だとされれば、愛情とは何かもわからぬまま、愛情らしきものを一生懸命注いで、とりあえず健康に育てば良しとして、自分に大丈夫と言い聞かせながら漠然と育てる。それぞれの生活環境の中で、様々な状況、状態の中に流されながら、それぞれの多種多様な影響を受けながら、育児教育がなされ、子供教育などが施される。保育園や幼稚園、小学校、中学校と順次、教育機関などへ通い、集団生活を身に付け、それぞれの性格、人間性が形成されていく。家庭と家族、学校などの組織とのかかわり、先生や友達などの入り組んだ複雑な人間関係も百人百様に対応し、影響を受ける。そのような様々な環境で影響を受けながら、様々な過程を経て、性格や人間性、思考力、判断力、知識力などが折り重なっていく。多感な時期を経て、反抗期を経験し、いじめたりいじめられたり、様々な学習をして、情報時代の多くのメディアの影響を受けながら成長する。一人の人間が大人になって、社会人として一人前になるまで、あまりにも複雑で多くのものに影響されながら、人格が形成されていく。そして、いつの間にか、適格、不適格、常識的、非常識的などのレッテルを貼られる。果たして、何が一人の人間を築いたのか、そして何が人格を形成させたのか、何の影響を多く受けて成長したのか、それらの特定の認識もなく、漠然と一人の人間が社会に巣立っていく。
2008年09月01日
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